空き教室に集まった撃退士達を前に、滝田と山本はそれぞれのネタで漫才を披露した。それからコンビ名と、どちらのネタが良かったか聞きたいという依頼の説明をする。
(以来斡旋所って、こういう依頼も受けるのね……。恋人募集とか言っても通るのかしら)
後半部分は冗談だが、そんなことを思いながらユグ=ルーインズ(
jb4265)は彼らの説明を聞いていた。外見はビジュアル系の男性だが、オネェである。
面白そうな連中がいるな、と思いながらふらりとやって来た厚木 嵩音汰(
jb4178)は興味深そうに言った。
「ほう。なるほどな、貴様らは芸の道を究めようとしているわけか……」
「あとコイツはツッコミが無駄に痛い」
ついでとばかりに滝田が不満を付け加える。むっとした山本がやり返した。
「こいつはオーバーなノリがウザい」
「せやからウザいゆうな言うとるやろが!」
ギリリ、とにらみ合いになったところで、
「ふむ、言い分は了解した」
厚木は口を挟まず全て聞き、うなずいた。
「コンビ名が決まっていないコンビというのも、新しい気がするな。いっそ、毎回コンビ名をネタにやり取りしたらどうだ?」
「私は『滝田兄弟』の方が良いかも。『ウォーターマウンテン』だと、何となーくだけど、お笑い芸人っぽくない感じがするかなっ」
元気よく野球大好きな武田 美月(
ja4394)が手を挙げ答えた。彼女は普段は野球中継を楽しみつつ、移動日に依頼をこなすという生活が楽しいらしい。
「そーか、『滝田兄弟』の方がエエか! ほれ見ぃ!」
「うっせえな、まだ分かんねーだろ?」
滝田が山本に向かってニヤリとし、山本は冷たく返す。
次に意見を述べたのはユグだ。
「アタシも『滝田兄弟』の方かしらねー。スタイルもスタンダードなしゃべくり漫才って感じだし」
二人の票が入って顔を輝かせた滝田だったが、次の瞬間、その輝きはあっさりなくなってしまう。
「どっちもイマイチだからさ、お前らの間を取って名古屋とか浜名湖とか長野だろ。関ヶ原でもいいな」
ちょっと無責任にも聞こえるように言ったのは、久喜 笙(
jb4806)だった。
それに続いたのが蛇蝎神 黒龍(
jb3200)で、彼は
「『滝山ジェミニ』でええんちゃう? 『滝田です、山本です、二人合わせて滝山ジェミニでーす』でスッキリとな」
滝田の案と山本の『英語名がいい』という希望を合わせた提案をしてきた。
「それいいかも」
食いつく山本。
「あとはウリとなる一言があればええな。他人も使いやすいと名を広めるのにさらにええよね」
「確かに」
それから残りの三人を促すように見る。
目が合った厚木は一応『ウォーターマウンデン』というマウンテン(山)とデン(田圃)を混ぜたコンビ名を思いついてはいたが、迷走していると自分でも感じていたのであえて言わなかった。
「もう『コンビ迷走』なんかでもいいんじゃないか?」
「……さよか」
滝田は若干がっかりした。
「俺は皆の意見いいと思うっす!」
という何だかハイテンションな宮沢貴一(
jb4374)の答えはあまり参考にならなかった。
最後の一人、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は、前日に芸能関係プロデューサーの苦労話の本などを読み、少し勉強していた。なので今日は敏腕大物プロデューサー感覚で部屋の真ん中で椅子に座り、机に足を乗っけて腕を組み、むっつりしたまま言った。
「『滝山兄弟』の方がマシ」
そこで滝田はよっしゃとガッツポーズをし、
「俺の勝ちやな!」
山本に勝ち誇る。しかし山本は難色を示しそれを却下した。
