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「美しくない……実に美しくない」
ひび割れに覆われ黒く染まった街を上空から見下ろしながら、アルビオン(jz0230) はぶつぶつと独り言を呟いていた。
「世界を一つの色に染め上げることの愚かさをボクは以前に知った。今日こうして黒く染められた街を見ていると、怒りが湧いてくるよ。この所業の犯人と、過去のボクに対する怒りがね……」
そして、白い翼を翻し、叫ぶ。
「誰の仕業か知らないが、見ているがいい。この街を、ボク達が元の色へと塗り直す!」
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この依頼に参加した撃退士達の中には、アルビオンとの戦闘に関わった者も多く、顔見知りも多かった。
ある者は再会を喜び、ある者は自己紹介をし、ひとしきり挨拶を終えた後、撃退士達は四手に分かれて行動を開始した。
「よろしく。可愛らしいレディとペアになれて光栄よ」
微笑みながら差し出されたグロリア・グレイス(
jb0588)の手を、ダッシュ・アナザー(
jb3147)は「よろしく……」と握り返した。
「黒は好きだけど、人を飲みこむ黒い裂け目なんてナンセンスね。この依頼、成功させましょう」
「同意…黒いのは、好みだけど…この裂け目は品が無い…」
「ふふ、白い彼と違って、あなたとは気が合いそうね」
そんな会話をしながら、2人は動きだす。
ダッシュが黒い翼を広げて上空を飛行し、グロリアが壁や屋根を駆け彼女に追従する。
「グロリアさん…ビルとビルの間の暗がりに…裂け目がある…」
「わかったわ」
上空から街を一望できるダッシュの指示を受け、グロリアが裂け目を破壊する。
ダッシュ自身も弓に矢をつがえ、射程内の裂け目を次々と狙撃していった。
石弾や矢を呑み込んだ裂け目は、黒い煙をあげて蒸発するように消滅していく。
「順調…だね」
「ええ、この調子でいきましょう」
言葉を交わし合いながら、ダッシュが学校の屋上に貼りついた裂け目を射抜いたその時だった。
かき消えた裂け目から、制服を着た女子高生らしき少女が現れた。裂け目の内部から急に地上へと帰ってきた反動か、少女はふらついており、間もなく彼女は屋上から足を踏み外した。
「く…」
小さく呻いて、ダッシュが声なき悲鳴をあげて落ちていく少女を追う。しかし、間に合いそうにない。
「まかせて」
が、ダッシュを安心させるような優しい声が届いた。
壁を駆け上がり、空中で女子高生を受け止めたグロリアが、少女に衝撃を与えぬよう音無く着地する。
「大丈夫かしら、レディ?」
お姫様抱っこした少女を優しく降ろしながら、グロリアが紳士(?)的に尋ね、少女は「だ、だだだだ大丈夫ですっ! ありがとうございますっ!」と顔を真っ赤にしながら何度も頭を下げた。
「…元気そうでなによりね」
少女の過剰な反応は気に留めないフリをしてグロリアが言う。
「ありがとう…助かった…」
空中から舞い降りたダッシュが礼を述べる。
「いいのよ。それにしても、高いところにある裂け目には注意が必要ね。皆にも教えておかないとね」
「わかった…」
ダッシュが携帯電話で全員に情報を送信し、グロリアは今にも沸騰しそうな顔の女子高生に恭しく手を差し伸べる。
「それでは、行きましょう。安全な場所までエスコートしてあげるわ」
グロリアの手に触れた女子高生から、ついに湯気が立ち上った。
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「よろしくね、夢前君。今日はおねーさんに任せておきなさい」
身長差の関係か、それとも故意か、豊満な胸を見せ付けるようにして九鬼 紫乃(
jb6923)が夢前 白布(
jb1392)に御挨拶した。
