●崖っぷちの二人
高台の墓地までやって来た撃退士達は、ざっと辺りを見回し地形を把握する。
入口のすぐ右手に墓地管理用の事務所の建物があり、広めの通路が正面に、その左側に墓地が広がっていた。敷地の周囲は左手から正面にかけて囲われており、その先は崖だ。
墓石の向こう11時の方向に、天魔が見えた。そこに塔利が叶美と一緒にぶら下がっているとみて間違いない。
「だから離してって言ってるでしょ!?」
「離せるワケねェだろうが!」
などと二人の口論の声がする。早く助けなければ二人共落ちてしまうかもしれない。
「急いだ方が良さそうだ」
サーバントの位置を確認したミハイル・エッカート(
jb0544)と
「あの敵タフそうだなー」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)、
「……何か助けられる側が助けてる側に文句言ってないか?」
矢野 古代(
jb1679)は即座に全力で移動する。
黒羽・ベルナール(
jb1545)は阻霊符を発動させ、スレイプニルを召喚した。
「ライチ、一気にいくよ!」
『ライチ』と名付けた召喚獣を従え黒羽も走る。
「間に合ってっ……!」
華子=マーヴェリック(
jc0898)と
「あらあら? なんか揉め事かしらね?」
麗奈=Z=オルフェウス(
jc1389)、
「何だったとしても、とにかく二人を救出してからだ」
フローライト・アルハザード(
jc1519)も翼を出して飛行し後に続いた。
ミハイルが通路を駆け抜け、いち早くサーバント三不象の側面から接近する。
三不象は器用な鼻を使って、塔利の腕を手すりから引き剥がそうとしていた。
手を後ろに引いて力を溜めるミハイル。三不象がこちらに気付いたがもう遅い。
スーツに身を包んだ足を大きく踏み込むと同時に、掌を打ち込んだ。
「これ以上、やらせはせんぞ!」
『掌底』をモロに食らい、三不象は数メートル向こうへ押しやられる。塔利の腕からも鼻が離れた。
すぐに砂原も到着、動きを止めることなく『スタンエッジ』をお見舞いした。
電気攻撃は三不象の意識を奪い、『スタン』に成功。
「ここからは僕らと遊ぼうか」
長い金髪をなびかせ、砂原はニヤリと笑った。
三不象は行動不能。今がチャンスだ。
「ライチ、遠慮はいらないよ!」
黒羽がスレイプニルに『ハイブラスト』を命じると、召喚獣は目の前に雷のようなエネルギー球を作り出す。
エネルギー球は三不象に放たれ、顔面に命中。
まだ動けない三不象の側面に矢野が移動し、PDW SQ17を構えた。
「弾丸さん、お仕事ですよってな」
硬そうなサイの胴体に狙いを定め、『アシッドショット』を撃った。『腐敗』を与える。
ミハイルが先制攻撃をした後、フローライトと麗奈はその後ろを突っ切って手すりを超えた。
危なっかしく塔利が片手で手すりにぶら下がっており、反対の手には叶美の手がしっかり握られている。手すりに掴まっている手は血だらけで、限界に近い。
「来たか!」
「何!? 何なの!?」
塔利はその顔に安堵を浮かべたが、叶美は飛んでいる麗奈らを見て驚いたようだ。
「サーバントはミハイルさん達が足止めしていますので、今のうちに!」
華子が敵の動きを警戒しながら二人に呼びかける。
フローライトは素早く叶美の下に入り込んで、抱きかかえた。
「こっちは掴まえた」
塔利の方は麗奈が背中側から腕を回して掴んだ。
「もう手を離しても大丈夫よ」
麗奈が促すと、塔利はゆっくり両方の手を離した。
「下は普通の道路だが、結構交通量がある。上の管理事務所に行ってくれ」
「了解」
叶美を連れたフローライトと塔利を連れた麗奈は崖上へと飛び上がる。
それに気づいた三不象が、象の耳をばたつかせ突風の刃を飛ばして来た。ここで叶美を傷つけさせる訳にはいかない。
