●サーバントを連れた少年
依頼を受けた撃退士達は、『サーバントを連れた少年』に不穏なものを感じていた。
「普通の子供がサーバントを操れるわけがない。天使が近くにいるはずだ」
長い黒髪を後ろで一つにまとめ、男装姿の礼野 智美(
ja3600)が自身の考えを口にすると、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)はさらりとした金髪をかき上げた。
「子供を煽り手段を与えた阿呆がな」
その仕草は泰然としていて、口調は王様然としている。彼女自身、自分は『王の星の下に生まれた』と信じていた。
「昂太君はなぜ哲夫さんを狙っているんでしょう?」
自称凡人、そして凡人であることを怠らない間下 慈(
jb2391)の疑問に、皆も同感のようだ。
「俺はその辺りも含めて九条昂太のことを調べてみる」
と言う礼野をひとまず学園に残して、仲間達は現場へと向かった。
サーバントと昂太を見つけるのは簡単だった。
目立つ刃物男を従え、昂太は大声で哲夫を罵りながら公園内を探し回っていたからだ。それを見ればいくら頭を使うことが苦手な雪室 チルル(
ja0220)でも、少年が怒りを抱えていることは解る。その行動が正しくないことも。
「どんな事情かはよく分からないけど、今はあいつをやっつけよう!」
取り返しがつかなくなる前に。雪室はいつでも突撃できるように身構えた。
鴉乃宮 歌音(
ja0427)は光纏し阻霊符を発動、白衣を翻して足を止めた。弓の射程ギリギリの位置だ。
「人間よ、警告する。死にたくなければそれから離れろ」
子供のような見た目とは裏腹に、この場にいる誰よりも大人のような言い方だった。
その声にハッと昂太が振り向く。
鴉乃宮はエルヴンボウをきりりと引き絞り、刃物男の方に狙いを定めた。
「だ、誰だよお前!」
「私達は撃退士だ。『それ』は君を守らない。確実に巻き添えにするだろう」
昂太が素早く見回すと、撃退士達に囲まれている。
間下はすぐに『索敵』を使って近藤哲夫を探し始めた。
「お前らは関係ないだろ。俺はあいつを殺して、お母さんの復讐をするんだ!」
昂太は憎しみに囚われ、撃退士の言葉に耳を貸す気はないようだ。
「まだ被害が出ていないなら、このまま出させません」
天宮 佳槻(
jb1989)は『鳳凰召喚』した。その深い緑の瞳は、状況の変化を逃すまいと昂太やサーバントの一挙一動に注がれている。
昂太を自発的に刃物男から離すのが難しいと分かると、鴉乃宮は刃物男の足元に威嚇射撃を一矢射った。
「!!」
その矢に刃物男が反応し注意が逸れると、天宮の鳳凰が上空から昂太に舞い降り、両肩を掴んだ。
鳳凰は抵抗する昂太を半ば引っ張るように、天宮の所まで飛んで行く。
天宮は鳳凰に掴まれたままの昂太の腕を取って、公園の出入り口付近まで後退した。
「離せよ、お母さんの仇をうってやるんだ!」
「どうして近藤さんが仇なんですか?」
「あいつが通り魔にやらせたに決まってるんだ!」
「母親が通り魔に遭ったということですか? もう少し詳しく教えてください」
こうして、天宮は昂太から母親の事件や天使とのことを聞き出していった。
刃物男が昂太を追いかける前に、既に近接していた雪室が太陽剣ガラティンを振りかぶった。大剣はそれを持つ雪室の両腕ごと氷に包まれ氷塊と化している。
「ちょっと向こうに行ってもらうわよ!」
雪室は『氷壊〈アイスマスブレード〉』を思い切り振り抜き、刃物男を昂太とは反対方向に数メートル吹き飛ばした。
「おい阿呆の手下、こっちを向け」
フィオナは己に『タウント』を使い、余裕の足取りで刃物男の前に出る。
