フェンスに囲まれた空き地では、塔利がディアボロを相手に一人戦っていた。戦いといっても応援が来るまで敵の意識が少年や他に向かないよう、敵意を煽るようにちょっかいをかけているだけだったが。
「おい、久遠ヶ原の奴らはまだかぁ!?」
「あ、誰か来たみたいだよ!」
やや離れた場所にいる少年がこちらに急ぎ来る人影に気づき、塔利を安心させるように言った。
「嫉妬の竜騎兵! ガルライザー参上だぜ! わりぃ天魔とリア充は俺が成敗してやるぜ!」
空き地に入ってくるなり、人影の中の一人ガル・ゼーガイア(
jb3531)が特撮ヒーローばりに声を張り上げた。少年を見つけると、キラリと歯が光らんばかりの爽やかな微笑みで、親指を立ててキメる。
塔利が思いっきり力の抜けた顔をし、少年はぽかんとしてしまった。まさか撃退士がそんなテンションで来るとは思ってもみなかった。
だがガルは一人熱く、
「俺の初の戦闘依頼だぜ!! この日の為に装備をコツコツ買ってたんだぜ! これまでの鬱憤を少年の恨みと一緒に晴らしてやるぜ!」
ビシッとディアボロに指を突き付けた。
ディアボロの注意が新しく現れた彼らに向けられる。敵と認識し、様子を見ているようだ。
その後ろからソーニャ(
jb2649)が索敵のスキルを使い、周囲を探った。
「このディアボロの他に敵はいないみたい」
そしてチラリと少年に意味ありげな視線を送ったが、少年は気づかなかった。
「お前らに任せるからな!」
塔利はジリジリと少年の方へ下がって行く。
「あらァ、本当にヌメヌメしてるのねェ……。皆、ヌメヌメが付いたら言ってねェ、軍手用意してあるからァ」
じっくり敵の姿を見た黒百合(
ja0422)は、自分の身長よりも長い大剣、ツヴァイハンダーFEを装備した。
光纏し吹雪のような光の粒を身に纏った天宮 佳槻(
jb1989)は、移動しながら少年を見て思った。
(倒すのが見たい……か。それで何かが戻るわけでもないし、本人もそのことは解っているようだけど……目に見える区切りというのは必要なんだろうな)
油断せずディアボロを倒すことに努めようと決めた。
皆が陣形を取るために広がっているのだろうと思っていた少年のもとに、二人の人物が近づいて来る。一人は神喰 朔桜(
ja2099)で、少年とさほど歳も違わないであろう女子、しかもこれから天魔と戦おうというのに余裕とさえ見える笑みを浮かべ、少年に話しかけた。
「ディアボロを倒すところが見たいだなんて、物好きだよね。まぁ否定はしないよ。ディアボロ憎し。解らない訳じゃない」
少年が拳をわずかに握り締めるのを、彼女は見逃さなかった。
「ん、だから――君の怒りが望むよう、彼は凄惨な形となるように破壊『愛』してあげよう」
あぁでも、と神喰は心中で言葉を続ける。
容易く壊れないで欲しい。その瞬間は刹那に過ぎて、あまりにも短いのだから。
神喰はディアボロを敵と言うよりは愛しいものでも見るような目で見ていた。それに奇妙な薄ら寒さを感じた少年を見抜いたのか、少年に視線だけ向けて言った。
「――まぁ、そんな訳で。少し離れてなよ。危ないよ?」
自分の持ち場に戻りつつ、呼吸をするのと変わらない何気なさで、自身の魔力を一時的に引き上げる『至高天・奇蹟の模倣者』を使用した。
少年が何も言えずにいると、今度は白い服を着た一見少年に見えるカエリー(
jb4315)が親しげに言った。
「やあ、僕は謎売りのカエリー。きみに、やって欲しいコトがあるんだ」
「な、何……? 俺大したことはできないよ……?」
不安そうな少年に大丈夫、と笑う。
