●道中
昼。周辺地域での聞き込みを終えた小田切ルビィ(
ja0841)、そして不知火あけび(
jc1857)は途中合流し、仲間たちが待つ男爵邸へ向かっていた。
「ルビィさん、なにか分かりましたか?」
あけびは、隣で渋い顔をして首筋を掻いているルビィを見やる。
この様子だと、大した収穫は得られなかったようだ。
「ったくよ、なんで俺が声かけると『間に合ってます』の一点張りで逃げてくんだよ……」
一部、熱に浮かされたように黄色い悲鳴をあげて逃げていく奴や、卒倒する奴もいたけれど。
ルビィの脳裏に、以前任務で聞き込みをした時のことが蘇る。その時も似たように断られることが多かった。
あの時は呪いだったから、なんとなく口にするのが憚られるだろうことは分かるが。ルビィはため息混じりに一人ごちる。
「そういう不知火はどうだったんだ?」
尋ねられ、あけびはメモ帳をサッと取り出して言った。
「私もあまり情報は得られませんでした。チョコ好きの男爵、お宝が眠ってるらしい、みんなそればかりで……」
ため息をつき、肩を落としながら、二人は男爵邸への道を歩いた。
●男爵邸庭
「おや、来たようだね」
正門の外に二人を確認した狩野 峰雪(
ja0345)が、柔和な笑みを浮かべて言った。
「あの様子じゃあ有益な情報は見込めなさそうねェ」
落胆するルビィ、そしてあけびを見て、黒百合(
ja0422)はクスリと笑う。
並んで駆けてくる二人の様子を、どこかムッとした顔で見ていたのは緋月(
jb6091)だった。
「悪ぃ、ちょっと遅れた」
「すみません、遅れました」
二人が揃って謝ると、緋月はツンとそっぽを向き、手にしていた包みを後ろ手に隠した。
忍の一族故か、あけびは目敏くそれを目撃。瞬時に判断し、何か得心するように頷く。
隣で情報は得られなかったことを皆に説明するルビィを突っつくと、それとなく視線を投げる。
釣られて目線をずらし、少し機嫌の悪そうな緋月に気づいたルビィは声をかけた。
「緋月、どうかしたのか?」
「な、なんでもありません、なんでも」
慌てた様子で体面を繕う緋月。不思議そうに小首を傾げるルビィ。
それを傍から見ているあけびの口元に、ニヤッとした笑みが浮かんでいる。
「青春だね」
微笑ましく眺めていた峰雪がぽつり。
「そんなことより、館の探索よォ」
少々呆れ気味に、ため息混じりに黒百合が言う。
その一言で、皆は思い出したように館へ体を向けた。
「チョコレート男爵…。贅沢な名前ね」
初任務となるスノウ・フェイド(
jc2144)が、館を見つめながら呟く。
贅沢なのは、通名だけではない。
胃もたれしそうな外観に、緋月はじゃっかん頬をひくつかせる。
「……そんなにチョコレートが好きだったんでしょうか…?」
それは言わずもがな。館を見れば、誰しもが思うだろう。館の主人はチョコ好きだと。
外壁はまさしく板チョコを張り合わせたような形をしているからだ。
「相当な変わり者だったことが窺えるね」
こんなところにも拘り金を使う。チョコレート男爵の名に恥じぬ変人っぷりだ。
峰雪の言にルビィは頷き、
「宝ってのにも期待できそうだな」
そうして、撃退士たちは宝がなんなのか夢を膨らませながら、探索を開始した。
●男爵邸
「男爵の呪いか?はたまた天魔の仕業か?失踪事件の真相に迫る! ――ってな感じの見出しはどーだ?」
邸宅内を探索する中、ルビィは校内新聞の見出しを発案する。一見ふざけている様にも見えるが、光纏し阻霊符を展開しつつ周囲の警戒は怠らない。
「三面の隅にしか載らなそうねェ」
やれやれと、肩を竦めながら黒百合。
