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マスター:黒川うみ
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/06/14


みんなの思い出



オープニング

 それは一種の異常現象だった。

 ぷっぷかぷー♪

 間の抜けたラッパの音を鳴らす黒熊のぬいぐるみ。
 その背中には蝙蝠の羽があり、ぷかぷかと宙を浮いている。

 ラッパの音に導かれるようにして、幼い子供達がぞろぞろ、ぞろぞろとぬいぐるみの後をついて行く。
 どの子供も、先導するぬいぐるみを摸したリュックを背負っている。

「前回はえり好みしたから失敗したくまー。
 これだけ子供がいればご主人たまの気に入る子供もきっといるくまー♪」

 ぷっぷかぷー♪

 まるでハーメルンの笛吹き男を思わせる光景に、道行く人々は仰天して足を止め、家々の窓からは恐ろしげに見つめる人の目があった。



「……ええ、保育園の年長組全員です!
 お昼寝をしていたところに熊のぬいぐるみが現れて、子供たちを連れて行ってしまったんです!」
 通報する保育士の顔は真っ青だ。
 何を喋っているのかも、自分で理解できていない様子だった。
「早くあの子たちを助けて下さい!」
 その声は懇願と言うよりも悲鳴に近かった。




「熊のぬいぐるみだと?」
 昼過ぎに一報を受けて怪訝そうに眉根を寄せた岸崎蔵人(jz0010)は以前にもあった事例を思い出していた。
 確かその時は子供が一人一人姿を消していた。
 それが今度は集団誘拐だという。
「こっちはまだ手が離せないというのに……」
 京都の事後処理だけで手一杯の現状である。
「急いで学園から人を向かわせてくれ。詳しい状況はわからないが、ゲートに連れて行かれたら終わりだ!」
 不幸中の幸いか、子供たちの足はそんなに早くない。
 それまでに何としても悪魔の行進を止めなくてはならなかった。


リプレイ本文

 話を聞いた雪室 チルル(ja0220)ははたと手を打った。
「あたい知ってる! ハーメルンの笛吹きってやつよね?」
 出発前に現地の地図を見る。
 警察から得た情報で子供たちが通った道を赤ペンでなぞってある。
「携帯のアドレス交換完了っと。みんなマナーモードにしとけよ」
 綿貫 由太郎(ja3564)の言葉に全員が頷く。
「改めて言うまでもないけど、今回の作戦は子供たちの救出が第一よ。長い長い一日になりそうだけど、頑張っていきましょ♪」
 発案者の雀原 麦子(ja1553)は口調とは裏腹に、
(子供たちを助ける為ならどこまでもズルく騙し討ちしてやるわ)
 胸の内には怒りが燻っている。
「必ず全員を、無事に取り戻さなければ」
 言って、牧野 穂鳥(ja2029)は荷物を持って立ち上がった。同じように全員が学園のディメンションサークルへと向かう。一刻の猶予も許されない。
 24時間。
 急がなければならなかった。


●想定外の小さな不運
「あれ?」
 雪室 チルルは小学校の校庭に出たことで首を傾げて仲間を見た。仲間も予想外の場所に着いたことで怪訝な表情だ。
「もしや、着地点がずれたのではないか? 多少のズレが生じることがあると学んだぞ」
 その範囲は半径5キロから10キロ程度。
 アレクシア・エンフィールド(ja3291)の台詞に全員が青ざめる。
「君、ここがどこか教えてくれ」
 突然現れた8人に驚く小学生に地図を見せると、幸いさほど離れていないことがわかった。撃退士が走ればものの数分だ。
「急ぐでござる!」
 虎綱・ガーフィールド(ja3547)は先頭を切って走り出した。
 こればかりはどうしようもない事だ。だが、状況を考えると気持ちは焦る。
 予想して対策を立てるのは難しい。
 今は、この不運を覆すだけの成果を出せるよう祈りながら、地を蹴り続けるしかなかった。

