魔剣を手にした斥候兄は、キャンプ地から少し離れた荒野を彷徨っていた。黒い魔剣を地面にこすらせながら、幽鬼のようにフラフラと。
「見つけました、あそこです!」
女性の声がした方へと斥候兄は振り向くと、こちらへ向かってくる8人の撃退士達の姿を捉えた。
「……獲物だ!」
魔剣を構える斥候兄の両目に生気が宿る。斥候兄は撃退士達の只中へ飛びこまんと地面を蹴ったが
「やらせない……!」
素早く撃退士の一群から飛び出したリリル・フラガラッハ(
ja9127)が、愛銃で斥候兄の足下を撃ち抜いて動きを牽制する。
「何をするんだ? 俺達は同じ撃退士だろ?」
飛び退きながら、斥候兄は両手をあげて言った。
「ごまかしても無駄だよ。もうネタは割れてるんだ」
出雲 楓(
jb4473)が指摘すると、人の良さそうな笑みを浮かべていた斥候兄の顔がひび割れ、凶悪な形相が露わになった。
「ああぁ〜、やっぱりそうかぁ〜。ひとり逃がしちまったから、そうなるとは思ってたんだけどなぁ〜!」
斥候兄が頭をボリボリとかきながら言う。
「で、お前らはどうすんだ? この身体が仲間であることに違いはねぇんだろ? お前らに斬れるのかぁ!?」
「それが必要なら、覚悟はあるぜ」
ジョン・ドゥ(
jb9083)が一歩踏み出して言う。
「だが、お前ごときにその必要性は感じられねぇな!」
そして空間に指を走らせ斥候兄の周囲に魔法陣を描き、そこから爆発を発生させる。
「悪いが、動きを止めさせてもらうぞ」
爆風に紛れて接近した黒羽 拓海(
jb7256)が斥候兄に詫びるように言い、ワイヤーでその脚を絡め取ろうとする。だが、そのワイヤーは斥候弟が振り下ろした魔剣に断ち切られた。
「まだです!」
咲魔 聡一(
jb9491)が念じると、斥候兄に蔦が絡みつき、仕上げとばかりに現れた巨大な食虫植物が脚にガブリとかぶりついた。
動きを止められた斥候兄だったが、その顔から余裕の笑みは消えない。
「生かさず殺さずこの男を捕えようってか? 甘いぜ、撃退士ぃ!」
拘束されたまま、斥候兄は魔剣を大きく振り上げる。
「やべッ、封砲がくるぞ!」
ジョンが鋭く警告するのと同時に、魔剣は振り下ろされた。そこから放たれたのは光を呑み込みながら突き進む漆黒の衝撃波。リリルめがけて襲いかかる。
「くぅっ」
それを咄嗟に防いだリリルだったが、勢いは殺しきれずに吹き飛ばされてしまう。
黒い衝撃波は彼女の後ろにいた御薬袋 流樹(
jc1029) にも迫ったが
「おっと」
それは軽くかわされた。
一方、吹き飛ばされたリリルは命図 泣留男(
jb4611)、通称メンナクに受け止められていた。
「黒に染まっちまったようだが、その黒はよくない。オレのトゥルースな黒ってモンを魅せてやるぜ」
などと言いながら上半身のレザージャケットをはだけて、リリルの傷を癒していく。
「あ、ありがと…」
リリルは額に汗を垂らしながら礼を言った。
「さて、と。やり返すとしますか」
流樹はパーカーを脱ぎ捨て光纏すると、頭に猫耳がぴょこんと生えた。
「待ってください。あなたに祝福を」
駆け寄った御堂・玲獅(
ja0388)が流樹の背中に輝く刻印を刻む。
「どうもー。あっ、僕が魔剣を持ったら、僕の安全より任務を優先してください」
軽く言って、今度こそ駆けだそうとした流樹だったが、後ろから腕を引っ張られてつんのめる。見ると、玲獅に腕を掴まれていた。
「そんなことは絶対にしませんので、どうかご無事で」
