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マスター:久遠 由純
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2016/05/31


みんなの思い出



オープニング

●海辺のホテル
 海岸沿いにあるそのホテルは7階建てで、海の見える部屋と豪華な食事、テニスなどができる充実した施設が自慢のホテルである。
 フリーターの愛璃と舞奈はGW中も仕事だったので、休み明けの今遅い連休をもらって旅行に来ていた。長期休暇明けのためか、ホテルも空いてるし料金も安く済む。
 二人は付近にある観光地の花が見所の公園や、道の駅、海岸を堪能してから、夕方ホテルにチェックインした。

 部屋は4階の角部屋で、ベッドのある洋間と奥が和室になっている部屋だった。
「へえ〜、なかなかキレイな部屋じゃん!」
 ベッドの脇に荷物を置いて、愛璃は突き当たりの窓のカーテンを開けた。
「来てみなよ舞奈! 景色がいいよ〜!」
 窓の外には夕日の沈む海が広がっている。
「うわー、すごい夕日! いいね〜、写真撮っておこ!」
 舞奈も愛璃の隣で外を見て感嘆の声を上げた。
「良かったね、いい部屋にしてもらえて」
「そうだね〜、お店とかも空いてたし、得したね」
「夕飯の前に、お風呂入ってこよっか!」
「うん、行こ行こ! 大浴場と露天もあるらしいよ!」
 などと二人ははしゃいでお風呂に入り、海の幸満載の豪華な食事も堪能してもう大満足だった。

 夜も更けると、やることも特にないし旅行の疲れもあってか早々に眠くなってくる。
 何となく愛璃は夜の景色が気になって、窓のカーテンを開けてみた。だが外が真っ暗だからガラスが鏡のようになってしまい、景色は良く見えない。
「あー、残念」
 とカーテンを閉めようとした際、ガラスに手形が付いていることに気づいた。自分の目線より10cmほど高い所に、べたりと大きく広げた手形だ。
 昼間は気付かなかった。自分も舞奈もこんなにべったりガラスに触った覚えはない。
「やだなぁ……ちゃんと掃除してないのかな」
 さっきまでいい気分だったのに、ちょっとこのホテルの評価が彼女の中で下がる。
 ちょいちょい、と少し指跡の汚れをこするが、消えない。

 ということは。

「え、何これ」
 一歩後ずさる愛璃。
「どうしたの、愛璃」
 訝しく思った舞奈が彼女の傍に来る。
 愛璃は窓の手形を舞奈に見せた。
「分かる?」
「うん。結構はっきり付いてるね」
「これ、外から付いてるんだよ」
「ええ? だってここ4階だよ? 窓は開かないようになってるし、どうやって……」
 深く考えないようにして、二人は窓から離れた。
「……そういえば」
 ポツリと愛璃が言う。
「な、何?」
「もしかしたらここ、心霊タレントで有名な人が言ってたホテルかもしれない」
「えぇ?」
 舞奈はどう反応すればいいのか分からなかった。
「そのタレントさんがこれと似たような心霊体験の話をテレビでしたらね、もちろんテレビではホテルの名前は出してなかったんだけど、知ってる人は知ってるのか、それはここじゃないかってネットで噂になってたのを今思い出した」
「今思い出したって言われても」
 怖い話をするので有名なタレントは舞奈もよく知っている。でもそういう話を信じたことはなかった。ましてやこんな手形一つで心霊現象だと言ってしまうのはどうかと思う。
 愛璃は自分を驚かそうとしているのだろうか。それにしてはやけに真剣な顔をしている。
「本気で言ってるの? 同じホテルだとしても、何か起こるなんてことはそうそうないでしょ〜?」
 まさかと思いながら、舞奈は努めて明るく言った。
「だ、だよね〜。でも、その人の話だとね、ちょうど4階の角部屋で……」
 怖さを紛らわせようとしてか、笑い混じりの愛璃が語り始める。
 話すんだ、と舞奈は思ったが、興味もあったのでそのまま愛璃が語るのに任せた。

