「さぁ、本日は晴天となりましたこの球場で、間もなく試合がはじまろうとしています」
誰もいなくなったはずの球場で、実況の声が聞こえてくる。ただし、実況と聞いて人が想像するような熱のこもった声とは到底かけ離れた、気だるげな女の声だ。
「ディアボロは、挑戦者を今か今かと待ち構えています」
声の主、Erie Schwagerin(
ja9642)はディアボロから遠く離れた観客席の最上段で、実況を口ずさむように続けていた。誰も聞く者のいない孤独な実況。
もっとも、Erieとしては単なる暇つぶしなので、聞く者がいなくても構わなかった。
彼女の言う通り、グラウンドの真ん中でディアボロは、直立不動の状態で待機していた。何者かを待ち受けているかのように両手の槍を握りしめたまま、いつでも戦闘に入れる体勢にある。
「さて、ではディアボロに挑む、挑戦者の一人にインタビューしてみましょう」
……どうやらインタビュアーも兼ねていたらしい。Erieはふらふらと瓦礫がうず高く積まれた観客席の一角へと向かった。
「さぁ、アデル選手にお聞きします。自信のほどはいかがでしょうか」
Erieは億劫そうに瓦礫の裏にかがみこむと、そこに身をひそめていたアデル・シルフィード(
jb1802)にエアーマイクを突き付けた。
「……自信? 俺は俺にできることをやるだけだ」
「ありがとうございます。アデル・シルフィード選手でしたー」
ある程度は予想できていた面白味の無い答えに、Erieは早々にインタビューを打ち切った。
「おや、そろそろ選手入場のようです。ありがとうございました、また来週〜」
グラウンドに他の仲間達が現れたのを確認すると、Erieは手をひらひらと振りながらアデルから離れていった。
アデルは何だったのかと軽く眉をひそめていたが、すぐに気を取り直しグラウンドに目を向けた。
若菜 白兎(
ja2109)は緊張していた。これからディアボロと戦うことについてではない。いや、一応それもあるにはあるが、緊張の大部分は今の彼女の「体勢」に起因していた。
彼女は今、着ぐるみの中にいる。ぬいぐるみのフリをしてスタジアム内に堂々と入場するためである。そこまではいい。
ぬいぐるみのフリをしているため、自分からは積極的に動けないので、仲間に運び込んでもらうことになった。それもいい。
白兎はてっきりぬいぐるみ扱い、小脇に挟んで運ばれるくらいの扱いを想像していたのだが、ディアボロと一番手に戦うことになった鳳月 威織(
ja0339)は、彼女の背と腿のあたりを抱えて彼女を持ち上げたのだ。
着ぐるみ越しとは言え、いわゆるお姫様抱っこの体勢である。
「あ、あの……わたし、ぬいぐるみだから……そこまでしてくれなくていいの……」
白兎はもぞもぞと暴れながら威織に言ったが
「いえいえ。女の子を乱雑に運ぶことはできませんよ」
と紳士的に返され、二の句が告げなくなってしまった。
とは言え、その光景は傍から見ていると滑稽であった。
乾いた風の吹き荒ぶ闘技場に、若い男がぬいぐるみを大仰に抱えて現れたのだ。
「うーん、シュールな光景だね」
「……そうだな」
ディアボロの背後に位置する観客席の瓦礫に身を隠していた蒸姫 ギア(
jb4049)とリンド=エル・ベルンフォーヘン(
jb4728)は静かに頷き合う。
そんな彼らの思いを知らず、威織はぬいぐるみをフェンスに立てかけさせる。中に白兎がいるので丁寧に扱うのは当然なのだが、やはり威織がままごとを興じているように見えてしまう。
一方のぬいぐるみ=白兎はと言うと、緊張のためかガチガチに固まってしまっており、それが見事に物言わぬぬいぐるみを演出していた。
