●子供天使とおかしな天魔
子供の天使とビジュアルの変な天魔というのを聞いて、現場に急ぐ鐘田将太郎(
ja0114)の脳裏に思い当たる節が浮かんだ。『キテレツな外見の天魔』とは何度か戦ったことがある。
「ヘンテコサーバント作った母天使の息子じゃねぇだろうなあ?」
その鐘田の予想はすぐ的中していると知れた。
商店街に到着すると、獅子舞の頭と緑の獣の体に渦巻き模様、その全体が溶けているという奇妙すぎる姿のサーバントが道を練り歩いていた。
「……」
葛城 巴(
jc1251)はししまいのあまりの残念さに言葉も出ない。
「あの独特で異形のような容体……以前の馬鹿(うましか)や他のタイプもその子供が生み出したということでしょうか……。被害者が出ていますし、これ以上被害が広がらないようにするためにも、早急にししまいを排除して話を聞く必要がありそうですね」
いつも優しい笑顔を絶やさないユウ(
jb5639)が、その顔を曇らせて決然と言った。
「たとえガキの悪ふざけだろうと、人間界で勝手な真似をする奴は重い罰を受けてもらう」
元軍人であるエカテリーナ・コドロワ(
jc0366)は早速スナイパーライフルSB‐5を装備し、スナイプポイントを探し始める。
「私も街の人達のために全力で戦う!」
全身から『天真爛漫』な雰囲気が溢れているラクナゥ ソウ ティーカナティ(
jc1796)もその気持ちは本心だが、少し子供天使のことが気になっていた。
「子を持つ親としては、やっぱり敵とはいえ、子供相手というのはやりづらいね」
狩野 峰雪(
ja0345)が正直なところを口にした。
細身で長身、柔和な物腰の中年男性の狩野は子育ての経験があるゆえに、若干親目線になってしまうのは否定できない。
「――とはいえ」
人の良さそうな笑みを少し隠すように、片手を添えた。
「人を傷つけたら相応の反撃を受ける。因果応報、目には目をという言葉もあるし、親がしっかりしてないなら、現実をお勉強させてあげないとね」
「ふふふ……まさか、以前に手に入れたこの獅子舞を使うことになるとは思わなかったのです」
Rehni Nam(
ja5283)が押し殺した笑いをしながら、魔装の獅子舞を着けて皆に振り返った。
「そんなに強い獅子舞が見たければ、私が相手になってあげるのです! どうせなので獅子舞対決と行こうじゃないですか!」
Rehniは勢い良く通りへと飛び出した。
皆もそれぞれの持ち場へと散る。
ユウは阻霊符を発動し、Rehniを中心としてエカテリーナと共にししまいを囲むように移動する。
「俺は息子に用があるんでそっちは任せた!」
鐘田は子供天使を探しに向かう。狩野とラクナゥもそれに続いた。
葛城は身を潜めながら母天使を探す。
「あっ、にせもののししまいが来た!」
獅子舞をかぶったRehniを見た子供天使ランジェロが、隠れている店の窓に張り付いて自分のししまいを向かわせる。
「いけー、にせものをやっつけろ!」
「ランジェロ、外に出ちゃダメよ! でもいいわぁ〜!」
母天使は店の外で物陰からビデオカメラ的なものを構え、息子とサーバントを交互に撮っていた。
「そう簡単にはいきませんよ」
ユウが『変化〜魔ニ還ル刻〜』を使うと、その体が変化した。
頭に悪魔を示す角が生え、ドレスのような漆黒の衣を纏う。
幾多の能力が上がり、エクレールCC9から『ダークショット』を撃った。
黒い霧を纏った弾丸は、いきなりししまいの左肩に風穴を空け大ダメージを与える。
「あああっ、ぼくのししまいがぁ!」
ランジェロが店の外に出てしまった。
「ランジェロダメ!」
母の注意もランジェロの耳に入っていないようだ。
「ふん、出来損ないだな」
