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その巨大な顔は高層ビルの上方で撃退士達を待ち構えていた。
「あいつが噂のディアボロか。話で聞くより気味悪いねぇ」
パーティの最後列にいるにも関わらず、真っ先にディアボロの存在に気づいた麻生 遊夜(
ja1838)が声をあげる。
「生理的に受け付けない相手ですね」
ほぼ直角に顔を上げながら、雫(
ja1894)が同意するように呟く。
他の面々も好き放題にディアボロの感想を述べていたところで、彼も撃退士達の存在に気づいたらしい。虫が壁を這うように、ビルの中腹まで顔が降りてきた。
ギョロンと巨大な2つの目が撃退士達を見据える。その動きはコミカルで愛嬌すらあったが、奇妙な外見とのギャップが、逆に不気味さを引き立たせていた。
「や、やるんか!?」
理解不能の迫力に気圧されながらも、黒神 未来(
jb9907)が拳を構える。
それに応えるように、ディアボロの厚ぼったい唇が開かれ……
「こんにちは」
一瞬の静寂が永遠の間となって時の流れを駆け廻っていく……。
「喋ったあああああああああッ!!」
やがて、未来がディアボロを指さして大声で叫んだ。ディアボロは喋って何が悪いと言いたげにニヤついた笑みを浮かべている。
「喋るとは……報告にはありませんでしたね」
金鞍 馬頭鬼(
ja2735)が困ったように頭をかきながら言った。
「どうする、対話を試みようか?」
龍崎海(
ja0565)の提案に、「じゃあ、私が……」と挙手したのは、意外にも黒百合(
ja0422)だった。
彼女はディアボロに負けず劣らず「うふふふふ……」と不気味な笑いを浮かべながらフラフラとディアボロへと近づいて行く。そして、人差し指を差し出すと、ディアボロも彼女の指へと舌を伸ばす。
黒百合の細い指と、ディアボロのぬめる舌が触れ遭う直前、撃退士とディアボロ、禁断の異文化交流が成ったと思われたその時……!!
ビシッ
黒百合がでこピンの要領で舌を弾いた。慌ててディアボロが舌を引っ込める。
「何がしたかってん、あんたは!?」
「やっぱり駄目ねぇ。雫ちゃんの言う通り、生理的に無理だわぁ、アレは」
未来のツッコミをへらへら笑っていなしながら、黒百合が仲間達の元へと戻っていく。
「わかった、俺がやろう」
嘆息しつつ、海が改めてディアボロの前に出る。
「ディアボロ! お前の目的は何だ!?」
「…………」
無視。ディアボロはニヤニヤと笑い続けている。
「難しく考えなくていいんじゃない? 依頼は討伐なんだしぃ」
これまで黙って(というか遊夜にじゃれついて)いた来崎 麻夜(
jb0905)が提案する。
「あれが害になっているのは事実…」
同じく黙って(これまた遊夜にじゃれついて)いたヒビキ・ユーヤ(
jb9420)も同意する。
「…そうだね。手間取らせてすまない。あのディアボロを討伐しよう」
海も覚悟を決め、撃退士達は各々が所定の位置についた。ディアボロはその間も撃退士達に攻撃を仕掛けることはなかった。
気味悪く、意味不明で、どこか憎めないディアボロの討伐作戦が開始された。
●
真っ先に仕掛けたのは、低めのビルの屋上を狙撃ポイントに選んだ遊夜だった。
「狙うとしたら…まずは目かねぇ?」
ロケット砲を担ぎ、片目を閉じる。開かれたもう片方の目から赤い燐光が瞬き、精密な狙いの軌跡を残す。ディアボロもそれに気付いたように、視線を遊夜に向ける。
「逃がさん!」
だが、動揺した様子もなく引き金をひく。放たれたアウルの砲弾が、赤黒い煙をたなびかせてディアボロの右目に突き刺さった。
その瞬間、ディアボロはまぶたを閉じて砲弾から眼球を守った。黒い爆煙が巻き起こり、それが晴れ、無傷のまぶたが姿を現す。だが、その中心には赤黒い蕾のような染みが浮かんでいた。今はまだ蕾だが、これがやがて花となるのだ。
