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マスター:久遠 由純
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:5人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/04/21


みんなの思い出



オープニング

●少女が心に抱えているもの
 紗々羅は、小さい頃から父親にとても可愛がられていた。
 母親は紗々羅を産んですぐに亡くなってしまったので、愛情の行き場が彼女だけに集中してしまったのかもしれない。
 可愛がりがエスカレートし、紗々羅が小学校高学年になるとそれはもう『性的虐待』になっていた。
 嫌だと訴えても、父は紗々羅の体を触るのを止めない。
 逆に
「パパにこんなことをされていると誰かに言ってみろ。パパは世間では男手一つで娘を育てている立派な父親で通っているんだぞ。誰がお前の言うことなんか信じる? それどころか父親と汚らわしいことをしていると蔑んだ目で見られるだけだぞ? それでもいいのか?」
 と脅され何も言えなくなってしまった。

 紗々羅はクラスメイトに秘密を知られるのを恐れ、いつしか誰とも付き合わなくなった。大人しく、何にも関心を示さず、目立たないように生きるのが常になっていった。
 だが、学校というものはそれを許してくれない。

 ある日の学校帰り、とぼとぼと家までの道を歩いていると、女子の三人組が道をふさいだ。
「ちょっとあんた、今日あたしを無視したでしょ? あんたなんかにせっかく声かけてあげたのに。何様?」
 真ん中のリーダーらしき女子がきつい目つきで紗々羅を睨んで言う。
 紗々羅にしてみれば、声をかけてくれと頼んだ訳ではない。誰にも絡んでもらいたくないだけだ。
 紗々羅は視線を落としそのまま彼女達の脇を通り過ぎようとした。
「無視すんじゃねぇよ!」
 取り巻きの一人が紗々羅を行かせまいと彼女の腕を掴んだ瞬間、
「触らないで!!!」
 紗々羅が絶叫した。
 学校では必要な時以外、必要な時ですら聞き取るのがやっとの声でしか話さない紗々羅がびっくりするほどの声を出したのだ。
 三人組も驚いて、思わず手を離す。

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い――」

 いつの間にか小さく声に出しながら、紗々羅は触られた腕をゴシゴシとこする。
「な、なにこいつ……」
 三人組も尋常ではない紗々羅の様子に一歩後ずさった。
 おもむろに紗々羅はポケットからカッターナイフを取り出す。
「え? 何?」
「あたしたちを刺そうっての!?」
 三人娘がビビってお互い身を寄せる。
 だが紗々羅はカッターを彼女達ではなく、自分の腕に突き刺したのだ!

「きゃあああ!」
 三人組の一人が叫ぶ。
「こ、こいつおかしいよ、もう行こ!」
 三人組は紗々羅をほっといて、そそくさとその場を去って行った。
 そんなことにも気づかず、紗々羅は自分の腕、触られた部分を何度も刺している。
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い――」
 血で流せば汚れた部分がなくなるとでもいうように。
 でも何度刺しても気持ち悪さはなくならない。
 彼女の心は、もう父親以外に触られることさえ強烈な嫌悪感を感じるほど、限界に来ていたのだ。
 何度目かにカッターを振り上げた時、急に空中に固定されてしまったみたいに動かなくなった。
「――?」
 振り返り見上げると、そこには顔中傷だらけで魔道士のようなローブ姿の男が、紗々羅の持つカッターをつまむように押さえて立っていた。
「ダメだよぉ〜、自分で自分を傷つけるなんてサ」
 その顔はニコニコと笑っていて、人が良さそうに見える。
「ホラホラ、これ離して。ね?」
 カッターを軽く引っ張るその腕に、紗々羅は目を留めた。
 彼が傷だらけなのは顔だけじゃなかったのだ。腕も、裾から見える足も、ツギハギしたような傷がたくさん付いている。
 紗々羅はこの男にわずかな興味を抱いた。自分と同じようなものを感じたからだ。
 天魔だとは思いもしなかった。
 だから大人しくカッターを離し、自分から口を開く。
「……おじさんもその傷、自分でやったの……?」
 顔には皺もいっぱいあったけど不思議と老人には見えず、かと言って若い訳でもなさそうだったので、その中間で呼ぶことにした。
「んん? いいや。これは、キミと同じ年くらいの時にね、知らない大人に色々実験されてできたものさ。キミは? どうして自分を刺したのかな? いやいや、その前に手当した方がいいかもしれないねぇ」

