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「諸兄らが派遣された者たちか」
牙窟の低い声が道場に響く。中央で腕を組んでの仁王立ち。如何にもである。
「諸兄だ? てめぇ、あたしらもいることを忘れてんじゃねえ」
明らかに二名しか見ていない牙窟に、すかさず天王寺千里(
jc0392)が噛みつく。
「お前さんは、……一応女だろう。それに子供が二人。そして眠そうな女が一人――」
牙窟は千里から視線を転じ、Spica=Virgia=Azlight(
ja8786)、玉置 雪子(
jb8344)を見て、そして十三月 風架(
jb4108)で止まった。
「眠そうな、女?」
欠伸を噛み殺していた風架が、自身を指して聞き返す。
「女子供がいるようじゃ、この道場は救えんな。主よ、勝負を捨てたか」
「ちょっと待ってくれます? 自分、男なんですけど」
勝手なことを言う牙窟に、風架が咄嗟に訂正を入れた。
「ふむ、そうか。失礼した。だがまあ、男が一人増えたところで結果は変わらん」
「おいおいおい、おたくらこそ、あんまり俺たちをなめない方がいいぜ」
藤沖拓美(
jc1431)は挑発するように注意喚起する。
壁際で一人立っていた九十九(
ja1149)がそれに頷き、
「そうさぁねぇ。仮にも能力者なら、うちらが普通じゃないことくらい解るさぁねぃ」
「見かけで、判断するのは…危険」
スピカが呟いた。
「まぁとりあえずあなたたちが負けたらここの門下生になるってことでいいですよね」
「何を言っている?」
突然の風架の物言いに、牙窟は肩眉を上げて聞き返す。
「一応道場破りって犯罪行為なわけですし、しょっ引かれるよりましでしょう? ちょうどここお弟子さんいませんし〜」
「ちょ、ちょっと待て! 私はこのような輩共を迎え入れる気は毛頭ないぞ! 柳煙流の名折れにも程がある」
「そうなんですか? でもいい加減門下生集めないと運営的にもきついんじゃないです?」
風架が問うたちょうどその時。
雪子はスマホを片手に、所在無げな道場主の元へ歩み寄る。
「すみません、これで雪子たちのこと撮っててくれませんか? 設定は済ませてあるので」
「うん? どうしてだ?」
目を瞬く主に、雪子は口を寄せ小声で、
「道場破りvs道場主代理の突発実況ですよ。あっちの失態なんかを視聴者に晒してやれば、馬鹿げた真似もやめるでしょうし」
そこでいったん言葉を切り、
「それに、生中継でやっつけちゃえば、ここの道場に箔も付くでしょう?」
雪子の提案に、主は「ふむ」と頷く。
「なるほどな。そういうことなら、解った。任せてくれ」
左腕を吊った痛々しい姿の主は、右手でスマホを受け取りながらしゅこう承諾する。
撮り方の説明を済ませ、
「こっちに不利益な部分は、旨いこと避けて撮影してくださいね」
そう言うなり、どこから取り出したのか。雪子はマイクを片手に、今度は牙窟の元へ。
媚を売りながら巧みに説得し、道場破りたちの名乗り上げとインタビューの撮影に成功。
十分もの間、いくつ道場を潰しただの、拳には血の臭いが染み付いているだのと、ほとんどが自慢話でうんざりしたが。
彼らの今後を考えると、雪子は一人、心の中で「フヒヒ」とほくそ笑むのだった。
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「それではこれより、道場破りvs道場主代理の乱戦を開始する!」
道場主の威勢のいい声が響く。
道場破り、そして撃退士らはその時を静かに待つ。
「――始め!」
それはゼロコンマでの早業だった。
皆の後方でライフルを構えていたスピカ。コッキングし、ヒキョーに照準合わせまで済ませていた彼女は躊躇いなく引金を引く。
