掃除の基本は早朝から。
そして汚れてもいい格好で。
「これっ、 アニメ『キャッチザスカイ』の学園服のコピーなんだよぅ…すっごく大事にしてるんだから、汚したら泣いちゃうもん!」
エルレーン・バルハザード(
ja0889)のようにジャージを持参するのもアリである。
基本を忠実に押えた格好の少年少女たちは、話には聞いていたが実際にゴミ屋敷を目の当たりにすると絶句した。
「何ですの此の惨状はぁー!? 此れが仮にも教師の自宅ですの!?」
桜井・L・瑞穂(
ja0027)の悲鳴は実に正論だ。
「はぁ…これはまた、凄惨な状況ね。一体どうすればこうなるのかしら… 」
東雲 桃華(
ja0319)の困惑ももっともだ。
「これじゃあ家の方が勿体無いよ…」
峰谷恵(
ja0699)が頭を抱えてしまうのも無理はない。
「ここまでゴミが凄いとは思わなかったよ…。と、ともかく魔法少女マジカル♪みゃーこ、お掃除頑張るにゃ♪」
体操着になぜか猫耳と尻尾を装着する猫野・宮子(
ja0024)。
「さぁ、宮子、アトリ! 此処は戦場ですわ。皆も、覚悟は宜しくて!? 必ずや新築当時の…いえ、其れよりも美しくしてみせますわ! おーっほっほっほ♪」
実は築1年のバリバリの新築なのだが、何も言うまい。
ともかく、やる気に満ちた瑞穂のかけ声に気を取り直して、各自マスクやゴム手袋を装着して、狭いはずの庭の片付けから手を付け始めた。家の中のものを出そうにも、まずは庭を片付けなければどうにもならないからだ。
しかし実際、どこから手をつけたものか。
迷いを胸に抱える若土たちの元へ、ゴミ屋敷を作りだした当人がトラックに乗ってやってきた。無論、ゴミを運ぶためのトラックである。
「やあ、みんな。今日はよろしく頼むよ」
のほほーんとした微笑みが今は憎い。
とりあえず一同は不燃可燃に分別する前に、家電系の大型ゴミをトラックに乗せることにした。
バイト10人の内男性が2名という不測の事態だが、彼らは撃退士。並の運動能力ではない。…まさか掃除に役立つとは誰も思っていなかっただろうが。
「うわ、冷蔵庫? 大丈夫なの?」
「…ん、普段からもっと重たい武器振ってるから」
宮子の心配をよそにアトリアーナ(
ja1403)は軽々と持ち上げて運ぶ。
とりあえず電化製品から悪臭はしないが、冷蔵庫やら電子レンジやら炊飯器やらなぜか複数発見されると一同は怪訝そうな表情になる。事前の話では、彼は『捨てられない』のであって『拾ってくる』わけではないと思っていたのだが。
全員の気持ちを瑞穂が代表して問うと、
「いやー、なんか知らないうちに増えてるんだよ」
つまりは不法投棄されているということだ。
頭が痛くなってきた。
「…先生、これじゃあお嫁さんどころか彼女も出来ないよ」
木ノ宮 幸穂(
ja4004)の言葉は皮肉ではない。諦めである。
トラックに積まれた電化製品(ゴミ。たぶん壊れてる)を名残惜しそうに見ている教師に、峰岸 シトラ(
ja8289)は切々と説いた。
「えと、掃除をしないと空気も悪くなるし虫も湧くし、健康にも害を及ぼします。それだけじゃなくて、これだけひどいと近所迷惑にもなります。ものを捨てなければ掃除はできません。勇気を出してものを捨てて下さい。それから、先生に掃除の仕方を覚えてもらうため手伝ってもらいます」
苦言のはずなのだが、当の教師は自分の家だから手伝うのは当然だ、と的外れな回答をするのみ。
「あんまりくどくど言いたく無いけど、これだけは言わせてもらうよ。勿体無い? 使いもせずに溜め込んで結局朽ちさせちゃうとか、その方がよっぽど勿体無いよ。きちんと資源ゴミとして出してたら、修理されたり原料としてリサイクルされたりして、また別の所できちんと使われてた筈なのに…。この子たちがホントに可哀想だよ 」
桐原 雅(
ja1822)の声には怒りが滲み出ている。
悪臭の素は主に生ゴミやお弁当の食べかすであるらしい。
泣きたいのを堪えつつエルレーンは大きなゴミ袋にそれを詰め込んでいく。