●死ぬべきは
 紗々羅は自宅の自分の部屋でツギハギ男を前に、ぽつりぽつりと事情を話していた。
「あたしは汚らわしい人間なの。こんな体捨ててしまいたい。まだこんなことが続くなら、もう生きていたくない……」
 腕は自分で大雑把に手当した。ちゃんとした手当ではないが、今はそれよりもこの男の話を聞きたい。
「なるほどねえ〜」
 笑い顔のまま、ツギハギ男はうんうんと一人うなずく。
「おじさんも、実験されてそんなにたくさん傷だらけになったんでしょ? 辛くなかった……?」
「もちろん辛かったよぉ」
「じゃあ、どうして今は笑っていられるの?」
 その言葉に、ツギハギ男の笑顔の目が少し翳ったような気がした。
「この顔はねぇ、笑い顔しかできないんだ」
「……?」
「実験台の日々が辛すぎて、僕は無理やり笑って辛さをやり過ごそうとしていた。そしたら戻らなくなっちゃったのさ。他の感情も忘れちゃってねえ。今のキミとおんなじだね」

 そうか、このおじさんはあたしと同じなんだ。

 すとん、と紗々羅の心にそのことが落ちてきた。
「ねえ、キミは感情を取り戻したくないかい? 前のように楽しく生きたくない?」
 紗々羅はツギハギ男の笑顔をぼんやり見つめる。
「分から、ない……」
 『前』を忘れてしまうほど、紗々羅の心は傷め付けられ閉じていたのだ。
「そうかぁ、可哀想にねえ。でもそれでこそ僕が手を貸す価値がある。僕は以前死にたがってた女の子の望みを叶えてあげたけど、僕の欲しいものは得られなかった。だからキミは死なせない。生きていないと感情を取り戻せたか分からないからね。そう――、死ぬべきはキミにひどいことをしたパパだ」
「そんなこと……」
「できるさ。僕は天使だからね」
 にこりと、天使ラムライディは笑っていた。


 紗々羅の家からそう遠くない所に、廃材置き場のような空き地があった。プレハブの倉庫らしき古い建物が一軒だけ建っている。
 そこに、ツギハギ天使ラムライディと紗々羅とその父親がいた。
 父親を連れて来る時、サーバントを使って派手にさらって来たので、近所の人が撃退士に通報しているだろう。
 だがそんなことはラムライディも紗々羅もどうでもよかった。
 父親は今、十字に組み合わせた太めの棒に両手と両足、胴体を括りつけられて磔のようになっていた。
 その前には上半身が女性で下半身が百足というサーバントがいる。女の手がひたりと父親の顔に触れると、酸で溶かされたかのように焼けただれた。
「ぎゃああああ!!」
 父親の叫び声が倉庫内に響く。

 既に外は真っ暗で、明かりは紗々羅の持参した懐中電灯だけ。
 紗々羅と天使は並んで、少し離れた所で父親を照らしその様子を見ている。

 ツギハギのおじさんが天魔でも紗々羅は構わなかったし、父の叫び声を聞いても何とも思わなかった。



リプレイ本文

●三人の関係は
 人気のない空き地の古い倉庫から、男の悲鳴が聞こえた。
「どうやらここで間違いないみたいだね」
 自分の頭にフラッシュライトを紐でくくりつけ固定し、星杜 焔(ja5378)は言った。淡い緑がかった銀髪がライトの光で一瞬虹色に輝く。普段は柔和で端正な顔立ちを、今はきりりと引き締めていた。
「阻霊符の準備もOKだ」
 鳳 静矢(ja3856)も皆に目で合図する。鳳は数々の経験からか、年齢以上の落ち着きを感じさせる精悍な青年だ。