しかしその機先を制していたのはヒキョーだった。
「煙幕! 煙幕! 煙幕――」
弾が放たれるよりも先に身を屈め、手にした三つの白い玉を床に叩きつける。
「さらに煙幕!」
まるでおまけだとでも言わんばかりにさらに一つ追加で焚いた。
一条の流れが煙を裂き、ヒキョーの頭上を掠めていく。
あっという間に白煙が道場を埋め尽くした。
「バッカ野郎! ヒキョー、てめえは馬鹿か! 考えて使え!」
レンジの怒声が響く。
壁際に立っていた九十九は、煙に乗じて気配を絶った。
何も見えない状況の中、雪子はため息をつきながら肩をすくめる。これでは撮影する意味がない。
突如として、雪子の周囲を冷たい風が取り巻き、突風となって吹き荒れた。猛烈な寒風は煙を道場の外へと押し流す。
しかし、そこにヒキョーの姿だけがなかった。
「視界良好! てめぇらまとめてコテンパンにして肥溜めにぶち込んでやるぜ!」
千里が叫ぶ。クロスボウを構えると、牙窟めがけて発射。
大型ならではの張力によって放たれた高速の矢。牙窟は身を捩りなんとか避けるも、左腕を掠った。
「くそう! 飛び道具とは卑怯な!」
「ああ? 目には目を、卑怯には卑怯をだろ。てめぇらは数の暴力で道場主に喧嘩売ったんだからな。こっちも色々汚ねぇ手を使わしてもらうぜ!」
「男なら正々堂々と――」
「あたしは女だ!」
千里に向かって駆け出し、攻勢に転じた牙窟。
それに合わせてレンジも動く。活性化した脚力により先駆けた。グッと後ろに引き絞り、突き出した拳は烈風の如く。
瞬間、脇から割り込む黒い風があった。風架だ。
繰り出されたレンジの拳に合わせ、千里を庇うように間へ入り、血の手甲で覆われた拳を合わせる。
烈しくぶつかる二人の拳。拮抗する両者の力は反動となって返り、互いに後方へ吹き飛んだ。
「邪魔だ!」
飛んできたレンジを手で跳ね除ける牙窟。重そうな踏み込みと同時に、千里へ正拳を突き入れる。
風架を受け止めた千里は身動きが取れないでいた。
あわや、剛拳の餌食かと思われたその時――
「仲間はやらせないさぁねぇ」
潜行していた九十九は和弓を射った。放たれた矢は紫紺の風へと変わり、牙窟の拳へ纏わりつく。
「ぬうう!?」
わずかに軌道が逸れたことにより、回避に余裕が出来た。千里は床を蹴って風架と共に後方へと逃げ延びる。
盛大にスカッた牙窟を尻目に、拓美はトリハダを挑発していた。
「ヘイ! おたくさっきからなんにもしてないだろ。俺の相手してくれよ」
「い、いや僕は、戦闘向きではなくて」
「問答無用だぜ!」
突如、構えていたリボルバーから発砲音が鳴り響く。
「おおっとしまった! 手入れ不足かー? 暴発しちまったぜ、悪ぃな!」
発火煙が立ち上る銃を振りながら、特に悪びれた風もなく軽く口にする拓美。
トリハダは顔面を青ざめさせ、へなへなとその場にへたり込んだ。
暴発したという弾丸は、ちょうど牙窟の脚に当たる。
「マグレ当たりか……ヒヒヒ」
「ん? 誰だビギナーズラックとか言ったやつは!」
振り返ると、そこには不気味に笑う男が立っていた。
「なっ、いつの間に!」
「ヒヒヒ……」
「おーしいったれヒヒー」
壁に背もたれ、傍観していたニコチンが応援を飛ばす。
「さっきからなにもしてないですよね。あなたは自分のお相手、お願いできます? ――ッ」
それは風架が言い終えるや否やだった。
いつの間にかニコチンは左側面へ回り、抜刀し風架に切りつけていた。
咄嗟に足に風を纏わせ、風架は攻撃を紙一重で回避。
呆気に取られていた皆の意表を付き、ヒヒもサイドステップで拓美の側面へ回る。振りかぶられる忍刀。
「しまっ――」
「おらぁー!」
しかし凶刃が拓美に触れることはなかった。
