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「秋の味覚は全部あたいたちのものよ! 突撃ー!」
肌寒くなってきたとは言え、まだ季節外れのウシャンカを、飛ばされそうになっては押さえながら、雪室 チルル(
ja0220)は紅葉に染まる木々の上を渡り歩いていた。
「ほら、早く早く!」
チルルが枝の上から両手を振る。彼女の眼下では、座布団やら毛布やらを抱えた嶺 光太郎(
jb8405)が、面倒くさそうにギリギリ走っていると言えなくもないスピードで歩いていた。
「はいはい」
チルルに追いついた光太郎が、彼女の立っている木の下に毛布を投げ出す。
「そりゃー!」
それを確認するかしないかのうちに、チルルが剣で木を叩きはじめた。
すると、いがに包まれた栗の実がボトボト重力に引かれて落ちていく。真下に立っていた光太郎はたまったものではない……
「キノコねーかな、キノコ」
というわけでもなく、落ち葉をひっくり返しながら、落ちてくる栗を平然とかわしていた。
「ふっふっふ、採れた採れた」
木から飛び降り、栗を素手で拾っていくチルル。
「そうだなー」
毒々しい色のキノコを適当に放り捨てながら、光太郎。
「何よー、せっかくあたいが誘ってあげたんだから、もっと楽しそうにしてよー」
一人で出発しようとした光太郎にチルルが無理矢理ついてきたと言う方が事実には沿っているのだが。
「んー、楽しいぜー」
「ウソよー!!」
生返事でありながらも正直な気持ちを口にした光太郎に、チルルは怒鳴った。
その豹変ぶりに思わずチルルの目を見た光太郎は……
「……えええっ!?」
らしからぬ悲鳴をあげてしまう。
チルルがその大きな青い瞳から、大粒の涙をボロボロとこぼしていたのだ。
「あ、あれ、あたい、何で叫んだりなんか……」
チルルが我にかえったように、慌てて服の袖で両目をこする。それでも涙は止まらず……
「けど、何だか悲しくなって止まらないのよっ、うわああん!!」
ついに号泣しだしたチルルが両手を振り回して光太郎の胸を叩きはじめる。その仕草自体は可愛らしいのだが、小柄な外見に反してチルルの膂力は並外れている。割と冗談にならないくらい痛い。
(あー、これはあれか)
それでも泣いている少女を突き離すわけにもいかず、光太郎はほんの僅かに目を細めて思考を巡らす。出発する前に、この山に巣食うディアボロの説明を受けた……
「あー、めんどくせー」
そこまで考えたところで思考に靄がかかり、光太郎は落ち葉の上で横になった。ふかふかの枯れ葉が彼を受け止める。
「おやすみー」
「ぐすっ、起きてよぉ……」
いびきをかきはじめる光太郎。それを泣きながら揺り起そうとするチルル。
そんな二人を遠くから眺める怪しい影があった。地面の下に潜んでいたそれは、土をかき分けて太陽の下へとその姿を晒した。
菌糸が絡みつき人とも獣ともつかない姿を成した異形の怪物。その身に埋め込まれた一つ目が獲物を嘲笑うかのように蠢く。
「マタンゴ」と呼ばれるディアボロだ。
時折体の一部が弾け、そこから噴出した胞子が風に舞う。この胞子が曲者で、これを吸った生物は精神に異常をきたし、最悪の場合、昏睡状態にまで陥ってしま……
「あんたの仕業かああっ!」
癇癪を起こしたチルルの吹雪がマタンゴを直撃した。
一瞬で凍りついた菌糸の塊は、粉々になって崩れ去っていく。
直後に吹き抜けた、冬の朝を思わせる爽やかな涼風が胞子を吹き飛ばし、チルルはケロリと我に返った。
「あれ、あたい、何してたんだろ?」
小首を傾げるも、前後の状況が思い出せない。そしてすぐ、足下に横たわる光太郎にも気付いた。
「こらー、サボるなー!」
落ち葉ごと光太郎をひっくり返す。
「!? 寝てねーよ!」
やはり前後の記憶が欠落している光太郎が大慌てで叫んだ。
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「葉っぱが特徴的だし、割とすぐに見つかるねぇ♪」
