試験が終わってひと段落。
「んーっ、やっと終わったー」
神喰 茜(
ja0200)は軽く伸びをしてあるプリントを取り出す。
秋のウォークラリーと銘打たれたその内容を確認し、時計を見る。もうすぐ午後三時。和服のレンタルが始まる。
さて、どんな着物を着ようか。
密かに胸躍らせながら茜は鞄を手に教室を後にした。
●
当然のことながら和服を持っていない、実家に置いてきた、着付けができないという学生は多く、体育館は活気に満ちていた。
「借りる着物が決まったら、申込み用紙に学年・クラス・氏名を書いて受付を済ませてねー!」
発起人の山咲 一葉(jz0066)の呼びかけに元気のいい返事が返ってくる。
「カズハちゃん、一緒に選んでー♪」
留年なんて気にしない。全力で遊ぶ気満々の雀原 麦子(
ja1553)の相談に一葉は笑顔で頷いた。
畳んであるとは言え、色とりどりの着物が山程ある光景は目の保養にもなる。どれにしようか悩んでいる女子は少なくない。希望の色や柄を聞いて一緒に悩んだ結果、麦子は袖に麦の穂をくわえた雀の描かれた着物を選び取った。
(和服で秋を楽しむのも面白そうね♪)
ちょっとは反省しよう留年さん。
「藍色か黒で、あまり派手でないもの……」
桐原 雅(
ja1822)のリクエストに、今回協力してくれた呉服屋の店員は黒地に流れる川のような藍の流線と和楽器が控えめに描かれているものを選び出した。
そうして着物を選んだら、次は着付けである。
「着付けなんて……自分じゃ無理だよ」
そんな神埼 晶(
ja8085)の弱音を耳にした東雲 桃華(
ja0319)はにっこり微笑んで手伝いを申し出た。
「桔梗の柄がとてもよく似合っているよ」
「そ、そうですか?」
腕を上げて、とか、ちょっと後ろ向いて、と指示されついつい敬語になってしまうのはご愛敬。足袋の履き方までしっかりお世話になって草履に足を通すと、鏡には大人の女性が映っているように見えた。学生服とは全然印象が違うので戸惑ってしまう。
そこへ既に着付けを済ませた鴉乃宮 歌音(
ja0427)がやってきた。
「メイクはどうかな?」
必要ならやってあげると言いながら、やる気満々である。女性用着物を着ているが中身はしっかり男性の歌音は楽しげに人の輪を泳いでいく。性別なんて気にしない。というか、似合いすぎて誰もつっこまない。
着付けができるの? お願い手伝って!
そんなやりとりが各所で起きていた。
「し、シヅルさん、ちょっと、苦し……」
「ふふ、多少苦しいのも身が引き締まるというものですよ」
大正女学生風に袴姿で決めた神月 熾弦(
ja0358)にギィネシアヌ(
ja5565)は楽しく弄ばれていた。白地に蛇の鱗のような藍色の模様の着物に、銀の刺繍のある紺色の帯。結び方はああしようかこうしようか、正しく遊ばれている。
着付けはお手の物、という珠真 緑(
ja2428)は深緑の生地に紅葉柄の着物を着て犬乃 さんぽ(
ja1272)の着付けを手伝っていた。セーラー服を着ていたため呉服屋さんに女性と間違われて着物を選ばれたのに、
「一緒に遊べるのも、父様の国の衣装着れるのも、とっても楽しみ♪」
本人が気付いていない&誰もツッコミを入れないという状況下、とりあえず似合えば問題ないようだ。
「前に着た時も思いましたが……和服って胸が若干苦しくないです……?」
ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)は慣れないゆえの感想を述べるが、お腹にはちゃんとタオルを巻いてある。異国の服ではあるが、藍色に桔梗の花の着物がよく似合っている。
他にも、
「和服は浪漫だよねぇ。着付けは出来るから、出来ない人や困ってる人が居たら手伝おっか。上にする方間違って死人になってても流石にマズいしね」
などとのたまう嵯峨野 楓(
ja8257)が手伝いを名乗り出るなどして準備は着実に進んでいったが、中にはこんな人もいた。
(必要になった時のために、実家から持って来ていて正解でした)
市来 緋毬(
