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「そこの彼と、彼女は人間です。丁寧に運んでください。あ、その老人は石像ですので後回しで」
知楽 琉命(
jb5410)がテキパキと指示を出し、他の撃退士達は彼女に従い、石と化した民間人を移動させていた。
彼女の生命探知によって、石にされた民間人と、石像の見分けは簡単についた。
周辺にディアボロもいなかったため、彼女達は民間人を安全なところへ移動させようとしているのだ。少し離れた場所に、おあつらえ向きな蔵があったため、そこに集めている。
「眠り姫。君はとても綺麗だね。すぐに眠りから覚まさせてあげる。その時には、君の瞳も見せておくれ」
撃退士とホストを兼業するルティス・バルト(
jb7567)が、石像と化した女性を口説いていた。それでいて遊んでいるわけではなく、さながら女性をエスコートするように、丁寧に運んでいるのだから文句が言えない。
いや、女性の石像ばかり運んでいるのは、評価しにくい点ではあるが。
「うう、気味悪いなぁ」
石像の間を通り抜けて民間人を運ぶソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は、小麦色の肌に鳥肌を立てながら呟いた。
何せ、ただの石像と判断された石像も、顔の皺から指紋に至るまで忠実に再現されているのだ。ここまで来ると、単なるダミーでは無い、鬼気迫るものを感じる。
「ふぅ……これは気を使うねぇ」
阿手 嵐澄(
jb8176)。通称「ランス」が、カツラの下の汗を拭きながら言った。
超人的な膂力を持つ撃退士達にとって、実物大の石像もけっして重荷とはならないのだが、それは実際の重量以上に撃退士達にのしかかり、作業を難航させていた。
理屈で言えば、人体が複雑な形をしているため持ちにくいだけなのだろうが
「これが命の重さ、なのでしょうね」
石化した少女を抱きしめるようにして抱えながら、過去を思い出すようにポツリと呟いたユウ(
jb5639)の言葉を、他の仲間達は頷き合うことで支持した。
その時だった。
「……む?」
空中で索敵を行っていたロヴァランド・アレクサンダー(
jb2568)が、端正な顔を僅かにしかめた。
「来ましたね」
カリカリという堅い物のこすれ合う音を聞きもらさず、草摩 京(
jb9670)が巫女服についた汚れを払い落とし、身構える。
「あらぁ、皆も気付いたのねぇ」
頭上でヒリュウを旋回させている女言葉の男、御堂 龍太(
jb0849)が、不敵に笑う。
石造りの林の中から、のそのそとディアボロが顔を除かせ、石像を動かす撃退士達を発見するや、鳥とも獣ともつかない雄叫びをあげた。
まるで「俺のコレクションに触れるな」とでも言いたげに。
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怒り狂ったディアボロが、石像を抱えたままのソフィアめがけてガサガサと這い寄る。その動きには似つかわしくなく速い。
「させないよ」
だが、両者の間に割り込んだルティスが、すかさずディアボロの胴体に剣を突き立てた。剣は石の如き堅さを誇るディアボロの鱗に弾かれたが、気にせず微笑みをたたえたルティスは、離脱しながらディアボロを優雅に手招く。
「さ、遊ぶならこっちだ。俺達と楽しいダンスを踊るとしよう…」
「そうだ、こっちだ。それとも何だ? 俺達が怖いのか?」
続けて、ロヴァランドが挑発的な笑みを浮かべて、ディアボロを引き離すように誘導する。
ディアボロはロヴァランドしか眼中になくなった様子で、彼を追うように動きだした。