●作戦開始
 程なく悪魔の行進を発見した一同は瞠目した。
 話には聞いていたがまさしくハーメルンの笛吹男である。ぞっとする光景だ。
(これだけ多くの子供達を操るとは……眠っていたとはいえ、大したものですね。挑み甲斐がありますが、本日は子供達が優先ですのであんまり戦いにばかり集中は出来ませんね。次の機会を楽しみに……)
 鳳月 威織(ja0339)はそんな感想を抱いたが、一同は作戦通りに行動することにした。
 A班は雀原 麦子、雪室 チルル、牧野 穂鳥、桐生 直哉(ja3043)。行進の背後から近寄ってぬいぐるみの視界から外れた隙に少しずつ子供を救出し、相手に気付かれたら子供達から引き離す役目を。
 B班は鳳月 威織、アレクシア・エンフィールド、虎綱・ガーフィールド、綿貫 由太郎はA班が引きつけているうちに子供たちを救出する手はずになっている。状況によってはB班が囮の役目を負う。ケース・バイ・ケースだ。
 救うべき子供は50人。
 タイムリミットはあと23時間30分。
 25mもの長蛇の列だ。あちこち迂回しながら進むため先頭から視界が外れることは多い。

 ぷっぷかぷー!

 憎らしいほど元気なラッパの音が聞こえるが、あえて無視をして務めて冷静を維持する。
「連れて来るから、子供たちをよろしく」
「はい」
 警察官は緊張の面持ちで頷く。
 発案者である麦子は隙を見て最後尾に忍び寄って身体を押さえ、子供を傷つけないよう背負わされていたくまリュックをダガーでざっくりと横に割いた。それからくまリュックを投げ捨てると子供を抱いて素早く列を離れる。
「起きるで御座るよ。おねむの時間は終わりで御座るよ」
 虎綱が声をかけるが、子供は虚ろな目をしてくったりと脱力している。催眠状態が続いているものと思われた。だが、威織が軽く頬を叩いて呼びかけると男の子はきょとんとした表情で目を覚ました。
「あれえ?」
 しっ、と人差し指を当てられ男の子はわからないながらも頷く。その男の子に耳栓を渡し、
「いいか、此処から遠くへ行くまで外してはならんぞ」
 真剣な表情で言い含めて警察官に男の子を託した。
 まずは1人。

 ぷっぷかぷー!

 ラッパの音がすることから、気付かれていないことがわかる。
「この作戦、いけるわよ」
 麦子が力強く頷くと、
「うーむ、あのリュック、ディアボロでなければ某も欲しいくらいなのですがのー」
 虎綱が惜しそうに呟く。だがそういう問題ではない。
 静かに、密やかに、ひとりずつ確実に、彼らは子供を悪魔の行進から引きはがしていった。

 2人で1m。
 4人で2m。
 6人で3m。

 助けた人数よりも先へ進む距離の方がよっぽど長い。
 遅々として進まない救助に一同は焦りを覚える。
「もう大丈夫ですよ。お父さん、お母さんのところへ帰りましょうね」
 また一人、正気に戻った女の子に穂鳥が優しく話しかけた。
 だが、収穫もあった。
 先頭のぬいぐるみのラッパの効力についてだ。子供の動きをくまリュックに伝えるだけでなく、催眠状態を保っているのもこの音が原因らしい。くまリュックを外しても目を覚まさない子供に虎綱が耳栓をつけるとけろっと目覚めたのだ。
 叩かなくても大丈夫とわかった後はそうやって子供を正気に戻していった。


●残り16時間
 15人を数える頃には辺りはすっかり暗くなり、夜が訪れた。
「むー、これってチャンスじゃない?」
 暗闇に乗じて子供を救出できないかというチルルに、仲間は険しい表情だ。これまで曲がり角などの死角を狙ってきたが、もう随分と真っ直ぐに進んでいる。まるで予め道を調べて来たかのような迷いのない足取りに危機感が募る。
「奇襲をかけるにしても、もう少し子供を引きはがした方がいいだろう」
 まだ気付かれていない強みがある。
 直哉の言葉に麦子も頷く。
「35人を1度に保護するには手が足りないのよね。でも、背後から近寄って保護するのは試してみてもいいかも」
 直線でも先頭から最後尾までは20m近くある。忍び寄ることはできるだろう。
 そっと接近して列から引きはがし、くまリュックを処分する。
 ただしこれには近づける距離に限度があるが、それでも最大限気配を殺し幾度も救出を試みたのだった。


●残り12時間
 深夜を回る頃には、思い切って闇に乗じて救出を試みたことで28人の子供を助けることができた。
 問題は、これ以上近づくのは危険だということだ。
「さすがに、気付かれると思うのよ」
 先頭から最後尾まで約11m。
 作戦開始から半日が経過して精神疲労の色が濃い一同は決断を迫られた。
「ですが、行動に出るなら早い方がいいかと」
 ためらえばそれだけゲートに近づくことになる。
 麦子と穂鳥の会話に、直哉が加わる。
「ラッパを破壊できれば、リュックをはがすのは楽になると思うな」
「となると、やっぱり奇襲よ。あたいたちがあいつの注意を引きつけてるうちにB班に動いてもらうのがいいと思う」
 チルルの結論に反対意見は出なかった。
 B班と警察に連絡を取って、彼女たちは悪魔の行進を先回りして待ち伏せた。


