依頼内容に首を傾げ、依頼者の丸投げっぷりに呆れていた一同だが、件の廃墟が見えてきた辺りでその物々しい雰囲気に自然と押し黙る。
(…や、このご時世幽霊とか、マジねぇだろ、ないない、ありえねぇって…)
五辻 虎々(
ja2214)が思わず自分に言い聞かせたくらい山は鬱蒼とし、手つかずの大自然が六人と荷物の乗った二台のバンを待っていた。
「できればオープンしてから来たかったですね…」
楯清十郎(
ja2990)も似たようなことを呟く。
メインのホテルとは別に、ロッジやキャンプ場、アスレチックコースなど多くの施設が建設計画に含まれていたためか、周囲にはまったく建物がない。一番近くの食料品店まで車で約一時間。
例のゲートが開いた時に他の会社や住民も一気に逃げ出したらしく、廃屋はちらほらと見受けられたがいずれも倒壊寸前だった。
ホテルの入口とおぼしき場所の前に車を停めて外に出ると、倒れたまま放置されたクレーン車が異彩を放って一同を出迎えた。
「なるほど、こりゃあ何か出そうだ。掲示板が盛り上がるのも頷けるね」
事前にこの建物に関する情報をネットで調べていたオリオン・E・綾河(
ja0051)は納得したように頷く。
心霊スポットとして有名…どころではなく、実際にここへ来て記念撮影をした写真や、肝試しをしている動画まで公開されており、テレビの特番でも幾度か取り上げられたらしい。
「基礎工事のときに、こっそり人柱でも埋めてしまいましたかね」
苦笑しつつ冗談にならないことをさらりと述べたのは礎 定俊(
ja1684)。
今回の件、霊にしては元気すぎるとして生身の人間の仕業ではないかと予想しているが、ひょっとしたら幽霊が出ても穏やかに微笑んでいるかも知れない。青木 凛子(
ja5657)は、
「オバケより生身の人間が一番怖いわよねえ」
と笑う。
初日はまず地上三階部分を探索する予定である。夜は一階の入口、つまり今いる辺りで寝泊まりする予定だ。
「携帯の電波は…大丈夫です」
淡々と言ったフィール・シャンブロウ(
ja5883)はホイッスルを首にかけ、マッピング用に持ってきた紙とペンを構える。
「それじゃ、行きましょ」
懐中電灯のスイッチを入れた凛子を筆頭として、個性豊かな六人は『俺様惨上!』と落書きされた入口から廃墟へと足を踏み入れた。
一階、玄関ホールは意外と綺麗にされていた。無論、意外だっただけで外から吹き込んだ砂埃やゴミ、枯葉・枝などあったが、落書き以外に目立ったものは見当たらない。
「肝試しの動画だと、…あっちかな。エレベーターシャフトの向こうに階段があったはずだよ」
事前情報を頼りに進んでいくと、エレベーターを設営予定だった空間が二つずつ並んで向かいあっており、その奥の右手に上階へ、左手に下階へ行く階段が伸びていた。
階段の手前まではエレベーターシャフトから陽の光が入ってきていたが、階段は折り返しがついているせいか真っ暗である。
「エレベーターに、階段…しっかし、マッピングとは。昔のゲームもよくこんなことしたわよね、方眼紙で」
「え、ゲームでマッピング?」
謎の台詞に当のフィール以外は顔を見合わせる。
あいびーえむなんて今時の子は知らないかあ、めもりがきろばいとになった時は感動したんだけど…ぶつぶつ。
今時の子でない凛子も首を傾げたあたりかなりマニアックな話のようだ。つつくとやぶ蛇になりそうなので放っておくことにした。
通り際二階にライトを当てた虎々は目を丸くし、定俊は呆れかえった。
「うわ、誰だよこんなとこに冷蔵庫置いた奴」
しかし、それだけでは終わらない。電子レンジ、洗濯機、食器棚、ちゃぶ台等々、様々なゴミが散らばっている。
