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撃退士達が現場に到着した瞬間、彼らの接近に気付いた一部の爆弾型ディアボロがコロコロ転がり迫ってくる。
「まずは私から仕掛けてみますね」
そう言ってRehni Nam(
ja5283)のライフルから放たれた弾丸は爆弾型に突き刺さった。
身体の真ん中に銃創を穿たれた爆弾型は一瞬だけ硬直したが、次の瞬間、シボッという音と共に、頭頂の導火線に火が点いた。
あっという間に導火線が縮み、火種が本体へと到達すると……
チュドーン!
爆弾型は大爆発を起こした。遠くから狙撃したので、飛び散る破片や爆炎を直接浴びる事は無かったが、逆巻く爆風がレフニーの銀髪を大きくなびかせる。
「…一撃かよ?!」
城里 千里(
jb6410)が喝采をあげた。
「導火線の状態から、爆発するタイミングは推測可能かな…」
鈴木悠司(
ja0226)が、恐れる事は無いとばかりに進んでいく。
「あっ、待ちなさい」
ケイ・リヒャルト(
ja0004)が慌ててその後を追った。
爆弾型の爆発は、荒野全体に届いたようで、周囲を見回っていた爆弾型が撃退士達の存在に気付き、群がってくる。
本当の戦いは、ここからだ。
●
「…爆ぜろ」
煩わしそうに悠司がアサルトライフルを乱射する。穴だらけになった爆弾型の一体が動きを止めて爆発を起こす。が、仲間の爆発を気にした様子も無く、第二、第三の爆弾型が機械的に迫る。
「…ちょろちょろと目障りだよ……」
接近してきた爆弾型をワイヤーで絡め取り、動けなくなったところを剣で斬り裂く。その一撃で爆弾型は動きを止め、導火線に火を灯す。
すぐさま離脱しようとした悠司だったが、絡ませていたワイヤーを巻き取る数瞬が、僅かに彼の回避を遅らせた。
(ああ、これは間に合わないな……)
どこかこうなる事を覚悟していたかの様に、悠司は無感情に爆発寸前の爆弾型を見つめていた。
「悠司、何してるの!」
鋭い声に、悠司は我に返った。
1発、2発と放たれた銃弾が、膨れ上がった爆弾型を弾き飛ばす。悠司もそれから遠ざかる様に後ろへと跳んだ。
爆弾型が爆発する。
思わず顔を庇っていた右腕を下ろすと、爆煙が宙を漂っていた。火薬の匂いは無く、焦げ臭い砂煙だけが鼻につく。
「ボサッとしすぎよ!」
爆弾型を弾き飛ばした射撃の主であろうケイが、つかつか歩み寄ってきて悠司の頬を張った。
「自分の命を何だと思っているの?」
悠司の反論を待たずに、ケイは彼と背中合わせに立った。
「ここからは協力していきましょう。あたしは悠司の背中を守る。悠司はあたしの背中を守る。いいわね」
そう言って、ケイは悠司の背後から接近してきた3体目の爆弾型を、鞭を振るって弾き飛ばす。
要するに、彼女は自分の命を人質にしたわけだ。悠司が危険を顧みない行動を取れば、ケイにも危害が及ぶ。
「わかったよ、ケイさん」
反論は無駄だと即座に判断し、改めてケイの背後で剣を構える。
僅かに触れ遭う背中から伝わる微かな温もりが、今は身を焼く様に熱かった。
「……ほら、こっちだぜ」
千里は集まってきた爆弾型と爆弾型の間を縫う様に駆けまわっていた。牽制するように銃弾も放つが、あえて当ててはいない。
怒ったかして、爆弾型が導火線から線香花火の様な火種を飛ばしてくるが
「あぢぃっ!」
頬に当たったそれは、歯を食いしばって耐える。
「……やりやがったな」
反撃は直撃させる。
中心を2発の弾丸に撃ち抜かれた爆弾型は爆発し、それに巻き込まれたもう一体の爆弾型も合わせて弾け飛んだ。
「…一丁あがり、って、おい!」
銃を下ろしかけた千里だったが、今度は3体の爆弾型が迫ってきた。荒野をちょこまかしているうちに、ターゲットとされてしまったらしい。
(それはそれで都合はいいけどな)
心の中で呟きながら、発砲。今度の弾丸は爆弾型の側面に食い込み、破壊するには至らない。爆弾型達も一斉に火種を飛ばして反撃にでた。
「うおっ、うわっ、うおおっ!」
跳んで跳ねて火種をかわしながら、千里は一目散に逃げ出した。爆弾型はどこまでも追ってくる。
しばらくはそんな追いかけっこが続いていたが……
「……頃合いかな」
くるりと反転して爆弾型に向き直り、銃を構える。狙いは最初に倒せなかった爆弾型。それはいつの間にか全身がひび割れ、ギシギシと音をたてていた。
千里が最初に撃ち込んでいたのは酸性の弾丸。それが、爆弾型の鋼鉄の装甲を溶かしていたのだ。
発砲。
二丁拳銃が得物の千里だが、もはや一発で十分だった。
爆弾型のひび割れた装甲の隙間に、銃弾が吸いこまれるようにして着弾する。錆びた爆弾型は残る2体を巻き添えにする形で炸裂した。
チュドドドーーーン!!!