「私、頑張りますからっ!」
華子はクラシャンシールドを前に、身を挺して叶美達を庇う。
「やらせんと言っただろう」
ミハイルが『回避射撃』を撃った。
わずかに刃の軌道を逸らしたが、華子の盾の端に刃が当たり、華子は肩にカスリ傷を負う。
「悪いな象さん、そっちよりも俺達と遊ぼうかい!」
矢野が三不象の視界を邪魔するように牽制射撃した。
象が矢野達の方に意識を向けた隙に、麗奈とフローライトは戦闘場所を離れて、墓地入口にある管理事務所へと塔利達を運んだ。
事務所には本来管理人がいるはずなのだが、天魔出現で逃げてしまったらしく誰もいなかった。
中は待合室のようになっており、長テーブルが二つと椅子が数脚置いてある。
「大丈夫ですか?」
華子は背中を怪我していた叶美に『ライトヒール』を使った。
叶美は大人しくされるがままになっている。だが暗い顔をし、塔利とは決して目を合わせようとしない。
「次は塔利さんです。腕を出してください」
二人のことが気になりつつも、華子は塔利の腕にも『ライトヒール』を使用する。
傷が塞がると塔利から緊張が抜け、ホッとした表情になった。
取りあえず安全を確保できたと判断したフローライトは、戦闘に加勢するため事務所を出た。華子も一緒に行ってしまう。
「………」
後に残された三人の間には、妙に気まずい雰囲気が漂っていた。
叶美は塔利に背を向けており、塔利も黙ったまま。
昔の事件のせいなのだろう、と麗奈は何となく悟る。
居た堪れなくなったのか、塔利が外に出た。
戦闘の様子を見ながら立っている塔利に、麗奈はそっと近づいた。
「今日は素敵な人達が多くて助かるわぁ♪」
麗奈の言う『素敵な人』というのは『イケメン、イケおじ』のことだ。当然戦闘を任せても安心、という意味もある。
「……来てくれて助かった。正直ヤバかったんだ」
塔利が麗奈に感謝の目を向けた。
「……あのコとのこと、大体は解ってるつもりよ。言い訳しろとは言わないけど……黙ってるってのもなかなか罪なものなのよ、オジサマ?」
麗奈の言葉に、塔利は苦しげに唇を噛む。
「何を言える? あいつの母親を見殺しにしたも同然な俺に、何が――!」
きつく目を閉じうつむいて、やがて顔を上げ静かに言った。
「俺が叶美の傍にいるのは嫌がるだろうから、お前さんが傍にいてやってくれ」
「……分かったわ。何かあったら呼んでちょうだいね」
麗奈は塔利をそこに残し、事務所に戻った。
●三不象は
ミハイルの全身から血の色をしたアウルが溢れ出した。それを銃に籠めるように集中する。
「これはどうだ?」
『ダークショット〈DS〉』を発射。
赤黒い弾は猛禽類のような形を取り、象に飛びかかった。嘴が三不象の背中の肉を深く食いちぎる。
『グモオオォ!!』
三不象は象らしからぬ咆哮を上げながらミハイルに突進する。
「怒った象は手がつけられなくなるからな」
矢野が三不象の足元や顔面付近に銃を連射すると、象は向きを変えて今度は矢野に向かって来た。
「くっ!」
矢野は『シールド』でアルティメットおたまを活性化し、ムチのように振り回される鼻を受け止める。
「見ろ、自慢の攻撃だろうがこのおたまの輝きを曇らせることは出来ない!」
おたまに陽の光が反射してピカリンと光った。
上空にいつの間にかフローライトがいて、戦闘に加わっていた。華子も皆のダメージ具合を見ている。
フローライトは魔戒の黒鎖の先端に付いた刃で、象頭部を狙って切りつける。鼻が武器を掴み取ろうとするが、フローライトは上手く武器を引いてそれをかわした。
「そんな簡単に武器を取らせると思うのか?」
砂原は隙を逃さず、アウルで作り出した蛇の幻影を放った。
「タフそうだけど、じわじわ毒されていくと……どうかなー?」
『蠱毒』の蛇は三不象の前足に噛み付き、『毒』を与える。
毒のためか、一瞬三不象の足がふらつき体勢を崩した。
