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マスター:栗山 飛鳥
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/08/31


みんなの思い出



オープニング

 ずん…… ずん……
 山間から響く足音が地響きとなって、大気すらも震わせる。未知なる存在に、世界そのものが怯えているかのようだった。
 やがて山をかき分けるようにして、一体の巨人が現れた。全長は20メートルから30メートルほど。だが特筆すべきは、その天を貫き、森を踏みつぶすような巨大さではなかった。
 その全身は腐っていたのだ。
 体色は不健康な土気色や紫に染まり、ただれ落ちた肉片が地上を汚す。
 腹の肉と内臓は完全にこそぎ落ちており、そこから黄ばんだあばら骨が覗いていた。その空洞に風が通ると、ぽっかりと開かれた口腔から「オオオオオオオ」という怨嗟にも似た音が響いた。

 この化け物のルーツは至極簡単なものだった。
 悪魔が適当に巨大なディアボロを造りあげてみたら、どこを間違ったのか、全身が腐敗して誕生してしまった失敗作。
 創造主ですら持てあまし、さっさと人間界に捨て置いた。
 何一つ指示を与えられなかった腐れる脳味噌は、ただただ本能的に足を前に動かすのみ。
 森も、山も、生物も、例外なく踏み抜いて歩き続けるだけの、哀れな旅人。

 そんなディアボロが、人のいない僻地を抜けて、いよいよ都市部へと迫りつつあった。
 このような巨人に街を横断されては、当分人が住めない死の大地となってしまうことは想像に難くない。
 何としてでも、このディアボロの侵入を阻止するのだ。


リプレイ本文

 ずん…… ずん……
地鳴りにも似た足音と共に、地平線から山の如き巨体が覗く。腐り彷徨うディアボロがその姿を現した。
「現れた! う、それにしてもひどい匂い……」
 遠石 一千風(jb3845)がハンカチで口元を押さえながら呻いた。
 ディアボロが発する悪臭は、息を詰まらせ、思わず吐き気をもよおす程にえげつない。
「一週間放置された肉屋の生ゴミ。もしくは放棄された死体安置所といったところか」
 自分の想像に顔をしかめながら、咲村 氷雅(jb0731)が言った。
「髪に匂いが移っちゃうかもしれないわねェ…」
 黒百合(ja0422)がクスクスと笑いながら言い、一千風が思わず豊かな赤髪を自身の鼻先に寄せて確かめた。
「く、腐ってやがる…┌(┌ ^o^)┐ 早すぎたんだ!!└(^o^└ )┘」
 エルレーン・バルハザード(ja0889)は変化の術を唱え、奇怪な姿┌(┌ ^o^)┐にその身を変える。
「よっしゃー、ケツの穴から手を突っ込んで奥歯がたがた言わせてやるぜー」
 拳を打ち合わせ火花を散らしながら気合を入れるラファル A ユーティライネン(jb4620)を
「少し下品だぞ、ラル」
 川内 日菜子(jb7813)が相棒をたしなめた。
「でっかいゾンビね! あれを倒せたらあたいはきっと最強ね!」
 ディアボロを大剣で指し示しながら、雪室 チルル(ja0220)が人一倍張りきっている。
 このようにバラバラな撃退士達だったが、根底にある想いは一つだ。
「これ以上先にはいかせないわ。必ず食い止める」
 山里赤薔薇(jb4090)の言葉に、全員が多種多様に頷き返し。
 そびえ立つディアボロに向かって進軍していった。


