少女は集まってくれたことに礼を述べると、早速名刺大のカードを6枚ずつ配った。
これに質問したいことを書いて欲しいとのことだった。
●来栖 千絢(
jb0871)
「俺で良ければ協力するよ」
その言葉に占い師は改めてぺこんと頭を下げると、机の上に広げた星空の端布の上にひと組のタロットカードを手品でも始めるかのように扇状にスライドさせ、時計回りに混ぜ始める。
丹念に混ぜ終えると千絢に言った。
「質問カードを好きな順で並べて下さい」
追いかけるように、彼女はタロットカードを並べていく。
机の上を分かり易く図にすると、こうなる。
問|ABC|終|CBA|問
□|■■■|■|■■■|□
□|■■■|■|■■■|□
□|■■■|■|■■■|□
ひとつの質問に対応するカードは3枚。
A現状、Bプロセス、C結果、中央列は最終結果とアドバイスのようなものだと彼女はざっくり説明した。質問カードの方からめくっていき、そのカードの正逆と意味から結果を読み取るのが占い師なのだと。
どの質問からでもいいということで、彼は適当に1枚指さした。
「来年の運勢」
「現状は金貨のペイジの逆位置。不調子なことが多かった。プロセス、節制の逆位置。自分勝手なところがあったり、しませんか? 結果、棒の2の逆位置。うーん、えっと。何かうまくいかないことがあるかも」
「双子の兄の運勢はどうかな」
「では現状に戻って、杯のペイジの逆位置。あなたにとってこの人は、……ほっとけない人? 次は金貨の4。安定と執着。結果は金貨の9。何かよいことがある。才能が認められるとか、そういう意味です」
千絢は嬉しそうに無邪気な微笑みを浮かべた。それはもう、本当に嬉しそうに。
「兄の恋愛運なんてどうかな」
「現状は金貨の8、逆位置。うまくいかない状態? でしょうか。プロセスに棒のナイト。落ち着かない、感情的な面がある。結果、棒のペイジ。恋愛運は悪くないと思います。もし現れるなら、とても誠実な人、だと……」
なんだろう、目が恐い。
「次はあなたとお兄さんの相性ですね」
しかもオープンされてる質問事項が恐いなあと思いつつめくる。
そのカードにマリは冗談抜きで顔を覆いたくなった。
「これなら知ってる。有名なカードだよね」
「大アルカナの愚者です。現在ですから、自分のしたいことをしている、と取るべきかと。次は剣の8。どちらかがどちらかを束縛している……? 結果、正義の逆位置。相性としては、……どこかバランスがとれていない? でも、これは忍耐を示すカードでもあります」
「これから、あなたとお兄さんがうまくやっていけるか、という意味で受け取りますね」
うん、不健全な質問は控えようね!
結果だけ述べるとうまくやっていけるそうだよ。
そしてお嫁さんになれるかは、ちょっと難しいかもね!
中央縦に並ぶ3枚のカードの内、真ん中を残して開く。
「自身の努力が、良い結果を引き寄せることになります。真ん中のカードは、あなたを象徴するものです。今後の参考程度に考えて下さい」
ぺろり。
「金貨の10、逆位置。未完成。何かが足りない。それが今のあなたです」
ぐったりした占い師を置き去りにして、彼は去っていった。
●或瀬院 由真(
ja1687)
「よろしくおねがいしますね」
「は、はい! よろしくお願いします!」
マリはさっきと同じように並べていく。
「私は、もっと強くなれますか?」
「現在の状況は剣の7、逆位置。これは狡猾とか本音という意味があります。強くなるためのプロセスは、審判の逆位置? もしかしたら、何かつらいことがあるかもしれません。結果、杯の5。あなたに試練が訪れる。諦めないことが大切ということです」
恋愛運と金運は、来月はあまりよくないという結果が出た。
まあそういう時もあるだろう。
「今後、久遠ヶ原学園を取り巻く状況は良くなるでしょうか?」
「現在の状況は、愚者。新しいことの始まり。プロセス、棒のキング。状況をよりよくしようと積極的。結果、皇帝の正位置。多くの仲間を得ることができ、よりよい方向に向かうでしょう」
やっと出てきた良い結果。
「頑張らないとですね」
「では、うちの愚弟は真っ当な人間になってくれますか?」
割合切実な悩みである。
「それでは現在の状況から。金貨の4、逆位置。えーと、自分勝手な感じ、かな。プロセス、棒の10、逆位置。このままだと、取り返しのつかないことになるかも。結果、剣の2、逆位置。慎重に考えて動くことが必要となってきます。勢いに任せた行動は慎むよう進言した方が良いのかも」
「よく言って聞かせます」
真顔で頷き、最後の質問カードを見る。
『私の背はまだ伸びますか?』
「現在の状況、月。不安が強いみたいですね。プロセス、金貨のクイーン、逆位置。このことについて気にしすぎてはいませんか? 逆に周囲の人たちから敬遠されてしまっているのかも。結果は杯の4。そのままの意味なら、ないものねだり、です」
「やはり、やはりもう伸びないのですかっ」
「というかたぶん、本当に大切なものはこれではないのかも」
中央の上下二枚をめくると、マリは深く頷いた。
「すぐ手の届くところに大切なものがある。それに気付けたらすべてが良い方向に向かうでしょう。あなたの象徴は死神の逆位置。今までこだわっていたことを見つめ直し、新しいことを始める時期です」
