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学園近辺に広がる林。
その入口を前に、任務に当たる撃退士たちが集っていた。
「この中のどっかにあるわけだな」
どこか懐かしそうに微笑するのは、千葉 真一(
ja0070)だ。
「凛や初等部の子たちに聞いてみたけど、場所までは知らないみたいだったよ」
松永 聖(
ja4988)は事前に聞き込みをしていたが、結局秘密基地の場所を知る者は誰もいなかった。
そもそも、大勢に知られているのならそれは最早、秘密とは言えないが……。
「予想としては、帰りが不便にならない程度に林の奥で、仕掛けた罠を手間を掛け過ぎずに避けて到達出来る場所ってとこか」
野山を遊び場として育った真一は、大体の当たりをつける。
「林はあまり深くないようですし、私は上空から捜索にあたりますね」
ユウ(
jb5639)は闇の翼を展開。
「じゃあ、僕も空から探そうかな。罠も避けられるしね」
続いて、藍那湊(
jc0170)も蒼の翼を広げた。
「なら、あたしと真一は木の上からってことで」
「ああ、地上よりかは罠が少なそうだしな」
聖の言葉に真一も同意する。端からそのつもりだったようだ。
「んじゃあ、俺たちは地上から探すぜ。罠なんてしちめんどくせえもんは片っ端から潰してやる」
そう張り切るのはラファル A ユーティライネン(
jb4620)。
「気が合うじゃねぇか。トラップなんざ怖かねぇ! 見つけ次第ぶっ壊す」
ラファルに同調し、グッと拳を握る天王寺千里(
jc0392)。
この二人の周囲にだけ、言い知れぬ危険な香りが取り巻いていた。
「じゃあ、作戦開始といこうぜ!」
真一の声を合図に撃退士らは散開。捜索および哨戒を開始する。
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林の上空を飛んでいたユウは、飛翔してから数分で目的の秘密基地を発見した。
手頃な木の頂で翼を休め、基地の場所を携帯で皆に知らせる――。
「おっ、もう見つけたのか」
木々を器用に伝って移動していた真一は、GPSに表示された位置を確認。わりと程近い場所にあった。
視線をその方角に向けると、なにやらロープらしきものが日光に照らされ光って見える。カムフラージュだろう、それは黒く塗られていた。
「まぁ、野山での遊びはお手の物。罠を片っ端から潰す、でも良いんだが……ここはちょいとワイルドに行こうか」
そう言って取り出したのはワイヤーだ。
木の枝から枝へ飛び移るのにそれを使用。罠を紙一重で避け宙を滑空する。
木々を避けながら林の中を飛行していた湊。連絡を受けたのは作業中のことだ。
「もう見つけたんだ、早いな」
口を動かしながら手も動かす。彼が行っていた作業は、罠の解体だった。
解体といっても、罠自体そこまで凝ったものではない。吊り上げ式の罠はロープを切ってしまえばそれだけで無効化できる。
中には触れた瞬間石が飛んでくるものもあったが、離れて対処すれば脅威ではない。
子供だから単純なものしか作れないのだろう。
微笑ましくなったのか、湊の口元には微笑が浮かんでいた。
皆が基地へ到着するまでの間、ユウは一人、基地の観察に努めていた。
軽自動車くらいの基地。外観は木で作られ、要所要所を竹やトタンで補強されている。ずいぶんと手をかけて作られたものだ。
「秘密基地などは微笑ましくありますが、物を盗むなど多くの人達に迷惑を掛ける行為は戒めないといけませんね。それに凛さんに対してはいじめのような行為も行っているようですし、理由を聞いて確りと対処、場合によっては先生や親御さんに連絡する必要があるかもしれませんね」
その呟きを聞いていた千里が、目的地へ爆走中に声を荒げた。
「弱い者いじめをする奴ぁ、たとえお天道様が許してもこの天王寺千里様が許さねぇ!」
自慢の槍をぶん回しながら上げた声は、思いのほか林中に木霊して――
「あ、少年たちが出てきましたよ」
基地から警戒しつつそろそろと出てくる彼らの姿を、ユウの視界が捉えた。
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「へぇ、思った以上にちゃんと作ってあるな」
まず現場に到着したのは真一だ。感心を口にしながら枝から飛び降りる。
「んなっ――」
基地の前。三人いる真ん中に位置する少年が、吃驚の声を上げた。枝装備、ケンジだ。
「ずいぶんとあちこちに罠張ったんだね。あたしのルート、ちょっと多くて面倒だったよ」
次点で、同じく木々伝いに移動していた聖。奇襲を警戒して鎖鎌を振り回している。
その後も湊、ラファル、そして千里と、続々と撃退士らが到着した。
「な、なんで学園の兄ちゃん姉ちゃんたちが……」
瞠目する少年たちを前に、千里が一歩進み出る。
「やいクソガキ共、凛ちゃんのぬいぐるみが欲しけりゃ、アタシらを倒してからにしろ! じゃなきゃてめぇらの秘密基地をぶっ壊してやる!」