部屋を一つずつ調べ、怪しいと思われる棚の裏なども入念に確認する。
その時、先へリビングへと入っていったあけびから声があがった。
「怪しい階段を発見!」
撃退士たちは駆け出し、広々としたリビングへ。
あけびの側まで寄ると、彼女が見下ろす視線の先を辿った。
そこには大きな暖炉があり、薪をくべる場所がぽっかりと口を開けて階段が地下へと続いている。
「噂が本当なら、宝物庫かも」
スノウは少しの期待を抱きながら口にした。
各々暗視ゴーグルや光源を手にし、地下へと続く階段を降りていく。
●男爵邸地下
「わ…やっぱり、暗いですね…」
後方からついて歩く緋月が、地下室に入るなりその暗さに驚く。念のため蝋燭を探しはしたのだが、どこにも見当たらなかった。仕方なく、斡旋所で借りてきた懐中電灯で部屋を照らす。
奥までは光が届かない。地下は意外と広そうだ。
「…美味しそうな匂い」
ぽつり。生温い空気に混じって香った匂いに、スノウはふと辺りを見渡す。懐中電灯で床を照らしていると、散乱したコインの中に潰れているものを見つけた。
「なるほどねェ。コインの中身はチョコレートってわけェ」
「コインチョコが好きだったのかな?」
さすがはチョコレート男爵と呼ばれるだけのことはある。撃退士たちは半ば呆れながらも、さらに慎重に歩を進める。
皆が四方に目を凝らす中、先頭を歩くルビィのすぐ後ろで、なにやら傘を用いてせっせと床を掃いている人物がいた。
「峰雪さん、なにしてるんですか?」
「踏んでは申し訳ないと思ってね、払っているんだよ。彼にとっては本当の宝だったんだろうしね」
峰雪はあけびの問いに答えながらも、チョコを除ける手は止めない。
やがて部屋の中ほどまで歩いてくると、眼前に積まれたコインの山が聳えていた。
「これ全部チョコかよ……」
総数が如何ほどかは分からない。しかし相当数のコインチョコが地下室に保管されていることは一目瞭然だ。
見上げて驚嘆していると――突然、キィイと鳴くような音が聞こえてきた。
駆け出し、コイン山を迂回する。撃退士たちの視線の先に、怪しい宝箱が置かれていた。
「『開けて下さい』と言わんばかりに放置されてる宝箱が一つ。如何にも怪しい…っつーか、どう考えても罠だよなぁ〜?」
獲物を誘き寄せる『餌』としては、王道の形態とも言えるだろう。
ルビィは誰にともなく問いかけて、念のため《タウント》を使用する。それに合わせるように、あけびはペンライトの明かりを消して遁甲を発動。
「なんかこんな感じのトラップモンスターって某RPGに出てきそうよねェ、中身はバレンタイン仕様みたいだけどうォ」
黒百合は鍵穴の部分から、デロデロとしたチョコらしき液体が漏れ出ているのを暗視ゴーグルで視認した。
「先ずは離れた場所から宝箱を叩いて様子見だ」
「それなら僕が狙撃してみよう」
峰雪はライトを床に置き、ライフルを静かに構え、照準を鍵穴に合わせて引金をひいた。暗闇に火薬が爆ぜる。
狂いなく放たれた弾丸は、箱に弾かれて兆弾し、コンクリの壁を抉った。
「かなり硬いようね」
パラパラと落ちる破片を見て、スノウが呟く。
箱に衝撃を加えたものの、しばらくしても何の変化も起こらない。
その間も、ルビィは盾を構えながら、目標へジリジリとにじり寄っていた。
「ルビィさん、あんまり近づくと危ないです」
後方から緋月の声があがる。
「遠距離でダメなら接近してみるしかねぇからな。安心しろって」
自分が盾になれば、その分仲間も動きやすくなるだろう。それに、良いところを緋月や不知火に見せたい。
ルビィは静かな闘志に燃えていた。
目標までわずか数メートル。と、その時。