「よ、よろしくお願いします……」
迫りくる胸にしどろもどろになりながら、白布が何とかそれだけ返す。
「こらこら。あまり、うちの子を誘惑しないでもらおうか」
以前、アルビオンに関する依頼を白布と共にしたハルルカ=レイニィズ(
jb2546)が、冗談めかして助け舟をだした。
「ふふ、この程度、誘惑のうちに入らないわよ。ね、夢前君。それとも期待しちゃった?」
「し、してないよ! そんなことより、早く行こう!」
なおも迫る紫乃から顔を逸らしながら、白布は真っ先に歩き出す。が、心は正直で、彼の光纏はほんのり桃色に輝いていた。
こんな調子で、年上女性2人が白布をからかいながら街中を進む。
そして、こんな調子だが、仕事はきちんとこなしている。
空を飛ぶ仲間からの報告を受けた紫乃が、高所に存在する裂け目をまとめて消し飛ばし、裏通りに隠れた裂け目を目ざとく見つけたハルルカが、剣を一閃する。
オンとオフの使い分けに半ば呆れ、半ば感心しながら、白布も負けじと不死鳥を解き放ち、裂け目を屠っていった。
「その黒色、全部僕達の色に染めてあげるよッ!」
そんな良くも悪くも目立つパーティだからだろうか。彼らは街に潜む敵に目をつけられたらしかった。
気付いた時には、周囲から遠吠えがあがり、3人を取り囲むようにして数えきれないほどの黒い狼が現れる。
「こ、こんなにいっぱい……」
動揺する白布の前に、紫乃が立ちはだかる。
「大丈夫よ。おねーさんに任せておきなさいと言ったでしょ」
そう言って、紫乃は二つの盾を構えた式鬼を呼び出し、白布を守らせた。
「その通りだよ。私がかく乱するから、君はまとまった狼を一網打尽にしてくれればいい」
腰から翼を生やして宙に浮いたハルルカが、白布の背を守るように位置どった。
2人の余裕が急に頼もしく見えて、白布も気がつけばいつもの調子で「うん!」と答えていた。
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「あちらです。急ぎましょう、Sadikさん」
生命探知の網を広げ、人の捕らわれている裂け目を特定した黒井 明斗(
jb0525)が通りを指さす。
「よーし、行ってこい、キュー!」
明斗が指さした方角へ、Sadik Adnan(
jb4005)が『キュー』と名付けたヒリュウを先行させる。
「便利だなぁ、生命探知ってやつは!」
小走りにキューを追いながら、Sadikは感心したように言った。
「いえいえ、召喚獣の利便性にはかないませんよ」
互いを称えあいながら、明斗とSadikが裂け目に到着した時には、キューがすでにそれを破壊し、中に捕らわれていた人を救出していたところだった。
「よくやったぞ、キュー」
相棒のヒリュウに駆け寄ったSadikが、その頭を撫でてやる。
「大丈夫ですか? 動けますか? すぐに安全な場所まで誘導します」
一方明斗は、テキパキと捕らわれていた2人組のOLを助け起こしていた。
そんなことを繰り返し、十余名の民間人を救出、避難させた明斗とSadikは、街の中央にある高層ビルを縦に分断する超巨大裂け目の前にいた。
「この中から、20人以上の気配が探知できるんです。これの破壊は皆が揃うまで待ちたかったのですが……」
「あたしらだけで、このでっかいのを破壊するってか? いいなそれ!」
明斗が全て言い終わるよりも早くSadikが同意し、明斗も頷いた。
「それならこいつだ! でてこい、ゴア!」
Sadikが呼び出したのは『ゴア』と名付けられたティアマットだ。
金属質の甲殻に覆われた巨竜が姿を現し、その名の如く「ゴアアアッ!」と吠える。
「ゴア、このでかいのをぶっ潰せ!」
Sadikの号令の下、ゴアが逆巻く炎のブレスを巨大な裂け目へと吐きかける。裂け目は水面に小石を投げ込んだかのように波紋を起こして揺らいだが、消える兆しは見えない。