三階は本当に基礎工事だけらしく、客室どころか床もコンクリートむき出しである。さすがにここまで持ってくるのは面倒なのか、ゴミの量はぐっと減った。
虎々と定俊、凛子と清十郎、オリオンとフィールの3グループに分かれて本格的な探索を開始したのである。
ざっくりまとめてしまうと、地上階には手がかりらしいものは何も見つからなかった。オリオンがネット上で得られた情報から怪しい場所を洗い出したが、これも空振りに終わった。
人もいなければ天魔らしき存在もいなかったのだ。
収穫としては、フィールのマッピング技術により、二階と三階の間取りはほぼ同じことがわかった。これにより地下のおおよその規模も把握できる。
誰か出入りしていないか扉にガムテープを貼ってみようと思っていた凛子は、そもそも扉自体がなかったことに凹みつつせかせかとゴミの分別を行った。清十郎も共に作業をしながらあちこちに描かれた落書きを観察してみたが、
(小学生か…)
と思うようなものが殆どでアテが外れてしまった。そう言えば入口の参上の字も間違っていた。
エレベーターの内二基は地下階まで続いているのでそこの捜索は翌日に持ち越され、定俊が階段に即席鳴り子を設置し、敷地内を見回ってその日の探索は終了した。
「さすがに一日じゃ終わらないっすよね」
ゼリー飲料の容器を加えて、虎々はスマホを充電しつつインターネットに接続して、とある掲示板に【撃退士だけどちょっとお化け退治してくる】というスレを立てて情報を収集していた。怖さを紛らわす為、あわよくば良い情報が手に入れられないかという試みだが、電波が通じなかったらやばかったかもしれない。
(いや別に、怖いわけじゃ、ないけど)
人里離れた場所に慣れていないので落ち着かないだけだ。
情報収集する虎々の側では清十郎が持参した新聞紙と廃材などで罠や簡易トーチ作りに励んでいた。
曰く、重ねてクッション、燃やして燃料、服の下に巻けば暖も取れる。他にも色々と使えますから、長期の野外活動に新聞紙は便利、だそうだ。
「このまま一週間何も起きなかったら笑えないよねー」
オリオンもあくまでおっとりとした普段の姿勢を崩さない。
「それはそう報告するしかないと思う」
フィールも淡々とした様子で、凛子に至っては鼻歌交じりで余裕綽々だ。
(え、なに、俺、超アウェー?)
心霊スポットに泊まり込み。
スレの一割から悲鳴が、二割から爆笑が、七割から羨望の現状に頭を抱えたくなった虎々であった。
夜の間は同じグループ分けの四時間交代で見張りを立てたが、一日目から二日目にかけては何も起きずただ時間だけが流れて行った。
二日目は地下階の探索である。
念のため定俊が床に阻霊陣を張り、それをサポートする形で虎々が見張りに立つ。コンクリートがむき出しなのが幸いしてか、ホテルのほぼ全域が阻霊陣の対象になったと見ていいだろう。
オリオン・フィール組は地下一階へと下りて来た。
「ここは大浴場か」
「お風呂…お湯が出たら良かったのに」
「まあ、贅沢は言えないよね」
言いながら二人は男湯女湯の大浴場を見て回り、特に異常がないことを改めて確認する。地上階に比べるとやや陰湿な落書きが多く、赤いペンキで血を演出するようなものもあったが撃退士として騙されるわけにはいかない。
「ぃだっ!?」
注意していたつもりだが、196cmの長身が災いして出入り口で頭をぶつけたオリオンであった。
地下二階へ進んだ凛子・清十郎組は、まずそこが終点のエレベーターシャフトから探索を開始した。実際にはもう少し深くまであるのだが、見るからにゴミで埋まってしまっている。
