ベッドに横たわる眠り姫の傍らで、リボルバーは彼女の守護獣であるかのように寝そべっていた。だが、ある時、その身をゆっくり起こすと、尾針を唯一の出入り口へと向ける。
『デテコイ……』
テレパシーを発しながら、針を射出する。腐敗毒が付与された針は、床に突き刺さると、大理石を溶かして異臭をあげた。
「バレちゃしょーがねえ」
そう言って飛び出したのは、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)。義肢を飛行形態に変形させた彼女は、鋼の翼を広げてリボルバーへと左手を突き出した。
「往生せいやあっ!」
だが、リボルバーも軽やかな身のこなしでそれをかわすと、狙いすました針の一撃をラファルの首筋に撃ち込んだ。
「ぐっ」
ラファルがくぐもった声をあげて、膝をつくようにして地面に落ちる。
「くくく……きかねーなぁ」
しかし、彼女は笑いながら首に刺さった針を引き抜いた。
彼女の全身には特殊な血清が流れており、あらゆる毒も瞬時に完治することができた。
「ははは、てめーと俺様は似た物同士だよなぁ」
再び空中から攻撃を仕掛けるラファル。
「戦いを生き甲斐としてるやつにとっちゃ、平和は参るよなぁ」
針の弾幕を縫うようにして、ラファルは少しずつリボルバーへと距離を縮めていく。
「だから、今日は俺と踊ってくれよな。そして……」
電磁を纏い、加速したラファルの抜き手が、再びリボルバーの尾へと襲いかかる。
「今日、お前だけでも楽にしてやるよ」
ラファルの左手がリボルバーの尾を握りしめていた。だが、リボルバーの尾は凄まじい力で抗うと、尾針をラファルの顔面へと向ける。
「ぐあっ!」
左目に針を撃ちこまれたラファルが吹き飛んだ。
リボルバーがラファルを仕留めたと確信した瞬間、その呼吸の隙をつくかのように、新たな影が部屋へと飛び込んだ。
紫苑のアウルをたなびかせ、鳳 静矢(
ja3856)が斬りかかったのだ。
「今度は私が相手をしてやろう」
振り下ろされた太刀を、リボルバーは跳んでかわした。静矢は手首を返して追撃を放つ。だが、リボルバーは翼を広げると、空中で身を翻して、それすら避けてみせた。
フワリと着地するリボルバー。その瞬間を逃さず、魔力の渦がそれを直撃した。
「私たち、の間違いですよぅ」
魔法攻撃を放った体勢のまま、静矢の妻である鳳 蒼姫(
ja3762)が頬を膨らませていた。
「そうだな、すまない。では、改めて……」
「アキと静矢さんの連携を見るが良いのですよぅ☆」
太刀を構えた静矢と、刀を構えた蒼姫が同時に跳んだ。
静矢の太刀が一振りごとに突風を巻き起こし、蒼姫の刀は流水となって荒れ狂う。
一切の隙を見せない連刃を避けきれず、リボルバーの全身にひとつ、またひとつと傷が刻まれていく。しかし、1対多こそ、このサーバントの真骨頂。
「ガアッ!」
連携に割り込むようにして、リボルバーが広範囲に針をばら撒いた。それは、鳳夫妻はもとより、柱にもたれこんでいるラファルにすら襲いかかった。
「あぶなーい!」
一際明るい声と共に飛び出した春都(
jb2291)が、ラファルを抱き抱えながら、転がって別の柱の影に退避する。
「だ、大丈夫ですか?」
「悪ぃ悪ぃ。で、さらに悪いんだが、急いで左目を修理してくれよ」
「修理って……」
春都が汗を垂らしている間に、ラファルは左目に刺さった針を乱暴に抜いて放り捨てる。
傷口を確認しようと、春都がラファルの顔に手を伸ばしかけた時、彼女の背でピシピシと堅いものが砕ける音がした。
「おろ?」
振り返った春都の目の前で、大理石の柱が砂のように崩れていく。その先でリボルバーが尾針を構えていた。
(あんな針でどうやって!?)