そればかりか、自らの身を守るかのように、3匹の狼を生み出した。
すぐさま槍を発現させ、明斗が応戦する。
「Sadikさんには、何が何でも近寄らせません!」
明斗の小さい体が不動の障壁と化し、黒狼の接近を阻む。
「サンキュー! なら、あたしは攻撃に専念させてもらうぜ!」
ゴアが、再びブレスを吐き出した。炎を舐めるように受けた裂け目に白いひび割れが走っていく。
「おら、これで最後だぁ!」
三度放たれたゴアのブレスが、ついに巨大な裂け目を粉々に破壊し、それは他の裂け目と同じように黒く霧散していった。
「やりましたね、Sadikさん」
3匹の狼を仕留め終えた明斗が手をかかげる。
「おう、こういうのって、チームワークの勝利って言うんだろ?」
Sadikもそう返し、2人はハイタッチを交わしたのだった。
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「ふぅ…ばらまくだけばらまいていきやがって。まったくめんどうくせぇぜ」
一帯の裂け目を破壊し尽くした阿手 嵐澄(
jb8176)が、まるで侍が刀を鞘に納めるかの如く、カツラを頭上の地肌へと被せた。
「ふっ、ランス君。カツラがズレているよ」
人によってはし辛い非常にデリケートな指摘をアルビオンはぬけぬけと行った。よりにもよって自慢のサラサラ髪をかきあげながら。
が、嵐澄は「おっとすまねぇ」と笑いながらカツラをハメ直す。それでもやっぱりズレていたが……さすがのアルビオンも、もう何も言わなかった。
「それにしても凄い活躍だね。あれだけあった裂け目を見落とし無く的確に射撃していく君の腕には感服したよ」
代わりに、正直な感想を口にした。
「お前さんこそな。その遠距離まで届く攻撃には助かった。胸を張って皆のところへ戻ろうぜ!」
そう言う嵐澄とアルビオンが肩を並べて歩き出す。
「本当はね、ボクは以前にはもっと強力な範囲攻撃が使えたんだ、今は使えなくなっているんだけど」
道中、アルビオンが目を閉じてポツリと語り出した。
「あれが使えれば、今回はもっと役にたてたのにって思うよ」
「失われた必殺技ってやつか。まるで俺の髪みたいだな」
つまらなそうに、嵐澄が道端に落ちていた空き缶を蹴り飛ばした。
「気にすんなって。さっきも言ったが、お前さんは十分すぎるほど役に立っているさ。俺の毛根と違って、その技はまだ再生の望みもあるんだろ……」
嵐澄のハゲましもとい励ましを受けて、アルビオンが「ありがとう、ランス君……」と振り向いた、その時
すでに、嵐澄の姿はどこにもいなかった。
嵐澄愛用のかつら(ロングヘアー)だけを残して、彼は消えていた。
「え? ランス君……?」
アルビオンの呼びかけに答えるものはいない。その足下を空き缶がコロコロと転がっていくばかりだった。
「ランス君? ランス君!? うわあああああああああああああっ!!」
半狂乱になったアルビオンの叫びが、ほとんどの裂け目が消えたはずの街中に響き渡った。
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嵐澄を除いた7人の撃退士達の前でアルビオンが正座をしていた。
「僕が目を離した隙にランス君が……本当にごめん」
白い肌をさらに蒼白にして、今にも土下座しそうな勢いでアルビオンが謝罪した。
「あなただけのせいじゃないわ。彼にも油断があったのかも知れないし、私達の誰かが討ち漏らした裂け目に捕まったのかも知れない」
グロリアがアルビオンの肩に手を置いて慰めた。
「いつまでそうしてるんだ! 今はランスさんを探さないとならないだろう!?」
そう言って、白布がアルビオンの腕を掴んでむりやり立たせる。
「しかし、裂け目はほとんど掃討したはずです。闇雲に探しても見つけられるかどうか……」
明斗が顎に手を当てて思案する。
