●犬を救え!
撃退士達が警察の張った封鎖線に到着した時、彰吾の母親は何やら辺りをキョロキョロしていた。
「お待たせしました、依頼人の方ですか?」
端正な顔に憂いを秘めた青年天宮 佳槻(
jb1989)が、彰吾の母親らしき女性に声をかける。
「あ、はい。この先の広場で天魔にウチの犬が捕まってしまったみたいなんです。それに、さっきから息子の姿も見えなくて……!」
母親は数人の警官が立つ背後、封鎖された道の先をおろおろと見つめた。
「犬とは言え家族同様なら放置しておけないだろう。実際に閉じ込められた状況を目の当たりにして、子供が大人しくしていられるとは思えない」
天宮は彰吾が犬を心配し現場に行っているのかもしれないと予想した。家族というものを知らず良い印象を持たない天宮にとって、彰吾の感情に共感はできないが人の心理として理解はできる。
「現場に子供が現れるかもしれない。そのつもりで行動しよう」
皆に注意を促し、封鎖を越えて広場へと向かった。
住宅街の中でポッカリと空いた広場の中央に、ソレは鎮座していた。
半透明の球体の中に小型犬が見える。あれが茶助だろう。時折不安そうにウロウロしては立ち止まる、を繰り返していた。
「豆柴か、実に可愛い。実は俺、小動物好きなんだ。あとでもふもふさせてもらおう」
ミハイル・エッカート(
jb0544)は思わず相好を崩す。いつもはクールに決めているはずだが、途端に人が好いおじさんな感じになった。
「何だかよく分からないディアボロだね? 誰が何のためにここにこんなディアボロを? ま、特に理由なんてないのかもしれないけどね……」
賢く見えるかもしれない効果を狙った黒縁の伊達眼鏡を押し上げ、佐藤 としお(
ja2489)は言った。
ディアボロやサーバントは完全に管理されている訳ではない。忘れられたものや別の所から逃げて来たりしたものが、本能のままうろついていることも多々ある。これもそういったケースだろう。
「理由なんかどうだっていい。鳴かぬなら鳴かしてみしょうブケパロス」
自他共に認めるドSな美少女ラファル A ユーティライネン(
jb4620)がペンギン帽子のくちばしをくいとずらした。
「なにそれ?」
ラファルの親友、和装が似合う美少女不知火あけび(
jc1857)が尋ねる。
「知らないのか? 豊臣秀吉の名句だよ。授業でやるだろ?」
「いや、それは違うと思う……」
「違う? コマケーこたぁいいんだよ。この何かを感じてるかもわかんねーような風船野郎を爆散させるってことは決定だからな」
ラファルは強気な笑みを不知火に向けた。
未だ素性も知らぬ悪魔のせいで体の八割を機械化しているラファルは、悪魔の心を折りまくり、できることなら魔界全土をぶっ潰したいとさえ思っているほど悪魔退治に人生を燃やしている。
だからデスバルーンに対しても全力を投入するだろうことは、不知火にも容易に伝わった。
「そうだね、ラル。連携して早く出してあげよう!」
「俺は中に入って内側からの攻撃を試す。声が届かないかもしれないから、手で合図する。皆承知しておいてくれ。あと豆柴が騒がないよう眠らせようと思う」
ミハイルが自分の作戦を提案すると、逢見仙也(
jc1616)が
「『ヒプノララバイ』を使ってみましょうか?」
と申し出た。大きな体格の割に童顔が年齢不詳な印象を与える逢見だが、中身はやや辛辣な面もあったりする。
「そうだな、効かなかった場合は俺が『スリープミスト』を使おう」
「では、私達はデスバルーンの注意を引きつつ攻撃します!」
桜庭愛(
jc1977)は颯爽と彼女の『戦闘衣装』、水色のリングレオタード姿になった。
●球体を壊せ!
