●天魔を連れて走る車
依頼を受けた撃退士達は、現場に向かいながら携帯の地図アプリで三川が走っているという道を確認した。
現在進行形で天魔に追われているというのだから、三川のためにも時間を無駄にはできない。
「一応警察に、その道に繋がる道路封鎖をお願いしました」
小麦色の肌に短く刈った髪型が似合っている佐藤 としお(
ja2489)が仲間に報告する。
それから鳳 静矢(
ja3856)は、学園を出る前に斡旋所の受付で聞いておいた三川の携帯に電話した。紫の瞳の目元が涼しげな印象の鳳は、根気良く三川が出るのを待つ。
三川はおそらく運転で手一杯なのだろう、10回程コールしても出てくれなかったが、一旦切ってまたすぐかけたら、今度は3回目のコールで三川が出た。
『はい、どちら様? ちょっと今取り込んでて』
「私は今そちらに向かっている撃退士だ」
『撃退士っ? は、早く助けてくれ!』
「ああそのつもりだ。本来運転中の通話は違反だが仕方ないし、そのまま前をしっかり見て聞いてくれ。これからそちらへ、その濡れ女と同じか、それより足が早いかもしれない者が向かうが、それは私達だ。天魔の仲間ではないから、慌てたり怯えたりぜずに運転に集中して、逃げ切ることだけを考えてくれ。後は私達が上手くやる」
『分かった、頼む』
鳳はそれから二、三現在の細かい状況を聞いてから、通話を終えた。
「皆、ちょっと聞いてくれ」
仲間を集め、携帯に出した地図を見せながら説明する。
「彼はこう、左回りに走っているそうだ。現在はここの辺り、私達が到着する時には、おそらくこの辺りにいるだろう」
「それじゃあ、自分はこのカーブの所に待機してます。ここなら否応なしに減速するはずですから、そこを狙って」
佐藤が地図を指差して自分の考えを述べると、
「減速するといっても、時速60kmで走る人間サイズを撃つのは難しいぞ」
ミハイル・エッカート(
jb0544)の反論めいた言葉が。
佐藤がもの問いたげにいかにも大人の男といった金髪のイケメンを見ると、ミハイルはニヒルな笑みを浮かべた。
「だから俺も一緒に走ろう! いい汗かこうぜ!」
何かカッコ良さげにビッと親指を立てて、屈伸運動をしだした。
「私も一緒に走る。濡れ女が私達に注意を向けている時に攻撃してくれ」
鳳も三川の安全のためにマラソンを買って出る。
「僕も近くに待機して、腕が離れたら車と濡れ女との間に入って戦います」
端正な顔立ちはきりりとした表情で、姿勢も良く、上から下までキッチリと隙のない黒井 明斗(
jb0525)が言った。
「私はポイントを探し撃つだけだ。妖怪だろうと天魔だろうと、相容れぬ存在には死あるのみ」
エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)は、男性のように大柄な体格も相まってただでさえ怖そうと思われがちな顔を、さらに厳しくした。
「えと、私はまずは三川さんのケアに回りますね。大丈夫になったら、戦闘に参加します」
恋人である佐藤の傍らで、華子=マーヴェリック(
jc0898)が控えめに、自分を鼓舞するかのように両の拳を胸元で握る。花のような可愛らしさは、華子の優しさを表しているようでもあった。
全員の方針が決まったところで、皆はゴルフ場に沿った道に急ぐ。
警察の封鎖を越えて、予定の場所へと到着。ゴルフ場がある方は森のように木が茂っていて向こうは見えない。こちら側はぽつりぽつりと家があるだけで、見晴らしは良かった。
「もうすぐ三川さんの車がここを通るはずだ。作戦開始と行こう!」
「了解!」
早速阻霊符を使用した鳳の合図で、皆はそれぞれの場所へと散る。
鳳とミハイルは2、3分待つと、左手の方から車が来るのを認めた。確かに車の後部から長い腕が伸び、白い着物姿の女が走っている。その腕の長さはおよそ40m程だろうか。
「秋の怪談か……なかなか珍しいな」
「今の俺なら時速60kmを超える!」
準備万端な鳳とミハイルは光纏した。
そして三川の車が通るのを見計らって、自分達も走り出した。
運転席の窓に寄って、二人は三川に久遠ヶ原学園の学生証を見せる。事前に鳳が連絡していたおかげで、三川は取り乱すこともなく、承知の印に二回うなずく。それから10cm程窓を開け、『頼む!』と鳳とミハイルに聞こえるように叫んだ。
ミハイルは少し速度を落として、濡れ女と並び声をかける。
「そこの和服のお嬢さん、白い着物がイケてるじゃないか。俺と一緒にジョギングしないか!?」
まるでナンパの常套句のようだ。
いや違う!
