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巣と化した商店街の中心で、微動だにせず鎮座していたディアボロが不意に顔をあげた。糸から伝わる僅かばかりの振動を感じ取り、罠にかかった哀れな獲物の位置を割り出す。
8つの眼に光を灯すと、ディアボロは一直線に駆けだした。尖った爪がアスファルトを穿ち、行く手を阻む建物を跳躍して跳び越える。
その先に8体の餌がいた。それらが皆、フリフリの衣装に身を包んだ少女であることも、ディアボロにとっては些細な事だった。
「出たな、化け物! あたい達、学園のアイドルユニットがあんたを――」
大剣を掲げて何やら叫んでいる少女に、ディアボロは構わず跳びかかった。
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「――退治してやるんだか……って、わあああっ!」
名乗りもそこそこに、雪室 チルル(
ja0220)は慌ててその場を飛び退いた。数瞬遅れて、チルルがいた場所に蜘蛛の巨体が覆いかさぶる。その着地の衝撃で、周囲の蜘蛛糸も千切れて飛んだ。糸の切れ端には、さすがに拘束力は残っていないが、それが鼻孔をくすぐったのか、ユウ(
jb5639)が「くしゅん」と小さくくしゃみした。
――キシャアアアッ!!
ガラス玉の様な8つの瞳で8人の撃退士を睨め付けながら、ディアボロが吠えた。もっとも、そのような威嚇で臆するような少女は、この中にはいない。
「何と言うか、ステレオタイプな怪物ですね」
ストレイシオンを従えた雫(
ja1894)がディアボロに向かって足を踏み出した。彼女の衣装は、支給されたミニスカートのドレスだが、タイツを履いて露出を減らしている。それでも裾が気になるようで、視線はたまに恥じらうように下を向いていた。
「行きます」
だが、ひとたび戦いが始まれば些事は頭の中から消え去り、全ての意識は目の前の敵に注がれる。雫はトンと地面を蹴ると、ステップを踏むように蜘蛛糸の間を縫ってディアボロに肉薄した。
粉雪の如く煌めいた刃が月弧を描き、斬り裂かれた蜘蛛の体液が花となって狂い咲く。
本能的に放たれたディアボロの反撃を、雫は回避する。だが、牙が掠めたのか、ドレスの袖が容易く破れた。
(新装備の実験とは聞いてましたが……この性能の低さに付いては抗議させて貰うとしましょう)
これ以上魔装……というか、もはやただの衣服を破られてはたまらない。雫はいったん身を引くと、入れ替わりに遠石 一千風(
jb3845)とルチア・ミラーリア(
jc0579)が前に出た。
「同志雫、ここからは我々に任せてもらおう」
2人は軍服をベースにしたアイドル衣装を身に纏っていた。ルチアは白。一千風は赤。2人の威風に合わせたデザインでよく似合っていたが……
「くっ、やっぱり恥ずかしいな、これは」
そう一千風が毒づいた。心なしかドローンの視線が自分に向いているような気もする。
そんな彼女の後ろで、すぅと息を吸う音が聞こえたかと思うと
「ミュージックチェンジ!」
水無瀬 文歌(
jb7507)の指打ちと共に、ドローンから曲が流れはじめた。
「まずは『みんなに届け♪HappySong☆』いっくよー」
戦いには似つかわしくないポップな曲調。だからこそ、この場においては心を震わせる。勇気も、奮わせる。
「この曲なら……!」
「ええ、私達でも可愛く戦えそう」
ルチアと一千風は視線を交わすと、同時にディアボロ目掛けて駆けだした。
先にディアボロに到達したのは一千風で、しなやかな脚を惜しげも無く晒す飛び蹴りで、ディアボロの脚部を打つ。
ディアボロも牙を伸ばすが、ルチアのアサルトライフルによる一斉射が、それを食い止める。
ディアボロの体制が崩れたのを見計らい、一千風はその巨体に飛び乗った。当然ディアボロは暴れるが、その腹に剣を突き刺し、振り落とされまいと耐える。
「ルチアさん、今です!」
「了解した!」
ルチアの連射する弾丸が、背中に意識のいっていたディアボロをハチの巣にした。
転げ回るディアボロから飛び降りた一千風は、受け身を取ってルチアと横並びになる。
「決まったわね」
「ああ。同志遠石、このような場合に打ってつけのポーズを友人から伝授されたのだが……」