心の中で疑問をあげつつも、無防備になった春都は、ラファルを庇うように立ち、符を構える。
「やらせませんよ〜」
彼女が術を放とうとした寸前、あさっての方向から飛来した銃弾が、リボルバーのこめかみにめり込んだ。
弾が飛んできた方向をギロリと見やるリボルバー。その先には太い柱が佇んでおり、その裏でSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)が隠れているのが、春都の位置からはっきりと見えた。
「ロックオン……穿て……!」
淡々と狙撃銃を操作して、柱の影からSpicaが狙い撃つ。だが、彼女の存在を認識したリボルバーには当たらない。
リボルバーもSpicaが隠れる柱へと、針を数発撃ち込んだ。すると、春都の時と同じように、ザラザラと太い柱が崩れていった。
「腐敗。これなら太い柱も……破壊できる……けど」
Spicaはリボルバーを牽制しながら駆け、別の柱の影へと隠れた。
「一度だけなら盾になる……それで、十分」
Spicaの隠れた柱をリボルバーが破壊して、Spicaはまた別の柱に移動しながら、時に銃弾を放つ。そうしてリボルバーの注意を引きながら、彼女は春都に視線を向けた。
「今のうち……彼女を、治療して……」
「……はい、まかせてください!」
春都は力強く頷いた。鳳凰を召喚し仲間の支援を命じると、ラファルの治療に専念する。
リボルバーは自分に背を向けた春都に襲いかかろうとするが、足下にSpicaの弾が着弾する。
「余所見なんて、してる暇……ある……?」
リボルバーは苛立たしげに舌打ちすると……その姿が一瞬で消えた。
「!?」
それは単純に横へと跳躍しただけだったが、撃退士の動体視力をもってすら捉えることは困難な速さだった。
リボルバーは柱を蹴り、Spicaの背後へと着地する。Spicaも銀槍を顕現させ振り返りざま突き出すが、それよりも早く、リボルバーの前脚がSpicaの華奢な体を床へと押さえつけた。
『キサマナド……イツデモコロセル』
赤い舌を伸ばしながら、リボルバーがテレパシーを発する。舌から垂れた涎が、Spicaの顔を醜く汚した。
「じゃあ……殺せば?」
どうでもよさそうに、Spicaがふいっと顔を背ける。
リボルバーは尾針をSpicaの心臓に向けた。
「そうは……させるもんですかあっ!」
有り余る元気を覇気に変えているかのような、そんな声が聞こえた。そして、リボルバーにとって驚愕の出来事が起こった。
彼の目の前で柱が両断され、それごと大剣に薙ぎ払われたのだ。
「ふーっ、間一髪ね!」
吹き飛んだリボルバーが見たのは、氷の大剣を振り抜いた姿勢のまま息をつく雪室 チルル(
ja0220)の姿。
「ありえない、と言いたげな顔ですねえ」
着地したリボルバーの耳元に、今度は囁き声。誰何する代わりに尾を振るうが、それは虚しく空を切る。
「柱を回りこむより、柱ごと攻撃した方が早い。理屈ではそうですが、思いつくのも、実行できるのも彼女だけでしょうねえ」
くつくつと笑いながら、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が、相棒のヒリュウと共にリボルバーの周囲を飛びまわっていた。
「最近、強い敵と戦う機会は激減しております。少しは楽しませていただきたい」
慇懃に礼をするエイルズレトラの眉間に、針が突き刺さった。が、それは残像。
「当たりませんよ。この程度ですか?」
リボルバーは衝動のまま、エイルズレトラに攻撃を集中させる。しかし、エイルズレトラはその悉くを回避して見せた。
「……!!」
リボルバーの怒りは頂点に達した。尾をピンと垂直に伸ばし、毛を逆立てるようにして尾針を増殖させていく。ガチン、ガチンと、それに呼応して弾倉が高鳴る。
