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マスター:黒川うみ
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/07/27


みんなの思い出



オープニング

「……迎え火、ですか?」
「ええ。最近ではあまり見かけないけれど……」

 日本にはお盆に死んだ人が生前親しかった人の元へ帰って来るという言い伝えがある。
 迎え火は墓から家に死者を呼び寄せる儀式のようなものである。
 対として有名なのは送り火だろう。

 知識としては知っている。
 けれど実際にしたことのある人は少ないかもしれない。

「まだ七月ですよね? お盆って八月じゃ……」
「いいえ? 七月になったらもうお盆なのよ?
 確かに今は八月のお盆休みが一般的かもしれないわね。
 七夕もお盆とは切り離されて考える人も多いでしょうけれど、あれもひとつの迎え火の形なの」
「ああ。山咲先生、七月七日が誕生日でしたっけ」
 詳しいはずだと頷くと、一葉の笑みに陰った。
「この学校には里帰りしない生徒も大勢いるでしょう?
 故人を偲ぶのは大切なことだと思うし、道徳の授業みたいな感じね」
「体験学習ですか。いいかもしれませんね」
 気楽に発せられた台詞に、一葉はほんの少しだけ沈黙し、そっと頭を横に振った。
「……この時期って、お祭りが多いでしょう?」
「え、あ、はあ、まあ……盆踊りというくらいですから」
「最近の盆踊りは生きている人が楽しむためのものになっている気がするの。
 勿論それを否定はしないわ。
 でも、静かに、誰にも邪魔をされずに、故人を偲びたい人にとってはちょっと辛いイベントなのよね……」

 自分の誕生日に、故人に想いを馳せるというのはいかがなものか。
 生と死の両面を突きつけられる日。
 一葉は憂えた笑みを浮かべて、指先でそっと申請書類を滑らせた。
「前に天文部の子が教えてくれたいい場所があるから、そこを使わせてもらうわ」


リプレイ本文

 課外授業という名の、日本の伝統に触れる機会。
 それぞれに思いを抱えて彼、或いは彼女はやってきた。

「本当は迎え火の火種って、お墓参りに行って貰ってくるんだけど……まぁ、都会だし」
 ルーネ(ja3012)の呟きに山咲 一葉(jz0066)は苦笑する。
「せめてもの、ということで、水場は避けたんだけどね」
 この時期の水場はこの世とあの世の境界が曖昧になり易く、向こう側に引きずり込まれやすい。海辺に近づいてはいけない、と言われる程である。
「火の元、足元に注意して下さいね」
 一葉の用意してきた陶製の受け皿の上で、皮を剥いだ麻の茎を折り重ねて一条常盤(ja8160)が付け火をする。火事に注意して平坦な場所を選び、万一の時のために消火水を用意するという万端っぷりである。
 盆提灯で会場となる広場を仄かに照らすためにルーネは歩き始める。
 その灯りは生者のためのものか、死者のためのものか、或いはその両方か。

 白木の祭壇に茄子や胡瓜と割り箸で作った馬を供えて、天宮 佳槻(jb1989)は小さな迎え火に目を細めた。
(個人を偲ぶ、か。これほど自分に似つかわしくない言葉も無い)
 けれど、振り返って見なければいつまでも後ろ髪を引かれる思いがある。少なくとも今ここにいる人々にはそういう思いがあって、集まったのだ。他者の追憶を邪魔しないよう自然と口を噤んでしまう、静かな、静かな集まり。
 示し合わせた訳でもないのに、秩序を保ってぽつりぽつりと迎え火の前にやってきて手を合わせる。

 七月七日。
 彼らは迎え火に何を思うのか。

(迎え交流するという形で祖霊を偲ぶ、か。生憎とわしには親も祖先も居りはせんが……きっと、あやつらが帰って来ておろう)
 はぐれ悪魔であるインレ(jb3056)が思い馳せるのは遠い遠い過去の出来事。人の流れにして数百年の時を、彼の心は翔る。
 もはや声も姿も朧気にしか思い出せなくなっていた。
 けれどそこにあった感情は覚えている。
 愛して、愛されて、そう、とても幸せだったことを。
 救えなかったことを、救ってもらったことを、忘れはしない。
 死者は生き返らない。時間も戻らない。しかし彼の瞳はゆらゆらと、まるで陽炎のように愛しい人達を捉えた。本人達が戻ってきたわけではない。心の見せる幻影とわかっていて彼は微笑みかける。
(ああ……久しいね。僕は元気だよ)
 それが本物である必要はどこにもない。
(大切なモノも随分と増えた。それに、幸せになって欲しい子もいてね)
なぜなら彼が語りかけるのはまぎれもなく大切な人達で、記憶の中とはいえ本人達に間違いないからだ。
(過去など要らぬ。独りで良い。そう口にする。でも僕には今にも泣き出しそうな幼子に見えて……だから、再会はまだ先にしよう)
 いつか此岸で再会したら、話したいことが沢山あるから楽しみにしていてくれ。
 幻影が、微笑みを返してくれた気がした。
 
