●節分の日の事件
「はい、幼稚園周辺の封鎖と救急車をお願いします。ええ、討伐が完了するまでは、封鎖の外で待機するようにしてください」
通報のあった幼稚園に向かいながら、地元警察に要請を終えた真里谷 沙羅(
jc1995)が仲間達に振り返った。
「皆さんの連絡先を教えてください」
普段はふわふわした雰囲気の真里谷だが、こういう時はきびきびと仕事をこなすしっかりした面が表に出る。
お互いの連絡先交換が済むと、
「建物とか中の人達に被害が及ばないようにしないとね。2mの青い肌の鬼なら見つけやすいかな?」
外見も人形のよう、その表情も感情の伴わない人形のようなRobin redbreast(
jb2203)が言う。
「そうですね……子供達と保育士さん達を何としても無事に救出しなくてはいけませんね。保育士の一人は怪我を負っているようですし、まずは天魔を引き離さなくては……」
ユウ(
jb5639)が思慮深く答えた。
「引き離しと時間稼ぎは任せとけ」
頼もしげに自分の胸を親指で指す鐘田将太郎(
ja0114)は、すれ違う通行人に目を止め声をかける。
「っと、この辺は今天魔出現で封鎖中だ。外に出ないでくれ! もしくはあっちへ避難しろ」
「ええっ! わ、分かった」
驚いた一般人のおじさんは、慌てて鐘田の示した方へ走って行った。
そして撃退士達も現場の幼稚園へと到着した。
門を入って右に園舎が、左に運動場があった。ざっと見える所に鬼はいない。
辺りには豆が散らばっていて、少し離れた先にある園舎の窓が割れているのが分かる。武器を振り回した結果か、地面にも土がえぐれた場所がいくつかあった。
鬼は相当暴れていたらしい。
「沙羅さん、ジェンティアンさん、救助の方はよろしくお願いします」
ユウは二人に告げて、『闇の翼』で飛翔した。
「イベントを悲しい思い出にするわけにはいかんな。さっさと退場してもらうか」
真っ赤な肌に二本の角、口からのぞく牙、筋骨隆々の肉体を持つ覇巌(
jb5417)は、青鬼よりも大きい『赤鬼』そのものだった。依頼が青鬼退治とは、運命の悪戯か。
覇巌はのっしのっしと園舎の周りを探し始める。
「仕事が増えるのはいいが、こういう鬼は歓迎できねーな」
痩せぎすで左目を布で隠している黒夜(
jb0668)も阻霊符を発動させ、青鬼探しに向かう。鐘田とRobinも別方向へ探索を開始した。
「楽しい行事を台無しにしちゃうとか野暮だねぇ。節分の鬼は退治されるのがお約束でしょ。さあ鬼退治を始めようか」
金髪ロン毛のイケメン、一見するとチャラそうな砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)が、できるだけ早く園児達を発見するために園舎に入る。
「楽しかったイベントが怖いものになるなんて許せません。絶対に助け出しましょう」
真里谷も砂原と範囲が被らないよう移動して、二人は『生命探知』を使った。
砂原は大体2、3人が固まっている反応の他、建物の外に一つ反応があるのを察知。
「子供は外でうろついてはないだろうし……鬼見っけ?」
早速仲間に知らせる。
●鬼退治
青鬼は園舎の壁を透過しようとして派手にぶつかっていた。ついさっき黒夜が阻霊符を発動したためだ。
何度か透過しようと試み、透過できないと理解した鬼はとうとう恵方巻きを振り上げる。
そこへユウが急降下し、右側面から速攻『烈風突』を仕掛けた。
鬼は恵方巻きを振り下ろす前に反対方向へ吹き飛ばされる。
「間に合ったようですね」
「子供達の楽しみをぶち壊しにすんじゃねぇ、このバッタモン鬼が!」
砂原の知らせを受けた鐘田もやって来て、『雷打蹴』を放った。