「まさか、凛がぬいぐるみ返してもらうって言ってたのは――」
ケンジとカズヤが顔を見合わせる。
「もしかして、依頼したからなのかな」
タイチがおどおどしながら呟くと、
「こんな大勢に……どうするカズヤ?」
多勢に無勢。それに明らかに比嘉の戦力差は子供の目でも分かるのだろう。
リーダーであるケンジは、中でも一番好戦的なカズヤに判断を仰いだ。
「安心しろ、罠だってあるんだ。いくら上級生たちでも――」
「ああ、罠なら幾分か減らしてきたけど。あの程度なら僕たちには効かないよ?」
言いながら、湊は念のため持ってきていた、束ねた黒いロープを放り投げた。
すると、着地した地面が大きく崩落する。たまたま落とし穴に当たったらしい。
「あっ! 俺が仕掛けた罠が――ッ」
強気な表情をしていたカズヤの目が、動揺に見開かれる。
どうやら、罠の場所まで看破されていると思い込んだようだ。
「くそっ! こうなったらやるしかない。ケンジ、召喚だ!」
「よし! こい、リンドウ!」
カズヤに促されたケンジはヒリュウを召喚。
可愛らしい鳴き声で咆哮を上げ、いざ、撃退士らへブレスを放とうとした幼竜の動きが、突然固まった。
「ど、どうしたんだリンドウ。ブレスだよ、ほら」
主人に命令されても、怯えるだけで攻撃しようとしない。
「そ、そんなに強いのか、あの人たち」
「なら次だ! タイチ、撃て!」
「い、いやだよ、怖いよ」
タイチの視線は、主に槍を担ぐ千里と、ふんぞり返るペンギン帽子のラファルに向いていた。
「お前が撃たなきゃ誰が撃つんだ。銃の名手になりたいんだろっ」
「そ、そんなこと言ったって、僕は始めからこんなことイヤだって……」
「このヘタレ! なら俺がやる!」
気合十分。瞬時に手裏剣を両手の指の間に挟んだカズヤ。横薙ぎに腕を振るい、それを一斉に投げつけた。
間髪いれず、さらに連続で三度。波状で手裏剣を吹雪かせる。
飛来する無数の刃。
「よっと」
真一は飛び、枝を掴んで逆上がりの要領で一回転しながら樹上に逃れる。
聖は手にした鎖鎌で弾き返し、湊は宙に逃れ、ラファルと千里は全て叩き落とした。
「げっ!」
「無駄な抵抗はやめて、ちょっと俺たちと話しないか?」
再び地上に降り立つ真一。出来れば荒事にしたくないという気持ちは湊も一緒だった。
「こうなったら、三十六計逃げるが勝ちって――うわぁ!」
逃げ出そうと振り返ったところ、退路にはいつの間にかユウが立っていた。
「まだいたのかよ!?」
「さて、おいたはここまでです」
「くっ!」
他の道はないかと周囲を見渡す悪ガキ三人組。
しかし、すでに撃退士らに取り囲まれた後だった。
退路なし。その絶望的な状況に、少年らはがっくりとうな垂れた。
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少年らを地べたに座らせ、これから説得および理由を聞こうという空気感になった矢先――
「説得なんてばかくせー。世間知らずなガキにはきつーいお灸一発の方が良く効くってもんだよ」
なんて乱暴なことをラファルが言ってしまったがため、少年らの恐怖心をさらに煽ることになってしまった。
しかしそうは言うものの、仲間が決めたことに協力するのはやぶさかではないラファルである。
それ以降口を閉ざし、割かし大人しめの彼女に、中には疑問を抱く者もいたかもしれない。
そんな彼女の頭の中では、次なる段取りが爆発的に楽しく乱舞していた。
「――良く遊び、良く学べ。時に喧嘩もするのもいい。でもな。他人が大切にしてる物を奪い取るってのは正直感心できないな。何故そんなことをしたのか、理由があるなら話してみないか?」
不貞腐れる少年らへ諭すように真一が訊いた。
「べつに、特に理由なんか、ないけど……」
口ごもりながら俯くケンジ。横目で窺っていたカズヤが、ほんのり頬が赤いことに気づいた。
「まさかケンジ、お前凛のことが好きなんじゃ」
「バ、バカ言うな! 誰があんな口うるさいじゃじゃ馬なんて!」
「なるほど。要するに、好きな子に意地悪したくなるアレね」
聖が訳知り顔でうんうんと頷く。
「では、他に盗んだという物については?」
基地を見やりながらユウが問う。
「あれは――」
奪ったものなのだろう。そこで言葉を詰まらせた。
「てめぇらは弱い奴にしか手が出せねぇのかよ? そんなんで強いと思ってる自分が情けねぇと思わねーのか?」
千里の厳しい追求に、ケンジは喉元までせり上がっていた言葉を飲み下す。
今にも食って掛からんとしている千里を湊は宥め、一歩前へ歩みながら言った。
「いじめなんて何も格好よく無いし、ただ他人を傷つけ悲しませるだけだよ。憧れるものがあるなら、それに恥じるような行為はしないでほしいな……」
思うところがあるのだろう。三人は口を噤んで、内省しているように見える。
