●混乱のスーパー
撃退士達が到着すると、駐車場は出て行くにも行けない車ばかりで、クラクションを鳴らしまくり怒号を上げ、必死に整理しようとしている警官の苦労が目に見えた。
店内への出入り口付近も中に身内が取り残されている人々と警官の押し問答が続いているらしく、混乱の極みだった。
「俺らは先に行くぞ」
2メートルを超す長身の二人、赤髪で金の瞳のジョン・ドゥ(
jb9083)と黒髪で金眼の逢見仙也(
jc1616)が自らの翼を現し飛んだ。
二人は通行の妨げになっている車や人を飛び越え、天井付近から『物質透過』し店内へ入って行く。それを確認した龍崎海(
ja0565)が阻霊符を発動した。
龍崎は残りの仲間と共に出入り口まで向かうと、パニックになっている人々に大きめの声で言う。
「皆さん落ち着いてください! 俺達は撃退士です。天魔討伐と救助に来ました!」
皆の目が一斉に龍崎達に向けられ、
「なら早くうちの子を助けて!」
「携帯持ってるはずなのに連絡取れないんだ」
口々に訴えてくる。
「敵よりも恐慌状態のお客の方が危険ですね」
「取り残された者達を案ずるのも無理はないけど、このままここで悶着を続けられても依頼に支障をきたすだけだしね」
少し厳しい表情で雫(
ja1894)がつぶやくと、鴉乃宮 歌音(
ja0427)が冷静に応えた。いつも鴉乃宮は女装を含め色々な服装を楽しんでいるが、今日は白衣にポニーテールという格好をしている。
雫は撃退士に群がる客の一人に『忍法〈友達汁〉』を使い触れた。
「皆さんは警官の指示に従って避難してください」
「でも……! うぅ」
見た目は可愛らしく幼い少女に加え謎のフェロモンを発している雫に言われると、触れられた者は強い態度に出られなくなって口ごもった。
龍崎も『マインドケア』で皆の心を鎮める。
「ここは俺達に任せて、今は落ち着いて行動してください」
服装も外見も派手ではなく誠実そうな龍崎の言葉に、客達は従い始めた。
その時、
『要救助者発見』
皆の携帯からジョンの声が聞こえてきた。すでに全員の番号を交換しハンズフリーで複数会話ができるようにしてあったのだ。
先に入ったジョンは現在見える範囲に救助者がどこに何名いるか伝えている。
「分かった、すぐに向かう」
鴉乃宮は応答し、近くの警官に指示を出した。
「警官はそのまま出入り口で待機。要救助者が出てきたら保護。もし敵が来たら外に出さぬよう抵抗して」
「わ、分かりました!」
子供のような見かけによらず大人びた態度の鴉乃宮に圧倒されたのか、ビッと姿勢を正して敬礼し動き出す警官。
「安心しろ、チキンなんぞ、俺が料理してやるぜ! 取り残された人達は必ず救出するから、大人しく待ってろよ!」
ミハイル・エッカート(
jb0544)が客達を安心させるように普段はニヒルな顔で陽気に微笑むと、鴉乃宮や雫と共に店内へと入って行った。
龍崎はその間に店員を見つけて、館内放送ができる場所への道順を教えてもらっていた。
●彷徨うチキン
ジョンが皆に救助者の居場所を伝え終わった時、遠くの方で子供の悲鳴が聞こえた。
逢見と二人して飛んだまま急行すると、おもちゃ売り場に二人の少年がいて、今まさにチキンに襲われそうになっているではないか。
子供らは棚の奥へ回ろうとしたのだが、棚にぶつかって一人が転ぶ。
「痛っ!!」
派手に商品が散らばり、そこにチキンが飛びかかる。
「セイくん!」
友達らしき子が叫ぶ。
「まずいな」
逢見はスピードを上げ、射程に入り次第『庇護の翼』を使い嘴の攻撃を肩代わりした。
「間に合ったか」
逢見は少年とチキンの間に入って、肩ごしに少年に声をかける。
「大丈夫か?」
腕に痛みが走ったが、それを子供に見せる逢見ではない。
「う、うん、ありがとうお兄さん」
「早く逃げろ」
『ケーッ!!』
チキンは敵意むき出して鳴き声を上げた。
ジョンは『紅帝権限〈我道独歩〉』の効果で『潜行』し、チキンの背後から近づいていた。そして充分近づくと、
「チョロチョロ動かないようにしてやるぜ」
『式神・蒼〈蒼雷刃〉』で斬りかかった。蒼く光る人型がジョンの傍らに出現し、手刀を振り下ろす!
