●廃病院探索
撃退士達は廃病院の前までやって来た。
敷地も建物内も真っ暗で、いかにも『出そうな』雰囲気が漂っている。
「これはヤバい……」
佐藤 としお(
ja2489)は小さくつぶやいた。スポーツマンタイプの体型とソフトモヒカンに龍のタトゥーという一見いかつく見える佐藤だが、実はホラーは苦手だったりする。
依頼でなければ廃病院なんて真っ先に避けて通る場所だが。
(でもこれもお仕事お仕事……)
と自分に言い聞かせる。
「噂一つ害多しかな。つまり噂が一つ以上なら問題ありまくりってか」
佐藤とは反対に面白そうに言う逢見仙也(
jc1616)。逢見はこの廃病院の噂の方に興味があった。
「相手がディアボロって分かってるから怖さは全くないけど……廃病院は嫌だからさっさと終わらせよう!」
大正風の衣装がきりりと似合っている不知火あけび(
jc1857)は、自分に喝を入れる意味も込めて頬をパン、と叩く。
「これでいいでしょうか」
白いメイド姿の斉凛(
ja6571)と向坂 玲治(
ja6214)は、コンビニで借りた懐中電灯をヘッドライト替わりに紐で頭にくくり付けた。
「全員の連絡先を交換しよう。スマホは常に複数通話状態のハンズフリーで」
向坂の提案に従い、皆の通信手段も確保した。
そして慎重に病院への敷地に入って行く。
「中に入る前に、正面入口以外に出入口がないか、周囲を確認しておくよ」
龍崎海(
ja0565)が一人行こうとすると、
「あ、じゃあ僕も、何かいないか一応『索敵』しながら行きましょう」
佐藤も龍崎と一緒に見回りに。
龍崎はナイトビジョン、佐藤はサードアイを頼りに見ていくと、外は木屑や枯葉が吹き溜まり、ペットボトルにビニール袋などのゴミが散乱していた。うっかり変な物を踏んで音を出さないよう、佐藤は気を付けながら歩く。
建物は汚れが目立つのは当然のことながら、1階の窓は大部分が割れ、壁は所々ヒビや剥離があって老朽化が進んでいた。
「何も居ませんように……」
スキル『索敵』を使い周囲をざっと調べる佐藤。生き物は何もいないようだ。隠れられる場所もほとんどないから、大丈夫だろう。
「何もいないみたいです」
割れた窓にセロハンテープを貼っている龍崎に声をかけた。
「了解。こっちももう終わるよ」
窓を塞ぐようにテープを貼っておけば、後でディアボロが逃げたかどうか分かるという龍崎の考えだ。丁寧かつ手早く作業をこなす様は、龍崎の何事にもきっちりとして真面目な性格がうかがわれた。
建物の裏手には、非常用の出入口があった。それは表のような自動ドアではなく、サッシのドアだった。こちらは阻霊符を使えば簡単には出られないだろうし、自分らが行かせないようすればいい。
龍崎と佐藤が一周して戻って来ると、とうとう皆は病院内へと入った。
向坂と斉は自分の懐中電灯を点けて中を照らす。
入ってすぐのロビーは広かった。割れた窓から吹き込んだゴミや枯葉などがあちこちに落ちていて、廃墟感がある。昔は整然と並んでいたであろう待合用の長椅子も倒れ、向きもバラバラに散らかっていた。
右手奥は受付カウンターで、左前方には奥へ続く廊下が伸びている。
「皆さん、見てください。ここに院内の見取り図があります」
雫(
ja1894)が受付近くの壁に張られた案内板のパネルを見つけた。
仲間達も集まってその図を頭に入れる。図によると、ナースステーションや色々な科の診察室や手術室、入院患者の病室などが1〜5階に、地下には霊安室や資料室、倉庫があるらしい。
「ここにおびき寄せるのが良さそうだ」
向坂はこのロビーが戦闘場所に最適だと判断、散らかった長椅子を壁際にどかし始める。
