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正体不明の透明敵が現れると目される、腐臭に満たされた湿地帯で、撃退士達は周辺に木の枝を撒き散らしていた。敵が現れれば、それを踏み折る音で判別できるはずである。
「久しぶりだな、白の天使。…少し学園に染まったか?」
周囲を油断無く警戒しながら、リョウ(
ja0563)がアルビオン(jz0230)に声をかけた。
「おかげさまでね。毎日楽しくやらせてもらってるよ」
アルビオンは笑顔で答えた。この二人は、アルビオンが天使側だった頃から縁があり、リョウはアルビオンが学園に来るきっかけにもなった人物の一人でもある。
「お前とはどこかで会った気がするんだけどなー」
「それは奇遇だね、ボクもだよ」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)とアルビオンが、軽く火花を散らしあった。
実はこの二人もかつて敵同士だったことがある……のだが、その時は互いに着ぐるみを被っていたので、分からなくて当然であった。ちなみに当時、アルビオンは彼女に黒コゲにされている。
「ま、今日はよろしくな!」
ラファルがアルビオンの胸を裏拳でドンと叩いた。
「初めまして、切原雅だよ。アルビオン……先輩、で良いのかな?」
続けて、桐原 雅(
ja1822)がアルビオンに話しかけた。
「今日はボクが先輩の護衛につかせてもらう事になったから、よろしくだよ」
「リョ、リョウ君。先輩だってさ。先輩……フフフ」
アルビオンが嬉しそうにリョウをつつく。
「ああ、よかったな」
もっとも年齢はともかく、キャリアについては雅が圧倒的に先輩な件については、リョウは触れなかった。
そんな感じで、準備をしながらも歓談を楽しんでいた撃退士達だが、決して油断はしていなかった。姿の見えない敵は、いつ、どこから現れるか分からない。
だが、異変は突如として起こった。
「ぐっ!」
無防備に立っていた向坂 玲治(
ja6214)が血を吐いて膝をついた。腹部に空いた穴を中心に、着ている服がじわじわと朱に染まっていく。
「へっ、虎穴に入らずんば何とやら、だ」
それでも玲治は笑っていた。彼も油断して無防備な状態でいたわけではない。敵をおびき寄せるために、あえて無防備を装っていたのだ。
「今だぜ、みんな!」
玲治が叫ぶ。
「このぉ、よくもやったなぁ!」
変化の術によって┌(┌ ^o^)┐な姿に変身したエルレーン・バルハザード(
ja0889)が、玲治の付近に飛びかかるが、虚しく空を切る。
「ちっ、もう移動してやがるのか」
真龍寺 凱(
ja1625)が舌打ちをし、
「けど、小枝は折れてないよ」
上空から来崎 麻夜(
jb0905)が地面に撒かれた小枝を指さす。
まだ準備は完了していないとは言え、囮を担当していた玲治の周囲には真っ先に相当数の枝がばら撒かれていたが、それらが踏み折られた形跡は全く無い。玲治から離れていっているであろう現在もなお。
「ならばこれで……お願いします、大佐!」
Rehniの指示の下、大佐と名付けられた、左目に傷を負ったヒリュウが空を舞い、袋に詰まった粉末を撒き散らす。さらにRehniが柔らかにそよぐ風を起こし、粉末が湿地帯を覆い尽くしていく。
その中で、宙空に粉末が積もっているのを、リョウが目ざとく見つけた。
「あそこだ、アルビオン。はずすなよ」
「もちろんさ!」
リョウの合図と共に、アルビオンが白い嵐を放つ。ペンキを頭から被せられたような音をたてて、嵐が虚空で爆発した。
もうもうとたちこめる粉末と、嵐の余波が晴れると、全身を白く染め上げられた「敵」が、ついにその姿を晒す。
それは一言で言えば、1匹のスケルトンであった。
ただし、人間のものとは違う。ねじくれたツノが2本、側頭部から生えており、背中には骨組みだけとなった翼を携えている。だらりと垂らした両腕の先には、つい先ほど玲治を貫いたのであろう、研ぎ澄まされた鋭い指。
例えるならばそれは、骸骨(スケルトン)化した悪魔であった。
そしてそれは、地面から数センチほど宙に浮いていた。
「なるほどな。枝を踏まなかった理由はそれかよ」
凱が吐き捨てるように言い、腰のナイフを引き抜いた。
「だがよ、これでかくれんぼは終わりだ!」
叫ぶや、逆手に持ったナイフをスケルトンの額に突き刺す。スケルトンが「ガァッ」と呻き、よろめいた。
「これで姿を隠しても、位置はバレバレだぜ。終わった、な……」
凱が言葉を止めたのには理由がある。敵が驚愕の行動に出たからだ。その鋭い爪で、自身の額を破壊したのだ。
ボト、ボト、と、骨片と共にナイフが落ち、地面に突き刺さる。自身の眼窩のようにポッカリと空いた額の穴が、第三の目の如く、凱をねめつけた。