「成功だ」
ニヤリと笑ったのはほんの一瞬。すぐさま表情を引き締め、次のターゲットに狙いを定めた。
「ここなら、こっちは狙えないでしょう」
そう言って、陰陽の翼を広げ上空から踊りかかったのは馬頭鬼だ。彼は左目の真上に陣取り、アウルで形成された刀をまぶたに突き立てる。
鼻孔は下を向いているし、目と口は前を向いている。この位置からなら、ディアボロの攻撃が届く事は無いと判断したのだ。
相手が相手なので目玉が飛び出すぐらいの事は覚悟していたが、今のところその兆候は無い。
「あらぁ、奇遇ねぇ」
馬頭鬼と同様の事を考えていたらしい、黒百合が屋上から駆け降りるようにして現れ、右目に着地。そのまま掌をまぶたにそっと押し当てると、そこから高密度のアウルを爆発させた。その衝撃はまぶたの防御を貫き、内部の眼球にまで及んだ。
見開かれた右目がひび割れ、そこから血と得体のしれない液体が噴出し、涙のようにビルを伝う。
撃退士達からの激しい攻撃を受け、ディアボロも自己防衛のために動きだした。
まずは右目から熱光線。地上の未来目掛けて放つが、彼女は軽快なフットワークで回避する。熱線に晒されたアスファルトが焦げ、不愉快な匂いが宙に漂う。
「これが本当の熱視線っちゅーやつやな、おおっと!」
今度は左目からの熱視線(命名:未来)が未来の黒髪を掠めて過ぎる。
「何でうちばっか狙うねん!」
「くだらないこと言うから、目のカタキにされたんじゃないのぉ?」
自分の発言がツボにハマったようで、黒百合ががけらけらと笑う。そう言う彼女はディアボロの右目に腰かけており、目の上のたんこぶとなっている。
ディアボロはさらに鼻を大きく膨らませると、そこから大嵐――と言えば聞こえはいいが、単なる鼻息――を放った。
「あっ」
短い悲鳴をあげて、身軽な雫が吹き飛ばされる。そのまま街の外まで吹き飛ばされかねない強風だったが、幸いにもビルに叩きつけられる事で戦線離脱は免れた。
それでもコンクリートに全身をぶつけた事によるダメージは大きい。だがそれ以上に、鼻息に吹き飛ばされたという屈辱が勝るのか、雫は頭を振りながらフラフラと立ち上がると、いつもに増して無表情で吐き捨てる。
「何とも……鼻につく攻撃ですね」
「あ、雫クンも冗談言いおった!」
それを耳ざとく聞きつけた未来の指摘に、雫は一瞬「え?」と呆けた顔をしたが、やがて顔を真っ赤に火照らせると「わ、忘れて下さい!」とそっぽを向いた。
「天然やったんかい」
そんなやり取りはさておき、ディアボロの攻撃は苛烈を極めていた。両目からは絶え間なく熱光線が放たれ、鼻からの強風は地上の未来や雫を近寄らせない。口はやる事が無いのか「バーカ! バーカ!」と悪口を吐いていた。
「見た目はともかく要塞を相手にしているようなものだな」
と、海は敵をそう評した。
ディアボロはより撃退士達を狙いやすくするためか、壁面をゆっくりと上昇していった。それを食い止めようと、目の上に陣取っている馬頭鬼と黒百合が武器を突き立てるが、止められない。
だが、ディアボロの左目がビルの窓の上で止まった瞬間、海は「好機だ!」と叫び、飛び立つと、左目の隣にある窓を突き破ってビルの内部に侵入、そこから左目の裏側に回り込む。
「うっ」
そこであるものを目撃した海は、身の毛のよだつ光景を目にした。
ディアボロの左目は窓に貼り付いている。即ち、裏側から見れば貼り付いている仕組みが見えるのだが……そこにはイソギンチャクを思わせる短い触手がびっしり生えており、それらの先端には吸盤が付いている。その吸盤で窓ガラスに貼り付いているのだ。
「見てはいけないものを見てしまった気分だ」
呟き、海は床に阻霊符を叩きつけると、萎えかけた戦意を奮い立たせるように雄叫びをあげて左目に突撃する。