ja0164)は母親の着物に袖を通し、いつもと違った新鮮さと、どことなく懐かしさを感じていた。桃の花と鞠が描かれた艶やかな訪問着は、他の参加者が着ているものと一線を画している。母から娘へ受け継がれて着ることができるのもまた、和服の良さである。
(こうして、ここで折り返して……)
大きな姿見の前で、真剣な表情でソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は紫の着物と戦っていた。
「できた!」
これまでに何度も練習してきた結果、遂に自力で着られるようになったのである。お端折りも大丈夫、帯もしっかり蝶々になっている。イタリア出身の彼女には長い道のりだったが、日本人でも着られない人がいる手前、立派な努力である。
嬉しくなってはしゃぎたくなるものの、それをぐっとこらえて雅な動作を心がける。せっかくなら着付けだけでなく楚々とした所作も身に付けておきたい、と思ったのだが。
「まもなくウォークラリーを開始しまーす!」
実行委員の声にはっとして時計を見ると着付けに随分と時間を取られていたことに気がついた。着崩れないようにしながらも慌てて草履を手に更衣室を後にした。
●
棒に糸で結ばれた提灯は、今回ロウソクではなく豆電球が仕込まれている。乾燥してきて火事に注意というよりは、慣れない着物で転んだら大変、という心遣いでこうなった。
どちらにしろ和服で光量の低い提灯を持って歩く学生たちの一行は、なかなかに見応えがある。参加しない人々から注目を集めていたが、まさしく実行委員の思惑通りである。
「当然やるからには全部狙うわよ!」
元気良く出発したのは雪室 チルル(
ja0220)。明るい青地に雪の結晶柄の可愛らしい着物を着ているのだが、
「一番乗りはもらったわ!」
なにゆえ走り出すのか。
「あ、待って下さい!」
慌てて追いかけるRehni Nam(
ja5283)。厚手の浴衣には花火の舞う夜空が描かれている。
このウォークラリー、別に早さを競うものではない。むしろのほほんと秋の雰囲気を満喫する企画なのだが。スタートダッシュした二人に呆気に取られた人々も、やがて各々のペースで歩き始めた。
「うふふ……ああ、きれいな景色だな……」
言葉とは裏腹に、どよんと重い空気を背負ったラグナ・グラウシード(
ja3538)。紺色を基調とした紬はなかなか似合っており、きちんと姿勢を正せばそれなりに格好良いはずなのに、残念ながら猫背を通り越した背中の丸め具合ではどうにもしまらない。
彼はまだ、留年のショックから立ち直れないでいた。それでも、気分転換しようと参加したウォークラリー。でもやっぱり気持ちは沈んでしまう。
「……? 何だろう、地味な草だな」
受け取った絵はがきに首を傾げながら彼はフラフラと、時に笑い、時にしくしく泣きながら歩いていった。誰も近寄ってこないがそれに関しては以下略。
秋の七草は、春に比べれば認知度は低い。しかし地方によっては夏・冬にも七草があるというのだから奥が深い。
「へえ、春以外にも七草ってあるんだね。これは後で手紙に使おう」
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)は素直に感心しながらススキ野原に月が描かれた風景画を受け取り、周囲を見回す。暗くなる時刻も早くなり、着物に提灯を持った参加者がチラホラと視界に入ってくる。
「こういう服装で回るのも悪くないな。何だか昔にタイムスリップしたみたいだ」
バンカラ、というのはいわゆる着物を着崩したものや、漫画の番長っぽいものと言えばわかりやすいだろうか。そんな衣装に身を包んだ彼は、和風な夕食を求めて商店街を歩いていった。
あんまり男性陣が続いても華がなゲフン。
お洒落した女の子は可愛い。文句なく可愛い。
紅葉柄の秋らしい着物を借りた茜は、のんびりと秋の小路を歩く。あくまでも七草揃えは『ついで』だ。風流を楽しみ、今は今しか感じられないものを味わいたいと思っている。
(満月、紅葉、虫の声……)
五感を刺激する様々の、秋。
「せっかくだから落ち葉を拾っていこうかな」