浮かべた笑みこそ穏やかだったが、反論を許さない口調で玲獅が言った。
「……気をつけるよ」
流樹が両手を挙げて降参の意を示すと、玲獅は手を離してくれた。
出鼻はくじかれてしまったが、今度の今度こそ流樹は猫の如く駆けだし、斥候兄へとひとっ飛びで迫った。数珠を巻きつけた拳で、斥候兄の右肩を殴りつける。
「げぼあっ!」
斥候兄が大げさに悲鳴をあげた。
そこまで強力な一打を放ったつもりも無かった流樹は、異常な反応に悪寒を覚えて跳び退いた。
「痛ぇ、痛ぇよぉ〜!」
斥候兄は全身をよじりながら大声で呻く。足が拘束されていなければ、地面を転げ回っていたかも知れない。
「憐れみを期待しての演技ならやめた方がいいよ。むしろ殺意が湧いてきた」
楓が銃を魔剣に向けながら言った。
「あらぁ、バレた?」
斥候兄が舌をべロリと出す。
「ジョン兄さん、僕は斥候さんとは初対面ですけど、彼のこと嫌いになりそうです」
「俺もだ……想像以上にタチの悪いディアボロだな、こいつは」
聡一が気を落ちつかせるように眼鏡を押さえて言い、ジョンは頭を抱えながらそれに答えた。
「それすらも奴の策かも知れん。もし彼と今後任務を共にすることがあっても、うまく連携が取れなくなるぞ」
拓海が自分にも言い聞かせるように言った。
それほどまでに人の第一印象というのは強烈なものなのである。手にした者の人格すら汚す、不和の魔剣。その威力を、撃退士達は改めて思い知った。
「では、早く解放してあげましょう」
聡一が掌に風を巻き起こし、解き放つ。突風が魔剣に襲いかかるが、斥候兄は魔剣を地面に突き立てることで踏ん張った。
瞬間、突き立てられた魔剣に輝く銃弾が突き刺さった。折れそうなほどにたわんだ刀身があわやというところで元通りになる。
「魔剣対魔銃、狙いを違わず撃ち抜くよ……! なんてね」
銃を構えたリリルが不敵に笑い、彼女を援護するように楓も双銃による銃弾を浴びせてゆく。
「俺を狙ってきたか!」
「それだけとも限らん!」
叫ぶ斥候兄の側面に迫った拓海が、剣で脇腹を払い打つ。狙いは斥候兄の気絶だ。
斥候兄もすぐさま地面から魔剣を引き抜き、それを受け止めた。
「前がガラ空きだぜ!」
飛行して猛スピードで突進したジョンが、手にした剣の柄頭で斥候兄の鳩尾を殴りつけた。
「がふっ……」
今度は本物の呻き声をあげて、斥候兄が白目を剥く。
「終わりだ。憑かなきゃ何も出来ない無能はバターナイフにも劣らァな」
とジョンが勝ち誇った。
「があああああっ!!」
だが、斥候兄は最後の力を振り絞り剣を投げつけた。回転する剣は、距離を離そうとしていた拓海を追うようにして飛来し、彼の脚に突き刺さる。
「ぐあっ!」
拓海は悲鳴をあげて転倒した。
「ちっ、悪あがきしやがって」
ジョンは舌打ちをしながら、崩れ落ちた斥候兄の体を受け止め、それを荒野を奔るワールウィンドのように駆けつけてきた(本人談)メンナクに預けた。
「ぐっ、すまない、回復を……」
顔面を蒼白にしながら、拓海が魔剣に触れず、目も向けないようにして仲間を呼んだ。この魔剣がどのようにして身体を乗っ取るのか、まだ分からないのだ。
「待っていてください!」
玲獅が駆け寄り、彼女もまた魔剣に触れないようにしながら傷口に手を差し出す。
その時、楓は見た。拓海の唇の両端が、邪悪に釣り上がるのを。
「御堂さん、危険だ! もう乗っ取られてる!」
楓の叫びを契機に、拓海は鞘から奔らせるようにして魔剣を傷口から引き抜き、玲獅めがけて斬りかかった。