ロヴァランドに、ルティス。加えて琉命の3人は、ディアボロを引き離すことに成功した。これで他の仲間は石像の移動に専念できる。
ただし、移動が完了するまでは、この3人でディアボロと戦わなければならないことを意味する。
まだ誘い出された事に気付かないディアボロは、石でできた木をガサガサと登り、飛行するロヴァランドに高さで並ぶと、その魔眼を彼に向ける。
「何のつもりだ、おま 」
次の瞬間、視線が光線となって放たれ、絶えず続けていたロヴァランドの挑発がピタリと止んだ。
ピキピキと、何かが凍り付いていくような音をたてて、ロヴァランドの全身を石の鱗が包みこんでいく。
透き通るほどに白い肌も、血色の瞳も、全て無味乾燥な灰色へと変えられてしまい、ロヴァランドは石像と化した。
――のは一瞬だけ。
石と化したロヴァランドの胸元から聖印が輝きを発したかと思うと、それは目もくらむような光を放ち、彼の全身を覆っていた石を吹き飛ばした。
「ふう、どうにか間に合ったようですね……」
琉命がロヴァランドを指さしたポーズのまま、息を吐いた。ディアボロの石化光線よりも一瞬早く、彼女の聖なる刻印がロヴァランドを石化の呪いから守護したのだ。
予想外の事態に、ディアボロは丸い目をさらに丸くさせて、まるで自身が石化してしまったかのように硬直していた。
「てめェ……トカゲの分際で、やってくれるじゃねェか」
その隙に、ロヴァランドが樹上のディアボロを空中から蹴り落とした。
あっさりと仰向けになって地面に落ちたディアボロに
「どうしたの、もうおしまいかい?」
「報いを受けてもらいます!」
ルティスと琉命がそれぞれの武器を、無防備な腹めがけて振り下ろした。
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悲鳴とも雄叫びとも取りにくい、ディアボロの嬌声が遠くから聞こえた。
続いて響く剣戟の音。魔装と敵のくちばしのぶつかり合いから生じる火花が、こちらにまで届いてきそうな迫力をもって耳朶を打つ。
石像を守るため、囮を引き受けている仲間達の身を案じながらも、残る5人の撃退士達は石像を安全な場所へと移動させていく。
「石像にされた民間人は、もうこの人だけ、だね!」
ソフィアが確認を取りながら、石化した老人を「よいしょ」と持ち上げた。
周囲にはまだまだ石像が残っているが、琉命の生命探知によると、これらは全て単なる石像、もしくは石にされ(誰の仕業か)カツラを被せられた撃退士達である。
「どうにか間に合いそうねぇ……ん?」
ソフィアを手伝おうとした龍太が、頭上を仰ぐ。上空で周囲を見張っていたヒリュウが警戒するように鳴いていた。
「気を付けて。ヤツが戻ってくるわ!」
龍太の警告と同時に、土煙を巻き上がらせ、ディアボロが帰ってきた。
石像を移動させた事がそれほど気に食わなかったのか、丸い瞳を血走らせ、撃退士達に向かって吠えたける。
「怒りたいのは、こちらも同じですよ」
闇の翼を広げ、いつの間にかディアボロの頭上を取ったユウが、手にした拳銃から容赦なく雷撃弾の雨を浴びせた。それは彼女の怒りが具現化したかの如く、天雷となってディアボロの全身を打ちすえる。
一方、石像と化した老人を抱えていたソフィアは逡巡の末に、
「…………ごめんなさいっ!」
丁寧に老人を地面に横たわらせると、彼からできる限り距離を取るようにして駆けだした。
小柄で、盾にもなりそうにない自分が老人を抱えて行動するよりは、あえて離れた方が、老人にとって安全であると判断したのだ。
十分に老人から離れたソフィアは、ダーククリアーの翼を広げ、ユウと並ぶように空へと舞った。
「速攻でやらせてもらうよ!」
超重量の大型ライフルから太陽と見紛うほどの輝きを放つ弾丸を撃つ。
