●情報収集
現地の警察署に到着した撃退士達は、担当の刑事に大体の話を聞いた。
ネットで話題になっていることを知らされた龍崎海(
ja0565)は、サイトを見ているであろう若者達の好奇心を不安に思う。
「二回目の被害者のこともあるから、先に行って現場を監視しておこうと思うのだけど」
これ以上の犠牲者を出さないためにも、一般人が近づかないようにした方がいいと考えたのだ。真面目な性格はカッチリと着た衣服にも表れている。
「そうですね、私も行きます。ここの警察の人に頼んで、付近を封鎖してもらいましょう」
Rehni Nam(
ja5283)も龍崎の提案に乗って、先に高校へ向かうことにした。
他の仲間達は被害に遭った青年が入院している病院へ、彼の話を聞きに行く。
病室の前には一応の護衛らしき警官が一人いて、事情を話し中に入れてもらった。
青年は入って来た撃退士達を見て身を竦ませる。
「だっ、誰だ!?」
女性のような顔立ちの不知火藤忠(
jc2194)が、落ち着けというジェスチャーをしながら、
「俺達は撃退士だ。事件の話を聞きに来ただけだ」
「だからシンマンがやったって言ってるだろ!? 俺が生きてるってシンマンにバレたら殺される……!」
青年はがばと布団をかぶって閉じこもってしまう。
これでは話にならない。
高身長と金色の瞳が印象的な逢見仙也(
jc1616)が、『マインドケア』で暖かなアウルを周囲に満たした。
もう一度不知火が青年に語りかける。
「俺もまだ久遠ヶ原には入学手続きをしたばかりでな、元いた大学の卒業式がもうすぐなんだよ。そんな晴れの日に友人を亡くした気持ちは嫌でも解る。だが悔しくはないのか? 天魔だろうと関係ない。晴れの船出を邪魔され傷を負わされたんだぞ。友人の仇を討ちたくないか? 仇は必ず俺達が取ると約束する。話を聞かせてくれ」
逢見の『マインドケア』の効果もあってか、不知火の説得に応えるように青年がゆっくり布団から出て上体を起こす。
さっきよりも落ち着いた目で不知火達を見た。
「分かりました……でも、答えられることなんてあまりないと思いますけど」
「助かる。じゃあ、襲われた時の時間帯と場所は?」
「えっと、昼過ぎの……、1時頃、高校の校門前です」
「そこで何をしていた?」
「別に、スマホでお互いに写メを取り合っただけです。三人で写真を確認してみたら、シンマンが写ってて……振り返っても何もいなかったのに、急にアイツの後ろにシンマンがいて、刺されてた」
殺されてしまった友人を想い、溢れそうになる涙をこらえる青年。
「君達は不意に襲われたようだが、何か変わったことはなかっただろうか? 例えば周りの様子や景色が違ったとか」
鳳 静矢(
ja3856)がさらに質問をする。鳳は髪も瞳も紫で、服もそれに合わせている。
「いえ、別に……気づきませんでした」
「そうか……」
シンマンが何か混乱させるようなスキルでも使ったのではないかと鳳は思ったのだが、少なくとも青年が襲われた時は何もなかったらしい。だからといってそういうスキルがないと断言できることにはならないので、鳳は用心することにした。
「その校門で撮った画像を見せてもらえるか?」
不知火が言うと、青年はスマホに画像を出して差し出す。
黄昏ひりょ(
jb3452)も眼鏡を押し上げつつ例の学校サイトを見ていて、シンマン画像を見比べてみた。
すると、シンマンが写っているものはみんな校門の正面から撮ったものだった。青年のスマホには他にも卒業式の日に撮った、校舎側から校門を撮ったものや一本の桜の傍で撮った写メなんかもあったが、それらにはシンマンはいない。