 撃退士達は、今まさに倉庫内へ突入しようというところだった。


 紗々羅の父親は全身焼けただれ、ぐったりと気絶した。
 ツギハギ天使ラムライディは父の状態より、少しでも紗々羅に心の動きの兆しを見つけられないかと彼女を観察している。
 しかし虫の息の父親を見ても紗々羅は無感動で、ただ皮膚の焼けた匂いに顔をしかめているだけ。もはや父を何か別のものとして見ているのかもしれなかった。
「もうすぐキミにひどいことをしたパパが死んじゃうねえ〜。何か途中キミに謝ったりしてたけど、どう思う?」
 ラムライディはひょこっと紗々羅の方に顔を傾けて問う。
「死んじゃうの? パパ。でももう遅いよ。何を言ったって、死んだって、全部遅い」
 普通の少女なら、いや大人だって直視できないような惨状の父を、紗々羅は目を逸らさず見つめていた。
「じゃあ、そろそろ止め刺しちゃおうか☆」
 造り主の声に従い百足女が父親の胸に手を触れようとしたその時。

 鳳が間に入って、その手を『護法』を使いカルキノスの盾で受けた。百足女の酸が盾を『腐敗』させる。
「あれぇ? 何キミ達」
 ラムライディの瞳がぎらりと不穏に光った。
 すかさずアーニャ・ベルマン(jb2896)が『ニンジャヒーロー』を発動。
「忍びなれども忍ばない! ニンジャレディー・アーニャ参上!!」
 フラッシュライトを自分自身に照らしながらカッコ良くポーズを決めた。前髪の緑と赤のメッシュがアーニャをより派手に見せている。
 百足女は反射的にアーニャに気を取られた。
「こっちにおいでー!」
 アーニャは倉庫の外へと百足女を誘い出す。
「今回は邪魔させないよ。その男は殺す」
 ラムライディが父親に止めを刺そうと突進して行くと、不意に鎖が首に絡まり後ろに引っ張られた。
「ぐっ!?」
 六角分銅鎖の先にいるのは星守だ。
「駄目だよ」
 天使の動きが止まったその隙に、『暗殺夜行』で『潜行』し近付いていた桜庭愛(jc1977)が父親の戒めを解き解放した。
「カマキリ救助隊参上!」
 その名の通りカマキリのきぐるみを着た私市 琥珀(jb5268)が『ヒール』で父親の傷を癒す。
 外傷は良くなったものの完全に回復した訳ではないので、気絶したままの男を桜庭がその肩に担ぎ上げた。
 桜庭はいつもの蒼いハイレグ水着とリングシューズで、成人男性を軽々と担ぐ姿はまさにプロレスラーだ。
「犯罪者を助けるのかい、撃退士ってのは」
 ラムライディは首の鎖に抵抗しながら憎々しげに言う。強がっているが、実際これだけの撃退士を相手に男を取り返すことは無理だった。
「さっきの会話は聞こえてたわ。この男性はその子のお父さんなのね。そして、その子の瞳を見るに……、虐待されてるんだと思うけど?」
 確信を込めて桜庭は告げる。
 その子――紗々羅は、今までの騒動でも微動だにせず彼らを見つめ続けていた。

 桜庭には解る。
 自分もまた、同じ瞳で自分以外の世界を見ていたから。

「その通りだよ。実の娘に変態的な虐待サ。それで彼女がどうなっちゃたのかは解るだろ?」
 天使の言葉に加え父親の死にも動じない少女を見れば、皆にも大体のことは想像がついた。
「だから僕はその原因を取り除こうとしただけだよ。そうすれば、彼女の心が戻るかと思ってね」
 ラムライディの言い分は最もらしく聞こえる。だが。
「それは完全にお父さんが悪いんだよ……だけど、だから殺してもいいってことにはならないんだよ。カマキリ救助隊の前では誰も死なせないんだよ!」
 父親を担いだ桜庭を庇うように、私市は力強く立った。
 鳳もラムライディの前からどこうとしない。
「……その男の人間性を分かった上で本気で助けたいんなら、外のサーバントを倒してきなよ。僕は手出ししないからサ」
 今倉庫の外ではアーニャが一人で百足女の相手をしている。
「自分で命令を取り消そうとはしないんだな?」
 鳳が確認するかのように尋ねた。
「当然だろ? 僕は君達さえいなかったら殺してやるつもりなんだから」
「分かった。終わったら話を聞くぞ」
「何? キミタチが素晴らしい解決策でも教えてくれるってのかィ?」
 皮肉っぽい笑みで返すラムライディを鳳は無視して、桜庭に父親を二人とは離れた所に寝かせるように指示した。そして父親の警護と見張りを兼ねた私市を残すと、皆はアーニャの加勢に出て行った。

