『お待たせ♪ 撃退士の到着よ。ディアボロが現れちゃったみたいだけれど大丈夫!』
男の声が、迷路内にアナウンスされていく。口調こそ妙だったが、どことなく安心感を与える声音だった。
迷路に入ってすぐ、三方向に分かれ道が。撃退士達は三手に分かれて行動する。
「行くぜ、おじいちゃん」
「おうとも、お嬢ちゃん」
左の道を進んだのは、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)と、赭々 燈戴(
jc0703)の2人である。
迷路の中は、天井や側面にライトが埋め込まれており、意外にも明るかった。それは敵との遭遇は避け難いことも意味しているのだが。
「へっへっ」
ラファルは不敵に笑うと、光学迷彩を展開し、その全身を風景と同化させていく。
「おおっ、どこへ消えた!?」
「上だぜ」
燈戴が大げさにキョロキョロとあたりを見回し、天井に貼り付いたラファルが、少し迷彩の精度を下げて呼びかける。
「俺一人で先行させてもらうからよ、おじいちゃんはゆっくりついてきなよ」
そう言って、ラファルは静かに天井を駆けだした。
進んですぐところに、2体のゾンビがノロノロと蠢いているのを見つけたラファルは、刀を抜き、天井を蹴ると、すれ違いざまにゾンビの1体を頭から貫きつつ、音も無く地面に着地した。
もう1体のゾンビがゆっくりとラファルへ振り向こうとするが、それよりも早く一閃したラファルの刀がゾンビの体を両断する。
ラファルは新たな気配を感じ、素早く天井へと身を潜める。程無くして、6体のゾンビが奥から姿を現した。
『悪い、6匹ほどいるから手伝ってくれ』
『おうよ、任せな』
ラファルは燈戴と携帯電話で連絡を取り合うと、天井でゾンビ達が通り過ぎるのを待った。
ラファルの連絡を受けた燈戴は、曲がり角の手前で立ち止まると、そこで銃を構えた。
「さあて、ハンティングしちゃいますかね」
曲がり角からゾンビが姿を現すと同時、両手に携えた銃から2発の弾丸をゾンビに撃ち込んだ。次々とゾンビが姿を現すが、燈戴は距離が近い者から順にゾンビを倒していき、近寄らせない。最後の1体は、ゾンビの背後からラファルが刀を突き立て始末した。
「へへっ、この調子でいこうぜ」
燈戴が拳を突き出し、ラファルもそれに拳で応える。
「……きゃあぁっ!」
とそこに、か細い悲鳴が聞こえてきた。燈戴の耳がピクリと反応し「お先に!」と、悲鳴のした方へと駆けだす。
「あ、おいっ!」
ラファルも慌てて彼の後を追った。
燈戴が曲がり角を曲がると、悲鳴の主はすぐに見つかった。10代後半に見える女性が、腰を抜かしている。何者かに襲われているというわけではなく、ラファルの倒したゾンビの死骸に驚いているようであった。
「お嬢ちゃん、怪我は無いかい」
素早く女性の視界を塞ぐ位置に立った燈戴が、手を差し出しながら、優しく声をかける。
「今すぐ俺がここから連れ出してあげるよ。出口はすぐそこだからね。あ、できればその後に連絡先も……」
「何、口説いてんだ、おめーは!」
背後から、追いついたラファルの手刀が入った。
「こっからエスコートするつもりか、あんたは?」
「入口はすぐそこだしな。送り届けるのに手間はかからねーさ」
「……分かったよ、今回だけだぜ。俺はここらでザコを狩ってるから、さっさと戻ってこいよ」