「スレンダーマンの亜種みたいなもんか? まぁ、どっちにしろとっちめるがな」
横からシンマン画像を見ていた向坂 玲治(
ja6214)は余裕な笑みを見せる。口調はどことなく怖そうなカンジだが、意外と世話好きな一面があったりする。
「できればサイトに画像を上げた人達に詳しい話を聞きたいところですけどね。そうすれば誰がターゲットになるのか多少絞れるかもしれませんし。けど、さすがにそこまでの時間はないか」
逢見が仕方なく自身の考えを却下すると、黄昏はそうだな、と応じる。
「今までシンマンの目撃者がいなかったから、単に人気がない時に襲っただけなのかもしれない。今分かってることを総合すると、『昼間に、校門を背に正面から撮り、写真を確認する』って感じかな。奴が完全に姿を現すまでは、振り返ったりしない方がいいかもね」
黄昏が情報をまとめると、皆それでいこうということになった。
「あ、あの、どうかお願いします。シンマンを倒してください……!」
「これ以上、被害を出させる訳にはいかないからね。何としても倒すよ」
青年にすがるように訴えられ、黄昏は微笑む。安心感を与えるその微笑みは、黄昏の人柄から出たものだろう。
「約束は守る」
不知火も力強くうなずくと、青年はおそらく事件後初めて、その瞳に恐怖以外のものを映したのだった。
高校の校門前では、龍崎とRehniが仲間からの連絡を待っていた。
すでに警察に周囲を封鎖してもらった。龍崎は学校の当直の先生にも事情を話し、封鎖と監視の許可を取ってある。
「これが本当のオカルトじゃないなら……ていうか、まあ、普通に考えれば天魔ですよね。いっちょ犯人を探し出してぶっ倒しましょう。皆さんが、安心して普通に写真を撮れるように」
Rehniが気合いを入れる。見た目は細身で可愛らしさの残る女性だが、こう見えて実戦経験は多い。
と、龍崎の携帯に不知火から病院を出たと連絡があった。
すぐに黄昏達が合流し情報を二人に伝え、撮影準備に入った。
Rehniは『大佐』と呼んでいるヒリュウを召喚し、薄いビニール袋に墨汁を入れた物を持たせ近くに潜ませた。さらに余った墨汁は自分達の立ち位置の後ろの地面に撒き、シンマンが踏めば足跡が付く細工をしておく。
向坂は向かいのアパートの上から天鹿児弓を構え監視、不知火も校門近くの植え込みに隠れた。
鳳、逢見、龍崎、Rehniは校門前に立ち、黄昏がデジカメで写真を撮った。
「それじゃあ撮るよ〜」
「次は誰撮る?」
などと楽しそうにしてる体で、入れ替わりで何枚か写真を撮る。
「よし、シンマンが写ってるか確かめてみよう」
なるべく校舎の方に振り向かないようにして、写真を見せ合った。
「予想通りなら、この時に隠れて近づいて来ているはず」
龍崎は『生命探知』を使った。
すると、範囲ギリギリの背後に反応がある。
向坂も不知火も何も言わないということは、まだ姿は見えないままなのだろう。
「後ろにいる」
振り向きたい衝動を抑え、龍崎は小声で皆に知らせた。
皆の間に緊張が走るが、それをおくびにも出さず鳳は
「これ、シンマンじゃないか? ほらここ、全部に写ってる」
と一般人を演じ続ける。
そして。
●シンマン出現
「出たぞ!」
鋭く警告を発すると同時に向坂は発砲、逢見達を刺そうとしていたシンマンの腕に命中。彼らは素早く散開した。
シンマンはいつもと違う展開に、何が起こったのか理解していないようだった。不思議な物でも見るように撃たれた腕を見ている。
龍崎が即座に祖霊符を発動し、Rehniがヒリュウに命じる。
「大佐!」
ヒリュウは壁の陰から飛び出し、シンマンの足元に墨汁袋を投げつけた。ビニールが破れ、シンマンの足に墨汁が飛び散る。