 一歩、一歩、歩を進めるディアボロの前に、撃退士達はバリケードの様に立ち塞がった。
「此処から先は進入禁止だ。赤標識が見えないのか?」
 烈火の如く光纏を燃えたぎらせて、日菜子が警告する。
 言葉で立ち止まるような知能など、このディアボロは持ち合わせてなどいない。仮に言葉を介したとしても無意味だっただろうが。 森を貫き、山に比肩するこの巨人にとって、人などアリにも等しい。持ちあげられたディアボロの足が、撃退士達の頭上を影で覆う。
 もちろん日菜子達も、本当に言葉で止めようなどとは考えていない。素早く二手に散開し、数瞬前まで彼女達のいた場所に巨大な足が落ちた。
「あたいの先制攻撃よ!」
 ディアボロの側面、くるぶしあたりに回り込んだチルルが蛇矛を構えた。波打つ刀身の先端に、新雪を連想させるような白い光が収束していく。
「いっけええ!」
 チルルが叫ぶと、矛の先端から光が解き放たれ、豪雪となってディアボロの足を呑み込み、その部分の腐肉が削げ、奥にあるくるぶしの骨まで露わになる。
 荒れ狂う風が止んだ後も、蒼白い雪の結晶がちらちらと余韻を残し、消えていく。
 チルルが自慢げに「ふふん」と鼻を鳴らすと、白い吐息が漏れた。
 そして異変は彼女の手の中で起きた。
 ピシリと薄氷の割れるような音が、矛を伝わって彼女の耳に届いたのだ。
「えええ、何の音!?」
 チルルが慌てて矛の刀身を覗きこむが、異変は見られない。だが、幾多の戦いを経験してきたチルルには、蛇矛が目に見えないところでひび割れていることが直感で理解できた
「なるほどな。やつの放つ瘴気は、武器すらも害すると話には聞いていたが……」
 鍛冶の心得のある氷雅も、チルルの武器の異変に気付いたのだろう。
「もうしばらくは大丈夫だろうが、このまま矛を振り続けていれば砕けてしまうかも知れない」
 気をつけろと念を押し、彼は黒い翼を広げて飛び立った。
 ディアボロの頭上に位置した氷雅は、透き通った刀身を持つ剣を掲げた。その周囲に十字架を思わせる剣が幾多も顕現し、氷雅が手にした剣を振り下ろすと、それらが五月雨の様にディアボロへと降り注いだ。一つ一つが並のディアボロなら一撃で制してしまえる力を持つ無数の剣が、巨人の頭に、肩に、次々と突き刺さっていく。
 だが、ディアボロは意に介した様子も無く進軍を続ける。
 そして、氷雅も手にした剣がひび割れた悲鳴をあげるのを聞いた。
(……まだ、お前は戦えるはずだ)
 それでも、氷雅はもうしばらく今の剣を使い続けるつもりでいた。
 武器の限界を見る目は自信があるし、彼が持ち出してきた武器の多くは、倉庫で埃を被っていた武器だ。そのまま錆びて朽ちていくよりは、戦いの中で華々しく砕け散る方が武器にとっての本懐であると、氷雅は信じたかった。
「さて、お前は後何回攻撃を耐えられるのだろうな?」
 氷雅が再び剣を掲げる。
 その言葉は――ディアボロだけでなく、剣にも問いかけているように聞こえた。