クリティカルとなった攻撃は過たずチキンの丸々した体を切り裂いた。さらに『麻痺』させる。
体の痺れたチキンの目がぎろりともう一人の子供を見つけた。子供は尻餅をついてしまい思うように動けない。
チキンが口から無数の弾丸のようなものを高速で飛ばす。
「わぁッ!!」
その時、駆け付けた雫が咄嗟に少年の盾となり攻撃を防いだ。
大したダメージではないが、手の甲から血が一筋流れている。
「だ、大丈夫?」
それを見た子供がびっくりして尋ねた。
雫は表情を変えずに、
「早くここから離れてください。貴方が安全圏まで逃げれば私も反撃できますから」
言いながら『闘気解放』した。
「う、うん。ありがとう!」
少年はもう一人の子と一緒に駆け出しこの場から離れる。
チキンの首が彼らを追い、また種を飛ばそうと口を開けた。
「そうはさせません」
雫はダッとチキンに接近、チキンを抱えて飛び上がり、頭から床に叩きつける『飯綱落とし』をお見舞いした。
勢いよく落とされたチキンは、ジョンの裂いた傷から中身をぶちまけて息絶えたのだった。
その時、館内放送で龍崎の声が響き渡った。
『皆さん、今撃退士が天魔の討伐と救助を行っています。勝手に動かずに、今いる場所で待機してください。これから俺の連絡先を言いますので、携帯を持っている人は自分の居場所や天魔のいる場所など教えてください』
それから電話番号とメールアドレスを二回繰り返すと、龍崎は放送のスイッチを切った。
「今回のディアボロは高度な自我を持ってないみたいだから、こちらの情報が伝わっても問題ないだろう」
そして自分もチキン討伐へと向かった。
龍崎に寄せられた情報やジョンからの情報で、鴉乃宮はトイレや試着室の中から隠れていた人を見つけては出入り口へと導く。店員も数名見つけた。
次の場所へ移動中サービスカウンターの前を通りかかると、ひょこっと少女が顔を出した。
「撃退士さん助けて!」
カウンターの中には少女の祖母と思しき初老の女性も隠れていて、足を痛めているようだった。
「おばあちゃん、逃げてる時誰かに押されて転んじゃって、足をくじいたみたいなの」
少女が泣きそうな顔で言う。
女性の足首は赤黒く腫れており、鴉乃宮が見る限り、少女が祖母を背負ったりするのは無理だろうと思われた。
「解った、少し待って」
鴉乃宮は祖母の傍らに片膝を付き、『幻視治療〈衛生兵〉』を使う。乳白色のアウルが挫いた足首にまとわりつき、痛みを和らげた。
「腫れはしばらくすればひくだろう。肩を貸すから避難しよう」
「すみません」
「ありがとう、撃退士さん!」
ミハイルは店の中央辺りにあるレジカウンターに飛び乗った。そこは衣料品売り場だった。
高い位置から辺りを見回し、『ニンジャヒーロー』であえて注目を集めようとする。
「聞けー! チキンどもー! 大好きな獲物はここにいるぞー!」
ついでに万能包丁で自らの左腕に傷を付け、出血させる。チキンが大量に怪我人を出すほど凶暴なら、血の匂いにも釣られるんじゃないかと考えたのだ。
「どっからでも来てみろ」
ミハイルの思惑と『注目』効果が功を奏した。
突然、たくさん服が掛かってるハンガーラックの後ろからチキンが飛びかかって来た。
しかしその攻撃はミハイルに届く前に『氷の夜想曲』で潰される。
「残念だったな、チキン野郎に食われる俺じゃないぜ。永遠に寝てろ」
チキンの体が空中で凍りつきダメージを負うが、眠らせることはできなかった。
