騒々しく、華やかな文化祭の喧噪から離れた、人気のない一角にちらほらと人が集まってくる。
注視する者も特になく、その部屋の椅子は次々と埋まっていった。
――なぜか、猫のおめんを付けた人々で。
会議室は法廷を思わせる形で整えられており、なぜか評決用の木槌まで用意されている。
「それでは、これよりETC会議を開始する」
厳かに宣言したのは黒いスーツに身を包み、頭をすっぽりと覆う黒猫のマスクをした怪人だった。隣には猫耳にゴシックドレスに眼鏡つきという、招待状通りの秘書が慎ましげに控えていた。
「議題は前もって通達しておいた通り、猫に関することだ。皆、気合い十分なようで何よりだ」
そして最初の議題について話し合いが始められる。
●1.猫について
「これについてはそれぞれ思うところがあるだろう。端から発言してくれ。特にない場合は飛ばして構わない」
一番奥の席に座っていた人物に秘書がマイクを渡す。
彼はおめんをつけていなかった。
小田切ルビィ(
ja0841)は躊躇いなく語り出した。
「日本にやって来たのは奈良時代頃。江戸時代は本物の猫は貴重で、鼠を駆除する為の呪具として猫絵を描いて養蚕農家に売り歩く者が居た位だ。所謂ネコグッズの走り……ってヤツだな」
どふ、と会議室のあちらこちらから笑いを堪える奇怪な音が発生した。
猫を語る。間違ってはいない。だが、これは猫好きの集まりではなかったのだろうか。
暮居 凪(
ja0503)は一応のこと配布されたおめんをつけていたが、あくまでも淡々と意見を述べる。
「猫を好きなところ? 一言で済むわ――『猫だから』」
あまりにもきっぱりとした言葉に周囲が静まり返る。
「嫌う人が嫌なところ、好きな人が好きなところ。そのすべてが猫だから。全肯定してこその猫好きでしょう」
パチパチパチパチと拍手が起きる。全く持ってその通り。
喝采を受けながらもマイクを隣に渡した凪は、怪しいを地でいく評議長を見た。
(不思議な機関ね? 正体を探ろうなどとは、無粋なのでしょうけれど)
猫耳メイド服に身を包んだ神城 朔耶(
ja5843)はにこにこと笑って一言。
「猫さんについて、ですか……。やっぱりあのもふもふと肉球のぷにぷにがいいですね〜」
わかりやすくて大変よろしい。
(ひゃっはー、猫だ猫だ〜!)
Rehni Nam(
ja5283)は心の中で小躍りしていた。否、着物で猫耳・猫尻尾・肉球シューズフル装備で心の中だけのわけがない。
「この世で最も愛らしき生命体です。恋人以外越えるものは存在しません」
言ってから、心の中で付け足す。恋人は愛らしいではなく、愛しい、ですけど。
とはいえ彼女の猫愛は周囲にもよく伝わっている。
次にマイクを受け取ったのは雀原 麦子(
ja1553)。
ヴェネチア祭りの猫の仮面に猫耳・猫尻尾装備。ビール片手に語り出す。
「可愛いわよね〜。特に子猫とか殺人級ね。こたつでごろごろしてる時に遊び相手としては最適ね。肉球とかふにふにしてるのも面白いわ♪」
そしてここからが酔っぱらいの本領発揮。
「そして猫科の本気は虎とか豹の大型獣ね♪ あのしなやかなボディ! 肩から背中にかけたなめらかな曲線の美しさ! 自然の作りだした芸術に頬ずりしたくなるわ♪」
「その通り!」
大声を上げて立ち上がったのは上半身裸に猫の面の男だった。
「猫かわいいぞー! 俺、猫好きだぞー! でも、彪の方がもっと好きなんだぞ!! 彪はカッコいいんだぞ! がおー! って行くんだぞ! 動きもしなやかで素早いだぞ!! 何よりあの模様が俺強い!! っあかしなんだぞ! 彪いいんだぞ!! 猫にはないかっこよさを持ってるんだ! 猫が可愛いなら彪はカッコいいんだぞ!! 彪いいぞ!! 彪!! これからは彪なんだぞ!! がおー! がおー!! だぞー!! でも、虎も獅子も好きなんだぞー!! 勿論猫も好きだぞー!!」
秘書の静止を振り切ってマイク無しで叫びきった彪姫 千代(
jb0742)は満足げに席に座り直した。もはや語ることなどないという体だ。
気を取り直して、次。
高虎 寧(
ja0416)はふああと欠伸し、
「猫……うちは苗字通り、猫科の人間で且つ生態そのものが猫みたいなものです。何故ならば、はっきり言って寝るのが好きで、どこでも寝れます(どーん)」
え、とその場のほぼ全員が目を丸くする。
「これぞまさしくうちが猫科に属してる証拠なのです。なので猫万歳を掲げつつ、うちは隅でまったり寝る事にするのよね。お休みなさい」
と、一礼すると彼女は本当に部屋の隅で丸まって寝はじめた。
コホン、と咳払いして評議長が先を促した。
(猫についての愛、か……武士たるもの軟弱な行いはいかんが……い、依頼だからな。仕方が無いのだ。三毛猫のおめんもあるからな。ふふふ……これで私の正体は隠せるのだな……)