「!?」
すんでのところで後ずさってかわした玲獅だったが、突き出していた掌が浅く斬り裂かれ鮮血が飛び散り、刃にかかった長い銀髪がはらはらと落ちていった。
本来の玲獅なら、ここから距離をとることも、反撃することもできただろう。だが、拓海の表情を見て、彼女は動きを止めてしまった。拓海は泣いていたのだ。
「すまない……俺が未熟なばかりに……」
悔恨に満ちた表情を浮かべ、慟哭の涙を流す拓海に、玲獅はかぶりを振った。
「あなたが悪いわけでは…」
「なぁーんちゃってぇ!」
すかさず伸びてきた拓海の腕が、玲獅の細い首を鷲掴みにした。
「拓海! じゃねぇ……魔剣、てめぇ!」
ジョンが吠える。
「この女の首がねじ切れるまでの間、一つ種明かしをしてやろうか」
油断無く玲獅の体を盾にしながら、拓海が言った。
「種明かし?」
楓がおうむ返しに聞き返す。
「そうだ。俺が人の体を乗っ取るには、ほんの少しだけでも触れりゃ十分なんだよ! 靴を履いた足で蹴ろうが、まして手袋を付けて掴もうがなぁ!」
いそいそとゴム手袋を装着しようとしていたメンナクが、そそくさとそれを隠す。
「残念ながら乗っ取れるのは一人までだが、さっきのように気絶する瞬間に、誰かに突き刺さっちまえば関係ねぇ。こうしてじわじわと一人ずつ一人ずーつ使い潰していってやるぜぇ!」
「そんなことはさせない!」
銃弾が光線の如く奔り、玲獅を掴む拓海の手を掠めていった。
「むっ!?」
拓海は思わずその手を離してしまった。脊椎による反射行動はさすがの魔剣も操れない。
「よくやった!」
難しい狙撃を成功させて、額の汗をぬぐいながらため息をついたリリルを労いながらメンナクが跳んだ。玲獅の体が地面に落ちる瞬間にダイビングキャッチし、すぐさま回復のためレザージャケットのチャックを掴んだが、その手を玲獅本人が優しく押さえた。
「怪我をしたわけでは…こほっ、ありません……。それは仲間が傷ついた時のため…こほっこほっ、とっておきましょう……」
「……ああ、そうだな」
玲獅の癒し手としての覚悟を受け止め、メンナクはチャックを戻した。
「ロックだぜ、あんた」
「……それは褒め言葉なのでしょうか?」
玲獅は本気で分からないと言った風に小首を傾げた。
そうして、戦いは仕切り直しとなった。魔剣が操る拓海を、残り7人の撃退士達が取り囲むようにして睨み合う。斥候兄は気絶したまま目を覚まさない。
「行きます!」
口火を切ったのは聡一だった。再び食虫植物の根を生やし、拓海の拘束を試みる。
「遅い!」
だが、拓海はあえて距離を詰めることで攻撃範囲から逃れると、そのままの勢いで聡一めがけて斬りかかる。不運にも玲獅の回復は間にあっていたのか、拓海の足の傷は塞がっており、その敏捷さに衰えは見られない。
「させるかっ!」
ジョンがすかさず二人の間に割り込もうとするが、拓海はすぐさま向きを変えると、まるでジョンの動きを読んでいたかのように彼を迎え討った。
ジョンの双剣と、拓海の魔剣が交錯する。軍配は拓海に上がった。胸を斬り裂かれたジョンが、口から血をブチまける。
にも関わらず、ジョンは勝ち誇って笑った。
「あんた、人の身体を操れるのはいいが、剣士としては三流だな。お前と戦ってた拓海の剣はもっと速かったぜ」
「ぐ…おの、れ……」
歯ぎしりをして口惜しがる拓海の身体には傷一つ無い。だが、彼の手にする魔剣には一筋の亀裂が走っていた。
「もう少しで折れそうだね」