「――――!!」
3倍の爆音が鼓膜を叩く。相応の爆風も巻き起こり、千里は派手に転倒した。
……耳鳴りが止み、砂塵も収まったところで、千里はゆっくりと立ち上がる。
「…おい、爆釣にも程があんだろ」
軽口に応える者はいない。爆弾型をおびき寄せるために走り回った結果、主戦場から離れてしまったらしい。
「……間に合うかな」
そうひとりごちると、千里は、遠く離れても目印には申し分無い要塞型へ向かって歩きはじめた。
●
悠司とケイ、千里が爆弾型をおびき寄せたおかげで、上空を行く黒百合(
ja0422)とゼロ=シュバイツァー(
jb7501)、彼らに合わせて地上を進むレフニーは、爆弾型と遭遇する事なく、要塞型に近づく事ができた。
が、いよいよ射程内というところで、2体の爆弾型が3人の存在に気付き、向かってきた。
「要塞型が新たに生成した個体でしょうか?」
言いながらレフニーは狙撃体勢に移行する。そして、発砲。
銃弾は爆弾型の装甲に弾かれた。爆弾型も負けじと火種を撃ち返す。
「黒百合さん、ゼロさん、先へ進んでください!」
それを腕で払いながら、レフニーは叫んだ。
「うふふっ……それじゃぁ、お言葉に甘えてェ」
「ああ、気ぃつけてな!」
黒百合とゼロ、飛翔する二人の姿が遠くなっていく。それに気付いた爆弾型が火種を飛ばすが、射程が足らず届かない。
「どこを見ているんですか」
ムッとした声音で、レフニーが引き金をひく。
真っ直ぐ奔る銃弾が、上空めがけて火種を飛ばし続ける爆弾型を貫き、破壊した。
「月並みですが、あなたの相手は私ですよ」
その言葉が通じたのかは分からないが、もう一体の爆弾型は、今度はレフニーに向かって転がってくる。
レフニーは立ちあがると、爆弾型から逃げるように距離を取った。結果的に要塞型から遠ざかる形にもなってしまうが……。
(口惜しいですが、無理をして爆弾型の爆発に巻き込まれるわけにもいきません)
先の爆発でおびき寄せられる他の爆弾型もいるだろう。レフニーはここで囮になる覚悟を決めた。
(あとはお願いしますね……)
黒百合とゼロが飛んでいったその先を、レフニーは眩しそうに眺めた。
「捉えたぁ!」
響くものの無い荒野に、勝ち誇ったゼロの声がどこまでも広がっていく。要塞型ディアボロに肉薄したのだ。厳密には肉薄とは言い難いほど距離が離れているのだが、要塞型の巨大さはそれを感じさせない。
「い、く、で、えぇぇぇっ!!」
仲間が自分をここまで辿りつかせてくれた事は自覚している。だからこそ熱が入る。
3対の翼をめいっぱい広げ、突き出した両手に火球を造り出す。
「点火いっきまーす♪」
が、熱は持続せず、最後は軽いノリで火球を解き放った。だが、その威力に偽りは無い。戦場に渦巻く砂塵を焼き払いながら、炎の塊は爆弾型要塞の頂点、導火線へと食らいついた!