エカテリーナは向かいの店の屋根から、ししまいの頭部を狙いライフルで射撃。
「ししまい、逃げて!」
ランジェロの指示が飛び、ししまいはかろうじて攻撃を回避する。
そこに、パルテノンを掲げたRehniが迫っていた。
「こちらが本物の獅子舞です!」
Rehniは己のアウルを解放した。
周囲数メートルが『アートは爆発だ』の爆発に巻き込まれる。しかし、回避に専念させていたししまいは爆発を逃れていた。
「よぉし、はんげきだ!」
「ランジェロ!」
さらに前に出て行く息子を母天使が止めようとしたが、遅かった。
「見つけたぞ」
鐘田はランジェロの襟首を掴んで持ち上げたのだった。
●天使親子とししまいの攻防
「ランジェロ!」
鐘田から息子を取り戻そうとする母天使に、葛城が背後から黒鉄鋼糸を投げる。
ワイヤーは母天使の体に巻き付き、自由を奪った。
「きゃああ!」
「おかあしゃん! ししまい助けて!」
ランジェロはししまいにみかんを吐かせた。
みかんは母天使を拘束している葛城に飛んで行く。
「!」
ラクナゥが咄嗟に間に入り、自分の体を盾にしてみかんをガード。
「よそ見はいけません」
ユウが発砲すると、単純な思考回路のししまいはあっさりユウ達の方へ意識を向けた。
「ありがとうございます」
「これくらい全然です!」
葛城はみかん汁にちょっと顔をしかめるラクナゥに礼を言って、手際良く母天使の両手首を後ろで縛る。
「手芸クラブ部長ですから、糸の扱いは得意なんです」
「何よ、やめてよ!」
「わあぁん、おかあしゃん、ころされちゃうよぉ!」
母も息子もジタバタし葛城が押さえつけるのに苦労していると、母天使の服からビデオカメラらしきものが転がり落ちた。
「これはビデオカメラ、ですか?」
「私のよ、返して!」
「へえ、そうですか」
葛城は転がっているカメラのレンズ部分を、アサルトライフルIR00で撃ち抜く。
「ああーっ、何てことするのよ!」
「メカ類の操作は苦手で、時々壊すんです」
操作以前の問題だが、葛城はしれっと真顔で言ってのけた。
「きぃーーっ、信じらんない、これだから撃退士って嫌いよ!」
「落ち着けよ。また会ったな、親バカ天使」
鐘田が怒りに怒っている母天使に振り返る。鐘田を認識した母天使は、余計噛み付かんばかりに食ってかかった。
「またアンタなの!? 私の息子に何かしたら許さないから!!」
「何もしねぇよ! 息子と話をしたいだけだ」
その言葉にランジェロは好奇心をそそられたのか、暴れるのを止め泣きべそ顔で鐘田を見上げた。
「……いじめない?」
「いじめねぇよ。俺は鐘田ってんだ。お前は?」
鐘田は息子を地面に下ろして立たせる。
「ランジェロ」
「ランジェロか。芸術家みたいなカッコイイ名前だな。だから絵や粘土細工が上手なのか」
褒められてランジェロは顔を輝かせ、一応二人の話を聞いている母もドヤ顔になる。
「うん、おかあしゃんもいつも褒めてくれるんだ!」
「俺、お前が作ったモンと全部戦ったぜ。馬鹿が一番手ごわかったな」
「ホント!? やったあ、ぼくが考えたサーバントは強いんだね! でもぼくが作ったのはあのししまいが初めてなんだよ」
「なに!? あのししまい、お前が初めて作ったサーバントなのか!?」
(どうりでツッコミどころが増してるワケだ……)
鐘田は脱力した。
今までランジェロが考えたというヘンテコサーバントに苦戦していたかと思うと、自分が情けなくなってくる。その度見ていた悪夢を思い出し、若干遠い目をした。
「そうか。じゃあ、お前に本当の獅子舞を見せてやる。仲間がししまい倒すところをよく見とけ」
「むっ。ぼくのししまいだって負けないもん!」
そして二人はししまいの戦いに目を向けた。