●百足女の始末
 百足女はアーニャに百足の体を伸ばしてきた。
「はっ!」
 アーニャは華麗にジャンプしてかわし、そのまま
「くらえーっ!!」
 女の頭部目掛けて、ローアフィストを装備した拳に体重を乗せた『兜割り』をお見舞いする。百足女は『朦朧』になった。アーニャは続けてアッパーを顎にねじ込んでやった。
 その時鳳や桜庭が駆け付ける。
「皆、待ってたわよ!」

 皆の位置が離れすぎる前に、星杜が『楽園降臨』を使った。幻影騎士と虹色に輝く花畑が結界内に現れる。
「頼むね」
 騎士の中に一人ライラックの意匠の鎧を着けた少女がおり、星杜はその少女に囁く。
 皆の能力が上がると、幻想的な景色はふっと消え去った。
 百足女が大きく体を回転させ、鳳とアーニャに蹴りを仕掛けてくる。
「かわせない早さじゃない」
 鳳は二回攻撃のどちらも見事な体捌きで回避したが、アーニャはかすり傷を受けてしまった。
「なんのこれしき!」
「こっちにあまり時間かけたくないの」
 桜庭はアウルの力で風を集め、強い突風の一撃『ドロップキック』を放つ。
 自分と同じような体験をしてきた少女が、桜庭はとても気がかりだった。あの子の心をこれ以上壊してしまわないためにも、父親のことを早急に対処しなければならない。
 まさにキックを食らったかのように身を仰け反らした百足女に、星杜がショットガンFS4を撃つ。
「的が大きいから狙いやすいね」
 長い全身に散弾がくまなく当たるように連射した。
 星杜の攻撃を嫌がるように、百足女は身をくねらせる。そこへ鳳が斬りかかった。
 天狼牙突を改良し自ら『天鳳刻翼緋晴』と銘打った刀を鋭く振り下ろす。
「悪いな、貴様の主が処分してもいいと言ったのでな」
 百足女は片腕で鳳の刃を受け、もう片手を彼に押し付けようとしてきた。
「そう簡単に触らせない」
 『護法』で盾を瞬時に出して、鳳は物騒な女の手を防ぎつつ戦う。
「もう一度食らうがいいわ!」
 アーニャが再び『兜割り』を叩き込もうと跳躍の体勢に入った。
 が、跳び上がる前に百足女の下半身が伸び、体に巻き付かれてしまった。
「しまった!」
 あっという間に女の方に引き寄せられ、人の皮膚を溶かす手がアーニャの顔に迫る。
「ちょちょちょーっ!」
「させない!」
 触られる寸前、桜庭がユーボウで矢を放ち百足女の腕を貫いた。
 星杜もショットガンを百足部分に撃ち、アーニャは締め付ける力が弱まるとすぐに脱出。
「ありがとう、二人共! 助かったわ!」

 星杜はアハト・アハトを構えて百足女との距離を一気に縮め、『花祈り』を繰り出す。
「この痛みを知るといい」
 ライラックの花を模したアウルの光がライフルから発射され、魔法の力を炸裂させる。
 その攻撃は百足女の下半身の半分に大きなダメージを与えた。
「もう充分戦っただろう?」
 鳳の両腕から明暗の紫のアウルが天狼牙突に注ぎ込まれる。
 振り抜く瞬間、爆発的なまでに高められた力を解き放つと、刀身から紫の鳳凰が飛び出した。
 『紫鳳凰天翔撃』の強力な一撃は、百足女の上半身をバッサリ一刀両断したのだった――。
「ちゃららら♪ちゃっちゃっちゃ〜♪ アーニャは、すばやさが1、こうげきが2上がった」
 どこかで聞いたことがあるファンファーレと共に、アーニャは能力が上がったらしい。