丸焼きチキンはお返しとばかりに連続後ろ蹴りをしてくる。
「おっと甘いぜ」
ミハイルは『フィーバービート』のリズム感で華麗に蹴りの回避に成功。代わりにカウンターに穴が空いた。
不意にチキンの背後に針のない時計の文字盤が浮かび上がった。ジョンの放った『終焉』だ。
「手早く終わらせたいが」
続けて時計の針に似た巨大な真紅の槍が現れ、チキンを貫こうと飛んで行く。
だがチキンは素早く服の間に逃げ、槍は服を巻き込んでしまった。
「すばしっこいな」
「まだ行くよ。逃がさない」
放送からすぐこちらへと来た龍崎が、『幻影の鎖』をチキンに掛ける。チキンは龍崎からいくつもの鎖が伸び己に巻き付く幻影を見、『束縛』された。
「逃げられなくなったついでに行動も不能にさせてもらうよ」
逢見が接敵し、『スタンエッジ』を繰り出す。
その電気ダメージはチキンの意識を刈り取り、『スタン』にした。
「あとは任せろ」
ジョンは自身が『夕星』と呼ぶ闘神の巻布を装備し、チキンの首根っこを片手で荒っぽく鷲掴む。もう片方の手で体の方を掴むと――、力任せに首をねじ切ったのだった。
鴉乃宮は携帯で聞いた情報を元に、なるべく効率よく全て見回り救助者を避難させたが、まだ連絡できない者がいるかもしれないので店内を捜索していると。
精肉売り場付近の台の下から人の足がちらりと覗いているのが見えた。台は試食コーナーの物らしく、小さな四角い皿に焼肉がひと切れ載ったものがいくつも並べられている。台には床まで届く布が掛かっているため、隠れている人がすぐには分からなかったのだ。
鴉乃宮は急いで駆け寄り布をめくると、チキンに襲われ血だらけになった男性が倒れていた。
「大丈夫か? しっかりして」
声をかけても反応がない。きっと隠れなければとどうにかここまで這って来たのだろう。
鴉乃宮は男を台の下から出して容態を診る。胸の辺りや顔、腕に傷を負っていて気絶しているようだ。
「取りあえず怪我を何とかしないと」
『幻視治療〈衛生兵〉』で傷を塞ぐが、意識は回復しない。
鴉乃宮は手早く男性を背負い出口へ行こうと数歩進んだ時、最後の一匹のチキンに見つかった。
「間が悪いな」
小さく舌打ちし、『忍法〈髪芝居〉』の幻影を見せる。
しかしチキンには効かず、爛々とした目でこっちへ向かってくる。
鴉乃宮はライトブレッドAG8を手にしチキンの足元を狙い牽制射撃。チキンの動きが素早いため、弾は棚の下部に当たったり冷凍用の装置に当たったりした。
「精肉売り場に応援を頼む!」
最後のチキンを探しているであろう仲間に要請し、鴉乃宮は背中の救助者をチキンに晒さないよう務める。
中々獲物に近づけないチキンが焦れたように種を飛ばしてきた。
「彼を背負ってなければさっさと首を落としてやるんだが」
すぐにライトメタルシールドに装備チェンジし防御する。
そこへ仲間達が加勢に現れた。
「少し遅れました。損壊が許容されていたら、一直線に道をこじ開けるのですがね」
一応は気を使って通路を通って来たらしい雫が、『クロスグラビティ』を放った。
チキンの上から闇色の逆十字が落ちてくる。
逆十字はチキンの手羽部分を切り裂いて近くにあったワゴンを倒した。『重圧』にはならず、チキンが連続蹴りで雫に反撃。
雫はさっと後ろに飛び退り回避した。
チキンの興味が背負った男から移ったタイミングで鴉乃宮は戦闘を離脱、出口へと走る。
「その素早さは厄介だな」
