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その鏡は、アルビオン(jz0230)が遭遇した時と何ら変化の無いままそこにいた。
そして、その鏡に接近する怪しい集団があった。
やたら白い堕天使を先頭に、電車ごっこか、ムカデ競走さながら1列に並んだ集団だ。
それは隊列を維持したまま真っ直ぐ鏡型サーバントに向かっていた。
何故、このような光景が繰り広げられることになったのか。事の起こりは数時間前に遡る。
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「さて、これからサーバントと対峙する前に、作戦を練っておこうか」
現場に移動するまでの車中、鏡型サーバントについての資料を手に、エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)が全員に呼びかけた。
「拙者、自分の分身と戦ってみたいでござる!」
エイネ アクライア(
jb6014)が勢いよく立ち上がりながら手をあげた。
「現れた分身はすぐに消えるみたいやで」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が冷静に指摘すると
「え、それじゃあ、つまらないでござる……」
エイネはポスンと席に埋もれるように座り直した。
「ま、自分と戦ってみたいのは、俺も同じやけどな」
そんな彼女を見て苦笑しながら、ゼロも本音を吐露する。
「誰がコピーされていいわけでもあるまい。防御力の高い者をコピーされれば、倒す事は困難になり、戦闘力の高い者をコピーされれば、こちらの被害は甚大になる」
エカテリーナの補足に、テーブルの上に並べていた眼鏡を片付けていたクインV・リヒテンシュタイン(
ja8087)が
「つまり、体力の低い人ほどコピーされるのに適任というわけだね」
と眼鏡を光らせながら言う。
――体力の低い人。
全員の視線がアルビオンに向かいかけるが、各々の良心がそれを自制した。アルビオンだけは誰が適任なのか思い当らなかったらしく、首を傾げていたが。
「一直線に並んで鏡に接近すれば、否応なしに先頭にいるやつがコピーされるんじゃないのか?」
誤魔化すように、今度は向坂 玲治(
ja6214)が呟いた。
「妙案ね。この場合、誰を先頭にするかが問題だけど」
遠石 一千風(
jb3845)の何気ない一言で、また全体の視線がアルビオンに集まりかける。
やがて、法水 写楽(
ja0581)が意を決したように口を開いた。
「アルビオン! 先頭はまかせたぜィ!」
「え、それって……?」
察しの悪いアルビオンも、さすがにそれの意味するところに気付いたようだ。その表情が曇る……前に、写楽が畳みかける。
「これは先陣ってやつだ! お前だからこそ任せられる、武人の誉れってやつだぜィ!」
「!! そ、それなら仕方ないね! ふふっ、一番太刀はボクが引き受けたよ!」
見事に乗せられたアルビオンを見て、全員が安堵の吐息をついた。
(俺だって人の事は言えねェくれぇには未熟だからな。アルビオンの気持ちも分かンだよ。損な役回りを頼むからには、せめて気分よくやってもらいてぇじゃねぇか)
口には出さずに写楽が呟いた。
「作戦は決まったな。では、現地に到着次第、我々はアルビオンを先頭に縦列体勢を取り、敵サーバントに接近する!」
エカテリーナがそう締めくくった。
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そして現在、撃退士達はアルビオンを先頭に縦一列となってサーバントに接近しているのだった。