千里の刺々しい黒い大剣がヒヒをぶっとばしたからだ。「ぶげらっ」とみっともない声を出しながら吹き飛び、ヒヒは道場の壁を突き破って気絶した。
「助かったぜ」
「おっしゃー、これであと四人だぜ!」
「――ちがう…。あと、三人」
それはスピカが呟くのと同時だ。銃声がしたと思った直後、ドサッと床に何かが降ってきた。
忍装束の男、ヒキョーだ。左の肩口から血を流し、ピクピクと痙攣している。傍らにはクナイが二つ落ちていた。
「私の、照準からは…逃げられない…」
千里と拓美がヒキョーに背を向けたため、二人に向けて投げようとしていたところをスピカが狙撃したのだ。
息を殺して獲物を照準し続け、その一瞬の挙動を見逃さない、まさしくスナイパー。
動かないヒキョーから銃口を外し、今度は牙窟を狙うスピカ。
「六対三か、数的にはこちらが不利。しかし――ッ!」
ググッと力む牙窟の体から、俄かに白いオーラが立ち上ってきた。
それはシュウシュウと蒸発音をさせながら霧散する。
「牙窟、闘気を開放したか……ちょっと臭うぞ」
「仕方がないだろう。これは汗だ。そんなことより、こやつらに破山を叩き込む。レンジ、ニコチン、援護しろ」
「落ち着いてタバコも吸えやしないな」
ぼやきながら携帯灰皿にタバコを押し付けてもみ消すと、ニコチンはおもむろに刀を抜いた。
「行くぜ――ッ」
彼の踏み込みと同時だった。
銃声と風切り音が重なる。潜行する九十九がレンジを射ると、スピカは牙窟を狙撃する。
それぞれ攻撃は命中。レンジの右腕は矢で射ぬかれ、牙窟は大腿部を負傷した。しかし致命的なダメージとは言えない。
ニコチンの斬り込みをバックステップでかわした風架。すかさずネビロスで自身を傷つけ足元に血を垂らす。
「赤の風は死神の力、血を操り命を刈り取る力也」
円錐状に広がりを見せる血液は、枝分かれしながらニコチンを一斉に刺し貫いた。かしゃんと持っていた刀が床に落ちる。
体内に入り込んだ風架の血が、ニコチンの体の自由を奪う。
その時――風架とヒキョーの位置関係が直線上に並んだ。
待っていたとでも言うようなタイミングで、ヒキョーはもぞりと上体を起こす。
そして無事な右腕を使い、背中を見せる風架に向かって手裏剣を投げ放った。
しかし手裏剣は寸でのところで氷の手斧に叩き落される。雪子が投げたものだ。
手斧はバウンドして、持ち主の手元へ戻った。
「気絶したフリまでして背中を狙うとは、汚いなさすが忍者きたない」
そろりと歩み寄ると、手にした斧の背でヒキョーの頭を強打。その問答無用の一撃によりヒキョーは失神。
「あと、二人だぜ!」
千里がクロスボウに持ち替えて、離れた位置からレンジを狙い撃つ。
が、構える前にレンジは既に飛び出していた。そして拳にアウルを集中。
「させないって言ってるねぇ」
九十九の暗紫風がレンジの拳を覆い尽くす。巻き付く風によりブレにブレるも、レンジは構わず拳を突き出した。
しかし無茶をしたためか、がくんと拳は下がり、繰り出した発勁の衝撃波は床を大きくぶち抜いた。
「ぬわあああ! 道場の床板がッ!」
スマホ片手に見物している、主の悲鳴が響く。
「多少の傷は覚悟してんだろ? 小せえことは気にすんなって――ってうおあ!」
拓美の持つ拳銃が再び暴発した。
「ぐぅ――」
銃口の角度は旨いことレンジに向いており、左脚を損傷。機動力を削いだ。
「おっしゃ! こいつはあたしに任せろ!」
クロスボウからランスに持ち替えた千里。突撃し、竜巻を纏う槍を思いっきり薙ぎ払う。
暴風に巻き上げられ、レンジは回転しながら床に強く叩きつけられた。千里はカメラの死角へレンジを連行。動けないのをいいことに、その後は酷い私刑だった。
レンジがボコられているところを、ただ呆然と見つめる牙窟。
「残るはあと一人……」
ようやく出番が回ってきたと、愉快気に笑みを刻むのは雪子だ。
