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「あの‥‥コレ読んで下さい!」
学園の一角。木陰で読書中の若杉 英斗(
ja4230)に、1人の女子生徒が声をかけた。
彼女が差し出したのは、ハートのシールで封をされた純白の手紙。
「サッカーでのご活躍、素敵でした。1度の失点も許さなかった若杉先輩‥‥、格好良かったです!」
ぎこちなく話す女子に、英斗は優しく微笑みかける。
学園中が注目する行事で活躍したのだ。こんな話があっても不思議はない。
そう、彼の恋愛に確率変動が起こったのは、あの球技大会のことだった――。
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「‥‥さっきから一人で何をブツブツ言うてるん?」
烏丸 あやめ(
ja1000)に不気味がられ、英斗はハッと顔を上げる。
場は校庭。時は試合開始5分前。
「いい天気だね、まさにサッカー日和かな」
アップをしながら酒々井 時人(
ja0501)が空を仰ぎ、
「サッカーなのだ!サッカーなのだ!楽しみなのだ!」
その前ではレナ(
ja5022)が、スク水にハチマキという勘違いマッハな恰好で跳び回る。
目指すは夢の実現――仲間と敵を交互に見て、英斗はぐっと拳を握る。
「今日の俺は‥‥いつもと違うぜ!」
京都の大規模作戦の時より燃える彼と、ただただ訝るあやめであった。
太珀好きを公言する、白組アラン・カートライト(
ja8773)は既に動く。
彼の秘策は、アウトロー。
不真面目な者を好む対象に好印象を与えるスキルを、試合ペースの掌握の為にあらかじめ審判に使っ
審判:岸崎蔵人(超真面目)
ておくのは、止めておこう。
12人がコートに並ぶ。
「正々堂々と‥‥試合をしよう‥‥不不不‥‥」
日谷 月彦(
ja5877)の笑顔は、すごく爽やかじゃなかった。
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じゃんけん後。キックオフの権利を得たのは、白組のMF:並木坂・マオ(
ja0317)だ。
「さあ、しまっていこーっ!」
たたんっと助走をつけ、マオがボールを蹴り上げる。
その飛距離たるや半端じゃない。放物線を描いたボールは一気に赤組ゴール前、白組FW:名芝 晴太郎(
ja6469)へ渡る。
「ナイスパスだ!」
ドリブルする晴太郎を、赤組唯一のDF:時人が目視。マークすべく駆ける。
「遅いぜ?」
短パンから伸びる晴太郎の脚でアウルが煌めく。
爆発的な加速で時人を躱し、晴太郎はゴール前に出る。
そのまま迷わずシュートを放った。
バッシィインッ!
赤組GK:英斗が、白銀に燃えるシールドでそれを弾く。
「絶対にゴールは許さない」
彼も必死である。英斗が時人へ。ゴールキック。
「さあ、行くよっ!」
時人は、思いっきり高くボールを蹴った。
マオが跳躍するも届かない。ボールはそのまま白組ゴール前に落下する。
しかしその下に、赤組メンバーの影は無し。
「貰たで!」
白組随一の俊足を誇るDF:あやめが駆ける。が。
「待ってたぜ、時人!」
あやめの背後から、風を巻き起こして双城 燈真(
ja3216)が追い抜いた。
縮地の勢いでジャンプして、宙でボールを胸に受ける。
「サッカーならこの俺! 翔也さまにお任せたぜ!」
着地と共にゴールへ接近、人格交代中の彼は足を振り上げる。
「誰にお任せだって?」
飛来した衝撃派が、燈真の足を直撃した。
「ぐあっ?!」
狙いを逸らされたシュートを、白組GK:レナが易々キャッチする。
「フットボールの母国を教えてやろうか?」
レナに転がしたボールをキープし、衝撃派の射手、アランが言う。
「イングランドだ。俺の母国発祥のスポーツ、絶対に負ける事は出来ねえ」