「うおおおおっ!」
手にした槍が窓を突き破り、裏側からディアボロの左目を串刺しにした。窓ガラスから剥がれた左目が海ごと地面に落ちていく。
海は槍を引き抜くと、翼を広げて左目の上から離脱。
左目が地面に叩きつけられ、遅れて、陽光を反射してキラキラと輝くガラス片が次々と左目に降り注いだ。全身にガラス片を突き立てた左目はそれきり動く事は無かった。
「よっしゃあ! 1匹(?)撃破ぁ……って、何やこれ!」
左目に駆け寄った未来がガッツポーズし、その裏側を見て悲鳴をあげた。
「あと3匹(?)……」
ユーヤは翼を煌めかせてディアボロの真上を取ると、急降下するようにディアボロの鼻に突撃した。鼻骨が折れたような鈍い音が響き、その衝撃でディアボロ全体がビルの入り口付近まで降下していく。
「あとは、まかせた、よ…」
「ん、りょーかい」
空中でユーヤと入れ替わるように麻夜が前に出ると、彼女の背後にあるビルに映った影が妖しく蠢く。
その様子にディアボロは危険を感じ取ったのか、全ての砲門(鼻孔のこと)を麻夜に向けた。
「!?」
麻夜が技を発動するよりも早く、右の鼻孔から炎、左の鼻孔からは吹雪が噴き出し、その二つが混じり合うように螺旋を描いて襲い来る!
「おっと残念、進路変更だ」
遠くから軽口が聞こえ、螺旋が麻夜に届く寸前、両者の間に赤い爆光が炸裂した。結果、螺旋の狙いは僅かに逸れて、無人のビルを破壊するだけに留まった。
「ボクに攻撃が届くと思ってるの?」
麻夜がクスクスとディアボロを嘲笑う。
「先輩がいつでもボクを守ってくれているんだから」
そして、螺旋を逸らした援護射撃の主、遊夜のいる方向に向かって両手を大きく振る。
遊夜は片手を挙げてそれに応えながら「いいから早くしろよ」と言いたげに苦笑した。
「はぁい」
麻夜はディアボロに向き直ると、中断していた技の発動を再開する。蠢く彼女の影から漆黒の鎖が伸び、ディアボロに襲いかかった。
「ここから…う・ご・く・な!」
鎖が幾重にもディアボロに絡みつく。鼻はその鼻孔に鎖を詰め込まれ、口は歯の一本一本にまで鎖が巻き付き、その動きを止めた。だが、右目に伸びる鎖は、熱視線に撃ち落とされてしまう。
「むぅ残念。ま、いいや。黒神さん、後はお願い」
「よしきた!」
未来が左の髪をかきあげ、赤く輝く瞳を露わにさせる。それに睨まれたディアボロの右目は、怯えたように硬直してしまった。
「うちと目合わせたんが失敗やったな」
未来はくるりとディアボロに背を向けると、背後にいた雫にタッチする。雫はささやかに掲げられた手でそれを受けると、「行きます」と、その手をディアボロに突き出した。そこから星屑を繋げたような銀の鎖が放たれる。それは麻夜の黒い鎖と絡み合うと、凄まじい力でディアボロを地面へと引き摺り下ろした。
ベリッと音をたててビルから剥がれたディアボロが、今度は地面に貼り付くように墜落する。それを追うようにして黒百合が急降下。漆黒の槍を振り上げ、右目に突き立てる。
ディアボロはすぐさままぶたを閉じて、それを受け止めた…………が、いつの間にか腐敗していたまぶたは盾としての機能を成さず、あっさりと黒槍に貫かれた。
戦闘開始と同時に遊夜によって撃ち込まれた腐食の蕾。それがついに花開いたのだ。
「きゃははははァ、綺麗に整形してあげたわよォ!」
驚愕に見開かれた眼球を、ねじ込んだ槍でぐっちゃぐっちゃに掻き回す。
「はっはっは」
一方の口は、目の惨状は他人事とばかりに笑い始めた。
「可愛いわァ、きゃははははァ!」
「はっはっは はっはっは」
黒百合の嬌声と、ディアボロの哄笑がビルに跳ねかえり、街中に響き渡る。
……じきにその右目は機能を失うだろう。
「ならば残るは……」
馬頭鬼は次の獲物へと疾駆する。狙いはディアボロの鼻!
