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ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)、E・リインフォース(
jc1254)、雫(
ja1894)各々が距離をあけて三角の陣形を組み、山の中腹を行軍していた。
ヴァルヌスが無線機で、他の班との定時連絡を行っている。その吐く息は白く、踏みしめる地面からはバリバリと霜の割れる音がした。
「定時連絡終了ー! 他の班も目標は発見できていないみたいですね! 僕達はこのまま山頂を目指しましょう!」
無線機をしまいながら、ヴァルヌスが言った。声を張り上げているのは、マタンゴの眠り胞子で一網打尽にされないよう互いの距離が離れているからだ。
「わかりました! しかし山頂ですか……ますます寒くなりそうですね」
衣服をぎゅっと寄せあ合わせながら、雫がひとりごちた。
「眠気覚ましも兼ねて、喋りながら歩いた方がいいだろうな!」
リインフォースが提案する。
「そうですね! せっかくだから歌とか歌いながら歩きませんか!?」
「う、歌ですか?」
ヴァルヌスのさらなる提案に、雫が焦りを含んだ声をあげた。
「そうですよー。せっかくだから一緒に歌いませんかー!?」
「え、いや、その、ほら、今回はピクニックに来ているわけではないですし……」
何かと理由をつけてはいるが、雫が恥ずかしがっているのは明らかだ。頬を赤らめる彼女に、ヴァルヌスがカラオケでパワハラする男上司のように攻勢を強めていく。
「ほらほらー! 雫ちゃんー! お願いしますよー!」
ここまでくると、ヴァルヌスの様子がいつもと違うことに、雫は気付いた。
(たしかマタンゴの胞子には、精神に異常をきたすものがあると聞きましたが、まさか……)
「ほらー! リインフォースさんも何か言ってあげてくださいよー!?」
「…………」
リインフォースからの返事は無く、代わりに重いものが落ちる音が答えた。いつの間にか二人に遅れて歩いていたリインフォースが、地面に突っ伏すようにして倒れたのだ。
「雫さん!」
「はい!」
馬鹿話をしている最中にも関わらず、2人の行動は迅速だった。お互いの背を庇い合うようにして立つと、周囲に視線を走らせる。
「あそこです!」
盛り上がった地面が動くのを見逃さなかった雫が指をさし、その方向めがけてヴァルヌスが銃を構える。
「キノコ狩りの男! ヴァルヌスッ!」
その身を本来の姿――翠と漆黒の装甲を持つ人型機動兵器――へと変え、愛銃から光の弾丸を放った。
それはレーザーの様に白い軌跡を描いて地面に突き刺さり、爆発した。えぐられた大地から、半身を崩したマタンゴが姿を現し、ゆっくりとヴァルヌス達に向かって這い寄ってくる。
が、続くヴァルヌスの第二射がマタンゴの中心を捕え、それは盛大に胞子を撒き散らして弾けとんだ。
「索敵……異常無し。通常形態へと移行する」
他にマタンゴがいないことを確認すると、ヴァルヌスは半ズボン姿の少年に戻った。そして、リインフォースへと歩み寄ると、その様子を慎重にうかがった。
規則正しい寝息が聞こえる。どうやらマタンゴの胞子で眠ってしまっているようだ。
「キノコ野郎め、思い知ったか!」
などという寝言も聞こえた。どうやら、夢の中では彼がマタンゴを倒しているようだった。性格も豹変している。
「お客さん、終点だよ!」
ヴァルヌスがリインフォースの体をゆさゆさ揺すったが、効果は無かった。
「失礼します」
次に雫が小さな体で二人の間に割り込むと、腕を振り上げてリインフォースの頬を張った。
1発、2発、3発。乾いた音が山に響き、頬を腫らしたリインフォースがゆっくりと目を開いた。
「悪い、油断した」
覚醒したリインフォースが謝罪する。