特に、アルビオンより背の高いゼロやエカテリーナは中腰になっているものだから、余計に大の大人が電車ごっこに興じているシュールさがあった。
「いい年してこんなことするハメになるなんてなぁ……」
ゼロがボヤくが、エカテリーナは作戦上有効なら問題無いと涼しい顔だ。
「さぁ諸君、先陣をきるボクについてきたまえ!」
先頭のアルビオンはと言うと、写楽に乗せられて、すっかりリーダーを気取っていた。殴りたい。
「サーバントが動いた」
そのアルビオンのすぐ後ろに位置していた一千風が声をあげた。撃退士達の存在を鏡型サーバントが検知したらしい。ふよふよと彼らに近づいてくる。
「さぁ、かかってきたまえ! 今日はいつかのようにはいかないよ」
気を吐くアルビオン。それを見て、サーバントがピタリと動きを止めた。鏡に目などあるはずもないが、じーっとアルビオンを凝視しているようにも見える。
「『またお前か』って言いたそうだね」
「何で分かるんだよ!」
サーバントの心情を言い当てたクインに、玲治がツッコミを入れる。
「真実を映すという点では鏡も眼鏡も同じ。眼鏡の気持ちが分かる僕には、鏡の気持ちも分かるんだ」
答えになっていなかった。
ともあれ、サーバントの視点ではアルビオンしか見えない。それに選択肢は無かった。
鏡が妖しく輝いたかと思うと、鏡面に映しだされたアルビオンが、そこから這い出るように現れる。
「散開!」
エカテリーナの指示の下、ムカデ競走に興じていた撃退士達が、今度は蜘蛛の子を散らすように広がった。
アルビオンの分身が、両手から白い竜巻を放つ。
「わぷっ!」
それを顔面で受けたエイネが溺れたような声をあげ
「な、なんでござるか!? 拙者の顔が真っ白でござる!」
サーバントに映った自身の顔を見て、さらに大きな声をあげた。
「解説しよう。僕の必殺技は射程が長く、しかも命中した相手を白く染め上げるという恐ろしい能力がある!」
アルビオン(本物)がわざわざ説明する。
「けど、あんまり痛くないでござる」
「そこは鋭意努力中でね」
袖で顔をぬぐうエイネから、アルビオンが誤魔化すように顔をそむけた。
そんな話をしている間に、一千風が真っ先にアルビオン(分身)の側へと辿りついた。
「悪いけど、どいてて」
鋭く突きだされた一千風の掌底が、アルビオン(分身)の脇腹を貫くようにえぐる。
軽く4メートルは吹っ飛んだアルビオン(分身)が顔面から地面に激突し、きゅうと声をあげる。
とどめとばかりに、エイネが紫電を纏った刀でアルビオン(分身)に斬りつけ……ようとしたが
「たあ」
もはやそうするまでも無かったのか、雷刀をスタンガンのようにアルビオン(分身)に押し付けると、それは一度大きく跳ねた後、痙攣したまま動かなくなった。
「よ、弱い……」
分身のあっけなさに、アルビオンは思わず顔を覆った。
「強くなろうぜィ……お互いによ」
そんな落ち込んだアルビオンの肩を叩いて、写楽が激励の声をかけた。
「射線が通った!」
今のサーバントを守る者はいない。エカテリーナはすかさずアサルトライフルから酸弾を乱射する。サーバントの特性により、多少の銃弾が跳ね返ってくるがお構い無しだ。
幾発もの弾丸を受けたサーバントが何度も揺れる……がそれだけだった。倒れやすそうな見た目に反して傾かず、脆そうな見た目に反してヒビの一つも入らない。
「表情が無い分、効いてるか分からないのが面倒だな」
珍しく様子見をしていた玲治が呟いた。メンバーの中でも頑丈な彼は、敵にコピーされれば味方にとって最も厄介な存在となってしまう事を自覚していた。だからこそ、今は動かない。
「鏡の気持ちが分かる言うてた、あんたはどうや?」
サーバントをかく乱するように飛びまわるゼロが、クインに尋ねた。
「効いてるよ」
クインは眼鏡を押し上げながら即答。