怒りを込めたジャンピングキックはまともに鬼に決まり、『注目』させる。鐘田は『外殻強化』して防御を高めた。
青鬼はここでようやく敵が現れたのだと悟った。
鐘田に恵方巻きを勢い良く突き出してくる。『突貫』だ。当たると通常の攻撃よりもダメージを食らってしまう。
鐘田は半身でかわし、運動場の方へ逃げるふりをして移動する。攻撃を当てられなかった鬼は躍起になって鐘田を追いかけ、まんまと誘導された。
「鐘田離れろ」
待ち構えていたように現れた黒夜の声に、鐘田は素早く鬼と距離を取る。
「鬼さんこちらってな。『闇糸ノ枷』……」
黒夜の足元から漆黒の糸が湧き出て、青鬼の体を縛り付ける。それに呼応するように黒夜の喉元から全身にも黒い糸が絡まっていく。
しかし『束縛』に失敗し、青鬼は鐘田に恵方巻きを振り回して突進する。
「恵方巻きを武器にしてんじゃねぇよ、この罰当たり! 食い物を粗末にすんな!」
鐘田は刃に己の名前の書かれたフルカスサイスで弾き、受け流した。『三国一(?)の米好き』を自負する鐘田としては、米を使った食べ物をこんなふうに扱うのは許せないのだ。鬼としても間違っている。
(……俺、最近妙な天魔ばっか相手にしてる気がする)
ふと、つい最近戦ったヘンテコサーバントを思い出してしまった。
「見えなければ武器も振り回せないよね」
Robinが『ナイトアンセム』の暗闇で青鬼を包み込んだ。が、『認識障害』にさせられない。
「大人しく退治されろ!」
『闘気解放』した覇巌が青鬼のすぐ傍まで接近、大きく踏み込んで『石火』を放つ。ナックルダスターが青鬼の脇腹にヒット!
だが青鬼は怯まず、覇巌は首に腕を回され捕らえられてしまった。
「何っ!?」
口の中に強引に豆を押し込まれる。
「ぐわっ、止めろっ! ゴホッ!」
吐き出そうとしても首をがっちり固められていて上手くいかない。青鬼は容赦なく豆を入れてきて、覇巌は激しくむせる。
ユウが撃ったエクレールCC9の弾丸が青鬼の腕に当たった。ユウはさらに連射し牽制する。
鬼は覇巌を放し、ユウの射程から離れるように後退した。
「大丈夫ですか?」
「すまん、平気だ」
覇巌は咳き込み豆を吐き捨てながらユウに礼を述べた。
「私は撃退士です。皆さんを助けに来ました、もう大丈夫ですよ」
真里谷が『生命探知』で得た結果を元に、近くの反応から子供達を見つけて職員室へ連れて行く。小学校の元教員であるためか、子供の扱いは上手い。
と、園舎の奥の方で何かが壁にぶつかる音が聞こえた。
青鬼が透過しようとしてぶつかっているのだ。
「キャアアア!!」
「怖いよー!」
その近くに隠れていた子供達が悲鳴を上げ、パニクって出てきてしまう。
「大丈夫、お兄さんやお姉さんが絶対に鬼を中に入れたりしませんから」
真里谷は急いで子供達を壁から離し、さり気なく『マインドケア』のアウルを漂わせ両手に抱きしめ落ち着かせる。
壁の音が止み仲間達の声や物音が遠ざかると、
「よく頑張りましたね。偉かったですよ」
子供達の頭を優しく撫でてやるのだった。
職員室では砂原が普和と只野の具合を診ていた。
只野は体の左側に打撲傷を負っておりまだ意識不明中、普和も背中の怪我がひどい。本人に見えていないことは良かったかもしれない。
「流石に意識回復は厳しいかもだけど……外傷だけでも少しは違うかな」
集められた子供達が砂原の方を心配そうに見ている。
「先生大丈夫?」
「死んじゃうの……?」
「死んだりしないよ、今治療するからね」
少女に軽くウィンクしてみせ、砂原は『癒しの風』を使った。
砂原の体からアウルが立ち上り、光る風となって保育士達の負傷部分を包む。するとみるみるうちに二人の傷が塞がっていった。