「きみは、僕に『撃て』と命じて欲しい……ただ、目の前で敵を殺されるダケじゃ、意味ないでしょ? ジブンの『意志』でやらなきゃね」
「え……」
少年がその頼みに驚きを隠せないでいると、カエリーはあ、と付け加えた。
「きみが失敗したら、結構痛いコトになるから、僕が」
それはつまり、カエリーの行動の責任のいくらかを、自分が負っているということではないか。少年は異議を唱えようとしたが、すでにカエリーは戦線に戻っていた。
「――奪うモノと奪われるモノ、生きるモノ全ての、権利と義務。クーストース起動、さあ、何時でも良いよ?」
カエリーは光纏し、腕に装着した機械を作動させた。
「いっくぜぇ!!」
ガルがマグナムナックルで殴りかかった。今彼の両腕は黒い竜のようなアウルに包まれており、攻撃するとその竜が天魔を攻撃しているように見えるのだった。
拳状のアウルが爬虫人の顔面にヒットし、天魔はぐらついた。目を剥き反撃しようとした時、黒百合の術がその影を地面に縫い止める。
槍状のものが神喰の手から突如飛び出したかに見えた。神喰は天賦の才を持っており、魔術の行使に際して何の詠唱も、動作さえも必要としないのだ。
影の槍が天魔に襲いかかり命中する。
『ギェアァ!』
続けてソーニャがアサルトライフルを撃つが、爬虫人は刃の右腕でそれを防いだ。
天宮も護符から生み出された雪の玉をディアボロに放つ。胴体に当たるも、あまりダメージを与えられなかった。
カエリーがセイントバレルを構えた。
少年はカエリーに『撃て』と言うのを迷っていたが、自分が言わなくてもカエリー自身が何とかするだろうと思っていた。その通り、カエリーは少年が命じなくとも銃を撃つ。しかしそれは攻撃じゃないようだった。
それは『概念・絆』、カエリー自身には、天魔と自分の間が鎖で結ばれていることを認識できていた。
ディアボロがカエリーに向かって右腕の刃物を突き出した。
普通だったら応戦するだろう。だが、カエリーは少年が『撃て』と言うのをギリギリまで待ってから横に飛び退き、身をかわした。
「なあ、何でカエリーは撃たないんだ!? 俺が言わないからか?」
ハラハラしながら戦いの様子を見ていた少年が塔利に尋ねる。
塔利は少々眉を寄せながらも答えた。
「そうだろうな。あくまでもお前さんの攻撃命令に従うつもりらしい」
そうすることで、カエリーはこれは少年の復讐なのだということを印象づけているのだろう。
「そんな……」
少年は再び食い入るように戦いを見守った。
黒百合が少し距離を縮めて、『目隠』を使用する。
爬虫人が殴られたかのようにのけぞると、その頭の周りに霧が発生し、視界を阻害した。
「もっと攻撃力が欲しいわねェ……こんな攻撃じゃ全然物足りないわァ……ッ」
黒百合は一瞬、先の依頼で負傷した傷の痛みで言葉を詰まらせた。
「くゥ……この負傷さえ無ければァ……なんて言うと思ったかしらァ♪」
痛みなど感じていないかのように、黒百合は不敵に笑った。
爬虫人は敵の姿を上手く認識できなくなり、ズレた所に攻撃をしている。その隙に、天宮が強烈な風の一撃を放った。
風の刃は爬虫人の左肩を切り裂き、きしんだ悲鳴を上げさせる。
神喰の周囲に黒焔を伴う雷の槍が五本、展開された。『轟き穿つ神威の雷槍』が神喰の意志により天魔めがけ、まるで天罰のように降り注いだ。
『ギャアアァ!』
「竜の咆哮を聞きやがれ! オラオラオラオラ!!」
ガルが重く強力な一撃を爬虫人の顔に叩き込んだ。おぞましい顔がさらに醜く歪む。
ガルは少年と塔利に振り向き、得意満面のドヤ顔を見せた。
少年は返し方が分からず、とにかくうなずく。