これはナンパではない。
浮気でもない。俺は婚約者一筋だ。
これは仕事。
じゃなければ自らの足で時速60kmでなんか走るものか!
誰に責められている訳でもないのにミハイルは心の中で全力で言い訳をして、濡れ女に白い歯を見せて笑った。
すると濡れ女は絹を裂くような悲鳴を上げて、自身の水分を無数の針状に変化させて飛ばしてきた!
その悲鳴に驚いたのか、三川の車のスピードが少し落ちる。
「気になっても止まるな!」
車と併走しながら鳳が叫ぶ。とにかく止まったら駄目だ。
「いきなりか!」
ミハイルは『急所外し』で体をひねって急所に当たるのを避け、ダメージを軽減する。バッドステータスにもならずにすんだ。
その時車が佐藤の待機しているカーブに差し掛かった。
「おお、ホントに走ってる! 傍から見るとこの光景は随分と……」
シュールだな、とスナイパーライフルXG1のスコープを覗きながら佐藤は思い、濡れ女の腕に狙いを定める。
追いつかれないギリギリの速度まで車が減速しカーブを曲がって行く。
佐藤の攻撃チャンス。
「とりあえずその手を放してね!」
引き金を引き、『アシッドショット』を撃ち出した。
弾丸は見事濡れ女の右腕に命中し『腐敗』させ、中程からちぎれた。
いきなり車を掴んでいた腕が切られたので、濡れ女はバランスを崩す。
「よし! 出でよ、神話の神々や幻獣たち! 俺と一緒に走ってくれ!」
ミハイルは『バレットパレード〈BP〉』を発動した。
ミハイルの持つ銃の名称や意匠を表す女神や剣士、蛇や一角獣といった神々や幻獣の幻影が、約時速60kmで移動するミハイルの周囲に現れる。その光景はまさに疾走する神話絵巻のパレードのようで壮観だ。
幻影達は光弾へと変化し、一斉に濡れ女へと向かってゆく。
濡れ女は本能でマズイと感じたのか、獲物を捕らえておくことより自身の危険の方を優先した。
車を掴んでいた左手も放し、自分を守るように巻き付ける。しかし片腕のためガードは完璧でなく、左腕を痛め付けられた。
両腕が離れた三川の車はそのまま走り去って行く。
ダメージのせいか獲物を逃がしたせいかその両方か、濡れ女は悔しげに甲高い悲鳴を上げた。
「追わせません!」
すぐさま『磁場形成』を使い黒井が車と濡れ女の間に割って入った。
ミハイルも反対に立ちはだかり、佐藤とエカテリーナも濡れ女を逃がさないよう、扇状に広がり位置を取る。
●腕を狙え!
