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マスター:黒川うみ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/07/10


みんなの思い出



オープニング

 ふわ、ふわ、ふわ。

 ワン、ツー、スリー。

 ひら、ひら、ひら。

 アン、ドゥ、トロワ。

 クイック、クイック、ターン。

 たくさんのタキシードとドレスが軽やかな音楽に乗せて踊る。

 黒い燕尾服は男性。
 色鮮やかなドレスで着飾るのは女性。

 白い手袋と、ドレスに合わせた色の手袋が手を取り合い、
 黒いダンスシューズと華奢なヒールが寄り添ってステップを踏む。



 怪奇なのは、そこに「ある」はずの肌色がないこと。
 否、色ではない。
 顔も髪も身体も、ステップを踏む足も存在しない。

 有り体に言えば、透明人間たちが踊っている。

 肉体の厚みや体格の差は確かにそこにあるのに、衣装以外の部分がまったくない。
 広いダンスホールを埋め尽くす衣装が手を取り合い、時にパートナーを変えて踊り続けているのに。


 大時計の針が深夜一時十八分を指した瞬間、バチンと照明が落ちた。
 音楽も止まり、暗闇の中動く影はひとつもない。
 衣装も闇に消えていた。





「さ、最初は、夜に照明が点いてると通報があったので、泥棒かなにかかと……」
 真っ青な顔をした女性が両手を組んでがくがくと振るわせながら事情を説明する。
 彼女はとある有名校の教師である。
 エスカレーター式で幼稚園から大学部まで存在し、彼女は高等部の英語教師であると共に由緒ある社交ダンスクラブの顧問でもある。
 全国大会の常連校であり、学校も部活動に力を入れている。
「このままでは練習になりません。みんなダンスホールに近寄らなくなってしまって……幽霊だと騒ぎ立てる子まで出てきまして」
 深夜零時から一時十八分までの約八十分だけ、この怪奇現象が起こるという。
 いつも決まった時間だけ。
 初めは誰かの悪戯だろうと乗り込んで行ったのだが、見えない誰かに手を引かれて身体が勝手に踊り始めてしまったのだという。
「あ、あんな恐ろしい目に遭ったのは初めてです」
 音源はわからない。
 そもそも誰も照明のスイッチを入れていないし、音楽を流してもいないのだ。
 しかもダンスホール内の物の配置が微妙に変わったり、妙な影が目撃されたりしているらしい。
「お願いします、何とかして下さい! このままでは夜も眠れません!」
 その願いは深刻なものだった。


リプレイ本文

「よくお似合いですよ」
 他校の制服に袖を通した久遠ヶ原学園の生徒達にそう言って、女教師は深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「怪現象っていっても何か理由があるはず。幽霊の正体見たり枯れ尾花って言うしね」
 大丈夫大丈夫と明るく微笑んだ名芝 晴太郎(ja6469)に女教師は少しほっとした様子でダンスホールの鍵を手渡したのだった。


●昼の部
 思っていたよりも広い建物に、月詠 神削(ja5265)は眉を潜める。
「天魔絡みでも本当のオカルトでも、解決に手間取りそうだな…」
「本当に、天魔の仕業かな? もしかしたらそれ以外の力も働いてたりして…」
 ウキグモ・セブンティーン(ja8025)の言葉に苦笑しつつ、とりあえず建物内を見て回ろうかという話に、
「あたしは部員の人に話を聞いてくるね」
「私も行きます」
 ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)が言うとシルヴィア・エインズワース(ja4157)が軽く手を挙げ、じゃあ俺もと晴太郎が名乗り出る。ぞろぞろかたまって動いても仕方ないのでここは手分けすることにした。