●二人のこれから
 外で戦闘が行われている間、私市は天使が父親に危害を加えないよう警戒しながらも、二人のことが気になって仕方なかった。
 紗々羅は立っていることに疲れたのか、その場に座り込んでじっと父親の血が流れた床を見ていた。天使の方は顔は笑っているものの、つまらなそうに紗々羅の父親や私市を時々見てはふいと顔を背ける。
「ねぇ、君も傷だらけだけど……大丈夫? 痛くない?」
 沈黙に耐えかねた私市が天使に尋ねた。
「べっつに〜。単なる古傷だよ」
 何だかにべもない。今度は紗々羅に聞いてみる。
「えっと、紗々羅さん、だっけ。お父さんが傷つくのを見ても平気なの?」
 最初は反応がなかったが、辛抱強く待っていると紗々羅はゆっくり口を開いた。
「……だって、パパはあたしがいやだって言っても平気だった。だからあたしも、パパがいやなことされてても平気」
「そうなんだ……」
 私市には返す言葉が見つからなかった。
 父親の行為は、少女の人としての感情を根こそぎ奪ってしまったのだ。

 私市が一人考えているうちどうやら戦闘が終わったらしく、自分らのスキルで治療も済ませた皆が倉庫へ戻って来た。
「あ〜あ、倒しちゃったんだ。残念」
 ラムライディは心底がっかりした様子だ。
「まずは、どういう経緯でこうなったのか教えてもらおう」
 鳳が話を促し、皆はラムライディと紗々羅の出会いや事情を知ったのだった。

 やがて父親が意識を取り戻した。
「うわあっ! 許してくれ、近寄るな!」
 撃退士達を天魔の仲間だと勘違いしたらしく、弱った体で這ってでも逃げようとしている。
 つかつかと桜庭が父親に歩み寄り、毅然と言った。
「私達は撃退士です。貴方と、貴方のお子さんの対処に来ました」
「撃退士? さ、紗々羅っ」
 父親は辺りを見回し紗々羅を見つけ叫ぶ。
「どうしてこんなことをするんだ、パパはお前だけをずっと可愛がってきただろ!?」
 紗々羅はびくりと体を震わせ、怯えた目を見開いた。
「こっちに来なさい、紗々羅」
「い、いや……嫌だよパパ……!」
 じりじりと近づこうとする父親に、紗々羅の嫌悪と恐怖は頂点に達した。
「ああぁ!!」
 紗々羅が自分の両腕を血が出るほどに掻きむしり、パニックになる。
「大丈夫、紗々羅さん、落ち着いて!」
 私市が慌てて『マインドケア』をかけて紗々羅をどうにか落ち着かせた。
「紗々羅さんは汚くなんかないよ、絶対にそんなことない。自分が好きになれる時が必ず来るんだよ……だから自分を傷つけちゃダメなんだよ!」
 言い聞かせながら、『ヒール』で紗々羅の傷を塞ぐ。
「怖くないよ。俺達は君の言葉を信じる。君は何も悪くない。蔑まれるのはお父さんの方だ」
 慎重に紗々羅と距離を取り、目線を合わせて優しく語りかける星杜。