大量の薩摩芋を肩で担いだジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)がホクホク顔で一人ごちた。これから味わう焼き芋のとろける舌触りと、まろやかな甘みを想像するだけで笑いが止まらない。
第一の目的は果たした。次なる野望を果たさんとするため、川沿いに歩いていたジェラルドは面白いものに出くわした。
小柄な少女が川に半身を突っ込んで、腕を豪快に振るい、鮭を川から弾き飛ばしていた。そうして水揚げされたのであろう十数匹の魚が、陸の上でビチビチと威勢よく跳ねている。
「!?」
ジェラルドの視線に気付いた少女、雫(
ja1894)が、たくしあげていた衣服を元に戻しながら、ざぶざぶと川の流れをかき分けて陸に上がる。その頬は軽く紅潮していた。
「いやいや、気にせずに続けて」
「いえ、もう結構です」
これで十分とばかりに、雫は地面で跳ねている魚達をひとまとめにする。ジェラルドが籠を貸してくれたので「どうも」と短く礼を言って使わせてもらった。
「まだ時間はありますね。どうしましょう」
「ならボクと来ない? いい考えがあるんだ」
「?」
雫は眉根を寄せただけで答えなかった。ジェラルドは言葉を続ける。
「この川は海に繋がっている。そこでサンマを獲ろうと思うんだ」
「漁をしようと言うのですか?」
「叱られますよ?」と続ける雫に、ジェラルドは「川で繋がってる以上、海も山の一部さ」と詭弁で返した。そして、畳みかけるように囁く。
「サンマ無しに秋の味覚を語れるかい? 想像してご覧よ、塩が焼け焦げ、醤油が炭火に落ちた時に広がる甘美な香りを」
魚獲りですでに朝食を消化しきっていた雫のお腹がきゅるるると泣き
「行きます」
と彼女は条件反射的に答えていた。
「決まりだね」
ジェラルドが朗らかに微笑む。
「け、けど、危険なことは許しませんから」
少しだけ正気に戻った雫が釘を刺し、ジェラルドは「はいはい」と受け流すのであった。
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「よかった、お米いっぱいもらえたの」
稲穂を両手いっぱいに抱えた華桜りりか(
jb6883)踊るように回転しながら、さらにゼロ=シュバイツァー(
jb7501)の周囲をくるくると回っている。
彼女達は山のふもとにある農家で稲刈りを手伝うという条件で、米を分けてもらうことに成功した。
その多くはゼロが背中に担いだ籠に収められているのだが、自分で収穫した稲がよほど嬉しいのか、その一部はりりかが大切そうに抱えているのだ。
彼女が動くたびに稲穂の擦れあう音がさらさらと奏でられ、頭から被った薄布が天女の衣のようにはためく光景は黄金色の稲とよく似合っていた。
それをうんうんと頷きながら「はしゃぎすぎてこけんなやー」とゼロが優しく見守っていた。
と、ゼロの瞳が悪戯っ子のように怪しく輝く。そんなゼロに気付いたりりかがぴたりと動きを止めて、ゼロと同じ方向へと視線を向ける。
その先には白い衣服に身を固めた白組の面々が4人、徒党を組んで歩いていた。
……確かに彼等は白組だが、衣服まで白で統一する必要があるのか。気合が入り過ぎている。それともリーダー命令か何かだろうか。
「アレをやってみるか、りんりん?」
ゼロの問いに、りりかはこくんと小さく頷いた。
そしてりりかは、てってってと白組達へと歩み寄る。少女に気付いた白組が気さくに手を挙げて挨拶をしてきた。りりかはそれに微笑んで応えた。いつものおどおどとした笑顔ではない。それはおどろおどろと妖しい魔性の笑み……。
「うきょーー!!」
邪悪な笑みにあてられた白組の一人が奇声をあげ、仲間達を突き飛ばし、りりかへと襲いかかる。
「きゃー!」
演技半分、本気半分で悲鳴をあげながら、りりかが逃げる。
「審判! 審判! ルール違反です取締を!」
ゼロがわざとらしく騒ぎ立て、
「じゃっじー」
りりかもゼロのマネをして審判を呼ぶ。山中は一時騒然となり、まさか本当に仕事があるとは思わなかったという顔の審判が慌てて駆け付けた。
これこそがゼロとりりかの計略。「攻撃行為は禁止」というルールを逆手にとって、白組を幻惑させ攻撃行為を行わせるという禁断の策。