●残り11時間
「そこの変なくま! パンダにされたくなかったら子供を返しなさい!」
 闇に響く明るい声に、黒いくまのぬいぐるみは仰天した。
「お前は誰くまー!」
「あんたになんか教えてあげないよーだ!」
 進行方向に突然現れたチルルは挑発する。その横で麦子もぺろっと舌を出した。
「悪魔のラッパで踊るのは私たちで十分です。子供たちは返していただきます」
 くまのぬいぐるみと子供を分断するように穂鳥と直哉が立つ。
 しかし相手も一筋縄ではいかない。

 ぷっぷー!

 吹くのをやめさせようと直哉が仕掛ける前にその音は響いていた。
 途端、子供たちが前方方向へ走り始めた。
「待て! 行ったらダメだ!」
 こうなっては仕方がない。B班は潜伏をやめて子供を追いかけ、捕まえてはくまリュックをはがしにかかった。
「背中のリュックを取れば良いのか!?」
 由太郎がはいだリュックをざくざくとアレクシアが切り伏せていく。リュックをはがされた子供たちはその場で倒れ込むが、走って行ってしまうよりはいい。
「数が少なくなってるくまー! お前たちの仕業くまー!?」
 くまのぬいぐるみは怒りを露わにして、蝙蝠の羽を激しくばたつかせた。
「思い通りにはさせないわよ」
 不敵に笑った麦子はすぅうっと大きく息を吸い込むと、うがーっと獣のような咆哮を放った。子供たちはびくっと身を竦め、立ち止まる。くまリュックから開放されていた子供たちは目を覚まし驚いたように辺りを見回し始める。
「生意気くまー! さてはお前たち、前に邪魔した奴らの仲間くまー!?」
 空中で地団駄(?)を踏むぬいぐるみは次なる指示を出そうとラッパを構えるが、今度こどその機会を逃さなかった。直哉は武器をメタルレガースに持ち替えると目にも止まらぬ速度でラッパめがけて蹴りを放つ。黒い靄がその軌跡を描いた。
 カンッ、と軽い音がしてラッパは地面を転がる。壊れはしなかったが勢いで吹き飛んだようだ。
「これでもう妙な指示は出せないだろう?」
 片足でラッパを踏みつけた直哉はにやりと笑う。
「……よくも、ご主人たまからもらったラッパを……」
 しかしくまのぬいぐるみは羽も足のばたつきも止め、ゆらりと赤黒い炎を纏い始めた。
「お前たち、許さないくまー!」
 バヂバヂっと同色の稲妻が地面を何度も抉る。
「チビどもに手は……出させん!!」
 由太郎は危うく当たりそうになった子供を抱いて地面を転がった。
「この距離では子供を傷つけてしまうぞ。それでも構わぬのか?」
 虎綱の言葉にぱっと稲妻が止む。
「むむむ、むむむむむ……!」
 くまはくまなりに葛藤しているらしく、再び羽をばたつかせると、言った。
「仕方がないくま……」
 諦めたかと、撃退士たちは思いかけた。
「数は少なくなったくま。でも、この人数ならラッパはいらないくまー!」
 先程の稲妻と同じような赤黒い炎が5人の子供に向かって放たれる。すると、その子供たちはまたしても走り始めた。
「同じ手は食わないよ!」
 再び麦子が激しい咆哮を放ったが、子供たちはものともせず走っていく。
「それはこっちの台詞くまー!」
「えっ?」
 ひゅいっとくまのぬいぐるみは撃退士たちの前に立ちふさがった。
「これ以上邪魔はさせないくま」
 可愛く見えても、ぬいぐるみでも、知恵の回るヴァニタスだ。
「ここで諦めるなら殺さないでやるくま」
 目的を果たすことを第一に定めたらしい。言い捨てるとすいーっと先を走る子供たちを追いかけ始めた。
「待て!」
 だが止まらない。
 あっという間に夜の闇に消えてしまう。
「我らが追おう! 麦子殿たちは子供の手当を頼むでござる!」
 虎綱を初めとするB班が走り出す。
 A班はその場に取り残された17人の子供を集め、まだくまリュックを背負っていたら引きはがして自由にしてやった。
「急いで追いかけないと」
 焦る穂鳥の肩を直哉が叩く。
「追いかけるより、挟み撃ちにした方がいい。雪室さん、地図を」
「はい! 今ここなのよ」
 ペンライトで照らされた地図を見ると、ゲートまでほぼ一直線だが子供たちを連れていくならどうしても通らなければならない場所があった。
「川を渡るのに橋が必要よね?」
「全速力で走れば先回りできます」
 麦子の問いに穂鳥が頷く。
「ここを越えるとゲートまで距離がないから、確実に止めないと」
 チルルは地図をしまって、走ってきた警察官に手を振る。その制服を見て子供たちは安心したようだった。
「おうち帰れる?」
「ええ、お母さんとお父さんが待っていますよ」
 少女の問いに優しく答える。だが、すぐに表情を引き締めた。
「この子たちをお願いします。残りの子供たちも絶対に取り戻しますので」
 きっぱりと言い切って穂鳥は駆け出す。麦子もチルルも直哉もだ。


