6人は2人ずつペアになって校内をパトロールし、それぞれ担当する『問題』を振り分けることにした。
●第1回戦vsヤンキー
一般授業が行われている時間中に廊下を進む宇田川 千鶴(
ja1613)は、小声ながらも満面の笑みで藍 星露(
ja5127)に話しかけた。
「山咲先生を困らせる阿呆どもかぁ…、これって状況によってはフルボッコもやむなしよな? な?」
暴れたくてうずうずしている、そんな雰囲気を醸し出している千鶴に、星露はやはりにっこりと笑って答えた。
「今回は、カズハちゃん先生が言うことが正しいわよね。うん、何とかしましょう」
相手がヤンキーとあって力ずくもやむを得ないという清々しいまでの決断からくる発言のようだ。
彼女たちの『問題』は、パトロールを初めてほどなく発見することができた。実に分かり易い不良集団だった。
まずは星露が窓を開けて説得を試みた。
「こんにちは」
できるだけ相手に好意的に受け止めてもらえるよう、精一杯しおらしい態度を作る。
「カズハちゃん先生を困らせている生徒ってあなたたちのことですよね?」
驚いたのは不良達だった。いつもなら保健教諭が話しかけてくるところであり、制服を着た生徒がやってくるというのは想定外の出来事だ。
だが彼らは相手が女生徒で、しかもスタイルの良い美人だと気付くと途端に相好を崩した。
「俺達はカズハちゃんと遊んでるだけだよ、困らせてない」
「何なら一緒に街に行こうぜ。いい遊び場知ってんだ」
うっかりと言うべきか、油断したと言うべきか、彼らはまったく怪しまなかった。
「あのね、カズハちゃん先生も困ってるから……」
さもありなんと頷きながら千鶴も説得に加わる。
「できれば授業サボってタバコとかやめた方がえぇと思うんよー? 体にも悪いやろ?」
二人とも心の中では相手は逃げ出すだろうと予想しながらの言葉だが、予想以上に彼らは彼女たちに好感を持ったらしい。
「君たち優しいねー。デートしようぜ、デート!」
「俺も俺も! タンデムしようぜ!」
なぜかナンパされている。
ずるい! 俺が、俺が、俺が……!
仲間割れを始めた不良集団に呆気にとられながらも、逃げないならと千鶴はデジカメを取り出して構えた。
「え、なに、俺写真撮りたいほど男前?」
ここまで来ても呑気な連中である。頭の痛くなってきた星露はわかりやすく自分たちが来た理由を口にする。
「あたしたちは、あんたたちを取り締まるように、カズハちゃん先生から依頼を受けて来たのよね」
途端、彼らの表情が凍り付いた。でれっとしたままの顔が見事に固まった。
「この状況でナンパたぁ、えぇ度胸してんなぁ?」
リーダー格らしい少年が叫んだ。
「逃げるぞ!」
おー、と息を吹き返したヤンキー達は逃げ出すがこれこそ彼女たちの思惑である。
「…やっぱり逃げよったか…。調子乗んなよ、餓鬼ども…」
千鶴はひょいと窓から外に飛び出ると身体能力と己の技術をフル活用してあっというまに彼らの前に回り込む。
うっ、と詰まって立ち止まった彼らの背後からは星露がやってきて、挟まれた状態になる。
「あんたら、ちょっと痛い目見た方がえぇな」
「同感です」
そしてどうなったかと言えば、彼らは二人の女生徒にフルボッコにされたのである。大怪我はない。ただ、彼らの息が上がるのが早かったのが主な敗因である。喫煙は体に毒というが、まさにその典型だった。
星露が一人ずつ写真を撮った端から、千鶴が学年クラス氏名を吐かせにかかる。あくまでも自主的に喋りたくなるように持ち込んだが、それは殆ど脅迫に近かった。
メモをし終えると携帯電話の出番だ。
連絡をするとすぐに彼女……否、彼はやってきた。
「ほら。山咲先生に謝りな」
むんずとリーゼントを掴まれた男子生徒は痛さに顔を歪めつつもそれに従う。
「カズハちゃん先生はね、本当にあんたたちの体を心配してくれていたのよ。その心配りがわからないなんて最低やね。ほら、あんたも」
ぐいっと背中を押された角刈りも土下座の勢いで地面に頭を突っ込む。