敵の存在を認めたシンマンの腕が、召喚獣に伸びた。
「!」
鋭く尖った木のような指先が、ヒリュウの体をかすめる。召喚獣の傷は召喚者の傷。Rehniも同じようにかすり傷を負った。
「しかしまぁ、こんな都市伝説的な配下をよく作るもんだ。いや、勝手に都市伝説にしているのは俺らか」
微かに自嘲気味に独りごちながら、向坂は牽制攻撃を続ける。その間に皆はシンマンを囲むように広がった。
Rehniは『集中力』を高め敵の特殊攻撃に備える。
シンマンの黒い姿がふっと消え失せた。だが、足に付いた染みは見えている。
「そこだっ」
龍崎の放った『審判の鎖』が透明の体を縛り上げ、『麻痺』を与えた。
「私達は簡単にやられはせんぞ、シンマンとやら」
『瞬翔閃』を発動し瞬間的に接近した鳳は、『天鳳刻翼緋晴』と名付けた天狼牙突を超高速で一閃させた。
その一撃はクリティカルとなり、シンマンの体を袈裟懸けに切り裂く。
シンマンはよろめきながら黒い靄を発生させた。
「これは――!」
鳳と龍崎、Rehni、黄昏の周囲が靄に覆われ、全身に刺すような痛みが走る。
用心していたため、鳳はきっちり防御をしてダメージを最小限に抑えた。
龍崎は『シールド』、黄昏は『防壁陣』で受けたので軽傷で済み、Rehniの傷もたいしたことない。全員『認識障害』にもならなかった。
「こんなもの!」
Rehniは召喚獣を解除して、『アートは爆発だ』で己のアウルを解き放ち爆発させる。
一気に靄を吹き飛ばした。
すると、シンマンの姿がない。
透明化したのだろうが、ヒリュウが付けたはずの墨汁も見えず、地面にあるはずの足跡もさっき立っていた場所から動いていない。
試しに足跡の場所に向かって、不知火が嵐魔霊符から発生させた風の刃を飛ばすが、何にも当たらず通り過ぎただけだった。
「どこかに隠れたんだ」
俯瞰で見ていた向坂の目にも、靄のせいで捉えられなかった。
「どこに行った?」
皆はきょろきょろと辺りを見回す。
自分に近づく足跡や動く黒い染みが見えないかと注意して探した。
「上だ! 桜の木の上!」
『生命探知』を行った龍崎が叫び、指さした。
Rehniの背後に桜の木があり咄嗟に振り返ると、太い枝にぶら下がったシンマンが今まさにRehniを突き刺そうとしているところだった。
「危ない!」
黄昏がRehniの前に出て、『防壁陣』を使い、弥都波で受ける。事前に『シバルリー』で『鉄壁』効果を得ていたため、ほとんどダメージはない。
「すみません!」
Rehniが黄昏に感謝を述べながら、一旦移動した。
逢見が魔戒の黒鎖でシンマンの腕を絡め取り、そのまま引っ張って木から引きずり下ろす。
「捕まえたぞ」
「中々頭が働くじゃないか」
すでに『ヘルゴート』で能力を上げていた向坂が、蒼い光を宿した矢、『破魔の射手』を放った。矢は鎖から逃れようとジタバタしているシンマンの片足を見事射抜いた。
鳳の刀から紫の鳳凰のような鳥が飛び出す。『紫鳳翔』だ。
「細い体の割に丈夫なようだな」
己の髪や瞳と同じ紫の鳥は、真っすぐにシンマンの頭部に直撃した。
シンマンは片足で傾き立ちながら、吠えるような軋んだ声を上げる。
「気を付けろ、何かしてくるぞ!」
「よし、これならどうだ!」
黄昏が『タウント』を使うと、シンマンは両腕を地面に突き刺した。
上手く『注目』が効いていればシンマンは黄昏を狙ってくるはず。
予想通り、黄昏の足元からシンマンの両腕が突き出て来た。
黄昏はあえて避けず、足を切られた瞬間、片腕をがっちりと掴む。
「肉を切らせて骨を断つ。絶対に逃がさない!」
「もう一本あるぞ!」