晶は提灯で足下を照らして、気に入った落ち葉を拾い始める。草履の下でさく、さくと小気味よい音を立てる落ち葉もまた愛しく感じられる。
拾った落ち葉を指先でくるりと回して、微笑む。
「紅葉がきれいだね」
小さな発見が、とても楽しい。
「七草といえばお粥! お腹空いてきたわ……」
残念ながら秋の七草は食べられません。若干勘違い気味の楓は、橙色の着物と裾に金糸で桔梗の描かれた紺の行灯袴を着ていた。紅色の緒花の下駄、髪型も団子にして朱色の簪、着物とお揃いの巾着まで用意したかなりの気合いの入れようだ。が、
(葉書きは見つけられるだけでのんびりいこうかー。送る相手? ……リア充は爆ぜろよ)
ちょっぴり残念なことを考えていた。
「提灯の灯りがいい雰囲気出してるわぁ」
気分を変えてカメラのシャッターを押す。が、ちょうど歩いてきた男女が映り込んでしまう。
(いやーいいわー本当に……りあじゅうっ)
ギリイッという恐ろしい歯ぎしりが聞こえたとか聞こえなかったとか。
ドニー・レイド(
ja0470)とカルラ=空木=クローシェ(
ja0471)は連れ立って歩いていた。黒の着流しと、薄桃色の着物の組み合わせはよく似合う。しかし彼と彼女は恋人同士ではない。
友達以上恋人未満。
なんともじれったい関係である。
「……最近どうよ。依頼とか、悲しい事とか……溜め込んでないか?」
問われて、カルラは慌てて前を向く。
「うん、色々あったけど……もう大丈夫。ドニーはどう?」
「俺は……そうだな、撃退士って何なんだろうって考えてる。 ただ戦うだけじゃ駄目なんだよな……とかさ」
気恥ずかしげに本心を吐露したドニーに、カルラは一度は逸らした彼の顔を見た。月の満ち欠けなどよりよっぽどドニーの表情の方が気になるのだ。
「……ん、そう……ドニーはどういう撃退士になりたいの?」
「……まぁ、答えはいずれ教えるさ」
恋人という発想がない彼にとって、彼女の支えになれるような存在になれないかという葛藤は、まだ口にすることができない。
「そうね、また何時か一緒に……えと……こ、こういう行事があったら行きたいわね」
「ああ」
沈黙は気まずいものではない。
ゆっくりと歩く二人は、一緒にいる時間ができたというだけで今夜ウォークラリーに参加した意味があったと言える。撃退士というのは本当に、厳しい現実をつきつけられるものだから、一緒にいられる。それを大切と思えることが、今の二人にとっての幸福。
(前回はぼっちだったな〜)
春のウォークラリーを思い出しながら、黒の紋付袴をまとう星杜 焔(
ja5378)は隣を歩く雪成 藤花(
ja0292)を横目にちらりと見て、ついしみじみとしてしまう。
秋らしい色合いの小振袖に行灯袴姿の藤花を、他の人より可愛いと思えるのは恋人の特権なのだ。何があってぼっち卒業したのか知らないけど、とりあえず、おめでとう。
「今夜は月が明るくて星が見えにくいねぇ。でも満月も紅葉も綺麗だ〜」
「そうですね」
提灯の明かりを頼りに進みながら、藤花は内心首を傾げる。焔の様子がなんとなくおかしいような、そんな気がする。だが、尋ねられない。
(……ひとりになってからは初めてだなぁ、着るの)
家紋の星梅鉢は、嫌が応にも失った家族を思い出させるものだ。
そしてもうひとつ気がかりなことが……いや、それは後で考えよう。
「今日のお弁当はね、茸炊込おむすびと焼鮭おむすび。卵焼。紅葉型人参、里芋、蓮根、舞茸の煮物。鶏から揚げと茸ハンバーグ、ブロッコリーポテトサラダ。デザートにスイートポテトを用意してみたんだ〜」
「わあ、美味しそう。また食べ過ぎちゃいそうです」
料理上手のイケメン彼氏。なんと羨ましい。
満月と紅葉を見ていると幸せな気持ちになる。だって傍に大切な人がいるから。
(どうかこの幸福が続きますように)
友人や顔見知りもウォークラリーに参加しているものの、雅はあえて一人で歩くことを選んだ。
(月明かりで星が見づらいのが残念だけど、普段は依頼だ鍛錬だと忙しく過ごす事が多いからこういうゆっくりとした時間は貴重だね)
そう思って頂ければ発起人や実行委員はとても喜ぶことだろう。
しかしのんびりしながらも、隣にいない大切な人の元へ思いを馳せる。
