17人に増えた怪談倶楽部。
やはり夏と言えば怪談…という人々らしく、それぞれとっておきのネタを披露し、わざわざ一人につき一本用意したロウソクも残りあと僅か。
悪いことがおきるからと語られない100話目への挑戦に、部室は異様な緊張感に包まれていた。
●95話:雨宮アカリ(
ja4010)
白い髪に赤い瞳の少女が淡々と語り始める。
「私は去年まで中東で軍の作戦に従事していたわぁ。その時の話よぉ」
実話だと、彼女は云う。
「皆はクラスでそれぞれが談笑をしている時、何の前触れも無く急に静まり返るって経験をしたことがないかしらぁ? よく『霊が通った』とか言うらしいわねぇ」
この例えが十分に理解されるのを待って、続きを口にした。
「それって戦場でも例外じゃないのよね」
実際の争いをよく知らない少年少女たちは目を丸くする。
撃退士として戦闘を知ってはいるが、相手は人間ではないのでいまいち実感しにくい。
「昔からよくあるみたいだけれど弾薬の補給か負傷者の救護か、何かのタイミングでお互いの銃撃戦が止んで急に静まりかえることがあるのよぉ。その時間が長引けば必ず発狂する兵士がいるらしい…そんな噂が兵士たちの間でよく囁かれているのよねぇ。
で、私もそれを経験する事になったのよぉ」
噂には聞いていたが、身をもって体験することになるとは思いもしなかった。
そういうことは実はよくある。
彼女は務めて静かに、穏やかともとれるくらいゆっくりと喋る。
あれは初めて戦闘に参加した時のこと。
初陣に緊張と恐怖でいっぱいいっぱいだった。
それまでの近代兵器も存在する戦闘での鼓膜を裂くような音が、急に消えたのだ。
静かになって暫く、動けなくなった。
炎天下の砂漠でかなりの暑さのはずなのに、手が震え出したのだ。
鳥肌が立ち、寒ささえ感じる異常な身体の変化。
思わず全身に力が入り、固まって、なおさら自分の意思で動くことが困難になる。
その時、アカリは銃を持っていた。
敵を狙い撃つためだから当然、トリガーに指がかかっていた。
だがこんな状態で的確に狙うことなど不可能だ。
指の震えは大きくなるし、視界が霞んでいるような気さえする。
だめだと思ってもトリガーから指が離れない上に、力がこもって引き金を引いてしまいそうになる。
なお悪いことに、銃口は今、味方の爆発物の方向を向いていた。
絶体絶命である。
(動いて、動いて、動いて…!)
どれだけ念じても身体は言うことを聞いてくれない。
とうとう引き金を引く、幾度も訓練した経験から、そう、感じた時。
ひとつの銃声が静寂を打ち消した。
ダァンッ
「その時、当事の上官が敵に発砲、その発砲音で私は正気に戻ることができたわぁ」
肩を竦めたアカリは、これからが本番だとくすりと笑った。
「思うに、そこを通る霊はその時一番弱い人間の心に取り憑こうとしているのかもねぇ。
そしてここに集まった人間は皆、今、戦場にいるのと程近い緊張状態。
私が話し終えた後、次に誰かが話すまでの沈黙の間、通り過ぎる霊に狙われるのは…あなたかもしれないわぁ」
脅すような言葉に部員の誰かが、ひっと息を呑んだ。
沈黙が嫌だというように部員の一人が次の話を、と急かした。
●96話:物見 岳士(
ja0823)
薄暗い部屋の中、懐中電灯で下から顔を照らしながら彼は話し始めた。
「この話は自分が前に在籍していた学校に伝わっているものです…」
またしても実話か、と恐怖を愉しむ部員たち。
創作も悪くはないが、やはり実話怪談に勝るものはない。はた迷惑な好奇心ではあるが、彼らはじっと耳を澄ませて、真剣にひと言も聴き逃すまいと恐い顔になってしまっている。