「夜寝ようとして電気を消してしばらくしたら、何かがドアを引っ掻くような音がするんだって。で、気になってドアに近づいてみたら、ドアと床の隙間から赤いマニキュアをした白い手がぬーっと入ってきて、『うわああー』って部屋の奥に逃げると、今度は窓がドンドン叩かれるの。見たら窓の外には真っ白ないくつもの手がガラスを叩いてて――その人は気絶して、気づいたら朝だった。そして窓にはたくさんの手形が付いてたって話なんだけど」

「へえ……」
 昼間に聞いたらなんてことない怪談かもしれない。でも状況が状況だ。窓ガラスの手形がその怪談の手が叩いた跡に思えてしまう。幽霊ではないにしても、何かがいるのか。
 舞奈もだんだん不安になってきた。
 とその時。

●白い手が

 カリカリ。カリカリ。

 ドアを引っ掻くような音がした。
「え、うそ、だよね……?」
 話をした当人の愛璃が蒼白になって、ぎゅっと舞奈の手を握ってきた。
 舞奈も親友の手を握り返す。
 カリカリカリカリ。ガリガリ。ギイギイ。
 次第に引っ掻く音が増えてきているようだ。もう幻聴なんかではない。
「なにこれなにこれ!」
「ヤバくない?」
 高まる恐怖のあまりドアに近づくこともできず、二人は身を寄せ合ってドアを見つめるしかない。
 怪談ではドアと床の隙間から手が侵入してくるらしいが、この部屋は絨毯とドアの間に隙間はない。入って来ることなんかできないはずだ。
 実際に心霊現象なら壁だの何だのは障害物にならないだろうに、混乱した頭は理屈に頼ってどうにか精神の安定を図ろうとしているらしい。
 やがてぬう、とドアを通り抜けて青白い手が室内へ入って来た。それも、一本だけではない。2本、3本と次々ドアをすり抜けてくる。
「「きゃああああ!!!」」
 二人は絶叫した。
 肘から下の腕が、指を虫の足のように動かして歩いている。ほっそりした指や手首からすると全部女の手のようだ。右手も左手もあり、手首から先を尻尾のように持ち上げていた。
 さらに追い打ちをかけるように窓ガラスがドンドンと激しく叩かれる。
「やああぁっ!!」
 どうやら窓の外にもいくつもの手が張り付いており、ぬるりとガラスを透過して入って来た。
 うぞうぞと部屋が手で埋まっていく。
「やだやだ、こっち来るよぅ、どうしよう舞奈!」
 パニクっている愛璃。だが舞奈の方は彼女よりも少しだけ冷静だった。
「これは心霊現象というより天魔だよ。スマホで通報すれば」
 しかし携帯を身に付けていないことに気づく。二人のスマホは既に白い手に囲まれているテーブルの上に置きっぱなしだ。
「そうだ、フロントに!」
 はっと思いついた舞奈はベッド脇にある電話に飛びついて、急いでフロントに電話した。
「た、助けてください! 白い手の天魔が部屋にたくさん入って来てるんです! 出られないの!」
 そこへ、一体の手が舞奈に飛びかかった。
「きゃあ!」
「舞奈! 大丈夫!?」
「愛璃逃げよう!」
 髪の毛をむしられた舞奈は愛璃の手を取りドアの方へ行こうとした。何本もの腕が二人に集って来て、引っ掻いたり引っ張ったりする。
「いやああぁ!!」
「止めて、痛い!」
 結局二人は部屋の中央で身を寄せ合うことになってしまった。
 白い手達は室内にあるものを投げつけたり壁を叩いたりし、二人がちょっとでもそこから離れようとすると威嚇するように指をわきわきさせる。

「誰か助けて――!」
 舞奈は震えている愛璃を励ましながら、助けが来るのを待つのだった。


リプレイ本文

●大量の手の中へ
 撃退士達が件のホテルに到着すると、外に避難していた支配人らしき人物が彼らを迎えた。他の従業員は客をなだめるのに尽力している。
「どうもすみません、私がここの責任者です。天魔は、あの部屋です」
 支配人が指差す。
 撃退士達がその方向を見上げると、ホテルの4階、角の外壁にはびっしりと手が張り付いており、うぞうぞと蠢いているのが分かった。
「お客様の女性お二人が取り残されているらしいのですが、今はどうなっているのか分かりません……」
 支配人は天魔の恐怖と客の身を案じる不安を隠しきれず、支配人としての責任感からか、大きなプレッシャーを感じているようだった。