遠くの戦場で戦っている先輩。
(先輩の事だから、またボロボロになってるだろうし心配だよ。看病してる間ずっと傍にいられるのは、それはそれで嬉しいんだけど……)
複雑な心境である。
この空は、あの人の元まで繋がっているだろうか。
海浜公園まで突っ走った雪室 チルルとRehni Nam。
しかし着慣れない和服に息が上がってしまい、大人しく休憩することにする。
レフニーは持参したお弁当を広げ、魔法瓶の水筒から熱いお茶をカップに注ぐ。
「最近は寒くなってきたので、熱いお茶が美味しいのです……」
「……何よ。結構綺麗なお月様じゃない」
だから競争ではないんですって。
海浜公園では木が空を遮ることなく、満月が綺麗に見えた。うっとりとするくらい綺麗な満月。風は少し冷たいけれど、だからこそ空気が澄んで月がよく見える。
「お団子屋さん、見に行ってみよっか」
「はい」
のんびりするのも悪くない。
のんびりと、ビールの秋を満喫する娘っ子ひとり。
「は〜い、笑って笑って〜♪」
和服姿の参加者たち(主に女子)を撮影していく酔っぱらい、雀原 麦子。
深まる秋と、ビール。
お月見して団子を食べながら、ビール。
何はなくともビール。
次から自分で着られるようにと着付けを習ってみたのだが、一体どこまで覚えているかは怪しいところ。
「お月見しながらお団子を食べるのも、オツだね」
運良く(?)近くで団子を食べていた晶は麦子に絡まれ抱きつかれていたものの、
「紅葉と満月とお団子に、かんぱいっ」
幸せそうなので、今夜のところはよしとしよう。……と、思ったかどうかは定かではない。
「ありがとうございます。綺麗な絵葉書です♪」
緋毬は絵葉書を受け取ってお礼を言い、描かれた七草を見てにっこりとする。できるだけ絵葉書を集めて、祖父母や地元の友達に出そうと思っている目的があるだけに、気持ちはふわふわと浮かれ気味だ。
(私の名は、この着物の鞠からきているのですよね)
母の名は桃。彼女は鞠。
着物の柄と同じように、いつも一緒だという想いが込められている。なかなか着る機会がなかったから、少しくらい浮かれても罰は当たらない。
(「まり」の字を間違えたのがお母さんらしいと、よくお兄ちゃんが話してくれましたっけ)
ふふ、と自然と笑みがこぼれる。
正月に帰ったら、少しは大人っぽくなったと言ってもらえるだろうか。
団子屋には早くも行列ができはじめていたが、このくらい予想済みの展開だ。
臼と杵に掛けていた布を取り払い、炊きたての餅米を投入する。
「これから餅つきを行います。つきたてのお餅は無料で配布しますので、今しばらく餅つきをご鑑賞下さい」
ステージはなくとも、思いがけない余興に参加者は歓声を上げる。
和を楽しむイベント、本領発揮である。
(くだらない…と、言いたいところですがロハで物がもらえるというのであれば話は別です。少しばかりは参加するのもやぶさかではありません)
シビアなことを考えながら餅つきを見学する時駆 白兎(
jb0657)は、今回のイベントで1久遠たりとも使う気がない。
汚れても問題無い安物の作務衣に下駄という出で立ちだったが、それで終わる彼ではない。なんと団子屋と交渉して、販促に協力する代わりにタダで食べさせてもらうという契約を取り付けた。
白拍子姿になった白兎はエルナという召喚獣を呼びだして、扇片手に月の下でエルナと和気藹々で共に舞踊り出した。エルナがふわーっと白い霧を吐き出すと、まるでスモークのように彼の足下を包み込む。月光に照らされ、幻想的な舞は人々を魅了する。
こちらも参加者を大変喜ばせる出し物になり、団子屋の一人勝ち……もとい大盛況となった。
「紅葉や秋の街を満喫しましょうか」
しっかり団子を買い込んだ龍仙 樹(
jb0212)は絵葉書コンプリートを目指して歩いてきたが、休むことも忘れない。紺色の着物の上に緑地に草花柄の羽織姿で用意してきた俳句用短冊と筆ペンを取り出した。
ふむふむと少し考えた後、筆を滑らせる。
「草木撫ぜ 紅葉運ぶ 秋の風」
そしてちらりと団子屋の方に目をやり、満月を見上げる。
