頭上を覆う暗闇に穴をあけたかのように、空にぽっかりと月が浮かんでいた。
そこから投げかけられた光を浴びて、乾いた大地が次々と隆起し、底から亡者達が姿を現した。
死を超越した6体からなる骸の軍勢は、夜中にのみ進軍を開始する。
ぼろをまとって、声を発することもなく、ふらふらと揺れながら、されど目的地に向かって真っ直ぐ行進を続ける彼らは、聖地へと向かう巡礼者のように敬虔だった。
「それじゃ、派手にいきますよぅ」
物言わぬ死者達の歩みをぶち壊すかのような陽気な声。続いて、隊列の真ん中で真っ赤な火球が炸裂し、それは爆発の連鎖を生みだした。
「まずは全体的に削らせて貰いますですよ☆」
飄々とした声と共に、鳳 蒼姫(
ja3762)が爆風に弄ばれる蒼髪を押さえながら姿を現した。
敵を意識したスケルトン達が武器をかかげ、蒼姫めがけて襲いかかる。
「わ、わわっ」
いち早く眼前に迫ったスケルトンがファルシオンを振り上げ、蒼姫が慌てた声をあげる。彼女の頭上に、錆びついた刃が振り下ろされんとしたその時――
「待て!!」
一喝が、スケルトンの動きを止めた。剣を振り上げた状態のまま、スケルトンが頭を声のした方へと向ける。
そこには鳳 静矢(
ja3856)が月明かりを受けて立っていた。
静矢の真っ直ぐな眼光と、スケルトンの虚ろな眼窩が交錯する。
「貴様の相手は俺がしよう」
鞘から抜き放つように、ヒヒイロカネから刀を顕現させ、静矢は言った。
その言葉に呑まれたかのように、蒼姫に襲いかかる寸前だったスケルトンは目標を静矢へと変更する。
振り下ろされたスケルトンの剣を静矢は刀で受け流すが、勢いを殺しきれず、受けきれなかった刃が肩口へと食い込んだ。
「なるほど。相応の手練れか、無念だろうな…すぐに解放してやる!」
戦場の興奮と憐憫の情をないまぜにして、静矢が肩に食い込んだ剣を弾き返しながら雄叫びをあげた。
一方、他のスケルトン達も続々と蒼姫に殺到していたのだが
「見ろッ! これが、漆黒の先に咲いた美しき華だッ!」
クール(?)なセリフと共に降り注いだ流星に、今度はまとめて押し潰されていた。
セリフの主、命図 泣留男(
jb4611)、通称メンナクが、夜中にも関わらずかけているサングラスを伊達な仕草で押し上げる。
「今だ。行くぞ、アルビオン!」
「う、うん!」
混乱するスケルトン陣営の只中に飛びこんだのは、宵闇に紛れるほど黒ずくめの男、リョウ(
ja0563)。
そして、彼とは対照的に白ずくめのアルビオン(jz0230)だ。
リョウは槍を振り回し手近なスケルトンを叩き伏せ、アルビオンも彼を援護するように鞭を振るう。
しかし、潰されても倒されても、スケルトン達は立ち上がってきた。
「粉々に砕いてしまわないと駄目みたいですね」
黒羽 拓海(
jb7256)が目にも止まらぬ速さで刀を振るい、スケルトンの頭部を吹き飛ばした。
粉々になった頭蓋と、火の粉が夜の闇に散って消えていく。
――が、スケルトンは頭部を失ったまま、拓海を飛び超えるようにして跳躍した。満月を背に、小刀を逆手に構えた姿は、生前は鬼道忍軍であったのであろうと思わせる。
「何っ!?」
頭の無いスケルトンに背後を取られ、拓海の首筋に刃が迫る。
「なるほど。今のはスケルトン流の空蝉と言ったところか」
冷静な声が暗がりから聞こえ、続いて銃声。鬼道忍軍・スケルトンの背骨に大穴が穿たれ、その上半身が吹き飛んだ。
地面に激突し、砕けた上半身も、腰から上を失い倒れた下半身も、二度と動くことはなかった。
「敵沈黙を確認」
闇の中、ルーカス・クラネルト(
jb6689)の声だけが響く。