「はあ? 他の候補が出た時点でそんなの無効だろ?」
「なんやと!? お前負けたないからって屁理屈こねくさって、ずるいぞ!」
「全部聞くまでは勝ちも何もないっつってんだよ!」
「そーかい、聞くまでもないけどな!」
ふん、と山本は次の質問に移る。
「じゃあ、ネタのことだけど……」
また真っ先に言ったのは武田だった。
「う〜ん、一つ目はどっちかって言ったら『両手鍋より片手鍋』? 二つ目は『春雨やしらたき』の方が面白そう! 何となーくだけども」
滝田案と山本案が一票ずつだ。
「両手鍋より片手鍋かー。ボクは両手に花がええなぁ」
黒龍がいつの間にか二人の背後に忍び寄っており、つるりと尻をなでた。
「うわぁッ!?」
「ひえェ!? な、何すんねん!」
驚いて振り向くと、黒龍はニコニコと悪びれた様子もない。
「へーちゃん、何してんのよ!」
ユグがどこからか出したハリセンで黒龍の頭をスパーン! とどついた。
「あいたッ!」
かなりいい音が響いたが、音の割にそこまで痛くない。見てる周りの方が唖然としていた。
「俺が楽しいスキンシップやんかー。それにへーちゃんゆうのやめてもらえる?」
黒龍は頭をさすりながら不平を漏らす。彼らは昔馴染みで、これくらいのことは日常茶飯事のようだ。
「ええと、ネタのことやったな。一つ目は『おナベ』ネタを押すわ。ユグっさんは鍋より釜飯の方がええかな〜?」
「アタシはオカマじゃなくてオネェよ!」
再び鋭いツッコミが。見事なまでのコンビプレイに、滝田と山本がちょっと羨望の眼差しを向けていた。
それに気づいたユグがハリセンをしまい本題に戻る。
「アタシも『おナベ』の方かしら。ただ、少しテンポ悪いから、おナベの解説部分を思い切ってカットするか、短くまとめるかした方が良さそうって思ったわ」
「なるほど!」
的確な意見に山本が感心していると、ほら、と脇から黒龍がメモ帳を二人に渡した。
「ちゃんとメモしとき」
「わ、悪いな」
大人しくそれに従う山本。滝田も一応メモ帳を受け取った。
「二つ目のネタは、『春雨やしらたき』やな。『ヘルシーでええやろー』と繋いで相槌入れてる間に、鍋の具が汁を吸って焦げるっちゅー」
「おお、それもアリやな!」
自分のネタのことなので気を良くした滝田がそれをメモった。
「アタシは正直言って二つ目のネタはどっちもイマイチだと思うんだけど」
ユグがばっさり切ると、滝田と山本は目に見えてショックを受けた表情をした。が、まだ言葉は続いていた。
「『ざっくり系』の方がまだアレンジ効くかしら。例えば最初は食べ物で、挙げていくうちに食べ物からスピンアウトしていくとか……?」
「うん」
今度は山本が聞き逃すまいとメモする。
「個人的には『春雨やしらたき』ネタの方が好みではあるな。もうちょい、ちゃんと自分達のネタを客観的、第三者的に考察して、納得できるかも大事にせねばな」
厚木はやんわり辛口のコメントだった。
「片手鍋でよせ鍋してる光景想像したらシュールっすねっ!!」
急に、楽しそうに宮沢が入ってきた。
「それに合わせて鍋を変なふうに愛用してるとか、色モノネタも混ぜると面白いかもしれないっす? 銭湯に行く時は恥ずかしいから恥部を片手鍋で隠して入るんだ、とか……下品過ぎるっすね……申し訳ないっす……」
一人シュンとしたかと思ったら、すぐに立ち直った。彼の頭の中では色々なことがめまぐるしく展開してるらしい。
「撃退士的に言えば、鍋ってむしろ武器であり盾っすよね! 片手鍋なら殴って良し盾にして良し敵の頭に被せて目隠しに使って良しって感じで! うはは! 片手鍋万能っす!」
「……うん、そうだな」