「それなら、ここから逃がさないように結界を張ります」
不知火は正面の出入口と、窓がある壁の所に『邪毒の結界』を仕掛けた。
皆がそれぞれ作業をしている間に、龍崎は『生命探知』でディアボロの数や居場所を探る。
廊下を進み、階段付近で探知を行った龍崎の顔が、一瞬厳しくなった。
「この反応は……、下だ。こっちに20……」
二回探知を行い、地下の各部屋に奇形動物達が固まっているらしいと分かった。その数は全部で40程。
龍崎は皆に報告、不知火と逢見をロビーに残して、それ以外の者は地下へ向かうことになった。
廊下の中頃の右手に地下への階段があり、左側にはエレベーターがあった。さらに先に行くと突き当たりが裏口になる。
動物達を上手くロビーに行かせるため、龍崎は手近な診察室から診察台を持ってきて、裏口方面を塞ぐように置いた。
「これでよし。行こう」
なるべく音を立てないように階段を降りる龍崎達。
踊り場を折れ曲がると階段の下はもう地下階の廊下だが、真っ黒な空間は何が出てきてもおかしくない雰囲気だ。
「マジ、怖ぇ……」
龍崎の後ろで、佐藤が思わず声を漏らす。
こんなトコ昼間だって行きたくないのに、撃退士とはなんと因果な職業なのか。
全員が地下1階の廊下に降り立った。
廊下は左右に伸び、右には資料室と倉庫が、左には突き当たりに霊安室があった。
「地下に着いた。これから作戦を開始する」
向坂が上にいる逢見達に連絡した。
雫が佐藤と斉に『聖なる刻印』を施し、阻霊符を発動させる。
「了解」
ロビーで待機中の逢見は、向坂の声に応え自分も行動を開始する。
診察室や病室から何枚か取って来たカーテンを丸め、スキル『トーチ』で火を点けた。それを廊下に点々と、ロビーへの目印のように置く。
「こんなもんだろ」
「仙也君、そろそろだよ」
不知火が受付カウンターの後ろに隠れながら逢見に知らせると、逢見も長椅子の陰に隠れた。
各部屋の前に立った龍崎、雫、斉が、ドアノブに手をかけ。
●奇形動物を倒せ
「いいか、開けるぞ。一、二の、三!」
龍崎の合図で三人がドアを開けると、中にいた動物達は一斉にギロリとその凶暴な目を向けて来た。獣達はすぐに彼らを『襲うべきもの』とみなし、低い唸り声を発する。
ダッと階段へと走る撃退士。
それを追い、わらわらと動物達が廊下に出て来た。どれひとつとして同じものはなく、全ての動物に人間の一部が付いているというおぞましい姿をしていた。
「完全に悪趣味な産物だな。実は楽しんでディアボロ作ってないか、あいつら」
醜悪な姿の動物に思わず顔をしかめながら、向坂は『タウント』を使う。左右から迫るディアボロを自分に『注目』させ、ギリギリまで引きつけてから階段を駆け上がった。
「き、気色悪い造形をした者ばかりですね……」
『闘気解放』した雫も後に続く。
「二人共、急いで!」
佐藤がスナイパーライフルXG1で斉と龍崎を援護し、全員が階段を昇ると、動物達もひしめき合いながら追って来た。
「今まで散々似たようなことやってきたが、追ってくる相手が相手だとゾッとするな」
ロビー方向へと曲がり先頭を走る向坂は、ちらりと後ろを見て言った。B級ホラー映画でしか見ないような動物が現実になったなんて、まるで笑えない。
「ディナーの準備はメイドにお任せくださいませですの」
斉はガーンデーヴァで牽制しながら走った。
ロビーへ入り、出入口手前でくるりと反転する向坂。雫、佐藤、斉、龍崎も中央を開けるように広がる。
そして、奇形動物達がどっとロビーになだれ込んで来た時――、
「行くよ、仙也君!」
「入れ喰いだな」