「…個人的な感想だけど、ここに遺棄されたゴミは業者じゃなくて個人が持ち込んだもののような気がするのよね。勿論、解体にあたってある程度清掃はしてるんでしょうけど」
地下二階はエレベーターシャフトを除けばゴミは殆ど無く、落書きもぐっと少なくなっていた。肝試しでも地下はやはり恐怖スポットで足が遠のくらしい。
「以前の経営者は海外にいるみたいです。噂程度ですけど、そのくらいしかわかりませんでした」
丁寧に隅から隅まで調べても怪奇現象を起こしそうなものは出てこない。間取りをスケッチブックに書き入れながら凛子は呟く。
「これは、持久戦を覚悟した方がよさそうね」
そう簡単に原因が判明するようなら、そもそも依頼など来ないのだ。
地上で待機している定俊と虎々は周囲を警戒しつつも、時間を持て余していた。その場から動かないで待つだけ、というのはそれだけでストレスになるのだ。
「怪現象の原因は何だと思う?」
「え、と…とりあえず、幽霊だったら俺たちお門違いっすよね」
「そうだね。まあ、出ない保証はないけど」
「えっ?」
真剣に動揺してから、
「あ、いや、まじビビるとかねぇんで、余裕っす」
慌てて取り繕うが、地下から響いてくる物音に思わず涙目になって定俊にしがみつく。
「ひぁっ…!? な、ななな、何か今音したっすよね!?」
そりゃあ、今現在地下を捜索中なのだから音くらいはするだろう。
だが、今それを指摘するのはあまりにも可哀想な気がして、定俊は口を噤むことにしたのだった。
交代で町への買いだし、見回りをしながら、二日目も何事もなくすぎて行ったのである。
「暇ねー…」
「暇ですねー…」
覚悟はしていたが、暇である。
これでまだ分かり易い監視対象がいれば気休めになるのだろうが、現状、怪現象が起こるのを待っているだけ、という寂しい事態に陥っていた。
真面目な清十郎もショートソードの柄で壁を叩きつつ、
「建物自体が天魔だったりしたら、笑えないですね」
そんな冗談を言い出した程だった。
そして、異変は四日目の夜に起きた。
緩慢した雰囲気の中、定俊と虎々が見回りに出た時のことだっった。
「ひぃあぁあ〜!」
女のような悲鳴に眠っていた四人はがばっと起きて、悲鳴の聞こえてきた三階へ駆けつけたのである。そこでは定俊にしがみついてぶるぶる震える虎々がいた。
「なんか丸くてボワッとしてうわぁああれが人魂ってやつかもー!」
半泣きの虎々の証言をまとめると、青白い人魂のようなものが壁の向こうに消えて行ったらしい。一緒にいた定俊は丁度別の方向を見ていて、それらしいものは目撃しなかったという。
「ライトの照り返しじゃなくて?」
「そんなんじゃないっす! な、なんか、こう、もっと、こう、ふわふわーって感じで!」
急いで周辺を見て回ったがそれらしいものは見つけられなかった。が、こうなると話は俄然変わってくる。
「よくやったわ虎々ちゃん! オバチャン嬉しい!」
「俺は嬉しくないっす!」
清十郎は首を傾げた。
「壁をすり抜けた…ということは、天魔か幽霊の二択ですかね?」
「見間違いの可能性も捨てきれないけど、重要な手がかりだと思うよ」
定俊も同意する。
「人魂か…。そうなると通気口とか調べてもわからないはずだよ。せっかく石投げたりしたのに」
オリオンの言葉にフィールが目を輝かせた。
「ひとつ、提案が」
いつもはアンニュイを地でいくフィールが唇の端をにやりと歪めた。
「幽霊でも天魔でもいけそうな名前が。対象のことをウィル・オ・ウィプスと呼びませんか。ポピュラーなモンスターの名前ですが、意味合いは人魂です」
なるほど、筋は通っている。しかし妙に楽しげなのか気のせいか。