ルチアが素早く耳打ちすると、一千風は頬を朱に染めた。が、思い直したようにおずおずと返答する。
「まぁ、今ならやってもいい、かな」
一千風は右手を、ルチアは左手をチョキの形にすると、カメラの方を向き、片目を挟むようにしてポーズを取った。
破壊力抜群のダブル横チョキで、背後のディアボロが爆発するように血ヘドを吐き、文歌の歌がちょうど終わりを迎えた。
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「これはやましい気持ちで聞くわけでは無いのだが」
撃退士達の戦いをテレビ観戦していた魔装開発担当部長は、隣に座る部下に声をかけた。
「はい、何でしょう」
「彼女達はあれだけ動き回っているにも関わらず、スカートがその……鉄壁すぎないか?」
「よくぞ聞いてくれました。これぞ購買部の新技術。重力制御と動作感知のシステムをスカートに取り入れ、自然にはためきながらも、決して中が見えることはない……」
「……わかった、もういい」
雫がこの場にいたのなら、こう言っていただろう。
「その最新技術をもう少し防御力に回してください」
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倒れて脚をバタつかせていたディアボロだったが、爪を糸に引っ掛けると、それを起点にしてゴロリと体を起こした。
「…さすが虫 …しぶとい」
キシャアアとなおも奇声をあげるディアボロを見て、ボソボソと染井 桜花(
ja4386)が言った。
「いや、そうでなくては面白くないでござるよ」
「そうですよ。せっかく準備したのに、私達の出番が無くなってしまいます」
そう言ってディアボロの前に立ちはだかったのは、黒を基調にしたゴス和服を纏ったエイネ アクライア(
jb6014)と、同じく白を基調にしたゴス和服のユウ(
jb5639)であった。
「名付けて、『天地の双巫女(あめつちのそうみこ)』!」
しゃなりとポーズまでキメて、名乗りをあげる。この2人、ノリノリである。
だが、その隙にディアボロが動いた。シャアアと叫びながら、尻から蜘蛛糸をばら撒いたのだ。
「…あ」
「な、なんなのこれ、ねばねばだよー」
桜花、文歌が糸に絡め取られ、身動きが取れなくなる。
エイネとユウは無事だったものの、別の意味で動きを封じられていた。
「むう……」
エイネが顎に手を当てて唸る。蜘蛛は自らの周囲にも糸をばら撒き、結界としていた。攻撃するため近づこうにも、糸に足を取られてしまうだろう。
「ここはあたいに任せて!」
元気よく割り込んできたのは、チルルだった。支給されたアイドル衣装(ただし頭のウシャンカはそのまま)の短いスカートを翻し、よいしょと大剣を構える。
「いっけえええええ!!」
裂帛の気合と共に剣を突き出すと、剣圧が吹雪となって真っ直ぐディアボロを貫いた。
「さあ、今よ!」
剣を突き出した体制のまま、チルルが叫ぶ。吹雪の過ぎ去った跡には、蜘蛛糸は綺麗さっぱり吹き飛ばされており、ディアボロへと一直線に続く氷の道が生まれていた。
「感謝するでござる!」
「では、改めて……天地の双巫女、参ります」
「みゅーじっく すたーと! でござる」
エイネが文歌のマネをして指打ちすると(ただし、少し失敗した)、ドローンから日本舞踊の曲が流れだす。
氷の花道を、エイネが符を巻いた刀を掲げながら、舞うようにして一歩一歩踏みしめ、その周囲では、翼を広げたユウが精霊のように宙を踊る。
動き自体はゆっくりとしたもので、ディアボロは逃げようと思えば逃げられたはずである。そうしなかったのは、エイネの動きを警戒したのか……
「まさか、見惚れておったのではござらぬな?」
ディアボロに口付けできそうな距離まで接近したエイネが妖しく微笑むと、優雅に刀を振り抜いた。蒼い雷光が爆ぜ散り、蜘蛛糸に引火したのかディアボロが火達磨になる。
「もう、眠りなさい」
続けて、穏やかな笑みをたたえたユウが漆黒の剣を振るった。墨のように黒い太刀筋が幾重にも塗り重ねられ、惨劇を覆い隠していく。
「エイネさん!」
「ゆう殿!」
互いに名を呼び合い、ユウ最後の一太刀と、エイネの追撃が重なり合った。
陰と陽、影と光が溶け合い一つとなったその連携の美しさに、誰もが息を止め、釘付けになった。
だが、ディアボロは……
キシャアアアアッ!!
