●まずは準備から
自己紹介を終え、相談して戦術が決まった後、一同は工作室を借りて黙々と作業をしていた。並んだ机には厚紙に竹ひご、ストローに針金、ビーズが、もう一方の机にはたくさんの小瓶とタンクに入った灯油が置かれていた。
「なんだかこうしていると、夏休みの宿題みたいですね」
巨大植物が腐臭を放っているということで、風向きを調べるために風車を作ることを響 彼方(
ja0584)が提案し、人数がいれば早いということで手分けして制作に勤しんでいた。そして陽動に使えればと火炎瓶をも作っているのである。
ふと目が合ったのか、
「……何よ。別に睨んでなんか無いわ」
「え? 睨んでるなんて思ってませんよぉ?」
険しい表情の霧島 沙希(
ja3448)ときょとんとしつつも笑顔の森浦 萌々佳(
ja0835)が微妙に噛み合わない会話をしながらも準備はつつがなく終了したのだった。
●第一印象
目的の村に着く前からその花の姿は見えていた。木よりも大きな花は周囲の草木を枯らし、自らの養分とする土地を誇示するように赤く反る花弁を空に向かって開いている。大きすぎるが、確かに百合の形をしていた、
「ふむ、あれが件の植物であるか。もはや花とは呼べぬな……」
関 アズサ(
ja1550)が感想を述べれば、
「うお、見ろよあの茎! 俺の胴回りよりも太くないか?」
凱(
ja1625)が衝撃とでもいうように額を抑えた。
「ふぅ……初戦闘だが緊張しすぎてもいいことはないだろう」
紫宮 翔(
ja4767)は自分を落ち着かせるように軽く胸を叩いている。
花に目を奪われる者も入れば指を湿らせて風向きを確かめる者もいる。時坐 まつり(
ja0646)はため息と共に呟いた。
「思いの外、風が強いですね……。火は使えるでしょうか」
「使えなければ使えなくても結構です。やることは変わりませんから」
マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は金色の目を細めて『敵』を見据えた。
●舞台は小さな風車に囲まれて
一同は巨大植物から十分に距離を取って風上に陣取り、素早く地面に刺して回った風車を凝視し、それぞれの獲物を手に取った。
風は山の斜面を下るように吹いている。
基本は前衛二人後衛一人が二グループと陽動組に別れて攻撃に徹するが、素早さを重視し息を止めていたとは言え、巨大植物は風車を地面に刺すだけの行動には反応を見せなかった。まるでそよ風に吹かれているかのようにゆらゆらと揺らいでいる。
「敵意がなければ反応しない、ということでしょうか?」
「その可能性は捨てきれない。植物だから自ら考えることもないのかもな」
「何ともやりきれない話だ。せめて自我がある相手ならやる気も出るんだが」
それでも、そこにあるだけで害になるのだから始末しなければならない。
「憐れだが、そのままにはしておけぬ。……始めるとしよう。沙希、準備はいいか?」
「……ええ」
陽動、そして敵の動きと能力を知るために自ら特攻すると名乗り出た霧島は片手に鉤爪を、片手に火炎瓶を三本持って立ち上がった。そしてゆっくりと巨大百合へと歩み寄っていく。
敵の全長が約五メートル。植物の有効射的外ギリギリと思われる場所で、彼女は花を睨むように見上げた。
「……華やかなのは良いけど、これはやりすぎね。……目に痛いわ」
今度こそ本当に睨み付け、火炎瓶を三本とも頭上へ放り投げる。相手に目があれば見上げただろうが、そこは植物である。何の変化も見られないと後ろに控えた面々が思った瞬間、霧島 沙希は鉤爪で葉を深く裂きながら風下へ走り抜けた。がしゃんがしゃんと火炎瓶が地面に落ちる直後前方へ跳ねて、害意に反応を示した百合の頭部によるダイレクトアタックを躱す。火の付きが悪いのを見て時坐が即座に用意しておいた火矢を放つと、百合の下部は炎に包まれた。