身長へのコンプレックスがなくなるわけではないが、確かに気にしすぎているかもしれない。
「占いはあくまでもアドバイスで、絶対ではありません。希望を持つことは大切だと思います」
年下にここまで言われてはぐうの音も出ない。年上らしいことも言っておきたい。
「……経験を積む上で重要となる要素の一つは、やはり熱意です。マリさんの熱意、確かに見させて頂きました」
全員の占いが終わるまで、部室に手を加えてみますね、と由真は微笑んだ。
●虎落 九朗(
jb0008)
「折角だから、どうやるのかも教えてもらえねえかな」
「喜んで!」
満面の笑みを浮かべてマリはタロットカードを広げた。
「何すれば金運が良くなるかな」
マリはひとつずつ説明しながらカードを並べ、該当する質問のカードをめくる。
「現在の状況は、剣のペイジ。お金がなかなか貯まらなくてもそれは有意義な使い方をしているからと言えます。プロセス、棒の5。後先を考えて進む必要がある。ひとつの試練とも受け取れる。結果、正義。公正公平さを失わなければ多くのものを得られるでしょう。今望んでいるよりも、多くのものが」
小学生らしからぬ言葉遣いに九朗は驚きながらも次の質問を指さす。
「故郷が田舎町なんだけどさ。今後も呑気に過ごせるかな?」
「現在は剣の8。一見平和そうに見えても、内なる問題を抱えているかもしれない。例えば、人間関係。プロセス、金貨のナイト、逆位置。慎重な行動が必要な時期です。結果、戦車。これらの障害を乗り越える力があります。もしかしたらあなたのことかも。このカードは熱意ある若者の象徴なんで
「知人が危険依頼の梯子してんだよね。無事に帰ってこられるか、わかる?」
マリは慎重な手つきでカードをめくる。
「現状、棒の1、逆位置。強い意志や熱意が裏目にでている。プロセス、金貨の7。目先の利益に囚われ、物事が思い通りに進まないことに不満を抱いている。結果、金貨の1。それでも苦境に打ち勝つ力がある。根気強い粘りが、望む成果をもたらすでしょう」
無事かは本人の行動次第だが、カードは生存を示している。
ほっとする結果だった。
「次は、将来について。俺は撃退士として満足できる実力を得られるだろうか」
久遠ヶ原学園に所属する者なら誰もが悩むことだ。
「現在、金貨の8。努力を重ねても、なかなか目標に辿り着けないことがもどかしい状態。プロセス、棒のクイーン。年上の女性を怒らせると事態がよりこじれそうです。注意すべきですね。結果、金貨のキング、逆位置。あなたは強くなる。多くの富も手にする。……けれど、だからこそ多くの誘惑に惑わされてしまう」
ぎくりと身を竦ませるようなきつい言葉である。
誘惑に負けないようにしようと心に決めてちょっと違う方向に話を振ってみる。
「久遠ヶ原に住む動物のコンプリートって、出来るでしょうか?」
とりあえず衝動に任せなければ不可能ではないみたいだよ!
「最後は、恋愛運ですね」
「ぶっちゃけ、望みありそう?」
「現在の状況は、杯のペイジ。あなたは多くの人に好かれているようです。プロセス、棒のキング、逆位置。身勝手、攻撃的な感情を示すカードです。結果は……悪魔。どうも、色んな誘惑が身の回りにあるようですね。さっきからそうしたイメージが強く示されています。自分自身と向き合い、打ち勝つことができれば自ずと結果はついてきます」
中央の二枚のカードをめくって、マリは深く頷く。
「自分自身の努力。それが夢へ向かう道です」
最後の中央のカードをめくる。
「あなたの象徴は剣の1、逆位置。まだ覚悟ができていない。様々なことをマイナス思考に考えている。……でもこれからの行動次第でいくらでも変えられます」
九朗はまいったな、と額を掻く。
「誘惑に負けないよう頑張ることにする。ありがとな」
●天菱 東希(
jb0863)
「雑誌の占いとか御神籤くらいしかやった事ないんで……よ、よろしくお願いするッス……!」
「こちらこそ、よろしくおねがいします」
手早く並べられたカードを見つめて質問を開始する。
「友達欲しいなって思って」
「現状は杯の10。既にあなたの周りに大切な人が集っています。プロセス、剣の3。だけど、どうしても避けて通れない悲しい出来事もある。結果は棒の7、逆位置。優柔不断が失敗に繋がりかねない。自分の気持ちに嘘をつかないことが大切です。きっかけはいつも側にあります」
「人付き合いのポイントってあるッスか?」
「現在の状況は金貨のナイト、逆位置。周りの空気がうまく読めない……そんな感じですか? プロセス、杯の3、逆位置。楽な方へ流され易い、惰性で今までと変わらない行動を取ってしまいがち。結果、金貨の5、逆位置。……これまで多くの困難に遭ってきました。あとは立ち上がるだけです。もしつまずいても立ち止まらないで、勇気を持って人と向かい合って下さい」
「将来的に向いている職業とか」
「現状は月。迷いがカードにも現れています。プロセスは金貨の8、逆位置。能力の出し惜しみをしないことが大切です。結果、審判の逆位置。このカードは医療や音楽関係の仕事を司っています。ただし、行き詰まることを畏れていては何もできません」
恋愛運はいい人と巡り逢えるかもだって!