「そこまでだ。貴方が彼女に何をしたかは聞いた」
 鳳が紗々羅の視界から父親を遮るように立って、父親に宣告する。
「何を聞いたか知らないが、あの子は情緒不安定なんだ。そんな子供の言うことを信用するのか?」
 自分を正当化するためにまだ己の子を貶めるのか。
 この男の心は歪んでいる。鳳の紫の眼がすっと細まった。
「……この事件は天魔事件として扱われる。記憶を調べるスキルで事実確認をする可能性は高い。嘘を吐けば確実にばれるぞ。偽証は罪になる。貴方のように『立派な社会人』なら、解っているとは思うがな」
「な……私は、何も」
 父親の目は泳ぎ、目に見えて狼狽えだした。その態度が罪を自白しているも同然だった。
 鳳は父親の乱れたワイシャツの胸元を掴んで顔を寄せ、凄みのある声で
「命は救おう。だがその重罪は必ず償ってもらうぞ。例え自分の子であろうと、一人の人間の存在を蹂躙して良い道理などない!」
「父親が娘を愛して何が悪い!?」
「貴方は『病気』です。だから間違った」
 今度は桜庭が有無を言わさぬ口調で、相手に淡々と伝える。
「そのため、娘さんとは離れて暮らさなければならないでしょう。でなければまた同じことが繰り返されます。解りますね?」
 それは説明というよりも脅しのようで。
 父は自分を厳しく見据える撃退士達の目を順ぐりに見て、とうとううなだれた。
「彼女は学園が保護し、しかるべき対処をするだろう」
 最後の鳳の言葉が、父親の胸に絶望として突き刺さった。

 救急車を呼び、父親は搬送されて行く。

「君は一旦学園が保護して、お父さんが近づけないようにする。何かあればすぐに君を助けるよ。君に会えないというのはお父さんにとって死ぬより辛いことだろうね。それでいいかな?」
 少しでも紗々羅の慰めになればいいが、と星杜は紗々羅に話しながら思う。
「………」
 紗々羅は問いかけるような目で天使に振り向いた。
「いいよ、キミの好きにしな」
 天使が応えると、紗々羅はうん、と星杜にうなずいた。

「甘いねぇ撃退士は」
「どうしてそこまで彼女に肩入れする? 使徒にする気なのか?」
 まだ不満そうなラムライディに鳳が疑問を投げかける。
「まさかぁ。僕と彼女は同じだったから、知りたかっただけさ」
 天使の答えに、星杜はさっき聞いたラムライディの笑顔の理由を思い出した。
 星杜も昔心の傷を負い笑顔のままだった。その苦しみは解るつもりだ。
「感情を取り戻す鍵を探してるんだね?」
「そうさ。こんな偽りじゃない感情をね」
「それなら、俺達も手伝わせてよ」
「――どういうイミだい?」
 星杜の言葉の意味を測りかねる天使。
「貴方も学園に来たらどうかなってこと」
 アーニャが星杜の台詞を引き継いで提案した。
「学園には色んな子がいるよ。特殊な生い立ちとか、親に殺されそうになった子もいる。紗々羅さんと交流を続けたいならそうできるように計らうし、まずは学園で見聞を深めてみようよ」
「うん、いい考えだと思う! 皆と一緒に考えてみようよ!」
「そうだな。何かの生死のみが感情を左右する訳ではないはずだよ。切っ掛けは多い方が良い」
 私市と鳳もアーニャの案を後押しする。
 ラムライディも彼らの意見に興味を抱いたようだった。
「ふうん、そこまで言うなら行ってもいいよ」
「多少の条件はあるけど、君なら大丈夫だと思う」
 星杜の言葉に、
「つまらなかったら出て行くだけサ」
 本心のつかめない笑顔でラムライディは言った。


 紗々羅の心の傷が癒えるには、長い時間がかかるだろう。
 桜庭は運良くプロレスというものに出会うことができた。
 紗々羅にもいつか自分の居場所と呼べるものが出来るといい。
 同じ傷を持つ者として、桜庭は願わずにはいられない。

 あの子の未来が平穏でありますように――と。



依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 思い繋ぎし翠光の焔・星杜 焔(ja5378)
重体: −
面白かった!:2人

撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
キングオブスタイリスト・
アーニャ・ベルマン(jb2896)

高等部2年1組 女 鬼道忍軍
種子島・伝説のカマ(緑)・
私市 琥珀(jb5268)

卒業 男 アストラルヴァンガード
天真爛漫!美少女レスラー・
桜庭愛(jc1977)

卒業 女 阿修羅