ボッと音をたてて導火線が点火する。後は他の爆弾型と同じようにバチバチと火花を散らして、導火線が縮まっていく。
「これは、逃げた方がええんかな……」
やってはみたものの、本当に上手くいくとは思っていなかったのだろう。まさか、導火線への炎攻撃が弱点とは……。
「なァんだ。あっけないわねぇ……」
黒百合がつまらなそうに肩をすくめた。
二人が顔を見合わせて、要塞型から逃げようとしたその時――
ウィィィィン
機械的な音がして、要塞型の側面がシャッターの様に開き、そこからマジックハンドが生えてきた。それは導火線まで伸びると、ポンポンと火種を叩いてあっさりと鎮火させてしまった。
シュウ…と音を立てて、黒く焦げた導火線から一筋の煙が立ち昇る。
「……何じゃそりゃあああああっ!!」
ゼロは叫び
「あッはッはッはッ、きゃッはッはッはッ」
一連の流れがツボにハマったのか、黒百合は腹を抱えて笑いだした。
「けど、わざわざ担いできたこれが無駄にならなくてすむわねェ」
ひとしきり笑った後、目尻の涙を指でぬぐいながら、黒百合は華奢な外見には似つかわしくない多連装ロケット砲を構えた。……似つかわしくないどころか、ロケット砲の方が彼女よりも大きいのだが、それを担ぐ黒百合に危なげは無い。
「さてェ…久しぶりの攻撃力装備だけど、どれだけ威力が出るかしらねェ」
ロケット砲から轟音と共に弾が発射され、要塞型に炸裂した。爆弾型ディアボロの自爆に劣らない爆音と爆風が跳ね返る。
もうもうと立ち込める砂煙で、要塞型がどうなったのかは分からない。
黒百合は思わず叫ぶ。
「やったか!?」
「いや、分かってて言うとるやろ、それ!」
煙が晴れ、黒百合が立てたフラグの通りに、要塞型は全く無傷のまま荒野に鎮座していた。
「なんやあれ。硬すぎやろ」
ゼロが呆れたように呟くと同時に、要塞型にも動きがあった。マジックハンドを収納すると、別のシャッターを開き、スポーンと音をたてて爆弾型ディアボロを射出したのだ。
爆弾型ディアボロは地面に落ちると、コロコロ転がってどこかへ行ってしまう。いや、爆弾型ディアボロが消えた先は、レフニーが戦っている方角だ。
「早く仕留めへんと、どんどん不利になるでこいつは……」
ゼロが苦虫を噛み潰したような表情になって言った。
●
だが、たった二人の攻撃では致命打は与えられないままだった。
「あはははッ! いい加減に壊れなさいよぉ! ほらッ! ほらァ!」
黒百合は、楽しいのか、はたまた腹立たしいのか、判断しかねる口調で、ロケット砲を乱射し続けていた。
だが、要塞型は微動だにせず、シャッターを解放すると、新たな爆弾型を射出する。
「このぉっ!」
すぐさまそれを撃ち抜こうと、ゼロが鴉を模した銃を構えるが、それよりも早く爆弾型は転がり、狙いが定まらない。
が、動き出した爆弾型は何者かに押し返される形で要塞型に叩きつけられた。さらに、別の方向から鞭が閃き、爆弾型を打ちすえる。
致死ダメージを受けた爆弾型は、要塞型を巻き込むように爆発した。
「…………」
掌底を突き出したポーズで、いつの間にか悠司が合流していた。爆弾型を押し返したのは彼だろう。
「お待たせ! あたし達も手伝うわね」
しなる鞭を手元に戻しながらケイも姿を現した。愛想の無い悠司の分を補うかのように、魅力たっぷりのウインクを送る。
一方、爆弾型の爆発を受けた要塞型にも異変があった。外装には変化が見られないが、ズズズズと地響きを起こしながらほんの少し地面に沈んでいく。
「土台にダメージを与えたな。もう一息や!」