「何やってんだか、アイツは……。調子に乗り過ぎないといいが」
塔利が呆れたようにつぶやいた。
ガルはナックルにぬめりが付着したのに気づくも、特にデメリットにはならないと考え、頓着しない。
少年はカエリーのことが気になっていた。カエリーは常に銃を撃てる位置にいるのだが、やはり少年が何も言わないからか、攻撃に参加していなかった。
ソーニャはそんな少年の様子を観察しながら、ライフルで天宮が付けた肩の傷をさらにえぐった。
頭の周囲の霧が晴れた爬虫人は、攻撃してこないカエリーに目を付ける。皆が思っていたよりも素早く動き、憤怒に満ちた勢いで刃を振り下ろした。
「う、撃て!!」
少年の声が響いた。瞬間、カエリーは嬉しそうに口の端を上げ、光を纏った弾丸をディアボロの腹に撃ち込んだ。『概念・容』だ。
『ガアァ!』
天界寄りの攻撃に予想以上のダメージを受け、ディアボロは身を折り曲げる。
「くらえ!」
チャンスと見て取ったガルがもう一度『破山』を叩き込もうとする。しかし爬虫人は右腕の刃物でそれを受け止めた。
「なッ!」
そして左腕でガルのみぞおちを突いた。
「グハッ……!!」
後ろに弾かれたように飛ばされ、仰向けに倒れるガル。
「!!」
少年は急に恐怖を募らせた。この人も殺されてしまうのだろうか、と。
ガルは死んではいなかったが、起き上がろうとすると鋭い痛みが走る。
爬虫人が追撃しようと地を蹴った。その背後からソーニャがライフルを撃ち、気を逸らせる。
「大丈夫ですか!?」
天宮がガルのもとに駆けつけ『治癒膏』を使った。
少年は落ち着かなげにガルを見た。撃退士でもこんなに苦戦するなんて。
「平気なの?」
心配そうな彼の声にガルは強気に応える。
「今回ばかりは退かねぇぜ! ヒーローは退かないし少年の恨みも晴らしてねぇんだからな!」
彼が奮然と立ち上がったので、塔利も少年もホッとしたようだった。
「ねー、ヨシミ君、僕も護ってよ。レート+3なんだ、今」
カエリーがいたずらっぽく言うと、塔利は
「だったらとっとと攻撃してこい!」
と追い払うように手を振った。
カエリーは少年に向けて笑う。彼の言葉を引き出すために。
神喰の『冥牢繋ぐ禁戒の縛鎖』がディアボロに命中した。八方から伸びた黒焔の鎖が爬虫人を絡め取る。
「逃げても良いよ? 逃げられれば――だけどね」
クスリと笑みを浮かべて、神喰が囁いた。
少年は叫んだ。自分の望みのままに。
「撃て! 撃て! 撃て!!」
続けざまに発射されたカエリーの銃弾が、爬虫人の腹に穴を空ける。
「これは少年の分だあ!」
ガルが自分がやられたのと同じみぞおちの辺りに、渾身の拳を放った。ティアボロの口から血が吐き出される。
爬虫人の背後に回った黒百合は、デビルブリンガーを手にした。
「うふふふゥ、やっぱりこっちの方が手に馴染むわねェ……♪」
束縛されている天魔の両足に振るう。
ぬめりのせいで刃が滑り、両足とまではいかなかったが片足を奪うことに成功した。爬虫人は自分を支えられずに膝を付く。
さらに黒百合は右腕を切り落とした。
『ギャアァア!!』
天魔はもはや、虫の息だった。
「さァ、そこの少年ちゃんゥ……どんな殺し方がいいかしらァ、圧死、焼死、轢死、爆死、溺死ィ……一般群衆の前でバラバラの解体ショーを演じてもいいのよォ……あははァ、存分に貴方の復讐心を満たしなさいィ♪」
言ってる内容は恐ろしいのに、黒百合は無邪気な笑顔で楽しげだった。
「ねえ、むごたらしく死ねば満足? 殺せるよ。君が望むならバラバラにしてあげるよ」
ソーニャも少年に問いかける。