おめんの下でにやけていた酒井・瑞樹(
ja0375)は秘書がマイクを持ったまま固まっているのに気付いてわざとらしくゴホンと咳をした。
「猫について、だな。……愛でるだけで幸せになれる、もふもふで至高の存在だ! 肉球もぷにぷにで可愛く、お腹のぶにぶに具合も最高! ごろんと転がる仕草や遊んでアピールも良い! 足にぐりぐり懐いてくるのも、寝てる所に上へ乗ってきて前足ふみふみする姿も可愛い! つまり全部可愛いという事だ!」
ばーん!
言い切った。言ってやった。そこかしこでうんうんと頷いている同志がいる。満足である。
白蛇(
jb0889)は首を傾げながらマイクを受け取る。
「猫、のう。確かに好きじゃが、一番、となればやはり我が眷属たる蛇なのだがなぁ……さてはて、どうしてまたわしの元に招待状が来たのであろうか? まあ、良い。猫好き達の討論、楽しませてもらうとしよう。話題を振られるのは少々困るが……まあ、蛇の鱗のすべすべした感触ほどではないが、あのふわふわもこもこな毛皮も悪くない。そういえば、すふぃんくすとかいう毛なしの猫がいるらしいが、どのような感触なのじゃろうか?」
逆の方向に首を傾げ、彼女はマイペースに話し続ける。
「ああ、そうじゃ。わしの格好じゃが、猫耳と肉球グローブ、そして猫のしっぽであるな。猫耳と肉球グローブは我が友人達の手作りである。猫のしっぽは学園からの支給品じゃ。しっぽはともかく、猫耳と肉球グローブは我が宝物である」
グッズに関する議題はまだなのだが、なぜかそこで評議長が拍手をした。
「実に素晴らしい」
何が? 喋った本人も周囲も意味が飲み込めない。
「君は実に、猫っぽい。興味のないフリをして実に熱い想いを感じさせる。素晴らしいよ」
基準がさっぱり行方不明である。
次行こう、次。
「……見ているだけで癒されるわね……」
紅 アリカ(
jb1398)はぽそっと呟いて隣の人にマイクを渡す。
彼女の隣に座っていたのはこれまた独特な服装の二人組。もといカップル。とりま夫婦。
白いマントにもさもさの白猫の仮面(女)がまず喋る。
「猫は、愛らしいのです。そして、あの鳴き声と耳の触感と尻尾のふさふさ感と全体のもふもふ感がたまらないのですよ!」
黒いマントに黒猫の仮面(男)が続けて語る。
「猫は気ままな様で此方をじっと見ている実に繊細な生き物だ。故に我々は猫じゃらしを常備し、常に猫を愛でる態勢を整えねばならない!」
鳳 優希(
ja3762)と鳳 静矢(
ja3856)は仲良く力説したのだった。
「猫…拙者はスコティッシュフォールドが好きじゃな」
異様な集団の中、天音 万葉(
jb2034)の発言はまともだった。
「別名キャップ猫じゃ♪ あれは実に間抜けな顔をしておって、そこがまた可愛いのじゃ。目が他の猫よりもくりんとしている感じもするしの」
好きな種類があるというのもいいものである。
「なるほどね〜」
適当に相づちを打った佐藤 としお(
ja2489)は、なぜ自分がこんなところにいるのか理由がわからなかった。嫌いではないが、特別猫に思い入れもない。質問の時間があったら訊いてみよう。
黒猫のおめんをつけた一条 朝陽(
jb0294)はぐっと拳を握りしめ、力説する。
「猫はかわいい。そう……かわいいのです! その姿! しぐさ! なき声! その瞳! しなやかな躰! かわいく、美しく! そして時にかっこいい! 理由などありません! そう……猫はかわいいのです! 以上だよ!」
キッパリハッキリクッキリ。
清々しいまでの愛情である。
「猫は正義。猫は至高」
そう断言して思いの丈を語り始めたのは九十九(
ja1149)である。
「猫に限らずネコ科の動物は素晴らしいのさね。あらゆる者を魅了する肉球、光を反射する目、狩人足る存在を忘れないあの爪。何より、あの毛並を撫でた時の滑らかさ……犬などと違って必要以上に媚びる事はしないあの態度。自由気まま気分次第、エサの時や寒い冬に甘えてくる時は……全てを許したくなる」
普段は図々しいくらいあのにころっと変わる瞬間がたまらない、などといつまでも語り続けそうなのでマイク没収。愛が深すぎるのも困ったものである。
「猫可愛ぇよねぇ猫。犬は従順な所が可愛ぇけど、猫は気まぐれで生意気な所が好きやな……どろどろに甘やかして、どんな手を使ってても自分の子にしたなる、よね♪」
ね? と首を傾げると室内のほぼ9割の人物が深く頷いた。
「特に、っちゅう感じやけど、やっぱり子猫は別格よな!」
亀山 淳紅(
ja2261)、トドメの台詞にまたしても会場中の人が頷いたのだった。
(猫……可愛いですよね!)
