●入口〜玄関
深夜――
星明りすら届かない森の中で、件の幽霊館は不気味にそびえ立っていた。
その扉の前で、東雲 奏多(
jb4542)が瞳を閉じて強く念じていた。
「……ダメだ。誰の声も聞こえない」
奏多は意思疎通の能力を打ち切って、首を振った。
「気にするな」
谷屋 逸治(
ja0330)が奏多の肩をポンと叩く。
「そうだよ! 遠くにいるだけかも知れないし!」
ユリア(
jb2624)も奏多を励ますようにして言った。
「じゃあ、とりあえず入ってみようか。そこでもう一度、意思疎通を試してみたら?」
サキ(
jb5231)の提案に全員が頷いたのを確認して、逸治は館の扉を開いた。
――討伐班の突入まで、あと9分
8人の撃退士達が中に入ると、扉がひとりでに閉じられた。
「オー! やっぱり開きませんねー!」
Marked One(
jb2910)が扉を開け直そうとするが、扉はびくともしない。
「や、やっぱりディアボロを倒さないと出られないんだね」
エルレーン・バルハザード(
ja0889)がおどおどと言った。
「そのようだねぇ……ん?」
夜目を効かせた九十九(
ja1149)が細い目をさらに細め、指を暗闇の先に向ける。
「敵だよ」
彼の指が示す先に、2匹のゾンビがいた。肉片を繋ぎ合わせて造られた、虚ろな目をしたマネキンが、ゆっくりと撃退士達に近づいてくる。
真っ先に反応したのは犬乃 さんぽ(
ja1272)だった。
「鋼鉄流星ヨーヨー★シャワー! 行け、ボクのヨーヨー達!」
アウルによって生みだしたヨーヨーを天井すれすれまで放り投げると、幾多にも分裂したそれがゾンビ達めがけて降り注ぐ。それらが1匹のゾンビの頭部を、もう1匹のゾンビの脚部と腹部を破壊した。
2匹のゾンビはぐずぐずの肉片となって崩れ、床に染みこむようにして消えていく。
「今の騒ぎを聞きつけて、他のゾンビも集まってくるかも知れん。今のうちに、意思疎通を頼む」
銃を構え周辺を警戒しながら逸治が言った。
「わかった」
奏多が目を閉じ、念じる。
「……聞こえた! 警官だ。階段を上ってすぐの寝室にいる。ベッドの下に隠れているそうだ」
「あ、それなら、どの部屋をそうさくしたかもきいてみて」
エルレーンの発案に頷き返し、奏多は再度精神を集中する。
「……1階の食堂は探索したが、誰もいなかったらしい。食堂を出たところでゾンビと鉢合わせして、2階まで逃げ出したようだ」
「なら、まずは急いで寝室に行かなくちゃ! 食堂は後回しでいいよね。
ここからは班行動になるけど、皆、がんばってね!」
ユリアが現状をまとめ、さっそく2階へと続く階段へと駆けだそうとする。
「ちょっと待った」
そんな彼女を、スマホをいじっていた九十九が制した。
「皆も確認してほしいけど、この館の中では携帯が通じないみたいだねぇ」
九十九が差しだしたスマホの画面には、電波状況を示すアンテナが1本も立っていなかった。他の面々の携帯も同様だった。
「連絡手段は奏多さんの意思疎通に限られるってことだねぃ。責任重大だけどよろしくねぇ」
九十九を中心に、全員からの視線を受けて、奏多は「ああ!」と力強く頷いた。
「それじゃ、行ってみよーかー!!」
何故かMarkedがシメて、撃退士達の幽霊館探索が始まった。
――討伐班の突入まで、あと8分
●1階
逸治、エルレーン、Marked、奏多の4人は1階の捜索を開始した。
逸治は周辺を警戒し、ゾンビの姿を確認次第、近寄られる前に撃ち殺していく。彼一人で通路のゾンビは撃退してしまえる有様であり、Markedは退屈そうに「人質や〜人質はオランカネ〜」などと言いながら、刀をブンブン振り回していた。
やがて撃退士達は部屋の一つ、使用人室に到着する。
逸治が扉を蹴り開けると、部屋の中には5匹ものゾンビが所狭しとうごめいていた。