起き上がった刃物男の意識がフィオナに向いた。
刃物男は反射的にカッター腕の刃を伸ばしフィオナを突き刺そうとする。
「見えているぞ」
フィオナは『直感』し半身で刃をかわした。
「ふん、この程度の輩に時を割き過ぎるのも業腹だ。我が動きを封じるゆえ、各自全力で叩き込め」
爬虫類のような竜の目に変わったフィオナは、一気に刃物男との距離を詰めたかと思うと、『黄金縛鎖』を放つ。
スキルによって発生した重力力場は刃物男にダメージを与えたが、周囲の魔法陣から出て来た黄金の鎖は主の男を縛することなく消えてしまった。
●天使の思惑
間下は二度目の『索敵』でゴミ箱の後ろに隠れていた哲夫を発見した。哲夫は寒さに震えていたが、怪我等はしていないようだ。
間下は逢見仙也(
jc1616)を呼んで哲夫を託す。
「僕はもう一人探したいので」
「了解」
間下を見送った逢見は哲夫を取りあえず戦闘から(昂太からも)離れた所に移動させ、
「俺が護衛しますから、離れないでください」
と念を押した。
哲夫は自分よりだいぶ大柄で、どことなく人間とは違う雰囲気を持つ逢見に少し怯えながらも質問を口にした。
「な、なあ、あの九条昂太は何でこんなことを? 母親を殺されておかしくなったのか?」
「母親を? ふーん、そうかもしれないですね」
そのことはきっと礼野が調べてくれているだろう。逢見は昂太の事情を気にしつつも、哲夫の護衛に集中するため戦闘を見守るのだった。
「あのサーバントの造り主、いるんじゃないですか? 僕の声が聞こえてたら出てきてください。話したいだけです」
間下が公園を囲む木々に向かって言うと、奥からローブ姿のツギハギ天使が姿を現した。それは間下にとって見覚えのある姿だった。以前も少女に力を貸した天使。今回の相手も子供だ。
「あれ、キミまた会ったね」
ラムライディも間下を覚えていたようだ。
「なぜ昂太君にサーバントを与えたんです?」
「知りたいの〜? 仕方ないなぁ」
そして間下は二人の出会いからここに至るまでの経緯を聞いた。
「――それで貴方は彼らの願いを叶えて、その様子を観察したいだけ、なんですか?」
「ん〜、今のところはね。僕は人間の感情に興味があるんだよ。僕ら天使には感情が必要なワケだし、人も無感情よりは感情があった方が楽しいと思うんだよねぇ。だからどうすればいいのか、彼らの望みを聞いてあげてるだけさ。どちらにも得だろ? ウィンウィンってやつだよ♪」
つまり感情を――エネルギーを――より多く搾取するための下準備ということだろうか。しかし、間下が一見へらへらとしているラムライディを見る限りそれだけではないような気がした。
だが今はこれ以上引き出せないだろう。
「字面だけなら子供の味方ですね。ただその叶え方が……あ、咎める気はないんですけど」
あくまでも穏やかに、間下は言った。
ラムライディは気を悪くしたふうでもなく、フレンドリーな笑みを浮かべている。
「それは立場による見解の違いだねぇ」
「……サーバントは倒させてもらいますよ」
「別に構わないよ。僕は最後まで見届けるだけだしィ」
呑気な声を背後に聞きながら、間下はそこを離れた。
間下とラムライディが話している時、戦闘は。
鴉乃宮が放った『幻視融解〈科学者〉』を刃物男はかわしていた。
「遊具の後ろにいたから狙いがブレたか」
胸の内で小さく舌打ちする鴉乃宮。
すかさず雪室が『氷砲〈ブリザードキャノン〉』を繰り出した。
「ブリザードキャノンからは逃げられないわよ!」
大剣を突き出し、先端に溜められたエネルギーを一気に解放する。ブリザードのごとき白いエネルギーは刃物男に命中、大きなダメージを与える。