ここまで熱く語る集団とは思っていなかったものの、猫耳メイドで『陰』と名乗った御影 茉莉(
jb1066)は思ったことを率直に口にする。
「あのもふもふがいいですね。暖かくて気持ちがいいです!」
シンプルで良し。わかりやすくて納得。
「猫は好きなんですが、何故か一部の猫には嫌われますね。コンビニ帰りに猫が寄ってきて撫でて立ち去ろうとしたら増えてた時は、正直あれは驚きました。でも撫でると和みますよね」
猫の肉球大好きで、野良猫が寄ってきたら前足の肉球をフニっているらしい石田 神楽(
ja4485)は、
(猫について語るんよな……ん、うん……冷静に)
隣でそわそわと自分の番を待っていた宇田川 千鶴(
ja1613)をさりげなくスルーしてマイクをひとり分飛ばして渡した。なぜスルーしたかは推して知るべし。
大和田 みちる(
jb0664)はこれまで出た愛情や熱意の叫びをひとつひとつ頷きながら聞いていた。そして自分の番が回ってきたので、しみじみ回答する。
「猫、猫。うん、やっぱかわええなぁ……ってそうやなくて」
三毛猫面の発言に周囲がほんわかする。
「自分は和猫が好きやな。やっぱり日本家屋の縁側でひなたぼっことか。なにその無敵な可愛らしさ。撫でまくっても起きないくらい熟睡してるのが理想で」
想像するだけで和んでしまう。
「猫については次の人で一旦切ろうか」
評議長の言葉に、自然と注目が集まる。
黒猫の仮面をつけた少女はマイクを手に立ち上がる。
「やっぱり黒いねこちゃんが好きっ、白いてぶくろとくつしたはいたみたいな子が特に好きっ!」
手足の先が白い靴下な子なんかもうたまらない! と力説し始めるので、猫好きでも三毛猫派や白猫派、長毛派など実はそれぞれこだわりを持つ人々が次々に自分の好きな部位・柄を主張し始める。こうなるともう手に負えない、というかこうなるだろうという予測はしていたのか、評議長と秘書は涼しい顔(見えないけど)で見守る構えだ。
「も、もうっ! じゃあ見せたげるよぅっ、くろねこちゃんのかぁいいとこっ!」
黒猫大好きエルレーン・バルハザード(
ja0889)は机を飛び越えて前に進み出ると、変化の術で黒猫に化けてみせる。といっても、通常の猫の10倍くらいの大きさはあるのだが。
「可愛いー!!」
「もふもふー!」
猫好きの集まりでそんなことをすれば人が群がるのは当然である。
「に゛ぁー! にににぁー!(おさわりはっ、げんきんなのっ!)」
言って、聞く耳があるわけない。
完全包囲網の中で彼女はふとある現実に気がついた。
(今、スキル効果が切れたらどうなる?)