「助かりました」
拓海が礼を述べた時には、ルーカスはすでに次の狙撃ポイントへと移動していた。
「暗夜に霜が降るごとく…」
ルーカスの呟きだけが、誰の耳にも届かぬまま、夜に紛れて消える。
仲間を倒されたスケルトン達はカタカタと歯を鳴らして、怒りを露わにする。そのうち、もっとも後列に位置していたスケルトンが、手にしていたロッドを振りかざす。すると、そこから火球が放たれ、撃退士達の只中で爆発した。
「ちくしょう、リベンジのつもりかよ!」
炎と火の粉を振り払いながら、メンナクがわめく。奇しくもスケルトンの放った火球は、蒼姫の放ったものと同じだった。
「あれは・・まかせて・・」
柏木 優雨(
ja2101)が、火球を放ったダアト・スケルトンに肉薄する。
「もらった・・の」
魔布を巻き付けた右腕でスケルトンを殴りつける。だが、2人の間に割り込む影が1つ。半壊した鎧を着込んだスケルトンが、ひしゃげた盾で優雨の拳を受け止めたのだ。
鎧のスケルトン――行動からしてディバインナイト・スケルトンか――は、盾を構えたまま優雨に突進し、彼女を吹き飛ばそうとする。
優雨も様々な虫の羽が織りなす盾を生み出すことでそれを防ぐが、続くダアト・スケルトンの放ったライトニングを受けて、「あ・・!」と小さく悲鳴をあげた。
「これ以上はやらせない」
隙無く盾を構えるナイト・スケルトンに、拓海が斬り込んだ。そんな彼を援護するかのように、ルーカスの銃声が響き、スケルトンの盾を、それを支えていた両腕ごと破壊する。
「今だ!」
拓海は刀を縦に一閃。返す刀でさらに横に一閃。刻まれた十字の傷跡が、そのまま墓標となった。
「そのボロボロになった盾と鎧を見れば、お前が最期まで仲間を守ろうとしていた事はわかる。だが、もうお前も仲間も死んだんだ。だから、もう……休め」
拓海の言葉が届いたかどうか分からないが、ナイト・スケルトンはそのまま仰向けに倒れ、動かなくなった。
こうして、優雨も再びダアト・スケルトンと対峙する。改めて見てみれば、女子生徒の制服をローブのようになびかせた、優雨よりも華奢に見えるスケルトンだ。
「後ろで・・守られるだけが、ダアトじゃ・・ないの」
後衛でありながら前衛と肩を並べて戦う事が彼女の誇りだった。一般的なダアトを否定するつもりは無いが、負けたくはなかった。
スケルトンが魔法を放つより早く、優雨の拳が肋骨を貫き、そこから注ぎ込まれた莫大な魔力が、スケルトンを内側から爆裂させた。
「・・さよなら」
風に溶けるようにして粉々になっていく制服の布地を見送りながら、優雨は小さく呟いた。
●
スケルトン全滅の他、撃退士達にはもう一つの任が課せられていた。
それは、自身を喪失したアルビオンの回復。その最も近道が、アルビオンにスケルトンを倒させることである。
「低火力には低火力なりの戦い方がある。ディアボロだろうと防御の薄い所を吹き飛ばされれば動きも鈍くなる」
牙撃鉄鳴(
jb5667)がアルビオンにレクチャーしながら、手本とばかりに、リョウに苛烈な攻撃を加え続けていた阿修羅・スケルトンの肩関節を、スナイパーライフルで狙い撃ち、破壊する。
「誰でもできることではない。が、ものにすることができればお前は使い物になるという証明になる」
空薬莢を排出し、次弾を込めるまでの間にレクチャーを続け、さらにもう一射。メンナクを影から狙っていたナイトウォーカー・スケルトンの脚を破壊し、動きを止める。
だが、スケルトンも倒れ伏したその場からゴーストアローをメンナクに放つ。
「うわああ!」
影の矢を受けたメンナクが大げさな悲鳴をあげて倒れた。
「ふむ」