そんないじらしい白兎を眺めていたギアだったが、隣にリンドがいたことを思い出し
「…べっ、別にギア、可愛いとかそんな事思ってないんだからなっ」
「……? 何も言っていないが」
墓穴を掘ってしまっていた。
●
「お待たせ致しました。それでは始めましょうか」
ぬいぐるみを立てかけた威織は、ディアボロに向き直って言った。
「では、その試合。我が立ち会おう」
選手入場口から凛とした声が響きフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)が姿を現した。ディアボロが、槍を握る手に力を込める。
「待て。我は立ち会いだと言っているだろう」
丸腰のフィオナが両腕を広げ、戦う意思が無いことをアピールする。しばらくフィオナとディアボロは睨みあっていたが、やがてディアボロはフィオナに敵意が無いことを感じとったのか、威織へと視線を戻した。
フィオナはフンと鼻で息をつくと、手近な瓦礫に腰を下ろした。それだけで、ただの瓦礫が玉座になったかのような威厳を感じる。
「鳳月威織です。出会いに感謝を」
威織が軽く頭を下げて名乗り、手にした護符から火球を放った。
炎の塊に呑み込まれたディアボロだったがびくともしない。威織は気にせず距離を取りながら、再度火球を放ってディアボロを牽制した。
ディアボロは火球を気にかけず突進する。やがてディアボロに追いつかれた威織は、鋭い槍撃を肩口にくらった。続けて放たれた槍が、今度は脚に突き刺さる。
(間合いの取り方が甘かったですかね……)
威織は反省しながらも、楽しそうに笑みを浮かべた。
再度、距離を取ろうとした威織だったが、またもやディアボロに追いつかれる。首筋目掛けて放たれたディアボロの槍を、威織は双剣を抜き放つことで受け止めた。
「やれやれ。剣を抜かされてしまいましたね」
完敗ですと言いたげに、威織は首を振る。
そんな彼を優しく淡い光が包み、負傷を癒していく。ぬいぐるみに扮した白兎が回復してくれたのだ。
続いて放った威織の斬撃を受けたディアボロが不意に苦しみだす。面当ての隙間から覗くディアボロの一部が毒々しい紫に染まっていた。威織の攻撃に合わせて、どこかに隠れていたギアが蟲毒を仕掛けてくれたのだろう。
(ですが、僕は一人ではない!)
これは口に出さずに、叫ぶ。
威織は決闘を楽しみながら打ち合いを続けた。
●
「くっ、そろそろ限界ですね」
傷だらけになった威織が、ゆっくりと後ろに下がる。敵意が消えたことを感じとったのか、ディアボロも追っては来なかった。
「楽しかったです、ありがとうございました」
威織は一礼すると、素早くぬいぐるみの傍まで跳びのいた。
「お疲れ様……なの」
ぬいぐるみの中から白兎が小さく声をかけた。
「いえ。こちらこそ助かりました。さて、次の試合は見物ですよ」
そう言う威織の視線の先には、ゆっくりと立ち上がるフィオナがいた。
「我が剣を抜くに相応しい相手かどうか…試してやろう」
ディアボロの前に立ち塞がったフィオナが、まるで部下に命じるかの如く片手を挙げ、その瞬間、無数の武器が彼女の周囲に現れる。フィオナが断罪するかのように挙げていた片手を振り下ろすと、無数の武器が一斉にディアボロ目掛けて襲いかかった。
剣が裂き、槍が貫き、メイスがディアボロの鎧を砕く。武威の奔流がまさしくディアボロを呑み込まんとしていたその時、フィオナは思わぬ光景に目を見開いた。
ディアボロが両手を広げたのだ。無防備になった胴体に、次々と武器が突き刺さっていく。
「槍を庇ったのか……面白い!!」