「ズバババババン!」
ギターを掻き鳴らすように、Markedがすかさずアサルトライフルを乱射する。ばら撒かれた弾丸が、棚に並べられたティーセットを破壊していき、銃声と陶器の割れる音の嬌声が部屋中を満たしていく。
そんな弾幕をすり抜けるようにして、エルレーンも飛び出した。
「きこえる?! 助けに来たよ! 危ないからじっとしててね!」
騒音に負けないように注意喚起しながら、影を手裏剣と変え、ゾンビへ投げつける。
奏多も双剣を抜き放ち、ゾンビに斬り込んでいく。
彼らの討ち漏らしを、逸治が冷静に仕留めていくことで制圧は完了した。
ゾンビの消えた部屋を、撃退士達は捜索する。
掃除用具入れや戸棚を入念にチェックし、名前も呼んでみたが、誰も見つからなかった。
使用人室を後にした彼らは、倉庫に到着する。
エルレーンが、倉庫内にいた1匹のゾンビに素早く駆け寄り、その首を落とす。
4人は捜索を開始した。
「おらんかねーおらんかなー」
そんなことを言いながら、Markedがひとつひとつ木箱を開けて確認していく。部屋の隅にある、一際大きな木箱を開けたその時――
「ギャーーーー!!」
「ギャーーーー!!」
「ギャーーーー!!」
木箱の中から2つの悲鳴が、あと何故かMarkedからも悲鳴があがった。
「ち、ちちち近寄るな! 小原には指一本触れさせねーぞ! って、あれ?」
木箱の底で、ガキ大将の大森少年がたて笛を武器代わりに構えていた。Markedはそれに殴られたらしい。
「待たせてごめん、救助に来たよ!」
奏多が慌てて少年達に駆け寄る。
「兄ちゃん達、もしかして救助の人? あー、助かったぜー」
大森少年が大きく息をついた。
「だいじょうぶ? けがとかしてない?」
救急箱を抱えてエルレーンもやってきた。
「おう、俺達は大丈夫だぜ!」
「木箱に隠れたのはいい判断だったな」
逸治が少年の頭を撫でながら言う。
「まーな。俺は戦おうって言ったんだけど、小森がどうしても隠れようって言うからさ」
そう言って大森少年は、口調こそ不承不承だが、誇らしげに友人を見ていた。
その小森少年は、いまだ助けが来たことにも気付かず、頭を抱えて震えている。
「とつぜんで悪いんだけど、この館で、いつもと違う怪しいところはなかったかな?」
エルレーンが目線を少年に合わせて尋ねた。
「怪しいとこ……? うーん、あ、そういえば、館の主人がいる部屋、ショサイって言うの? あそこに地球儀なんて、今までなかったよーな……」
「書斎の地球儀か。東雲、連絡を頼む」
「おう!」
逸治に元気よく答え、奏多は両目を閉じ精神を統一し始めた。
――討伐班の突入まで、あと5分
●2階
九十九、さんぽ、ユリア、サキの4人は2階を探索していた。
夜目が効き、隠密行動が得意なさんぽが先導し、ある時は戦いを避け、ある時は全員でゾンビ奇襲し、通路を進む。
そうして辿りついた寝室で、彼らはベッドの下に隠れていた警官の救出に成功した。
「いやー、助かりましたであります。拳銃がまったく効かないんですよ」
警官は冷や汗を拭きながら、そんなことを言った。
その後、撃退士達は他の部屋の探索に向かう。九十九が警官の隣に立ち、細い目を光らせ、周囲への警戒を怠らない。
彼らが次に辿りついたのは、応接間。そこには6匹のゾンビが待ち受けていた。そのうちの1匹は両手でチェーンソーを抱えている。
「やらせないっ!」
サキが駆けだし、ゾンビがチェーンソーを起動させる前に斬りかかった。水流の如く流麗な太刀筋がゾンビに奔ったかと思うと、ゾンビは頭から真っ二つになり崩れ落ちた。遅れて、ゾンビの体液と、剣閃から発生した光の粒子が、水飛沫のようにパッと散った。
突出したサキを取り囲むようにして、ゾンビ達が迫る。