普段は体力の消耗を嫌う彼も、今回ばかりはガチである。
「勝ちにいかせて貰うぜ」
アランがコート中央のマオへ、パスを出す。
ドリブルを始めるマオに、左右から赤組MFのテト・シュタイナー(
ja9202) と森浦 萌々佳(
ja0835)が迫った。
ざっと視線を滑らすと、遠くには同じく赤組MF:ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)の姿も見える。
(1対3‥‥さすがに部は悪いなぁ)
さてどうしよ。悩む暇も無いマオめがけ、アリス先生大好きな萌々佳がスライディング。
慌てたマオは、無理を承知で指を向ける。
「あ! あそこにチアリーダー姿のアリスセンセーがー!」
「え!!」
効いた。
滑りながら体を回し、萌々佳は目を輝かせてアリス先生を探す。
マオは隙を逃さず、駆けだした。
「おぉっと、そう簡単には抜かさせねぇよ?」
前に立ちふさがるはテトである。
マオはFW陣にパスを狙うが、ここからでは時人が怖い。かといって無理に抜こうとすればジェラルドか、「アリス先生いないじゃないですか〜!」と怒る誰かにボールを攫われるのがオチ――
「マオさんこっちなのだ!」
はっと目を向けると、なんとレナが前方に走っていた。
ゴールの無人は心配だが、これで攻めは繋がる。
「うん、お願いっ!」
マオはテトの脇を狙い、迷うことなくボールを蹴った。
「だから――」
テトが、にっと笑う。
「簡単には抜かせねぇって」
テトの前に一瞬で、淡い障壁が展開される。
「っ!」
現れた魔法の盾は短く澄んだ音を立て、蹴られたボールを空中で跳ね返す。落ちたボールに向かい、テトは足を振りかぶる。
「頂きだぜっ!」
そのままシュート。
回転するボールが、無人のゴールエリアにバウンドした。
(危ないのだ!)
「ダッシュなのだ!!」
迅雷の如くレナが地面を蹴る。
高速でシュートに追いつき、その指先がボールに届きかけるも――、あと一歩及ばず。
ばすんっと気味の良い音を立て、ボールはネットを靡かせた。
●
ゴール前。
ボールを両手で抱きつつ、レナはゴールキックのコースを見極める。
白組にとっての難所は、言うまでもなくコート中央だ。
MFの数が1対3。策が無いではないが、やはり鬼門には違いない。
(悩んでても仕方ないのだ!)
可能な限り遠くに蹴るしかない。
「行くのだ! ニンジャは足も強いのだ!」
思いっきりのゴールキック。ボールが高く上がった時だ。
白い羽を舞い散らし、萌々佳が小天使の翼で飛翔した。
ボールを上空でトラップし、白組のゴール前へパスを返す。
「やるねぇ! 萌々佳ちゃん♪」
追いついたジェラルドがボールを受けた。
いつも通り軽薄な雰囲気のジェラルドだが、サッカー初心者の萌々佳に技能を教えたのは彼だったりする。
駆け込むマオのスライディングをひょいと越え、さらに猫のように追撃する彼女の脚を楽しげに躱し、ジェラルドはテトにパスを出す。
ドリブルを始めるテト、右の奥に居るアランの飛燕は要注意だが、彼女にも魔法の盾があるのだ。
(一気にいくぜ!)
ボールを蹴ろうとした彼女の脚が、すかっと空振る。
「あ?」
ボールが無い。振り向けば、
「油断したなあ!」
あやめがドリブルしていた。
忍びの技術で気配を消し、小柄な体躯でボールを攫ったのだ。
晴太郎へパス。
受けた清太郎は、背後から迫るジェラルドに気付いて月彦にボールを蹴った。
「不不不‥‥さあ‥‥こちらの番だ‥‥」
立ちはだかる時人を前にして、月彦の笑顔はまるで活き活きとした仮面のよう。
すっとその手が懐に伸び、
「砂袋かい?」
目潰しの策を見破った時人に、月彦がかすかに驚く。
「ルールを忘れたの? GK以外は武器を手に持っちゃいけない」
ぐっ、と息を呑む月彦。
しまった。これではチーム・アクマの名が廃る――!
ん。いや待て、砂‥‥?