そう言って、今度は流樹が拓海に殴りかかる。魔剣は傷ついた自身で受け止めるべきか否か逡巡してしまった。結果、胸への一撃が直撃してしまう。
「ぐはぁ……!」
フラフラとよろめく拓海に、楓は銃口を向けた。
「取り敢えず撃つけど、ホントごめんね!」
「や、やめ……っ」
「かまうな、やれ!」
拓海の声が重なった。拓海の意思が、声のみ剣の呪縛を解き放ったのだ。
その声に背中を押されるようにして、楓は引き金を引いた。
肩と胸に穴を空けて、拓海がゆっくりと倒れていく。
「ぐっ……!!」
だが拓海も今度は楓を乗っ取るため、剣を投げつけようとする。
「外してやるもんか……! 」
その瞬間、リリルの射撃が魔剣を弾き飛ばした。拓海の手から離れた魔剣が放物線を描いて流樹の足下に突き刺さった。
「分かってると思うが、触れるなよ」
ジョンが注意し、流樹は片手を挙げて応えた。すぐさま玲獅とメンナクが拓海の治療にあたる。
誰にも触れられなかった魔剣は、もはや自分で動く事はできない。
戦いは終わったのだ。
『なーんちゃってぇ!』
魔剣は心の中でほくそ笑んでいた。戦いはまだ終わってなどいない。
魔剣は自身の柄から影のような触手を生やすと、慎重に流樹めがけて伸ばしていった。触手を巻きつかせ、無理矢理触れさせる。この魔剣の切り札だった。
触手の気配に気づいた流樹がヒヒイロカネから銃を抜き放つ。
『もう遅ぇ!』
魔剣は触手を流樹の手に絡めると、すぐさま触手を巻き取り流樹の手の中へと飛び込んでいった。
『さぁ、勝負再開といこうか!』
ガゥン!
銃声が荒野に鳴り響いた。
「な、何をしやがる、このガキーーーッ!!」
流樹がらしからぬ悲鳴をあげ、皆は一斉に彼の方を向いた。
そこには左手に銃を持ち、右手には魔剣をぶら下げた流樹がいた。
そう、ぶら下がっている。
流樹の右肩には真新しい銃創ができており、肩は完全に破壊されていた。
力の入らなくなった右手の指に柄が引っ掛かり、かろうじて魔剣がぶら下がっている状況である。さすがの魔剣も人体の仕組みを無視して身体を操ることなど不可能であった。
「じ、自分で自分の肩を破壊するとか、バカかこいつはーーーっ!!」
流樹が涙ながらに喚く。
それを見て、全てを理解したリリルが銃を構えた。
「やめろっ! やめろやめろやめろーーーっ!!」
「流樹さん、あなたの勇気に敬意を……アウルシンクロトロンブレイザー、発射っ!」
魔銃からほとばしった光線が魔剣に直撃し、爆発する。
流樹の手から吹き飛んだ魔剣が空中でへし折れて地面に落ちた。
「勇気か……そんな高尚なものじゃ、ない、よ……」
気を失って前のめりに倒れた流樹を、メンナクが優しく受け止める。
「そうだな、お前は立派な伊達ワルだ」
「何ですかそれ……?」
玲獅は首を90度傾げつつも、すぐさま流樹の治療に取り掛かる。
「兄さん、僕達は……」
「ああ」
聡一とジョンは互いに頷き合うと、聡一は折れた魔剣の柄へ、ジョンは刀身へと一定の距離を保ちつつも歩み寄る。
「イグニション!」
掛け声と共にジョンは全身を真紅に輝かせると、一瞬で刀身に駆け寄り粉々に踏み砕いた。
一方、聡一は銃で念入りに柄を削っていく。足掻くように柄から触手が伸びたが、それすらも冷静に撃ち落としていく。
『ギャアアアアッ!』
柄に埋め込まれた紅玉が破壊された時、聡一は魔剣の悲鳴が聞こえた気がした。
(いもしない神にでも祈るがいい…)
心の中で言い捨てると、聡一は兄と共に仲間の元へと戻っていった。