そう。ディアボロはフィオナの魔法を槍で防ぐことができたのにも関わらず、あえて身を晒すことで槍の破壊を避けたのだ。
俄然、楽しそうな笑みを浮かべたフィオナが、剣を抜くようにヒヒイロカネを大剣と化す。荒れ狂う武具の猛攻を突破してきたディアボロの槍と、フィオナの剣がぶつかり合った。
力で勝るディアボロは槍をさらに深く押し込むが、フィオナはそれを受け流すと、そのままの勢いで首筋に剣を叩き込む。一瞬、ディアボロの体がぐらりと傾いだが、ディアボロは傾いたまま槍を突き出した。
紙一重でそれを避けたフィオナだったが、鎧の留め金を槍が掠める。続けて放たれたディアボロの第二撃を、今度は剣で受け止める。
「ふははは! 気に言ったぞ、貴様!」
グラつく鎧を脱ぎ捨て、フィオナは笑った。
「さぁ、もっと私を楽しませてみろ!!」
壮絶な笑みを浮かべて、フィオナは再度ディアボロに斬りかかった。
●
「フィオナさん! そろそろ危険ではないですか?」
それからしばらく楽しそうにディアボロと渡り合っていたフィオナだったが、威織の呼びかけに、ふと我に返った。
「ふむ……」
ディアボロから距離を取ったフィオナは、自身の受けた傷をざっと確かめる。美しい金髪を纏めていたリボンはほどけ、衣服の端々は破け、そこから覗く白い肌は鮮血に染まっている。特に首筋に走る傷は、あと数ミリで頸動脈に達するところだった。
「確かに潮時のようだな。だが、楽しかったぞ。縁があれば、またやろう」
フィオナは大剣を振るい、そこにこびりついたディアボロの肉片を落とすと、入ってきた時と同じように堂々と去っていった。
「次の相手は私だ」
そう言って、観客席から飛び出したのはアデルだった。拳銃を構えたアデルと、槍を構えたディアボロが睨みあい、静止する。
先に動いたのはアデルだった。拳銃をディアボロに向け、トリガーを引く。ディアボロは構わず突進する。鎧に跳ね返った銃弾が地面を穿つ。その瞬間には、アデルもディアボロ目掛けて突進していた。
「!?」
「きみは遠距離から攻撃されると、距離を離されまいと突撃してくる傾向があるな」
動揺しているディアボロにすれ違いざま、アデルは容赦なく大鎌を叩きつけた。大重量の大鎌であってもディアボロの鎧を斬り裂くことは叶わなかったが、その衝撃を受けてディアボロは激しく転倒した。
「まずいな……」
瓦礫の裏に隠れていたリンドは顔をしかめていた。
「まずいね……」
それにギアも同意する。
2人の懸念はただ一つ。
『ディアボロが槍を手放さない』ことだった。
アデルは距離を取って銃を撃ち続けているのにも関わらず、ディアボロは多少の被弾は構わず、強引に距離を詰めて接近戦を挑みかかっている。アデルも遠近を素早く切り替えて上手に戦っているが、やはり槍による2連撃の威力は高いらしく、その直撃を受けたアデルは片膝を付き、傷口は白兎によって治癒される。
「このままでは消耗が激しすぎる……」
リンドは意を決すると、精神を集中しアデルと意思疎通を行う。
『アデル殿。少々作戦を変更したい。まずは片方の槍を奪う』
『了解した』
アデルも内心は危機感があったのだろう。即答だった。
リンドは透過能力を発動させ、地面深くへと潜行する。そして、リング状にしたワイヤーを取りだし、それを地中からディアボロの足に引っ掛けた。
今にも走りだそうとしていたディアボロは、つんのめって動きを止める。その隙を見逃さず、アデルはディアボロの眼前まで迫ると、刀をディアボロの左手首めがけて突き出した。
手甲の隙間に突き刺さった刀を、すかさずねじる。ディアボロが握っていた槍を取り落とし、その槍が地面に落ちる寸前、アデルがそれを遠くまで蹴り飛ばした。