「ああ、恩に着るよ」
結局、ラファルが折れ、燈戴は女性の手を取り、立ち上がるのを待った。
「さ、お嬢ちゃん、俺に掴まって。怖いなら目を閉じていていいから、俺の手を離すなよ」
こうして燈戴は来た道を戻っていった。
――残る要救助者は9人。
●
右の道を選んだのは、マリー・ゴールド(
jc1045)と御剣 正宗(
jc1380)である。遅れて、アナウンスを担当しているタイトルコール(
jc1034)も合流する手はずになっている。
「迷路の攻略は、アニメでみたです。右手を壁に当てて進んでいけばいいです」
そう言って、マリーは自信満々に進んでいく。正宗もそれに従い、後を追った。
「!?」
しばらくそうして進んでいるうち、マリーの肩がぴくっと跳ねた。壁に当てている手を通して、悲鳴のようなものが聞こえたのだ。
「急がないとです!」
マリーは迷うことなく透過能力を発動し、目の前にある壁を抜けた。
「あっ、待っ……」
正宗の制止よりも早く。
壁を抜けた先では、男性2人が4体のスケルトンに追われていた。
「助けにきたです!」
マリーが男達に声をかけるが、パニックになった男達はマリーに気付かず通り過ぎ、スケルトン達は新たな獲物を見つけたとばかりに、マリーへと殺到する。
「えっ? えっ?」
敵への対処か、男性客を追うか、マリーが判断に窮している間に、スケルトンは手にした曲刀を彼女めがけて振り上げる。
「2人はボクが保護したぞ!」
正宗の声が遠くから聞こえてきた。すぐにマリーを追ってきてくれたのだろう。
「ありがとうです!」
こうなればマリーに迷いはない。後ろに跳んでスケルトンの攻撃を避けつつ距離を取ると、魔力の円盤を放ち、次々と骨の兵士を破壊していった。
「お疲れ」
正宗が男性2人を引き連れてマリーと合流した。
「さあ、どうやって戻ろうか」
「どうやってって、もと来た道を引き返せば……あれ?」
透過能力でショートカットしてきた事をマリーは思いだした。たかが壁1枚隔てた場所であろうと、迷路内では元の場所に戻ろうとするには、大回りしなければならなくなる可能性がある。
「じゃあまた透過能力で元の場所へ……あれれ?」
今度は連れている一般人の存在を思いだした。自分と正宗は透過能力があるが、彼らに透過能力は無い。
「……とりあえず、周囲がどうなっているか見てくるよ」
そう言って、正宗が再び透過能力を発動しようとした時、彼の携帯電話が震えた。
『はァい♪ みんなのお姉さん、タイトルコールよ』
携帯から聞こえてきたのは、タイトルコールの声だ。
『アナウンスを聞いた職員さんが自力で脱出してくれたわ。地図ももらえたから、コピーを持ってそちらに向かうわね。今はどこにいるのかしら?』
「分かれ道を3回右に曲がったところの壁を抜けたところだ。民間人を2人、保護している」
『了解♪』
そう言って電話が切れ、待つこと数分。
「お待たせ♪」
迷路の壁からヌッとタイトルコールの顔だけが突き出した。もちろん彼の透過能力によるものだが、そんなこと知らない一般男性2人は「ぎゃあああ!」と悲鳴をあげて気絶した。
「あら、人の顔を見て気絶するなんて、失礼な人ね」
「今のはキミが悪いだろう……」
全身を現したタイトルコールがプリプリ怒り、正宗は冷静にツッコんだ。
――残る要救助者は6人。
●
バアアッ!
