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煌々とした月が浮かぶ寒空の下。
閑静な住宅地から少し外れた場所に、その共同墓地は広がっていた。
高いフェンスに囲まれた円形の敷地は広く、内縁に沿うように遊歩道が設けられている。等間隔で植えられた樹が林立し、殺風景な外観に彩を添えていた。
撃退士たちはフェンス越しに墓地内を観察。遠目だが遮蔽物もなく見通しが良いため、敷地内をよく見渡せる。
しかし、肝心な目標の姿が見当たらない。
「レッドキャップって何なんだ?…凶悪なサンタクロースみてぇなモンか?」
聞き馴染みのない化物の話を聞き、小田切ルビィ(
ja0841)はついホラー映画に出て来そうな殺人サンタを連想する。
「詳しくは知らねえが、そいつすっげえ素早いらしいぜ」
鐘田将太郎(
ja0114)は、仲間から聞きかじった程度の知識を受け売りとして発言した。
「れっど、きゃっぷ…?ねぇ、僅…、それ美味し、い…の? 」
不思議そうに小首を傾げながら、ハル(
jb9524)は隣に視線を投げる。
「美味くはないだろ、う。少なくとも、食い物じゃな、い」
わずかに肩をすくませ、僅(
jb8838)は呟く。
そこへ、こほんと一つ咳払いし、Rehni Nam(
ja5283)は人差し指を立てて一歩踏み出しながら言った。
「アレの伝承はいくつかありますが、主に三種類あるようです」
レフニーによると、一体、複数、数の言及が無いの三種らしい。「複数」の場合は「贈り物をくれる」的な言い伝えもあったりするが。
単数およびその他の場合は概ね伝承通りの、凶悪な固体だと言う。
「今回は数の言及がない以上、二体目以降が居るかもしれない、と思って行動しましょう」
了解したと頷き、撃退士たちは敵の話で盛り上がる。
そんな中、一人沈んだ顔でうつむく青年がいた。
「……情けない。万全の状態で戦場に立てないなど」
以前の任務で体を張って盾となったまではよかったが、結果今回に支障をきたしてしまった。鈴代 征治(
ja1305)は忸怩たる思いで歯噛みする。
「俺たちが穴埋めすっから気にすんな」
「そうだぜ、鈴代。俺たちに任せろ」
撃退士が天魔との戦いで傷を負う事などは珍しくもないことだ。仲間を守るために体を張って負った傷を、誰が責められるだろう。
将太郎、ルビィは征治の肩をポンと叩いて労わる。
「すいません、皆さん。世話をかけます。でも、今の僕に出来るだけのことはさせて下さい」
言いながら、征治が取り出したのは耳にかけるタイプの無線機だった。スマホとペアリングすることによって通話が出来るものだ。
配り終えると、皆で動作を確認。問題ないことを確認し、道中に決めた作戦へ移行する。
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征治は外周のフェンスによじ登り、俯瞰の視点から監視する。時折、北のお御堂にも目を向けて、双眼鏡と肉眼にて周囲を警戒しつつ、散り散りになった仲間たちの潜伏場所を把握。
墓地のど真ん中。一番目立つ位置には、囮役のハルが直立不動で佇んでいる。薄闇に浮かび上がる真っ白い肌。一見女性かと見紛うたおやかな百合のような立ち姿は、幽玄の美しさを湛えている。
そこからほんの少し離れた位置に、ボディペイントで潜行するレフニーが潜伏。
そしてハルの付近には前衛であるルビィ、将太郎が墓碑の陰に待機し、僅が樹を背にして息を潜める。
征治がふと、双眼鏡をお御堂へと向けたその時――
杖をついた赤帽子が、お御堂から現れた。
「敵出現! ハルさんから十二時の方向!」
イヤホンから響いた征治の声。
まるでそれを聞いていたが如く、赤帽子は嬉々として斧を左手に構えた。そして、滑るようななめらかさと速さでハル目掛けて駆けてくる。
阻霊符を発動し、前もって準備しておいたフラッシュライトを、征治は戦闘域へ思いっきり投げ込んだ。
ライトは、あっという間にハルとの距離をつめた赤帽子の斜め後方へ落ち、常夜灯と化す。
「ギィハハハハ!」
不気味な笑い声を上げ、赤帽子は跳躍しながら斧を振りかざした。煽り気味に受ける光のせいで異様なまでの気味の悪さだ。
瞬きほどの間で、ハルの頭部へ向かって下ろされる手斧。
「待ってた、よ。捕まえられる、かな?」