 Viena・S・Tola(jb2720)は手持ち無沙汰に、おずおずと顔見知りであるインレに声を掛けると、彼は尋ねた。しかしヴィエナはふるふると頭を振るだけ。
 思い馳せる存在などいない。全て忘れてしまっているのだから、と。
 ならばなぜここに。
 わからない。
 ならばここ集った人々の瞳に、表情に、どんな感情を抱くのか、考えるんだ。
 首から下がるロケットに手を触れ、彼女は彼の隣に腰掛ける。
(わたくしに偲ぶ方はおりません。いたのかもしれませんが、しかし思い出せないのであれば……必要のない存在なのでしょう)
 苦痛も喜楽も忘れ、星のように死へと命を燃やすのみ。
 それなのになぜか引っかかりを覚えてしまう。
 鈴蘭をくれた『人間』
 ロケットをくれた『彼』
 本来の姿も受け入れた『貴方』
 思い出せない。名も声も、そこにあった感情も。
 彼女は星を見上げ、思い出せないものに思い馳せる。
 ここに集まった人々は一体誰を想っているのか……気になりはしたが、直に触れるのは少しだけ恐い気もした。その思いはあまりにも強く、様々な感情を伴っているように見えたから。


 森浦 萌々佳(ja0835)は木の枝に腰掛けて、少し高いところから星を見上げていた。
 星が瞬くように、多くの思い出が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
 久遠ヶ原に来て、随分と時間が経過したように感じる。
 多くの戦いの中、護れた命と護れなかった命。
 幼い頃から憧れていた『ヒーロー』という存在になれれば、全てを護れると思っていた。理想と現実の違いに挫けそうになって、その都度心を奮い立たせて戦ってきた。
 護れるもの、護れないもの。
 そして、護ろうとしなければ護れないもの。 
 全てを護れるヒーローなんていなかったけれど、だからこそ感じる痛みがある。
(忘れない)
 消えてしまった命の灯があったことを、忘れない。
 小さくても確かに明るく輝く灯があったことを忘れてはならない。
 ゆら、と。
 風に揺れるこの蝋燭の灯のように、もう輝くことはないけれど。
(あたしにはまだ、護れる灯と未来があるはずだから)
 それは己自身と未来への誓い。
 もう少し、もう少しだけ休んだら、帰ろう。
 羽を休めた鳥が再び空へ羽ばたくように、自分の戦場へと。護りたいものを護るための、戦いへ。


 思いの示し方は人それぞれ。
 楽を取る者も少なくない。
 亀山 淳紅(ja2261)は自前のカウンターテナー……ではなく、笛を手にしていた。
「歌うと感情入りすぎて、きっと静かでおれんくなるから……」
 泣き笑いという苦い表情に、恋人のRehni Nam(ja5283)もケースから取り出した笛を手に取る。
(向こう側でも明るく楽しくすごせるように、と明るい曲も入れたいところですが)
 どうにもこのしっとりとした雰囲気に似合いそうもない。
 心静かに安らぐ曲を。
 淳紅は龍笛『干将』を、レフニーは龍笛『莫邪』をそれぞれ構える。とあるコンテストに出場したときに対としてもらったものだ。干将莫邪とは伝説の双剣、或いはその制作者である夫婦の名と言われている。二人で奏でるのにこれ以上の名はない。
 目配せして軽く頷くと二人は切なくも優しいハーモニーを奏で始めた。
 星空を越えて帰ってきた人達を抱きしめるような、そんな優しい音が出したくて。
 技術に拘泥し、心を置き去りにしないように。
 今は亡き親しい人を想う心を込めて。