「本当かい」
聞いてはみたものの、やはり半信半疑なゼロであった。
「おおーっ!」
突如として、エイネから悲鳴にも似た歓声があがった。見ると、彼女の足下で倒れ伏していたアルビオン(分身)が、鏡のようにひび割れながら崩壊していく様子が確認できた。
「分身の消滅が始まったか。次の分身が来るぞ!」
エカテリーナが全員に警戒を促す。
「こういうのは性に合わねぇんだけどな」
玲治がこそこそとアルビオンの後ろに移動する。
「悪い、アルビオン。盾になってくれ。お前の後ろなら俺も安心できる」
「!! いいとも! 君には指一本触れさせないと約束しよう!」
……皆、アルビオンの扱い方がわかってきたようである。
だが、サーバントが映し取ったのは、アルビオンでも、玲治でもなく、正面にいた一千風だった。
「そうだ、私を映せ」
一千風はむしろそれを歓迎するかのように両手を広げ、その全身をサーバントへと晒す。彼女はできる限りサーバントのコピー能力を引き受けるつもりでいた。そのため、仲間が自身の分身を倒しやすいように、私服に近い軽装で任務にあたっている。
ほどなくして、鏡面から一千風の分身が姿を現した。
「私よ、私が相手だ!」
叫びながら、一千風は分身に向かって掌底を突き出す。だが、分身は自身の動きなど見切っているとばかりに、身を翻して回避すると、そこから流れるような動きで剣を繰り出した。
剣のみねが一千風の脇下を捉える。殺すのではなく、動きを封じるための一撃。
「がはっ……」
急所を打たれた一千風は、悶絶しながらその場に跪いた。
(くっ……情けない。自分の始末は、自分でつけるつもりだったのに)
一千風の分身が、本物にとどめを刺すために無表情のまま剣を振り上げる。
「これ以上はやらせねェ!!」
無防備になった一千風(分身)の背中を突き飛ばすように、写楽の双掌打が炸裂する。
一千風のすぐ隣を通り抜けるようにして、一千風(分身)が吹き飛んでいく。
すかさず受け身を取って立ちあがった一千風(分身)に
「一千風殿! 拙者との太刀合いを所望するでござる!」
エイネが稲妻の如く飛来した。
振り下ろされたエイネの紙刀と、掲げられた一千風(分身)の剣とがぶつかり合い、火花を散らす。
だが、エイネが刀に纏わせた雷までは防げず、剣を通して感電した一千風(分身)が、全身から黒い煙をあげて動きを止めた。
「今がチャンスや! 行くで、アルビオン!」
ゼロの呼びかけに、アルビオンは何の事か分からず首を傾げたが、彼が懐から取り出したラッカースプレーを見て、アルビオンは得心がいったように頷いた。
アルビオンに、ゼロはスプレー缶を投げて渡す。ゼロももう一つのスプレー缶を取り出すと、二人はサーバントに肉薄し、その鏡面にスプレーを噴きつけた。
「これでどうや!」
「白く染めあげよう!」
ブシューと景気のよい音とともに、サーバントの鏡面がみるみるうちに白く染まっていく。サーバントは苦しげにガタガタと揺れ出した。
「おお、嫌がってますね」
クインが解説し、
「まさかそんなフザけた手が通じるとは……」
エカテリーナは肩をすくめた。
スプレー缶が空になり、鏡面が真っ白になった時、ほどなくしてサーバントの鏡面にヒビが入った。
「お、倒したか?」
無論、そんなわけはない。
鏡面に無数のヒビ割れが走ったかと思うと、パリンと鏡が薄く割れ、その下から真新しいピカピカに輝く鏡面が現れたのだ。
「作戦は失敗や! 撤退! 撤退!」
「う、うん!」
怒り狂ったように鏡面からビームを乱射するサーバント。よっぽど慌てているのか、二人とも飛べるにも関わらず、サーバントに背を向けてスタコラ走る。
「やはりだめか! 援護する!」