そして、ユウと視線を合わせ、互いに頷き合うと、踊るように位置を入れ替えながら同時に射撃、射撃。
二つの黒い翼が空中で交差し、宵闇のアーチを描く。
黒の舞姫達の動きにディアボロは翻弄され、焦点を合わせることすらできなかった。
「あらあらァ、ずいぶんと綺麗だこと」
味方である龍太も、羨むほどに見蕩れてしまう。とは言え、彼も遠くから眺めているだけではなかった。
目線はユウとソフィアに向けつつも、学園から支給された石化を解く薬を懐から取り出し、先にディアボロと交戦し、哀れ石化した堕天使にふりかける。
シュウシュウと音をたてて、堕天使は石の戒めから解き放たれた。
「ふう、助かったよ」
そう言って、堕天使は伸びをするように純白の翼を広げた。その拍子に、白い羽根が雪のようにちらちらと散る。
彼の名はアルビオン(jz0230)。白い色をこよなく愛する堕天使で、灰色と化した村を白く染め上げんとディアボロに挑んだのだ(そして返り討ちにあった)
「アルビオン君、ひさしぶりぃ」
彼と顔見知りであるランスが、すかさず声をかけた。
「ああ、ランス君、だったね。ひさしぶり」
「さっそくだけど、アレを倒すのを手伝ってくれないかなぁ?」
ランスがディアボロを指し示す。ちょうどそれは、京の振るった太刀をくちばしで挟むように受け止めているところだ。
「もちろんさ!」
アルビオンは即座に同意した。
「アルビオン君、君飛べるよねェ? なら、空飛んで、そこから攻撃してごらんよォ」
そう言うが早いが、ランスはアルビオンに手本を見せるように、高台からディアボロを狙撃し始めた。アルビオンも、
それに追従するように、遠距離から白い竜巻を放つ。
ランスの弾丸がディアボロのくちばしに命中し、アルビオンの竜巻が足下で爆発する。
驚いたディアボロはくわえこんでいた京の刀を、思わず離してしまう。
得物を取り戻した京は、それを構え直す。
「彫刻は魂を込めるべき神聖な行為。罰を与えるとしましょう」
京のその言葉に、ディアボロが反応した。ギャアギャアとけたたましく、抗議するように喚きたてる。
「生半可な覚悟で彫刻に携わっていない、と言いたげですね……」
京の太刀が黒き焔となって燃えあがり、紫紺の陽炎と共に彼女の右腕に纏わりつく。炎はゆらめくたびに膨張を続け、妖魔の右腕へと変貌を遂げた。
「では、その矜持、この戦いで証明してみせるといいでしょう!」
悪魔すら喰らう妖の腕が、さながら神罰の如く振り下ろされた。一切の輝きを放たぬ黒い炎に呑み込まれたディアボロは、ほんの数瞬だが意識を失った。
その数瞬の間に、囮を担当していた3名も、戦線に合流する。
「皆さん、ご無事ですか!?」
琉命は、傷だらけの京を手当し、
「やれやれ。こんなトカゲの気も惹けないとはね。少し自信を失くしたよ」
冗談めかして言いながら、ルティスは京とユウに聖なる印章を刻む。その際に「お嬢さん、プレゼントだよ」と、言い添えるのを忘れない。
「さァ、もう逃がさねェぞ。その脚をもぎとって、お前も蛇にしてやる」
謎の理屈を振りかざして、ロヴァランドも姿を現した。
たった一瞬、気を失っている間に、撃退士達に取り囲まれている事に気付いたディアボロは体を震わせると、全身を覆う鱗をほんの少しだけ浮かした。
「いけない! ボクはあれにやられた!」
アルビオンの悲鳴じみた声に反応して、ディアボロを取り囲んでいた撃退士達は、一斉に飛び退いた。
次の瞬間、ディアボロの鱗の隙間から勢いよく石化ガスが噴出する。
地上にいた撃退士達は飛び退くのが早く、全員が無事。だが、ガスはそのまま空へと昇り、上空にいたユウをも包み込んだ。
口と鼻を押さえて嗚咽するようにせき込むユウを
「ちょっと、大丈夫!?」
ソフィアが慌ててガスの中から引っ張り出すことで救出した。