少年はどう答えればいいのか分からなかった。確かにディアボロは憎い。だが、この状態の天魔は少年にとって刺激が強すぎた。吐き気さえこみ上げてきて、少年はただ黙って首を振る。
速やかに止めを刺すことにいち早く反応したのは、神喰だった。
「私にやらせて」
彼女は『破壊』を愛していた。それゆえに、『敵』という戦える相手をこそ愛していると言えるだろう。壊れ果てるまで愛し抜くために、彼女は術を使った。
黒い雷槍が、地に伏した爬虫人に突き刺さる。
ディアボロは全身黒焦げになり、息絶えたのだった。
「終わったよ」
天宮が静かに少年に近づき、静かに告げた。
少年は目を逸らすまいとじっとディアボロの死骸を見つめ、やがて力なくうなずいた。
「どうだ! ヒーローの俺カッコ良かっただろ!」
意気揚々とガルが少年と塔利に聞く。
「カッコ良かったかどうかで言えばそうでもなかったけど……」
「ええッ!」
少年の微妙な返答にガルはショックを受けるが、
「でも、アイツを倒してくれてありがとう」
この言葉にガルは照れくさそうに笑った。
「今日の俺ってかなりヒーローじゃね!? なぁししさん!」
「はあ?」
塔利は不意打ちの呼びかけに思わず変な声を出してしまった。
「妙な呼び方すんじゃねぇ!」
あはは、と笑う少年に、天宮がそっと尋ねる。
「君の家に行ってみる? 最初はそのつもりだったんだろう? お別れを言うくらいの時間はあるよ」
それでも気持ちを整理するには時間がかかるし、それは本人以外には手を出せないことだ。ただ、区切りの事実を形にして受け止める手伝いくらいは出来るだろう、と思っての提案だった。
「良くも悪くも、ケリを付けないといけないでしょ。きみは、この世界ときみのセカイを生きなきゃ。勿論、それに背を向けるのも、選択」
カエリーも天宮の提案を後押しした。
「……うん」
少年は皆を連れ、黄色いテープを越えた時目指していた自分の家にやっとたどり着いた。
家を見上げ、胸の内でディアボロを倒したことを両親と弟に報告する。
望み通りになったはずなのに、なぜだろう、少年は出てくる涙を止められなかった。
「俺はきっと、これからもディアボロを憎む」
押し殺した声で少年が言うと、ソーニャが謎めくように語りかける。
「もっと殺したい? それでどれだけ殺せば君の心が晴れると思う? 家族を殺したディアボロを憎み、そのためだけに生き、ボロボロになって死んでゆく。そんな人生もありだと思うよ。でも立場が逆だったら、君は生き残った家族にそんな人生を送ってもらいたい?」
少年は傷ついた瞳でソーニャを見た。
「君の家族の生きた証はどこにあるんだろうね? 彼らの笑顔、暖かい家庭。そういった思いを受け継ぎ、伝える。そんな戦いもあると思うよ。アウルが使えなくてももっと大きな力を持つ人達。涙を笑顔に変え、人が人として生きる世界を必死に守っている。人が人として生きる世界があるから、ボク達の戦う意味もある。君はどっちの戦いを選ぶのかな?」
「………」
少年は真剣にその言葉の意味を考えているようだった。
「憎むなとは言わねえ」
塔利がぶっきらぼうに口を開いた。
「でもな、憎しみでどうしようもなくなった時は、今日、お前さんのためにあのディアボロを倒したこいつらのことを思い出せ」
と少年の周りにいる撃退士達を示す。彼らは少年の想いのいくらかを悟った眼差しで、少年を見つめていた。
「……うん、ありがとう、皆……」
彼らのことは忘れまいと誓いながら、少年は涙を拭った。
少年達は黄色いテープの境界で一旦立ち止まる。
まさにここは異界だった。
そして少年はテープの先に、再び自分の住む世界へと帰ったのだった。