山本が複雑な顔で答えた。基本悪い奴ではないと思うのだが、ちょっとズレている気がする。
「春雨やしらたきって美味しいっすよね! 俺も大好きっす」
山本の反応もお構いなしに、宮沢はぐっと親指を立てる。
「今のままでも面白いっすけど、もっと深く春雨やしらたきに対する愛情を掘り下げてみたらさらに面白くなるかもしれないっす? 逆に愛情表現がざっくりお粗末すぎてお前好きなのか嫌いなのかどっちやねん的な流れとか?」
「けど、オチにまで行ってないだろ、どっちのネタも。比べるなら落ち切った後だなー。ざっくりしすぎて伝わらねーって」
辛辣に言ったのは久喜だ。
「動き小さいから笑いにくいな、話が上手いんじゃなきゃ体で伝えにいかんと」
「けど、コイツのオーバーアクションはやり過ぎなんだよ」
山本が納得しかねるとばかりに口にすると、滝田も反論する。
「お前こそ痛ないツッコミの練習しろや」
「地味で痛いツッコミは損だぜ、うん」
「俺は滝田先輩のポーズ面白かったっすよ!」
何となく滝田の方に皆が傾いているような気がして、山本は何だか面白くなかった。
「これはもう俺の勝ちやな〜?」
勝ち誇ったように滝田が山本にニヤけた笑いを見せた。
「うるせー! 結局『どっちかといえば』なだけで、俺が本気で考えればもっと面白くなんだよ!」
「それでも勝ちは勝ちや! 今後は俺のネタに文句付けんなよ! あ、それと土下座もしてもらおか?」
「それは入ってなかっただろ!?」
ぎゃあぎゃあ言い合う二人を見て、久喜はちょっと呆れていた。
(なんやコレ。気構えが違うのに噛み合うわけ無いやんか……どうしろ言うねん。漫才やる言うから来とんのに喧嘩の仲裁かいや、関わった以上見捨てるわけにもいかんしな……まあこれも溶け込みの練習なるか。訳分からん事も経験ありゃこなせるもん言うしな)
そこで、取りあえず二人の言い合いを止めるために、持っていたホイッスルを思い切り吹き鳴らした。
ピイイィーッ!
突然の大きな音で、全員の動きが止まる。
「お互いのネタが嫌なら、それネタにお笑いしてみろよ、多分受けるぜ? お前ら漫才やるんだから、流行より自分でヒット飛ばす勢い持とうぜ?」
久喜の言葉に、滝田と山本は呆然としていた。
今までのやり取りを黙って見ていたラファルも、とうとう口を開いた。
「正直な話、どっちも面白くない。いかにもやっつけ的な山本の方は特にいただけない。自分だけが面白いと思っているだけで、他人視点でないのもあかんな。お笑いってのはもっと真摯なものやで?」
厳しいラファルの意見に、二人共頭を殴られたような感じがした。
「ネタの方向性に違いあるなら、いっそのこと解散したらどうや?」
「そこまで嫌なわけじゃねーよ!」
すぐに山本が反発した。
「そや。ただ、ネタの話になるとつい喧嘩になってまうだけや」
はあ、とラファルはため息をつく。
「ならもっと正直な話、二人の漫才で面白い所は一つもなかったけど、唯一喧嘩してんのは面白かった。もっとやれーって感じでな。せやから、コンビ名も『VS(バーサスッ)滝と山』みたいな感じにして、喧嘩掛け合い漫才やってみるのはどうや?」
「せやな。君らは日常的の話の方が面白いで、録音しとくのもええかもな」
黒龍がそれに賛成し、ユグも加わった。
「確かに、見てる側としては、その喧嘩風景が一番漫才っぽいかなと思うわけだけども。ただまくし立てるだけじゃ相手には伝わらないわ。相方にすら思いを伝えられなくて、どうやってお客さんにネタを伝える気?」
「君らが客として、共感できるネタかどうかも考えてみたら? 客あってこその漫才師やで?」