だが……
「うーん、けど実際に誰か怪我をしたわけではないので……セーフで」
審判のナイスジャッジに白組が沸き、ゼロが「いやそれはおかしいやろ」と食い下がる。
その時、抗議に夢中でゼロは気付いていなかった。彼が地面に置いた籠を、白組がくすねて持っていってしまったことに。
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「ふふふ、見つけたで……」
泥だらけになった顔を拭いながら、黒神 未来(
jb9907)が怪しくも爽やかな笑みを浮かべた。
朝から2時間以上地面を掘り返し、ようやく目当てのモノを見つけたのだ。
「秋の味覚の王様、マツタケや!」
それは未来にとって今日はじめての成果だったが、この競技は秋の味覚のレア度も加味される。マツタケならば申し分無いだろう。
ましてや未来の調べによるとマツタケは群生する。この周囲をさらに掘っていけば、1個や2個のマツタケじゃすまないだろう。
「よっしゃ、気合入った!」
光を失っていた未来の左目が、輝きを取り戻す。闇を捉えるこの瞳なら地中に埋まったマツタケの痕跡を見逃すことなどありえない。
彼女がマツタケ狩りを再開しようとした、その時だった。
「待て待ていっ! 伊達ワルなこの俺の手にかかり、真っ赤な大輪のBOTAN-NABEへと変じるがいい!」
ドドドドという地響きを交えた足音と、やたら芝居がかった男の声が未来へと迫ってきていた。
「へ?」
突進してくる、未来よりも一回り大きいイノシシと、それを追うメンナクと呼ばれる伊達男、命図 泣留男(
jb4611)を、未来は横っとびでかわす。
巨大イノシシはアカマツに頭から突っ込んで動きを止め、メンナクは翼を畳み、へたりこんでいる未来の近くに降り立った。
「フッ、手こずらせやがって。だが、これでサヨナラだ。Good bye、本日の好敵手……」
そう言ってメンナクはズボンのチャックを下へと降ろす。断っておくと、これはメンナクがスキルを放つ際の下準備である……が、そんなものを至近距離で見せつけられた未来はたまらない。まして今の彼女の瞳は暗がりもよく見えた。
「きゃああ! 何てもん見せんねん!」
未来が思わず手にしたモノを投げつける。しかし目を逸らしながら放たれたそれは放物線を描き。
マツタケは股間へと……
この空白の間に何が起こったのかは想像にお任せするが、事実としてはメンナクの頬が腫れ、グラサンが少し傾き、イノシシには逃げられた。
「ふっ、今日はハードラックだぜ」
コキコキと首の骨を鳴らしながらメンナクが不敵に笑う。本人はあまり気にしていないようだ。
「うう、ごめんなさい」
少しは気にして欲しい気もするが、未来は素直に謝った。そして、イノシシとマツタケの分を挽回しようと、左目を周囲に巡らす。
新たな獲物はすぐに見つかった。
「マタンゴや!」
未来が指さしたのは10メートル以上先の地面。一見何の変哲もない土くれの下に、蠢くディアボロの視線を感じた。
「よし、俺に任せろ!」
メンナクが再び股間のジッパーを下ろす。未来は我慢した。
「不敵な光はお嬢さんを仕留める吹き矢!」
メンナクの詠唱(?)が終わると同時に、股間から光の槍が飛び出した。未来は我慢した。
槍はマタンゴに炸裂し、その半身を吹き飛ばす。
「とどめだ!」
メンナクがすかさず雑誌に似た魔道書を取り出した、その瞬間――
「ツメが甘いよ、メンナク君」
爽やかな声が頭上から降ってきた。さらに竜巻がマタンゴに襲いかかり白く染めつつ破壊する。
「あっ!」
未来が短く声をあげて頭上を見上げる。白い靴底――そう、靴底というのにやたら白い――がそこにはあった。
その靴底がゆっくりと降りてきて大地を踏みしめる。赤い瞳を除いた全身が真っ白い堕天使が地上へと降臨した。
「ほう…相変わらずの白、信念だな……アルビオン!」
白い堕天使、アルビオン(jz0230)も嬉しそうに微笑み返す。
「君も美しい黒で嬉しいよ、メンナク君!」
そう言って、互いが互いの拳を打ち合わせる。
(え、ええ〜〜?)