ゼロが大声をあげて仲間達を鼓舞する。そして、爆弾型が再び射出されるのを待った。もう一撃、爆弾型の爆発を浴びせれば、要塞型は自重に耐えきれず崩壊するはずだ。
……好機は意外なところから訪れた。
「あらァ……?」
と黒百合が指さす先には、群れからはぐれていたのだろうか、爆弾型が予想だにしない方向から転がり現れ、要塞型の隣で動きを止めた。
だが、ゼロと黒百合の位置からでは射線に要塞型が存在するため狙い撃てず、要塞型に攻撃をはじめたケイと悠司も、すぐそちらに対応する事ができない。
「ちっ!」
千載一遇の好機を逃すまいと、ゼロは周囲に視線を巡らす。すると、荒野の奥から小走りに駆けてくる人影がひとり。
レフニーだ。
髪も、衣服も、煤で黒ずんではいるが、大きな外傷は無いようである。
「あれを撃つんや!」
「……!? 了解しました!」
彼女にもその構想はすでにあったのだろう。爆弾型を指すゼロの意図を察したレフニーは、その場で銃を構える。
「届いてっ!」
彼女の願いを乗せた銃弾は空を裂き、ヒィィィと鳥を思わせる音で鳴くと爆弾型に突き刺さった。
爆弾型が炎をあげて破裂し、熱と破片の奔流で要塞型を包み込んだ。
ビシッ
金属をへし折るような、決定的な音が要塞型から響き、土台から天頂にかけて、無数のヒビが奔る。ついには導火線に火が灯った。
「これは、逃げた方がいいんじゃないかしらァ」
そう言って、黒百合は率先してこの場から飛び去っていく。
ゼロも後に続こうとしたが、運悪く翼が解けてしまい、地面に落下してしまった。
「このタイミングでかよおおっ!!」
もはや翼を生やす余裕も無い。雄叫びをあげながら、ゼロは全速力でその場から駆けだした。
レフニーもその後を追うようにして荒野を走る。
「逃げるわよ、悠司」
釘を刺す様にケイが言う。
「……わかってる」
最後にケイと、もしもの場合は爆風からその背を庇えるよう、ぴったりと彼女の後ろについた悠司が逃げ出した。
●
千里は今も要塞型に向かって歩き続けていた。遠目に見える要塞型は健在で、味方は相当苦戦しているようだ。
「やっぱ堅そうだなー」と呟いたその時、彼の隣を猛スピードで飛行する黒百合がすれ違っていった。
「……ん?」
疑問の声をあげたのも束の間、ギュンと方向転換してきて戻ってきた黒百合が「さっさと逃げたほうがいいわよォ」と脅かすように言ってきて、さっさと飛んでいった。
千里はよく目をこらすと、要塞型の導火線に火が灯っている事が確認できる。それはかなり短くなっていて、火種は今にも本体に届きそうだ。
「……マジかよっ!!」
悲鳴をあげて回れ右。
要塞型の全身を奔る裂け目から光が漏れだし、内側から大爆発を起こしたのはその時だった。
●
大規模な爆発が視界を覆い、それに巻き込まれた爆弾型の生き残りが、白い爆光の中で弾けては消えていく。
「きゃはァ、かぎやー、たまやー」
地面に降り立った黒百合が、それを見て、両手を叩いてはしゃいでいる。
「おーい、皆、無事かー」
ゼロが点呼を取ろうとするが、「はい」と答えてくれたのはレフニーだけで悲しい。
要塞型が爆発する寸前に、少しでも距離を取ろうとしたのだろう。千里は地面にダイブした体勢のまま突っ伏して動かないが、外傷は無いようだった。
「…………」
悠司は未だ続く爆発を、暗い瞳で眺めていた。
ここは昔、小規模ながら農村だったと聞く。この爆発が晴れた後には、荒野どころか巨大なクレーターしか残らないだろう。
世界の破滅の縮図を見て、彼は何を思うのか。
そんな悠司を、ケイはずっと心配そうに見つめていた。