「まずはこれだな」
ラファルは『六神分離合体〈ゴッドラファル〉見参』を使い、義体の四肢を分離、影分身として出現させた。
双方向から天狼牙突で攻め立てる。球体はびくともせず、刀が触れるとビリっとしたショックが腕に走るが、ラファルは意にも介さない。
球体はウニのような刺を全身から伸ばし攻撃してきた。
「当たるかよ!」
華麗に飛び退いて刺をかわすラファル。その隙に、ミハイルは『瞬間移動』で球体の中に移動、逢見は犬の傍まで接近し『ヒプノララバイ』を試した。
自分の周りで始まったことに驚き、茶助は突然現れたミハイルに吠えたてる。騒げばそれだけ空気の減りが早くなるが、犬にそんなことが解るはずもない。
「大丈夫、落ち着け」
ミハイルは茶助をなだめようとしながらチラと逢見を見やった。逢見の歌は、犬が吠えているせいもあってほんの微かにしか聞こえない。
首を振ってミハイルが手でバツ印を作り合図を送る。それを見て逢見はうなずき球体から離れた。
代わりに『スリープミスト』で茶助を眠らせると、ミハイルはそっとそのふかふかの頭をなでた。
(必ず助けるからいい子でいろよ)
空気節約のため、胸の内で約束するのだった。
不知火が球体の攻撃を警戒し距離を空けて与一の弓を構える。そして『羽断ち』を放った。
しかし貫くことなく矢は跳ね返されてしまう。
「固いね……! バルーンなら爆ぜればいいのに!」
「俺、ビリビリするの苦手なんだよね〜。これで少しは防御が弱まるかな」
佐藤はスナイパーライフルXG1から『アシッドショット』を撃った。装甲を溶かす弾が命中し、球体を『腐敗』させる。
「風船? ボール? ま、どっちでもいいか」
逢見は球体の上部目掛けて『フレイムシュート』を飛ばした。炎の塊は球体を焦がして『温度障害』を与えたが、やはり球体に目立ったダメージはない。
天宮は念のため『八卦水鏡』で透明の盾を展開させ、『鳳凰』を召喚した。さらに『陽光の翼』を出し球体の上へ飛ぶ。
そこへ球体から電撃が一直線に向かってくる。
「!」
電撃は透明の盾に当たり天宮の受けたダメージのいくらかを反射した。
「毒も効くといいんだけど」
天宮の伸ばした腕から蛇が現れ、球体にガブリと牙を突き立て消えた。だが『蠱毒』は球体を『毒』状態にはできない。
「こっちよ、来なさい!」
桜庭は『八極拳』で防御能力を上げ、球体の周りをうろちょろすることで敵の攻撃を自分に引きつけ、放たれる電撃を避けていた。
球体の中では、ミハイルがどうにか壊せないかと奮闘しており、
「ふッ!」
掌に集めたエネルギーを球体にぶつける『炸裂掌』を繰り出してみる。が、小さな亀裂もできない。
(それじゃあ次はこれだ!)