エカテリーナは銃を構えると、一発の銃弾を撃ちだした。それはサーバントの目前で炸裂すると、閃光弾の如く大量の光を解き放ち、ゼロ達の撤退を支援する。
「ここは近づけさせないよ」
クインも風を巻き起こしてサーバントを妨害する。その間に、ゼロ達も体勢を立て直した。
「もう、じっとしてられるかよ!」
そして、玲治もついに動く。トンファーを振るい、目にも止まらぬ速さで二連撃を放つ。やはり鏡本体は微動だにしないが、玲治自身は確かな手ごたえを感じた。
だが、深追いしない。玲治は、体はサーバントへ向けたまま後退すると、再びアルビオンの後ろに立つ。
「悪いな。また体を借りるぜ」
「まかせてくれたまえ」
二人は不敵な笑みを交わし合った。
そうこうしているうちに、一千風の分身もいつの間にか姿を消している。
「次の分身が来るでござる!」
エイネの呼びかけと同時、サーバントは今度はクインの姿を映し取った。
「あぁ、ようやく僕の番だね」
何故か、クインは嬉しそうだ。
そうして生まれたクインの分身は、誕生するや、眼鏡からビームを放った。それに触発されたかのように、サーバントもビームを絶え間なく放ち続ける。
「おお、鏡と眼鏡。ビームとビームのコラボレーション!」
やはりクインは嬉しそうだ。
「何かすげぇ厄介な事になってねぇ?」
流れビームに肩を焼かれた玲治が、顔をしかめながら言う。
「誰も近付けさせたくないと言う事か。弱ってはいるのだろうな」
エカテリーナが冷静に状況を分析する。鏡の気持ちが分かるわけではない。
「俺に任せや。トドメは頼んだで」
そう言って飛びだしたのはゼロだ。音も無く飛翔し、サーバントの背後に一瞬で肉薄する。すかさず大鎌を振るうと、サーバントの側面に漆黒の刃を叩きつけた。
頑丈なサーバントはすぐさま振り返るが、その時にはゼロの姿は幻の如く消え去っていた。
そして、それがサーバントにとって致命的な隙となった。
「うおおおおっ!」
雄叫びをあげて、写楽がクイン(分身)に全身でぶつかり、サーバントから引き剥がした。その衝撃で、クイン(分身)の眼鏡があえなく割れる。パリン。
「今だ、やれィ!」
「任せろ!」
すぐさま玲治が影から黒い腕を伸ばし、クイン(分身)を縛りつける。
一見すると仲間同士で相争っているような光景を、いまだ倒れたままの一千風は辛そうに眺めていた。震える指で、胸の傷跡をなぞる。かつて彼女は、悪魔に操られ同士討ちした事があった。その時の記憶が鮮烈に蘇る。
「こんなの、ただの偽物だ」
心と体を蝕む痛みを怒りでかき消して、一千風は取り落としていた剣を拾い、サーバントめがけて疾走する。
「呪い鏡はここで撃ち砕く!」
渾身の一撃が、サーバントの鏡面に叩きこまれ、ついに鏡が大きくひび割れた。
「やったでござる!」
エイネが歓声をあげる。
「まだだ! 次の分身が来るぜ!」
玲治が抑えていたクインの分身が、いつの間にか姿を消している。
サーバントの鏡が、再び一千風の姿を捉えた。
…………が、いつになっても一千風の分身は現れない。一千風の一撃がサーバントに機能障害を起こさせたのか。
「つまり今が最大のチャンスということだね。本物の眼鏡光線を見せてあげよう!」
クインの眼鏡から放たれたビームが、サーバントを焼き払い、不動の鏡はついに仰向けになってバタンと倒れた。
すぐさま飛びかかったエカテリーナが、靴底でサーバントの鏡面を押さえつける。
「笑えるほどに子供騙しな作戦だったな。殺しのプロである私を舐めるな!」
エカテリーナが銃口をサーバントに向ける。鏡の中のエカテリーナも銃口を彼女に向ける。
「どんな手を使おうと、貴様に私の攻撃を止めることはできん。たとえ私の肉親の姿を使ってもな!」
鏡に映る自分自身の額に銃弾を撃ち込み――サーバントは煌めく破片となって砕け散った。