それを見た鉄鳴に頭に一瞬、疑問がよぎった。倒れた状態から放たれた影の矢は、狙いも散漫で、余裕で避けられそうなほどだった。仮に当たったとしても、倒れこむほどの威力とも思えない。
「ふん、そういうことか」
鉄鳴は納得して鼻で息をついた。
が、アルビオンは違った。
「メンナク君!」
白い翼を広げ、高速で飛び立つ。
「おい、お前が接近してどうする」
鉄鳴の制止も聞かず、アルビオンはメンナクとナイトウォーカー・スケルトンの間に立った。
「カハアアッ!」
スケルトンが乾いた声をあげ、ゴーストバレットを放つ。それを頬にかすらせながら、アルビオンも至近距離で白い竜巻を放ち、スケルトンを攻撃する。だが、スケルトンは器用に上半身だけでズルズルと這いずり、アルビオンに狙いを定めさせない。
再びスケルトンの放ったゴーストバレットが、アルビオンの体を衣服ごと削っていく。
「見てられん」
見かねた鉄鳴が加勢しようとしたその時だった。どこからか光輝く鎖が伸び、スケルトンをがんじがらめに縛りつけた。
「ふっ、ブラックシャドーからサポートに徹する。それもまた真の伊達ワルってやつよ」
そんな細々とした声が聞こえ、鉄鳴が声のした方を見やると、光の鎖が倒れたメンナクから伸びていることが確認できた。
「うわあああっ!」
それには気付かぬまま、アルビオンが悲鳴じみた雄叫びをあげて、渾身の一撃をスケルトンに放つ。ただでさえ脆いナイトウォーカー・スケルトンは、それを受けて砕け散った。
「ハァ、ハァ……やった。ボクにも、やれた……」
荒い息をつきながら、アルビオンが自分の手と、粉々に砕け散ったスケルトンを交互に見比べた。
「できるではないか。だが図には乗るなよ。一人でやれたわけではないのだからな。精々精進しろ」
アルビオンの隣に立った鉄鳴が言った。
「どんな奴でも、ひとりで闘ってるわけじゃねえのさ。今回は助けられたぜ、アルビオン」
いつの間にか立ち上がっている……どころか、ピンピンしているメンナクが、アルビオンの胸を拳で打った。
「助けた……ボクが?」
アルビオンはしばしの間呆けていたが、やがて
「うん!」
と力強く頷いた。
「あちらも、決着がつきそうだな」
鉄鳴が顎で示したのは、リョウと阿修羅・スケルトンの闘いだった。
スケルトンの拳を槍の柄で払い、すぐさま掌底で突き飛ばす。バランスを崩し後じさったスケルトン目掛けて槍を上段から振るい、その切っ先から衝撃波を放つ。光の波にも似た破壊の奔流は、スケルトンをあっさりと呑み込み、その存在を消し飛ばした。
「さすがだな、カラード団長。俺の援護など、必要なかったか?」
「いや、助かった」
鉄鳴が皮肉交じりにねぎらい、リョウも小さく片手を挙げてそれに答えた。
「どうやら、終わったようだな」
ルインズブレイド・スケルトンと剣を打ち合っていた静矢がポツリと呟いた。
アルビオンの晴れやかな表情を遠目に見て、全てを理解した静矢は、妻である蒼姫に視線だけで合図を送る。
「おっけぃ。本領発揮なのですよ」
蒼姫は両肩を凝りをほぐすようにぐるぐると回すと、掌をスケルトンに向けて大渦を放った。スケルトンの姿が大気ごと屈折させられ、その全身がグニャリと歪む。
「死合いに手加減など加えて申し訳なかった。詫びと言っては何だが、本気の一撃で葬ってやろう」
静矢が地面を蹴った。蹴られた地面は陥没し、静矢は一瞬でスケルトンに肉薄する。その刹那に振り下ろされた刀によって、スケルトンはいつの間にか袈裟がけに真っ二つとなっていた。
静矢が刀を仕舞う。
スケルトンは、自身が二度目の死を迎えたことにすら気付かなかっただろう。その右手は、未だ戦う意思を失っていないかのように、剣の柄を固く握りしめていた。