 迎え火の前で奏でられる二重奏に耳を傾けながら点喰 縁(ja7176)は持ってきた三味線を膝の上に置いて、胴をそっと指の腹で撫でた。
(まあ、七夕じてぇ色んなもんがごった煮になってるみてぇだけんど、本意はこういったもんだろうなぁ……)
 楽を奏でるつもりで持参したわけではない。この三味線は故人の形見……いや、預かり者だった。
「もう五年かあ……」
 ぼんやりと仲良く演奏する二人に、故人の姿が重なって見えた。
 この三味線の持ち主は黒髪の、儚げな女性だった。不幸な出来事、苦労が重なった人生だったように思う。最期を看取ったのは縁だ。病気で倒れたところを発見して、助からなかった。
(お師匠さん……)
 色んなことを教わった。弟子、というよりは、弟子のようなもの。中途半端に終わってしまった関係が、悲しくて、切なくて、『預かりもの』を奏でられない。
 手の届かない初恋に、今は只想いを馳せる。

 淳紅は演奏の途中で感情が堪えきれず、何とか吹き終えて、迎え火の前でごしごしと溢れた涙を拭った。
「帰ってきてんのが見えんくてよかった」
「ジュンちゃん……」
「ええんよ。相手の姿が見えんくて、だから素直になれるから」
 どれだけ相手が怒っていようと、恨んでいようと、見えずに済むなら。
「お帰りなさい、ごめんなさい……」
 伝えたくて、言葉に出したら、また熱いものがこみ上げてきた。
 今の自分は一人ではない。泣いても受け止めてくれる人が傍にいる。今なら、過去に素直になれる気がした。


 嶌谷 ルミ(jb1565)は迎え火と祭壇の前に来ると奇麗な蝋燭を取り出して、火を移した。
「本当はひとりで来る予定やなかったんだけど……」
 でも、たぶん、することは変わらない。
 小さな灯の揺らめきに目を細めて、そうっと手を合わせて心の中で語りかける。
(ばあちゃん……今夜はばあちゃんのために祈るで。でも、ばあちゃんの魂は冥魔に奪われてしもたから戻ってこれんよな。せめて安良かであるように祈らせて。な。……感傷かな)
 自然と瞳が潤んでくる。
 普段はこんなに強く思い出したりしないのに。
(奇麗な蝋燭やろ? 絵付けの中でいっちゃん奇麗なのを選んだんや。五千円は流石に懐が厳しかったけどな)
 普通の線香でいいのに、と故人は呆れるだろうか。
 私のためにありがとう、と故人は笑ってくれるだろうか。
(ゆらゆら朱色に揺れる炎が奇麗やわ。……いつか必ず、取り戻してみせるからな)
 気持ちの整理をつけるための故人との対話。
 これもまた、生きていく者にとって大切な区切りである。
「今度はみんなで……な」
 くすり、と微笑んで彼女は立ち上がった。振り向いてばかりでは、叱られるから。


 速水啓一(ja9168)は祭壇の前に立つと神妙な顔で一人ごちた。
「私が此処にいるというのもおかしな話だけれど……」
 幸いにして、彼の大切な人達は生きている。こうして迎え火に参加していることが少し可笑しくて、だけど語りかけたい人は確かにいて。
「彼は、相変わらずにしているよ」
 人はいつか死ぬ。生きるということは死があるということなのだから、避けることはできない。ゆえに、ここに生ある限り、誰のところにも、思いも寄らない人が、見ず知らずの先祖が、帰ってきている可能性はある。
 啓一が語りかけるのは友人の大切だった人。顔も知らない相手だ。
 啓一の友人はまだその人を喪ったことと折り合いがつけられずにいるから、その代わりに。
(素直に認めないだろうから、黙って参加してしまったが)
 バレたらきっと怒られる。そう思うとよりいっそう可笑しかった。
「これは私達の秘密だよ。もしバレそうになったら……」
 どんな嘘で誤魔化そうか。
 ゆらりと、風で揺らいだ迎え火に、友人の大切な人も笑っているような気がした。


