●合流
現場へ急行する途中、華子=マーヴェリック(
jc0898)は地元警察に道路封鎖をお願いしておいた。
「連絡しました! これで車が通ることはないと思います!」
彼女の生まれた村を守った父のように、自分も人々を守ることを選んだ華子は名前通り花のように愛らしい。
「住宅街の土手近くで天魔が出現しました。付近の住人の方々には処理が終わるまで家から出ないよう通達を願います」
黒髪を切り揃え、銀縁眼鏡の黒井 明斗(
jb0525)は市役所に電話していた。キッチリと着ている服装からは黒井の品行方正さがうかがえる。
「あの人は虫嫌いらしいし、さっさと行ってサクッと片付けてやるか」
向坂 玲治(
ja6214)が足を早める。やんちゃそうに見られる向坂だが、実は何だかんだ世話を焼いてしまうタイプだった。
「俺も虫は駄目だけど、撃退士としていつまでもそんなこと言ってらんないしね! 敵は一体だし何とかなる!」
あちこち跳ねている金髪のくせ毛が特徴の、黒羽・ベルナール(
jb1545)が自分に喝を入れる。弱気になったら負けだとばかりに笑顔を作る。
「塔利さんもプロですし私はあまり心配していませんが……万一のこともありますから、手遅れになる前に何とかしましょう」
高身長で立派な体格を持つ仁良井 叶伊(
ja0618)は、相手が天魔ならば特に好きも嫌いもない。それは過去を失っているがゆえに己の個性を見い出せてないせいかもしれなかった。
警察の封鎖を越えて進んで行くと、塔利の後ろ姿が見えた。
土手の木の陰から銃でちまちま牽制している。蛾のディアボロは空中を旋回しながら毛虫爆弾を吐いた。
「うわわわ、毛虫はやめろって!!」
とか言いながら塔利は必要以上に距離を空けて逃げ、土手に毛虫が広がった。それを見た華子が悲鳴を上げる。
「きゃーーー、こんな話聞いてませーん! 私だって虫とか虫とか虫とか苦手なんですよ〜!」
聞いてないはずはないが、おそらく華子の想像以上に毛虫の群れが衝撃だったのだろう。
さっきは『何とかなる』なんて強気に言っていた黒羽の顔も、実際にウイルスを目にして心なしか青ざめているようだ。
(ヤバい、これはヤバい)
あの時の血の匂い、悲鳴が黒羽の中で蘇る。
蓋をしたはずの記憶が。
(でも、ここで倒れるわけにはいかない)
黒羽は歯を食いしばってその記憶を頭から消し、ヒリュウを召喚した。
黒井もヒリュウを召喚し、指示を出す。
「家がある方面を見張って、車や人が近づいてきたら、すぐに知らせてくれ」
ヒリュウは了解の印に一声鳴いて、道の先を見張りに向かった。
「来てくれたのか、助かった! いやもうまじで泣きそうだったぜ。それじゃ、後は任せたからな!」
テンパり気味の塔利が学園生達に言うなり戦線離脱しようとすると。
「あぁら塔利ちゃん? お仕事はきっちりしないとダメよ?」
セクシーさを隠しきれない美女麗奈=Z=オルフェウス(
jc1389)が、妖艶というより意地悪さの上回る笑みで塔利のコートをむんずと掴んでいた。
「な、何だよ、俺はお前さん達が来るまで一人で足止めしてたんだぞ!?」
「それでも、僕らが来た途端どっか行っちゃうってのもねえ?」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)も言う。海外の血が混じっていると分かる端正な顔立ちは、麗奈以上に黒い笑みを湛えていた。