滝田と山本は彼らの言葉に驚きを感じていた。実際、そこまで考えてネタを作っていたわけではなかった。今はまだ『ただやってみたい』という気持ちだけだったのだ。
「自分達が楽しんでやるのも大事だ。喧嘩する程仲がイイのは感心するが、ギスギスし過ぎてもよくねぇぜ?」
と諭すように言ったのは厚木で、彼の言うことももっともだった。
二人は今まで喧嘩してたことが嘘のように、神妙な顔つきになっていた。
「まあどっちにしたってもっと練習せな、客は喜ばへんで。分かっとることやろけど、コンビに対する敬意も無かったらあかん。二人共なんかそうせなあかんと思っているとしたら、さっさと考え改めた方がええで?」
ラファルの意見を噛み締めていると、武田が明るい笑顔で二人に語りかけてきた。
「お笑いが好きで仲良くなったってことは、お笑いの趣味が違うってわけじゃないんだよね?」
「まあ、せやな」
「うーんと……漫才のことはあんまし詳しくないけど、どういうコンビにしたいかっていうのを話し合ったりすれば、どんなネタ入れればいいかも分かってきて、上手いことまとまるんじゃないかなーと。ホラ、プロ野球でトレードとかってあるじゃん、ああいうのも、まずどういう選手が必要かってのを考えてからやってると思うんだ」
「君、野球好きなんだ?」
山本の問いかけに、武田は一層笑顔を明るくさせた。
「うんっ! 開幕だよ開幕っ! 今年はいつ球場行こっかなー♪……っと、今は漫才だったね。せっかくだし、思いっきり目立つことしてみたらいいんじゃない? 撃退士ならではの『超・どつき漫才』とか! 『人類最強の漫才コンビ』みたいな感じで!」
「はは、なるほどな」
山本は武田の明るさにつられて笑った。
「どちらの言い分も自分は間違ってないと思ったっす! 滝田先輩のネタもちゃんと形になってて面白かったっすし、山本先輩の修正意見も滝田先輩のネタをもっと引き締められる感じがしたっす!」
宮沢がブレないテンションで二人を見上げる。
「どちらの方が良いとかで終わっちゃうともったいない気がしたっす……。二人でネタを仕上げればきっと今よりも何倍も面白くしていけるように自分は感じたっす! 生意気言ってたらすいませんっすけど……」
「いや……、お前、エエ奴っちゃな」
滝田はホロリと涙を拭う仕草をした。
「? そうっすか?」
山本も彼は少し感性が特殊かもと思っていたが、今は彼の底なしの前向きさがありがたかった。
「頑張って! 目指せゴールデン! 私がナイター中継とチャンネル迷うくらいビッグになってよ!」
武田が気合を入れるように、バン! と一発二人の背中を叩いた。
「ハードル高いな〜!」
「せやけど、今日は皆おおきに。皆の意見は全部参考にさせてもらうし、もう一度最初から考えてみるわ」
滝田と山本は改まって皆に頭を下げ、お礼を言う。
「今度は喧嘩しないように、ね」
ユグがウインクし、
「師匠かマネージャーみたいな子がつかまるとええな、頑張って!」
黒龍が再び二人の尻をなでた。
「ぉわあッ!」
「ぎゃあ! だから何なんだよあんたは!」
「お別れの挨拶やん」
「へーちゃん!」
「おっと」
ユグのハリセンから逃れるために黒龍は教室を飛び出し、ユグもその後を追っかけて行った。
そんな彼らを見て、皆は笑い合うのだった。
結局二人はコンビ名を考えることから始め、ネタを作り直すことにした。
時々話し合いがヒートアップすることもあるが、今までのように喧嘩にまで発展することはない。放課後になると空き教室でネタ合わせをしている彼らの姿が見られるだろう。
ストリート漫才ができるようになるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。