【月彦の視線の推移】
前→
下↓
前→
不→
「うわっ!?」
月彦が満面の笑み(冷)で蹴り上げた校庭の土をモロに受け、顔を抑えた時人の脇を月彦が不不不っと駆け抜ける。
反則? ウチのシマ(久遠ヶ原島)じゃノーカンだから。
撃ち込まれた月彦のシュートを、英斗は盾で弾き返す。
「ルールが大雑把すぎるぞ‥‥」
試合の自由度に呆れつつも、晴太郎は跳ね返ってきたボールを補足。間髪空けずに再びゴールに蹴り込んだ。
しかしさすがは本職の防御。英斗はそれも受け止める。
ボールを高く遠くへ蹴る。
萌々佳が空中で追いついた。胸でボールを受け、
オーバーヘッドでシュートを放つ。
高所からの一撃に、レナが目を細める。
「ニンジャパワーでディーフェンス!なのだ!」
土を蹴って横に跳び、ゴールの枠を蹴って正面に跳ぶ。
「忍法!トライアングルジャンプ!」
宙で迫る剛球とレナの体。その2つが、激突する――が、
むにゅり。
‥‥ボールは、止められた。何というか、ボールで。
ボール1つより2つ方がきっと強いのだ!とかなんかそんな理屈。とにかく、胸でボールを止めました。
試合続行! レナが蹴ったボールをアランがマオへ繋ぎ、マオは再び3人の赤MFと対峙する。
「今度はやられないからね!」
軽く跳躍し、マオが体を捻る。ふっと息を止め、アウルを練り、
黄金の軌跡を描くシャイニングウィザードを、地面へと叩き込んだ。
「「「っ!」」」
土煙の中にMF達が隠れる。
やがて煙を破り、飛び出したのはボールと、マオだ。
マオのオーバーヘッド・シュートが炸裂する。
だが英斗はそれも弾く。絶対防御は伊達じゃない。
跳ね返ったボールを時人が待ち構える。が、トラップしようとした時だ。
パァンッ!
「!?」
月彦が、時人の尻を蹴った。
「偶然だ‥‥」
痛みというか事態そのものに衝撃を受ける時人を余所に、月彦はしれっとボールを攫う。
ゴール前に躍り出た月彦、鉄壁のGKを崩すべく、とある筋から入手した禁断の切り札を使う。
英斗に向かい、一言。
「たらこ、め」
場が凍りつく。
天気は良いハズなのに、英斗の顔が影で見えない。
逆鱗を刺激された英斗、さぞ激怒すると思いきや、
動かない。
拳を握りしめ、停止中。
【若杉の脳内シュミレーション】
ぶち切れて襲い掛かります。
↓
女子引きます。
↓
モテなくなります。
↓
でも俺、怒ってます。
↓
モテなくなります。
↓
‥‥‥‥。
↓
モテたいだろう‥‥?(強大な何かの声
英斗は耐えきった。カッと目を剥き、白銀に燃える盾を構える。
足を振る月彦と対峙。胸に響くは、夢の中の彼女の言葉。
――1度の失点も許さなかった若杉先輩‥‥格好良かったです!――
「うおおおおっ!!」
両足を大地に踏みしめ、叫んだ彼の、
股の間を、月彦の背後から現れたあやめが蹴ったボールが、素通りした。
ギャラリー達の歓声の中に、非モテ騎士の悲鳴が混ざる。
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その後も、まぁ、いろいろあった。
人間離れしたスーパープレーの攻防戦が、熱と、歓声と、夏の風、そして字数制限の狭間に巻き起こり()、
点はなんと、赤:1点 白:1点 (不変
そして迎える、後半戦。
残り時間は、あと7分――。
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「事故だ‥‥」
「偶々だ‥‥」
「悪気はない‥‥」
「不不不不不不不不‥‥!」
猛威を振るうのは月彦の圧倒的な妨害だ。
走る選手には足をかけ、スローインで狙うは当然の如くライバルの顔面。
さぞ嫌われるかと思いきや、学園のギャラリーにはむしろ大人気。
楽しそうに悪ノリ声援が送られるから、ペースを握ること甚だしい。
