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――山頂。
まるで大木を組み合わせて作ったかのような巨大な鳥の巣の中に、それはいた。
エクリプス――大鷲の上半身に、獅子の下半身を持つ、『日食』の名を冠したディアボロである。
今、エクリプスは猫の様に丸まって眠っていた。秋晴れの空の下、巣の中心に敷きつめた紅葉をベッド代わりに眠る姿は、何とも優雅である。
そんな彼にこそこそと忍びよる少女の影。巣へと辿りついたエルレーン・バルハザード(
ja0889)が剣を振り上げて跳んだ。
それに気付いたエクリプスもすぐさま覚醒し、急上昇した。これで大抵の奇襲は回避できることを彼は本能で知っていたが、不運にもエルレーンの剣は、その頭上にあった。
結果、エルレーンの剣がエクリプスの頭部を打ったというよりは、エクリプスが剣にぶつかったとも言うべき状況となり、エクリプスは墜落。エルレーンも悲鳴をあげながら地面を転がった。
「よくやった!」
倒れたエルレーンをねぎらい、麻生 遊夜(
ja1838)が巣の影から飛び出した。
「今のうちにじわじわ腐れてろや」
起きあがろうとするエクリプスに、遊夜は銃弾を叩きこんだ。着弾跡に蕾の紋様が浮かび上がるのを見て、にやりと笑う。
遠くに隠れていた撃退士達も、次々と姿を見せはじめた。
真っ先に仕掛けたのが、極光色の翼をたなびかせたミリオール=アステローザ(
jb2746)だ。
「撃退士の意地を見せてやるのですワっ!」
流麗な見た目とは裏腹に、好戦的に言い放つと、ようやく起きあがったエクリプスに追撃を仕掛ける。
「やってやるのだ!」
続いて、颯爽と飛び出した青空・アルベール(
ja0732)がエクリプスの翼めがけてショットガンの引き金を引く。星のように散らばった無数の散弾がエクリプスの翼に着弾するたび、羽根が吹雪のように舞い散った。
エクリプスもようやく起きあがったが、意識が朦朧としているのか、そこから動かない。
「兜割りが効いているようだな。卑怯だなんて言うなよ?」
炎状のオーラを纏わせた鞭を振るい、クジョウ=Z=アルファルド(
ja4432)が衝撃波を放った。弧状の緑炎がエクリプスを牽制するかのように顔面で炸裂する。
「夏野雪、推して参ります!」
その隙に夏野 雪(
ja6883)が輝く光球を敵の頭上へと打ち上げた。光球は輝きを増すと、光の十字架となり、エクリプスの巨大な翼を地面に縫いつける。
キュオオッ!
大鷲と獅子とを混ぜ合わせたような咆哮をあげ、エクリプスは闇雲に暴れだした。突き刺さった十字架の戒めが、破壊され霧散する。
なおも暴れ続けるエクリプスの翼に、今度はワイヤーが巻きついた。
「飛ばれると厄介ですからね」
鋼線の主、楯清十郎(
ja2990)が、ワイヤーを思い切り引いた。暴れるエクリプスに合わせて引っ張られたワイヤーは、翼の3分の1をこそぎ取った。
「さあ、これで仕上げといこうか」
斧を振り上げ、蘇芳 更紗(
ja8374)が跳ぶ。跳躍の頂点から振り下ろされた斧は、ダメージの蓄積していたエクリプスの翼をへし折った。
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朦朧状態から回復したエクリプスが嘶いた。翼を1枚折られたにも関わらず、戦意は衰えを見せず、むしろ、血走った目で撃退士達を見渡していた。
折られた翼を除いた3枚の翼をめいっぱいに広げ、エクリプスが回転しながら上昇した。
それだけでエクリプスを中心に竜巻が発生し、彼を包囲していた撃退士達も巻き込まれる。