 問題のダンスホールを神削がカシカシとデジカメで撮影していく。
「昼間の怪現象が起こっていない時の建物内の様子と、夜の怪現象が起こっている時の建物内の様子、双方を比較したいんだ」
 何かが違っていればそこに原因があるかもしれない。
(真夜中に踊る衣装ねぇ、ボクにはまるで人形劇に見えるなぁ。糸に繋がれた人形が繰手の思うがままに動く。…だとしたら、繰手は天井かなぁ? 勘が正解を導き出す事もあるけど、今回はどうかなぁ?)
 雨宮 歩(ja3810)は愉しそうに物陰や天井を事細かく確認していくが、特に変わったものはない。
「…、衣装だけのダンスフロア、見てみたいです…」
 ぽつりと呟きながら糸魚 小舟(ja4477)は大時計をじっくりと観察し、調べる。毎日決まった時間帯に起こることから何かないかと探ってみたのだが、やはり何も見つけられない。
 続いて衣装部屋を覗くと煌びやかなドレスとタキシードが並んでいた。神削はこれも丁寧に一枚ずつデジカメに収めていく。
 更衣室も男女分かれて見て回るもこれと言った収穫は得られず、一同は倉庫に移動する。
 衣装部屋も煌びやかだったが、こちらはこちらでCD棚にはぎっしりとCDが入れられ、骨董品のようなレコードと蓄音機などもあり、壮観だった。
 しかし、最近は怪現象騒ぎもあってきちんと掃除されていないようで、
「まったく薄汚れていますわ…!」
 いつの間にか『掃除道』と書かれたハチマキをつけた天道郁代(ja1198)が鬼姑のようにつつつ、と指で埃の積もり具合を確認して卒倒しそうになりながら大いに嘆いた。
「わたくし、我慢できないですわ!」
 すちゃ、とホウキを構えた郁代は一人で掃除を始める。
「他の場所の見回りをお願いします」
「…あ、うん」
 呆気に取られた4人だったが、昼間はひとまず危険性もなさそうだし明るさも十分ということで、玄関ホールに戻ってしっかり確認し直すことにしたのだった。

 ソフィア、シルヴィア、晴太郎の三人は社交ダンスクラブの部長と副部長に話を聞くことにした。小さな影の目撃者でもあるということなので人選は間違っていない。
「ええと、この辺で見たんです」
 部長である女子生徒は衣装部屋の隅を指さした。
「虫かと思って捕まえようとしたら壁の中に消えちゃったんです。他の子も見たらしいんですけど、親指くらいの小ささだって話はみんな一緒です」
 ふむふむと頷いたソフィアは尋ねた。
「異変が起こり始めてから増えたものや変わったものはあったら教えて欲しいな」
 その質問にシルヴィアも便乗する。
「校舎などでも、最近増えた備品などもあれば教えていただけますか?」
 副部長である男子生徒は首を傾げて十分に考えた上で、答えた。
「見ての通り大きな学校ですから、細かい備品についてはよくわかりません。クラブでなら、練習用の靴やサポート用品を買ったばかりですけど…色々あってまだ箱から出していない状態です」
「あとは…、こう、掛けた衣装の順番が変わっていたり、靴が左右逆になっていたり、CDやレコードの位置がズレていたり…とかですかね」
 ふぅむ、と三人は考える。
(内容はよくある怪談話みたいな感じだけど、さてさて、何が出てくるかな)
 ソフィアはちょっとわくわく気味で、
(随分洒落た怪現象ですが、はて?)
 シルヴィアは不思議に思って首を傾げている。
「怪現象を解明して心おきなく練習できるようにするよ。世の中には不思議なこともあるけど、現時点で解明できてないだけなんだ」
 晴太郎が協力を感謝して礼を述べると、部長と副部長はよろしくお願いしますと深々と頭を下げた。

 一方その頃、倉庫の掃除がてらCDやカセットテープを段ボールにしまって使わせないようにと企む郁代は、小さな痕跡も見逃すまいとしっかり目を凝らしていた。
(ダンスホールの怪奇現象の謎を解き、問題を解決してみせますわ)
 気合い十分である。
 まずはと、棚の上の埃を払おうと脚立に乗って視線を高くする。そこでまず目を見開いた。普通なら気付かない高さの棚の上を何かが歩いたような跡があったのだ。それも小さい…人差し指と中指を交互にとことこ歩かせたような小さな足跡だった。
「これは手がかりでしょうか?」
 少なくとも虫が歩いたようには見えなかった。念のために他の棚の上も確認してみるとやはり同じような痕跡を発見することができた。
 もしやと思って棚の下を覗き込むとやはり同じように『小さな何か』が歩いた跡がある。
「…あら?」
 足跡を追いかけてCD棚の下を覗いた郁代は、奥の方にキラリと光る円盤を見つけた。CDである。どうやら何かの拍子に転がり込んでしまったらしい。気になって取ろうとして手を伸ばすと、パチッと静電気が弾けたような軽い衝撃が指先に走る。
「な、何ですの!?」
 びくっとして腕を引っ込めると、棚の下からCDが歩いてきた。否、CDの前と後ろを小人が持ってトコトコと駆けていく。素早くて、呆気に取られた内に姿を消してしまった。
 ちらりと見えた小人の顔は絵本に出てくる悪戯好きの小妖精のように醜く、肌の色は黒かった。だが、着ているものと言ったら立派なタキシードと紫の上品なドレスなのである。
 体長は、おおよそ3cm。
 文字通り『小人』である。
「あ、あめま〜!」
 思わず間抜けな声を上げた郁代は慌てて携帯電話を取り出した。