「気にしないでください。ところでヴァルヌスさん」
雫が半眼でヴァルヌスを見据えた。腫れた掌をひらひらと振りながら。
「歌の件ですが、あれはマタンゴの胞子で錯乱していたが故の気の迷いだったという認識でいいですね?」
「さ、さぁー、何のことですかねー? それよりも、先を急ぎましょう!」
誤魔化すように微笑んで、ヴァルヌスは先頭を進みだした。
その真偽は彼のみぞ知る。
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亀山 淳紅(
ja2261)、片瀬静子(
jb1775)、藍那湊(
jc0170)の3人は、山の麓を探索していた。
「やはり簡単には見つかりませんね……くしゅっ」
淳紅がくしゃみ混じりに呟いた。幼少期から声楽の指導の受けてきただけあって、彼の声は張り上げなくてもよく通る。
「亀山さん、風邪ですか?」
さっきからくしゃみを頻発している淳紅を気遣い、静子が声をかけた。
「そういうわけじゃ無いと思うんですけど……くしゅっ」
「花粉症とかー?」
上空を偵察していた湊が、翼を閉じて地面に降り立ち会話に加わる。
「季節もまだ早いですし、そういうわけでも……ずずっ」
だがそんな彼の言葉とは裏腹に、鼻水まで出始めた。
「何にしろ、健康には気をつけてくださいね……くしゅんっ!?」
「あははー、気遣ってる本人がくしゃみしてたら説得力ないですよー。その点、俺は寒さに強……へ…へくしっ!」
静子と湊も立て続けにくしゃみを発し、三人は顔を見合わせた。いつの間にか周囲に黄色い粉が漂っている。
「花粉? いや、胞子!?」
淳紅が断定すると、三人は距離を離して周囲を捜索する。
「空から確認した時は、何も見えなかったよ!?」
「私も周囲は警戒していましたが何もいませんでした!」
「なら……あそこです!」
湊と静子の主張を総合し、淳紅は一際巨大な木の幹を指さした。上空からは生い茂る枝葉で見えず、見渡しただけでは幹に視線を遮られる。
彼の読みは正解だった。幹の裏からうぞぞとマタンゴが這いだした。想定外だったのは、太い木の裏から、4匹ものマタンゴが一斉に姿を現したことだろう。さらに、別の木の幹からも1匹のマタンゴが這い現れた。
「数が多いよー!」
湊が大剣を構えながらも、悲鳴じみた声をあげる。
「群生地に迷い込んでしまったようですね」
「ですが死神の姿は無いようです。焦らずに突破しましょう」
そう言って静子と淳紅が頷き合う。
マタンゴが撒き散らす胞子で、すでに視界は黄色く染まっていた。これらが目鼻に入り、花粉症に似た症状を引き起こしていたのだろう。もしくは魔界のPM2.5と言うべきか。
1匹のマタンゴが弾けて、そこからさらなる胞子が噴き出した。
「わぷッ!」
それを顔面に浴びた湊が悲鳴をあげる。
「大丈夫ですか!?」
「うん、へーき…」
淳紅に手をひらひら振って応えた湊であったが、様子が明らかにおかしい。全身を小刻みに震わせたかと思うと、自らの肩を抱くようにして、膝をつき。
「うおおおおおっ!!」
怒声をあげて立ちあがった瞬間には、少女じみた体格をした少年は、立派な青年へと変貌を遂げていた。
「み、湊さん……?」
「湊じゃないです。俺の名は……ミナモ!!」
湊は二重人格だった。性格を変貌させるマタンゴの胞子が、湊の場合は内に秘めた第2の人格を目覚めさせたのであった。
「悪いキノコはいねがーですよー!」
湊改めミナモは、紙袋を被って素顔を隠すと、湊の頃は両手で扱っていた大剣を軽々と片手で振り回し、マタンゴに叩きつけて粉砕した。
「俺達のキノコ狩りは今はじまったばかりですよ!」
吠えるミナモに、別のマタンゴが胞子を浴びせかける。
「ぐー」
ミナモはあっさりと眠りに落ちた。彼のキノコ狩りは終わった。
「み、ミナモさーん!?」