誰にもこの姿は汚せないと言いたげに。
「いかん! やつを逃がすな!」
リョウが鋭く叫び、彼自身も足場の悪い湿地帯を滑るようにしてスケルトンへと駆け寄った。だが、彼が術を唱え終えるよりも早く、スケルトンは移動する。その瞬間に、アルビオンの漂白も一瞬で洗い流され、まるで瞬間移動でもしたかのようにスケルトンの姿がかき消えた。
「向坂さん、危ない!」
生命探知でいち早く敵の動きを察知したRehniが声をあげるが、間にあわない。
今度は、玲治の胸が真一文字に斬り裂かれた。
「がっ、シャイにも限度ってもんがあるだろ……!」
だが、玲治も負けじと槍を振り上げる。真正面から斬られたのなら、目の前に敵がいるだろうと目星をつけたのだ。
「違います、左!」
「っ!」
再びRehniの声があがり、玲治は言われるがままにムリヤリ振り下ろす方向を変えた。急に方向転換したため、威力が落ち、直撃ともいかなかったようだが、骨の砕けるような確かな手ごたえが衝撃となって伝わり、胸の傷に響いた。だが、それも心地よい痛みだ。
「皆、野郎はここだぜっ!」
玲治が手ごたえのあった箇所を指さして叫んだ。
「よしきたぁ!」
戦鎚を振り上げたラファルが突撃する。裂帛の気合と共に振り下ろされた槌が、避けられたのか地面を穿つ。
だが、ラファルはその瞬間に ニッ と笑った。かわされることも、彼女の狙いだったのだ。
ドロドロの地面が爆発するように炸裂し、周囲に泥を撒き散らしたのだ。
「!!」
「わっぷ!」
付近にいた、スケルトンと玲治はたまらない。
「悪ぃ悪ぃ」
言葉とは裏腹に悪びれもせず、ラファルが泥だらけの輝く笑顔を見せた。
「ああ、かまわねぇ」
頭から泥を被った玲治もつられて笑った。
「また姿を現したな、骨野郎」
そして、同じく泥だらけになったスケルトンに、ビッと指を突きつけ、スケルトンが憎々しげに歯をカタカタと打ち鳴らす。
「Ξ┌(┌ ^o^)┐ホホホホホー!」
ここぞとばかり、湿地帯の上をアメンボのようにスイスイと、┌(┌ ^o^)┐もといエルレーンがスケルトンに接近し、飛びかかる。奇怪な動きとは裏腹に、それは非常に素早かった。
「ここならどうだっ!」
エルレーンが手にしたサバイバルナイフで目にも止まらぬ突きを繰り出し、スケルトンの背骨を貫く。
スケルトンは小賢しいとばかりに、すぐさまナイフを抜こうとし、そこで手を止めた。
「ふっふっふ、これなら迂闊に抜けまい」
スケルトンの周囲をカサカサと這いまわりながら、エルレーンが勝ち誇る。
そう、ナイフは根元まで背骨を貫通しており、無理に引き抜こうものなら、自身の背骨を破壊し、体幹を崩してしまうだろう。
ガアッ と怒り狂って吠えたスケルトンがエルレーンめがけて爪を振るう。その勢いで全身の泥は剥がれたが、ナイフの向きで狙われていることを判断したエルレーンは、爪が届く前に「ホホホホホー」と笑いながら逃げ去っていった。
「今度はボクの出番だねぇ」
湿地帯の薄闇に紛れるように、麻夜が黒い骨組みだけとなった翼を羽ばたかせ、宙に浮かぶナイフの切っ先――スケルトンの背後へと降り立った。
スケルトンが振り返るよりも早く、麻夜は「動くなっ!」と指を突きつける。
「ボクに触れて良いのはあの人だけ……」
全身に黒鎖の紋様を浮かび上がらせた彼女の影から闇色の鎖が伸び、スケルトンの腕を、脚を、肋骨の隙間までくまなく絡め取り、その姿を固定した。
「これでおしまい、あとはまかせたよ」
翼を広げ、長い黒髪を躍らせるようにして、麻夜が再び宙を舞う。
「おう!」と応えたのは玲治で、動けないスケルトンの真正面に立ち、今までのお返しとばかり大槍を振りかぶる。
「いまどきシースルーは流行じゃないんだぜ」
玲治渾身の一撃が、今度こそスケルトンの頭蓋に直撃した。飛び散った見えない破片が、玲治の顔を打つ。
スケルトンの頭部に当たる部分の鎖がたわみ、頭を破壊した事は間違い無いだろうが、体はまだ動いていた。
「バラバラにしないと、ダメみてぇだな」
凱が慎重にスケルトンとの間を詰めながら呟く。真正面から殴り合う玲治とは裏腹に、動けない敵相手でも油断はしない。
「オラァ!」
黄金に輝く拳の一撃が、スケルトンの腹を抉る――見えないが、手ごたえだけでアバラを破壊したと確信した――そして、ボクシングを彷彿とさせる足さばきで軸をずらし、決してスケルトンの正面には立たない。
「あとはタコ殴りにするだけってな」
全身の義肢を戦闘形態へと移行させたラファルが、2メートル強の戦槌を軽々と担ぎ直しながら笑った。
彼女の言う通り、勝敗はもはや決しようとしていた。