 迎え火から少し離れたところで天体望遠鏡で星を観ている少女がいた。
 レイン=フォーツ(jb6135)は迎え火が始まる前にやってきて、真っ先に祈りを捧げていた。そうして望遠鏡の傍で次々と進み出る人々を横目に、小声で呟く。
「亡くなった方々への気持ちは、今も昔も変わらないんですねえ……」
「ん、ああ」 
 答えるのはルナジョーカー(jb2309)。
 彼は一見ぼんやりとしているように見えたが、密かに、故人へと想いを馳せていた。思いつく限りの人々に言葉を贈り、最後に亡き恋人へ語りかける。ルナという名を拝借した女性へ。
(俺はあの時の誓いを、忘れない。もう一度誓うよ。俺は……二度と同じ過ちを繰り返さない)
 決然とした決意は、望遠鏡を覗き込むレインに向けられていた。
「……絶対に、この幸せを守る……」
 既に対話を済ませたつもりでいたのに、再び物思いに耽っていたと苦笑しているとレインが明るい声を立てた。
「流れ星! っと、静かにしなきゃ」
 一喜一憂するその姿が、存在全てが愛しくてたまらない。
「流れ星か。俺も探すかな」
 そっと肩を抱かれたレインはぎくしゃくするが、彼はおかまいなしだ。
「大丈夫だって。何もしない。……レイン、大好きだ」


 天宮 佳槻は一際人から離れて、灯りを見失わない程度に雑木林をぶらぶらしていた。
 心の中では、やはり普段はそこまで思い出さない記憶と感情に揺れていた。
(先生……)
 気まぐれに優しさを与えてくれた人。
 生きたかった彼と、彼が守ろうとした子供達は死んだ。皮肉にも見捨てられた自分はこうして生き存えている。
 ここに彼が来たとしたら、自分はなんと声をかけるだろう。
 恨み言、詫び言、……それとも、質問?
(多分、どれでもない)
 死者は戻らない。戻ってきたとしても、言葉を交わすことは叶わないのだから。
 だから彼は思考する。
 どんな言葉であれば、この心は満たされるのかと。あてどない問いに、答える者はいない。


 ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)はフルートを吹き、神月 熾弦(ja0358)は口を突く言葉をそのままにメロディに乗せていく。

 本当のさよならは 私があなたを忘れた時
 この心の中で あなたは生き続けている
 もう一度逢えるなら
 忘れることができないくらい強く抱きしめて
 私の名前を呼んで
 沢山の言葉は必要ないから
 涙を流すことを あなたを想うことを許して下さい

 熾弦は思う。
(人が本当の意味で死ぬのは、誰の記憶からも消えた時、という言葉もあります。であるならば、こうして過ぎ去った人々を振り返り、心に刻むことは、少しでも命を……魂を繋ぐことになるのでしょうか)
 ファティナはその詩に写真でしか知らない母を思う。
(私は元気にしています。振り返ることで、心に刻むことで魂を繋げられるなら……きっと、姿形は見えなくても、傍にいてくれますよね? お母様……)
 そうであって欲しいと、強く願う。


(お盆祭りも好きだけど、今日は静かに過ごそう。……偲ぶ人、増えちゃったしね)
 神喰 茜(ja0200)は空を見上げて、遠い記憶を遡っていた。
 大切な人であればあるほど、喪失は大きい。
 復讐に人生を傾けるように、狂気に身を窶すように、人を変えてしまう。
 生温い風に赤い髪が揺れ、頬を撫でる。
 思い出の中でだけ逢える、笑顔の友人の姿に例えようもない郷愁を覚える。
 人を守るために死した悪魔を、笑うことはできない。
(貴方達のこと、忘れない)
 今だけは、他のことを考えなくてもいいよね……?
 答えるように、もう一度、風が頬を撫でていった。


 見よう見まねで祭壇で線香をあげた和泉早記(ja8918)は、そっと手を合わせる。
 思いのこもった演奏にも興味はあったけれど、今はそちらに意識を惹かれることなく、迎え火と星を見てから、静かに瞼を下ろした。
(……好きなもの、知らないから)
 線香でいいよね、と無言で問いかける。
 帰ってきて欲しいのは話をしたことさえない人だから。
(覚えてないけど、知らないけれど、俺が居ることがあなたが居た証明……だよね? 今日も、何とか、生きています。明日も、生きます)
 あなたはいないけれど。
 早記は戸惑いながらも、自分の中に弔いの感情が存在することを確かめる。
 霊魂の有無は未だ証明されていない。しかし、故人に対して寂しいとか逢いたい気持ちにはこんな静かで穏やかな時間が必要な気がした。
 実をいうと、死者を送り迎えするという風習は世界中を探しても稀である。故人を悼むことはあっても、こうして交流しようとするのは日本独特の習わしなのだ。知らず心に根付いた盆という儀式に、彼はただ沈黙を保った。