その様子を見た山咲 一葉(jz0066)は呆れかえりながらも笑っていた。何を思ったのか肩を竦めて、頬を腫らしたヤンキーにハンカチを差し出したのだ。
「あなたたち、保健室にいらっしゃい。傷の手当てをしてあげるわ」
「山咲先生、放っておいてえぇんやないか? 散々先生に迷惑かけた奴らやし」
しかし一葉は首を横に振る。
「関係ないわ。あたしは保健室の先生で、生徒の怪我を治療する義務があるもの」
「カズハちゃん先生、優しいですね。あたしはもう少し痛い目を見せた方がいいと思いますが」
「これ以上はやりすぎよ」
実は予め打ち合わせてあったやりとりなのだが、一葉は本気で彼らを手当するつもりでいたし、千鶴も星露も止めても無駄だとわかっていた。
見れば、不良少年達は救世主を見るようなそんな目で一葉を見上げている。いや実際、大怪我はないがボコボコに痛めつけられた自分達を心底心配してくれている養護教諭の優しさが身に染みていたのだ。
「あなたたちも、二度とこんなに痛い目を見たくなかったらちゃんと授業に出なさい? 煙草は、せめて二十歳まで我慢するのね」
ぐさりと胸に刺さったひと言に、不良少年達はがっくりと頭を垂れたのだった。
●第2回戦vs同人少女
「授業も依頼もほっぽって同人活動か。…身軽ってのは羨ましいね」
苦り切った表情で小田切ルビィ(
ja0841)が言えば、
「同人少女とかいう子達の対応に当ろうかな〜。〆切がどうこうって事はそれ破ると被害受ける第三者も存在するのだろうし〜」
にこにこと微笑みを崩さず星杜 焔(
ja5378)が言葉を返す。
二人ともバイトに依頼にと忙しい苦学生ゆえに、少女達の行動をあまり快く思ってはいないようだ。当然と言えば当然の話なのだが。
「とりあえず彼女たちが根城にしてる教室で待ち伏せしてみないか」
「OK〜」
ルビィの提案に焔は頷く。
そして彼らは依頼人から得た情報を元に空き教室へとやってきた。それから授業開始のチャイムが鳴り、休み時間の廊下の喧噪が嘘のように静まり返ってほどなくして、教室の扉は開かれた。
「えっ?」
先客がいるとは思わなかったのだろう、慌てて扉を閉めようとしたが取っ手を掴んでルビィが止める。
「実は俺達も同人活動やっててさ?原稿執筆に丁度良さ気な空き教室探してたんだ。もし迷惑じゃ無ければ、一緒に教室使わせて貰っても良いか?」
「ええっ?」
少女達はそんなことを言われても困るという顔をしたが、
「それに、だ。最近は見廻りが厳しくなって来たし、原稿執筆中に交代で見張り役を置けば安全度は高くなるだろ?」
その言葉に顔を見合わせた。
「どうする?」
「…男の人と一緒に作業するのは、ちょっと…」
原稿の内容が内容だけに気恥ずかしさが上待っていたようだが、
「俺は〆切まで余裕あるから、良ければ原稿手伝うぜ?」
このひと言が効いた。
溺れる者藁をも掴むと言うが、まさしくそんな雰囲気で彼女たちは快諾したのだった。
ここまで会話をルビィに任せていた焔はにっこりと微笑んで自己紹介をした。
「俺は星杜 焔。そっちは小田切ルビィ。よろしくね」
すっかり警戒心を解いた少女達は同じように名乗った。その名前をしっかり覚えつつ、焔がちょっと唇を尖らせる。
「正直、俺は授業サボるのはどうかと思うんだけどね。俺は家事に土方や調理師のバイトに忙しいけど授業はきっちり受けてるし〜。本分全うできてこそだと思うんだ〜」
でも今回だけは大目に見てあげる、と優しく微笑む。
「いけないことだとはわかってるんだけど…」
「ねえ…?」
自覚があるのは大いに結構なことである。
が、早速作業に取りかかりはじめた彼女たちの原稿を見て焔は凍り付いた。ギギギと隣のルビィを見るとやはり苦笑している。
「これって…」
「BLというやつだな」
「びーえる? …ベーコンレタス?」
「やだぁ、ウケるぅ! ボーイズラブの略ですよぅ!」
キャハハと笑う少女達の言葉に愕然となる。
(そんな馬鹿な…!)