『外にもいるって……』
 美森 仁也(jb2552)の脳裏に、依頼を見た時の妻の声が蘇る。美森の外見はまだ若い清潔感のある青年だが、すでに妻帯者なのだ。
 不安気に美森を見上げる妻の顔。
『参加するから、そんな顔しないの』
 縋るようなその瞳で、美森は依頼への参加を即決したのだった。
「変な手がいっぱいね! さっさと倒して助けに行こう!」
 美森の決意を代弁するように、小柄だが元気が体からはち切れんばかりの雪室 チルル(ja0220)が、やる気も旺盛に声を張る。
「あの中に取り残されて!? それは、早く助けないと……!!」
 予想以上の敵の数に、事の重大さをRehni Nam(ja5283)は知った。銀髪の華奢な女性だが実力は折り紙付きだ。
「俺達は中から行くぜ!」
 髪を赤い紐でくくり、体は大きいがまだ少年ぽさの残る獅堂 武(jb0906)と、
「あの部屋まで最短で行くルートを教えてください」
 柔和な雰囲気の神谷春樹(jb7335)、雪室は支配人にエレベーターの場所や内部の様子を聞いている。
「拙者達は飛んで向かうでこざるよ! 取り残されているというお二人、疾く、助けるのでござる!」
 長い黒髪を切り揃え古風な言葉遣いのエイネ アクライア(jb6014)が光纏し、『重力制御:翔』を使い翼を現した。
「それじゃあ皆さん、携帯はスピーカーで同時通話状態のままに」
 藍那湊(jc0170)が全員に再確認。アホ毛のある青い髪とショートパンツ姿が眩しい藍那だが、見た目よりもしっかりしている。
「準備完了ね! 早速あたい達は行かせてもらうわ!」
 雪室達屋内班はホテル入口へと走った。
「拙者達も行くでござる!」
 エイネがいち早く飛ぶと、藍那は『蒼の翼』の色鮮やかな青い翼で、美森も本来の悪魔の姿、銀髪に角、尻尾という姿になって皮膜の翼で飛び立つ。
 Rehniは翼ではなく、『壁走り』でホテルの外壁を駆け上がった。

 3階辺りまで上昇した美森が壁面に近づき、下から上に向けて『封砲』を撃つ。
 喧嘩煙管に溜められた黒い衝撃波が一気に壁を奔り抜け、白い手を薙ぎ払ってゆく。
「これくらいじゃ減った気がしないな」
 美森の感想通り、壁に渋滞しているほとんどの手は仲間が攻撃されたことにすら気づいていないようだ。
 エイネ達が愛璃と舞奈を救助するために部屋の中に入るには、窓からしかない。だが目的の窓付近が一番手の数が多く、中を覗く隙間もない程だ。
 壁伝いに走りながら、Rehniも派手に『生体レンジ』のプラズマ火球を炸裂させた。バラバラと何体もの手が地上へと落ちる。
「ようやくこっちにも興味を持ったみたいですね」
 手共がわさわさと撃退士の方に寄って来た。
「何とも『ほらぁちっく』な状況でござるな……」
 エイネがつぶやく。天魔と分かってはいるものの、肘から先だけの手が動いているというのは気味のいいものではない。
「相手になります。手だけに!」
 男らしく怖がっていない所をアピールしようとしたのか、言ってやったりのドヤ顔で藍那は手のひらから槍のように尖った氷柱を放つ。『貫氷柱』だ。氷柱は窓と平行に飛び、直線上の手達を串刺しにした。
「百の足と書いてムカデ……これは手がいっぱいあるから……やっぱりムカデ(百手)かなー」
 なんちゃって、とばかりの藍那のダジャレには、誰もツッコまなかった……。