「何と言うか、どうにもこうにも『お子ちゃま』と『バカ親』な天使っぽいのですねぇ。ちょっと頭が痛いのです」
Rehniはチラリと鐘田達のやり取りを見ながら、呆れたようにため息をついた。
気を取り直し、盾を前に構えつつししまいに接近する。
ししまいは左前足が使えなくてもまだ好戦的で、噛み付くと見せかけて右の爪で攻撃をしてきたが、Rehniは盾で防いでいたのでたいしたダメージにはならない。
すかさず盾から発生している光の短槍を突き出した。ししまいの右前足に刺さる。
ししまいは一瞬怯み後ずさり、口を開けた。
みかんが発射される前に、弾丸がみかんを破壊する。
エカテリーナの『弾突』だ。
「くだらんな、こんなオモチャで我々を倒せるとでも? 所詮子供の創作物など……!」
ししまいがエカテリーナへと走って飛びかかるも、エカテリーナはひらりと隣の建物に飛び移り攻撃をかわす。
ユウが銃にアウルを集中し再び『ダークショット』を放とうとした時。
「ダメー!」
「え?」
ランジェロの叫び声に思わずスキルを中断してしまうユウ。
ししまいへと駆け出しかけたランジェロに、狩野が『ダークハンド』を使った。
影の中から伸びた腕が、ランジェロの手足を掴み『束縛』にする。
「邪魔はさせないよ。好き勝手やった報いとして受ける、思うように動けない恐怖とかね、君は学ぶべきだ。人を傷付けた代償は安くないってね」
「ランジェロ!」
「大丈夫です、怪我はしてませんから!」
息子を助けに行こうとする母天使を、葛城は必死でなだめなければならなかった。
「わああぁん!」
だがランジェロが混乱して暴れると、呼応するようにししまいも暴れ出した。
ラクナゥは鐘田や狩野を庇い、ししまいの噛み付きを受け足を負傷してしまう。
「私は平気ですから、ランジェロ君を!」
「分かった!」
鐘田はランジェロを羽交い絞めにして動きを押さえつけ、Rehniが盾ごとししまいにタックルして、彼らと引き離した。
ラクナゥは悟った。
(そうか、このランジェロって子、誰かから酷いことをされた時の他人の『痛み』を教わってないんだ……)
だから自分の感情のままに、簡単にサーバントを暴れさせられる。
(可哀想だな……)
ラクナゥは、この子供天使に『誰かに傷つけられることの悲しさ、怖さ、痛み』を伝えたいと思った。
「一気にケリをつけましょう!」
ユウは自分の中の悪魔の力を解放した。
『漆黒』の影響でエクレールが漆黒の剣に変化する。その剣をししまいの滑稽な体に振り下ろした。
一撃が横腹を切り裂き、もう一撃は後ろ足を切断するほど深く食い込む。それから剣は元の銃に戻った。
『漆黒』直後は動けないユウに、ししまいが最後の力か牙を剥く。
「目障りだ、消えろ!」
エカテリーナは『アウル炸裂閃光』を発射した。アウルの凝縮した弾が炸裂し、ししまいの後頭部を粉砕。
「せいぜい覚えておくがいい。人間を舐めると痛い目に遭うぞ」
もはやヨロヨロとさ迷う獣に成り果てたししまいに、Rehniが近づく。
「止めです」
光槍をその胸に深々と突き刺し、ししまいは倒れたのだった。
●本当の獅子舞
「ぼくのししまい、負けちゃった……」
しょんぼりとうなだれるランジェロ。
もう暴れないだろうと察した鐘田は、ランジェロを離す。
「ああ、可哀想なランジェロ……! もういいでしょ、あんたもこれ解きなさいよ!」
母天使に言われ、葛城もやれやれとワイヤーを解きにかかる。
「貴女はもっと、息子さんの言葉の意味を考えた方がいいと思います。彼が心から何を言おうとしているのか、どう感じてそう言ったのか……子供を理解しようとする気持ち、それが母親の愛情ではないでしょうか」