「キィーヒヒー!」
急に箱の蓋が口を開け、チョコレート色をした小人が銃を構えて、躊躇なくそれを発砲する。
標的にされたのは、目の前にいたルビィだった。
茶色の弾丸を盾で難なく防ぐ。が、
「――うわっ!チョコレート弾かよ!?ヌルヌルしやがる…」
着弾と同時に半液体状になり、盾をべっとりとしたチョコが伝った。
それを開戦の合図に、撃退士らは行動を開始する。
まず先陣を切ったのは、あけびだ。
小人との距離を一気に詰め、潜行からの《影縛り》を狙った。無数の影が鎖のように伸び、小人を拘束にかかる。
しかし小人は地団太を踏み、箱の中に満たされた液体チョコを跳ね上げた。それはすぐさま硬化し、影はシェル状になったチョコをからめ取るだけに終わる。
蝶番を狙っていた峰雪は、斜線を塞がれてしまっていた。スノウは構わず《ストライクショット》を撃つ。しかし、シェルにわずかな亀裂を入れただけだった。
すかさず、床を滑るようにホバー移動していた黒百合は、肩に担いだ多連装ロケットを放つ。
怪音を響かせながら飛んでいくロケット弾は、爆音を轟かせながら次々と着弾する。
シェル状のチョコは見事に木っ端微塵にされたが、肝心の小人は箱の中だ。
刹那――。宝箱が勢いよく口を開けたかと思ったら、中から大きなチョコが吐き出された。それは、点在する撃退士たちの後方、コイン山の手前にベチョッと落ちる。
うぞうぞと蠢きながら形を変え、やがて身長一八〇センチくらいの人型へと変形した。
「クリーチャー、ですか」
緋月はアウルを操って、自身に風を纏わせた。それは近場にいたスノウの体も包み込む。
「これは……」
「保険です、念のために」
微笑む緋月に、スノウは礼を言って、二人は武器を取り直す。
そこへ、クリーチャーの腕が横薙ぎに振るわれた。粘性の腕からは溶けたチョコレートが飛び散ってくる。
《風の烙印》のおかげで、それらは二人の体に届くことなく弾けた。
間隙を縫うように、峰雪の持つアサルトライフルから無数の弾丸が吐き出される。《バレットストーム》で照準していたのはクリーチャーだけではない。山積みされたチョコもその対象だった。
掃射された弾は、しかし敵の体を貫通することはなかった。チョコ山は盛大に崩れ、一つ一つが弾けては床を茶色く染めていく。
宙で爆ぜたチョコの中身が、クリーチャーの体に触れた時――。
「これはまずいね」
峰雪は呟く。どうやら敵はチョコレートを吸収するらしい。僅かながら体が大きくなったのを見逃さなかった。
それに物理はあまり効果がないらしい。硝煙の煙に紛れながら、次の一手を模索する。
「だったら――!」
あけびが叫ぶ。上段から振り下ろした刀から、発光する太刀状のオーラ《辻風》が放たれた。
それはクリーチャーの体を見事真っ二つにする。
「スノウちゃん、撃って!」
初任務の彼女に花を持たせたい。その一心であけびは促す。
「言われなくてもッ」
今度こそは、そんな気持ちで銃を構え、渾身を込めて一撃を放つ。爆発音を響かせた《ストライクショット》は、目標に着弾した。しかしドロドロの体にからめ取られ、やはり効果は薄い。
続くように、緋月もクロスボウを構えた。
「液体系だったら、少しは効果があると思うのですが…!」
雷で形成した矢を番え、引金をひく。稲妻が尾を引きながら、敵の左半身を貫いた。雷に撃たれたように痺れ、その足を止める。
残された右半身はスライム状となり、床を汚したチョコを這いずり回って舐めていく。舐め取るたびに、移動速度が増していくようだった。
「あれを捕まえるのは厳しいな」
油断なく背後を窺っていたルビィが視線を小人へ戻す。