まるで人を驚かすかのように、透過能力で壁を抜けてゴーストが飛び出した。
雫(
ja1894)は、それを眉一つ動かさず、剣の一振りで斬り捨てる。
周囲の壁からも、わらわらとゴーストが姿を現すが、狩野 峰雪(
ja0345)が「まるでもぐら叩きのようだねえ」と軽口を叩きながら、次々にゴーストを撃ち落としていく。
仁良井 叶伊(
ja0618)は、一般人女性の前に立ちはだかるようにして動かなかったが
「きゃああっ!」
女性の隣の壁からゴーストが現れた時には、迷わずその身を女性とゴーストの間に割り込ませ、斧槍を振るい、ゴーストを叩き潰す。
「大丈夫ですか?」
叶伊が女性の無事を確認し、女性は頬を紅潮させ「は、はい」と答えた。
ゴーストの密集地帯に足を踏み入れてしまった雫、峰雪、叶伊の3人だったが、彼らは瞬く間に返り討ちにしてしまった。
「これで終わりのようですね」
鎧の手甲で汗をぬぐいながら、雫が小さく息を吐いた。
「じゃあ、今回は僕が救出班に連絡しておくよ。そっちの彼は手が離せそうにないしね」
そう言って、峰雪が携帯電話のボタンをプッシュする。
手が離せない彼、具体的には女性にギュッと腕を抱きしめられて離してもらえそうにない叶伊が、「ははは」と乾いた笑いをあげた。
「お待たせです!」
程無くして、マリー、正宗、タイトルコールが壁を抜けて姿を現した。反省したのか、タイトルコールも今回は普通に現れた。
「怖かったでしょう、さ、こっちにいらっしゃい」
タイトルコールが女性を手招きし、おずおずと叶伊から離れた彼女を、優しく抱擁した。
「じゃ、ボク達はこれで」
と、正宗達は道を戻っていった。
……それから、どのくらい歩いただろうか。
しばらくは一般人とは出会うことなく、散発的な戦闘ばかりが続いた。正面から近づく敵は、峰雪が撃ち、背後から近づく敵は、叶伊が斬り、不意に現れる敵は、雫が素早い反応で一蹴する。
敵無しとばかりに進んでいた3人だったが
モオオオオッ――
突然、異様な叫び声が聞こえ、足を止めた。
「牡牛のような鳴き声。聞いていた通りだね」
「ボス格が近いのでしょうか。声が反響して、どこにいるのか分かりませんね」
峰雪と叶伊が話し合う。
雫は壁や床に耳を当て、残響から、音の出所を探っていた。
「……こっちです」
衣服についた汚れをはたき落とし、雫が2人を先導するように歩き出す。
モオオオオッ!
「声が近くなってきたね」
明瞭に感じられるになった牡牛の声を聞き、峰雪が言った。3人は自然と早足になっていた。
曲がり角を曲がったところにいたのは、天井に頭がつくほどの巨大な人影。その股の間から、小さな男の子と、その母親らしき女性がへたりこんでいるのが見えた。
人影が両腕を振り上げる。その手には長大な戦斧が握られていた。
「危ないっ!」
叶伊が叫び、雫が駆けだす。誰よりも早く攻撃を開始したのは峰雪で、銃を抜き放つと、狙いもそこそこに引き金を引いた。
銃弾が走り、人影の頭部に命中した。だが、銃弾は堅いものに弾かれた音をたてて、天井に突き刺さる。
人影が振り向いた。それは全身を腐敗させた、牡牛の頭を持つ大男であった。ドロドロに溶けた牡牛の頭部で、黒曜石のような一対のツノだけが鈍い輝きを放っていた。峰雪の銃弾を弾いたのはこれだろう。
「ミノタウロスゾンビと言ったところでしょうか」
叶伊が戦慄しながらも、武器を弓に持ち替え、矢をつがえた。
雫は走りだした勢いそのままに、滑り込むようにして牡牛の股をくぐり抜けると、親子を庇うようにして剣を構えた。
「大丈夫ですか?」
視線は牡牛に向けたまま、雫が親子に問うが、親子からの返答は無い。
「……では、しばらく目を閉じていてください」
雫は気配だけで親子に怪我は無いことを察すると、禍々しい魍魎を全身に纏わせはじめた。醜悪な牡牛もそうだが、邪気を宿らせた自分の姿も子供に見せたいものでは無かった。その後に起こる殺戮劇も。
ブモオオオッ!