まだ生きていた。全身から怒りを漲らせ、ガラス玉の様に感情を映さなかった眼には、危険信号の如く赤い光が灯っている。
「うっ」
ユウが膝をつき、その手に握られていた漆黒の剣が虚空に消えた。
「ゆう殿!?」
「大技を使った反動がきてしまいました……」
そう言って、ユウは力無く笑った。
「あとは彼女達に任せましょう」
ユウの視線の先には、一千風の協力によって拘束から解き放たれた、文歌と桜花の姿があった。
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「アイドル☆撃退士デュオ<クロス・ロード>降臨です!」
文歌が華やかにポーズをキメながら名乗りをあげると、仲間達からも拍手が起こった。さすがアイドル部の部長らしく、こういった事は板についている。
その傍らで、桜花もひっそりとポーズを取っており、文歌を「心躍らせる満開の花束」と表現するのなら、彼女は「心に安らぎをもたらす一輪の野花」と称するべき、静謐な美しさがあった。
文歌の衣装は、彼女がアイドル活動の時によく着用する紫を基調とした衣装で、桜花はそれの色違いで黒を基調としたものになっている。
老若男女を問わず魅了する<クロス・ロード>の登場シーンだったが、怒れる怪物には効果が無かったらしく、ディアボロは口と尻から同時に糸を撒き散らした。
「わわわっ」
身を守る事を重視した最初の糸とは違い、今度は明確な攻撃の意志があった。粘着質な糸の塊が、文歌達めがけて襲いかかる。
「そんな糸、もう効きかないよっ」
対する文歌は右手を高々と挙げると、式神を召喚した。
「ピィーッ!」
かん高い鳴き声をあげて、青い羽根を持つ鳳凰が姿を現すと、淡く輝く炎が文歌を優しく包み込んだ。彼女に襲いかかった糸は、炎に触れると蒸発するように光の粒子となって消えてしまう。
「ありがとう、ピィちゃん」
文歌は鳳凰の羽毛を軽く撫でてあげると、お返しとばかりディアボロにマイクを向けた。
「私達のとっておきの新曲、魅せてあげるよっ」
「…折角のデュエット …楽しもう」
その隣には、今日限りのパートナー、桜花が立つ。
「聞いてください、IDOL☆CRADLE!!」
文歌が宣言すると、世界が変わった。
周囲の蜘蛛の巣が弾け飛び、辺りが暗くなったかと思うと、スポットライトが文歌と桜花を照らし出す。地面からステージがせり上がりディアボロを捕え、パーティの始まりを祝福する花火がどこからともなく吹き荒れた。
「「♪ここは 私たちの楽園(ゆりかご)」」
「♪ゆれて」
「♪ゆれて」
「「♪眠れる人々のチ・カ・ラ 呼び覚ます…」」
ここから桜花のソロパート。
「♪無辜の人よ 熱きbrave 抱いて」
彼女の透き通る歌声を背に受けて、一歩前に出た文歌がマイクから衝撃波を放つ。音による攻撃でありながら、まったく歌の邪魔にならない透き通った超音波。ディアボロはそれを束ねた糸で盾を作り受け止めた。
「♪乙女と共に 新たな舞台(stage)へ 旅立つとき!」
ディアボロはなおも糸を紡ぎ、自らの身を固め続ける。身動きできない事を悟り、守備に徹する構えのようだ。もはや蜘蛛というよりは、カイコの様な繭で自らを包み込む。
文歌はそれを気に留めることも無く、桜花とハイタッチを交わした。パートの交代だ。
「♪戦いの先に 強きhope 感じて」
聴く者全てに勇気を与える文歌の歌声に包まれて、桜花は大剣を構えた。無骨な刀身が、今日ばかりは虹色のライトを浴びておめかしをしているようだった。