だが、すぐさまさんぽも飛び出し、ヨーヨーの雨を降らした。無数のヨーヨーは、ゾンビを次々と穿っていくが、サキに対しては、まるで幻のように素通りしていく。
「これで終わらせるよ!」
今度はユリアが右腕を掲げて宣言した。天井に月のような光の弾が輝いたかと思うと、それが爆発。飛び散った光が月影となって、薄暗い応接間に差し込み、それに触れたゾンビを消し飛ばしていく。
ゾンビを全滅させた撃退士達は応接間を探索した。だが、応接間には何も見当たらない。
「待った。東雲さんから連絡があったよ。子供2人の救出に成功。隠し部屋は、書斎の地球儀が怪しい……とのことだねぇ」
唯一、捜索には参加せず、開け放した入口でゾンビの侵入を見張っていた九十九が口を開いた。
「了解。なら、ここの探索は切り上げて、書斎へ急ごうよ」
サキが言い、5名は書斎へと向かう。道中はゾンビと出くわすこともなく、書斎の中にもゾンビはいなかった。
「地球儀、地球儀っと」
さんぽが卓上の地球儀に駆け寄ると、とりあえず左に回してみようとする。すると、何かが引っかかって動かない。今度は右に回してみると……
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
地球儀を回すたびそんな音がし、彼の背にある壁が少しずつずれていくのであった。
「その調子だよ、さんぽさん! もっと回してみて!」
ユリアの応援を受け、さんぽは地球儀を回し続ける。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
やがて、地球儀が右に回らなくなると、書斎の壁は完全に開ききり、人ひとり通れるくらいの入り口がぽっかりと開いた。その奥には深い闇がたたえられている。
その闇に一点、光が灯っていた。
巨大な一つ目が隠し部屋の奥に張り付いており、書斎から差し込む光を受けて、眩しそうに目を細めていたのだ。
一つ目のディアボロは、隠し部屋の存在を暴いたさんぽに気付くと、ギョロリと睨みつける。振り返ったさんぽと、ちょうど目が合った。
「お、お邪魔しました〜」
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
さんぽは、思わず地球儀を高速で逆回転させる。隠し部屋の扉が音をたてて閉じてゆき、彼らとディアボロの世界が再び隔絶された。
「あー、怖かったー」
ユリアが素直な感想を口にし、胸を撫で下ろした。
「うう、ボク、物凄く睨まれちゃったよ……」
早鐘のように脈打つ心臓を押さえながら、さんぽが言った。
「じゃ、そろそろ1階のメンバーと合流しましょうかねぇ。ディアボロ討伐はそこから改めて、ということで」
外を警戒していたため、ディアボロを見ていなかった九十九が気楽に提案した。
――討伐班の突入まで、あと3分
●隠し部屋
1階の階段前で合流した撃退士達は、再び班分けを行う。
ディアボロの討伐に、九十九、さんぽ、ユリア、Marked、奏多が立候補した。
一般人の護衛は、逸治、エルレーン、サキの担当で、逸治の提案により、広い食堂でゾンビの攻撃を持ちこたえることになった。
「元凶を断って来る。そっちは任せたよ!」
集発前に奏多が手を振り、エルレーンがブンブンと手を振り返した。
書斎に辿りついた討伐班は九十九を地球儀前に立たせ、残りのメンバーは壁と向かい合う。
「まだ討伐班の到着まで1分ある。落ち着いていこうか」
スマホの時計を全員に見せた後「じゃ、回すよ」と九十九は地球儀を回転させる。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
隠し部屋が開き、ディアボロの姿が露わになる。視神経を血管のように脈打たせ、本体でもある単眼は心臓のように鼓動している、異形のディアボロ。