すると炎に反応したのかそれまで大人しかった百合が盛大に暴れ始めた。
「ダメージはなさそうだが火を嫌がってる」
「どこまでも植物ということですか」
がしゃんがしゃんと残りの火炎瓶を投げて炎を大きくしても百合自体に火は付かない。だが空気を伝わる腐臭には十分効果があるようで、その証拠に風下の霧島は平然としている。急激な大火ができたことで周囲の空気を吸い上げるように巻き上げ、風向きが変わったのだ。すべての風車はグルグルと回り、人を惑わす腐臭が無効化されているのがわかる。
元々ペアを作ったのは腐臭に惑わされた時のためだ。それが今は必要のないものになっている。
「よっしゃあ! いくぜえ! オラアアァアアア!」
胸の前で拳を叩き合わせた凱は、これは好機とパニック状態の百合に格闘を仕掛けた。黄金の光纏が立ち上るのを見て、森浦 萌々佳は笑顔で参戦した。美味しいところは譲らないということだろう。
「サクッとやられちゃってくださいね〜!」
ショートスピアを構えたかと思った時には百合の葉が穴だらけになっていた。
こうなってしまえば総攻撃しかない。
「我が名は、光の忍者ブラック・アイス……!」
響 彼方も遅れまいと苦無を振るい、二枚の葉を削ぎ落とす。地面に落ちた葉は透過能力を失って瞬時に炎に飲まれた。
「なるほど。本体から離れればただの無機物か」
「問題は頭と根、どちらが本体かということだが、茎を切れば分かるか」
振り回す葉を失い、厭々をするように頭頂部を振り回す百合に向かって紫宮 翔は地を蹴って爆ぜた。炎ごと茎を斬り裂き、反対側に着地する。
が、振り返って軽く舌打ちした。
「さすがに苦無の長さでは一度で落とせないか」
しかし、
「久遠ヶ原でんげき部が一、阿修羅・関 アズサ、参る!」
同じ箇所を関も攻撃した。これを交互に繰り返すことで効率よく攻めることができる。
時坐 まつりは仄かに光る矢を次々と花弁に命中させていく。味方に当たらないのは修行の賜物だろう。射手の眸は敵の様子を油断無く見ている。炎が弱まったと見るやさらに火炎瓶を投げつける。すると植物には一瞬で新しい葉が生え、ぐるりと周囲のものすべてを振り払うように宙を駆けさせた。
「おっと」
後ろに跳んで全員が回避に成功する。
(こんなんじゃ気が済まない……!)
燃え上がる炎を気にも止めず、霧島は茎を凄まじい勢いで抉り始めた。
「これは負けられないな」
響は高く跳躍すると、
「仇花よ!」
花弁を一枚二枚と本体から切り離し、虹色に光る苦無で木っ端微塵に切り刻む。刻まれた欠片に火がつき灰の雨が降る。だがそれも炎に煽られ再び宙に舞い上がった。
「うりゃあ!」
ボロボロになった茎を凱がボキリとへし折るも、残った部分に火は付かない。
地に落ちてもびちびち跳ねる花部を槍でぐっさぐっさと突き刺しながら森浦は笑顔で首を傾げた。
「どうやったら息の根を止められるんでしょうね〜? ……くさ! 臭い!」
臭いの元は花部分、正確には雌しべと雄しべにあったようだ。それまで出遅れて時坐の横で火炎瓶を投げることに徹していたマキナ・ベルヴェルクはその様子を見て慌てた。この花の臭いには幻覚効果などがあったはずだからだ。
「森浦さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ぅ〜! なんだかとっても目に染みて涙が止まらないけど、正気だよぉ〜! このー、このぉー!」
「……もしかして、上下離れたことで効果が薄れたのでしょうか? だとしたら本体は根っこということになりますね」