思わず悲鳴じみたツッコミをあげた淳紅の鼻に胞子が侵入する。
「しまっ…」
口を押さえた時には、もう遅い。淳紅の意識も闇に閉ざされていく。
残された静子は、ずるずると迫るマタンゴの群れに拳銃で牽制を続けていた。マタンゴから距離を取ることは簡単だが、眠らされた2人と分断させられてしまう。
静子は覚悟を決めると、胞子が入りこむのも構わず、あえて息を大きく吸った。そして――
「起きろおおおおおっ!!」
百獣の王の如き咆哮が山をも震わせた。木々が揺れ、小動物は逃げ出し、鳥達は我先にと羽ばたいた。趣味柄、敏感な鼓膜を持ちあわせていた淳紅は跳ね起き、湊はアホ毛を逆立たせて飛び起きた。
だが、咆哮をあげた静子は、無事ではすまなかった。
彼女を取り囲んだマタンゴが、一斉に胞子を撒き散らす。
(けど、一人が起きているよりは、二人が起きている方が勝算はあるでしょう……)
薄れゆく意識の中で、静子は勝利を確信していた。
「あとは、お願い、しま、す……」
頭を振りながら体を起こす淳紅と湊を見届け、静子はゆっくりと地面に倒れ込んだ。
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「亀山先輩達の定時連絡が途絶えましたね」
無線で何度も淳紅達に呼びかけていたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)だったが、やがて諦めたように無線を下ろした。
「大変! 助けに行かないと」
鏑木愛梨沙(
jb3903)が声をあげる。
「もちろんですとも」
エイルズレトラは頷くと、ブツブツと考えをまとめはじめる。
「最後の定時連絡で、亀山先輩達は麓の森に入るとおっしゃっていましたね。候補はいくつかありますが……一番近いところへ向かってみましょうか」
それに異を唱えたのはアルビオン(jz0230)だった。
「それだと遠いところにいた場合に、取り返しがつかないかも知れない。ボクなら空を飛べるし、機動力もある。一番遠いところへは、ボクが向かうよ」
白い肌をさらに蒼白にし、言うが早いがアルビオンは翼を広げて飛び立った。
「あ、待ってください……まったく」
エイルズレトラが止めようとした時には、アルビオンは遥か遠くを飛んでいた。
「んん? 様子がおかしいよ」
しかし、米粒ほどの大きさになったアルビオンがフラフラと蛇行しはじめたのを、愛梨沙は目ざとく気付いた。
「本当ですね、あれはマタンゴにやられたようです。とりあえず追いましょうか」
肩をすくめたエイルズレトラと愛梨沙は、走ってアルビオンを追い掛けた。
案の定、アルビオンは眠らされて地面に墜落していた。割と高いところから落ちたというのに、彼は眠ったままである。彼の側では1匹のマタンゴがうぞうぞと蠢いていた。
エイルズレトラと愛梨沙は適当にマタンゴを撃退すると、アルビオンに駆け寄った。
「大丈夫、アルビオン?」
愛梨沙はアルビオンの容態を調べるため彼の体に触れ、気付いた。彼の白いタキシード、その背にうっすらと血が滲んでいることを。
「おや、いつの間に怪我したんでしょうか」
エイルズレトラもそれに気付き、首を傾げた。
「きっと最初ディアボロと交戦した際に、負ったんだと思うよ」
言って、愛梨沙はアルビオンの背に手を当てて念じた。
愛梨沙はアルビオンの様なナルシストは嫌いだが、彼については考えを改めていた。結果こそ伴わなかったが、彼は仲間を思って真っ先に行動した。その自己愛と同じくらいに他人を愛せる人物なのだろう。
そこまで思いを巡らせたところで、治療は終わった。服越しで見えないが、これで回復したはずだ。
あとはアルビオンの頭をはたいて、文字通り叩き起こすと、彼の目を見ながら口を開いた。