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上空では、油断無く盾と翼を構えた雅に護衛される形で、アルビオンが戦いを見守っていた。というか見蕩れていた。
「ふっふっふ…もだえくるしめぇ┌(^o^ ┐)┐!」
エルレーンがスケルトンに毒を打ちこみ、
「透明な敵の正体がスケルトンだなんて……叩き壊し甲斐があるというか」
とか呟きながら、Rehniも大剣を振るい、スケルトンを打ち砕いていく。
「さぁ、終わりにしよう?」
麻夜もクスクスと笑いながらスケルトンの頭上を飛びまわり、手にした拳銃から、憎悪を凝縮したような禍々しい弾丸の雨を降らす。
彼女の仕掛けた鎖が解ける瞬間に、今まで周囲を警戒していたリョウも動き、
「今度は逃がさんぞ!」
彼の影が、スケルトンの全身を縛りつける。
ガァッ! と叫んだスケルトンが苦し紛れに影にまみれた爪を突き出すが、ラファルはそれを義手で受け止め、
「効かねーんだよ!」
と殴り返す。
このような熟練の撃退士達の技と連携が織りなす光景に、アルビオンは圧倒されてしまっていたのだ。
「ボクもなれるのかな……あんな風に」
白い翼ごと肩を落とし、アルビオンが呟く。
「先輩は今日、やるべきことをやったんだから、いいと思うよ」
下手な慰めは口にせず、雅は事実だけを淡々と答えた。これではどちらが先輩か分からないが、情けないとは思えなかった。
などと雅が考えていると、地上で動きがあった。
リョウの束縛からも解放されたスケルトンが、撃退士達から逃げだしたのだ。
「いけない…!」
霊符から桜の花びらを生みだし攻撃するが、スケルトンは止まらない。
「くっ」
舌打ちしたいのをこらえながら、雅はスケルトンを追った。スピードは雅の方が上だが、敵の目印は宙に浮かぶエルレーンのナイフのみ。一瞬でも目を離せば見失ってしまいそうだ。
「逃がさない!」
瞬きを忘れ、目を血走らせた雅はナイフの柄――即ちスケルトンの正面――へと回りこむと、上空から踏みつけるようにして蹴りを放った。
踵がナイフの柄を押し込み、刃が楔となって、スケルトンの背骨を両断する感覚。
雅は空中でナイフを掴むと、身を翻して地面に着地。遅れて、ボトボトと、大きなものが落ちる音が二度。
スケルトンの上半身と下半身が湿地に沈み込み、その型だけが地面に浮かび上がっていた。
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「はい、返すね。これが無かったら、逃がすところだった」
全員と合流した雅が、元の姿に戻ったエルレーンにサバイバルナイフを返却し、
「あ、ありがとうなの」
エルレーンもおずおずとそれを受け取り、軽く抱きしめた。
「うぅー、自分で提案した作戦ですけど、酷い格好なのです……」
頭に乗った粉をはたき落としながら、Rehniが呻いた。その傍らでは大佐がやや申し訳なさそうに宙を漂っている。
他の撃退士達も似たようなもので、誰かしら泥なり粉なり被ってはいるのだが、
「あー、思ったよりも楽勝だったねぇ」
と子犬のように伸びをする麻夜だけは、終始上空を飛びまわっていたためか、何も被っていなかった。
「まぁ、そう言うなって。この泥は、勲章みたいなもんだ」
などと泥だらけの玲治は豪快に笑い
「おお、いいこと言うじゃねーか!」
同じく泥だらけのラファルも一緒に笑った。
それに言葉を失ったRehniは「帰ったら真っ先にお風呂です」と一人決意を固めた。
「で、今日はどうだった、アルビオン?」
リョウがアルビオンに話しかける。
「そうだね……改めて、自分の未熟さに気付かされたよ。何も、できなかった」
ともすれば普通の感想に聞こえたが、リョウは軽く眉をひそめた。アルビオンは生粋のナルシスト。反省など滅多にしない。もちろん悪癖でしか無いので、単純に成長したというだけなら喜ばしいが。
「ま、最初のうちはそんなもんだ。これから頑張ろうぜ」
凱がアルビオンに肩を回して話しかけると、励ますようにその背をバンと叩いた。
「そうだね……みんな、今日はありがとう。帰ろうか、ボク達の学園へ!」
ようやく笑顔を取り戻したアルビオンが全体に号令する。
だがそれは、今にも枯れてしまいそうな白百合を思わせる微笑みだった。
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リョウとRehniが持ち帰ったスケルトンの破片の調査により、スケルトンの正体はディアボロであることが判明した。透過率100%の素材や、あらゆる汚れを弾き落とす油分については未知の部分が多く、現状は冥魔の神秘としか言いようがない。
だが、こうして大した戦果もあげられず撃退士に大敗した以上、同様のディアボロが量産される見込みは薄いだろう。