(はぅはぅ…このマスクがなかったら危なかったぜ、なの)
気分はすっかり危険物処理班。何しろ息をするのも嫌な程だ。
ものの20分、たったの20分でトラックはいっぱいになった。
庭のゴミはまったく減ったように見えないというのに。詐欺だ。簡単な仕事だと聞いていたのに。
(掃除か。苦手分野だ。ま、報酬のため適当にがんばるけどね…)
牧野 一倫(
ja8516)は早くも来たことを後悔しかけている。
結局庭を埋め尽くすゴミを運ぶのにトラックは7往復した。庭が一息つく頃には正午を回っていた。ついでに言うと、腐臭が庭の土に移っていたのでその土も捨てることになった。悪夢である。
(この中で生活するなんて耐えられないの…)
庭が片づいたとはいえ、アトリアーナの思いはもっともだ。
昼食の弁当もあまり食欲が湧かなかったが、体力勝負だから食べないわけにもいかない。
しかし庭の片付けはあくまでも前菜。メインディッシュはこれからである。
昼食を手早く終えた一同はようやく家の扉を開いたわけだが、そこで再度絶句してしまった。
割と広めの玄関である。
少なくともそのはずだ。
しかし人一人通るのがやっとの隙間しかないのはどういうことか。
「どんどんモノって増えちゃうもんねぇ」
しみじみ感想を述べるエルレーンには誰も同調しなかった。自分もヲタクであるゆえ、増えるグッズの収納に頭を悩ませているから出た言葉だが、そういうレベルではない。
主にスペースを取っているのは新聞と雑誌と書籍。床から天井まで積み上げられ、資源ゴミ置場と貸している。
庭のゴミに対しては名残惜しそうな顔をしつつもそこまで執着を見せなかった彼は、その資源ゴミに手をつけようとした瞬間表情を一転させた。
「だめだ! これは大切なものなんだ! 捨てられない!」
予想はしていたがこんな台詞は掃除の邪魔にしかならない。
「本が大事? そんならしっかり整頓して本に敬意を示して欲しいと思うんだけど」
一倫の言葉に全員がうんうんと頷く。
「あとね、『いつか使うかも』は『絶対使わない』と同義だよセンセイ」
家の中にぎゅうぎゅうに詰められた紙、紙、紙。
「先生は勿体無いと言うけど、本当に勿体無いと思うのならば、本当に必要とする人へ届くようにリサイクルショップなりに持っていくべきだわ。劣悪環境においていたら、本当に『ゴミ』になってしまうから。それは道具を『殺す』ことになる、もっと人の役に立てる筈だったのにね。だからこそ、道具は大切にして欲しい…。これはどう見ても大切なものの扱いに見えないもの」
桃華はそう言って新聞紙の通路へ足を踏み入れる。小柄なのが幸いして、床に積まれた新聞紙のせいで天井が迫ってきても楽に進むことができた。
「いーっぱいモノがあるけど…でも、あんまりつかってあげないなら、先生のおうちには必要ないんだよ。だから、ちゃあんとお別れしてあげないと…ね」
にっこり微笑んだエルレーンが桃華の後に続く。…が。
ずべっ
「ひゃあ…っ!」
足を滑らせ、慌てて手をついたが、そもそも手をついて無事なのは足場がしっかりしていることが前提条件である。
ドサドサドサドサドササササッ
あっという間に紙に埋もれ姿が見えなくなったエルレーンを助けに小柄な桃華とアトリアーナが紙という紙をかきだしていく。
「…だ、大丈夫…!?」
玄関が埋もれてしまったためバケツリレーならぬ資源ゴミリレーをすることになった。
「し、死ぬかと思ったの…!」
10人分の批難の視線に、さすがの勿体ない教師も言葉を無くした。生徒の身に危険が迫るような状況は教師として褒められることではないことを自覚していたからだ。
せっせと紙束をかきだして、ようやく玄関の床タイルと廊下の木目板が顔を出した。
入口を確保したところで分担作業開始である。
「と、とにかくこのゴミに埋もれるのは勘弁したいし皆、気をつけていくにゃー!」
既に埋もれてしまった者もいるが、宮子のかけ声におーと全員が応えたのだった。
●掃除は高いところから?