「♪光かがやく 未来の理想(dream)を 描き出そう!」
文歌の歌の邪魔にならぬよう、桜花は無音で地を蹴った。渾身の斬り上げが、巨大な繭を捉える。空高く打ち上げられた繭は空中で分解し、蜘蛛の姿を露わにさせた。
「「♪IDOL☆撃退士(ブレイカー)の魂の歌よ」」
ディアボロの落下地点に、手を繋いでデュエットするアイドルが歩いて行く。
「「♪天を超え 宙(ソラ)まで響け!」」
文歌の放つ蒼光の矢が。桜花の放つ爆華の弾丸が。同時にディアボロの半身を吹き飛ばした。
「ピィーッ!!」
締めくくりにピィちゃんが青色の羽根を撒き散らして2人を祝福すると
ワアアアアアッ!!!
世界中からの大歓声が戦場を包み込んだような気がした。
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「やったぁ! お二人ともすごいです」
ユウが諸手をあげて、文歌と桜花を讃えた。
「これなら依頼人も文句無いでござろう」
「衣装のおかげがあったかはともかくね」
エイネと一千風はそんな事を言って笑い合う。
「楽しかったですねー」
「…ええ …楽しかった」
消えていくステージから降りながら、文歌と桜花も微笑みを交わし……
「…いえ …待って」
気配を感じた桜花が、勢いよく振り返る。そこには身を縮めて横たわるディアボロの死骸があるはずだった。だが、文歌の魔力によるステージが消えた瞬間、ディアボロが素早くひっくり返って身を起こした。右脚を3本失った状態で器用に。
「死んだフリ!? どこまでも虫ね!」
チルルが氷剣を突き出して突撃する。ディアボロも糸を吐き出して両者を隔てる壁となるように、巣を作りだす。
「届けえっ!」
構わず加速するが、ギリギリで網の目の完成が早く、彼女はそれに絡め取られた。
「ストレイシオン、壊してください」
雫が素早く指示を出し、彼女の召喚獣が大暴れして巣を破壊する。だが、壁が完全に破壊された時には、ピョンピョン跳躍しながら逃げるディアボロの姿は豆粒になっていた。
「逃がしてしまいました……」
ユウががっくりと肩を落とす。
「気を落とすことはない!」
暗いムードが漂いかけたところで、ルチアが声を張り上げた。
「私達の任務の1つは商店街の奪還である。それは達成されたのだ!」
「そうね。それに、もう1つの任務もきっと……」
一千風が優しく後を続けた。
「もう1つの任務……皆に勇気と希望を与える……そうですね、それならきっと!」
ユウが力強く頷いた。
「避難していた者達も帰ってくる頃合いでござるな」
「じゃあ、私達のアンコールステージでお迎えしましょう」
エイネの呟きに、文歌が目を輝かせて提案する。
「あはは、私達はもういいよ……(というか着替えさせて)」
一千風とルチア、雫が後ずさりするように退散する。
「じゃあ次のステージは、クロス・ロードと天地の双巫女の対バンで決定ですね!」
「あたいも忘れないでー!」
糸に絡まったままのチルルが叫び、ピィちゃんがそれを地道にほぐしてあげていた。
その後のアンコール生ライブはもちろん大盛況。日付が変わるまで続いたという。
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「で、新装備の正式採用は……」
「ボツだろ、どう考えても」
「そんなぁー!」