「……痛みが消えた。あ、ありがとうございます!」
「先生ー!」
普和は砂原に頭を下げ、安心した女の子が普和に抱きつく。
「傷跡は残ってないから安心してねー。救急車の手配もしてあるけど、今仲間達が鬼退治してるから、もう少しここで只野先生と子供達をお願いできるかな?」
「はい、分かりました」
怪我が治り撃退士も来てくれたことで、普和は気丈さを取り戻したようだった。
「これで11人ですね」
真里谷がさらに二人の園児を連れて来て数を確認した。
「拓巳くんと翔くんがまだです」
普和がすぐにいない二人に気付いて言う。
「分かりました、皆さんはここで動かずに静かに待っていてください。お約束を守れたら後で豆まきの続きをしましょうね」
「ホント?」
「約束だよ、お姉ちゃん!」
「ええ、約束です」
子供達が少し笑顔を取り戻したのを見て真里谷はうなずき、職員室を出て拓巳と翔を探しに行く。
「じゃ、僕は鬼退治に参加しちゃおっかな」
後は普和と真里谷だけでも大丈夫そうだと判断した砂原は、窓から飛び出し運動場へと急行した。
「あの赤鬼、青鬼と戦ってるぞ」
「わかった! 赤鬼はいい鬼なんだ!」
運動場に面した教室の窓から、拓巳と翔が戦闘の様子を見ていた。
「赤鬼がんばれー!!」
「悪い青鬼をやっつけろ!!」
思いがけない声援を聞いて覇巌は驚いたが、
「任せておけ!」
と力強く笑い親指を立てる。
青鬼が鋭く突き込んで来た恵方巻きを覇巌は両腕で抱え込んだ。多少脇を斬られたが気にせず、そのまま引っ張って間合いを詰め、『石火』をお見舞いしてやった。
「どっせーい!!」
重い一撃が鬼のみぞおちに入る。
さらに鬼の背後に迫っていたRobinが『八卦石縛風』を放った。
「石化、してみる?」
青鬼は砂塵と澱んだオーラで包まれダメージを受け、見る間にその体は石と化した。
「おーすげーッ!!」
撃退士の活躍に思わず前のめりになる子供達。
「それ以上絶対に出てくるな! 先生が泣くから」
黒夜が子供達に注意しながら、鬼の周囲に花火のように色鮮やかな炎を撒き散らした。
『ファイアワークス』の爆発に鬼が巻き込まれる。
『石化』から解けた青鬼は子供達に向け豆を投げつけた。
その射線上にユウが入り、全ての豆を受ける。
「子供達に危害は加えさせません」
顔の前に交差した腕にダメージを受けたが軽傷だ。
「食べ物で遊んじゃダメって教わらなかったー?」
走ってきた砂原も園児のいる窓を背に、鬼が射程に入るなり『ヴァルキリージャベリン』を投げる。子供達への攻撃をさせないためなので、かわされても構わない。
「男の子は大サービスだよ?」
拓巳と翔に歯が光りそうな爽やかさで笑った。
「二人共、ここは危ないから、先生と皆さんの所へ行きましょう」
二人を見つけた真里谷は職員室へと連れて行き、戦闘が終わるまで子供達を元気づけていた。
青鬼が恵方巻きをものすごい勢いで大きくぶん回す。
「てめぇはぶっ飛ばす!」
鐘田は『烈風突』で迎え打つ。
大鎌と恵方巻きが激しくぶつかり、衝撃を食らい押し負けた鬼が飛び退いた。
すかさず腰の小袋に手を入れ豆を投げる。
「って、豆、いてぇよ!」
予想外の痛さに呻く鐘田。撃退士の自分でさえこんなに痛いのだから、一般人である保育士はもっと痛い思いをしたに違いない。
(痛いだなんて言ってらんねぇ)
鐘田はぐっと気合を入れ直し体勢を整えようとした時、鬼に捕らえてしまった。
「ぁがっ!」
口を無理やりこじ開けられ恵方巻きを押し込まれそうになる。
「今助ける!」
覇巌が恵方巻きに取り付き、力任せにもぎ取ろうとする。鬼の力が緩むと、思い切り胸元を蹴りつけ鐘田を放させた。