動揺するのも無理はない。普通に学生生活を送っている青少年ならまず目にすることのない、男が男の服を脱がす様が描かれているのである。
想像を絶する女性の脳内に顔を覆いたくなった。夢も希望もありゃしねえ。
終わりそうにない原稿に、
「どうせなら放課後も手伝うよ。終わりそうにないなら仲のいい先生がいるから、部活で泊まり込みしてもいいか交渉してみる」
「いいんですか!?」
喜色満面の少女達と放課後落ち合う約束をして一時解散となった。
二人は依頼人である山咲 一葉に泊まり込みの許可を得て手続きを終えてから放課後、再び彼女たちと合流した。
後はもうただひたすら修羅場である。
印刷所への納品期限は明日の夕方。つまり今夜中に完成させなければ『落ちる』のだ。無駄口を叩く暇もなく彼らは黙々と手を動かし続けたのであった。
助っ人の甲斐あってか、原稿は夜明け頃完成した。
集中力も気力も体力も使い果たした少女達はそのまま机にめりこむように眠ってしまったが、これから本領発揮する者もいた。焔である。
まず、眠る少女達に無断で完成原稿のコピーを取る。その上で夜食として作った焼きそばパンに使った青海苔を少女達の歯に付けてその寝顔を撮影。
交渉の材料にするとはいえ、ここまで来ると鬼の所業である。
始業前に叩き起こされた少女達は何も知らず『脱稿記念』と喜んでカメラの前でブイサインをしてみせたが、二人が彼女らの味方だったのはまさに脱稿するまでであった。
「俺もあんまし説教出来る立場じゃ無いが。やるべき事もやらずに同人活動に精を出す…ってのは頂け無ぇな」
ルビィがデジカメの画像を保存しながら『説得』を始める。なぜ自分達がやってきたかの経緯を説明し、
「久遠ヶ原の生徒は日々鍛錬し、いつでも天魔と戦える様に備える義務がある。それが出来ないなら――この場に居る資格すら無いぜ?」
反論の余地はなかった。
さらに焔の手にあるものを見て青ざめる。
「今回は印刷屋さんとかに迷惑かけるから協力したけど、次サボったら公開処刑だよ☆」
笑顔がここまで怖いと思うこともそうない。
ルビィが改めて自主改善を促すと、少女達は何度も頷いたのだった。
●第3回戦vsダメ教師
「一葉先生も大変です…。何とかしないといけませんね〜」
依頼内容に大げさに嘆いてみせた紅葉 公(
ja2931)は、あまね(
ja1985)と共に一葉から聞き出したダメ教師出没スポットへと向かった。するとそこには既に『問題』が居たのだ。
きつい煙草の臭いに二人は顔をしかめる。
「先生なのに、注意されるようなことするのは、だめだめなのー!」
突然殴り込みをかけるような勢いで現れた小学生に教師たちはぎょっとして、煙草を取り落としそうになる。
「き、君たち! 今は授業中のはずだ!」
「残念ながら、立派にお仕事の最中です。先生方が喫煙所を利用しないことへの苦情が出ています」
公が沈痛な面持ちで言えば、
「先生、どうして先生なのに、決まり守らないのー?」
無邪気なあまねのジャブが入る。
ぐっ、と初手から詰まったダメ教師二人はあわあわと慌てて逃げようとするが、
「知っているとは思いますが…タバコは周りの人の方が影響を受けるのですよね。たばこには200種類以上の有毒物質が含まれていて、それが色々な症状を引き起こすみたいです」
正論を口にする公に逃げ道を塞がれる。