●残り9時間
「しつこい奴らくまー!」
 つかず離れず追いかけてくる撃退士4人を忌々しいと思いながらも、子供を傷つけないために速度は限られたものになる。できればゆっくり歩いて休憩させたいところだがそうもいかない。
(人間の体は不便くまー……)
 自分のように破れたところに綿を詰めて縫い直せばいいというものではないのだ。だが、主人が望む以上、無傷で連れて行かねばならない。なにしろ主人の大切なお人形なのだ。
 追いかけてくる人間を殺すことは容易いが、子供たちをその巻き添えにするわけにはいかなかった。

「虎綱! 追いかけるのはよいが、何か策があるのか?」
 走りながらアレクシアが問いかける。
「今考えているでござる! 奴があまり挑発に乗らんのが大問題だッ!」
「まあ、子供たちを傷つけないのが不幸中の幸いだが」
 由太郎も険しい表情だ。
「追いつくだけなら簡単なんですが」
 のんびりしつつも困ったふうの威織である。
 そう、速度的には追いつくのは難しくない。難しいのはヴァニタスの対処だ。
(元から絶ちたいところですが、いやはやまだまだ無力ということか)
 虎綱は唇を噛む。
(端から勝とうなどとは思っておらぬ。ただ、目的を果たせない状況になればそれで良い)
 アレクシアもこの状況に葛藤していた。
 ヴァニタスを正面から相手できる程の力は、ない。悔しいくらい力不足だ。
「雀原さんからメールだ」
 全員に送られたメールを見て、威織は笑った。
「なるほど、橋か」
「余力を残しながら行くとしよう」
 そこが運命の分かれ道に違いないはずだから。


●残り8時間
 橋に到着した麦子たちは束の間の休息を取っていた。
 作戦開始から16時間。
 前半の精神疲労もあるし、待ち伏せとしての役割から休息は必須だった。
 五十メートルはある橋の真ん中に陣取って、身体を休める。ここまでゲートに近いと人もまばらで橋を通る人もいない。一応のこと通行禁止と書いて来たが他人を巻き込むことは心配しないでよさそうだった。
「あのくま、子供の足に合わせて動いてるってのがちょっと意外よね」
 用意してきた食糧を胃に収めつつ、チルルは呟く。
「だからこそ先回りできたわけだけど、背水の陣なのよね」
 麦子は、はあ、と溜息をつく。これ以上ゲートに近づくとあのくまのぬいぐるみの主人とやらが出てきてもおかしくない。そうなるとさすがにお手上げだった。
「でも、挑発には一応乗ってくるし、あたいもう1回やってみるよ。無視できないくらいのを考える!」
「そう、ですね。怒らせてみるのもいいかもしれません」
 あまり怒らせると自分たちの身に危険が及ぶが、子供たちを助けられるのならと穂鳥も考えを巡らせ始める。
「ラッパとリュックがなくても子供を操れるのは意外だったが、そうした能力に秀でているのかもしれないな」
「そうね。前も幻術とか使ってたのよね」
 直哉と麦子も時間と焦りと戦いながら必死に考える。
(今更だけど、あれだけ真っ直ぐに進むなら障害物を作って迂回させる手もあったわね)
 少なくともあのくまのぬいぐるみが道を下調べしていたことは疑いようがない。
 想定外の事態で後手に回っているのが辛いところだった。
(橋……最悪落とせるかしら?)