残念ながら変化の術は自らの肉体のみを変動させるもので、衣服などは別に用意しなければならない。今まで着ていた服はあーれー猫になる際散り散りに。ダッシュで逃げようとしてもがっちりしっかり捕まえられてしまっている。
大きいにゃんこをもっふもふ。嗚呼幸せ。離さない。
コーンコーン。
評議長が木槌を叩く音に一同一瞬我に返る。
「次の議題に進みたいんだけど、いいかな?」
すみませんはいおっけーですよろしくおねがいします。
ちなみに猫になったエルレーンは秘書に連れられて退室して行った。
●2.ネコミミ等装飾品について
「そうだな……じゃ、さっきの博識な一番さんから。後は順次言いたいことがある人に」
一番ってナニとツッコミたいところだが、博識という言葉で視線は黒猫な銀髪さんに注がれる。きっちり猫耳も装備しているが、切実なツッコミ不足。
「日本でネコミミが登場したのは、文政10年の市村座で初演の鶴屋南北『独道中五十三次』に登場する化け猫の瓦版に、猫耳ver.の挿絵が描かれた時と考えられる。この手の挿絵は大量に描かれたがどれも作者不詳だったり……。――まぁ、当時から既にネコミミ萌えが存在してた訳だ」
しっかり講釈したルビィはふと遠い目を(おめんの下で)する。
「ガキの頃に三毛猫のみーちゃんを飼ってたが……いつの間にか居なくなってたな……」
切ない思い出である。
室内がしんみりしかけたところで評議長は適当にマイクを回した。
「とりあえず、ネコミミ等装飾品があれば、ユキがつけるのですよ。そしたら、静矢さんがもふってくれるのですよ。愛なのですよ。ネコだからなのかユキだからなのか解らないけれど、愛なのですよ」
うん匿名の意味がないですよっと。
「猫を模した装飾品はあざとい……しかし、その猫の一部一部をも愛するのが、真の猫好きではないか?」
こちらはさりげなく相方を膝であやしながら猫可愛がり。
空気読めよ評議長と思ったのは一人二人ではない。
マイクはさらに適当に回される。
時間も押してるし、さあここからは本気で匿名発言タイム★ 誰の意見かな!
「微妙に違うかもしれんけど、さりげない猫耳ヘッドフォンってええよね。え……マイナー?」
「可愛いとは思いますよ? 流石に普段つけようとは思いませんが」
「……存在自体は認めます……でも、さすがに身につけるとなると、ちょっと恥ずかしい気もするかしら……」
「その辺の男子に聞いてみると良いのじゃ。きっと猫耳より尻尾の方が良いと言うに決まっておる。そうじゃろ?」
「特にそういう趣味はないが」
「ねこみみ……最近これに妙にハマってる人多いけど、たしかにかわいいのはかわいいものなぁ。ねこみみの生えた女の子とか見ててかわいがりたくなる。こどもっぽさと、ときどきかいま見えるワイルドさの勝利?」
「衣装や人によりますが…可愛く見えますよね」
「否定派。猫本来の素晴らしさをもっと広めるべき」
「猫に対する愛情表現の一つ、と捉えている。私も時々猫になりたいと思うからな……」
「ありですね。似合っても似合わなくても、お猫様への愛を表しているのです。でも、愛無く目立ちたいだけだったら……くす()」
●3.猫型天魔について
「これはねえ、確認されているから何とも言えないけど。可愛い天魔って扱いが難しいよね」
しみじみ言う評議長自身も経験があるのだろうか。
怪しい黒マスクマンの素がチラリと覗いた気がしたが、彼は戻ってきた秘書にマイクを回すよう指示する。
「……攻撃なんて……したくない。過去に相対した時は無防備に一撃を受けて死にかけたけど……」
猫至上主義・九十九くん。経験者は語る。
「……前も似たような事があったけど、あれは辛かったわ。猫だったら、正直何とも言えない気分になるでしょうね……」
可愛いのが大好きなんです、アリカちゃん。
「可愛いと、攻撃するのに若干抵抗はありますね」
母性本能のなせる業か。茉莉さん。
「う〜ん。やっぱり天魔だからね。本物の猫とは違うよ。あ、仲間になってくれるなら別だよ〜」
味方ならいいのにと無茶を言う朝陽ちゃん。
「天魔だからには倒さざるを得ないのです。でも倒す前に、出来ればモフります。そしてその天魔を生み出した親を草の根を分けてでも探し出して滅殺します。私に、お猫様を殺させるだなんて……」