牙窟がレンジに気を取られている隙に、彼女は周囲にアウルで氷の膜を形成。擬似光学迷彩により姿をくらます。
「まさかお前たちがここまで出来るとはな」
ゆるりと立ち上がり、牙窟は周囲を見渡した。立っているのは自分一人。
こんなはずではない。そう言いたげなほど、その顔は悔しさに歪んでいる。
「見かけで、判断するのは…危険…と言ったはず。それに、それ相応の、覚悟をもって…やって来たはず…。大人しく、報いを受けて…」
スピカが冷たく言い放つ。
「そうだ、その通りだ。鼻からなめてかからなければ、こんな結果にはならなかったはず――」
牙窟は拳を固く握る。
風架はそんな男に向き直り、
「それは違いますよ。あなたたちが自分たちに勝てる確立は、鼻からゼロに近い」
「それは何故だ?」
「気付かないくらい脳筋なのか、おたく」
「憐れみを覚えるほどに馬鹿だな」
拓美、そして千里が呆れたように薄く笑った。
「そっちはほぼ近接しかいないさね。遠距離の多いうちらは引き撃ちも出来る。それだけ言えば解るさぁねぃ」
潜行を解きつつ九十九が告げる。
「なるほどな。だがしかし!」
叫ぶ牙窟の体から、再び白い霧が噴出した。右手を後ろへ引き構える。
「俺たちはここで敗れるわけにはいかないッ! ――ん? なんだ、寒気が……」
小指から順に折ろうとし、そこで、気付いた。
背後にある冷気と人の気配に。そして、手に触れるなにやら柔らかい感触に。
ギギギっとぎこちない動きで首を振る。視線は肩から腕を、そして肝心の手先へシフトする。
そこには、制服を着た銀髪少女。そして、牙窟が触れていたのは、そんなあどけない女の子の残念な胸だった。
「な、なんでこんなところに女が……ってぬおっ!」
一連の流れで思わず手を握ってしまい、つい胸を揉み込んでしまう。
その反応に、雪子は口の中で笑いを噛み殺すのに必死だ。そのおかげか目は潤んでいる。
涙ぐむ少女に痴漢する大男の図が完成。
主に目配せすると、首肯が返ってきた。ばっちり撮れているらしい。
「――ッ、この変態!」
雪子は一瞬にして氷の手斧を形成。瞬く間に牙窟の股間へそれを宛がう。
「アハハハ、いつまで触ってるんですかー? ちょん切りますよー?」
牙窟は慌てて両手を上げ、降参の意を態度で示す。
漢であることを自負していた彼にとって、公序良俗に反する行為をしてしまったこと。それが視聴されているという現実。
彼の中のアイデンティティは、音を立てて崩れ去っていく。
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乱戦は撃退士らの勝利に終わった。
倒した連中の私刑を執行しようとしていたスピカであったが。
それを止めたのは道場主だった。
「この男は、何人も…殺してきた…。こうなるって、わかってた事だし…遅かれ早かれ、裁きは必要…」
そう言って憚らないスピカを制止し、
「反省はしている。それに、戦意を喪失した者を痛めつけるのは流派に反する行為だ」
そう言って私刑をする気でいた撃退士らに向けて嘆願した。
主がそう言うならと、九十九が同意し、潰す気でいた千里や、他の者たちも渋々了承した。
肝心の生放送はというと、最初こそ視聴者が少なかったもののすぐに増え始め。
最終的に三十分で三万人を超えた。
コメント欄には、「この道場どこ?」「弟子入りしようかな」など幸先の良さそうなものもちらほらと確認できた。
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後日。
学園に道場主からの感謝状が届いた。
門下生が五人になり、道場見学なんかも増えてきているという旨だ。
最後は、これからは自分たちでなんとか出来るよう、精進するという言葉で締めくくられていた。