入口を確保したとはいえ、家の中は依然資源ゴミに占領されたままだ。
縦70cm、横50cmの狭い通路を進み、二階へ到着した宮子、瑞穂、アトリアーナの三人は鼻が曲がるような悪臭に思わず顔を背けた。
「うう、この匂い…マスクがなければ即死だった気がするにゃ」
今日既に、何人がこの台詞を吐いただろうか。
二階には分厚い本が所狭しと積まれているが、それらからするのはインクの香りだ。一体どこからこんな厭な臭いがするのか見回してみると、窓硝子が割られ、そこからゴミが投げ入れられていたことが判った。
これに関しては住人がしたことではないのだろう。
風雨が入り込み、窓際の書籍は黴が生え腐り、既に本としての体裁を失っていた。
(ゴミだらけだから誰も住んでいないと思って誰かが悪戯をした)
と、状況は三人とも把握できたものの空目は免れない状況だ。
「徹底的にやりますわ! 文字通り、塵一つ残しませんわよ!」
やる気を出して叫ぶもその声はマスクのせいでくぐもっている。
さすがに本好きを自負するだけあって二階の本は初版や補強された書籍が多くある。「二階にある=特に大切な本」ということかもしれないが、雑な分類である。
ひとまず臭いの元凶部分から手をつけにかかる三人であった。
●毛布は新聞紙
一階担当も動けるスペースが天井との間に1mくらいしかない現実に呆然の空目になってから、頭を抱えたくなった。
後ろからついてくるこの家の住人はそこがベッド、そっちがバストイレと平然と指を指すが、やはり男の一人暮らしである。バストイレから漂ってくる糞尿と垢と黴の臭いと、ベッド(?)周辺にはカップラーメンなどのインスタント食品の食べ終わった後の器などが盛られていて、やはりそちらからも独特の臭いがしてくる。
「あっ」
誰の声か、新聞紙の隙間から這い出てきた某黒い悪魔をその辺の雑誌を丸めて幸穂が瞬殺する。
「無駄な殺生をしてしまった…」
やりきった顔で呟いてみるが、とてもではないが一匹しかいないとは思えない。
「ところで先生ぇ、ベッドってどう見ても新聞紙なんだよぅ」
そもそもベッドと言っていいのかも不明だが、彼は狭い場所ながら胸を張って言った。
曰く、新聞紙があれば毛布はいらないから。
家があるのにホームレス。
襲いかかってくる脱力感と戦いながら、彼女たちは掃除を再開した。床と対面できるのは随分と後になりそうだと頭痛を堪えながら。
●運ぶだけでもひと苦労
とにもかくにも、持ち主に確認が必要な書籍は別として、新聞や毎月買っているらしい雑誌などは紐でくくってトラックに積むことにし、桃華、雅、シトラ、一倫は黙々と作業に没頭することになった。
何しろ量が半端ではない。
新聞も良く見ると同じ日付だけで六社あり、雑誌に関してはいわんやである。ただ、どれもきちんと読んだ跡がついている。読んでいないものを溜めているというわけではないようだ。
なるほど、教師として教養を深めることに関して“だけ”はかなり高い理想を持っているらしい。
「面倒面倒…腰いてぇ…」
一人が家の中の書籍をひたすら外へ運び、他の面子が紐でくくってトラックに乗せ、今度はそれを処理場へ運ぶ。単調な作業だがこれが結構効果的なのである。
ゴミ処理場はゴミ処理場で予想以上の積荷に空目である。