ディアボロがもう片方の槍を突き出す。その槍はアデルのわき腹を深くえぐった。
「ぐっ、ここまでか……」
右手で傷口を抑えながら、回復してくれようとした白兎を左手で制する。
「後は任せたぞ」
アデルが入場口へと後退し、そこから入れ替わるように黒髪をたなびかせる人影が跳んだ。
●
「任せろ!」
入場口から飛び出した礼野 智美(
ja3600)が己の闘気を全開にする。
「出番が無いんじゃないかと思って、冷や冷やしたよ」
正直な感想を述べる彼女に、新たな敵を見つけたディアボロが嬉々として迫る。
ディアボロの槍を身を逸らしてかわし、智美は掌をディアボロの鎧に押し当てた。
ボンッ
ディアボロの内部が爆発し、鎧の隙間から肉片が吹き出す。装甲を貫通し、内部にダメージを与える徹しの技だ。
よろめいたディアボロにもう一撃徹しを当て、ディアボロのカウンターも避けながらさらにもう一撃。今度は的確に槍を握る拳を狙う。
だが、ディアボロは槍を手放さない。
「ちっ」
智美は舌打ちして、槌を取りだした。
『礼野殿。もう一度、ワイヤーを仕掛ける』
ディアボロの猛攻を凌ぐ智美に、リンドから意思疎通による通信が入った。
『わかった。ならば、まずは……!!』
智美は槌を思い切り振り上げた。陽光を浴びて鈍く輝いていた大槌が炎を纏って燃え上がる。
「だああああああっ!!」
智美はそれをディアボロではなく地面に叩きつけた。燃え広がった炎がディアボロの足下を覆い尽くし、それに紛れるようにして、リンドの放ったワイヤーがディアボロの足に絡みつく。
しかし、ディアボロは地面から生える謎のワイヤーを警戒していたのか、ワイヤーに縛られる寸前に足を抜き出すことに成功した。
(まだまだっ!)
リンドは心の中で裂帛の雄叫びをあげた。ワイヤーのもう一端をすかさず放ち、ディアボロの右手首を絡め取る。
「今だっ!」
智美はすかさず槌を持ち上げ、ディアボロの右肘を打った。すっぽ抜けたディアボロの槍が天高く舞い、遥か遠くバックスクリーンに突き刺さった。
「武器は離した。もういいぞ、皆」
智美が呼びかけると、黙って戦いを見ていた威織が剣を抜いて立ち上がり、身を隠していたフィオナとアデルも臨戦態勢で現れる。
ディアボロは困惑したように周囲を見渡していたが、やがて自分は図られたことを悟ったらしく、槍を拾わんと駆けだそうとした。
そこで彼は見た。ギアが自分の槍を持ち出そうとしている瞬間を。
「残念だが、手放した槍は再びその手には戻らない」
ギアがディアボロに言い放ち、姿を隠す。
「どうした、お前の相手は私だぞ」
アデルが怪しい光を放ちながらディアボロを挑発する。ディアボロは怒りに任せてアデルに殴りかかった。
「卑怯だと、思わば思え」
ディアボロの拳を顔面で受け止めながら、アデルが言い放った。
「闘いに道や流儀が何の役に立つ。強者は勝利し敗者は死す……」
ディアボロは再度拳を振り上げるが、その拳にピシャンと雷が落ちる。
「往生際が悪いわよぉ」
遠くの観客席に座り込んだErieがにやにやと笑っていた。
続けて、威織の双剣が、フィオナの大剣が、次々とディアボロを串刺しにしていく。
「石縛の粒子を孕み、かの者を石と為せ…」
槍をどこかへと隠し終えたギアが呪言を唱えながら現れた。ギアから放たれた蒸気と砂塵に包まれたディアボロの体がゆっくりと石化していく。
ディアボロはバックスクリーンに突き刺さる槍へと手を伸ばしたが届くわけもなく、その体が完全に石と化した。
「悪いが、これが闘いだ」
哀れなディアボロめがけて、智美が槌を振り下ろす。粉々に砕けた石像は、乾いた風に混じり消えていった。