 一方、地上ではラファルが物凄い音をたてて変形を開始していた。全身の義手義足を鉄色の輝きを放つ対冥魔兵装へと換装し、駆動音とも咆哮ともつかぬ叫びがウォーウォーと唸り声をあげる。
 まさしく鋼と火薬のウォークライ。
 が、彼女が完全に変形を終えるには、もう少し時間がかかりそうだった。
「その隙を埋めるのは私の役目だな」
「ああ、任せたぜ」
 日菜子が一歩を踏み出し、ラファルがニッと笑ってそれを送りだす。
 跳躍するように日菜子は駆けだすと、ディアボロの脚めがけて拳を繰り出した。インパクトの瞬間、拳が爆炎をあげて燃えあがり、続けざまに放たれた蹴りからも炎がマグマの噴流の如くしぶきをあげた。
「完璧だ」
 確かな手ごたえに、日菜子は僅かに口角をあげる。その言葉通り、今までの攻撃では微動だにしなかったディアボロが僅かに傾いだ。ほんの僅かだが、この巨体だと遠目に見れば相当な揺れにも見える。そして、揺れるディアボロから、腐敗した肉片が次々と溶け落ちて日菜子達へと降り注いだ。
「ぐわっ」
 それを頭から被った日菜子が腐肉に埋もれる。
「まだまだぁ!」
 が、すぐさま内側からそれを吹き飛ばし脱出した。しかし腐肉の瘴気にあてられたのか、健康的な彼女の肌が、ゆっくりと紫色に変色し始めているのが見てとれた。
 このディアボロは反撃こそ無いものの、腐った肉片を常に撒き散らしている。何もせず突っ立っていてもそうそう当たるものではないのだが、殺気を伴わないため、いざ頭上に降ってくると避けにくい。
 そんな腐肉の雨をするすると飛行しているのは黒百合だ。
 ディアボロの後頭部へと回り込んだ彼女は手の中に赤々と燃える火種を生み出す。
「ん…盛大な火葬は好みかしらァ? ちょっと熱いけど我慢してねェ…♪」
 一滴の炎の雫がディアボロの後頭部へと落ちた瞬間、火種は真紅の星が爆発するかの如く燃え広がり、ディアボロの全身を包み込んだ。
 オオオオオオッ!
 腐肉の巨人が焼かれて、はじめて悲鳴をあげる。もしくは、燃え盛る炎によって発生した乱気流が、彼の虚ろな口腔を通ってそう聞こえるだけかも知れないが。
 火達磨になった腐肉がグツグツと煮立つのが地上からはよく見えた。その様子に悪寒を覚えた赤薔薇が叫んだ。
「危ない!」
 泡立つ腐肉が弾け、そこから紫色のガスが噴出した。
 ディアボロに接近して殴り続けていた日菜子はとっさに跳んで難を逃れた。他の者達も、ディアボロから距離をとっていたのでガスを受けたものはいないようだ。
 が……
「く、臭い……」
 一千風が涙目になって訴えた。焼かれた腐肉と、そこから発生する臭気を溜めこんだガスによって、いよいよ戦場は悪臭のるつぼと化してきた。
 地獄絵図にも載っていない、腐肉と硫黄とシュールストレミングをごちゃまぜにして吐き出した阿鼻叫喚の悪臭地獄。
「け、けど、だからこそ、こんな化け物を街に近づける訳にはいかない!」
 ヤケクソ気味に叫びながら、一千風は機械剣を振るい続ける。
 そんな彼女の頭上に、降り注ぐ腐肉の黒い影が落ち、彼女はそれに気付くのが遅れた。
「どーん!└(^o^└ )┘」
 一千風が腐肉に潰される寸前、エルレーンが体当たりで彼女を突き飛ばした。吹っ飛ばされながらもすぐに立ちあがった一千風が見たものは、彼女の代わりに腐肉の下敷きになるエルレーンの姿だった。
「バルハザードさん!」
 一千風が悲鳴をあげる。
「あたしに腐敗はきかない……」
 腐肉の中から声がすぐに返ってきた。
「だって、腐女子だからな!!」
 蛹から蝶が羽化する様に、腐肉を破ってエルレーンが現れた。
 どうやら空蝉で、衣服を身代わりにしたようだ。彼女が手放し、アウルの加護を失ったスクールジャケットが、腐肉の中でグズグズと黒ずんで溶けていく。
 助けられた一千風が礼を言う間も無く、エルレーンは駆けだした。
「うおおおおお!Ξ┌(┌ ^o^)┐」
 でこぼこだらけの巨人の体を跳ねるように駆け上がり、ディアボロの首筋まで到達する。
「どうだっ!」
 そしてそこで一度ガッツポーズ。本人はカッコいい思い込んでいるようだが、彼女の今の姿は四つん這いの┌(┌ ^o^)┐。そんな彼女が巨人の上を跳ねまわる姿は……
「あれってまるでェ……」
「ノミ、みたいだな……」
 上空でエルレーンを観察していた黒百合と氷雅が話し合う。
「しつれいなー!」
 憤慨しながらも、エルレーンはその怒りをディアボロにぶつけるかのように、何度も手にした刀でディアボロの頭部を突き刺した。