すかさず、ハルは【審判の鎖】で束縛を狙う。攻撃の瞬間は無防備になる、そこをついてのことだ。
「私も重ね、る」
「いきます!」
それに合わせるように、僅が【審判の鎖】を重ね、レフニーは天槍を用いて八卦石縛風を放った。
無数の鎖がうねりながら拘束にかかり、赤帽子を淀んだオーラが包み込むと同時、巻き上がる風が砂塵を舞い上げる。
しかし寸でのところで、赤帽子は杖を地面に突き刺し、それを手繰るようにして急降下。対象が消えた虚空で空しく交差する鎖。
赤帽子は地に伏して竜巻みたく回転し、真っ赤なマントで砂塵を邪魔くさそうに吹き飛ばす。
「キィーハハー」
馬鹿にするような厭らしい笑みを浮かべながら、ハルを見上げる赤帽子。それを無感情に見下ろすハル。二つの赤い視線が交錯する。
「ずいぶんと醜悪なサンタだねえ…」
物陰に隠れ隙を窺いながら、聞こえないように呟く将太郎。
直後、
「――お前がレッドキャップか?…大体予想通りでビックリだぜ!」
お御堂への道を塞ぐように立つルビィが、半ば嬉しそうに声をあげた。
その手にジュノンの紋章を握りしめ、赤帽子が振り返ると同時に月明かりを反射させて【挑発】する。
標的をルビィに変更したのか、赤帽子は身を屈め、強く大地を蹴った。
ルビィは大剣に換装し、迫りくる杖と斧の二連撃を【シールド】で捌く。
「うおっ! 結構重てぇぞ」
弾かれて仰け反る赤帽子のわずかな硬直の隙を突いて、墓碑から飛び出した影。
「メリークリスマース! 俺からのプレゼントだ!」
青白い大鎌を水平に構え、将太郎は赤帽子へと薙ぎ払う。轟と旋風を巻き起こすほどの豪快なスイングだ。
それを身を捩り、赤帽子は上手く避けたものの、けれど赤いマントが代わりに真っ二つに切り裂かれた。
見開かれる赤い双眸。赤帽子は杖と斧を用いて、真っ赤な顔をしながら地面を強く叩きつける。芝が抉られ、地響きとともに盛大に土埃が舞い上がった。
『ゲホゲホ!』
辺り一面を覆う砂塵。むせ返る撃退士。
やがて土埃が晴れる頃、そこに赤帽子の姿はなかった。
「奴さん、どこ行きやがった?」
「ちょろちょろと動き回りやがって。めんどうくせぇ爺さんだぜ」
前衛二人が苛立ちながら周囲を見渡す。
そこで、イヤホンから声が聞こえた。
「レッドキャップはお御堂の方へ逃げていきましたよ!」
砂塵の真っ只中にいた戦闘組とは違い、フェンスの上から戦場を見ていた征治は、確かにお御堂側へ逃げていくシルエットを視認していた。
「なら――」
誰ともなしにお御堂へ体を向け、駆け出そうとした時だ。
再びお御堂の中から赤帽子が現れた。しかもどういうわけか、マントの長さが元に戻っている。
「あれ、いったいどうなってるんですか。スペアとか?」
指差しながら尋ねるレフニー。その手にはアウルの絵筆が握られ、自身の体に同じくアウルの絵の具を高速で塗布。いい終える頃には、その体が景色に溶け込み掻き消えていた。
「戦闘中に着替える天魔ってのも珍しいな」
言いながら、ルビィはもう一つあることに気づく。
将太郎もそうだったようで、
「なんか斧の数増えてねえか?」
よく見ると、左手に持った手斧のほかに、腰ベルトの両脇に一本ずつ斧をぶら下げていた。
「まるでカプセルホテルだ、な」
半球体の形のお御堂を見て、少々呆れ気味に僅が呟く。
そんな僅を見上げながら、ハルは言った。
「れっど、きゃっぷの家、なんだ…ね」
そんなやり取りをする中で、赤帽子はおもむろに杖を捨てた。そして腰から一本、斧を外すと宙に放る。その斧は落ちることなく、空中で浮遊した。
「次はどんな手品だ?」
大剣を構えながら、ルビィが呟く。
赤帽子はニタリと微笑を浮かべると、もう一本の斧をベルトから外して飛び上がる。
すると、潰した斧の腹で宙に浮く斧の背を、渾身の力で叩き付けた。
猛スピードで回転しながら飛来する斧。それを再び大剣で去なすルビィ。しかし、今度の斧は衝撃が違った。斧は弾いたものの、自分も大きく仰け反らされてしまう。
「くっ! さっきのやつとは威力が違うぜ」
しびれる手を振りながら、キッと赤帽子を睨むルビィ。そこで彼は目を瞠る。
驚くことに弾いたはずの斧が、赤帽子の元へ勝手に戻っていったのだ。
動きの素早さ、回避能力の高さ。そして魔的な斧とその威力。なかなか一筋縄ではいかないと、撃退士の誰もが思った。
「別の方向であの能力を活かしてほしいモンだぜ」
呆れ気味に将太郎。