刃物男は傷に喘ぎながらも右手のハサミを投げてきた。
雪室は咄嗟に『氷盾〈フロストディフェンダー〉』を展開する。ハサミは氷に覆われたグラニートシールドに阻まれ、威力を大幅に削がれた。
それでもまだハサミは回転しながら飛び、雪室の周囲、哲夫を護衛している逢見にも迫る。
「うわっ、こっち来るぞ!」
哲夫が逢見の後ろで頭をかばって伏せる。
「範囲攻撃はまずいな」
逢見は『庇護の翼』を哲夫に使い、哲夫への攻撃をも引き受けた。
「今度は外さない」
鴉乃宮が再度『幻視融解〈科学者〉』の矢を放ち、刃物男の膝を撃ち抜き『腐敗』させる。
がくりと膝をついた刃物男にフィオナが斬りかかった。
「無駄な足掻きは滑稽だな」
アイスピックやらカミソリやらがついた髪の房を忍刀・風凪でいくつか切る。
刃物男はぎらりと目を光らせて、己の体を激しく回転させた。髪の毛が広がり刃物の攻撃が周囲を切り裂く。
『直感』で回避し距離を取ったフィオナに、刃物男がハサミを飛ばそうと動いた。
しかしハサミは投げられる前に間下の『凡撃』で弾かれる。
「刃物は投げるなって、教わりませんでしたー?」
刃物男は力を振り絞りカッターを伸ばして間下に突進してきた。
「間に合ったみたいだね!」
礼野が脇から飛び出し、『萬打羅』の一撃を叩き込む。
礼野の桜紋軍刀は刃物男のカッターの腕を二の腕から斬り飛ばした。
腕を失い、一瞬呆然と刃物男の動きが止まる。
その隙を逃さず鴉乃宮は黒霧を纏う『幻視断罪〈処刑人〉』を放った。
ほぼ同時に雪室も『氷剣〈ルーラ・オブ・アイスストーム〉』をお見舞いする。
「仇なすものは処刑する。さようなら」
「これで決めるわよ!」
黒い矢は刃物男の額を、氷の剣はその胸を、深々と貫いたのだった。
●昂太の思い込み
負傷した逢見と雪室が治療している間も、昂太と哲夫は離されていた。一応は落ち着いたため鳳凰はいなくなっていたが、昂太の哲夫に対する殺意は冷めていなかったからだ。
礼野が自分の調べたことを教え、間下や天宮が知ったことを皆で共有している時も、逢見は用心して哲夫の護衛をしていた。
「つまり、彼が言ってる真犯人云々は具体的な証拠はないってこと?」
天宮が言うと、礼野はうなずいた。
「そうなるな。犯人はちゃんと捕まってる。不審な点はない」
「違う、そんな知らない奴にお母さんが殺されるはずない! こいつが真犯人なんだ!」
哲夫を指差す昂太を、哲夫は憐れみを込めた目で見ていた。
「犯人に見覚えがないからって知ってる奴に押し付けられてもなー。いやーある意味人間らしいというかしょうもないというか」
若干呆れ顔で逢見が昂太を見下ろす。
「『居たから』殺されたなんてよくある話だ。たとえ犯人を殺してもすぐに消える達成感しか得られないぞ。そんでまた帰って来ないモノについて喚くだけだろに」
「そんなの分からないだろ!」
はあ、と大仰に逢見は溜息をついた。
「……親に好かれてたんダロウ? お前は犯人と同じことして汚れるのかね? 大好きなお母さんを奪った奴と同じになるのか?」
「なんで俺が」
「同じだろ? お前ハム公とか殺してたんだって? 自分の衝動のままに、『殺せたから』殺した。相手が人間じゃないだけで同じじゃないか」
「ち、違うあれは」
「復讐を遂げたら同じになる」
反論しようとする昂太を遮って、鴉乃宮が言葉を発した。
「『誰でも良かった』が近藤哲夫に固定されただけだ。彼は君の母親の事件とは何の関係もない」
「本当のことだ。この人は犯人と繋がってる事実も証拠もない。母親を理不尽に殺されたお前のやりきれなさは仕方ないと思うけど、全部お前の思い込みなんだ」
礼野も鴉乃宮の意見を後押しする。