逢見は『セルフエンチャント』で強化した『アーススピア』を、不知火が『影手裏剣・烈』を放った。
床から尖った土が出現し動物達を串刺し、無数の棒手裏剣が体中に突き刺さる。
「人の尊厳を踏みにじるおぞましい所業、許しませんわ。眠りなさい、永遠に。レクイエムを歌って差し上げますわ」
斉は『氷の夜想曲』を発動。斉の周囲が凍りつき、動物達を凍てつかせると共に深い眠りに誘う。
「お前達はここで終わりだ」
ほぼ同時に向坂の『アートは爆発だ』が炸裂し、何匹もの動物が爆発に巻き込まれた。
「『再生』する前に倒す!」
皆の範囲攻撃でもまだ生きている動物は、佐藤が素早く止めを刺して回る。
まだロビーに入っていなかった動物達が地下へ戻ろうとするが、雫と龍崎が並んで廊下の入口に立った。
「可愛くない動物で天魔とあっては、生かしておけません」
「逃がさないよ」
雫が三日月型の真空の刃『クレセントサイス』を飛ばし動物を切り裂く。
龍崎は『ヴァルキリージャベリン』で作り出した槍を投げ、動物達を貫いた。
今の全員攻撃で半分以上は減ったが、まだ残っている動物達はいきり立ち牙を剥く。
不意に豚が仲間の死体の中から起き上がり、斉に酸を水鉄砲のように吐き出した。
「!」
「させねぇよ」
向坂が『庇護の翼』を発動し、代わりにダメージを受ける。他人を気にかけていないようでいていざという時こうして庇ってしまうのが向坂という男だ。
「お行儀が悪いですわ。きちんと最後までお召し上がりくださいませ」
斉は豚を冷ややかに睨みつけた。斉の周りに輝く白薔薇の幻が現れる。花びらを纏った『神想茨姫』の矢が放たれ、豚を確実に仕留めた。
龍崎が『星の輝き』を使うと、ロビーが明るくなった。何体かの動物は光から目を背ける。
「効いたか?」
「充分です!」
目くらましの一瞬の隙を突いて佐藤が『アシッドショット』を撃ちまくる。『腐敗』になった動物を、龍崎がシュトレンで倒していった。
佐藤は自分に向かって来る人の耳を付けたウサギを『回避射撃』でかわし、
「早く終わらせてラーメン食べたいよ!」
ロビーの中心で心の叫びを叫ぶのだった。
雫は飛びかかってきた犬を、『壁走り』で壁を駆け上がり避ける。
側面に回り込み、『地すり残月』をお見舞いしてやった。三日月の衝撃波が犬と、ついでに後ろに居たネズミにも貫通しダメージを与えた。
「随分と数を減らしたとは思いますが、まだ気を緩める訳にはいきませんね」
小さいからといって雫を甘く見てはいけないのだ。
一体の犬の攻撃を魔戒の黒鎖で受けたが、豚に足を噛まれてしまう逢見。『毒』は免れたものの、それを見てもう一匹の犬が寄って来た。
「どれ、使ってみようか」
待っていたとばかりに、逢見は『凍刃演舞』を発動する。
黒鎖が長杖に変化、それを使い七本の刃の武器を作り出した。杖と七刃を舞わせるように操ると、三体の動物は凍てつくダメージをくらい、豚が眠った。
「大丈夫かい?」
龍崎が槍を振るい一気に三体を薙ぎ倒した。
不知火は、窓に仕掛けておいた結界が発動したのを察知した。
すぐに『毒』と『麻痺』になった尻尾が人の腕のネズミに接近する。
「逃げようとする悪い子には必殺技をお見舞いしよう!」
不知火の手足に紫の花弁が集まり、神速の居合斬り『龍威し』が繰り出される。続けて華麗な動きで二撃目が決まった。
しかしネズミはまだ死んでおらず、見ているとじわじわと傷がふさがりつつある。『再生』しているのだ。
「再生能力って……本当にゾンビみたいだね。悪趣味だよ」
一人小さく愚痴りながら、不知火は『桜紋軍刀』をネズミの頭に突き刺した。
残りはもう数える程だ。