 三人で来た彼らも、祈りはそれぞれのものだ。
 蓮城 真緋呂(jb6120)は祭壇に桃を置くと、愛用のバイオリンを奏でながら、思いを弓弾く。
(お父さん、お母さん、おばあちゃん、……町の人達。私はひとりぽっちになった)
 冥魔に蹂躙された町の姿を見て、言葉もなかった。
 全てを喪ったあの日の記憶はこの胸の内に、強くなろうと決めた。強くなって、皆の仇を取ろうと。
(でも……大丈夫。憎しみだけで生きている訳じゃないから、安心してね)
 きっと心配している。憎しみのためだけに生きないで欲しいと。
 だって皆優しかったから。
(私は確り前へ向かって歩いていく。だから、見ていて)
 悲しい曲はこの場に似合わない。優しい曲がいい。誰かの心に響くだけの、静かで優しい曲を。

 真緋呂が奏でる傍で、黄昏ひりょ(jb3452)は心を穏やかに光纏する。片翼が白、もう片翼が黒の不思議な翼が広げられる。
 思い出すのは、自らの能力の暴走で消失した施設のこと。
 自分の能力が嫌いで嫌いで、これが自分のものだと認めることさえ嫌だった。
 それでも生き残った幼馴染みとの再会や、新しい仲間と思い出を作っていく中で、少し、心に区切りをつけられた気がする。
 過去をなかったことにはできないけれど、過去から学んで身につけた能力の制御。
 こうして光纏していても暴走させることは、きっともうない。
(忌み嫌っていた力をちゃんと受け入れて、これからは皆の笑顔を守っていくために戦うから)
 許しを乞いはしない。
 背負うべきものを背負って生きていく覚悟を、したのだから。
 
 青地に赤や橙、明るい朝顔の花が描かれた浴衣姿で、グレイシア・明守華=ピークス(jb5092)は二人とは違う思いで迎え火を見つめていた。
(故人を偲ぶ、か)
 グレイシアの場合、それは両親であると思われる。
 肉親は姉が一人きり。父も母もいない。両親がいないのに真っ当に教育を受けられ、隠れることなく普通に暮らしてきた。
 姉は、何も語らない。
 言いたくない事情があるのか、それともグレイシアに伝えるにはまだ早いと考えているのか。
(このご時世だと、天魔関係で亡くなってるのかなとは思うけど)
 しかし記憶にない彼らのことで天魔をひとくくりに憎むには心が追いついていない。
 いずれ、聞かされることになるだろう。
 だから今は偲んでおく。それしかできることがないなら、受け止める覚悟をしておきたかった。
「前に進むしかないわよね」
 星を見上げて呟くと、ちょうど真緋呂も終幕を迎えた。

 迎え火の前に歩み出た癸乃 紫翠(ja3832)・ミシェル・G・癸乃(ja0205)夫妻は静かに揺らめく炎を見つめる。
「……フランスからも、来てくれるかな」
 ミシェルの故郷はフランスである。
「空も陸も繋がってるから、来てくれるさ。可愛いミシェルが心配だろ」
 結婚式の後にお墓参りに行ってきた。それでも、どんな生活をしているか心配しているかもしれない。ここは日本という、遠い異国だから。
(楽しい思い出、いっぱい覚えてるよ)
 一人逃げ延びた記憶は心を苛み、愛された記憶までも蝕んだ。こんな風に穏やかな気持ちで思い出せるなんて思えないほどに、追い詰められていた。でも、今は違う。
「オボンの間、一緒なら……幸せな所いっぱいみせないと」
 少しだけ寂しい気持ちになって、耐えるように紫翠の腕を抱く。
 記憶を辿る度、寂しくなるのは仕方ないと考えられるようになった。だって、現実に起きたことは変わらないのだ。時間と大切な人が傷を癒してくれても、傷跡は残ったままだから。
 ふと、ミシェルが紫翠を見上げると、安心させるような笑みが降ってきた。
 心配ない、と。
 紫翠もまた大切な人々を喪っている。その時負った傷は痕となって今も彼の身体に残っている。ミシェルは辛くないわけがないと思うのに彼は心配ないと微笑む。嘆く気持ちも悲しむ想いもわからないではないけれど。
(姉さん達が僕を生かしてくれた。ありがとう。俺は大丈夫だ。ミシェルに逢えたから)
 紫翠にしてみればミシェルの嘆き方は度を過ぎている。それに見合う理由があるとはいえ、見ていて胸が痛む程だ。
 これ以上心配をかけまいと、大丈夫だよ、と紫翠が冷静に囁いた。彼女は彼のいつもの笑顔に安堵して、少し背伸びをしてその頬に口づけたのだった。