●残り7時間
 おそらく元から足が早いと思われる女の子を先頭に、くまのぬいぐるみは橋へやってきた。
「まだ邪魔するくまー?」
 イライラ半分、呆れ半分。
 だが撃退士たちに退くつもりはない。
「あんた、パンダ知ってる?」
 腰に手を当ててチルルが話しかける。
「ぱんだ? 何のことくま」
「へー! パンダも知らないんだ!」
 かかった。
(チャンス到来! 一気に決めるわ!)
 勝ち誇った笑みを浮かべて彼女は言った。
「パンダっていうのは熊の中でいっちばん! 可愛いんだよ。それに比べるとあんたなんかどこにでもいるただの熊よ!」
 びしい、と言い切られてくまのぬいぐるみはかたまった。
「くまは可愛いくまー! ご主人たまが愛情込めて作ってくれたんだからくまが一番可愛いに決まってるくまー!」
 羽をばたつかせ、短い手足をばたばたとめちゃくちゃに動かす。
 内心ほくそ笑みながら麦子は頬に手を当て気の毒そうに言う。
「あらあら、本当に知らないのね。パンダは可愛い上にとっても格好良いって、コンテストで1番になったこともあるのよ」
 それは久遠ヶ原学園のミスタコンの話である。
「嘘くまー! ご主人たまはいつもくまが可愛いって言ってくれるくまー!」
「でも真っ黒な熊では芸がありませんし」
「俺もあのパンダは格好いいと思うな」
「桐生先輩もそう思いますか?」
 すっかり撃退士たちのペースに乗せられたくまのぬいぐるみは自分がいかに可愛いかを語り始めた。
 その隙に背後から忍びよってきた四人が子供を一人ずつ取り押さえる。
「……とにかくっ! くまは可愛いくまー!」
「うむ! おぬしは可愛いと某も思うでござる!」
 虎綱に捕まえられた男の子を見たくまのぬいぐるみは、はっと我に返った。
「引っかけたくまー!?」
「引っかかる方が間抜けなんだよ! でもあたいたちの知ってるパンダが格好良いのは確かだから、ご主人様に造り直してもらったら?」
 チルルはあっかんべーと舌を突き出す。
「むむむ、むむむむ……!」
 くまのぬいぐるみの周囲に再び赤黒い炎が出現する。
「もう、怒ったくまーーーー!」
 ズドドドドドドドドーーンッ
 空から稲妻が次々と降ってきて橋を壊していく。
「子供たちを!」
「任せろ!」
 穂鳥の叫びに由太郎が応える。
「吹き飛ぶくまーーーーー!!」
 一層強く叫ぶと、稲妻が輪になって、次の瞬間弾けた。
「きゃあっ」
 痺れるような痛みを伴う攻撃に全員が吹き飛ばされる。
 恐る恐る目を開けると、橋が支柱に近い部分を残して5つに割れていた。凄まじい破壊力である。
「君、大丈夫か?」
 操っていたくまのぬいぐるみが我を忘れて力を放ったせいか、庇われた子供たちは我に返ってガタガタと震えてしがみついてくる。恐怖を感じて当然の光景だった。
「これは、撤退するしかなさそうだ」
 同じく子供を庇って傷を負ったアレクシアも苦い表情だ。
「いち、に、さん、し……あれ、もう1人は!?」
 数えたチルルを嘲笑うかのようにくまのぬいぐるみは橋の向こう側に飛んで行った。そこには1人の女の子が虚ろな瞳で立っていた。
「まったく、大変な邪魔が入ったくま。だけどくまは諦めないくま。この子供はご主人たまのためにもらっていくくまー!」
 そして子供と共に走り去る。
「く……っ こんな傷……!」
「穂鳥ちゃん、無理しちゃだめ」
 止める麦子もあちこちから血を流している。全員が満身創痍だった。命が助かっただけでも儲けものだろう。おそらく、子供を傷つけまいと手加減していたのだ。
「あと1人だったのに……!」
 悔しさで涙が滲む。
「警察に迎えに来てもらおう。この子たちを親元に帰さねば……それに、我々はこれ以上動けん」
 つとめて冷静に言った由太郎も、胸に苦いものを感じていた。