「その学校には『毎年この日は必ず雨が降る』ジンクスがありまして。これだけなら『体育の日は晴れる事が多い』の類で済むんですが、之にはとある経緯がありまして…」
とある年の、とある雨の日。
訓練の一環として、装備一式を装着しての渡河訓練が、校庭に在る池で行われました。
その最中、数人が姿勢を崩して溺れる事態が発生しました。
もちろんそうした不慮の事態を避けるための訓練ではあったのです。
ですが装備は重量があり外し難く、動転した状態では尚更外す事も儘なりません。
溺れた仲間を助けようと水に入った学生も溺れ、二次災害となり…以来、彼等の命日であるその日には必ず雨が降るようになり、何がしかの心霊現象が目撃される様にました…。
曰く、屋上に彼等らしき人影がいた。
曰く、消灯時間後に不自然な濡れた足音が聞こえた。
中でもある年、学生の一人が深夜突然、「●●を助けなきゃ!」と叫び起き駆け出す事案が起き、これは宿直の教師や他の学生の手により事無きを得ましたが、翌朝報告を聞いた当時の学校長がぽつりと漏らした言葉は
『あいつら、まだ居るのか…』
その校長は彼らと同期だったのです。
おそらくまだ成仏できずに居るのかという意味だったのでしょう。
「現在、件の池は埋められ慰霊碑も建立されています。それでも彼等は逝ききれず現世に留まっているのかも知れません」
室内は自然としんみりとした雰囲気に包まれた。
●97話:桐生 直哉(
ja3043)
「実話系が続いてるが、まぁ、俺も実話系だ。名前はA君とB君、という感じで伏せさせてもらう」
沈黙を破るように彼は口を開いた。
「とあるアパートで一人暮らしをしている友達の家に、A君とB君は遊びに行くことになった。面白いゲームが手に入ったので是非一緒に遊ぼうということでな。よくある話だ」
のほほんとした様子で話し続ける。
アパートが見えた時、急にA君が『…ここ、嫌な感じがする』と言い出した。
それを聞いたB君は、
「中で友達が待ってるし一緒に行こう」
と、さして気にもせずにA君を連れて家の中に入った。
友達は待ちきれない様子で、早く着いたのに遅いと文句を言う始末だった。
それだけ入手したゲームを自慢したかったんだろう。
しかし、アパートの部屋に入って二分も経たない内にA君が、
「ごめん、やっぱり帰る」
と俯いたまま踵を返し、家から出て行ってしまった。
一緒に来たB君も部屋でゲームをして待っていた友達も、何かの冗談なのかと思って戻って来るのを待ったが、結局彼がそこに戻って来る事はなかった。
次の日、A君を心配したB君がこっそり『どうして帰ったんだ?』と理由を訊いたら、A君は大分言い淀んだのだが、しばらくして何があったのか話してくれた。
前日、A君は部屋に入ってすぐに、壁にポスターが貼られているのに気がついた。というのも上の画鋲がひとつ外れていて、端がめくれていたからだ。だが何より気になったのは、ポスターから白い手がだらりと垂れ下がっていたことだ。
当然、気味が悪くて思わず視線を逸らした。
だが、今度はCDラックから白い手がだらりと垂れ下がっているのが見えて、A君はますます怖くなってまた違う方を向いたら、今度は友達が遊んでいるゲームの画面から白い手が垂れ下がっているのが見えてしまい、そこでやっとあることに気付いてしまった。
最初に見えた手の指の数が5本。
その次に見えたのが、親指が隠れていて4本。
そして今見えた指の数は、親指と人差し指が隠れていて3本…と。
5、4、3…と自分にしか見えないカウントダウンされていると分かって、思わず逃げ出してしまったというのだ。
