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マスター:久遠 由純
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/12/21


みんなの思い出



オープニング

●兄と妹
 その日、高山家の兄と妹は郊外に住む祖父母の家に預けられることになった。両親が仕事の都合で3日程家に帰れないからということで。
 二人の子供にとってそれは珍しいことではなかったし、祖父母の所に行くのは好きだったからむしろ喜んだ。
 兄の玲二は小学校5年生で、妹の麻希はまだ幼稚園児。
 夏休みや年末からお正月にかけてなどにも毎年来ているので、すでに玲二は近所の子供達とも仲が良い。

 午前中に両親に送られ祖父母の家に到着して、午後になると早速兄は妹を置いて遊びに行こうとしていた。
「おにいちゃん、どこいくの? あたしもいくー」
 妹の麻希と祖母が玄関まで見送りに来た。同じ年頃の女の子が近所にいないせいか、麻希は兄に付いて回りたがった。
「えー、お前はダメだよ、まだ小さいんだから。ついてくんなよ」
「あたしもおにいちゃんたちとあそびたいよ!」
「お前がいるとジャマなんだよ。だからおばあちゃんと遊んでろよ」
「遊ぶのはいいけど、森の奥には入らないようにね」
 祖母がいつものように注意する。
 この辺りの昔話だか都市伝説のようなものだかで、森の奥には井戸があって、そこには体中口だらけの化け物が住み着いているというのだ。地元の住民はそれを真剣に受け止めているらしく、近所の子供達も玲二同様、口を酸っぱくして親や祖父母に言われている。
「あそこの井戸は、昔々この辺りが飢饉だった時に口減らしとして、年寄りや生まれたばかりの子供を投げ捨てていたの。その捨てられた者達の怨念が、化け物を生み出したんだよ。近づいた人間は皆そいつに食われてしまう。だから絶対に近づいたら駄目だよ」
「もう何回も聞いてるから分かってるよー。皆も知ってるし、大丈夫だって。それじゃ行ってきまーす!」
 祖母の心配をよそに、玲二は元気よく玄関を出て行く。
「おにーちゃんまってよー!」
「暗くならないうちに帰ってくるんだよ!」
「はーい!」
 玄関越しに声がして、祖母は麻希を見下ろした。
「それじゃ、麻希ちゃんはおばあちゃんと遊ぼうか? 新しいお人形さん、見せて?」
「うん……」
 残念そうな麻希のご機嫌を直そうと、祖母は優しく接しながら促す。
「じゃあ、お人形もってくるね」
 麻希が二階に上がって行くと、祖母はリビングでドールハウスなどを出して麻希を待った。
 が、しばらく経っても麻希が来ない。
「……?」
 どうしたのかと祖母が立ち上がった時、玄関のドアが閉まる音がした。
「麻希ちゃん?」
 麻希は兄を追って行ってしまったのだった。

●森の中
「今度は壮太が鬼だな! ちゃんと100数えろよ!」
「いーち、にーい、さーん」
 結局玲二達は森で缶けりをして遊んでいた。
 壮太という近所の子が鬼になって、立てた空き缶に足を乗せて数え始める。玲二と他二人の子供達は森の中に散っていった。
 玲二は壮太の背後に回り木と茂みの陰に隠れる。不意に、壮太以外の声が聞こえた。
「おにいちゃーん、どこー?」
 か細いこの声は、妹の麻希だ。
「おにいちゃーん」
 麻希ががさごそと音を立てながら現れる。
「おまっ、何でここまで来たんだよ? 森に入るなって言われただろ?」
 大声を出さないよう気を付けながら、玲二は妹に問い質した。
「おにいちゃんだって森にはいってるよ。ねぇ、あたしもなかまに入れてよぉ」
「ダメだったら! ああもう、お前が一緒にいたら見つかっちまうじゃん!」
 玲二は壮太がこっちに気づいてないか確認して、さらに森の奥へと進む。麻希も離れる訳にはいかない、と一生懸命付いて行く。
「おにいちゃん、そんなに行かないほうがいいよ」
「だったらお前はくんなよ。お前がいるから見つかんねーよーにしてんだろ? 嫌なら早く帰れ!」
「なんでそんなこというの? おにいちゃんのイジワル。おにいちゃんなんかばけものに食われてしんじゃえ!」
「うるせーばか!」
 妹が立ち止まっても玲二はどんどん奥へと入って行く。