「本気で虫はダメなんだって! ちゃんと最後までいる! 叶美に呼ばれてるのにすでに遅れてるんだ、お前さん達にも俺のフォローしてもらうからな!」
「え〜、でも僕『事実』しか叶美ちゃんに言わないよ? 『彼は遠くで見てただけ』だけど許してあげてねって。人任せにしといて『遅れたのは仕方なかった』とか、それで彼女は納得するかねぇ?」
砂原のとびきりの笑顔は、塔利にとって悪魔の笑顔だった。
「お、鬼かお前さんは……!!」
「僕は男には厳しいんだ」
ニッコリ。
「どわあぁっ、こっち来た!!」
三人固まっている所にウイルスが飛んで来る。
「ほら塔利ちゃん頑張って♪」
「おい止め、押すなって!」
ビビる塔利にも構わず麗奈が押したおかげで、塔利はウイルスの足の刺から逃れられた。
「言い訳作るにも実績残さないとねぇ? ちゃーんと証拠の撮影はしておくわよ♪」
麗奈はスマホをヒラヒラさせながら、自分の翼で飛び上がった。
●ウイルス退治
「最後まで責任持って対処をお願いしますよ」
『臨戦』で能力を高めた仁良井が、塔利に一言言いながら脇を駆け抜ける。『全力跳躍』を使い一気にウイルスの背後に回った。
黒井や黒羽も、ウイルスを囲むように散開する。
向坂がため息をつきながらつぶやいた。
「……まぁ、こいつ相手じゃ援軍呼びたくなるよな。俺もできれば虫は遠慮したいところだが……そんじゃま、デートに間に合わせるためにやるか」
「え? いや、デートなんかじゃ」
狼狽える塔利を尻目に、向坂は正面からウイルスに突撃する。
『ダークハンド』を発動した。影から伸びた腕がウイルスに掴みかかるも、ウイルスはそれをかわして飛んだ。
口吻を伸ばし向坂に反撃。
「っ!!」
向坂は咄嗟に『シールド』を使いエペイストシールドで受け止めたので、大したダメージにはならなかった。
「逃がしません」
背後から仁良井が『スタンエッジ』を食らわせる。しかし『スタン』にさせられない。
「罪には罰を」
黒井が白い光弾を放った。『マジックショット』はウイルスの毒々しい色彩の羽をかすり、気を引くことに成功した。
フルーツの名前で呼んでいるヒリュウに、黒羽が命じる。
「すもも、サンダーボルトだよ!」
ヒリュウはすぐさま『サンダーボルト』をお見舞いする。ウイルスは雷の衝撃と共に『麻痺』した。
「いいぞ!」
向坂や仁良井が追撃しようとすると、ウイルスは羽を激しく羽ばたかせ、鱗粉を撒き散らした。
「うっ!?」
「ちっ!」
「ヤバっ」
黒羽は『麻痺』になってしまった。
「大丈夫、すぐに治します」
駆けつけた黒井が『クリアランス』で回復。
「皆気をつけろ!」
塔利は射程ギリギリの木の陰から牽制射撃をしている。麗奈や砂原に脅され――もとい、言われたからか、一応戦闘に参加している体だがやはり近づくのは嫌らしい。
しばらくホバリングのように羽ばたいていたウイルスは、『麻痺』から解け撃退士の囲みから逃げようとする。
その先には家があり、もっと言えば叶美の家の方向だった。
「行かせない!」
黒井がウイルスの前に立ちはだかり再び『マジックショット』を飛ばし、
「ちくしょう!」
塔利はウイルスを追う。
黒井の攻撃に阻まれたウイルスは方向転換し塔利の方に向かって来た。
「だああっ、何でこっちに来るんだよ!?」
結局回れ右で逃げ出す塔利に、砂原は苦笑をもらす。
「虫、僕も好きな訳じゃないけど、あれ程酷くはないな。可哀想だけど頑張ってね!」
形だけエールを送り、ウイルスを見上げる。
手の中に『星の鎖』を出現させウイルス目掛けて投げ付けた!