 ミズカ・カゲツ(jb5543)はひっそりと人々の思いを見つめていた。
(これが迎え火、故人を偲ぶ行事、ですか。どこか儚い雰囲気がありますね)
 はぐれ悪魔である彼女が日本の行事に疎くても仕方がない。だが、ミズカはミズカなりに気を遣っていた。
 故人に想いを馳せる、ということはその中には悪魔に殺された人々もいるのかもしれない。そう考えると少なからず負い目を感じてしまう。彼女が何をしたかというわけではないのに。
(いえ、下手な同情は相手の方に対して失礼でしょうか)
 この久遠ヶ原学園という場所は悪魔・天使の受け入れを率先して行っている。他のどの場所よりも、他種族への理解がある場所だ。
 それでも、と。
 明らかに人ではない獣耳を隠す帽子をかぶって、静かに線香を供えた。
(撃退士として共に戦う道を選んだ以上、そのことを忘れぬためにも、この景色、目に焼き付けておきましょう)
 それがミズカなりの、思いやり。


 一条常盤は正面から迎え火を見据えた。
 近しい人を亡くした経験はない。しかし、任務を共にした人、刃を交えた相手の最期を目の当たりにしてきた。救いたいと願いながら救えなかった人もいる。
 めまぐるしい毎日の中、こんなふうに祈る暇はなかった。だからこそ今日、この機会にと参加した。
「どうか、安らかでありますように」
 全部を背負うことはできないけれど、この手で抱えるものを守れるくらい、強くなるから。
 七夕の星が、頭上できらきらと輝いていた。


 ルーネは提灯と星空を見やりながら、そっと目を伏せた。
 思い出すのは愉快な記憶ではない。だからこそ今、という気持ちだった。
(ちゃんと強くなれてるかな)
 悲しみと、後悔と。
 守れなかったものに対する思い、そしてこれから先への思い。
(もう、取りこぼすことのないように)
 大切なものをきちんと守れるように。
 強ければいいという問題ではない。けれど、弱いから迫られる選択肢を少しでも減らしていくために。
 強く、なろう。


 祭壇へ向かうのが遅くなるには遅くなる理由があった。
 星杜 焔(ja5378)は旬の夏野菜カレーを作っていた。いや、作ってきたのだけれど移動中に冷めてしまったので火を熾して温め直していたのだ。
 奇麗に皿に盛りつけたカレーライスを、祭壇に供える。
 焔にとってそれは両親と最後にとった食事で、その味は鮮明に記憶していた。父と母が作ってくれた特別なカレーライス。
(俺も同じくらい美味しく作れるようになったよ)
 報告をして、隣に立つ雪成 藤花(ja0292)の手を握る。
「星が奇麗だねえ……」
 夏の大三角、天の川。
(父さんや母さん、妹達もあそこで『さいわい』を探す旅をしているのかな……)
 妹、というのは孤児になった後入った施設で出会った子のことだ。
 ふう、と息を吐いて精神を研ぎ澄ませ、冬を発動させる。副作用的なものだが、銀髪碧眼に――銀の髪は光を透かして虹色に輝き、紫だった瞳は澄んだ青に変化、いや、アウル覚醒以前の昔の姿に戻る。
 家族の覚えているだろう姿で線香をあげ、ライラックの花を供える。
 色々な思い出を巡らせる焔の横で、藤花はずっと愛しい人の心を推し量っていた。
 去年の七夕はとても楽しかったけれど、今年はしっとりと密やかに。将来を誓った人の誕生日、祝いたい気持ちがないわけではないけれど、その人の家族を偲ぶ機会を大切にしたかった。
 切なさを胸に、ライラックを供える。
 彼にとって特別な意味があることを知ったから。
 それから瞑目し、手を合わせる。
 銀河鉄道の夜になぞらえ、死出の旅路を、それぞれの幸せを星に託して祈る。
 不思議なくらい自然に涙が頬を伝った。
「あれ、どうしてかな……何だか涙が……」
 ぽろ、ぽろり。
 星くずのように零れる涙は、迎え火の光を反射して、仄かに温かく色づいた。