三川の車の後部には、右手がまだしがみついて20m程伸びた腕を引き摺りながら残っていた。本体から切り離されたとは言え、何があるか分からない。鳳は濡れ女が離れてもそのまま車と並走を続けており、
「なかなか呆気なく離れたが、こっちはしぶといな」
自身で『天鳳刻翼緋晴』と名付けた天狼牙突で残った腕に切り付ける。
手首を切ったが指はまだ車に喰い込むように車体を掴んでおり、結局力ずくで外さなければならなかった。
もう何も掴めなくなるまで切り刻んでから、三川に車を停めさせ、もう大丈夫だと知らせる。
「ほ、本当だな!? もうあの女は追って来ないんだな!?」
「ああ、大丈夫だ、後は私達がちゃんと退治する」
大人しくしているようにと三川に言い含めて、鳳は元来た道を戻り始めた。
戦闘に入る前に、『滅光』を使いさらに『キープ・レイ』でカオスレートの変動を維持する。
鳳と入れ違いで華子が三川の所にやって来た。
よほど急いで走ってきたのか、息せき切っている。
「はあ、はあ……。どこか怪我とかしてませんか? 天魔に追われながらでの運転は大変だったと思います」
「いや、怪我はしてないよ。でも、まだ追ってくるんじゃないかと心配で心配で……!!」
三川はやたら後ろを気にしながらそわそわしていた。
「その点は心配いりません。としおさんや仲間達が必ず倒してくれますから!」
力強く華子は請け負って、三川に『マインドケア』をかけて落ち着かせる。それから華子も佐藤達の下へと向かった。
「こんな陳腐な都市伝説ばかり使って、奴らもよくぞ飽きないものだな」
エカテリーナは蔑むように吐き捨て、叫ぶ濡れ女の足元にアサルトライフルMk13で威嚇射撃をする。その隙に、黒井が『審判の鎖』を放った。
「あなたに自由はありませんよ」
聖なる鎖は濡れ女の体を縛りダメージを与え『麻痺』させた。
濡れ女は復活した右腕と傷だらけの左腕を伸ばし、鞭のように振り回す。
「うわっ、何か大縄跳びみたいだな!」
佐藤は『回避射撃』を自分に迫る右腕に当て、避けに徹した。黒井にも『回避射撃』で手助けする。
左腕はエカテリーナやミハイルの方へ襲い掛かり
「貴様にこれ以上この世を生きる時間は残されてない」
エカテリーナはライフルで応戦、手のひらに穴を開けてやった。
ミハイルは『スターショット〈SS〉』で迎え撃つ。
「おおっと、残念だがお誘いは断らせてもらうぜ」
青白い隼となったアウルの弾丸と交差するように、紫の大きな鳥が飛んで来た。
ミハイルが紫鳥の飛んで来た方を見ると、鳳が合流している。
ミハイルの『スターショット〈SS〉』と鳳の『紫鳳翔』はそれぞれ濡れ女ののたうつ腕の肉を削ぎ落とした。
皆が長腕の対処をしている時に戻って来た華子は、濡れ女の姿を見て悲鳴を上げた。
「いやぁー! 怖い怖い怖い怖いー!! こっちに来ないでくださーい!!」
泣きそうになりながら、華子は『コメット』を発動させた。
上空に発生した無数の彗星が、濡れ女とその周辺に降り注ぐ。
濡れ女は長い両腕を自分が隠れるように巻きつけガード。
防御が成功し、両腕を失うも『コメット』によるダメージはない。だがそれは撃退士側の予想の範囲内、むしろ両腕をなくさせることが狙いだと言ってもいい。
「一気に行くぞ!」
鳳が追撃しようと距離を詰めた途端、水針を飛ばす濡れ女。
「くっ、厄介だな、こいつは」
咄嗟に腕を交差させ防御、鳳は多少のダメージをもらったが大したことはない。
「もういい加減やめにしようよ?」
佐藤の周りにいくつものライフルやガトリング砲が浮いていた。『バレットパレード』の効果だ。全ての銃から銃弾が飛び出す。
濡れ女は避けきれず、体中にその銃弾を浴びた。苦痛の叫びと共に、血を吐き出す。
それでも腕を生やす濡れ女に、エカテリーナは獲物を襲う猛禽のような素早さで『弾突』を撃つ。しかしそれはかわされてしまい、濡れ女の腕がエカテリーナの方に伸びて来た。
エカテリーナは空き地を囲むフェンスの向こうから攻撃していたが、腕はフェンスを突き破り、エカテリーナの喉元をがしっと掴んだ。
「ぅぐっ」
「放しなさい!」
黒井がメタトロニオスでエカテリーナを掴む腕に攻撃する。だけど濡れ女はエカテリーナを離さず、自らエカテリーナの方に迫って来た。
そして水針を飛ばす!