不知火が『炸裂符』をもう一本のシンマンの腕へ投げつけた。札が炸裂すると、腕が引っ込む。
両肩に被弾しのけぞるシンマン。向坂の狙撃でシンマンが行動を封じられている隙に、
「黄昏さん、俺も手伝いますよ」
逢見は腕ごとシンマンの体を鎖で捕縛、力一杯引き寄せた。
Rehniがシンマンの死角に迫り、パルテノンの光の短槍で切り付ける。長い胴体の背中からわき腹にかけて傷を負わせた。
「自分の背後も気を付けることですね」
龍崎が再び聖なる鎖――『審判の鎖』を出現させ、シンマンを縛り『麻痺』させる。
「もう姿を消しても逃げられないぞ」
シンマンのひょろ長く細い体はよたよたとして、頭もグラグラで不安定になっていた。
「これで仕留める!」
鳳が再び『瞬翔閃』を発動し、足と腕にアウルを集中した。
一気にシンマンとの距離を詰め、剛腕にて刀を振り下ろす。
強力な一刀はさっき自分で付けた傷をさらに深くえぐり、シンマンを真っ二つにしたのだった――。
●噂の終わり
「短いブームだったが、この怪異も終焉だな」
シンマンの死骸を見下ろして向坂が言った。結局噂なんてこんなものだ。
大したことはないものの、怪我をしたRehni、鳳、龍崎、黄昏は龍崎の『ライトヒール』で回復してもらった。
それが終わってから、龍崎が自分のデジカメで倒したシンマンの姿を写真に撮る。
「シンマンが討伐されたってのが分からないままだと、この学校の関係者はいつまでも不安なままだろうし」
龍崎はこの写真を当直の先生に見せ、もう大丈夫だということを知らせに行く。
これでこの学校の桜並木が満開になる頃、ちゃんと入学式が行われ、新入生達も心置きなく校門前で写メを撮ることができるだろう。
警察署に戻った鳳は、刑事に天魔の討伐を報告した。
「そうか、退治してくれたか、ありがとう!」
「それと、高まった不安を抑えるためにも、この地域の人達に天魔が討伐されたことを出来るだけ速やかに、大々的に伝達してもらえないでしょうか? 例の学校サイトの管理者にも連絡して、シンマンの噂を削除するようにと」
「ああ分かった!」
ということで、その日の地元テレビのニュースや翌日の地域新聞の朝刊などに、天魔は退治されたということが報道された。
学校サイトの方は、不知火と逢見も対処する。
不知火が学校サイトにシンマンの死骸の写真をUPし、『シンマンは撃退士が退治した』と書き込んだ。
逢見も『シンマンは怪異ではなくただの天魔だった』とか『今後シンマンの噂をすると祟られる』とか書き込んで、サイト利用者がこれ以上シンマンで騒がないように仕組む。
最後に撃退士達は青年の病室を訪ねた。
「シンマンは俺達が退治した。もう心配はない」
代表して不知火が伝えると、
「本当ですか!? 皆さんありがとう、ありがとう……!!」
青年は心から喜んで、撃退士達一人一人と握手を交わすのだった。
妹分のせいで(?)気が付いたら依頼を受けることになっていた不知火は、後で彼女を殴ろうとこっそり思っていたが、初依頼での成功と青年の感謝は悪くない。
これで自分も心置きなく卒業式に臨めるというものだ。
「日本酒でも飲むか」
久遠ヶ原学園に帰りながら、不知火は晴れ晴れとした気分でつぶやいた。
その後、鳳や逢見、不知火の火消しの甲斐あってか、学校サイトのシンマン画像は全て削除され、それに伴うコメントも消された。
結局人が怪奇に仕立てた噂だったので、逢見は少し残念な気もしないでもなかったが。
代わりに天魔だったシンマンは撃退士に退治されたという事実だけが残り、怪異の噂は最初からなかったかのように、発生した時以上に早く消滅したのだった――。