「これは失礼。挑発が過ぎましたか」
飄々としながらもエイルズレトラが、どこかすまなそうに全員に声をかける。
「皆さん、どうかご無事で」
そう言って、彼は持ち前のスピードで部屋の外まで退避した。
「ガアッ!」
リボルバーが吠え、その尾が弾けた。360度、全方位への針射出。
「ちょっとお!」
チルルは大剣を盾代わりに
「蒼姫!」
「静矢さん!」
鳳夫妻は互いを庇い合い
「……」
Spicaは柱の影に隠れて。
それぞれがそれぞれのやり方で、猛威が過ぎるのを待った。
「うわあっ!?」
悲鳴が聞こえ、その聞き覚えのある声に、リボルバーは冷静さを取り戻した。
針の射出を止め、悲鳴がした方へと顔を向ける。柱だったものの瓦礫と、立ち込める煙の中で、浪風 悠人(
ja3452)が銃を構えて立っていた。
「くっ、気付かれましたか」
彼ではない。
リボルバーは目を凝らして、彼の背後を注視した。
巧妙にカモフラージュされているが、よく見ると人のシルエットがあり、その脚にあたる部分には針が突き刺さって血が流れ出している。
顔にあたる部分をさらに凝視する。
『アルビオン!?』
リボルバーから無意識のうちにテレパシーが流れた。
「バレた! 急いでください、アルビオン!」
悠人がアルビオンを庇うように立ち、彼の背を押すが
「う、うん……」
脚を怪我したアルビオンはヨタヨタと頼りない。
「くっ!」
悠人はアルビオンを抱えると、跳躍して一気に眠り姫まで距離を詰めるが、まだ届かない。それどころか、彼に追いついたリボルバーが立ちはだかった。
「行ってください、アルビオン!」
悠人はアルビオンの盾となる。リボルバーは針を放った。それは悠人の胸に突き刺さる。
「行って……くだ……さ……」
針を受けた悠人の様子が、みるみるうちにおかしくなる。傷口から一切の血は流れず、そこから石化が始まっていた。
「悠人君……」
アルビオンの足が止まる。
「行けっ! アルビオン!」
悠人が最後の力を振り絞って叫んだ。
「うっ、うわああああ!」
アルビオンが再び駆けだした時には、悠人は物言わぬ石像と化していた。
リボルバーはそれを押しのけ、アルビオンを追おうとする。
「おっと、お前の相手はこの私だ」
今度は静矢がアルビオンとリボルバーの間に立ち塞がった。リボルバーは煩わしそうに尾を振るうと、1発の針を発射する。
「むっ」
それは静矢の肩に突き刺さるが、これまでのような痛みは無かった。むしろとろけるように甘美で……
そこまで考えたところで、静矢が片膝をついた。
「静矢さん!?」
「来るなっ!」
駆け寄ろうとする蒼姫を、静矢は片手を挙げて制した。
「私は……このサーバントに逆らえない!」
静矢はそう叫んで立ちあがると、蒼姫に刃を向けた。
誘惑毒。人の心を意のままに操る、最悪の毒。
「逃げ……ろ……」
この男の精神力ならば、1分ともつまいが、むしろそれでいい。愛する者を自らの奥義で葬った後、正気に戻り絶望するがいい。
リボルバーは下衆の極みと言える笑みを浮かべると、この場は静矢に任せて今度こそアルビオンを追った。
「静矢さん、目を覚ましてくださぁい!」
蒼姫が必死に説得を試みるが、虚ろな目をした静矢に効果は無かった。その左腕に陽、右腕に陰の気を纏い、粛々と奥義の構えを取る。
「ごめん、ここはあたいに任せて」
いつになく真剣な表情でチルルがその前に立つ。
「な、何をするんですぅ?」
「この人の奥義に、あたいの奥義をぶつけて相殺する!」
大真面目にムチャを宣言した。
そして、チルルの持つ氷剣に初霜が降りるかのように、氷のオーラが幾重にも重なりあい、その姿を変えていく。
彼女の眼前では、紫苑の鳳凰が飛び立とうとしていた。