「「っ!!」」
黒井はかすり傷で済んだが、避けられなかったエカテリーナはいくつもの針を受けてしまい、刺さった所から血を流す。『温度障害』も食らってしまった。
「そういうのは良くないなあ」
佐藤が濡れ女本体に牽制射撃をするとやっとエカテリーナを放した。
仕切り直すため一度距離を取るエカテリーナに、黒井がすぐさま『クリアランス』で『温度障害』からの回復を促す。
「そろそろお別れの時間だ」
ミハイルの銃を持つ腕が青白い光に包まれた。光がアサルトライフルAM5に吸い込まれるように移動し、『スターショット〈SS〉』が放たれる。青白いアウルの塊は隼の形となって濡れ女へと襲いかかった。
全身傷だらけの濡れ女は両腕を自分に巻きつけガードを試みる。が、それは成功しなかった。
隼に撃ち抜かれ耐え切れなくなった腕が解け、本体が顕になる。
「血だまりで溺れる心の準備はいいか、疫病神?」
エカテリーナが狙いを付けながら凄みのある声で言った。吹雪のように冷たい殺気がアウルと共に立ち上る。
「貴様が殺してきたどの人間よりも、はるかに惨たらしい死に様をプレゼントしてやる!」
凝縮したアウルを放つ、『アウル炸裂閃光』を発射した。
アウルの弾丸は濡れ女に命中、炸裂し下半身を砕く。どうやら片足をやったようだ。もはや満足な動きはできない。
白い着物を血に染め、濡れ女は絶叫した。
「死期を悟ったようだな」
鳳が『ラストジャッジメント』を使い、刀を思い切り振り下ろす。
『ラストジャッジメント』の追加ダメージも加わり、濡れ女は肩から腰まで、斜めにバッサリと切り裂かれたのだった……。
●これからも雨は降る
仲間内で一番ダメージを受けてしまったエカテリーナは華子に『ヒール』をかけてもらい、ミハイルや鳳、黒井は黒井の『ライトヒール』で回復した。
治療が終わると、皆で三川が待っている地点まで行って討伐完了の報告をする。
「良かったぁ〜〜〜! ありがとう、君達が来てくれなかったらどうなっていたか!」
「とんだ目にあったようだが、迅速な連絡と、天魔に捕まらない適切な行動が良かったぞ」
ミハイルが三川の対処を褒めたので、三川はホッとした笑みを見せた。
「それじゃあ、本当にありがとう。俺はもう遅いし帰るよ」
「さすがに疲れ切っているだろう? 帰り着く前に事故を起こしたら元も子もないし、私が運転を代わろう」
鳳が申し出ると、それはありがたいと快諾する三川。
そんな訳で鳳は三川の車で彼を家まで送って行くことになった。
車を見送った後仲間達は各自解散し、佐藤は華子と共に現地に残り、濡れ女の元となった事件がないか少し調べてみた。
だが昔のことだからかもしくはどこにでもある話だからか、これという事件は見当たらず。
それでも濡れ女が現れ犠牲になった人がいるのは事実。
佐藤は最近続いたという事故のあった場所に花を持って行った。
道端に、遺族の人らの供えた花やペットボトルがまだ生々しい。そこに自分の花も加える。
佐藤と華子は仲良く並んで手を合わせ冥福を祈った。
「成仏してくれるといいですね……」
華子がそっと言う。
「そうだね。もうこういうことがなくなればいいな」
佐藤もやり切れない想いでつぶやいた。
予報ではまた明日――日付の上ではもう今日だが――、雨が降るらしい。
でも、もうこの道で事故は起こらないだろう。