母天使の手首の縛めを解きながら、葛城は諭すように言った。
「何よそれ。私はちゃんと息子の気持ちを考えてるわ」
「でもその考えが浅いからこういうことになったんじゃないですか?」
ズバリと指摘されて母天使は言葉に詰まる。
「そうだねぇ、やりたい放題させて甘やかしてばかりでは、将来が大変なことになっちゃうよね。世の中は甘くないって、親が教えてあげないと、子供は学べないからね」
狩野も動かなくなったししまいとランジェロを見る。
これでランジェロも何でも自分の思い通りにはいかないと学んだのではないだろうか。
「私の言葉を受け入れるかどうかは、貴女次第です。……ご自由にどうぞ」
完全に母天使を自由にして、葛城はそう付け加えた。
母は複雑な表情で葛城を見たあと、息子に駆け寄って抱きしめる。
「ランジェロ、怖くなかった? 大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。でも……」
「じゃーん!」
ししまいをやっつけた獅子舞の中から、Rehniが姿を現した。
「うう〜」
「ああランジェロ泣かないで。お母さんもビデオに撮ってあげられなくてごめんね」
ランジェロはふるふると首を振る。負けたのが悔しいのか獅子舞の中に人がいるのが許せないのか、自分でもよく分からなくなっていた。
「レフニー、それ貸してくれ」
「はい、どうぞ」
鐘田はRehniから魔装の獅子舞を借りると、
「獅子舞には必ず中に人がいる!」
と高らかに宣言した。
「いいか、よく見ろランジェロ」
鐘田はランジェロの目の前で獅子舞の内側の仕組みを見せる。
「こうしねえと獅子舞は動かないんだ。中に人がいるってこと、解ったか!」
「本物のししまいはいないの……?」
泣きそうになりながらランジェロが尋ねる。
「獅子舞はかつて日本に存在した幻獣だけれど、すでに絶滅してしまっている。幻獣を祀っているものだから、獅子舞の中には人がいるんだよ」
狩野が何となくいい具合にフォローした。
「そっか……もうししまいはいないんだね」
「解りましたか?」
Rehniが獅子舞でランジェロの頭をかぷかぷ噛む。と、母天使が慌てて声を上げる。
「ちょ、何するのよ!?」
「これは魔除けなのです。これで一年を健康に過ごせますよ」
「そうなの? ししまいってすごいんだね!」
この無邪気な子にも痛みを知ってもらいたいと思ったラクナゥは、ランジェロの前にかがみ込み視線を合わせた。
「ねえ、ランジェロ君は、痛いことって嫌だし辛いよね?」
ラクナゥが聞くと、ランジェロはうなずいた。
「自分がもし傷つけられたら、怖いし、辛いよね。君のししまいが傷付けた人も、凄く怖かったし痛かったの」
ラクナゥはさっき自分が受けた足の傷を見せる。
ランジェロの顔が怯えたように引きつった。
「私は人間だけど、それは天使も人も変わらないよ。誰かを傷つけるのってね……凄く悲しいことなんだよ」
「お姉ちゃんも痛かったんだね……ごめんなさい……」
「ランジェロ……」
撃退士に謝る息子を、母天使は少し驚いた顔で見下ろした。
葛城に傷を治療してもらうラクナゥを見守ってから、ユウもそっと告げる。
「これからは、誰も傷つけない多くの人に愛されるサーバントを生み出してください」
――ん?
全員の時が止まった。
「……サーバントってそういうものでしたっけ?」
葛城のツッコミ。
だが。
「そっか、わかったよ! 人を傷つけなければいいんだね! また強いサーバント作るから、戦おうね!」
「そうね、また息子の相手をさせてあげるわ!」
勝手に解釈して天使の親子は去って行く。
「………」
後に残された撃退士達の時が動き出すのは、もう少し先だった――。