 そろそろいいかな、と。
 一部の人々が動き始める。
 笛を持つ者、カレー鍋とそれを盛りつける皿を持つ者、何やら手に隠し持つ者。
 標的は一部始終を少し離れたところで見守っていた引率の山咲 一葉。 
 終始無言で膝を抱えて迎え火を見つめていた、今回の発起人。
(先生、まだ喪中なのかな……)
 声のかけづらい雰囲気に負けじと、特攻隊長を努めたのはミシェル。
「カズハ先生っ」
 小声で、けれどしっかり届くように。
 のろりと振り返った一葉は、ゆっくりといつもの微笑みを浮かべる。
「久しぶりね、ミシェルちゃん」
「あの、ちょっとだけ……ちょっとだけ、いいよね!」
 何を、と問う間もなく干将・莫邪が静かに、アレンジされていても間違えようのないメロディを奏で出す。
 曲名はハッピーバースディ。
「おめでとうは、言ってもいいよね? 先生も大好きだもん」
 おずおずと差し出されたのは蒼いガラスに星屑を閉じこめたような首飾り。
「お誕生日おめでとうございます。……貴方を慕う生徒は、この日を喜んでいることもお忘れなく」
 紫翠が告げると、ルーネも前に出てきた。
「今日、お誕生日だと聞いたので」
 出てきたのは個包装の水饅頭。
「カレーの後にでも食べて下さい」
 ぷぅんと香る、いい匂い。
 カレー? と目を丸めた一葉の前に差し出されたのは紛れもなく、カレー。
「カレー沢山作ったんだ〜。皆にも食べて貰えると嬉しいな〜。先生も良かったら……」
「カズハちゃん先生も、食べたらきっと元気が出ますよ」
 良かったら、と言いつつ食わせる気満々だな!
 一葉はぷっと吹き出して、笑いを堪えるように顔を歪めた。
「夜は長いものね。希望者は腹ごしらえしてよし! その代わり、ちゃんと後片付けするのよ? ……一緒に食べましょう」
 くすくすと笑う一葉の声に何だ何だと視線が集まる。
「みんな、ありがとうね。それと、焔ちゃんも、誕生日おめでとう」
 みんなで食べるカレーは、とても、とても美味しかった。
 こうして、一時カレーパーティが開かれることになったけれど、七夕の夜は静かに更けて行った。


 一葉が誰を思っていたのか、何を考えていたのか、明らかになるのはもう少し先のことである。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:15人

血花繚乱・
神喰 茜(ja0200)

大学部2年45組 女 阿修羅
ラッキーガール・
ミシェル・G・癸乃(ja0205)

大学部4年130組 女 阿修羅
思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
神月 熾弦(ja0358)

大学部4年134組 女 アストラルヴァンガード
Silver fairy・
ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)

卒業 女 ダアト
仁義なき天使の微笑み・
森浦 萌々佳(ja0835)

卒業 女 ディバインナイト
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
誠士郎の花嫁・
青戸ルーネ(ja3012)

大学部4年21組 女 ルインズブレイド
愛妻家・
癸乃 紫翠(ja3832)

大学部7年107組 男 阿修羅
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
猫の守り人・
点喰 縁(ja7176)

卒業 男 アストラルヴァンガード
常盤先生FC名誉会員・
一条常盤(ja8160)

大学部4年117組 女 ルインズブレイド
撃退士・
和泉早記(ja8918)

大学部2年49組 男 ダアト
戦地でもマイペース?・
速水啓一(ja9168)

大学部9年187組 男 ダアト
迎え火に故人を想う・
嶌谷 ルミ(jb1565)

大学部7年243組 女 陰陽師
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
撃退士・
ルナ・ジョーカー・御影(jb2309)

卒業 男 ナイトウォーカー
守るべき明日の為に・
Viena・S・Tola(jb2720)

大学部5年16組 女 陰陽師
断魂に潰えぬ心・
インレ(jb3056)

大学部1年6組 男 阿修羅
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
ArchangelSlayers・
グレイシア・明守華=ピークス(jb5092)

高等部3年28組 女 アストラルヴァンガード
銀狐の絆【瑞】・
ミズカ・カゲツ(jb5543)

大学部3年304組 女 阿修羅
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
V兵器探究者・
レイン=フォーツ(jb6135)

大学部4年103組 女 アカシックレコーダー:タイプA