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石切場へ向かう道中。
廃れた村を通りがかる途中で、ふとRobin redbreast(
jb2203)は足を止めた。
「肝試しかぁ……」
朽ちかけている背の低い木造の家屋たちを、その淡い翠瞳に映す。
夜になれば、確かに不気味な雰囲気に包まれるであろう廃村は、今は時代に取り残された無様な姿でそこに在った。
物好きな人間は、夜の不気味さを楽しむために、わざわざここを訪れるという。事件後は立ち入り規制がされているため、訪れる人はいないらしいが。
怖いのを楽しむはずが、安全が確保されていないと楽しめなくなるというある種の矛盾を彼女は感じた。
「ディアボロを倒して、安全な場所を取り戻さないとだね」
それでも楽しむ人間がいるのなら、とのロビンの呟きに、龍崎海(
ja0565)は機微を感じたか、
「そうだね。犠牲者も出ていることだし、早く何とかしないと」
「そしたらまた肝試しできるかな?」
若杉 英斗(
ja4230)はそれに頷いて、
「ああ、俺たちが安全を確保したら、今度は本物として集まってくるだろうぜ」
それはそれで不謹慎な気もするが。元よりホラースポットとはそういうものだと、達観し溜息混じりに言う。
ロビンは最後に廃村へ一瞥をくれ、先を行く仲間たちの背を追った。
●石切場跡
狭い専用通路を歩き、一行は拓けた場所へ出た。
情報どおり、広場の奥につづらの坂。上には台地。そして――、
「また、今回は大きな敵ですね」
石切場入口から遠望し、台地の深奥に巨大な影を認めた夜桜 奏音(
jc0588)が零す。
依頼書にあった通り、五メートルは超えるであろう巨体だ。
「巨人だかなんだか知らないけど、あたいにかかればラクショーよ!」
雪室 チルル(
ja0220)は、今にも駆け出さんばかりの威勢のいい声を上げた。
それに待ったをかけるように、白蛇(
jb0889)の落ち着いた声がシンとした場に響く。
「まずは、この場で亡くなったという2人の冥福を祈ろう」
静寂の森の中。
撃退士らは犠牲者へささやかな黙祷を捧げる。
「……さて、討ちに行くとしようぞ」
透翼により音もなく飛翔する白蛇、と同時に白鱗金瞳の蛇を召喚し鬨の声を上げさせた。
同じく飛行班である海も、陰影の翼を展開し上昇した。
合わせて地上班であるチルル、英斗、奏音、ロビンも行動を開始する。
露呈する根を避けながら進み、奥のつづら折の坂を駆け上がる。
前衛であるチルルと英斗は、陽動役としてまず台地に飛び出した。光纏し阻霊符を発動。
ゴゴゴゴゴゴ――。
スプリガンは領域に踏み込んだ侵入者を認め、重い体を動かした。
同時。今まで静かだった植物の根たちがウネウネと蠢き、跳ね上がるようにして地上に顔を出す。
先行する二人目掛けて、槍のように鋭い根が無数に急襲する。
「邪魔よっ!」
チルルがそれらを容赦なく大型直剣で斬り捨てている間に、英斗はスプリガンとの距離を一気に詰めた。
「近くまで来ると、さすがにでかいな――」
それにパワーもありそうだと、心の裡で続ける。
すかさず【タウント】で自身にオーラを纏わせると、スプリガンの目が英斗に向き、置き去りにした根たちも方向を変えて一斉に彼に集中した。
石冑巨人が手にした石の棍棒を振りかぶる。背後には無数の根。正に前門の虎、後門の狼状態だ。
「――とはいえ、俺がびびるわけにもいかないけどな! さぁ、いくぜ!!」
踏み込みと同時に振り下ろされた棍棒に合わせて円盾を突き出すと、柳が風に流れるような白銀のオーラが発生した。
棍棒はするりと英斗の頭上を掠め、背後から覆いかぶさるように迫っていた根たちを一掃し吹き飛ばす。
根の残骸が飛び散る中、攻撃直後の隙を狙い、チルルが跳躍しながら武器持つ右腕に刺突する。白く輝く雪の軌跡が、宙に美しい尾を引いた。
ガギィイン! と硬質な音が響く。
一瞬弾かれたかに思えた攻撃は、腕部にわずかな亀裂を入れる。
「地味だけど、こういう傷が後々効いてくるってものよ!」
チルルは人知れず、剣の柄を強く握りこむ。
陽動役が壁際から引き剥がしにかかっている頃。
後続の二人もそれぞれに動いていた。
スプリガンの始動とともに活性化した植物の根と枝を相手に、奏音は薙刀を手にして大立ち回りを演じていた。