 ホテルに入った雪室達は、エレベーターで4階に着いた。
 角部屋へ一直線の廊下に差し掛かると、愛璃と舞奈の部屋前から二つ隣の部屋前まで、白い手が何体も折り重なりながらびっしり埋まっている。
「これはすげぇな……っと急いで助けねぇと!!」
 獅堂はあまりの数に一瞬圧倒されたが、改めて気合いを入れ直し駆ける。
 スキルの効果範囲に入った途端、雪室が『炸裂陣』を発動させた。
「蹴散らすわよ!」
 廊下の中空に魔法陣が出現し、周囲に爆発を起こす。
 密集した手達は避ける場所もなく爆発に巻き込まれて、弾け飛んだ。
「できるだけ早く行きたいんでね、手加減はできないよ」
 さらに神谷が『ファイアワークス』で炎を撒き散らし、爆発を上乗せ。
 雪室と神谷の攻撃でも倒れなかった手や逃れた手を、獅堂がソリッドナックルバンドを着けた拳で殴り倒す。
 倒された手の上からまだ健在な手が飛びかかってきたりするが、神谷達は多少のダメージは気にせず、そのまま手当たり次第に攻撃しながら敵の中を突っ切って行った。
 できるだけ敵を減らしながら角部屋にたどり着く。
「部屋の前に着いたわ!」
 雪室が携帯で外の仲間に連絡。
 獅堂は中にいる愛璃と舞奈に向けて、聞こえるように大声で言った。
「俺達は撃退士だ! 救助に来た! 窓とドアから同時に突入するから、身を屈めててくれ!」
 素早く刀印を切り、『ケイオスドレスト』で防御能力を上げる。

「いい? いちにのさんで行くわよ!? いち、にの、さん!」

●救助と殲滅
 携帯からの雪室の合図でRehniは己のアウルを本能のままに解き放つ『アートは爆発だ』で窓周辺の白い手を一掃、
「今です!」
 空間が出来た瞬間にエイネと美森が窓を『物質透過』し室内へ入った。それを確認してすぐ、藍那が阻霊符を発動、これ以上のディアボロの侵入を止める。
 それとほぼ同時にドアを蹴破り雪室達が突入。
 部屋中が白い手で埋め尽くされた中心に、愛璃と舞奈が抱き合ってしゃがみこんでいた。
 白い手達は侵入者に気づくと一斉に群がって来た。
「あたい達が相手よ!」
 雪室が自分の身長よりも長いツヴァイハンダーFEで果敢に切り込んで行く。これだけ敵の数が多いと振れば当たるのはある意味爽快だ。
「数が多けりゃいいってもんじゃないぜ!」
 獅堂は『ドレスミスト』や『乾坤網』を駆使してダメージを最小限に抑え、狭い室内故に小さな動きでも確実に倒す体術で応戦していた。
「もう大丈夫。攻撃は僕が引き付けます」
 神谷が愛璃と舞奈を少しでも安心させるよう声をかけ、『タウント』を使い自身に『注目』のオーラを纏う。白い手達はくりっと神谷の方に指を向けた。
「ほらほら、こっちだ!」
 飛び掛かる手をリボルバーCL3で撃ち落としながら、廊下へおびき寄せる。
「助けが来たよ、愛璃!」
「良かった、良かったね舞奈」
 二人共くしゃくしゃな顔だったが、助けを目にして少し元気を取り戻したようだ。
「お二人共、助けに来たでござる! 美森殿は姿はアレだが、ちゃんと撃退士だから安心するでござるよ!」
 エイネが愛璃達に寄る手を蹴り飛ばしてから、愛璃をお姫様抱っこで抱き上げた。
 舞奈の方も美森がお姫様抱っこする。手の攻撃を避けるためエイネと美森は天井付近に浮かんだ。
「怖いなら目を閉じていて」
 美森が優しい声で言うと、舞奈はギュッと目を閉じしっかりと美森の首にしがみつく。
 今の彼女らにしてみれば、角や尻尾が生えていようとも手だけで動いているモノより人型をしている分よっぽど安心できるというものだ。
「窓を壊して外に飛んで逃げるでござるが、いいでござるか?」
「ここから出れるなら何でもいい! お願い!」
 エイネのお伺いに愛璃はとにかく早くしてくれとばかりに答えた。
 ならば、とエイネは即座に『意思疎通』を行いRehniへ窓を破壊するよう要請する。
「了解!」
 Rehniはエイネの声を受け取ると、『呪縛陣』で周囲にいる者を『束縛』する結界を展開する。窓付近の手達を寄って来られなくしてから、藍那と協力して窓を破壊した。ガラスの破片が中に飛び散ったが、一般人二人は浮かんでいるので平気だろう。内側から壊せばそんな心配もなかったと戦闘が終わってから気づくのだったが。