前もって空けておいたスペースでは置ききれなくなってしまったので別のゴミと隣接する形で積むことになった。ふぅ、と一倫が汗を拭った時、ぽろっとポケットから落ちたものがある。愛用のスマホだ。
「あ゛ー!」
慌てて手を伸ばすも残念ながらゴミの中。簡単に見つかるはずもなく、
「ああもうマジでなんなんだこの腐海…!」
半ば逆ギレしつつ必死でゴミあさりをするハメになった。
家の中は結構な動物の楽園だったようで、ハムスターもかくやという程丸々したネズミや各種害虫がわんさかしたが、生徒達の必死の努力のたまもので日が暮れる頃には家は姿を変えていた。
庭には土があり、玄関も手を広げて通れるようになり、一階にキッチンがあることが判明し、バストイレもピカピカに磨かれ消臭剤や芳香剤が置かれ、二階からはベッドと布団一式が発見された。
快挙である。
全員が疲労困憊していたが、最後に釘を刺すことも忘れなかった。
「一生独身で過ごしたくなくば、少しでも改善する努力をして下さいな」
瑞穂の言葉に彼は神妙に頷いた。
先程、幸穂に「先生、二階の畳くさってます。今すぐ業者さんに電話してください」と言われたのがよほどか堪えたようだ。窓硝子も新しくしなくてはならない。
念のため繰り返すが、この家は築1年の新築である。…悲しいことに。
●戦いの後に。
誰からともなく、銭湯へ行って臭いを落としたい、体を洗いたいと言い出したので、国語教師は連行されるように連れて行かれた。実際、彼もよく働いたため汚れているのだが「綺麗・汚い」の基準が標準から大幅にずれている人である。信用がないのひと言に尽きた。
「この匂いはしっかり落とさないとね…。それにしても瑞穂さん、スタイルよくて羨ましいな…」
「ふふふ、美しさにかけては日頃から努力を惜しまないのですわ」
宮子と瑞穂は和やかに体を洗い合い、恵はのんびりと湯船に浸かって体をほぐしている。
「山咲先生も一緒に行かない? って誘ったんだけど、今日は遠慮しとくって」
「カズハ先生って、…女湯? 男湯?」
「さあ…?」
雅や桃華、アトリアーナも気の済むまで体を洗った後は思い思いにくつろいでいる。
その片隅で、
「…。い、いいんだ…だって、私まだ17歳だもん…20歳になったら、おとなになったら…きっとぼいんちゃんになってるんだから! Fカップのぐらまー美人になってるはずなんだもん…!」
「別に小さくていいもん…」
仲間のグラマラスなスタイルに凹むエルレーンと幸穂の姿があったとかないとか。その願いが叶うかは神のみぞ知る。
一方男湯ものほほんとしたものだった。
「念のため殺虫剤を焚いてきたので、きちんと掃除してくださいね」
シトラが念を押したものの、教師の方も骨身に染みたようである。
「まさか硝子が割れてるとはなあ…今度から気をつけないと」
苦労して手に入れた初版本を泣く泣く捨てるハメになり、後悔し通しだ。
「さて、この後は食堂で夕食にしよう。みんな好きな物を頼んでくれていいからね」
太っ腹というより、当然の報酬として彼らは遠慮無く飲み食いしたのであった。
業者ではなく学生バイトに頼んだ方が良いと助言した見知らぬ教師に少なからぬ苦言を胸中でぼやきながら、掃除戦士たちの戦いは終わったのであった。