ディアボロはギョロギョロと撃退士達を見渡している。
「オレの家族には手出しはさせない!」
ディアボロが動きだす前にと、奏多が真っ先に飛び出した。ディアボロを翻弄するように、隠し部屋を縦横無尽に動きながら、手にした双剣でディアボロを斬りつけていく。
「あたしもやるよー!」
ユリアも片手を振り、不可視の矢を放った。矢の突き刺さった部分から月光のような淡い光が散り、命中したことが知れる。
ディアボロはそれらの攻撃を受けながらも、瞳孔を収縮させて熱光線を放った。その瞬間、九十九が紫紺の風を放ち、ディアボロの視線を僅かに逸らす。
「これで止めだ、ニンジャブレード!」
さんぽはポニーテールをたなびかせ跳躍し、軽々と熱光線をかわすと、ディアボロに瞳に刀を突き立て、下へと引き裂く。ディアボロの眼球から、血と体液の混じり合った液体が飛び散った。
四つん這いになりながらガサガサとディアボロに接近したMarkedは、尻を向け、そこに張り付けた護符から風の刃を、あろうことか放屁の如く放った。視神経ごと全身を斬り刻まれたディアボロが、床にボトリと落ちる。
「こいつめ! こいつめ!」
落ちたディアボロを、Markedは執拗に蹴り続ける。すでにディアボロの瞳孔は開いていた。
「終わったようだねぇ」
九十九がため息をつき、奏多は意思疎通のため目を閉じた。
一方、護衛班は苦戦を強いられていた。
破壊された食堂の扉から、次々とゾンビ達がなだれ込んでくる。
「くっ……もつのか?」
斧を手にしたゾンビの得物を撃ち落とし、続く渾身の一発でゾンビの上半身を吹き飛ばした逸治が呻いた。
「ちかよるなっ、きもちわるいのっ!」
叫びながら、エルレーンはゾンビを蹴り飛ばした。
その激闘の音を聞きつけて、さらなるゾンビが現れる悪循環。
(皆……信じてるから!)
ゾンビを頭から斬り伏せたサキが心から念じた。今ので切り札の水迅剣も打ち止めだ。
そんな彼女達の守りを潜り抜けて、ゾンビが子供達に迫る。
「ぜったい、やらせないから!」
叫んで、エルレーンはゾンビの前にその身を投げ出した。ゾンビの爪がエルレーンの腕を裂く。
「大丈夫!?」
そのゾンビを斬り捨てながら、サキが尋ねた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ!」
痛みを堪えながら、エルレーンが笑う。
そんな彼女に、さらなるゾンビが迫る――
ガガガガガッ
突如として銃声が部屋中を満たし、次々とゾンビ達が倒れていく。続いて、戦闘服を着込んだ男達が食堂になだれ込んできた。
「こちら討伐班。東雲 奏多からディアボロ撃破の報を受けた。ゾンビの掃討は我々に任せてくれ」
討伐班のリーダー格らしき男が言った。フルフェイスのヘルメットを被っているので顔は見えないが、出発前にスピーチをした撃退士の声だった。
「終わったか……」
逸治が呟き、銃を下ろした。
●再び玄関
「撃退士ってカッコいいなー! 俺も大きくなったら撃退士になるぜ!」
「何言ってるんだよ。撃退士になるにはアウルってのがないとダメなんだよ」
無邪気に会話する子供達をユリアは微笑ましそうに見ている。
よせばいいのにMarkedは、そんな子供達に不気味な素顔を見せて、またたて笛で殴られていた。
「惚れてしまったであります! 今度、ぜひお茶でも……」
さんぽは警官に熱のこもった瞳で言い寄られ「ぼっ、ボク、男だから」と真っ赤になって謝っていた。
エルレーンとサキは、ゾンビとの戦いで折った傷を、逸治に手当てしてもらっている。
九十九は討伐班の隊長と握手を交わしていた。
奏多はそんな彼らを見ながら「今回は犠牲者ゼロ……よかった」と胸を撫で下ろすのであった。