身軽に跳んでそれを回避したエルレーンと、範囲の外に立っていた遊夜を除く全員が吹き飛ばされた。
竜巻が止み、舞い散る羽根や羽毛と共に、エクリプスが地面に降り立つ。その羽毛の中に、赤く腐敗したものが目に入り、遊夜は「まさか」と思ってエクリプスの首筋を見た。
腐敗効果のある弾丸を撃ち込んだはずのそこは、真新しい、白い羽毛に生え変わっていたのだ。
「効いてなかったって言うのかい」
遊夜の弾丸は、エクリプスの柔らかい羽毛に受け止められ本体まで届いていなかった。それでも本来なら腐敗はそこから本体にまで浸食するのだが、腐りきった羽毛はそこへと届く前に抜け落ちたのだった。
エルレーンが毒手を放ったが、同じように羽毛の表面を紫色に染めただけだった。これも、同じようにすぐ抜け落ちてしまうだろう。
「このーっ! よくも吹っ飛ばしてくれましたワねっ!」
あれから木にでも叩きつけられたのだろう。髪の毛に木の葉や枝を絡ませたミリオールが怒声をあげながら戻ってきた。
「これでも喰らうといいですワっ!」
怒りにまかせて放った黒い球体を、エクリプスはひらりと身を翻してかわした。
「へ?」
一瞬、呆然としてしまったミリオールを、エクリプスの翼がはたき落とす。
「アステローザさん!」
扇をエクリプスに投げつけながら、駆け付けた清十郎が、落ちるミリオールを受け止めた。
一方、吹き飛ばされた他の撃退士達も、再度エクリプスに接近し、攻撃を再開する。
「これが牽制にでもなればっ!」
クジョウが鞭をエクリプスの足下に叩きつける。とっさに鞭を避けようとしたエクリプスは大きく後ろへと跳んだ。
「くらえっ!」
「今だーっ!!」
その瞬間に、青空と更紗が同時に攻撃を仕掛けた。だが、エクリプスはそれらもかわす。更紗の斧を空中でかいくぐり、青空の双剣を、翼を盾にして受け止める。巨体とは思えぬ身のこなしである。
「ならば、これでどうですか?」
エクリプスの着地を狙っていた雪が銀色の鎖を放った。それは、逃れようと飛翔したエクリプスの脚に絡みつき、大地へと引きずり落とすと、いくつも枝分かれして縛り上げた。
「皆さん、今です」
号令というには淡々としすぎていたが、雪が全員に発破をかけた。撃退士達が総攻撃を仕掛ける中、彼女は冷静に傷ついた仲間を回復し始めた。
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まとわりつく鎖に動きを制限されながらも、エクリプスは冷静だった。4枚の翼を折り畳み、体を縮めて防御態勢を取る。引き締められた筋肉は鎧のように堅くなり、いかなる武器や魔法も通さなかった。頼みの綱の状態異常も、ほとんどが受け付けない。
守りに専念しているのかと思いきや、突然翼を羽ばたかせて突風を巻き起こし、撃退士達をまとめて吹きとばしたりするのも嫌らしい。
「ちっ、決定打が足りねえな」
ありったけの銃弾を撃ち込みながら、遊夜がボヤいた。彼の指摘通り、動けないエクリプスに対して、致命傷を与えられる攻撃が、今の彼らには不足していたのだ。
「それでもっ! ダメージを与え続けていれば、いつかは倒せるであろ!」
全員を鼓舞するように、笑顔と攻撃を絶やさぬまま、青空が叫んだ。
「ああ、諦めたわけじゃねえさ……」
意味深に呟かれた遊夜の言葉は、ピシリ という何かが割れる音にかき消された。
「鎖が限界です」
更紗の負傷を癒しながら、雪がそう申告した。
あれから二重三重にかけた鎖による拘束も、ついに終わりがきたのだ。
鎖が次々と引き千切られ、エクリプスの体がゆっくりと起きあがる。
キュオオオオオッ!