様付け。
瞳から輝きが消えるレフニーたん。
それをちょっと離れた席から見守る淳紅は例え仮装していても恋人の存在には気付いていたが、同時に殺気めいた気配も感じてびびったりして。
「流石に悪さをしている天魔であるなら話は別なのですよ」
悪さ働く前だったらどうするんですか朔耶……匿名・朔さん。
「……可愛いものを滅するのは気が引けるが。害をなすならば……じゃろうか。相当苦戦するじゃろうがな」
だって可愛いんだもんしょうがない。万葉さんの言うことももっともです。
「とりあえず、撫でてから倒したいのですもがっ」
「猫の姿を模した天魔……猫を利用し人々を苦しめるという暴挙! あってはならないことだ。故に、猫型天魔は涙を呑んで討たねばならない! 本物の猫達の印象を守るためにも!」
とりあえず、鳳夫妻はラブラブ体勢なので置いておく。
ここまで沈黙を保ち続けていた影野 恭弥(
ja0018)がマイクを拒まずに受け取った。
「小型で見た目愛くるしい猫型天魔なら躊躇するかもしれないが、自分の数倍の大きさの所謂ネコ科な生物を模した天魔は可愛いなんて言ってられないな。巨大な白虎を模した天魔と戦った時はさすがに肝が冷えた」
それだけ言ってまた押し黙る。
この日二度目の拍手が鳴った。
「エクセレント」
評議長の琴線はよくわからないので、一同は次の言葉を待つ。一応、この集まりの主催は彼なのだから。
「先程の彼女にも言ったが、君は猫っぽい。そうだ。猫っぽさでいうなら君の方が上だ」
恭弥は特に反応を示さない。だが、それをさらに気に入ったらしい。
「君はまさに猫! そのつれなさが、無愛想さが、人に簡単には懐かないところがいい! そうは思わないか諸君!」
ここまで言われても何の反応も見せないのをじっと観察した参加者は、拍手でもってそれに応えた。
確かに。まさしく。猫っぽい。
猫好きが認める猫っぽさ。
●4.ウチの子自慢
「さて、そろそろメインディッシュの時間かな」
思う存分自慢してくれ!
トップバッター匿名での参加・癸乃 紫翠(
ja3832)さん。
このために参加したと言っても過言ではないのだ。
「んー……自慢……とは違う気がしますが、うちのは、一風変わったこですね。貫禄があるといいますか……」
黒猫で目つきが悪くて鳴声を聞いたことが無い。鳴かないから、呼びに来て目で訴える。じぃっと。
丸くてでかく標準の成猫の2倍近い大きさがある。大きさのせいか、とにかく動かず体力が無い。ソファにも飛び乗れない。まるで猫の置物。
8月末に、ダンボールに入って捨てられているのを発見。目が合ったら目力に負けたような気がしつつ拾って飼う事にした。
「拾った時点でコレなので、今は少しでも動くよう遊ぶのと、少しずつダイエットさせています。無愛想でも大切な家族ですから」
愛情たっぷり。やっぱりウチの子が一番可愛いいものだ。
他にも家には彼女の飼い猫もいる。小さい茶虎がこれまた可愛くてって長くなってしまったので次行こう。
猫ならこの人、九十九くん。
「うちのライムは三色見事な三毛猫で、綺麗な毛並、スマートで……」
なほ、この猫愛溢れる語りは五分を経過したところで評議長にストップをかけられた。
君の愛はよくわかったからと。
そろそろ出番を下さい。千鶴さんは匿名であることもあってやや興奮気味にしゃべり出す。
「昔猫を飼ってて……捨て猫で、ちょっとおバカで、高い所が好きな癖に登ったら降りれなくなって、結局自分が助けに行ったり……怖がりな癖に平気な振りするとかがアホ可愛くて……」
猫を見るとその子を思い出したりなんかして。
「肉球も良いが、家猫の甘やかされてちょっとふっくらした肉付きの良い背中等を撫でた時のあの感触が堪らないし、甘えた声は、極希だからこそ愛おしいし、なので普段素っ気ないのもご褒美だし、甘噛みなんかされたらもう胸が高鳴って」
引っかかれるのも愛の痛みモガフガモガフガ。
暴走し始めた千鶴のおめんを若干ズラして抑え込み、
「……そろそろ危険ですね、回収します」
一足先に失礼しますと去っていくキラリ笑顔の石田さん(顔見えないけどね!)