「街には入らせない。あなたが進むと不幸になる人達がたくさんいるから」
 再び地上では、赤薔薇が必死に魔法を放っていた。睡眠効果を与える霧が効果の無いことを悟ってからは、電気ショックによる攻撃に切り変えている。
 誰よりもディアボロの動きを阻害しようと試みているのが彼女だった。
 だが彼女の奮戦空しく、その背には街並みが目視できるほどに見えてきていた。もうすでに、むせかえるようなこの腐臭は届いているかも知れない。
「どいてな、準備オーケーだ!」
 ズン!
 と、巨人とは別種の金属質な足音をたてて、全身を異形の装甲で固めたラファルが赤薔薇の前に立った。
「リミッター解除! デストロイモード起動! 火線オールクリア!」
 対冥魔装甲が全身のハッチを開いた。毒を以て毒を制すると言うべきか、そのシルエットは全身からツノを生やした悪魔にも似ていた。
「出し惜しみは無しだ、ファイアァッ!!」
 ラファルの全身の砲門が一斉に火を噴き、その瞬間だけは悪臭を硝煙の匂いが吹き払った。
 まずは無数の弾丸がディアボロの右足の腐肉を削ぎ落し、続いて着弾した小型ミサイル群が骨を破壊する。最後にナパーム弾が炸裂し、ディアボロの右足首から下を消し飛ばした。
 右足を失った巨人がバランスを失い、倒れる……かに見えたが、足首だけで地面を踏みしめ留まった。
「しぶとい!」
 すぐさま一千風が剣ですくいあげるように、地面に突き刺さる足首を払った。
 さらにディアボロの頭上でも、黒塗りの大剣へと持ち替えた氷雅が、それに黒い気を纏わせる。
「これで終わりだ!」
 黒気は黒竜へと変じ、ディアボロの後頭部へと襲いかかる。その瞬間、気を余さず解き放った黒剣がビシッと致命的な音をたてた。
 氷雅が黙とうするように目を閉じる。
 黒い刀身が粉々に砕け散って、微かに煌めきながら地面へと落ちていった。
 そしてディアボロも……ついにゆっくりと倒れていく。
「たーおーれーるーぞー└(^o^└ )┘!」
 エルレーンが注意を促しつつ、自身もピョンと、やっぱりノミの様に脱出する。
 ディアボロが地面にうつ伏せになって倒れ、それでもなお前進を続けていた。腕を振り上げ、這うようにして街へと進行する。
「いやあああっ!」
 赤薔薇が悲鳴をあげた。這い寄るディアボロの頭部が彼女の眼前に迫ったのだ。
 落ち窪んだ眼窩に溜まった溶けた眼球や、歯の隙間にだらりと挟まった舌も恐怖だったが、何より、知能が無いにも関わらず、まるで道連れを求めるかのように足掻き続ける、その本能的な執念が恐ろしかった。
「動くな! 進むな! 行かせない!!」
 眼前の頭部目掛けて、両手からかき集めた火球を乱発する。顔の肉が全て焼け落ち、頭蓋骨が露わになっても、ディアボロの進撃は止まらない。
「いい加減、止まりやがれっ!」
 ラファルも指から魔弾を撒き散らして応戦するが、突如、右腕部が炎を吹き上げ爆発した。魔装砲弾の媒体となっていた魔法書が、瘴気に耐えきれず消滅したのだ。
「まだまだぁ!」
 腕が爆発した際に負ったのだろう、裂けた頬から血を流しながら、左腕部に新たな魔法書を換装し、砲弾を撃ち続けた。
「もー、これ以上は進ませないよ!」
 一際小さな体で、巨人の前に立ち塞がったのはチルルだ。当然ディアボロは気にせずにチルルをひき殺す勢いで這い続ける。
「その頭、あたいが砕いてやるんだから!」
 チルルが手を振るう。
 ほんの一瞬、気温が氷点下まで落ちたように感じられた。その刹那に、チルルの両手には長大な剣が握られていた。透き通るように美しい氷の剣だ。
 チルルは一陣の吹雪となってディアボロの額を刺し貫くと、氷の剣はチルルの手の中で儚く溶けて消え去った。
 そして――
 ディアボロの頭蓋が砕け、中からドバドバと、脳と思しき液状化した肉塊が溢れ出した。
「わー!」
 チルルはあっさりとそれに流され、黒百合が「あらあらァ」と笑いながら救出に向かう。
 残念ながら最後こそ決まらなかったが。
 チルルの奥義によって、ディアボロは完全に沈黙した。


「さあて死体臭くなっちまった、帰って風呂にしようぜ」
 元の姿に戻ったラファルが伸びをしながら言い
「ああ、付き合おう」
 ボロボロのグローブを抱えて涙ぐんでいた日菜子が目尻を拭いて応える。
「わ、私も付き合っていい?」
 一際暗い表情の一千風がヨロヨロと手を挙げた。育ちのいい彼女にとって、今回はかなりこたえたようだった。
 一方、ディアボロの死骸の上では
「悲しい子ねェ…希望も、祝福も、目的すらも与えられずにこの世に存在しているなんてェ…」
 黒百合が何故か裸足でくるくると踊っていた。
 一見すると死者に鞭打つ行動だが、誰にも触れられることなく逝ったディアボロに対する、彼女なりの敬意なのかも知れない。
 そんな死骸の片隅では、ディアボロの肉片をサンプルとして持ち帰ろうと氷雅が四苦八苦していた。なにしろ、肉片を容器に入れても、腐食の瘴気が容器を溶かしてしまい、すぐにこぼれてしまうのだ。
「もっと丈夫な容器が必要ね!」
「ああ……まぁ、そんなのがあるなら、それを溶かして剣にするが」
 チルルのアドバイスを、氷雅はさらりと受け流した。
「そ、そもそも、こんなもの持って帰ったら異臭騒ぎじゃすまないと思うの…」
 エルレーンのツッコミは現実的だった。
 そんな仲間達を背にして、赤薔薇はひとり街の方角を向いていた。
 避難警報が解除されたのか、夕暮れの中、街にポツリポツリと光が灯る。
 ぎゅっと、ぬいぐるみのくくりつけられた杖を握りしめて
「よかった……」
 と、はにかむように呟いた。


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