最後は、エクリプスが大きく翼を広げ、戒めを吹き飛ばした。
そして、エクリプスが空高く上昇し、その巨体が太陽を多い隠す。
折れた翼は無理して広げているように見えたが、飛行能力そのものに致命的な衰えは無いらしい。さらに上昇を続けるエクリプスの姿は次第に見えなくなっていく。
「こいつが噂の急降下ってやつだろうな。皆、作戦通りに隠れるぞ」
クジョウが言うと、撃退士達は分散して思い思いの場所で守備態勢をとった。いや、その中で唯一、エルレーンが逃げ遅れていた。
「はぁはぁ…うごけない、のっ┌(;┌ ^o^)┐」
荒い息を吐き、四つん這いになりながら、傷ついて逃げ遅れた感を演出する。
……もちろん、これは彼女の演技である。弱ったフリをして、エクリプスに的を絞らせる作戦だ。彼女の演技は迫真の演技すぎて、逆にわざとらしくもあった。
が、彼女の演技力云々よりも、問題がもう一つあった。
エクリプスがいつになっても降りてこないのだ。
「まさか逃げたんじゃないだろうな!」
更紗が空に向かって叫び、1分近く弱ったフリをしているのがさすがに恥ずかしくなったエルレーンがチラリと頭上を見上げた、その時だった。
「油断してはダメなのだ!」
エクリプスをマーキングしており、その位置を把握していた青空が叫ぶのと、エクリプスが隕石のように落下してきたのは同時だった。
落下地点にいたエルレーンの衣服が細切れに、いや、粉々に砕け散る。
「バルハザードさん!?」
清十郎が思わず叫ぶ。エクリプスが落下してきた衝撃で、もうもうと煙が立ち込めており、エルレーンがどうなったか分からない。
「バルハザードさん!」
再び、清十郎が叫ぶ。
「い、生きてるよ〜……」
弱々しい声が煙の奥から返ってきた。それと同時に、煙も晴れていき、尻もちをついたエルレーンの姿が浮かび上がってきた。
空蝉で学園の制服を身代わりにし、エクリプスの急降下を紙一重でかわしたのだった。
「もう! 死ぬかと思ったじゃないかッ!」
顔面にびっしりと冷や汗を浮かべたエルレーンが、半ば八つ当たり気味にドスドスとエクリプスを剣で突き刺す。当のエクリプスはというと、必中の一撃がかわされたことが意外なのか首を傾げている。
「その隙は逃しませんワっ!」
ミリオールの5連装パイルバンカーが、エクリプスの腹を打つ。わずかによろめいたエクリプスを見て、クジョウはそれを好機ととった。手の中に生み出した白焔を鞭のように振るい、十字を描く。
「貫けぇ!」
クジョウから放たれた白焔の十字架は、エクリプスに十字の焦げ跡を刻みつける。
キュオオオオオッ!
白い炎に焼かれながらも、エクリプスはクジョウめがけて突進した。逆に不意をつかれたクジョウは、それをかわすことができない。
その間に大盾を構えた雪が割り込んだ。
「私は、皆の盾!」
エクリプスの突進を盾で受け止める。それだけで小柄な雪の体は宙へ浮き、そのまま崖下へと落ちて行く。
「絶対にやらせねーっ!」
青空が叫び、跳んだ。空中で雪の体を受け止め、鎖鎌を放つ。鎖鎌は崖へと引っ掛かり、二人の落下を阻止した。
が、宙ぶらりんになった青空達を、崖の上からエクリプスが見下ろしていた。
「私を離して、今すぐ上に……」
雪が冷静に言ったが、青空の優しさが、非情な判断を一瞬だけ彼に躊躇わせた。
エクリプスが爪を振るい、鎖鎌のかかっていた崖をえぐり取る。
「みんな、ごめん! けど、必ず勝つって信じてるからっ!」
最後まで笑顔は絶やさず、雪を抱いたまま青空は奈落の底へと落ちていった。
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2人を脱落させたエクリプスは、残る6人を余裕をもって見渡した。
「くそっ!」
クジョウが地面を叩いて悔しがる。自分を庇った雪が転落したことに、責任を感じているのだろう。
撃退士達は残った全力で特攻を仕掛けるしかなかった。
遊夜と更紗の二人を除いて。
「何か企んどるんかい?」
遊夜が横目で更紗に尋ねた。
「そちらもな。もっとも、もう一度飛んでもらわねば、こちらはどうしようもない」
更紗も横目で答えた。
「なら、お先に行かせてもらうぜ」
そう言って、遊夜も総攻撃に参加した。が、彼はすでに重傷だった。ひょこひょこと足を引きずりながらエクリプスに接近する。エクリプスはそういった隙を逃さない。
「麻生さん!?」
彼を庇おうとした清十郎を、遊夜はアイコンタクトだけで押し留める。
そして、遊夜はかぎ爪に斬り裂かれた。上半身と下半身が分断されたかのような痛みに耐えながら、遊夜はエクリプスの顔面に銃を突きつける。極限状態で限界まで高まったアウルが装填された一撃必殺の銃を。
「最後の土産だ、食らいやがれ」
命の輝きが銃弾と化して、エクリプスの顔面を穿った。
(やつの右目と相討ちか……悪く、ないやな……)
成果を確認し、遊夜は満足そうに微笑みながら意識を失った。
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「このっ! このっ! いい加減に倒れろよ!」
右目を潰され、怒り狂うエクリプスに、エルレーンは剣を何度も突き立てた。
「わたしを無視するなんて良い度胸ですワ…」
据わった目で、ミリオールも魔法を放ち続ける。
キュオオオオッ!
エクリプスが叫び、再び大空へと舞い上がった。急降下攻撃の予備動作だ。
「皆、ここは任せてくれないか」
今まで冷静に戦いを見ていた更紗が名乗りをあげた。
その迫力に、囮役のエルレーンも譲るほか無かった。
全員が隠れたのを確認すると、更紗は倒れたままの遊夜の側に立った。ここならば遊夜が狙われたとしても、自分が攻撃を引き受けられるはずだ。
そして更紗は待った。時間にしてわずか一分。体感にして永遠に続く時を待ち続けた。
エクリプスが落下してくる。
更紗はそれを真正面から盾で受け止めた!
それだけでは無い。全開にしたアウルも盾と化す。全身全霊の守備で、エクリプスの必殺技を受け止める構えだった。
それでもエクリプスの勢いは止まらない。アウルの守護を貫き、盾ごと更紗を貫かんと迫る。
「く……」
食いしばった歯から、血が垂れた。
「更紗さんっ!」
更紗が限界を感じた時、何者かが彼女を突き飛ばした。清十郎がエクリプスの攻撃を更紗に代わって受け止めたのだ。エクリプスの急降下は、完全に停止させられていた。
「やれやれ、無茶をしますね」
清十郎が苦笑した。
キュオオオッ……
盾と衝突し、ひび割れたくちばしから漏れる鳴き声は弱々しかった。必中必殺の急降下攻撃は、必中の部分はエルレーンに破られ、今、必殺の部分も、更紗と清十郎の2人に、完膚無きまでに破られたのだ。
エクリプスがまたもや飛び立った。
「またくるの!?」
エルレーンが身構えたが、エクリプスの様子は今までとは違う。垂直に飛行していたのが、今回は水平に飛んでいったのだ。
エクリプスの姿はみるみるうちに小さくなり、見えなくなった。それから何分待っても、帰ってくることは無かった。
「もしかして逃げた!? 待てー!」
追おうとするエルレーンを、清十郎が留めた。
「待って下さい。このまま戦っていれば、僕達は全滅していました」
エルレーンは傷だらけの仲間達を見渡し
「うん、そうだね……ごめん」
と落ちつきを取り戻した。
「痛み分けってところですわね」
煮え切らないと言いたげに、ミリオールは肩をすくめた。
「それは違うな」
クジョウが言った。
「やつは誇りを打ち砕かれた。縄張りすらも捨てて逃げたんだ。
そして、俺達は誇りを取り戻した。この山が二度と日食に侵されることは無い……」
そこまで言い、足音が聞こえたので振り返ると、青空と雪が山道を登ってくるところだった。
「う……」
さらに呻き声が聞こえた。遊夜も息を吹き返したようだ。
クジョウが改めて言い直す。
「俺達も全員無事だった。これを勝利と呼ばずして何と呼ぶ?」