「だったら、小さい方を引きずり出さないとね」
潜行中の峰雪は、咄嗟に魔方陣を作成。そこから呼び出したのは、白いモフモフだった。
ゆったりとした速度で浮遊し、目標の小人へと近づいていくパサラン。
あまりの遅さに、小人は一旦箱の中へと閉じこもってしまう。
「――あっ」
パサランが箱へと接近したその時。蓋を開けた小人は大量のチョコレートを口から吐き出し、パサランをチョコ塗れにした。
床に落ち、コロコロ転がっていく召喚獣。
「……でかいトリュフチョコだな」
ルビィはマシュマロ味か? なんて冗談交じりに呟く。
後方ではズルズルと這う音が大きくなっていた。
万が一を危惧したスノウ、緋月、あけびの三人は、スライムを箱へと近づけないよう応戦する。
スノウが銃で床を破壊し移動を妨げると、緋月とあけびはサンダーブレードと辻風を放ち少しでも時間を稼ぐ。
小人は再び箱の中へ閉じこもろうとして、ぎょっと目を見開いた。箱の中のチョコがほぼ空の状態だったのだ。
パサランに放ったのが最後となり、頼みのスライムは足止め状態。
小人はパサランについたチョコを回収しようと、慌てて箱から出てきた。
黒百合は静かに翼を羽ばたかせて飛翔。
「散々焦らしやがって。テメェはさっさとここでくたばれ」
ルビィは大剣に換装し、走ってきた小人をすれ違いざまに払い抜ける。小人の体に袈裟の斬撃痕が刻まれる。
念のため。そう小さく口にし、峰雪は宝箱の蝶番を銃で破壊。
――と。
今にもパサランに手を伸ばそうとしていた小人に向かって、上空から黒百合が猛スピードで降ってきた。小人の背中へ白銀の槍を一気に突き刺す。
峰雪は慌てて召喚を解除。
「焼きチョコなんて如何かしらねェ、きゃはァ、私は食べないけどさァ!」
嬉々として、黒百合は《アンタレス 》を発動。小人の内部で爆発的に熱が膨れ上がり、その体を黒焦げに焼却した。
蠢いていたスライム、そして左半身は動きを止め――
『――ッ!?』
パアン! と風船が弾けるようにして一気に破裂する。
チョコで出来ていたソレは、撃退士たちに向かって一斉に飛び散った。
見事、全員チョコまみれ!
●男爵邸庭
チョコを粗方拭き終えた撃退士らは、遺品を探しつつ庭に戻る。
残念ながら、消えた人間の物は何一つ見つからなかったが。せめてもと、館の入口で冥福を祈った。
「……散々だったわァ」
まさかあんなことになるとは思わなかった。黒百合は体に染み付いたチョコの匂いに、鼻を鳴らしてうな垂れる。
「本当だね」
あけびも頬を掻きながら同意した。
「それにしても、男爵のお宝ってのは、結局あのチョコ山の事なのか?」
「そうみたいだね。他に目ぼしい物もなかったし」
ルビィの疑問に峰雪が答える。本当に、ここの主人はただの変人だったようだ。
そんな二人の後方で、少しもじもじしながらルビィを見ていた緋月。意を決したように、声をあげた。
「る、る…ルビィさんっ。これ、感謝を込めてですっ。腐敗効果は…受けてないはずです…っ」
緋月が差し出す包みには、可愛らしい手作りクッキーがいくつか入っていた。
「お、おう……サンキュー、な」
ルビィは照れくさそうに包みを受け取る。と、そこで、なにやら視線を感じた。目を向けると、にやにやしたあけびの顔があった。
「な、なに笑ってんだよ、不知火」
「いえいえ、お仲がよろしい様で。……あれ、顔が赤いですよ、ルビィさん」
「べ、別に赤くねぇよッ!」
「いやあ青春だね」
皆から、からかわれるルビィ。
少し離れて見ていたスノウが、自前の板チョコを齧りつつ言った。
「…食べ過ぎ、注意です」
それからしばらく、ルビィいじりは続いた――。