「仲間を心配するのは分かるけど、あたし達が二次被害に遭ったら意味ないよ。慎重に行こ?」
「うん……ごめん、ありがとう」
子犬のようにうなだれるアルビオンの肩を叩くと、愛梨沙は立ちあがった。
「終わったようですね、それでは行きましょうか」
エイルズレトラが丁寧な口調で淡々と仕切り、3人は再び進みだす。
と、そこで思わぬ偶然が起きた。
木の影から現れたディアボロとばったり遭遇したのだ。黒いローブを纏い、大鎌を携えたスケルトン。目標のディアボロに間違い無かった。
「ん、とゆーことは、淳紅達は無事ってこと?」
返り血を浴びた様子の無いディアボロを見据え、愛梨沙が小首を傾げて言った。
「はい。今、亀山先輩達との連絡がとれました。眠らされていたそうですが、すぐこちらに合流するそうです」
と、無線でやり取りしていたエイルズレトラも言う。
「ふっ、ならば心配することは何もないね」
「そーゆーことっ!」
俄然元気を取り戻したアルビオンと、愛梨沙が攻撃を開始する。だが、ディアボロはローブを翻すと、ひらりひらりとそれをかわす。
「あーもう、うっとーしい!」
愛梨沙が聖なる鎖を放ち、ディアボロを拘束しようと試みるが、そもそもそれすらも当たらないのだから意味が無い。
「身のこなしに相当の自身がある様子ですね。次は僕と踊って頂けませんか?」
エイルズレトラが、愛梨沙達を押しのけるようにして前に出た。ディアボロが放つ無数の魔弾を、エイルズレトラは最小限の動きで縫うようにかわし、隙をついてカードを投げつける。致命的なタイミングで投げつけられたそれを、ディアボロも影に身を溶かすようにして回避した。
一進一退の攻防が数分続き……
「引き分けのようですね」
そう言って、エイルズレトラが身を引いた。ディアボロがそれを追い、大鎌を振り上げる。
その瞬間、別の方向からの雷撃がディアボロめがけて奔った。
ディアボロはすさまじい反応でそれを回避するが、雷撃は鋭く方向転換するとディアボロを打った。
「ま、僕達の勝ちではありますが」
黒いローブをさらに黒コゲにして、ディアボロが地面に落ちる。
「遅くなりました!」
「お待たせー」
右腕に雷撃の余波を奔らせた淳紅と、刀を担いだ湊が合流した。
「真打ち登場っ!」
「お待たせしました」
「間に合ったようだな」
続いて、ヴァルヌス、雫、リインフォースも参戦する。
「片瀬さんは?」
アルビオンが淳紅達に質問する。答えたのは湊だった。
「マタンゴから俺達を逃がすため囮に……助けようとした矢先にディアボロが見つかったって聞いて、それなら寝かせておいても安全と思ったから、こっちに駆けつけたんだよー」
「でしたら、早く倒して迎えにいってあげましょう」
と、雫。
こうしてディアボロと撃退士達の戦いが再び始まったが、もはや勝敗は見えていた。ディアボロも必死に抵抗したが、人数差を埋める力は無い。
「僕をここまで辿りつかせてくれた片瀬さんの想い、無駄にしません!」
淳紅は五線譜を纏い跳びあがると、高らかに歌声を響かせた。音が破壊の力を伴い、ディアボロめがけて降り注ぐ。それすらもディアボロは避けてみせた。だが、絨毯爆撃を避けきったディアボロは体勢を崩しており、その隙をリインフォースは逃さなかった。
「今日は足を引っ張ったからな。トドメはもらうぞ」
電光石火の勢いで突き出されたナイフが、ディアボロの額を貫いた。
断末魔を残して、スケルトンが崩れ去り、後には黒いローブがバサリと落ちた。
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静子は眠っていた。落ち葉を布団に、手近にあったマタンゴを無意識のうちに枕にして。
その寝顔は、使命を果たした充足感で満ち足りており、安らかなものだった。
……後日、彼女は本当に風邪をひいてしまうのだが、それはまた別の話。