今度は円舞を逆手に持って思い切り球体に突き立てるも、風の刃の切っ先はめり込まず。
「くそ」
この調子では空気を消費するだけだと判断し、茶助の安全を優先したミハイルは再び『瞬間移動』で球体の外に出た。
「くらえッ!」
ラファルが高く跳躍すると右腕が鋼鉄の拳に変形した。勢いを乗せ豪快に『ナックルバンカー〈ブレインクラッシュ〉』で殴りつける。微細な振動が球体を『朦朧』にさせた。
「続けてこれならどうかな?」
ラファルが殴りつけたのと同じ場所を狙いすまし、不知火が続けて『龍威し』をお見舞いする。手足に紫の花弁を纏わせ舞っているかのような二連撃は、今までとは違う手応えがあった。
ピシッと球体に亀裂が入るのと同時に、不知火の腕にショックが走る。
「っ、これは」
痛みよりも亀裂に意識が向いた。さっきまでほぼ無傷だった球体に傷が付いたのだ。
一点に集中して攻撃すればダメージが通りやすいのかもしれない。
球体はそれに気づいた不知火を邪魔するかのように刺を出した。
「!!」
「危ない!」
佐藤が『回避射撃』を撃つ。弾は刺に当たり一瞬勢いを削いで軌道を逸らし、不知火は回避に成功した。
「皆、今ラルと私が攻撃した所に亀裂ができた! そこに集中攻撃を!」
一旦後退しつつ、突破の糸口を仲間に知らせる。
「そーいうことなら」
逢見がすぐさま『クリスタルダスト』を放った。
氷の錐が亀裂を更に広げる。
「正解だったみたいですね」
度重なる直接攻撃で体が痺れてきているラファルに、『聖なる刻印』をかけながら天宮が言った。
「茶助さん!!」
広場に姿を現した彰吾が叫ぶ。警官に見咎められないよう隠れて遠回りしていたから、来るのに時間がかかってしまった。
「茶助さんどうしたの!? 死んじゃったの!?」
彰吾は倒れている茶助を見て慌てて駆け寄ろうとする。
「行っちゃダメ! 大丈夫、茶助さんは寝てるだけだから! 今行ったら君も危ないんだよ!」
桜庭は彰吾の両肩を掴み引き止め。
その時、二人に向かって放電攻撃が。
「私の八極拳の真髄は守ること!」
咄嗟に桜庭は彰吾を脇に突き飛ばし放電に立ち向かう。
「!」
だがその前に逢見が『庇護の翼』で庇ったのだった。ダメージはもらったが『スタン』にはなっていない。
「心意気は認めるけどね、今倒れられると困る」
「は、はいっ! 彰吾くんは私が守ります!」
桜庭は逢見に感謝を示し、呆然としている彰吾を助け起こし護衛に徹することにした。
「俺が奴の攻撃を遅らせる。その間に全員でフルボッコだ!」
ラファルは一気に球体との距離を詰め、瞳に宿ったウロボロスの幻影を飛ばす。『サイバー瞳術〈蛇輪眼・万華鏡〉』が成功し、球体の行動が遅くなった。
「今度は決まれば」
天宮が亀裂に向かって再度の『蠱毒』。一本の亀裂が数本になり、球体に『毒』を与えた。徐々に傷が伸びてゆく。
「ま、壊れないモノなんてないからな」
逢見も同じ位置を狙い『ゴーストアロー』を命中させると、球体全体が網目状のひび割れに覆われた。
「茶助、もう少しだからね!」
眠っている犬の様子を気にしながら、不知火は『龍威し』の素早い連撃で斬り付ける。
すると、攻撃を集中させていた部分が壊れ5センチほどの穴が空いた。穴が空けば空気の心配はなくなる。
ぶるっと球体が震えた。逃げ出したくても動けない、そんな感じに。
「最後は派手にいかせてもらうぜ!」
ミハイルは魔銃フラガラッハから『破魔の射手』の一撃を放つ。
蒼い弾丸は穴のすぐ上に当たり、そこから上部三分の一ほどを吹き飛ばして貫通した。
球体は最後まで戦おうとしたのか、一部が損壊しひび割れだらけの体から刺を出す。
「おおっ!?」
まだやれるのかと一瞬身構えるミハイル。
しかしそれがアダとなって、球体は破裂し木っ端微塵に砕け散ったのだった……。
●家族
不知火はまだ寝ている茶助を抱き上げた。もふもふな感じが好い。
もう危険はないだろうと桜庭が彰吾の前から身をどけると、
「茶助さん!!」
彰吾は兄弟の元へ駆け出す。
「大丈夫、怪我はない。呼吸も安定してるし」
不知火は彰吾に茶助を渡して言った。