牡牛が裂帛の気合と共に戦斧を振るう。叶伊はそれをかわしたが、衝撃波が旋風となって周囲の壁を跡形も無く吹き飛ばし、叶伊も床に叩きつけられた。
「うーん……敵の攻撃で壁が壊されたのは弁償しなくていいよねえ……」
立ちあがる叶伊と、破壊された壁を見比べながら、峰雪が不安そうにボヤく。だが、その崩れた壁から思わぬ援軍が駆けつけた。
「楽しそうなことしてるしてるじゃねーの!」
「俺達も混ぜろぉ!」
付近を探索していた燈戴とラファルである。
燈戴の双銃が弾幕を張り、ラファルはそれに紛れるように壁を蹴り、牡牛の肩に着地すると、ナノマシンで精製した剣を首筋に突き立てた。
牡牛は身をよじりラファルを振り落とすと、走り込んできた雫に戦斧を振り下ろす。
「……っ!!」
雫は咄嗟に剣でそれを受け止めた。刀身が戦斧に食い込んだが、ミノタウロスは構わず、重量を生かして押し潰さんとしてきた。
だが、叶伊の矢がミノタウロスの右膝を、峰雪の銃弾が左膝を次々に破壊し、半人半獣の巨体が地響きをたてて膝をつく。
雫は力の弱まった斧を押し返すと、ミノタウロスの腿を踏み台に、首筋まで跳躍した。
「終わりです」
身を捻るようにして白く輝く剣を振るうと、ミノタウロスの首が一刀のもとに斬り落とされた。
「ん? 『この先、出口』だってさ」
ミノタウロスに破壊された壁の奥にある看板を、峰雪が目ざとく見つけて読み上げた。
「近道を造ってくれるとは、親切なボスでしたね」
叶伊が地図に印を付けながら、大真面目に皮肉なことを言った。
「じゃ、俺らはこれで」
ラファルは手を振って、叶伊達に別れを告げる。
「ゴールしていかないんですか?」
「俺らの仕事は雑魚の始末だぜ」
「そういうこと。あちらの女性とちみっ子の救助は任せたぜ」
そう言って「わはは」とか「かはは」とか笑いながら、ラファルと燈戴は去っていった。
そして、峰雪、叶伊、雫の3人は、親子を連れて迷路を抜けだした。
久々に感じる太陽の光がやけに眩しかった。
――残る要救助者は3人。
●
「なんて強さなんだ……」
冷静に。だが、驚きは隠しきれずに、正宗が呟いた。
「ボク達が一撃で倒せるスケルトン相手に、三撃も要しているなんて……」
彼の視線の先では、白い堕天使が大立ち回りを演じていた。群がる敵を拳で迎撃するも、1発で倒しきれないため、囲まれてしまっている。スケルトン側も堕天使を倒せるほどのパワーが無いためドロッドロの泥試合が展開されていた。
「あれが報告にあった、迷子の撃退士、アルビオン(jz0230)君かしら」
「かっこいい人って聞いていたのに……何だかゲンメツです」
マリーが小さく肩を落とした。確かに見た目はイケメンなのだが、素手であることを差し引いても非力すぎる。
「まあまあ。あの子も救出対象なんだし、サクッと助けちゃいましょ」
そう言って、タイトルコール達はサクッとスケルトン達を蹴散らした。
アルビオンは、服についた汚れを払う仕草をすると、血と泥に汚れたタキシードが、一瞬で元の白さを取り戻す(いらんスキルだけは、やけに高性能だ)と、爽やかな笑顔を浮かべて、3人の撃退士達に声をかけた。
「やあ、助かったよ。だいたいの事情は把握している。ボクにも協力させてほしい。ここからは、白い大船に乗ったつもりでいてくれたまえ!」
とそこで、正宗の携帯電話が震え、正宗は「失礼」と言い添えて電話を取った。
「ん、ああ、ああ。わかった」
短いやり取りの後、正宗は電話を切ると、アルビオンを見据えて言った。
「別班が2名を救助したようだ。救助者はキミが最後だ。帰ろうか。透過能力はあるんだろう?」
そう言って、ツカツカと手近な外壁から透過能力で迷路を脱出する。
「わーい、終わりましたですー」
マリーも小走りに彼の後を追う。
「え? あ? ここからボクの華麗な活躍が……」
取り残されたアルビオンがガックリとうなだれると、タイトルコールがポンと彼の肩を叩き、「今夜はウチで呑みなさい」とばかりに店の名刺を手渡した。