「満円に 兎も穂も踊る 秋月夜」
できたての団子に舌鼓を打ち、秋の夜長を満喫してもう一句。
「七草が 彩り飾る 秋景色」
眺め、詩歌を作ることこそ秋の七草の正しい鑑賞法である。風流な楽しみ方も、また一興。
なぜか剣道着で参加した虎落 九朗(
jb0008)はあっちへふらふら、こっちへふらふらしながら人の波に沿って海浜公園に辿り着いた。ふらふらした理由は簡単、道行く猫に気を惹かれたからだ。なんというか、春にも猫についていって迷子になった人がいた気がするのだが。
「ちっちっち、おいでおいで〜」
煮干し作戦で懐に抱くと、生き物ならではの温かさににほっこりしてしまう。
「おーう、めんこいのう、めんこいのう」
もふもふもふもふ。
ひと通り堪能した九朗の剣道着は猫の毛だらけになっていたが気にしない。
「そろそろ夕飯時か……あ、係の人、どっかいい場所ない?」
訊いてみると団子屋がつきたてのお持ちを配っているとの情報を得る。これは食べないわけにはいかないだろう。しっかり団子も買って、月のよく見える位置に陣取った。
「中秋の名月、ねぇ。ちょっと時期が遅いかな。ま、綺麗なモンは綺麗だし、いいけどな」
月に団子を翳し、ぱくりと食べる。
(お月さまをぱくり、なんてな)
マイペースながらも楽しんでいるようで何よりである。
月見団子と洒落込む参加者は多かった。
(ふふ、快晴でよかった。きっと日ごろの行いがいいからだね、うんうん)
試験を頑張った甲斐があったと茜は団子を頬張る。
(試験に依頼にと、最近は忙しくて心休まる事が中々ね……これもいい機会、満喫させて貰おうかしら)
と、思いつつも、既に団子を食べて満喫している桃華。
「まあ成人式とか元旦とか、そういう時くらいだよね」
着物を着る機会なんて、と参加者と雑談を交わす歌音はどこからどう見ても女の子だった。赤と橙の紅葉の着物、簪で留めたポニーテール、赤い唐傘にストールまで自前で用意しているのだから驚きだ。しかも女の子よりよほどか上品な女性らしい振る舞いである。
「そうよね。私は普段着にしてるけど」
書道部部長の桃華はさすがの大和撫子である。
「女は手をかけるほど美しくなるのだよ」
一体何を力説しているのか。
「そ、そういうものなの?」
着付けにメイクに色々手をかけてもらった茜は戸惑い気味だが、うんうんと頷く二人に反論できない。
「頑張りたまえ。恋する乙女は無敵だろう?」
一応断っておくが、君を女の子と勘違いして秋波を飛ばしている男子もいるからね? ね?
「見所は全部見て回りたいね。その分、早めに歩かないとだろうけど」
ソフィアは日本の秋を満喫するためにコースの距離などをきちんと確認していた。
「お月見、だっけ。こういうのもいいものだね」
すれ違った女の子に、着物いいなあと言われたのも悪い気はしなかった。
お団子屋さんがあるなら当然月見!
と意気込んだ楓はつきたてのお餅を幸せそうな表情で頬張っていた。大好きなみたらし団子もできたてはやはり味が違う。
(お腹いっぱいで、のんびりお月見も出来て落ち着くわぁ。なんか眠くなってくるよ……)
さてはて、一際賑やかな女の子集団(?)は、海浜公園に着くと一目散に団子屋を目指した。
「さんぽちゃん、行くのだぜ!」
「おー!」
中でもギィネシアヌとさんぽは元気良く駆け出したのだが、慣れない服で走るものではない。案の定すっころんでしまうが、ギィネシアヌの手はさんぽの帯を掴んでしまっていた。
「あぶなっ……はわわ、くるくるくる、あーれー」
お代官様はどこですか。
見事に帯が解け、尻餅をつきそうになって足を引いたら着物の裾を踏んづけた。だから慣れない服で略。結果、
「うううう、みっ、見ちゃ駄目だもん!」
男物の下着が露わになって色んな意味で大惨事。
「二人とも、怪我はありません……え?」
駆け寄ったファティナは初めてさんぽの性別を知って硬直する。さすが性別が行方不明の久遠ヶ原学園。さんぽちゃんは男の子、もとい男の娘。
「あら……大丈夫ですか?」
一方全く動じない熾弦。しっかりと食事会の場所を取って温かいお茶の準備に入る。
(海浜公園で夕食、何食べようかしら?)