「小人!?」
 ダンスホールの玄関に集合した一同は郁代の証言に驚きを露わにした。
 ここまで小さい小さいと聞いてはいたが予想外の小ささである。
「デジカメには何も写ってなかった」
 神削の言葉も相手がそれなら納得だ。
「CDは普通のものでしたけど、あの小人は冥魔に間違いありませんわ。それでちょっとお聞きしたいんですけれど、夜に聞こえてくる曲というのは同じものなんですの?」
 まだそこにいた社交ダンスクラブの部長と副部長は揃って頷く。
「同じと言っても、1曲じゃないですけど。私達が練習で使うもので…家でも練習ができるようにたくさん配っているので、誰かが落としたのかもしれません。うちは部員が多いので忘れ物とかよくあるんですよ」
「なるほど。小人が持ち去ったCDはそれかもしれないなぁ」
 歩が笑って頷く。
「郁代さんの見た小人の服装を考えると、単に踊りが好きなのかもしれないな」
 晴太郎は苦笑気味だ。
「随分と高尚な趣味のディアボロもいたものですね…」
「厄介だな。そんなに小さいと、阻霊符を使っても隙間から逃げられるかもしれないぞ」
 感心したようなシルヴィアに神削がぶっきらぼうに言う。
「でも、今夜も出てくると思うよ。相手の姿がわかった分、見つけやすいと思うんだよね。郁代のことは、忘れ物を取りに来ただけだと思って油断してるよ、きっと」
 他校の制服を着ている一同はウキグモの意見に異論を挟まず、深夜が来るのを待つことにした。


●夜の部
 歩と晴太郎は天井付近を、ソフィアは衣装部屋の方向を、残り五人はダンスフロア内に意識を集中させながらその時を待っていた。
「あら?」
 午前0時まであと3分というところでまずシルヴィアがその優れた聴覚で異変を察知した。カタンと小さな物音が天井付近でしたかと思うと、通気口から煌びやかな衣装がしゅるしゅると一匹の蛇のように連なって吹き出て、床付近で個々に分かれて白線の中に収まった。
 さすがに全員が気がついてぎょっとする。
 衣装が降ってきたのだから無理もない。
(…あと10秒…)
 大時計の側で小舟が冷静にカウントダウンし、カチっと短針と長針が重なった瞬間ダンスフロアに音楽が流れ衣装が踊り出した。予め聞いていたとは言え、異様な光景に何人かが息を呑む。
(さて、ボクの推測は当たりか外れか)
 天井から糸で操られていないか目を凝らす歩と晴太郎は、それらしきものは見当たらないと早々に結論づける。
「白線に入ったら踊らされる、ねぇ。どんな手品が仕込まれているのやら」
「糸じゃないなら一体…」
 白線の中に入らないように気をつけながら慎重に観察を続ける。
「少なくともこの踊りが見える所にはいそうだけど、どこにいそうかな」
「…曲と靴音が邪魔して、音だけでは見つけられそうにありません」
 ソフィアの呟きにシルヴィアが頭を振る。たくさんの靴が床を叩いてステップを踏むのだから優れた聴覚が逆に邪魔になってしまうのだ。ましてや相手は小人である。物音も小さいはずだ。
「とりあえず踊ってる服は衣装部屋にあったので間違いない」
 デジカメの画面と見比べていた神削は改めて確認し、断言する。
 ホール内は明るいので極めて視界良好である。
「…きれい…」
 衣装だけのダンスフロアを観察していた小舟はぽつりと呟いた。
 眺めているだけなら風変わりな出し物で害はないし、華やかな衣装が踊る光景は実に目に楽しい。
(…でも、夢の時間は、そろそろ終わりにしましょう…)
 相手はいつ牙を剥くかわからないディアボロなのだ。
「見てるだけじゃ埒があかないね」
 衣装や備品を傷つけたくないという意見の一致があったので、ソフィアとシルヴィアは作っておいた紙飛行機を手に持ち、ダンスを邪魔するように狙って軽く投げる。ひとつ、ふたつ、みっつ…すとんと床に着地、或いは衣装に当たってするりと落ちた紙飛行機は、3秒後ぐしゃりと丸く、まるで握りつぶされたようになってしまった。そして弾ける勢いで床を離れ二人めがけて飛んでくる。
「ひゃっ」
 思わず避けた二人の後ろでパン、パンと壁に当たって紙くずは床に落ちた。
 敏感な反応に気を引き締め直すと、意外な反撃が返ってきた。男女ペアの衣装が、白線を出て踊りながらソフィアとシルヴィアの方へ向かって来たのである。衣装を傷つけるわけにもいかず、躊躇った時にはぐるぐると囲まれていた。
「ちょ、ちょっと失礼します!?」
 なぜか挨拶をしてから男性衣装の腕部分をシルヴィアが掴むと、妙な手応えがあった。空気が大方抜けた風船を掴んだような、手応えと言えないような何とも表現しづらい感触。幽霊に触った気がしてびくっと手を離すと、同じようなことをしていたソフィアと目が合った。
「な、なんかっ」
「へ、変、ですねっ」
 しかし二人の方に注意が向かったせいで白線の中に残るペアは3つと少なくなった。そしてよくよく目を凝らすとその3ペアに囲まれるようにして小人が見事なステップを踏んで踊っていたのである。
「見つけましたわ!」
 小人の目撃者でもある郁代が指さすと、
「さぁ、ここからの舞台はボクらが主役だぁ。前座には退場してもらおうかぁ」
 歩はにたりと笑い、
「ソフィアちゃん! シルヴィアちゃん! ごめん、もうしばらく引きつけておいて!」
 晴太郎は謝りながら剣を構える。相手が白線から出てくるのなら外で悩んでいるのは無駄と判断して小人に向かって駆け、床スレスレを薙ぐ。だが小人は軽やかなステップでトントンと剣を踏み台にして高いジャンプを披露。床へ軽やかに着地して踊り続ける。が、二人の小人の目が一瞬晴太郎を見た。
「ぐ…っ」
 体に巻き付くような空気に抵抗できず知りもしないステップを踏み始めてしまう。
「真夜中に騒ぐ事は禁止しますわ!」
 気合いを入れて郁代も白線の中へ足を踏み入れ小人を狙いに行く。一瞬妙な風が頬をかすったが、特に気になることもなく平然と刀を振るう。的が小さいため狙い難く避けられてしまうが、踊らされるということはなかった。同じように白線内へ入ってきた歩も同様だ。
「もしかして、撃退士なら抵抗することも可能ということですの?」
「かもねぇ」
 小舟とウキグモはあくまでも遠距離攻撃で支援に徹し、小人を挑発しにかかった神削は白線の外にいたというのに踊らされてしまう。
「これで終わりですわ!」
 郁代が刀を一閃させ、小人が宙に飛んで避けたところを歩の刀がたたき落とすようにそれを切り裂いた。
「面白いダンスだったけど、これで閉幕だぁ」
 床に落ちてもまだ動いていた小人を小舟が苦無でとどめを刺した。消滅した証拠に踊っていた衣装が床に崩れ落ちた。
「小人さんが正体だったのか」
「…この音楽、スピーカーから流れていますね」
 耳を澄まして音源を探ると、ダンスホールの大スピーカーからだったので専用の再生機器の停止ボタンを押してCDを吐き出させると、小人が持っていたと思われるものが現れた。
「これで一件落着…と、言いたいところですが…」
 郁代はCD片手にホールを眺め、肩を落とした。
「この衣装を片付けなければいけませんね…」
 依頼は解決したが、性格的に放置することができなかった。