「茶助が心配だったんだね。彰吾君、すごく勇気があるよ。だけどもう危ない所に来ちゃ駄目。戦ってる間すごく心配してたんだ。それに君に何かあったら茶助も悲しむから……お願い」
戦闘の様子を目の当たりにしていた彰吾は、その危険さが身にしみて解った。だから不知火の言うことは正しいと思い、素直に謝る。
「うん、ごめんなさい……」
「解ってくれたならいいよ」
不知火は微笑んで茶助と彰吾の頭を撫でた。
「お姉さん、かばってくれてありがとう」
彰吾は桜庭に礼を言う。子供心に罪悪感を感じたのだろう。
「いいのよ。君に怪我がなくて良かった」
彰吾を守れたことに誇りを感じ、にこりと桜庭は笑顔で応えた。
逢見や自分の傷を天宮が『治癒膏』で癒すと、皆は改めて彰吾と茶助の周りに集まった。
「お兄さん、お姉さん、ありがとうございました。もう、天魔が出た所には近づかないようにします」
茶助を抱きながら、彰吾は撃退士達にぺこりと頭を下げる。
「ん〜、それはどうだろな。天魔が出たからその場所が今後ずっと危険ってことにはならない。今回はたまたまだ」
逢見が少し考えるような口調で言う。
「人間がいるならどこにだって出る可能性はあるしなあ」
「そうだよね、俺もそう思う」
佐藤もその意見に賛同した。
「そうやって必要以上に怖がって近づかなくなって、特定の場所が人の目から離れてしまう事の方が危険なんだ。そうだな、あとで天魔の再出現率とか調べて、地元警察とか町内会に提出してみるよ。それで見回りとかを増やしてもらって町のデッドスポットを減らしていけば、今回みたいな事件も減るし、皆が安心して町を歩けるでしょ?」
三界が協力し合い平和への道を歩み始めている今、こういう小さな安全を積み重ねていくことがマクロな平和に繋がると佐藤は考える。彼の視点は、戦いの先の未来を見据えていた。
「万が一また天魔が出たら、此処にいるような人が呼べば助けに来るさね。大事なのは安全確認と連絡。悪魔が保証するくらいは間違いないよ」
「それじゃあ、またここに来ても大丈夫ってこと?」
彰吾なりに二人の話を噛み砕いて質問した。
「そうだね」
「使われない憩いの広場とかなんだしねえ。犬もこれに懲りてここに来なくなるなんてことはなさそうだし」
逢見は犬というものは一ヶ月程どこかに行っていてもケロっとして戻って来るくらい、たくましい生き物だと知っている。それに、遊び場は子供にとっても必要だろう。
「良かった!」
彰吾が喜んでいると、犬が目を覚ました。
「茶助さん!」
彰吾は豆柴を地面に下ろしてやり、
「この人たちが茶助さんを助けてくれたんだよ」
と教えると、茶助はその言葉を理解したのか、礼を言うように一人ずつの足に擦り寄った。
「なあ少年、抱っこしてもいいか?」
今までうずうずしていたミハイルは、我慢できなくなって聞く。
「うん、もちろん!」
「ありがとう。おお、もふもふだ。俺も犬欲しいなー」
しかし悲しいかな部室には猫、マンションはペット禁止。今のうちに堪能しようと、ミハイルはダークスーツに毛が付くのも気にせず、茶助を思う存分もふもふするのだった。
「んじゃ一件落着ってことで、皆で美味しいラーメン屋さんにでも行こうよ!」
自分の趣味と労いも兼ねた佐藤の提案に、反対する者はいなかった。
警察に討伐完了の報告をし、ラーメン屋へは彰吾(と茶助)が案内してくれることになった。
道すがら、天宮はカフェオレとチョコクッキーを彰吾に差し出す。
「案内のお礼」
「いいの? ありがとう!」
「君達はとても仲がいいんだね」
短時間でも彼らを見ていれば良く分かった。
「うん、僕たちは生まれた時から一緒の家族だから」
「家族、か……」
犬に対してもためらいなく使われた言葉に天宮は冷めた感情を抱きつつも、彼らには温かいものを感じた。
正直、犬の真っ直ぐでどこか哀しい目は天宮を戸惑わせる。
彼らを羨んでいるのか自分を嘆いているのか、天宮自身分からなかった。
後日、佐藤のレポートが警察と町内会に提出され、見回りが実行されるようになった。
彰吾と茶助は今日も元気に憩いの広場で遊んでいる。