廊下の前に龍崎が立ちはだかる。ウサギがジャンプすると、腹には人の足が一本生えていた。
「それ、逆に動きにくくないか?」
龍崎は人脚のキックをフローティングシールドβ2で防ぎ、そのまま叩き落す。
雫がウサギの背後に接近、自分の身長より大きな太陽剣ガラティンを振りかぶった。
「仲間の所に行きなさい」
『地すり残月』を放ち、ネズミを真っ二つにする。
雫が振り返ると、逢見が『呪縛陣』で三体の動物を『束縛』したところだった。
「かかってくれたね」
「悪趣味な動物実験は打ち切りだ」
向坂が光の力を込めた『神輝掌』の強力な一撃を犬にぶち込み、斉が
「食後のデザートを滅し上がれ」
ネズミを弾き飛ばすほどの勢いで『薙ぎ払い』、
「おいたをする子はお仕置きだよ!」
不知火が死角から素早く『羽断ち』を豚にお見舞いする。
三体はドサリと床に倒れた。
ふう、と不知火が刀を収めようとすると。
「危ない!」
佐藤が豚のこめかみに一発銃弾を撃ち込んだ。見ると、豚が今にも酸を吐こうと口を開けていたのだ。しかしそのままがくりと頭を垂れ、動くものはもうなかった。
●確認という名目の探検
龍崎の『ライトヒール』で向坂や逢見のダメージを回復した後、残った敵がいないか確認のため、皆で院内を回ることになった。
龍崎が貼った窓のテープを確認した後、上階を見回る。テープは破られておらず、2〜5階も特に異常なかった。
残るは地下だ。
やはり地下が雰囲気的に一番怖い。
龍崎の『星の輝き』で明るいはずなのに、暗く感じてしまうのはなぜだろうか。
「ディアボロは怖くないけど、幽霊は怖い。これ真理だよ」
逢見の後ろにぴったり付きながら、不知火は落ち着かない。佐藤は自分と同じ者がいて、内心ホッとしていた。
「噂は所詮噂でしょうが、一応は調べておきましょう。もしかしたら隠蔽された不祥事が出てくるかもしれません」
雫が真顔で言うと、逢見も
「火のない所に煙は立たぬってね? 日記とかあれば楽しそうだねぇ」
なんて言って笑う。
皆はまず倉庫のドアを開けた。
棚にいくつもダンボールがあり、中には使い古された子供用の人形やおもちゃがあった。奇形動物はいない。
次に資料室に入る。
図書館のように事務用の棚が並んでいて、ほとんどは空だったが、何冊か本やファイルが残されていた。
「実験ファイルかな?」
逢見が興味津々でファイルを開く。
「これは、何が入っていたのでしょう」
雫は何か黄色っぽい液体の入った20cm程の瓶を取り出した。その棚には他にも同じような瓶やラベルの剥げた薬瓶がある。
マジか、と向坂が声を上げる。
「おいおい、まさか本当に……?」
「どうでしょうね。実際に行われていたのは不認可の薬を使っていたってことみたいです」
逢見がファイルを戻して答えた。
それ以上のことは分からず、最後に霊安室へ。
そこには、犠牲になったサラリーマンの遺体があった。
ディアボロに食い荒らされ無残な有様ではあるが、何も無いよりはいい。
龍崎が服を探り財布と名刺入れを取り出し、向坂が遺体をそっと部屋から運び出した。
警察に天魔討伐完了と遺体発見を報告、回収した遺品を提出して撃退士達は帰路についた。
「皆でラーメン食べて帰りましょーよ!」
佐藤が自分へのご褒美を提案すると、皆もノって賛成する。
結局廃病院の噂の真偽は分からなかったな、とラーメン屋への道すがら逢見は思った。
だけどこれでいいのかもしれない。
分かってしまったら世の中の怪奇な噂が全てつまらないものになってしまうかも。
噂の真相は、このまま病院と共にひっそりと朽ちていくのだ。
逢見は病院の方向を見やり、しばし足を止めるのだった――。