「小人が踊ってた!?」
「え、やだ! 見たかった!」
 報告を済ませた一同は部員のそんな反応に複雑な面持ちで借りた制服を返却した。
 特に踊らされた二人と囲まれた二人は居心地悪そうに嘆いた。
(あの小人は部員と一緒に踊りたかっただけなんじゃないか?)
 と。



●後日談
「結局、なんでCDだったのかな。時間も中途半端だし」
 ソフィアの素朴な疑問に、インターネットを使って何事か調べていたウキグモがあれっと声を上げた。
「へえ…80分用のCDでも実際には78分しか収録できないんだ。…78分?」
 怪現象が起きていた時間とピタリと重なる。
「なるほどぉ。リピート機能を知らなかったのかもねぇ」
 歩の言葉に、首を傾げつつも郁代は同意するような仕草を見せた。
「もしかしたら、あのCDは小人さんの宝物だったのかもしれませんね」


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 撃退士・天道郁代(ja1198)
 Ms.Jブライド2012入賞・シルヴィア・エインズワース(ja4157)
 常磐の実りに包まれて・糸魚 小舟(ja4477)
重体: −
面白かった!:7人

太陽の魔女・
ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)

大学部4年230組 女 ダアト
撃退士・
天道郁代(ja1198)

大学部4年319組 女 インフィルトレイター
撃退士・
雨宮 歩(ja3810)

卒業 男 鬼道忍軍
Ms.Jブライド2012入賞・
シルヴィア・エインズワース(ja4157)

大学部9年225組 女 インフィルトレイター
常磐の実りに包まれて・
糸魚 小舟(ja4477)

大学部8年36組 女 鬼道忍軍
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
ある意味超越者・
名芝 晴太郎(ja6469)

大学部5年99組 男 阿修羅
撃退士・
ウキグモ・セブンティーン(ja8025)

中等部1年8組 男 ダアト