●???
 コツン、とチェスの駒が盤上を動く。
「あーあ。今回のゲームも負けかな」
 先手の白を動かすのは黒い兎のぬいぐるみだ。
「まあ、一応新しいお人形は手に入ったけど」
 白い指が黒の駒を動かす。
 引き分けのゲーム、とはチェスのことではないらしい。
「申し訳ないくま、ご主人たま……」
「いいよ。君の成長を見られたから、帳消しにしてあげる。今回のことは君なりによく考えたと思う。もうちょっとで沢山の可愛い魂とお人形が手に入るところだったんだ。君がどんどん賢くなってくれて、僕は嬉しいよ」
 その言葉に黒い熊のぬいぐるみはつぶらな瞳をうるうるさせて生みの親であり主でもある少年の姿をした悪魔の足にひしっとしがみついた。
「これからもご主人たまのために頑張るくまー!」
「僕から助言させてもらうと、誰がやったかわからないようにした方が面白いんじゃないかな。君の能力を最大限活かせる策を考えてみるといい」
「わかったくまー!」
 黒い熊のぬいぐるみを膝に乗せて撫でながら、
「しかし、君を邪魔した連中は、ちょっと目障りだねぇ」
 少年は琥珀の瞳に危険な色を浮かべて微笑んだのだった。
 その様子を、連れてこられた少女はガタガタと震えながら食い入るように見つめていた。
 束縛を解かれた彼女は今、まったくの正気である。だが、見知らぬ場所で目覚め、多くのぬいぐるみがさざめき合い、自分を見つめている状況が異常であることくらいは幼くても理解できた。
 その目が、部屋の壁際に立つ人物を見つけた。
 大人だ。
「た、助けて!」
 駆け寄って助けを求めるも、彼は無表情のまま動かない。瞳は虚ろで何も見えていないかのようだ。ぬいぐるみたちはクスクスと笑う。
「それはもう人間じゃないんだよ」
 耳元で囁かれて反射的に振り返ると、琥珀色の瞳と目が合った。鼻と鼻がくっつきそうな距離で少年が優しく言葉を並べる。
「君も、魂を抜いた後はこうして綺麗に形を残してあげる。知ってる? お人形っていうのは人の形をしてるだけの作り物なんだよ。だから人間でいるうちは、せいぜい恐怖してね。僕のために」
 人形は自分の意思は持ってないんだ――無邪気とも言える微笑みに、少女は自らが生きて帰れないことを悟った。


●報告
「全員を救出できず申し訳ありませんでした」
 かたい表情で穂鳥が言う。
 どうしても一人、助けられなかった事が重くのしかかる。
 罵りの言葉を覚悟をしていた撃退士たちに、しかし犠牲となった子供の夫婦ありがとうと感謝の言葉をかけた。
 戦ってくれて、ありがとうと。
 涙を流し、傷だらけの撃退士たちに頭を深く深く下げる。
 本当はどうして自分の子だけと思わない訳はないのだろうに、彼らは帰えるまで責める言葉を言う事はなかった。
 けれどそれは、罵られるよりもずっと辛い事だったかもしれない。
 何よりも自分たちの力が足りなかったと自らを責めるのだから。

「気にするな、というのは無理かもしれない。だが、君たちは49人の子供と、その家族を救った。そのことだけは忘れないでくれ」
 警察署長の言葉は気休め程度にしか響かなかったが、厳然たる事実だったので受け入れざるを得なかった。

「もっと、強く、強くならねば……」
 虎綱のその短い言葉が、8人に共通する強い思いだった。
 強くならなければ守れないものがある。
 だから、強くなろう。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 夜のへべれけお姉さん・雀原 麦子(ja1553)
 未来へ願う・桐生 直哉(ja3043)
 世紀末愚か者伝説・虎綱・ガーフィールド(ja3547)
重体: −
面白かった!:4人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
死神と踊る剣士・
鳳月 威織(ja0339)

大学部4年273組 男 ルインズブレイド
夜のへべれけお姉さん・
雀原 麦子(ja1553)

大学部3年80組 女 阿修羅
喪色の沙羅双樹・
牧野 穂鳥(ja2029)

大学部4年145組 女 ダアト
未来へ願う・
桐生 直哉(ja3043)

卒業 男 阿修羅
不正の器・
アレクシア・エンフィールド(ja3291)

大学部4年290組 女 バハムートテイマー
世紀末愚か者伝説・
虎綱・ガーフィールド(ja3547)

大学部4年193組 男 鬼道忍軍
不良中年・
綿貫 由太郎(ja3564)

大学部9年167組 男 インフィルトレイター