だいぶ鬼も弱ってきたと見たRobinの手から、『スタンエッジ』が繰り出される。鬼は避ける間もなく『スタン』になった。
間髪入れずに黒夜が仕掛ける。
「悪い鬼はお呼びじゃねーんだ。山に帰るかウチらに倒されろ」
当然山に帰す選択肢はない。
閃火霊符から飛んで行った三日月型の黒炎の刃は、鬼の頭を切り裂いた。
鬼はぐらりとよろめき片膝を付く。まだ朦朧としているようだ。
「あなたは報いを受けるべきです」
『変化〜魔ニ還ル刻〜』を使用し悪魔の姿になったユウが青鬼の真正面に立つ。鐘田もその隣に移動した。
「怪我した保育士の痛み、てめぇにも味あわせてやる!」
二人同時に『烈風突』を使い、鐘田は鎌を豪快にフルスイングし、ユウは至近距離からの強烈な一撃を撃ち放つ。
青鬼は列車に撥ねられたかのように吹っ飛び、地面に叩きつけられ――もう起き上がることはなかった。
●豆まき再開
青鬼が退治されると、只野はもちろん、普和も念のため検査をした方がいいということで救急車に乗り込んだ。
「結果が分かったらすぐに連絡するね」
Robinがそれに付き添い、彼らは病院へ搬送された。
「それじゃあ、皆さんがお約束を守ってくれたので、豆まきしましょう」
真里谷が提案すると、子供達はわあっと歓声を上げる。
「鬼役は俺がやろう」
「じゃあ俺も」
覇巌と鐘田が喜んで買って出た。
「今度は赤鬼だ!」
「お姉ちゃん、まだ鬼がいるよ」
鬼のコスプレをしなくても完全に鬼に見える覇巌を初めて見た女の子達が、怯えて真里谷の後ろに隠れてしまう。
「悪い鬼はもういない。この鬼は皆を助けてくれたいい鬼だ」
黒夜が怖くないことをアピールするために、覇巌をぞんざいにバシバシ叩く。
「そうだよ、おれたち見てたんだ! この赤鬼チョーつえーんだぜ!」
「いい赤鬼だよ!」
拓巳と翔は覇巌の側に来てフォローをしたつもりだったが。
「お前達、今後は天魔に近づいたり手出ししたら駄目だぞ。天魔は危険なんだ」
覇巌が厳しい顔つきで小さな二人を見下ろしていた。
子供達は怒られるのかと思い体を硬直させる。しかし覇巌の顔はすぐに穏やかな微笑みに変わった。
「だが、先生のために立ち向かったその勇気は褒めてやろう。よくやったな」
大きな手で拓巳と翔の頭を撫でて彼らの勇気を称える。
拓巳と翔も誇らしげだ。
その様子を見て他の園児達も安心したのか、真里谷の後ろから出て来て物珍しそうに覇巌を見物し始めた。
「よし、改めて豆まきして、怖い記憶は楽しい想い出で塗り替えよ。僕らも手伝うからさ」
「わーい!」
砂原が言うと、子供達は元気よく応じた。
「鬼は外ー!」
「福は内ー!」
子供達の遠慮のない豆攻撃が覇巌と鐘田を襲う。
「おー、どんどん来い!」
「こっちだこっちだ!」
園舎中を走り回り、豆まきというより鬼ごっこみたいなカンジになっている。
「『福は内』の時は室内に投げるんですよ」
「先生が早く元気になれるようにって願いながら撒くといい」
「うん!」
ユウと黒夜も参加して、皆楽しそうだ。
「はーい、福の神がやってきましたよー」
エラトーのリボンを頭に着けた砂原が大仰な身振りで室内に入る。
「どこが?」
と問う黒夜は素っ気ない。
「えーっ、ひどいなあ」
と砂原の後ろから真里谷が現れた。
「皆さん、普和先生はもうすぐ戻って来られます。只野先生も命に別状はなく、しばらくは入院ということになりますが、順調に回復するとのことです」
Robinの報告を皆に伝えると、園児達は大はしゃぎだ。
これで今日のことは園児達にとって最悪の思い出にならずにすんだだろう。
「ホラ、福が来たでしょ?」
砂原はユウや黒夜に得意気なウィンクを送るのだった。