「Welcome地上へ……這いつくばれ☆」
星の輝きを放つ鎖は見事ウイルスの体に巻き付き、地に落下させる。
続けて麗奈が上から『スタンエッジ』を繰り出すと、ウイルスは『スタン』になった。
「皆さん、離れてください!」
華子が『コメット』を発動した。
「もう動かないでください〜」
無数の彗星がウイルスのいるあたりに降り注ぐ。彗星はウイルスの体に命中し、『重圧』に成功した。
しばらく飛べないウイルスは、毛虫爆弾を連続で吐き出してきた。
「きゃーーーっ!」
華子は当たらないよう『陽光の翼』で射程外まで飛んで離れる。
塔利も逃げようとしたが、いつの間にか麗奈が後ろにいて塔利を盾にしていた。逃げないように押さえている。
「ちょ、おまっ何してんだよ!」
「塔利ちゃん男でしょ? 毛虫くらい何とかしてちょうだい」
「無理無理無理! ぎゃああぁっ!!」
すぐそこに毛虫爆弾が迫っている。塔利は情けない声を上げて顔の前に両手を上げた。
が、毛虫が当たった衝撃はない。
恐る恐る腕を下ろしてみると、目の前に盾を構えた向坂がいた。庇ってくれたのだ。
「あんまり嫌がってるもんだからな」
愛想のない言い方だが、見かねて助けてくれるあたりなかなかのナイスガイである。
「す、すまねぇ」
「しょうがないわねぇ」
麗奈はまた飛んできた毛虫爆弾に『フレイムシュート』の炎の塊をぶつけて迎撃する。
「殺虫剤は持ってないから焼くしかできないのよねぇ」
他の毛虫は皆上手く避けたり、黒羽のレーヴァテインで燃やしたり、砂原の『ファイアワークス』で対処していると、『星の鎖』から解放されたウイルスは大きく羽を打ち付け浮かび上がった。
「上へ逃げる気ですか?」
仁良井が鶺鴒で矢を連射する。仁良井の矢が何本かウイルスの体を貫くも、ウイルスはしぶとく飛んでいる。
「これを受けても飛んでられるか?」
向坂は見えない闇の矢『ゴーストアロー』を放つ。
矢はウイルスの片羽のど真ん中を射抜いた。
ぐらりとバランスを崩したウイルスを逃さず、黒井が『マジックショット』を撃つ。
「足掻いても無駄だ」
もう片方の羽を傷つけ、さらに麗奈が羽を完全に使用不能にしてやろうと距離を縮めた時。
羽をやられたせいで変則的な飛び方をしたウイルスは、麗奈に抱きつくように足を引っ掛けてきた。足の刺が麗奈の柔肌に食い込む。
「やだ、気持ち悪いわぁ」
顔を背ける麗奈。言葉だけだと余裕っぽいが、口吻攻撃でもされたらマズイのは麗奈も解っていた。
「離してくださーーい!」
半泣きな華子が、彼女に似合わない釘バットを振り回しながらアタックしてきた。
ごす、とウイルスの側頭部に当たって、麗奈はウイルスから逃れる。
「すもも、ハイブラストを!」
黒羽の召喚獣は自分の力とアウルを合わせ、雷のようなエネルギーを作り出した。それを前方に撃ち放つ。
ヒリュウの『ハイブラスト』は羽の穴をさらに大きくし、ほぼ使い物にならなくなった。それでもウイルスは片羽でヨロヨロと降下しつつ飛んでいる。
仁良井が『全力跳躍』でウイルスの高さまでジャンプした。
「私は昆虫は平気なのでね」
がしっと頭を片手で掴むと、落下の勢いを乗せて地面に叩きつけた。
「そろそろ逝っとこうか?」
魅力的な微笑みで言いながら、砂原は『ヴァルキリージャベリン』を投げ付ける。
アウルでできた槍は、ウイルスの胴体を地面に縫い止めるように突き刺さり。
昆虫標本みたいなその姿は、ウイルスにとって皮肉な最期となったのだった。
●遅れた理由
負傷した向坂、麗奈は黒井の『ライトヒール』で回復してもらう。
「何か必要以上に疲れた……」
あまり活躍してない割に塔利は人一倍弱った様子だ。
「まあ、それだけ疲労困憊してるのを見れば、叶美ちゃんだって怒らないよ。むしろ心配してくれるかも?」
砂原が面白そうに塔利に笑いかける。