しかし火炎瓶を投げまくったせいで今や風車で囲まれた場所は火の海となっていた。地中にあるものを掘るのは難しいだろう。冷静な判断を元にマキナは火の海を飛び回って攻撃を続ける仲間に声をかけた。
「皆さん、先にこっちを始末して下さい! 臭いを断つことができます!」
花弁は剥がして刻めば燃えたのだ。
頭部も細切れにすれば力尽きる可能性が大きい。
「……これを切り刻めばいいのね?」
多少の火傷を負いながらも霧島は熱した鉤爪で花弁を切り裂く。
「この、この、このぉ〜!」
「オラオラオラオラァ!」
「せめて土に還り、次世代に咲く花となれ」
執拗に切り刻まれた花の部分はやがてただの繊維の塊となって、火が燃え移り、灰となって土に還っていった。
「残るは根っこの部分ですね」
よくよく見ると火の海の中でまだ往生際悪くうにうにと茎を伸ばして再生をはかろうとしている。やはり本体は土の中にあるのだ。
「ちょっとさすがに火の勢いが強いねぇ〜」
「消火活動しますか?」
火の中を飛び回って動いていた霧島や凱などは汗を流してぜえはあと息をついている。撃退士と言えども酸素の少ない場所を動き回るのは疲労を伴うに決まっている。
「いえ……」
疲れている仲間の言動を遮って、マキナは左手で軽く右手首を抑えて言った。
「私が行きます。火炎瓶投げてただけで何もしてませんし」
瞼を下ろして深呼吸すると、マキナの右腕に黒い帯状のモノが集まってきて、やがて焔を形作った。そして二、三歩助走をつけて跳躍したかと思うと、
「はっ!」
黒焔を纏った右腕を思い切り地面に叩き付けた。ドゴォンと間欠泉の如く土煙が舞い上がる。
「おお、派手にいくねえ」
凱は口笛を吹いて後ろに下がる。他のメンバーも同じように後ろへ下がった。炎に土煙で呼吸すると余計なものを吸い込みそうだったからだ。
「植物とはいえ結構手強かったな」
「最初に火をつけたのが功を奏しました」
「動物じゃないけど、本能的に受け付けないものだったのかもね」
土煙が薄れると、火の海の中央に大穴が空いているのがわかった。そこにマキナが平然と立っていて、仲間の目の前まで跳躍ひとつで辿り着いた。
「他に根を伸ばした形跡もなし。巨大植物退治はこれで終わりでしょう」
「あ、じゃあ村の人に教えて来ますね〜!」
涙が止まったのか元通りの笑顔で森浦 萌々佳は村人が避難している建物へと元気に駆けて行った。
「よし、依頼完了ってことで。大した怪我もなかったしな」
凱が拳を作ると響や関がそれに自分の拳を軽いて挨拶を交わす。やがておずおずと紫宮や関、霧島たちも加わり、ここにひとつの友情が結ばれたのであった。
「相手にこちらを害する自我がなかったというのが後味が少々悪いと言えば悪いですが、これが撃退士というものなのですね」
時坐は巨大植物のあった場所を見てポツリと呟いたが、その呟きは風に流されて行ったのだった。どの道、天魔を退治した後は焼却処分が普通なのだ。愁うことはなにもないはずである。
それでも一抹の切なさを感じる時坐だった。
●その場所は
「みなさん、ありがとうございました!」
「いいえぇ〜。お役に立てて何よりです。もう大丈夫ですから〜、安心してくださいね〜?」
森浦の笑みは効果抜群で、村人に波及して行くのがよくわかった。適材適所という言葉があるが、まさにそれだ。
巨大植物が生えた土地の所有者は自分の家の庭に空いた大穴を興味深そうにしばらく見つめていたが、やがて笑顔で手を打った。
「ちょいと撃退士さんたち! 手伝ってくれないか!」
そうして撃退士たちが去った後、そこに残されたものがある。
穴は埋められ、大岩が置かれしめ縄が巻かれた。その大岩を囲むように、手作りの風車が幾本も立てられた。村を守る風がいつも絶えないようにと願い、祈りを込めていくつもの風車がいつもクルクルと回っているように、と。