急に眼前で始まった黒と白の男の友情に置いてけぼりになっていた未来だったが、山頂から聞こえてきたブザーの音にハッと我に返る。時計を確認すると、やはり競技終了時間だった。
(さっきの白い竜巻はアルビオン(だっけ)クンの? だとするとマタンゴを倒したのは白組……)
「ウチら、何も採れてへんやんかぁー!!」
未来の叫びが「味覚の山」に響き渡った。
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「結果発表! 428対312! 赤組の勝利です!!」
点数の基準はよく分からないが、終わってみれば赤組が圧勝したらしかった。
「川を下ったら漁村があってね。船は貸してもらえなかったんだけど漁師の人がサンマを分けてくれたんだよ」
勝利の立役者であるジェラルドが武勇伝を肴に日本酒を傾けている。その帰りに銀杏を拾っていたらマタンゴに出くわし、極めつけは雫がもらった分のサンマもジェラルドが運んでいたらしく、それをうっかりそのまま提出してしまったため、本来雫が獲得したはずの点数も全てジェラルドのものになってしまい彼一人で200点近く獲得してしまったとか。
それについて雫は静かにむくれていたが。
「けど、漁師の方が親切で……人に優しくされるのは、嬉しい」
と、緩みかけた頬をごまかすように香ばしい香りを漂わせるサンマにかぶりついた。
ジェラルドの話を聞いていた総合得点2位のチルルは「きーっ、次は負けないんだから!」と栗をかじりながら口惜しがっていた。
「次って……あるのかな?」
光太郎は首を傾げながら突っ込んだ。
「あの…さっきはごめんなさい、です」
りりかはぺこりと頭を下げて、幻惑をかけた白組の男に謝っていた。白組の男は「こちらこそ」と笑って、ご飯をりりかに譲った。
自分が収穫し、新しくできた白組の友達が調理したお米をおいしそうに食べるりりか。そんな彼女をゼロが「よかったよかった」と見守っていた。米を盗まれたあと、落ち込んだりりかを励ますのが大変だったのだ。
「フッフッ」
「フフフ」
メンナクとアルビオンの2人は鍋を囲んでいた。
「フッフッフッ」
「フフフフフ」
鍋というには語弊があるかも知れない。何しろその鍋の中身は、魔女の釜の如く紫色に煮たっていたのだから。
「フッフッフッフッ」
「フフフフフフフフ」
メンナクがイノシシ狩りの前に適当に拾っていたキノコを全て鍋にブチ込んだらしい。
「フッフッフッフッハッハッ」
「フフフフフフフフハハハ」
ちなみに未来の唯一の収穫であるマツタケもこの中に入っている。曰く「もーアンタらにあげるわ!」とのことで、すでに彼女はチルルから栗を、りりかからご飯を分けてもらい、栗ご飯を満喫している。
「フッフッフッフッハッハッーハッー!!」
「フフフフフフフフフハハハハハハ!!」
「すんませーん、二人の様子が変でーす」
光太郎の申告により、毒キノコにあたったメンナクとアルビオンは救急車に運ばれていった。