 とにかく、エイネと美森は要救助者を連れて見事部屋を脱出した。
 二人を追おうと窓から飛び出そうとした手はRehniと藍那の餌食にされる。
 Rehniは壁を走り回りながら、まだ残っている白い手達を殲滅にかかった。
「一体何体いるんでしょうか」
 数の多さに若干辟易しながら、最後の『アートは爆発だ』を放つ。それで仕留めきれなかった手がRehniに飛びついて引っ掻いた。
「何するんですか!」
 パルテノンの光の短槍が白い手に突き刺さった。
 藍那は地面に落ちた手で生き残っているものがいないか見回る。
 案の定、もぞもぞ動く青白い手が何体も暗闇の中に浮かび上がる。それらは人がいる方へ移動しようとしていた。
「君達は指一本だって逃がさないよ」
 藍那が現れると全部の手がくるりと方向転換、それまでとは段違いのスピードでわさささーっと藍那の方へ走って来た。
「わっ、気持ち悪っ!」
 思わず『氷伽藍』。
 白い手を白い氷の結晶が覆い、表面に付いたいくつもの小さな氷の花が開いた途端爆発、砕け散った欠片は輝きながら氷が溶けるように消えた。
「あーびっくりした……こんなに捕まりたくない手もなかなかないなぁ」
 ふう、と息を吐いてから、藍那は取りこぼしがないよう止めを刺しつつ見回りを続けた。


 屋内、部屋前の廊下では神谷達が奮闘していた。
 雪室の『氷盾〈フロストディフェンダー〉』に5体の手がぶち当たる。攻撃をしのいだ雪室は、手達を追いかけるように突きを繰り出し、
「そっちへ行ったわ!」
「あんまり使いたくはないけど、時間もかけたくないんでね」
 追い立てられた手を狙い神谷が『ナパームショット』の炎を飛ばすと、着弾と同時に周囲にも炎が広がった。
「これでどうだ!」
 獅堂は鉄数珠を鞭のように使い、数体をまとめて薙ぎ倒す。が、仲間の体を乗り越えて何体かの手が廊下の先へ逃げてゆく。
「逃がすかよ!」
 すかさず獅堂が数珠から弾丸のようなものを飛ばして撃ち抜いた。

 愛璃と舞奈を支配人達のいる場所へ運び終えた美森とエイネは、部屋に残っている手を掃討するため戻った。
 まだ部屋内には十体以上もの手が残っており、エイネ達が室内に入るとこれ幸いとばかりに襲って来る。
「残らず斬る!」
 エイネは刀状に成型した死者の書を縦横に振るい手を切り伏せる。
 ベッドのある洋間へ移動した美森は、いつの間にか壁によじ登った手数体に囲まれていた。
 壁を蹴って迫る手。
「いけるか――?」
 美森は冷静に『翔閃』を発動する。刹那の間に三体もの手が美森を攻撃する前に叩き落とされていた。しかし4体目、5体目の手が美森の顔を引っかき、腕に取り付き爪をくい込ませる。やられた手も起き上がり、また美森に向かって来ようとする。
「くっ」
 美森は煙管を巧みに操り、それらの手を打ち据えた。

「皆、もう少しよ!」
 雪室が仲間達を激励する。
 たくさんの手の死骸で足の踏み場もないが、というかむしろ手を踏んで戦うしかないのだが、もはや動いている手はまばらにしかいない。
 素早い動きで雪室が一度に二体突いて止めを刺し、
「だいぶ元気がなくなってきたね」
 神谷は手が一直線上に並んだ一瞬を見逃さず『ダークブロウ』を放ち4体葬る。
『外は殲滅完了です』
『部屋の中も片付いたでござるよ』
 皆の携帯からRehniとエイネの声が聞こえた。
「これで、最後だ!」
 一体の手を踏みにじりもう一体に拳を打ち付けて、獅堂は応える。