撃退士としての活動は、感情に任せた行動は控えるのが○。要注意だそうです。
「最後は健康運。現状は剣の2、逆位置。あなたを一番傷つけ苦しめているのは自分自身です。プロセス、女帝。努力を怠らなければ結果が実ると出ています。生命力に溢れ、助けてくれる人も現れる。結果、星の逆位置。大切なのは欲張らないこと。……今のあなたに必要なのは、細かいことにこだわりすぎないことです。あなたが思っているほど、周囲は気にしていないのかもしれませんよ」
最後のカードをめくる。
「あなたの象徴は棒の1。強い意志があり、新しいことを始めるエネルギーに満ちています。畏れずに新しいことに挑戦してみてはいかがでしょう?」
努力してみる、と彼は苦笑した。
●微風(
ja8893)
「本日は、よろしくお願い致します。6つも思い付きませんでしたので、1つだけでお願い致します」
「わかりました。それではスリーカード・オラクルを試してみましょう」
質問を強く、具体的に思い描いて、納得がいくまでカードを混ぜるよう指示されて従う。
(この学園で、わたしにとって『大切な人』になる相手と出会えるでしょうか?)
ひとまとめにし、三分割すると今度は三つの山から一枚だけ気になるカードを選ぶよう告げられる。残りのカードはひとまとめにして端に避けた。
「左から、あなたの過去・現在・未来を示しています」
まず、左側のカードが開かれる。
瞼を閉じてカードを指先でなぞり、感じたことをマリはそのまま口にする。
「左、月の正位置。……あなたは孤独だった。夢想に浸ることが多かった。けれど、変わるきっかけを得た」
微風はびくっと指先を震わせた。
名前と学年を名乗っただけで、質問の内容も詳しい自己紹介もしていないのに、彼女の言は的を射ていた。
「中央、吊された男の逆位置。……知らず知らずに自己中心的な態度を取っているのかもしれません。原因はあなたの過去に起因している」
「……」
「右、星の正位置。今までは持てなかった多くの希望を叶えることができる。無間の可能性が広がっている。……船を導く星のような人が、あなたの前に現れます」
端に避けたカードの山から1枚引いて、と言われて恐る恐る真ん中当たりから引く。マリはそれを未来のカードの上に置き、ゆっくりと開いた。
「運命の輪。今こそ行動を起こすべきです。私にできる助言はこれだけ、ですけど……」
上目遣いに微風を見る表情はすっかり幼さを取り戻し、緊張状態から一気に脱力してしまったようだ。
「あの、とっても、ためになりました。私、頑張りますね!」
本当に質問内容を知らないのか訪ねたくなるのをぐっと我慢する。自分が言っていないのだから知るはずがないのだ。
ただ、カードに問いかけただけなのに。
そして、カードは答えた。
胸の内に大切にしまっておくように瞑目し、良い結果が得られたことで自然と笑みが浮かぶ。
「ありがとうございました」
「ミステリアスな雰囲気を出して見たらどうかと思いまして」
星座を象った紙を窓に貼り付けたり、外の貼り紙も魔方陣や絵の字体に工夫を施した由真はおっとりとお茶の準備を始めていた。
手芸屋で手に入れてきた材料でリースを作っていた東希はそれに頷く。
「真っ暗より仄明るいくらいが、人の緊張をほぐすってどっかで聞いた事あるッスよ」
机の上にはキャンドルやムードの出そうな音楽が入ったCDが置かれている。
微風は少し首を傾げ、部の今後を考える。
「本職の方や、文化祭などのイベント時ならともかく、日常では飛び込みの客は期待できないと思うのです。今は部室を出て、人目のある場所でこちらから積極的に売り込みをかけてみてはどうでしょう」
マリは頷きながらメモを取っている。
目から鱗とはこのことだ。
「ありがとうございます! みなさんに相談して、本当によかったです!」
これからも頑張ります。
その笑顔に、ひたむきな姿勢に、こちらこそ、と言いたくなる。
頑張る姿を見ていると自分も頑張らなくちゃと思えるから。のんびりとした午後の時間を、彼らは楽しく過ごしたのだった。