などと悩んだ結果、秋の茸と銀杏を使ったパスタを持参した緑は人数分を取り分けながら友達が帰ってくるのを待っていた。
「さんぽちゃん、勘弁だぜ……」
お詫びにと団子を差し出すギィネシアヌに、目を潤ませていたさんぽもどうにか立ち直る。乱れた着物を熾弦に直してもらい、改めて夕食会が開かれた。
「景色もお月様も綺麗…お団子も美味しいね♪」
すっかり機嫌を良くしたさんぽの横で、新たな惨劇が。
「たまちゃん、あーんしてください♪」
ファティナの全力の甘やかしに、
「私の方が年上なんだからね!」
緑は妹扱いムッとしながらも差し出されたサンドイッチを頬張る。しかもだっこされているので説得力が行方不明である。
ウォークラリーも佳境。
参加者はぽつぽつと海浜公園を発っていく。門限が延長されているとはいえ、やはり夜歩きはあまり推奨されない。
「普段よく知っている場所でも、夜だとまた違った顔がみえてくるなぁ」
晶はのんびりと駅前を抜けて最後の絵葉書を受け取り、ゴールする。
「姉貴にでも出そうかな」
同じ学園にいるけれど、たまには形に残るメッセージも悪くない。
「やっぱコンプは無理だったか。でもいい思い出になったし……」
ついでだから、この葉書で故郷のダチに手紙出すか。
ひとり呟いた九朗だが、ひとつ言っておく。今回のウォークラリー、猫に惑わされなければコンプリートは簡単にできたはずなのだ。つまりは自業自得。
「さーて、何書くかなぁ」
特に気にすることなく、彼は友人へのメッセージを考え始めた。
「せっかくだし、両親に送ろうかな。日本の風景画なら喜んでもらえると思うし」
実家がイギリスにあるグラルスは、久しく逢っていない両親の顔を思い浮かべる。
遠い異国の地でも頑張っていると伝えたい。
新学期という節目に気持ちを切り替える意味も含めて。
ゴールした樹は、生徒とノリノリで記念写真を行っていた養護教諭に声をかけた。
「山咲先生、つまらないものですが……」
先程書いた俳句である。
「つまらなくなんてないわ。ありがとう」
一葉は満面の笑みでそれを受け取った。生徒の成長が、とても嬉しい。
さて。
場所はゴール地点から海浜公園に戻る。
のんびりまったりしていたチルル&レフニーは、団子屋が店終いの準備を始めたのを見て、そこでようやく現在時刻に気がついた。
「…え、のんびりしすぎて、スピード上げないとコンプリート間に合わない? いっ、急ぐのですよ!」
なんというか大変なお約束である。
ゴールした後、レフニーは桔梗の葉書に故郷の家族へのメッセージを記し投函した。
『お母さん、お父さん。
お久しぶりなのですよ。
レフニーは、日本で元気にやってます!
冬に、一度顔見せに帰りますね。
それと、私、こちらで恋人が出来ました!
それでは、またなのですよ』
こうして秋のウォークラリーは盛況の内に幕を閉じた。
慣れない草履で足の指が痛くなったとか、着物で食べ過ぎて苦しかったとか、そんなハプニングも良い思い出。
心機一転、新学期も頑張ろう。
そんな思いを胸に、学生たちは眠りについたのだった。
●後日談
ウォークラリーの数日後、ラグナの元に一枚の絵葉書が届いた。
送り主は星杜 焔。
「? ……何だろう」
普段顔を合わせているのにわざわざ葉書を使うとは、一体何事か。怪訝に思ってひっくり返した裏面には、尾花の絵。しかし書かれた文章は……、
「……!」
次第にラグナの顔色が変わっていく。青やら赤やらとかく目まぐるしい。
『家族になってくれるという人ができました。
雪成藤花さんです。
ずっと言えなくてごめんなさい』
非モテ騎士友の会宛のメッセージだった。
もはや留年などどうでもいい。
ラグナは、理解した。
すなわち、彼が自分に嘘をついていた……「裏切っていた」ことを。
(ずっと悩んでたけど…漸く人に話す決心ができた)
などという焔の気持ちはさておいて、新たな惨劇の幕が今、上がろうとしていた。