「今度は絶対に捕まえてみせます」
どこからともなく、レフニーの声が聞こえる。
斧を両手に持っているということは、先ほどのようなフェイントで緊急回避はもう使えないということ。敵も確実にこちらを殺すつもりで来るはずだ。
もう遊びは終わり。ともすれば、必ず隙は生まれてくる。
初撃をしくじったからか、次にかける思いは並々ならぬものがあるようだ。
「じゃあ、ハル…がまた、囮に、なるね」
言いながら進み出るハル。危険なことであるにもかかわらず、その足取りは軽い。
「確実に当て、る。次は外さな、い」
僅も煩わしそうに呟いた。
寒空に、にわかに粉雪が舞い始める。
仲間を背にし、ハルは数メートル歩を進めた。
ジャグリングに興じていた赤帽子は、再び狙いやすい位置に標的が来たところで、斧を両手に取り滑るように丘を駆け下りてくる。
一秒もしないうちに肉薄されたハルは、【審判の鎖】を繰り出した。
赤帽子はそれを難なくかわし、斧を叩きつけようと飛び上がる。
「そうはさせるか!」
その一瞬の挙動を見逃さなかったルビィは、紋章を手に【挑発】する。
宙で体を捻り、方向を変えた赤帽子は、ルビィに向かって斧を飛ばした。
「防ぐことなんざ造作もねぇんだよ!」
仰け反りながらも斧を弾き返したところで――
「ここです!」
潜行していたレフニーは今度こそと気合を入れ、天槍を思いっきり振るう。
僅もほぼ同時に【審判の鎖】を発動した。
宙で身動きが取れなくなっていた赤帽子の体を、再び気のオーラが覆いつくす。竜巻のように舞い上がった砂塵が赤帽子の体に纏わりつき、それは皮膚のように密着して硬化した。
ごとりと転がった石像もどきを大地に縛り付けるように、無数の鎖が巻きついて縫いとめる。
「ようやっと足を止めたか」
大鎌を肩に担ぎ、将太郎は首をすくめる。
こうなっては文字通り、手も足も出ないだろう。
しかしそれでも油断はしない。撃退士たちは各々武器を取り直す。
ルビィはFEに換装し、将太郎は鎌を大きく振りかぶる。レフニーが天槍にアウルを込めると、それは巨大な包丁の形を成した。ハルは身の丈よりも大きな血色の鎌を持ち、僅も斧槍を手にした。
一斉に構える。
まず先陣を切ったのは将太郎だ。まるで鬱憤でも晴らすような力任せの豪快な薙ぎ払い。赤帽子の頭部へ激しく切り込んだ。自慢の帽子は砕け散り、赤帽子は頭部を損傷。
レフニーは巨大包丁を縦横無尽に振り回す。赤帽子のマントを切り刻み、背中に無数の裂傷を負わせた。
僅は斧槍を無表情で振り下ろす。すると魔法で出来た濁流のような色の刃が、赤帽子の右腕を吹き飛ばす。
ハルは飛んでいくソレを無感動に眺め、次は自分の番だと、思い出したように鎌を振るった。淡青色の炎のような刃が、鋭く左腕を両断。
そこでちょうど石化が解け、赤帽子は意識を取り戻す。けれど鎖が巻きついていて身動きがとれない。
「ギィ、ギギギ、ギャー」
痛みに悲鳴を上げる赤帽子。頭部と両腕から血飛沫が吹き出た。
ルビィは雄牛の角の如く、右の頬の横でFEを構え、
「“Ochs(オクス)”――これじゃあもう御自慢の帽子は被れねえよな? 血塗れサンタさんよ…!」
言いながら【神速】を発動。目にも留まらぬ速度で水平斬りを叩き込む。
赤帽子の首が胴と離れ、断末魔の叫びを上げることなく、目標は完全に沈黙した。
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静寂の訪れた墓地。
将太郎の提案により、撃退士たちは共同墓地の清掃を行った。
墓碑にはあまり傷は付かなかったが、芝を巻き上げたりなんかして、ずいぶんと散らかってしまっていたからだ。
抉れたものはどうしようもないが、吹き飛んだ芝の屑は綺麗にしておいた。
「結局、二体目はいなかったな」
将太郎の呟きは、どこか退屈そうにも聞こえた。さらに強いやつが出てきたならば、もう少し楽しめただろうに。
「拘束するのにもけっこう手こずりましたから、二体以上いたら危なかったかもしれませんね」
レフニーは、危惧していたことが実際起こらなくて、内心ホッとした様子。
「それにしても、散々な聖夜になっちまったな。――せめて犠牲者達の魂に安らぎが訪れん事を…」
ルビィはお御堂に向って祈りを捧げる。
ハルは無言で墓地を見渡し、
騒がせて…ごめん、ね。永遠に…静か、に眠る、人達…。
心の中で、静かにそう呟いた。