「どうか、安らかな眠りを…」
静矢は目を閉じて、名も知らぬ戦士に祈りを捧げた。
●
その後、撃退士達は遺品を回収。回収中に冥魔の増援が現れ撤退することとなったが、人数分の遺品の回収には成功。メンナクや優雨の提案で、遺品は遺族へと返還されることになった。
だが――
「ディバインナイトとダアトの親族は、彼らが幼い頃、冥魔によって殺されたそうだ」
学園のデータベースで持ち主の情報を調べたルーカスが、事務的な口調で報告した。
それを聞いて
「そん・・な」
優雨は顔面を蒼白にして愕然とし、
「クソッタレめ」
メンナクは小さく毒づいた。
「私も似たようなものだ。その可能性に気付くべきだった」
静矢は天を仰いだ。
「鉄鳴さんは、後味の悪い結果になることが分かっていたんですかねぇ…」
蒼姫がポツリと呟いた。鉄鳴だけは、遺品を返しに行く事を辞退したのだ。
ルーカスが語るには、ディバインナイトとダアトは兄妹だった。天涯孤独の身の上でありながら、たった2人残された唯一の家族。
「あのディバインナイト、ダアトを必死に守ろうとしていた」
彼らと交戦した拓海が、絞りだすように言った。優雨もそれに合わせて小さく頷く。
冥魔はディアボロを創造する際、根本から造り変えることができる。だが、今回のスケルトンを創造した者は、あえて生前の姿を再現させたのだ。
そしてまた、兄は妹を守ることができなかった。
「やりきれないな」
拓海が目を伏せたその先には、グラウンドに並べられた兄妹の遺品があった。
行き場を失くした魔具が、冷たい夜風にさらされている。
「これ、私が頂いてもいいですか?」
蒼姫がそっと、ダアトの遺品であるロッドを手に取った。
熟練の蒼姫にとって、かなりの型落ち品ではあるが、使いこまれていながらも丁寧な手入れが成されていた。元の持ち主が、よほど大切に扱ってきたであろうことが伺える。
誰もが無言で同意した。
「……想いを繋ぐ為にアキが橋となりましょう」
蒼姫が少女を抱きしめるように、手にしたロッドを胸に抱く。
「そうだな」
リョウもディバインナイトの遺品である細剣を手に取り、それをアルビオンに差し出した。
「彼等は、俺達の未来の可能性の一つでもある。戦い続けるという事は『ソレ』と向き合い続けるという事だ。それに足る覚悟を考えた事はあるか」
アルビオンは答えられなかった。
「アルビオンさん、私もいいかな」
無言のアルビオンに、静矢が静かに割り込んだ。
「実は、君の事は君の担任から頼まれていた」
アルビオンが目を見開き、思わずメンナクを見る。メンナクはビッと親指を立てて返した。メンナクがわざとディアボロにやられ、わざとアルビオンに助けだされた事に気が付いたのだ。
「君の事を案じてくれる人が居る…その人達に報いる為に戦うのも、立派な理由ではないかな」
静矢の言葉を噛みしめるようにしてアルビオンは頷き、リョウから差し出された剣を受け取った。
「あの雪山で負けた日、ボクは同胞を敵に回してでもこの世界を守りたいと思った。あの日の誓いを、ボクは忘れていたようだ……。
ボクはもっと強くなる。この剣と、こんなボクのために戦ってくれた皆に誓って」
リョウは薄く微笑んで、一言だけ言い添えた。
「彼等の意志を継げ」
他の仲間達も口々にアルビオンの声をかける中、ルーカスが号令する。
「さて、これから残りの遺族に遺品を返しにいく。俺達の仕事はまだ終わらんぞ」
「きっと皆、喜んでくれる・・よね・・?」
「うん、きっとね」
優雨の問いに、アルビオンが彼女の肩に優しく手をかけながら答えた。