「まぁ、結局カウントダウンは最後までなかったから、オチがないんだけどな」
のんびりとしたこのひと言が、怪談倶楽部の面々の心臓を高鳴らせた。
オチを知っていたら死んでいなければならない都市伝説は数多くある。逆にオチを知らないことの方が現実味があって新鮮とも言えた。オチについては妄想力豊かな怪談ファンなので、各々想像するのだった。
●98話:霧原 沙希(
ja3448)
『体育座りをした彼女は目を伏せ、唐突にぼそぼそと話し始めた』
…そう。私がまだ4歳か5歳の頃だったかしら。故あって親類の家に一晩預けられた時の話。
…親類の家と言っても、従姉妹とかは居なかったから、私は一人家の中で絵を描いて遊んでいたわ。
…突然、コンコン、と、窓を叩く音がしたの。
…窓の方を見てみると、大学生位かしらね。
…人の良さそうなお兄さんが、笑顔で手を振っていたわ。
「やぁ、君、ここの家の子じゃないよね?」
「何処から来たんだい?」
「名前は何て言うのかな?」
…こう言うのも何だけど、私は当時から、性格が明るいとは言えなかったわ。
…黙り込む私に、そのお兄さんは笑顔で話を振って来てくれたのだけれど、返事は一切出来なかったの。
…そのうち昼食に呼ばれたから、私は逃げるように部屋を出て、階段を下りたわ。
『ふっと顔を上げ、彼女は恐ろしい目つきで部員ひとりひとりと目を合わせるようにして部室を見回したのだ』
…2、3段降りたところで、私も気づいた。
だって窓の外に足場になるようなところなんてないし、人が立っているわけないんだもの。
誰かが二階の窓の外に立っているなんて不可能なことぐらい、子供でもわかるわ。
…混乱して足を止めた瞬間。
「残念だなぁ」
…耳元で、ニヤついたような男の声が聞こえた気がして。
…目を覚ましたのは、その日の夜。
…どうやら私は、階段から落ちたらしいわ。
…後に残ったのは、遊んでいたスケッチブックに描いた覚えの無い、首が真っ赤に塗られた男の絵だけ。
…その顔は、口を吊り上げて、満面の笑みを浮かべていたわ。
…もしあの時、彼の話に返事をしていたら、私はどうなっていたのかしらね…?
『くすりと小さく微笑みを浮かべて、彼女は向かいの部屋のろうそくの火を消すために部室を出て行った。その笑みは恐怖の演出だったのだろう。…一瞬どきりとしたが、彼女が帰ってくるのを待って普段は最後の、そして今夜は最後から二番目の語り手に視線を移した。』
●99話:影野 恭弥(
ja0018)
『彼は暗闇でもわかるほど無表情で、冷たいくらい淡々と語り始めた』
夏休みのある日A君は友人達と肝試しに参加することにした。
場所は通っている学校の旧校舎。
コースは玄関から入り階段を登り、
3階の理科室の机に置いてある物を取って戻るというものだった。
2人1組で1組につき懐中電灯は1つ。
A君は友人であるE君と組むことになった。
彼は極度のビビリで、今回の肝試しも嫌々参加していた。
ついていないことに籤の結果順番は最後となった。
順番になってもE君はなかなか動かなかったが、懐中電灯をE君が持つという条件で二人はやっと歩き出した。
なんとか3階に到達した2人だが、
しかし理科室の前まで来た所でE君がその場に座り込んでしまった。
A君が早く入ろうと急かすもE君は動かずしまいには泣き出す始末だ。
仕方ない。
諦めてA君は1人で入ることにした。
幸いにも窓から入る月明かりのおかげで机の場所はすぐに分かった。
机の上の物を取った瞬間は気づいた。
(E君の泣き声が聞こえない)
慌てて廊下に出るもE君の姿はなかった。
A君は不安と恐怖から泣きそうになった。
その瞬間後ろから誰かが彼の肩を叩いた。
恐怖から声にならない叫び声をあげ飛び退くも、そこに立っていたのは蝋燭を手に持ったE君であった。
色々言いたかったがE君がしきりに急かすのでそのまま玄関まで戻ることにした。
1階に戻り玄関の扉を開けると…そこには泣きながら蹲るE君の姿があった。
咄嗟に振り返るA君…しかしそこには何もなかった。
他の友人から話を聞くとE君は1人で叫びながら戻って来たらしい。
A君と一緒に居たE君の姿は誰も見ていなかった。
(そう言えば、あのE君が持っていたのは懐中電灯ではなく、蝋燭だった)
その後しばらくして旧校舎は取り壊されたんだとさ。
『彼は最後の最後まで淡々と喋り、部室を出て行った。さあ、最終章の始まりだ』
●100話:道明寺 詩愛(
ja3388)
携帯電話で効果音の用意をしながら彼女は静かに語り始めた。
「小学三年生のとき…」
夏休みに某県山中の村へ行きました。
伝統的製法を守り完成まで二十日かける手作り金平糖修行のためです。
滞在先は職人夫婦の自宅兼作業場でした。
山奥のため携帯が繋がらない村で、そのためか村には電話BOXがいくつも設置されていました。
ある日、川べりで宿題の絵を描いていると夕立が…。
雨宿りできる場所を探していると電話BOXが視界に、急に父の話を思い出しました。
「夕立の中、赤い服の女性に会って怖い思いをした」と…。
気付きました、いつの間にか電話BOXに赤い服の人影が…。
怖くなり雨の中を駆けました。
違う電話BOXが見えました。
でも、そこにも赤い服の人影が…。
急な雷に思わず閉じた目を恐る恐る開くと…。
私を取り囲むいくつもの電話BOXと人影。
長い髪に隠れた視線が私に注がれていた。
強い雨音と不気味な人影…、私は叫びながら必死に走りました。
気付くと職人夫婦の腕の中でした。
「人影は『紅さん』。昔は郵便ポストに現れ、捉まると血で真っ赤にされるそうです、数年周期で現れると聞かされました。公衆電話を見る機会は少ないですが、見る度にこの事を思い出します。『ポスト』だったのが『公衆電話』…今なら『携帯』かもしれないですね」
語り終えた少女は最後の蝋燭の火を消しに立ち上がり、部室を出て行く。
ロウソクと鏡のある部屋で詩愛は青いワンピースを脱いで、下に着込んでいた赤いワンピース姿になり、長い髪を解いてボサボサにして『紅さん』の演出にかかった。
(期待に応えなきゃ…)
気合いを入れた詩愛はロウソクの火を吹き消して、部室の戸を勢いよく開いた。
バチバチっと魔法の光が激しく点滅する。
「…えっ?」
気の抜けた声を出したのは詩愛の方だった。
明かりに照らし出された部室には、誰もいなかった。
「み、みなさん!?」
慌てて廊下に出て正面のロウソク部屋を見てみるも、誰もいない。
本気で焦って狼狽える。
今一度怪談倶楽部の部室に戻ると、そこにはしたり顔の部員たちが待っていた。
「え、ええっ!?」
「どうかしたんですかぁ?」
にこにこと微笑む部長は、とても楽しそうだ。
「…え、えっと…今…」
確かに誰もいなかったはず。
これには一緒に参加したアカリが苦笑しながら説明した。
「前回あまりにも度肝を抜かれたからぁ、その意趣返しらしいわよぉ」
何のことはない。
撃退士の能力を無駄にフル活用して窓からベランダに隠れていただけである。一緒に参加した五人は成り行きで一緒に隠れさせられたらしい。
「百物語、楽しんでいただけましたかぁ?」
割と結構本気で動揺した詩愛は、部長のその台詞に『紅さん』姿のまま部員たちを追いかけ回したのであった。
恐ろしくも楽しい悲鳴が深夜の学校に響き渡った。