「だからって、動かねーとしょうがないだろ! あたしだけでも探しに行ってくるぜ」
スレイプニルの『ヒヒン』に跨り、今にも飛びだしそうなSadikをハルルカの「ちょっと待った」という冷静な声が押し留めた。
「探すのは裂け目じゃない。狼だよ。狼を見つけたら、私を呼んでほしい」
「何か策ありね?」
紫乃が微笑みながらハルルカの顔を覗きこむ。ハルルカも「ああ」と微笑して返した。
こうして狼の捜索が始まった。とは言え、飛行能力や機動力に優れたパーティであることに加え、明斗の生命探知もある。群れからはぐれたと思しき黒狼がすぐに見つかった。
狼を生け捕りにしたダッシュにハルルカが、
「狼を放してやってくれ。私の方へ来るようにね」
と指示した。
「わかった…」
ダッシュが抑えていた狼を解き放つ。自由になった狼は目の前にいるハルルカに向かって矢のように突進する。ハルルカは目を閉じた。狼のあぎとが彼女に迫る。
「あぶなーい!」
そして、どこからか現れたアルビオンが、彼女を庇った。
「……え?」
さすがのハルルカも目を見開き、続いて半眼になって、狼に頭をかじられるアルビオンを見やった。
「アルビオン君、きみってやつは……」
「無事だったかい、ハルルカさ……うわああ!」
アルビオンの味を十分に堪能した狼が、今度は彼を連れ去っていく。狼の巣……すなわち裂け目へと。
「策、というのは…」
ダッシュが問い、ハルルカが答える。
「察しの通りだよ。わざと狼に掴まって、さらわれる。あとは狼が裂け目まで案内してくれるって寸法さ。
本当は私がさらわれる予定だったけどね……とりあえず、彼を追おうか」
そう言って、2人は狼の後を追った。
アルビオンが狼に引きずられていく。白いタキシードは、そのせいですっかり黒くなってしまっていた。
低くなった目線に、空き缶が迫る。その空き缶に見覚えがあった。嵐澄が何となしに蹴り飛ばした空き缶だ。よく見ると、その表面に親指ほどの大きさの裂け目が見える。
(さよなら、皆……ランス君は、また会えたね、かな)
アルビオンが観念して目を閉じた瞬間だった。
上空から飛来した一筋の矢が、空き缶を裂け目ごと真っ二つに破壊した。続いて放たれた第二射が狼の首を貫き、アルビオンを解放する。
「間にあった…」
矢を放ったままの体勢で、空中のダッシュがぽつりと呟いた。
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破壊された空き缶の裂け目から、嵐澄も無事に救出された。
「助かったぜ。ありがとうな。ランスおにーさん、どうなることかと思ったぜ」
アフロのカツラを装着した(愛用のかつらを持ちこめなかったので、裂け目の中で予備を装着したらしい)ランスが、全員集合した撃退士達にそれぞれ礼を述べた。
「全員無事で何よりだね! さて、僕はこれからアルビオンが白く塗り替えたポストの塗り直しに行くけど、皆はどうする?」
と、白布が皆に問うた。
「水くさいですね。それなら僕も誘ってくださいよ」
「ランスおにーさんは今回助けられたからな。そのくらい手伝うぜ!」
明斗と嵐澄が揃って手を挙げた。
「おもしろそーじゃん。あたしも混ぜろよ」
「時間もあるし…手伝っても、いい…」
Sadikとダッシュも口々に言った。
「…庇ってもらったのは事実だからね。私も手伝おうか」
ハルルカが肩をすくめながら言った。
「そういえば、私達はデートの約束をしていたわね」
グロリアが藪から棒に紫乃へと振った。
「ええ、じゃあ待ち合わせ場所は……白いポストの前にしましょうか」
紫乃がそれに答える。
こうして学園に凱旋したアルビオンを見た担任教諭は、嬉しそうに言った。
「お前の性格だから心配だったが……いい仲間ができたようだな!」
と。
アルビオンは朗らかに笑った。いつものキザな笑みでなく。白百合の花が開くように。