「こんなことに力を使うんじゃなくて、君たちの持つ能力は別の生かし方があるはずだよ。罠とかよく出来てたと思うし」
「そうだね。避けるのは割と大変だったし?」
湊のアドバイスに、聖も首肯した。
一つ咳払いし、真一。
「とは言え、ぬいぐるみを奪った事は事実だ。その事はちゃんと謝るべきだぜ。良く言うだろ。いじめカッコ悪いってな」
「とにかく、反省してんならぬいぐるみは自分たちの手で凛ちゃんに返してもらうぜ」
不機嫌極まりないといった様子で、千里が言い捨てる。
「ごめんなさい」と、少年らは沈痛な面持ちで頭を垂れた。
「そうですね。他の盗った物も、自分たちの手で返させた方がいいと私も思います」
「うん、俺も付き合うから」
ユウと湊も千里に同意。
皆一様に、盗品を取りに向かおうと体を向けたその時――
一人。金髪の少女だけが、何故かミサイル発射準備を整えていた。
「おい、ラファル? なにしてんだ?」
なにかの冗談だと思いたい真一。男のロマンである秘密基地をまさか爆破するつもりじゃないだろうなという思いと、あの中にはまだ盗品がという考えが交錯する。
少年たちも、一瞬思考が停止しかけるも……驚愕の表情を浮かべた後、基地を守ろうと立ち上がる。
その時。ラファルのロボットアームが背面から展開。少年らを拘束。
そして――無常にも、多連装ランチャーからミサイルが基地へ向けて一斉掃射された。
連続する爆発の轟音と共に、見事木っ端に吹き飛ばされた基地。跡には黒煙だけが立ち上る。
「お、お前、なんてことを」
「安心しろよ。盗品ならさっき潜行してぜんぶ救出済みだ。それに、こいつらは悪いことをしたんだぜ。謝ったからそれで許されるってのは違うだろ。悪事を働いたら、それ相応の報いがあるってことも教育しとかねえとな」
戦慄く真一にラファルは平然と答えた。
「あたしは別に、ここまで木っ端微塵にすることはなかったと思うんだけどね」
「おい、お前が持ってるそのハリセンはなんだよ」
「これは、あはは」
ラファルからの追求逃れに、聖は笑って誤魔化した。少年たちの手前、いまさら尻叩きをしようとしていたなんて言えない。
ユウはそ知らぬ顔で明後日の方を見ている。
一方で、途方に暮れる少年たちを、真一と湊が励まし慰めているのだった。
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林を出た後。
その足で、少年らは上級生たちに付き添われ、盗品を全て持ち主に返して謝った。
「こんなくだらないことはもうやめる」
「真面目に忍術の勉強をしようと思う」
「今度エアガンを買ってもらう」
とは少年らの反省の談だ。
荒事にせず無事に改心させられたことに、真一も湊も胸を撫で下ろす。
もちろんぬいぐるみも凛の手元へ戻った。
手にするなり強く抱きしめた凛は、年相応の愛らしい少女そのものだ。
凛と熾織に礼を言われた一行。
「べ、別に依頼だし、任務だからやっただけで……礼を言われるほどじゃ」
照れ隠しだろうか。どうやら聖はツンデレのようである。
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依頼解決後。
とある道場に、よく通る威勢のいい声が響いていた。
「凛、踏み込みが甘いと言っているだろう」
「ちゃんと踏んでるもん!」
「それは地団太と言うんだ。まったく。どうしてこう反抗的なんだか」
京極熾織は呆れて溜息をつく。
そして、道場にもう一人。
「すみません、先輩の手を煩わせてしまって」
「ああ、気にすんなって。あたしが好きで押しかけたんだからな」
熾織の視線の先には、二人の特訓を見守る天王寺千里の姿があった。
「凛ちゃん。苛められたくなきゃ、舐められねぇことが大事だぜ。そのためにゃまずはお姉ちゃんの言うことはちゃんと聞くんだぞ」
「…………もうやだ。なんでわたしを強くしようとするの! わたしは普通でいたいのに」
ふるふると震える凛。
いつもの反抗ではない。それは少しだけ、悲痛な叫びのようでもあった。
涙目の妹を前に熾織がただ無言で見つめている中、千里はおもむろに凛へ歩み寄り、腰を屈める。
「凛ちゃんには、大切な人はいるか?」
少女は逡巡の後、小さく頷き、チラと熾織を見やる。
「……いる、けど」
「確かに力だけが全てじゃねぇ。けどな、力がなけりゃ自分も、大切な人も守れねぇんだ。いつか凛ちゃんも天魔やいろんなもんとやり合う時がくるだろう。撃退士ってのはそういうもんだからな。その時になって、弱い自分を後悔しても遅いんだぜ」
「……強くなれば、守れるの?」
「強くなけりゃ、守れねぇ」
力強い千里の言葉に、凛はぐしぐしと乱暴に涙を拭き、
「……ん……わかんないけど、わかった」
少女なりに考えたのだろう。強くなっても、果たして守りきれるものなのかどうかを。
不安に思う気持ちが、よく現れている答えだ。
「ああ、いまはそれでいい」
グッと口を噤む少女の頭を、千里は優しくぽんぽんと叩いた。