「この物量は少し面倒ですね」
襲い来る植物の動きを見極めつつ、その悉くを薙ぎ払う。彼女の周囲には斬り捨てられた植物たちが次々に散乱した。
ロビンは闇を纏い、潜行状態で密かに移動をしていた。
その間、スプリガンが操る植物の位置を確認。どうやら、操れるのは階段下数メートルまでのようだった。
それでもかなりの広範囲に及んでいる。チルルの用意した無線機で、見地した情報を皆に伝えた。
少しずつではあるが、壁から離れだしたスプリガンの背後をとるため、ロビンは台地を大きく迂回する。
飛行班は左右に別れ台地を壁伝いに移動し、時折襲ってくる植物を払いながらその時を待っていた。
「しかし鈍いのう……」
白蛇はアウルの矢を番え、伸びてくる枝葉を弓で射抜きながら一人ごちる。
地上班に集中しているせいか、地上よりかは岩壁の植物たちの動きが鈍い。しかし彼女の言はそれらに対してではなく、スプリガンへの文句だった。
腕振りは相当なものだが、どうにも足の動きが遅いのだ。
「もう少し空けてもらわないと立ち回りにくいね」
符術の力を付与した槍撃により、枝を切り落とす海。枝は断面から徐々に枯れていき、途中で折れた。しかしそこから小さな芽が吹き、再び若い枝へと成長する。
どうやら、スプリガンがこの場所にいる限り、植物たちは活性化するようだ。
「……確かに面倒だね」
海の嘆息が枝と共に落ちる。
地上では、英斗が完全に目標の注意を引いていた。
バックステップで後退しつつも盾で攻撃をやり過ごし、邪魔な植物をチルルが片付けながら隙を見ては亀裂への攻撃を加える。
再びスプリガンが腕を振り上げたのを見咎めて、台地の中央で植物の相手をしていた奏音が飛び出す。
英斗は柳風により攻撃を逸らすが、運悪くその軌道が奏音の進行方向に被った。
「危ねえ!」
「大丈夫です」
奏音は短く答え、予測回避で迫ってきた棍棒を薙刀の腹で滑らせ、上手いこと地面に逸らす。二度に渡って空振りに終わった棍棒は、大きく大地を抉った。
そして奏音は棍棒に飛び乗り、そのまま肩まで駆けていく。
――コォオオオオオオオ。
スプリガンの口元から音が聞こえたかと思った刹那。足元から一気に風が巻き上がり、嵐のような暴風が発生した。
突発的な風に対処出来ず奏音は風に巻かれるが、すぐさま鞭を反対の腕に巻きつけ、左腕に着地。小太刀を鎧われていない関節の隙間に突き立て、飛ばされないよう対処した。
「まさかこのタイミングとはな」
予想より遥かに早い風の発生に戸惑いながらも、白蛇は冷静に崖の上へ司を召喚。この風では飛ばされる恐れもあるため、とりあえず待機させておく。
そして白蛇は破魔弓を構える。風を纏うといっても、これがあくまでも物理的なものであれば魔法は遮れないだろう、と思ってのことだ。
海も合わせてアウルの槍を作り出す。白蛇同様、スキルの直線攻撃も無効化されるのかを試すためだ。
白蛇の矢が放たれ、海の槍が投擲されたのは、同時だった。
しかし吹き荒れる風に阻まれ、アウルで出来た矢も槍も弾かれてしまう。どうやら魔的な防御面も強いと判断する。
地上班もなかなか近づけないでいた。チルルは石壁の影に隠れてやり過ごし、英斗は腰を低くし重心を下げてなんとか堪える。奏音も小太刀から手を離せば、吹き飛ばされそうな状況だった。
潜行するロビンは、暴風から離れた樹の枝を伝い、石壁を登って一人崖の上へ。
そんな中、海は発煙手榴弾を風に投げ込む。流れを見極めて、近づきやすい場所を探るためだ。
が、思いのほか風の壁は均等に厚く、どうにも近づけそうにない。
それを少し上空から見ていた白蛇は、かなり狭い範囲だが目となっている部分を視認した。それは頭だ。その部分だけは風が逆巻いていなかった。
すぐさま弓を角盾に持ち替えて、風の及ばない頭上へ。そして一気に降下する。スプリガンの頭へ盾を強かに叩きつけると、風の高度が目に見えて下がった。背後にロビンの気配を感じた白蛇は、すぐさま離脱する。
目標頭上の崖に移動していたロビンも、飛び降りて追撃をかけた。
「これで頭を破壊できないかな」
頭部へ飛び移り、大きな筆を振るいながら地面に着地する。潜行状態からの闇討ちがスプリガンの頭を激しく吹き飛ばした。
風が止み、一瞬の硬直。
と――、首元から盛り上がるようにして、頭が再生した。
それには人間の顔のようなものが彫り込まれている。
「不気味な巨人お化けね」