「さあ吹き飛べ‥‥!」
英斗からボールを受け取ったジェラルドの前に出て、月彦はレガースに力を込める。
『掌底』の代りに『痛打』を活性化。胴体狙って、蹴りを放った。
「わっ!」
と腕で体を守るジェラルドの仕草は、どこか芝居がかっている。
瞬間、月彦は目を疑った。
放つ蹴りの先に、ジェラルドがふわりとボールを蹴り上げたのだ。
『攻撃スキルを用いれば、ボールは簡単に割れる』。
それは試合開始前、蔵人が質疑応答で答えた内容。質問をしたのはジェラルドだった。
『割ったときのペナルティってあるの?』
『ペナルティは「退場」。自らの能力を自在に操ることも重要ということだ』
『ふぅん、じゃあ‥‥』
ジェラルドは笑っていた。
『あんまり無理は出来ないね?♪』
あの時、彼は既に、スキルでボールを蹴ることでは無く、ルールを逆手に取ることを考えて――
間一髪で月彦は蹴りを止めた。退場を免れる。
ジェラルドは微笑んで、無傷なボールでドリブルを再開した。
「通さないよっ!」
「やるからには絶対勝ちにいくで!」
マオとあやめが迫る。が。
「そのコースに‥‥」
少し遠くでテトがひゅっと足を振った。
「ブチ込むッ!」
放たれたのは、クリスタルダストの氷塊だ。マオとあやめの進行方向を、巨大な氷が妨げる。
「アリス先生が大好きです〜!」
想い全開。空中の萌々佳が白組ゴール前に急降下した。
ジェラルドが彼女に視線を送る。空中シュートを決めさせる気に違いない。
反応するはアランである。ジェラルドがボールを蹴った瞬時に、アウルを脚に込め、
「当てはしねえからよ」
萌々佳の視界を遮る位置を狙い飛燕を放った。
成功だ。衝撃派は彼女の前を猛烈に過ぎる。が。
ジェラルドがパスを出したのは、左コートを駆けるテトだった。
タウントを纏った萌々佳によるフェイント。
「受けろ、俺様の必殺技!」
真っ直ぐゴールを見たテトが、思い切り足を振った。
回転する球がゴールに迫る。アランの割り込みは届かない。
だが、まだだ。
アランは手札を残していた。
手を使うことができるGKのレナが、彼から預かったデュエルカードを宙に投げる。
アランが跳躍し、それを蹴り飛ばして角度を変えた。
狙いはボール。退場覚悟、起死回生の一撃が――、
命中。
ゴール目前で、白と黒の球体が砕かれる。
ただ一つの問題は、それが、サッカーボールでは無かったことだ。
「!」
反射でテトに目を向ける。彼女が足に巻いたテーピングが剥がれ、中から「陰陽護符」が覗いた。
それは、限りなくサッカーボールに近い黒と白の球体を創る武器――。
「貰ったああーー!」
本物のボールを燈真が蹴り抜く。
「イナズマドライブシュートーーッ!!」
フェイントに次ぐフェイントが、ついに試合を決める1点を奪った。
●激戦の後
「やったぜ燈真!これで俺達も人気者だぜ!」
笑顔で片割れに結果報告する燈真の脇で、同じかそれ以上に喜んでいる者がいる。
英斗である。
ぐぐぐっ‥‥と身を屈め、歓喜に震える。
ついに始まる‥‥俺の薔薇色の学園生活!
「ラッキーチャンス‥‥!」
スタートしましたぁああ!
と、掲げられんとした希望の拳が、むにゅりと途中で何かにあたった。
「え」
目を開けりゃそこには御約束通り。レナのボールが並んで2つ。
英斗の拳がその間に挟まって、そういやこんなシーン試合中にもあったなーなんて思ってる場合じゃねーー。
「ラッキー‥‥チャンス‥‥?」
ああなんかもうオチが見えてきた。
あやめ達、女性陣の冷ややかな感情が会場いっぱいに広がる気配あり。諦観の滲む微笑みを浮かべた英斗の目尻に、きらりと光る滴が一つ。
勝者赤組に24ポイントが加算され、血と汗と誰かの涙が輝く青春のサッカーは、めでたく此処に終結したのだった。
(代筆:水谷文史)