「正気に、戻りなさあああい!!」
チルルの氷輝剣と、静矢の必殺剣が重なりあった。
爆光。
砕け散った氷粒と、舞い散る羽根が視界を埋め尽くした。
恐る恐る目を開けた蒼姫が見たものは……
「すまない。迷惑を、かけた」
「ふふん。どうってこと、ないわよ」
理性を取り戻した静矢と、傷だらけのチルルの姿だった。
同時に気を失って倒れる2人を、蒼姫は慌てて支えた。
「よかったぁ、静矢さぁん。ありがとぅ、チルルさぁん」
思わず零れた涙が、宝石のように彼女の頬を転がった。
一方、アルビオンは眠り姫の下へと辿りついていた。
「おはよう、眠り姫」
アルビオンが優しく眠り姫の髪をかきあげると、天使はうっすらと目を開いた。
「あら……アルビオン? お久しぶりね……」
「落ちついて聞いてほしい。今、大変なことになっている」
説明を始めたアルビオンに忍び寄る影。リボルバーである。彼はテレパシーを眠り姫に向けた。まだ弁解の余地はあるはずだ。
『我ガ主、アルビオンニ騙サレ……』
ブチッ
そんな音と共に、テレパシーが断絶された。
リボルバーが驚いて背後を見る。そこには春都に肩を借りたラファルがおり、彼女は血に濡れた左目を見開いていた。
何をされたかは分からない。だが、何らかの手段でテレパシーを妨害されたのは理解できた。
「リボルバー……」
眠り姫から冷たい声が発せられ、顔面を蒼白にしたリボルバーが向き直る。
「アルビオンから全て聞きました」
「ア……ア……アアアアアッ!!」
リボルバーがとった行動は特攻だった。主めがけて飛びかかり、爪を向ける。
「させませんよっ!」
混沌のオーラを纏った布槍を携えた悠人がそこに割り込み、リボルバーの眉間を貫いた。
「!?」
お前は石化したはずではと言いたげなリボルバーの傍らに、エイルズレトラも現れた。治癒力を高める聖印を片手で弄びながら。
「ま、そういうことです」
「さようなら、リボルバー……ごめんなさい」
眠り姫が、爪が食い込むほど拳を握りしめると、リボルバーは心臓を握りつぶされたような悲鳴をあげて消去された。
●
戦いが終わった後、眠り姫は深く頭を下げた。
「私がしてきたことは許されないことです。私はどうなっても構いません。ですが……」
放っておけば、延々と続きそうな眠り姫の謝罪を、チルルが「あー、もう!」と叫んで止めた。
「あたい達は、あんたを助けて欲しいって依頼を受けて来たの。ここにいるのは、全員、あんたの味方! わかった?」
「は、はい……」
目を丸くしてコクコク頷く眠り姫。
「今度、学園に遊びに来てみてはどうかな?」
静矢が提案すると、
「その時はボクが案内するよ。白船に乗ったつもりで任せてくれたまえ」
アルビオンが謎の慣用句を持ちだして、胸を叩いた。
「アルビオンさんは相変わらずみたいで安心したのですよぅ。アキはあの時託されたロッドを胸に今まで戦ってきたのです」
蒼姫が言うと、アルビオンは照れ臭そうに頬をかいた。
「眠り姫さん。学園では一緒にお昼寝でもしませんか?」
春都の提案に、眠り姫も「いいですわね、ぜひ」と賛同した。
「わざわざ学園に来てする事がそれですか?」
悠人が指摘し、場は笑いに包まれた。
一方、そこから少し離れたところで、エイルズレトラはリボルバーが消えた跡を無感情に眺めていた。
「時代に馴染めぬサーバントは、哀れですね」
「俺の末路も似たもんかも知れねーけどな」
「戦闘に高揚している自分は確実にいた……」
ラファルとSpicaが口々に言う。
「いずれ俺もそっちに行くからよ、地獄で待ってろ」
ラファルは落ちていたリボルバーの羽根をつまみ、フッと息で吹いて飛ばした。それは宙を舞うことなく、すぐ床に落ちると、溶けて消えていった。