チルルが石壁から出て、顔をしかめながら言い放ったその時だ。
スプリガンは大きく足を一歩踏み出し、台地を力強く踏みつけた。
大地を揺さぶる地震と共に、そこら中から根が地面を突き破って現れる。それは台地を埋め尽くすほどの物量だった。
「なんて数だ!」
英斗が叫ぶ。
撃退士らは、捕縛しようと襲来する根をそれぞれに対処し始めた。
海は槍による【吸魂撃】で根を枯死させ、白蛇は次々に破魔弓で射抜く。
チルルは無数の根に捕縛されそうになる寸前、【アンタレス】にて範囲を焼き払い一点突破。
英斗は天空から聖剣の雨を降らせ、周囲の根たちを一気に斬り裂いた。
巨人付近にいたロビンは、花のような火炎を撒き散らし、仲間を巻き込まぬよう注意して広範囲を爆発させる。蠢いていた根と共に、棍棒ごと爆発に巻き込んで一掃した。
ただ一人。巨人の左腕に組み付いていた奏音は、肩まで駆け上がる。
「何だか似たようなことを前にもした覚えがありますが、その腕いただきます」
言い捨て、輝く薙刀を斬り下ろす。天照を背負う太陽が如く一撃は、左腕を肩から見事に切断した。
――コォオオオオ……
「そうはさせるか!」
風の予兆をいち早く察知した英斗は、盾でスプリガンを殴りつけ行動を阻害する。
歴戦の撃退士たちは勝機を逃さない。
魔法書に持ち替えた海は、青い玉石を槍状にして左脚の関節に飛ばした。鋭く突き刺さった槍は、スプリガンの脚の曲げ伸ばしを封じ移動を制限する。
不自由さに苛立つように、スプリガンは右腕をデタラメに振り回し始めた。
振り落とされぬよう、奏音は切断面に小太刀を突き立てる。
チルルは右腕の動線を見極めつつ、亀裂を入れた腕部に再度直剣を突き入れた。先のロビンによる爆発のダメージも相まって、剣はすんなり腕部に刺さる。テコの原理で剣を倒すと、バカン! と石冑の一部が剥がれた。
何かを察したか。白蛇は崖上の司に指示をし、地上に降らせる。
「待ってなさい、いま燃やしてやるから!」
意気揚々と【アンタレス】を発動しようとし、チルルは気づいた。先ほど根を焼き払うのに使用してしまっていたことに。
「……あーっ!!」
「スキル管理が甘いのう」
ぐぬぬと悔しげに呻くチルルを横目に、白鱗金瞳の蛇が右腕に取り付いたのを確認した白蛇は、呆れつつもTBを剥き出しの前腕へと撃ち込ませた。激しい雷電が腕を焼き、瞬時に黒炭と化してはボロボロと崩壊する。
潜行していたロビンは、スプリガンの不自由な左足へ追い討ちをかけるように闇討ちした。筆で描かれた魔力の塊は足首を破壊し、スプリガンに膝をつかせる。
ようやく大人しくなった石冑巨人。
奏音は跳ね上がり肩口に立つと、
「その首も貰い受けます」
静かに告げて、光り輝く薙刀を首元へ無情にも振り下ろした。
あっさりと落ちた首は地面に落ち、沈黙したかに思われた。――が、先と同様。またもや違う顔らしき木彫り模様の頭が再生した。
「しぶとい奴だな。これならどうだ!? くらえ! セイクリッド・インパクト!!」
極限まで高めたアウルを円盾に乗せ、英斗は全霊をかけた攻撃を腹部へ突き入れた。
衝撃波が背から抜け出るのが見えるほど強烈な一撃は、胴部の鎧を粉砕し風穴を開ける。
ぐらりと、スプリガンの体が前のめりに傾いだ。
チルルは角度を予想し直剣を構える。
「これで本当に終わりよ」
倒れこんだスプリガンの首は、ちょうど刃の上に降り、そのまま頭が落ちた。
石冑巨人はぐずぐずと地に返り、ついには完全に沈黙する。
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自然の静けさを取り戻した石切場跡は、来た時とは違う清涼な空気が流れていた。
地面や石壁から生えた植物たちは、背は低いものの青々と茂り、現場は森のミニチュアと化している。
数十年後には、ここも木々に埋め尽くされ、完全に森の一部と化すだろう。
撃退士たちは海の提案により、被害者の遺体や遺品を捜索した。
しかし、遺体どころか骨や衣服の一部ですら見当たらなかった。
「もしかしたら、石甲冑に食われたのやも知れんな」
白蛇の言に、
「再生した木彫りみたいな頭は、犠牲者を模したものだったのかもね」
ロビンが同意し頷いた。
妙な説得力のある二人の言葉に、犠牲者はスプリガンに食われたものと納得して、撃退士たちは捜索を切り上げ帰路に就いた。