「頭を撫でたりね、首を掻いてあげると、体を擦り付けてきてね? もっと撫でてあげると気持ちよさそうに……(略)……でも偶に噛みついてきたり、あ、当然甘噛みだよ、でね……(略)」
おっと朝陽さんにも評議長から時間的ストップが。大丈夫、その気持ちは良くわかる。
この辺から少し話が脱線していくのでご注意下さい。
「そうやね、実家におるんは茶と白の斑やけど……今好きなんは、白猫、かな? 可愛くて抱きしめたくってたまらないんだよね」
匿名効果で大胆になっている淳紅くんの台詞後半は猫に向けたようで、猫の仮装をした恋人に向けられている。ゴロゴロ言わせたいんですか、地味に変態っぽ()
「猫は飼ってないんですよね……。飼ってみたいとは思いますが家では訳あって飼えませんし……」
「自慢できるような子いないのですよぅ。お猫様をこんなにも愛しているのに、飼っていないのです……」
「……ペットが飼える住処があれば、誰か紹介してくれないかしら……」
「飼うとしたら白色か黄色の猫さんがいいですね」
自慢したくても自慢できない悲しき集団に、突撃をかける白猫(の仮装をした人)。
「ネコはユキなのですよ。ユキはネコの子なのですよ。だから、ウチの子と言ったらユキの自慢をするのです。はいはい、にゃーお☆ にゃお☆ 寂しくないですよー!」
すいませんさすがに本物がいいです。
うんまあ無理もない反応だ!
我関せず、万葉さんは惚気る(?)
「最近近所でトラ猫を見るのじゃ。あれは実にめんこいぞ。拙者の顔を見るとにーにー鳴きおるのじゃ♪」
え、どこ。それどこ。見たい見たい!
すっかり井戸端会議状態。匿名が家出した。
コーンコーン。
再び評議長の木槌が響く。
「そろそろ閉会にしたいから一旦席についてもらえるかなー?」
慌てて席に着く猫好き一同。
「では名残惜しいけど、デザートタイムに入ります」
デザート? 首を傾げる参加者に評議長は(見えないけど)笑って言った。
「別名・質問コーナー。なければ解散するけど、はい、素早く手を挙げてくれたそこの君」
マイクを渡されたのは匿名・佐藤 としお。
(何故、僕に招待状がっ!?)
と思っていたので渡りに船のコーナーであった。
「ちなみに、今回招待された人達はどういう理由で呼んだんです?」
基準があるなら教えて欲しい。
今日参加した感触ではさほど危険とも思えないが、怪しいことに変わりはない。
(学園に害なす様なら情報を取り、後日それを基に潰すだけ。……ま、そんな事無いですね)
そんな風に考えていたのだが、評議長はただひたすらにあっさりと答えた。
「綿密な調査による選出、及び布教のためにさほど猫に関心を持っておらず、それでいて仲間になれそうな者を若干名下調べの後招待させてもらった」
個人情報だだもれじゃないか? いやでも猫に関する調査? よくわからない。
評議長はそれ以上話題を引っ張ることなく、
「他にー、質問ある人ー」
のんびりとした口調で会議室を見回した。
おずおずと手を挙げた少女が一人。
「と、所で……この集会は定期的にやったりしないのか……? また参加したいのだが……」
質問の意図が猫に関する集会か、それとも色々語り合う集会かは判断できないが、彼は気前よく答えた。
「次回開催は決まっているよ。12月にね。ただし、猫に関するエトセトラではない。希望するなら招待状を送らせてもらうよ」
「そ、そうか……検討させてもらう……」
「毎度有り難うございます」
どこのお店だ。
それ以上質問が出なかったので解散ということになった。
退場の際、
「じつは猫又なんやで」
と、お尻に尻尾を二本付けた参加者がいたとかいなかったとか妖怪っぽかったとか不思議な思い出ができたそうな。
「さて……」
会議室から十分に離れ、仮装を解いた暮居 凪は尾行がいないことを確認して、そっと方向転換した。向かう先は生徒会室。文化祭のまっただ中、役員はいないかもしれないが関係者は誰かしらいるだろう。
「しかし……少しばかり、趣味にあわないわね。一つの事を突き詰めるのではなく、エトセトラ――なんでもよい、と言うのは」
こんな怪しげな集会を野放しにしておく理由はない。通報する気満々だった。
ややあって、集会が開かれた場所に武装した集団が乗り込んだが、教室は綺麗に整えられており、怪しげな会合が開かれた形跡はどこにも残されていなかった。
「過激な集団……とは違うようだが、目的の意図が読めない。ただ猫好きかと思ったらそういうわけではなさそうだ。定期的な監視を行った方がいいとも言える。微妙なところだな」
岸崎蔵人は曖昧な報告をせざる得なかった。
生徒に危険な思想を与えないとも限らない。彼はそう締めくくったのだった。