皆はざっと塔利と叶美の近況を聞き、今回の事情説明のため叶美宅へ行くことになった。
「あ、すぐ追いかけるから先行ってていいよー! 全然大丈夫だから!」
黒羽はそう言うと、こっそりリバースするため駅前のコンビニへと駆け出した。
「ホントに遅れたわね。どういうことか説明を――」
ドアを開けたままの姿勢で叶美は絶句した。
塔利以外にも客が何人もいたからだ。
「久しぶりー、叶美ちゃん☆」
にこやかに挨拶する砂原に気付き、叶美にも見知った顔がいることが分かった。
「とにかく、どうぞ中へ」
叶美が皆にお茶を出している間、青い顔をした黒羽も到着して皆に加わる。
ひとまず落ち着いたところで塔利が口火を切った。
「遅れて悪かった。途中で天魔が出て、討伐を皆にも手伝ってもらってたんだ。な?」
同意を求めるように学園生らに振り返る。
「ああ、俺達だけじゃ大変だったかもしれない」
と助け舟を出したのは向坂だ。
「嘘じゃありませんよ。警察に問い合わせれば分かると思います」
黒井も真面目にフォローしてくれた。
叶美は最初こそ不審そうだったが、やがて呆れたように言う。
「大丈夫です、疑ったりしてません」
そしてチラリと塔利を見ると、
「それに、その様子を見れば大変だったのは分かります。いくら私でも天魔退治してたのを怒ったりしませんよ」
「そ、そうか?」
あからさまにホッとする塔利。
「取りあえず今回遅れた分の利子はこれでどうかしら? 彼がちゃんと頑張ったか判断してみて♪」
麗奈がスマホを取り出し、塔利がウイルスから逃げている場面やらを撮った動画を見せる。
「そんなん撮ってたのか!?」
「やだ、あんた何逃げてんの? カッコ悪〜」
叶美が馬鹿にしたように笑う。
「くっそー、今回は違うんだ、俺はマジで虫がダメなんだよ!」
「へえ〜、初耳だわ。いいこと聞いちゃった」
塔利はますます叶美に頭が上がらなくなっていく気がした。
「ところでさ、二人共言葉が足りないよね。叶美ちゃんは用件を、塔利ちゃんは理由をちゃんと伝えた方が、その分話せる時間も増えるよ?」
意味深に砂原が微笑むと、叶美の顔が赤らんだ。
「べ、別に私はそういう意味で呼んでる訳じゃ」
「でも会いたくなきゃ呼びませんよね? もう一緒に住めばいいんじゃないですか?」
華子も叶美の脇から顔を出す。
「えぇっ!?」
「お前さん何言ってんだ!」
「同じマンションにって意味ですよ?」
華子のひっかけに、叶美と塔利の頬が染まる。
そのからかいに黒羽も参加。
「正直俺達がフォローしなくてもって感じだよねー。話聞いてると恋人かよ! って感じ」
「ななっ!?」
二人の顔がさらに赤くなった。デートだの恋人だの、傍からだとそう見えるのだろうか、と塔利は何だか落ち着かない気持ちになる。
「叶美さんはもう少し素直になったらいいと思うよ! 塔利さんはどう見たって女心を悟るとかできなそうだし、はっきり言わないと伝わらないよ! 俺達は明日死んだっておかしくないんだから。……いつだって、大事なものは無くしてから気づくんだ。お母さんを失った叶美さんなら分かるでしょ?」
黒羽の言葉が胸に響いたのか、叶美は神妙な顔になる。
塔利さんも、と華子は塔利を叶美から少し離れた所に引っ張った。
「女の子ってやっちゃったって分かってても素直になれない時があるんです。だから悪い子になった時はキチンと叱ってくれないとダメなんです。心のどこかでやっぱり男の子に頼ってるんですよ。本当は引っ張って行って欲しいんです。解ります?」
「お、おぉ、解った……。肝に銘じとく」
なぜか漂う華子の圧に圧されながら、塔利はうなずく。
そこへ麗奈がそそ、と近づいて来た。
「あのコ、ちゃんと笑えるようになったのね。前に進めて良かったわ。あなたも……ね♪」
パチリとウインク。
そして学園生達はこれ以上二人の邪魔をしないよう、叶美の家を後にするのだった。