彼の殺気を感じ取った鼻が鼻息を吹きかける。だが、両目を失い狙いが定まらないのか、それは身をかわすまでもなく馬頭鬼の横をそよいでいった。
「季節外れの福笑は、片付けをしなくてはいけませんね」
言い放ち、刀を地面すれすれに寝かせると、鼻を削ぎ落とすように振り抜いた。本体と地面を繋ぐ触手のほとんどがその一閃で斬り落とされ、断面から血がぶちまけられる。
「ん、とどめ」
両足を揃えて鼻の上に着地したユーヤが、言葉通り引導を渡した。
「残るは口ですね」
雫は口に視線を向ける。同時に、口は黒い鎖を噛み砕くようにして束縛から解放されていた。
「なら、また縛りつけてあげる」
身長ほどもある黒髪をさらに伸ばし、麻夜は再び口を拘束せんと試みる。だが、口は長い舌を伸ばすと、逆に麻夜の体を拘束してしまった。
「!!」
舌から伝わるリアルな肉感に、麻夜の全身に悪寒が奔った。それは彼女が恐れていた他者の温もりそのものだった。
「ああ、ああ……!」
「麻夜っ!」
パニックに陥る麻夜に、遊夜の声が届いた。次いで銃声。弾丸が舌を貫き、麻夜の拘束が緩む。
「あああああっ! ボクに、触るなっ!」
抜きだした右手でがむしゃらに鞭を振るい、彼女を拘束する舌は細切れに引き裂かれた。
「麻夜っ!」
ビルから飛び降りた遊夜が麻夜に駆け寄り、ディアボロのよだれでベトベトになるのも構わず、麻夜の体を抱きしめる。
「よく頑張ったな、もう大丈夫だ」
すすり泣く麻夜の頭を何度も何度も撫でてあげる。
だが、舌を千切られてなおディアボロは生きていた。あらゆる感覚器官を失った口は最後の手段に打ってでたのである。
ガッチンガッチンと歯の開閉を繰り返しながら、地面をでたらめに動き回りはじめたのだ。まさしく、無軌道に動き続けるベアトラップ。こうなれば、相手の攻撃を受けるのも、こちらの攻撃を当てるのも運次第だ。
そして間の悪い事に、動き回る口は未来の足下に迫ってきた。
「あかんっ!」
慌てて飛び退くが間に合わない。ダイヤモンドより堅い歯は、彼女の足に食らいついた。
「ぐうぅぅっ!」
悲鳴をあげそうになるのを、唇を噛んで堪える。歯は足甲に深く食い込んで止まっていた。もしレガースを装備していなかったら、自分の足はどうなっていたか……想像するだに恐ろしい。
「動かないでください」
すぐさま駆け寄った雫が、大剣を一閃。前歯を3本叩き折り
「少々カルシウム不足だった様ですね」
と言い捨てた。
解放された未来に、今度は海が駆け寄って「大丈夫か?」と声をかけながら治療を始める。
一方のディアボロは、また動き出そうとする寸前に、馬頭鬼の刀を口中に突き入れられ、地面に縫いとめられていた。
「逃がしませんよ」
馬頭鬼が冷ややかに言った。そして……
「マヤを傷つけたな……」
ドルルル……
いつの間にかチェーンソーを手にしたユーヤが、エンジン高らかに鳴らしながらゆっくりとディアボロに近づいていく。
「しね」
チェーンソーを口中に放りこまれ、謎のディアボロは謎のまま肉片と化して消えていった。