「ライチ、『ハイブラスト』だよ!」
黒羽がすかさず指示を出す。
『ハイブラスト』が象の横っ面に直撃し、三不象はいきり立った。
不意に地を蹴って黒羽に牙を突き刺そうとする。
牙と黒羽の間に砂原が割り込んだ。
『防壁陣』で双魚の盾を出現させ牙を受け止める。
「男護るのは出血大サービスだからね……っ!」
「ありがと砂原さんっ」
「もう一発いっとくか」
矢野がさっき当てた所を狙い、もう一度『アシッドショット』を撃つ。
胴体の傷がさらに開き肉が溶け、『腐敗』していく。
がくりと前足を折る三不象に、ミハイルは銃口を向けた。
「そろそろお別れだ」
ミハイルの体が赤黒いアウルに包まれ、『ダークショット〈DS〉』がミハイルの愛銃PDW SQ17から放たれる。
血に飢えた猛禽は三不象の頭に食らいつき、脳髄をえぐり出して消えた。
そして三不象の生命の火も消えたのだった。
●贖罪への光はあるか
華子とフローライトが皆の怪我を癒してから事務所に行くと、外で塔利が皆を出迎えた。
「天魔退治すまねぇ。助かった」
「それは構わないが、ちょっと中で話さないか」
ミハイルが提案する。
全員同意見のようだったので、塔利はため息をひとつついて事務所へと入った。
中では麗奈と叶美が静かに椅子に座っている。
「今日もおつかれー!」
「皆お疲れサマ」
黒羽が明るく室内へ入って行き、にこやかに麗奈が応えた。
「皆さんありがとうございました。それじゃあたしはこれで」
叶美は事務的にそれだけ言うと、さっさと出ていこうとする。
「ちょちょちょ、待ってよ。ちょっと座って話そうよ。ね?」
砂原が人の良さげな笑顔で叶美を引き止めた。困惑する彼女を椅子に座らせ、自分も隣に座る。
皆も叶美を囲むように着席し、塔利は叶美の対面の壁にもたれ、腕を組んで立った。
「あたしには話すことなんて……」
相変わらず叶美は塔利を無視し続けている。
「まあまあ、飲み物でも買ってくるか? お嬢ちゃんもどうだい?」
矢野が気さくな感じで申し出ると、黒羽が
「飲み物なら俺が持ってるよ! はい、皆どうぞー」
と皆に飲み物を配り、最後塔利にカフェオレを渡した時、ズバリ聞いた。
「……で、何で塔利さんは助けた人にそんな嫌われてるの?」
過去の事情を知らなかったとしても、二人の様子を見れば大概の人間なら察するだろう。
塔利は諦めたように、今までの経緯や墓場でのことを説明した。
「………」
聞き終えた皆は複雑な面持ちだ。
「だが、悪態だろうが何だろうが、親御さんの前で散々付くのだけはやめておいた方がいい。死者の前でそれをするのは、冒涜だろう。君を産んで育てた母親への。君が愛した母親への、冒涜だと、俺は、思う」
矢野は叶美に届くように、しっかりと噛み締めるように言葉を紡ぐ。
不満そうではあったが、叶美は反論しなかった。ある程度の罪悪感はあるのだろう。
うーんと考えていた黒羽が叶美に言った。
「今回助けたことは昔とは別のことでしょ? なのに叶美さんはお礼も言わないの?」
「別に頼んでないし」
「それで死んでも良かったと?」
落ち着いた声で入ってきたのはフローライトだ。顔は無表情だったが、叶美に厳しい視線を向けている。
「そうよ」
「死ねば母に会えるとでも思ったか? 助けを拒み死んだところで、一体どの面を下げて会いに行くというのか。母が、お前のためにと残した命だぞ? それを自ら捨てて、何も恥じることなく会いに行くだと?」
「それは……」
叶美は自信をなくしたようにフローライトから目をそらす。
「お前は幸せにならねばならない。生きろ、人間。それが、お前が母にできる唯一の親孝行だ。生きて、今度の墓参りには幸せな出来事でも語ってやれ」
「そんなこと、できるわけないっ……! だって、あたしはまだあの人を許せてないもの!」