「い、いや、これは、その」
「あそこまで行く時間がなかったから、だから」
「でもそれじゃあ、理由があったら、私たちも決まりやぶっていいってことになっちゃうのー。じゅーとくな、でいいんだっけ、理由じゃなくて、『遠いから』とかでもいいことになっちゃうなの」
既にうんともすんとも言えなくなって黙り込む教師に、あくまでも常識であり正論で二人は責め立てる。
「体が疲れやすいのも煙草の影響がある事もあるそうです。子供には喘息とか、女性には不妊症の原因にもなりえるんです。煙草の煙を吸い続けるだけで、吸わない人より2倍以上の影響が表れるそうですよ」
「あとねー、タバコの臭いってすごいのー」
ヤニ臭さについてさりげなくなにげなく、そしていわゆる加齢臭とミックスされると絶望的レベルになるアレ。イケてるおじさん、略してイケおじからは絶対漂わないあのかほりは、生徒に嫌われるもとなんだよーと可愛く言われては謝る他ない。それ以外何もできない。精神的ショックを受けようがそれしか道はない。
「私たちに謝られても困ります。できるなら先生方も喫煙をやめるのが健康にはいいのでしょうが、そこまではとても言えませんので、せめてきちんとした喫煙所で吸っていただきたいのですが…?」
「古い昔々の学校の決まりにあったのー。『ならぬものはならぬのです』って」
まさしく阿吽の呼吸である。
「先生たちが決まりまもらなかったら、最後には校内全面禁煙になっちゃうかもなのー。それでも先生たち、がまんできるのー? それともまた決まりやぶるのー?」
ぐうの音も出ない教師に、公は涙をためて俯き加減に呟く。
「知り合いで、喫煙が原因で病気にかかってしまった人がいて…とても悔やんでいました。そんな人をもう見たくないんです…」
実はそんな知り合いはいないのだが。
まだ消えていなかった煙草の煙が、風に吹かれて生徒二人に向かう。ヘビースモーカーが吸うような煙草は臭いも煙も極めてきつい。
公はうっと鼻を抑え、あまねはげほんげほんと咳き込み始めた。慌てて携帯灰皿に煙草を突っ込むが時既に遅し。
潤んだ瞳であまねは見上げたのだった。
「ルールまもらない先生たちひどいのー!」
ごめんなさい、ほんとごめんなさい。もうしません。
平謝りの教師二人は逆らうこともできず素直にカメラの前に立ち、もうしませんと自ら宣誓書を書いたのだった。
放課後、その保健室には紅茶の新鮮な香りが漂っていた。
「それじゃあ、報告をお願いするわ」
労いのケーキにあまねは早速かじりつき、その味に満面の笑みを浮かべる。
「これが山咲先生ご所望の写真と名前のリストやな」
千鶴が一葉に渡した書面には、今回の『問題』を起こした人すべてが記録されている。
「こっちは例の女の子達の原稿のコピーです。次、授業をサボったら公開処刑と言っておきました」
焔はあくまでも笑顔で述べる。
「先生たちは、意外と素直だったのー」
「自主的に喫煙所以外で煙草は吸わないと宣誓書を書いてくれました」
あまねと公が締めくくると、一葉は満足げに微笑んだ。
「みんなご苦労様。本当に助かったわ」
その言葉に紅茶を飲んでいたルビィと星露も微笑みを返した。
仕事が正当に評価されて、素直に感謝されれば悪い気はしない。
そして報告会はお茶会と名前を変えて、時間は和やかにすぎていった。