「……ようやく終わったわね! こちらも完了よ!」
 雪室が戦闘の終わりを告げ――、白い手の脅威は去ったのだった。

●戦いの後
 終わってみれば、全員がどこかしらに引っかき傷やら打ち身やらの軽傷を負っていた。それらのダメージは雪室の『癒しの風』や獅堂の『治癒膏』、神谷の『応急手当』で美森以外の全員が回復した。
 美森だけは、妻に癒してもらいたいということだった。美森にとっては最愛の妻に癒してもらうことこそが、どんな治療にも勝るのだろう。

 その後、全員で支配人達に討伐完了の報告をしに行った。
「ありがとうございました!」
 愛璃と舞奈、支配人以下従業員が頭を下げ、客達も胸をなでおろした。
 そして従業員はホテル内の掃除やら点検やらをしに、客は客室へと戻って行く。
「私も片付けを手伝います」
「派手に散らかっちまったからな」
 Rehniと獅堂も片付けの手伝いを申し出たのだが。
 実際に支配人や従業員が4階の有様を見た顔は、途方にくれていた。
 白い手達が部屋を散らかしたことに加え、大量の手の死骸、屋内で戦闘したため壊れた照明や壁や床の傷、調度の類はホテル側にも予想以上のダメージを与えたようだった……。当然、その後始末は大変だったのである。

 Rehniと獅堂が後片付けに行き、神谷と藍那は愛璃と舞奈の姿を探した。
 彼女らは新しい部屋をあてがわれたものの、エントランスの椅子に悄然と座り込んでいた。
「大丈夫ですか?」
 神谷の声に気付き、二人は軽く頭を下げる。
「あ……、はい。まだちょっと部屋には戻りたくなくて……」
 まだ恐怖心が抜けないのだろう、と神谷は思う。
 二人の浴衣は乱れ、所々破れたりしていた。手の甲や足首には血がにじんでいる。
「跡が残ったら大変ですしね」
 神谷が愛璃に『応急手当』を、舞奈には藍那が『ライトヒール』を使い治療した。二人の傷は跡も残さず消える。
 ふと、藍那が舞奈のボサボサになった髪の毛に気づいて手をやった。
「髪が乱れてる……」
 それは助けを求めるためフロントに電話した際、白い手にむしられてしまったのだった。
 その時のことを思い出し、舞奈の体が震えだす。
「あの手が、手があたしの髪を……」
「舞奈」
 愛璃が心配そうな顔になって親友にしがみつく。
「もう大丈夫だから。こわくない、こわくない、です。二人共、よく頑張ったね」
 藍那が両手で舞奈の手を包み込み、何度も怖くない、と呪文のように繰り返すと、舞奈も愛璃もだんだん落ち着いていく。
 天魔に襲われたことは簡単に忘れることなどできないかもしれない。だが藍那の優しさで、舞奈と愛璃は少なからず救われたに違いない。


「ふぃ〜、仕事の後のひとっ風呂は気持ちいいのです〜」
 Rehniが片付けの後、ホテルの大浴場で疲れを癒してる頃。

 皆より一足先に帰った美森は妻に今日の報告をした。女性二人が無事だったと聞いて安堵した妻の顔を見て、美森もようやく幸せそうな笑みを浮かべるのだった――。



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
桜花絢爛・
獅堂 武(jb0906)

大学部2年159組 男 陰陽師
最愛とともに・
美森 仁也(jb2552)

卒業 男 ルインズブレイド
撃退士・
エイネ アクライア (jb6014)

大学部8年5組 女 アカシックレコーダー:タイプB
揺れぬ覚悟・
神谷春樹(jb7335)

大学部3年1組 男 インフィルトレイター
蒼色の情熱・
大空 湊(jc0170)

大学部2年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA