●駅前ロータリーへ
現場の駅前に向かいながら、恒河沙 那由汰(
jb6459)は携帯で広士に連絡した。
野性的な髪型の金髪に黒メッシュを入れ、チラリと見える胸元にはタトゥー。虚ろな目つきはヤル気も見られず、一見広士と接点はなさそうな恒河沙だが。
「おめぇ今どこにいる?」
『師匠! 来てくれるって信じてました!』
かったるそうな恒河沙の声色にも関わらず、広士は喜びの声を上げた。
「あぁそういうのは後だ。落ち着いて手短に話せ」
広士は恒河沙の見た目がどうであれ、実は相手をちゃんと気にかけているという中身を知っている数少ない一人だった。
「分かった、そこで大人しく待ってろ」
通話を終えた恒河沙は事の経緯を仲間に伝え、撃退士達は駅前ロータリーへとたどり着いた。
すっかり人気のなくなった駅前に、不格好な灰色人がまちまちにうろついている。
撃退士達の正面に駅ビル入口があり、そこを入ってすぐ右手の階段を降りた所が、広士と深町の隠れている所だろう。
天魔が現れて広士と共に逃げる。この状況は、と雫(
ja1894)は思う。
「トラウマが植え付けられた状況に似ていますが、結果は別物としましょうか」
深町にとってこれは青天の霹靂だっただろう。だが彼は昔とは違う行動を取ったのだ。
雫は普段はあまり感情を見せないその顔に、見る人が見ればそれと判る微笑を浮かべるのだった。
美森 あやか(
jb1451)が阻霊符を発動し、念のため『生命探知』を使って逃げ遅れた人などがいないか探す。
幼さの残る顔立ちと大人しそうな雰囲気の通り、心優しい女性だ。
「周囲には誰もいないようです」
ほぼ初めての戦闘依頼とあって少し緊張気味であるが、焦らず行動する美森。
「周りに人はなし、御座すは物言わぬお客様。ははあ、随分とおあつらえ向きではありませんか」
長い髪の毛に銀縁眼鏡の小宮 雅春(
jc2177)は腕に座らせている『ジェニーちゃん』に「ねえ」と顔を傾けた。
奇術師としても活動している小宮は、常に木偶人形の『ジェニーちゃん』をアシスタントとして連れている。
「奴らの注意をこちらに向けましょう」
「ふふん、こーんな可愛い美少女がいるんだもの、標的はこっちでしょ?」
長い黒髪をさっと後ろに払い、桜庭愛(
jc1977)が制服の袖をまくり上げた。この細腕で実は豪快なプロレス技が得意とは誰も思わないだろう。
「こいつらって何のために出てきたんだろう? ま、天魔の考えることなんていつもよく分からないけどね! どっちにしろ倒すだけだし!」
と佐藤 としお(
ja2489)が伊達眼鏡を上へ放り投げ光纏し、スナイパーライフルXG1を装備した。
金色の龍のアウルが佐藤の逞しい全身を包み、一声吼える。
その声に反応したのか、灰色人が数体、こちらを向いた。
「ほらほら、こっちだぜ!」
佐藤が威嚇射撃すると、のそのそと灰色人が寄って来た。
「さあジェニーちゃん、僕らも一仕事だ」
『ジェニーを呼んだ?』
肩に乗せたジェニーちゃんが喋ったかのように一人芝居し、小宮は灰色人がスキルの射程に入るなり、
「さあさあ皆様お立ち会い!」
『奇術師の本懐』を発動させマジックショーを始める。
三体の灰色人はまるで小宮のショーに魅入っているかのように足を止め、拍手喝采をするように手を叩いたり体を揺らしたりしだした。
「残りの二体は私が」
雫は『ヒリュウ召喚』し、『威嚇』して二体の周りを飛び回らせる。
二体の灰色人がヒリュウを追いかけ始めると、
「ヒリュウ、そいつらをこっちへ!」
雫は自分達の方へ連れてくるよう指示を出した。
「そんじゃ行くぜ」
恒河沙は皆が灰色人達を駅ビル入口から遠ざけてくれたのを見計らい、灰色人の目に止まらないよう『磁場形成』を使用してロータリーを大回りで移動する。
地下街への階段はすぐに分かった。
「師匠ここです!」
広士の声がして、恒河沙は階段下の壁際から顔を出している広士に気付いた。
階段を下り、広士の傍でぐったりしている深町の傷を診る。
「深町さん、もう大丈夫ですからね!」
広士の絶対的な信頼に内心こそばゆさを感じながらも、恒河沙はぶっきらぼうな態度を崩さず深町の傷に手を当てる。
『大地の恵み』を使うと、大自然のアウルが深町の体に流れ込み、傷を癒していった。
「これでいい。しばらくは『再生』効果もある」
「あ、ありがとう……やはり本物の撃退士は違うな」
居住まいを正し礼を言う深町。
恒河沙は広士に上の様子を見に行かせ、こちらの声が聞こえないだろうと判断すると、深町をいつもより真面目な目で見た。
「撃退士とかそうじゃないとかじゃねぇだろ。今回も、あんたが広士を守った。守ってくれてありがとな。これでもあいつの師匠だからな。大したことはやれてねぇけど……、あんたの勇気、確かにもらったぜ」
にやりと薄く笑った。恒河沙なりの、感謝の気持ちだ。
「俺は……、他に誰もいないと思ったんだ。そしたら体が動いていた」
自分が信じられないとばかりに深町は言う。
12年前は仲間の撃退士がいたが、今は広士を助けられるのは自分しかいない。
だから動けた。
「いいんじゃねぇか、それで。立てるか」
それも勇気のうちだと恒河沙は肯定して、深町に手を貸して立たせ、階段を上る。
「広士、晃一と一緒に、イザとなったら向こうに逃げられるようにこっちにいろ」
「了解です、師匠!」
広士と深町を自分の後ろに避難させ、恒河沙自身は駅ビル出入り口に立ちはだかった。
「そういえば、お前の前で戦ったことあんまねぇな……せっかくの機会だ、隠れて見とけ」
「はい!」
広士の興奮気味の返事を、恒河沙は肩ごしに聞いていた。
●灰色人撃破
雫のヒリュウが連れて来た灰色人に、佐藤はいきなり『バレットパレード』を発動させる。
スナイパーライフルを構える佐藤の周りに、彼の持つ全ての銃が浮かんでいた。
「いっけぇー!」
全ての銃器が一斉に火を噴く。
一体の灰色人の上半身が吹き飛んだ。
「たあッ!」
残った下半身に闘神の巻布のリストバンドで全身を戦う武器と化した桜庭のキックが決まる。
踏みつけ、チョップをお見舞いし、体を小さくして潰す。
「まだ蠢いているなんて、気持ち悪いですね」
美森も散らばった大きめの欠片を見つけては神凪鉄扇で刻んで動かなくさせていた。
駅ビルの入口に恒河沙と広士達が姿を見せると、雫は灰色人を一旦ヒリュウに任せ広士と深町の下へ向かう。
「雫さん、お久しぶりです!」
「去年は世話になった」
挨拶を口にする二人を見て、雫は
「こんな時に不謹慎ですが、貴方がたの行いを知って少し嬉しいですね」
思いのほか優しげな声を発した。
動けないままでも逃げるでもなく、お互い助け、助けられたのだ。二人にとってこれは素晴らしい進歩と言える。
雫は持ち物の中から無骨な大剣フランベルジェを取り出し、深町に差し出した。
「この魔具は、長く共に戦い続けた代物です。貴方の力になってくれるでしょう。もしもの時は、これを使ってください」
深町は一瞬躊躇い、だがしっかりと受け取る。
「じゃあ、しばらく借りておく」
「では、殺りますか」
雫は恒河沙の隣に立った。
充分灰色人達を引きつけた頃合いを見て、小宮はマジックショーを突然終えた。
急に解放され戸惑う灰色人に、すかさず『ジョニー君』をお見舞いする。
「ジョニー君、出番ですよ」
アウルが顔無しの道化師人形の姿になり3体出現し、灰色人に取り付き爆発!
蹴散らされた灰色人の一体が恒河沙の方へ走って行く。
恒河沙はせっかくだから多少は広士に良いカッコしようかと思いつつ、『アイビーウィップ』を繰り出した。
植物の鞭を振るうが、灰色人は他の個体に気を取られたのか急にかくっと曲がった。
「あぁ?」
植物鞭は灰色人を捉えられない。
「ちッ、めんどくせー」
恒河沙は他所に向かう灰色人に接近し、あるかないかの首を両腕でつかんだ。
と同時に『コレダー』を食らわせる。
両手に発生した雷を一気に流し込んでやると、灰色人は体の内側からダメージを受け『麻痺』した。
短い腕を振り回し灰色人の反撃。
恒河沙は『収束電磁バリア』で瞬間的に自分の腕の周囲に電磁障壁の盾を作り出し、攻撃を受ける。灰色人の攻撃は通らなかった。
「ふん、大したことねぇな」
恒河沙はレヴィアタンの鎖鞭を振るい、ぐらぐらしている灰色人の体を切り刻む。
その際、腕が飛び広士達の方へ転がっていった。
「うわっ、まだ動いてる!」
「大丈夫だ」
うぞうぞと気味の悪い腕が広士の方へ寄って行くのを、深町が借りたフランベルジェで数回叩き切って動かなくした。
それを横目で見て、恒河沙はふっと表情を和ませるのだった。
雫はヒリュウに再び『威嚇』を使って、一体の灰色人を自分の所まで誘導させる。
「上出来です、ヒリュウ」
ヒリュウが雫の上を飛び抜けざまに、雫は『クレセントサイス』を放った。
無数の三日月の刃が灰色人の全身を切り付ける。
しかし痛みにも鈍いのか、腹がえぐれ腕が欠け足の一部がなくなっても、灰色人はそのまま突進して来た。
身をひねって雫が避けると、灰色人は構わず真っ直ぐ突き進んで行く。
「理解に苦しむ行動ですね」
若干呆れながら雫は灰色人を追い掛け、愛剣太陽剣ガラティンでまずは走れないよう足を斬り飛ばす。続けてばたりと倒れ込んだ灰色人の腕を、胸を、腹を、どんどん小さくなるまで切り続けた。
「なんのっ、そんな蹴り、痛くも痒くもないわね!」
桜庭は『八極拳』で防御を上げた肉体で、灰色人のモーションの大きな前蹴りを受ける。
お返しとばかりに『心象結界闘神剣奉』を発動したが、灰色人が唐突にあさっての方へ動いたため命中しなかった。
「ちょっと何なのよ!」
「逃げたらダメです」
美森が『ヴァルキリージャベリン』で作り出したアウルの槍を投げる。
槍は灰色人の背中に当たり、
「今度こそ食らいなさい!」
再度『心象結界闘神剣奉』を発動する桜庭。
何本もの不動明王の退魔の剣が招来し、演舞のごとく灰色人を斬り刻む。
「もう動かないでくださーい」
美森はまだ動いている灰色人の欠片を念入りに刻むのだった。
佐藤は灰色人の体中に銃弾を撃ち込む。
「近寄らせないぜ!」
方向転換しようが体を曲げようが横に移動しようが、佐藤は敵を追ってライフルを放つ。
それに合わせて、小宮もアンティークドール・アンジェリカから緑の棒を発生させ飛ばし、灰色人を蜂の巣にする。
「ある意味あれも『人形』なのかもしれませんが……とても好きになれそうもありません」
『ジェニーと一緒にしないでよ〜』
「そうだね、ごめんね」
などと一人二役演りながら。
二人の絶え間ない攻撃に、灰色人は足が折れてその場にがくりと崩れ落ち、体に穴を開けられ、削られて、やがて細切れの粘土の山となった。
●再会した二人は
桜庭のダメージを美森が『癒しの光』で回復させると、皆は広士と深町の下へ集まった。
「初めまして。美森あやかです。最初は旦那様が来る予定だったんですけど、怪我人がいるって聞いたので」
美森は二人にぺこりとお辞儀した。
「吉田広士です! 天魔の討伐、ありがとうございました!」
広士は以前世話になったことがある同じ苗字の青年を思い出し、その人が旦那さんなのかと思いつつ礼を述べる。
「皆、来てくれて本当に助かった。俺はすでにギリギリだったから。助けるはずの広士君にも助けられた」
感謝の言葉すらも自嘲気味な深町に、美森は穏やかに笑いかけた。
「……でも、今回も過去も、無我夢中で動いたんでしょう……? だったら、自分にできる最大のことをしたんじゃないんですか? ……あたし、戦闘依頼ダメなんです……大規模でも救助や支援が主ですし。深町さんは、3回でも戦闘依頼参加したことあったんですよね?」
「いや……、俺だって積極的に戦ってた訳じゃないし、結局恐怖に負けて辞めてしまった。君はちゃんと続けているじゃないか。すごいと思うよ」
「深町さん、別に卑下しなくてもいいんです!」
と桜庭が元気に言った。
「こんなことは得意、不得意の範疇。こーいうのはね、私みたいな荒事専門に任せておけばいいんですよ。私は自分勝手に行動しただけ。結果、貴方達が助かった。そーいうことです。だからお礼もいりません。でも、恩義に感じるのであれば、『美少女プロレス』を見に来てください。それでチャラにしましょう」
いつもの明るい笑顔でガッツポーズを見せる。
あまりにもあっけらかんとした桜庭の提案に深町は若干呆気にとられていたが、広士は興味をそそられたようだ。
桜庭に美少女プロレスのことを聞いている広士の横で、深町は自分の手の中にある物を思い出した。
「あ、そうだ、これありがとう。役に立ったよ」
フランベルジェを雫に返す。
「……昔の貴方と向き合えましたか? 貴方は今回も成せることをしました。もう、前を向いても良いのでは?」
大剣をしまいながら、雫は尋ねた。
撃退士達も広士も深町に優しい。
それはきっと、彼らが強いからだ。
その強さを、自分は少しでも持っているのだろうかと深町は己に問う。
「今回俺を助けてくれたのは間違いなく深町さんですよ! 俺は深町さんを運んだだけです」
広士の一言で、深町はハッとした。
間違いなく自分が助けた。
それに、運ばれただけでも自分は広士に感謝している。
きっとそういうことなのだ。
「間違いなく、貴方の意思でそれを成したのです。12年前も、今この時も、それを誰が逃げだと言いましょうか」
小宮が諭すように、深町に語りかける。
「貴方自身は気づいていないのかもしれません。それでも、少しずつ確実に前に進んでいますよ」
「ああ……そうだったんだな……。君達のおかげだ。本当にありがとう」
ようやく深町自身にも解った。
そして、また広士を助けることができた自分を、以前よりも誇れるような気がした。
救急車を呼び、深町は一応病院で診てもらうことになった。
来るまでの間広士と深町は二人で話し、やがて深町は救急車に乗って行った。
「会えて良かったな。言うべきことはちゃんと言えたか?」
深町を見送った広士に、恒河沙が声をかける。
「はい! 学園には一緒に行けなくなっちゃいましたけど、今度美少女プロレスと12年前俺を助けてくれたもう一人の撃退士さんのお墓に行くことになりました!」
「そうか」
恒河沙はくしゃくしゃと髪を乱すように広士の頭を撫でた。
「やめてくださいよ〜、俺もう高3ですよ」
4年前の広士は完全なる中二病で、治ってからもなぜかよく天魔に遭遇してしまう危なっかしい子供だったが、今はしっかりした青年に成長した。
それを思うと、恒河沙の胸にも感慨深いものがある。そんな素振りは微塵も見せないが。
「今回はよく頑張ったな。これからも何かあれば言えよ。まー……一応師匠だからな」
「はい! 恒河沙さんはずっと俺の師匠です! 師匠の戦ってる姿、カッコ良かったですよ!」
「おま――、そういうことはいちいち言わなくていい」
師匠の照れが垣間見えて、広士は嬉しそうだった。
人は怯えるだけではない。
深町のように、誰かを守りたいという思いがあれば克服できる。
撃退士でなくても、誰かを想う心があれば広士のように強くなれる。
二人の再会は、それを照明し深町の心を癒した。
彼らのことを我が事のように喜ぶと同時に、小宮は心から大切に思える誰かがいることが、少しだけ、羨ましかった――。