その時、凛子が目を見開いた。
「虎々ちゃん、後ろ!」
振り返るとほわほわ〜っと光の玉が浮いていた。昼間なら見過ごしそうな程淡い光り方をしている。
「で、出たぁ〜!」
「阻霊陣を使用します」
定俊は微塵も動揺せず、落ち着き払って床に阻霊陣を置く。
「すり抜けたら幽霊、跳ね返ったら天魔ってことですね」
清十郎がショートソードを引き抜くと、他の四人もそれぞれ武器を構えた。
時折パチパチッと静電気が弾けるような音を立てる光の玉のひとつが、ゆっくりと床を落ちていき…音も立てず静かに上へ跳ね返った。
天魔確定だ。だが、
「せい!」
清十郎のひと振りであっけなくかき消えた。
「え、終わり、ですか?」
の、ようである。
「今のが悪さをするようには見えなかったですけどねえ」
のんびりと感想を述べた定俊が阻霊陣を解除すると、壁や床、天井からふわふわとウィル・オ・ウィスプがすり抜けて集まってきた。
「うわっ!?」
部屋を埋め尽くすほどの大群だ。
「一匹倒したから集まってきたんですかねえ?」
定俊は自分のペースを崩さない。
「だったら、一網打尽にしちゃいましょ!」
幸いひとつひとつは大したことのない相手だ。
「弓だからって前衛が出来ないとか…笑わせんなっ!」
オリオンのロングボウが次々とウィル・オ・ウィスプを捉えていく。他の面々も負けてはいない。当たれば倒せるのだ。ものの数分でカタがついた。
「…ねえ、気のせいじゃないと思うから言っていいかしら? さっきからこう、服とか皮膚がピリピリしてるのよね…」
「青木さんもですか? 実は俺も」
私も俺も私も僕も。全員かい。
それぞれ試しに指や服をこすりあわせてみると、パチッと一瞬火花が散ったように見えた。
「痛っ?」
静電気である。
フィールが、納得したように呟く。
「あー、もしかして。ウィル・オ・ウィスプの正体って、電気の塊…? だからパチパチいってたのかな。天と魔、どっちだったのかはわからないけど」
どちらにしろ対象を倒した場所に居合わせたことで全員が軽い帯電状態になってしまったらしい。
「まあ、これだけの電気量があれば機械的な怪異や、目撃証言の裏付けになるかもしれませんねえ。ただ、今の大量なウィル・オ・ウィスプがどこからやってきたかが問題ですが」
定俊の台詞に全員が顔を見合わせる。
「ええっと、確かゲートって一回開くとすぐには閉じない…んでしたよね?」
「そのはずだねえ」
清十郎の問いにオリオンが答える。
「つまり、ここの近くにあるゲートはまだ現役で、ああいう人魂みたいなのが出てきてたってことかな?」
「おそらくは。撃退士が調査してないなら、積もり積もった量なのかもしれませんね。…リゾートホテル建設は、延期が望ましいのかも」
清十郎が出した結論に反対意見は出ない。
「まっ、原因がわかったことで良しとしましょ。あの光量じゃ、昼間外で見たら気付かなさそうだしね。知らず知らず接触して体調不良になった人もいるんじゃないかしら」
人の気配に誘われてやってくるが思考力はなく、彷徨うだけ。しかし主に電気でできているために怪現象の原因と成り得た。
「とりあえず、働いた分のお給料は出して貰うわよ。…その前に、あつーぅいシャワーが浴びたところね。もう、パチパチしてたまらないわ」
帯電しているせいで、周囲の塵などが着衣に付着してどうにも埃まみれなのは具合が悪い。凛子の提案に、他の五人も嬉々として賛成した。
「あ、探索中に見つけた動物の死骸を埋葬して来たいんですが、いいですか?」
なんというマイペース。
「礎先輩の安心感がぱねぇ…」
始終落ち着き払った様子の定俊に、虎々は軽い尊敬を覚えたのであった。