ミハイルがアサルトライフルAM5、龍崎が雷鼓の書で
「あまり暴れないでもらえるかな」
通路の前後から逃げる隙を与えまいと連射する。
「この場所から強引にでも移動する」
食品を売っているエリアで戦うのは店側のことも考え極力避けたかった逢見は、動きを制限されあたふたしているチキンに魔戒の黒鎖を投げつける。
鎖は上手くチキンの首に巻き付いた。
逢見はそのままチキンを釣り上げ、肉売り場から離れた雑貨売り場の通路に叩き付ける。
雫がチキンの軌道を追いかけ、叩き付けられると同時に太陽剣ガラティンを振りかぶった。
チキンが起き上がる前に、大剣を首元に振り下ろす。
「丸焼きなら首くらいは落としておくべきでしょう」
だんっと重々しい音がして、まるでギロチンにかかったかのようにチキンの首と胴は離れた。
こうして、チキンは全て倒されたのだった。
●そしてスーパーは
龍崎が負傷した逢見や雫、ミハイル、鴉乃宮を『ライトヒール』で癒した後、皆は討伐完了を警察とスーパーのスタッフに知らせた。
店は一旦閉め、スタッフ総出で店内の整理や清掃を行うことになった。
天魔が討伐されたことは客達にも知らされたので、駐車場の混乱は徐々に収まっていったがまだ時間がかかりそうだ。
鴉乃宮とミハイル、逢見は回復スキルで救急隊員もまだ対応しきれていない怪我人の治療にあたる。救急で運ばれた人はいるが、混乱の割に死者が出なかったことは唯一の救いだろう。
龍崎と雫、ジョンは店内の片付けを手伝っていた。
店員や身内とはぐれたという客達の確認では足りない人はいないとのことだが、雫は念のため、まだ残っている人がいないか念入りに店内を見回った。
一応商品などには気をつけて戦ったつもりではあったけれども、やはり壊してしまった物や売り物にならなくなった商品がある。そういった物を集めながら、屋上にチキンをおびき寄せて戦えば良かったかもしれない、と今更ながらにミハイルは思った。
怪我人の応急処置もひと段落し、救急車は去り鴉乃宮達も店内の後始末へ加わる。
片付けの途中、ふと逢見がジョンに目を向けると、ジョンは店内の隅に三体まとめられたチキンの死骸をジッと見つめていた。
「ディアボロ食べてみる……というのも経験にならないか……いや意外と美味しいのでは……」
などと言っている。
腹でも減っているのかよほどチキンが美味しそうに見えていたのかただの好奇心なのかは知らないが、少々血迷っているらしい。
「俺は丸焼きよりフライドチキンとか唐揚げ食べたいな。まあとにかく、ディアボロを食すのは止めた方がいいと思いますよ。その原材料を考えるとね」
逢見がジョンの背後に立ちそう声をかけると、ジョンははたと逢見を振り返った。
ディアボロの材料、それは人間だ。
「そうだな……そうだった」
ジョンは我に返りふう、と一つ息を吐いた。
駐車場の混乱は一時間程で解消し、パトカーも引き上げ車は一台もいなくなった。だが店内の整頓にはさらに時間を費やし。
ようやく、龍崎達は解放された。
「店内の片付けまで手伝っていただいて、皆さんどうもありがとうございました」
店員のうち上司っぽい人間が二人、撃退士達に頭を下げる。
「いえ、それじゃあ俺達はこれで」
龍崎達は広々とした駐車場を抜けスーパーを後にした。
陽が少し伸びてきたとは言え、もう夕方だ。
眩しい西日が、疲れた撃退士達を労わるかのように彼らの顔を暖かく照らしていた。