自分の説をことごとく否定されて気持ちが揺らいできたのか、昂太は泣きそうな顔になった。
「本当は気づいてたんでしょう、真犯人なんていないこと。……誰にぶつければいいか分からないその気持ちを、ずっと抱えてたんですね」
間下がそっと、優しげな声で語りかけた。
「でもね、貴方の周りにはお父さんも友達もいます。彼らにその思いをぶつけてもいいんです。きっと受け止めてくれます」
「け、けど、お父さんは全然悲しんでない。お母さんのことなんてもうどうでもいいんだ」
「そんなことない。お母さんを愛していたから、忘れ形見のお前養うために頑張ってるんだろ? 犯人は捕まったから、もう事件に関してはどうしようもない。お前は所詮子供で護られている側だから解らないだけだ。お父さんとちゃんと話したか? お母さん亡くしてお父さんも大変なんだぞ」
昂太は礼野の指摘に愕然とした。そんなふうに考えたことはなかったのだ。
「お父さんが君を放り出して泣いて怒っていれば満足ですか? 違うでしょうね。君自身が納得しない限り」
と言ったのは天宮だ。
昂太が困惑の目で天宮を見返す。
「君の復讐とは、都合の良いことが転がり込んでくるのを待ってウジウジと恨む程度のものですか? たとえ何年かかろうが本当のことを調べ上げて制裁を下す。それでこそ復讐というものです。君は事実を受け入れられず、八つ当たりしていただけにすぎません」
そこまで言って、天宮は昂太が本当に殺したかったのは何もできない自分だったのではと思った。
「母親を亡くして精神的に無防備になった君に天使がつけ込み、思考誘導されたのだ。天使の狙いは君の目的が達成された時、対価として魂と感情を掌握し使徒にしようとした。君は餌にされかけていたのだ」
鴉乃宮が示した恐ろしい可能性に、昂太は
「そんな……俺は、利用されてたの……?」
途端に頭が追いつかなくなって混乱し、涙を溢れさせた。
「とはいえ、この思考に至ったのは中々興味深い。人間……それも子供であるなら致し方なしと言ったところか」
昂太のショックなどまるで関係ないという風情で、フィオナが上から口を利いた。
「運が良かったな、小僧。なにせ貴様、危うく母を殺めた者と同じ末路になるところであったのだからな。その上、天魔に縋ったのというのに生きている」
楽しげに口の端を吊り上げ笑う。
「ひどいなあ。僕は彼の望みを聞いてあげただけなのに」
聞き慣れない声に皆が振り向くと、滑り台の上にツギハギ天使がちょこんと座っていた。
「煽った上で高みの見物とはいい趣味だな。本来であれば手を煩わせた罰をくれてやるところだが……中々面白いものも見れた。それに免じて見逃してやる」
フィオナは竜の目にいくらかの侮蔑を含ませラムライディを一瞥する。
「どう? キミ、感情は戻って来た?」
陽気に尋ねる天使に、昂太は答えなかった。
「あんたは悪いことをしたって解ったよね? なら、ちゃんと謝ろう?」
雪室が昂太の背中に手を添えて促すと、昂太は哲夫の前にうなだれた。
「ごめん、なさい……」
この頃には哲夫も昂太に同情していたので怒らなかった。
「家に帰ったらお父さんにも謝るのよ。あたいもついてってあげる」
昂太はうなずきながら、雪室と共に歩き出す。
天宮は昂太が立ち直ることを願った。
今はまだ甘ったれた子供でも、今回のことで何かを学べたのなら。
人はいつまでも無力な子供ではないのだから。
間下は天使を見上げた。
「貴方は貴方の方法で、彼らを助けてください。僕らが貴方を邪魔だと思ったその時は……止めに行きます。――では、また」
ラムライディは笑い顔のまま、無言でひらひらと手を振るのだった。