泣き出しそうに顔を歪めている叶美は痛々しい。
華子もその痛みを感じながら、叶美の肩に手を置いた。
「そうですよね、どんなに時が経っても許せるものじゃないですよね。亡くなったお母様、もっと貴女と一緒にいたかった、もっとたくさんのことを教えたかったと思います……そして幸せに生きて欲しいって。だから命を粗末にしてはいけません。怒りや憎しみに任せた刹那的な生き方、お母様は喜ばないと思います!」
「あたしにどうしろって言うのよ……!!」
叶美は両手で顔を覆い、机に伏してしまう。
ミハイルが席を立って、塔利の傍に来た。
「彼女をあんなふうにしたのは塔利だぞ」
「そんなことは言われなくても解ってる」
「母親を助けられなかった話じゃない、サンドバッグになり続けたことだ。塔利がすべきことは憎まれ役ではなく、憎しみに代わる何かを示すことだ」
無理だと言いたげに塔利の眉がひそめられる。
「叶美は俺の言うことなんて素直に聞いちゃくれない」
「それでもだ。何が代わりになるかは俺にも分からんが、塔利が叶美の周囲を観察したら見えてくるんじゃないか?」
「俺が? 叶美の周りを?」
塔利はその考えに衝撃を受けたようだった。
この十年、塔利はなるべく叶美と関わらないようにしてきたのだ。
「そうねぇ。罪は背負うべきだけど、あなたが受けるべき罰は人を苦しめるものであってはダメなんじゃない?」
麗奈は微笑みつつも、塔利に指摘する。
「あなたもよ叶美ちゃん。今の状態はなんだかあなたが罰を受けてるみたい。まずはあなたが楽しいことを探しましょうか。人生をかけて……ね」
叶美がゆっくり顔を上げた。
「でも塔利さんは撃退士として間違った行動はしていない。叶美さんのお母さんを最優先にしていたら、他の人は助からなかったかもしれないし。叶美さんだって解ってるでしょ? もう子供じゃないんだから」
黒羽のあまりにもな正論。叶美の瞳に怒りの火種が灯る。
「今それ言っちゃうのはマズイよ、ベルナールちゃん」
砂原が小声でたしなめると、黒羽は顔を隠すように下を向いてしまった。
(あーダメだなー、同じような状況聞くとつい感情の蓋が開いちゃう。……全然割り切れてないや)
それでも黒羽は自分の中で切り替え、再び叶美を見た時はいつもの笑顔になっていた。
「解ってても感情がついてこないよね。だったらさ、気の済むまでやればいいよ!」
責められると思っていた叶美は驚いた。
砂原も黒羽に賛同して言い出す。
「うん、僕も許せないのが当然でしょとも思うわ。憎しみでも生きる糧になれば……塔利ちゃんもそう思ってるんでしょ? でも憎しみだけじゃもったいないよね。せっかく美人なんだから。そういう訳でデートしよ?」
片目をつぶって微笑みかけると、叶美の目はまん丸に見開かれた。
「あ、塔利ちゃんも連絡先教えてさ、年イチとか溜め込まないで、好きな時にぶつけていけばいいじゃん。お互いを知れば、もっと良い償い方が見つかるかもよ?」
「それはいいな」
ミハイルが塔利の反応をうかがう。すると塔利は何かを決心した表情になっていた。
塔利が叶美の前に歩み寄り、真っすぐに彼女を見つめる。叶美も初めてちゃんと塔利の目を見返してきた。
「これが俺の連絡先だ」
叶美に自分の名刺を差し出す。
「いつでも何でもいい、俺に何か言いたくなったら連絡しろ。どこにいても必ず駆けつける。今度は絶対に後回しにしない」
叶美は何も言わず、だけど名刺を受け取ったのだった。
「言葉で言わないと、伝わらないことってあるんです……」
華子がポツリと言う。
「そうだな……本当にそうだ」
今なら塔利も心からそう思える。
叶美がすぐに変わることは難しいだろうが、撃退士達は叶美の未来に、塔利の贖罪に光を示した。
次に二人がここに来る時は楽しい話ができるようにと願い。
撃退士達は遠ざかる叶美の後ろ姿を見送っていた――。