だが、そうして開いた包囲の穴を、ディアボロは見逃さなかった。
ルティスと京の隙間を抜け、ディアボロは一目散に逃げ出したのだ。
「もうっ、逃がしちゃダメよ!」
龍太が新たに召喚したストレイシオンに命じると、自らも駆けだし、自身と愛竜とでディアボロを挟みこむ。
「これで終わりよ……っ!」
同時攻撃を試みようとしたところで、龍太は動きを止めざるを得なかった。ディアボロが石像を盾にしていたのだ。
「かまいませんっ!」
駆けながら、琉命が叫ぶ。
「それはただの石像です!」
「……よっし、いくわよぉ!」
龍太の合図と同時に、彼の放ったアウルの光撃と、ストレイシオンの雷撃が、ディアボロに襲いかかる。ディアボロも空蝉の術さながらに、石像を身代わりにして、それを避ける。
「……ただの石像と分かってはいても、気分はよくないわね」
粉々に砕け散った、若い女性を模した石像の破片を浴びながら、龍太は黙とうするように目を閉じた。
「けど、これで盾は消えた!」
ルティスが艶やかな動作で幾多もの妖蝶を生み出し、ディアボロを襲わせる。ディアボロは、怪しく輝く蝶の群れをかき分け、なおも逃げ続ける。
「逃がしませんっ!」
目を腫らしたユウがディアボロの退路へと回り込んだ。目を負傷しているとは思えない見事な突きは、正確にディアボロの額を貫くかと思われたが、ディアボロが90度方向転換した事で、空を抉るのみとなってしまった。
ディアボロはユウの攻撃をかわすために方向転換したわけではない。もとより彼が目的地に到達するためには、その場所を曲がる必要があっただけだ。
ディアボロの目的は、最初から逃げることではなかった。
「……まさかっ!」
ソフィアが悲鳴じみた声をあげ、ライフルを構えるが、自らの想像に腕が震え、狙いがさだまらない。
ディアボロは8人の撃退士に囲まれた時点で、敵わないと判断した。同時に、逃げられないとも。ならば、取るべき行動はただ一つ。
一人でも多くの人間を道連れにする。
冥魔の恐怖を、撃退士の心に「刻む」
それが彼の「彫刻師」としての矜持。
彼の目的は、撃退士達が移動させた、石像と化した村人達。彼らを保管していた、石造りの蔵だった。
ディアボロは体当たりで蔵の入り口を破壊すると、自らの腹を縦に裂いた。そこには鋸のような歯並びをした牙を持つ、第二の口があった。
唾液が糸を引き、ぬらぬらと輝く口腔が、石の少女へと迫る。
「やらせるかっ!」
ディアボロが少女へと食らいつく寸前、二人の間に割り込んだロヴァランドが、翼を盾代わりにディアボロの攻撃を防いだ。
石像を砕くための牙が、生身の翼に食い込んでいく。
「うぐおおおおっ!!!」
激痛に、ロヴァランドは恥も外聞も無く悲鳴をあげた。
ロヴァランドの翼の肉を削ぎ取ったディアボロは、瞳を爛々と輝かせた。無力な少女よりも、撃退士を仕留めた方がいいに決まっている。
ディアボロが視線の照準を、ロヴァランドに合わせた。
石化光線が放たれる、直前、一発の銃弾がディアボロの首筋を叩いた。
思わずディアボロは目を閉じてしまい、光線が中断される。
ディアボロが忌々しげに、後ろを振り返る。
そこには、いつの間にか、全身から黒紫色の焔をゆらめかせた京が立っていた。
「あなたの矜持、見せて頂きました」
口調こそは冷静に、彼女は言った。
「あなたは最低です」
黒焔が巨大な武人へと姿を変え、そこから再び放たれた鬼喰いの鉄槌が、ディアボロの存在を塵一つ残さずに消し飛ばした。
さて、ロヴァランドの危機を救った銃弾は、誰のものだったのか。
それは、射程ギリギリからの、ランスの狙撃だった。蔵から遠く離れた位置で、彼は人知れず「ふー、やれやれ」と頭の汗をぬぐい、カツラを着けなおした。