 そして、井戸を見つけた。

 昔話は知っていても、玲二は地元の人間ではないので場所までは知らなかった。ここまで来てしまったのは偶然に過ぎない。
「井戸だ。まさかこれが昔話の井戸?」
 井戸は古く苔むしていて、やはり古い木の蓋がしてある。周りの草木も井戸には近づきたがっていないかのように、そこだけは雑草もまばらにしか生えていなかった。
 玲二が恐る恐る近づく。初めて井戸というものを見たけれど、古いという以外は何の変哲もないようだった。
「ふーん。ま、まあ別に興味ないし」
 と玲二が少しビビって井戸に背を向けた時。

 がたり。

 何かが動いた音がした。

「え?」
 振り返ると井戸の蓋が少しずれている。
 ずず、と今度は大きく動いて、中から人の手らしきものが井戸の淵を掴んだ。
「うっ、うわああぁ!!」
 玲二は驚きのあまり思わず尻餅をついてしまう。
「おにいちゃん、どうしたの?」
 兄の声に姿を見せた麻希は、目を見開いて硬直した。
 今や完全に井戸の蓋が外れ、中にいるモノの全身が見える。
 ソレは全身タイツを着たような人の形をしていたが、顔だけでなく腕にも足にも胴体にも、体中に口が数多付いていたのだ。小さな口やしわがれた口、歯の欠けた口、口、口。それらはきっと口減らしの犠牲になった人達の口なのだろう。

 まさに昔話から出てきたかのような。
 百目ならぬ百口。

 百口は玲二の方に近づいて来る。
「わ、ああ、逃げろ、逃げろ麻希!」
 やっとこれは本物だと確信した玲二が、起き上がりながら叫ぶ。妹は踵を返して走り出した。
「うわああーーっ!!」
 兄の絶叫に振り向く麻希。その目に映ったのは、足を化け物に掴まれて井戸の方へ引きずられている兄の姿だった。
「おにいちゃん!」
「来るな、麻希、行け、逃げろーっ!!」
「うわああぁん、おにいちゃんー!」
 麻希は泣きながら、どこをどう走ったのか覚えていなかったが、気がついたら壮太達と一緒に森の外に出ていた。
 探していた祖母が麻希に駆け寄る。
「麻希ちゃん!! どうしたの? 怪我したの?」
「おにいちゃんが、つかまっちゃったぁーうあああぁん」
 麻希はずっと泣いていた。
「玲ちゃんが捕まった? 誰に? どうして?」
「あたしのせいなの、あたしがおにいちゃんなんかしんじゃえっていったから」
 すると、壮太達が言いにくそうに口を開いた。
「あの、おれたち森の中で遊んでたんです。玲二は森の奥に入ったみたいで」
「麻希ちゃんは玲二は口だらけの化け物に捕まったって言ってて……」
「まさか井戸に行ったの!?」
 蒼白になった祖母の剣幕に、壮太達は首をすくめる。
「わざとじゃないです、おれらも玲二がそんな奥まで行くとは思ってなくて」
「なんてこと、早く連絡しないと! あなた達も真っ直ぐ家に帰りなさい、いいね!?」
「は、はい」

 いくら郊外で生まれ育った祖母でも、昔話をそのまま信じている訳ではない。口減らしのことは本当かもしれないが、子供が事故に遭わないようにという化け物話に絡めた教訓のはずだ。
 だけどこんなことができるのは。
 昔話を本物にできるのは、天魔しかいない。

「ごめんなさいぃ、おにいちゃぁん」
「麻希ちゃんのせいじゃないよ、大丈夫」
 祖母は泣きじゃくっている麻希を抱き上げて大急ぎで家に帰ると、久遠ヶ原学園に通報した。


リプレイ本文

●日没までに
 通報のあった家に向かうまでの間、南條 侑(jb9620)は、携帯で『百口』の情報を調べていた。だが元々あまり有名ではないらしく、『餓死した人の怨念や恨みが元になって生まれた妖怪。体中に無数の口があり、森や暗い所に潜む。不用意に近づいてきた人間を捕まえて食べる』程度のことしか載っていない。
 南條の真面目そうな目元がさらに険しくなって、焦りが垣間見えた。
 囚われたという子供、玲二には無事でいて欲しい。
「普通のディアボロなら捕らえられた時点で殺されていてもおかしくない。でもその場面は見ていないんだろう? 『捕まえた』のなら『非常食』として考えているのかもしれない。それならまだ希望はある」
 とは容貌も話し方も男のような礼野 智美(ja3600)の意見。一理あると仲間達は思った。
「ふむ、百口とは私も出会ったことなき妖怪。伝え聞くところによりますると、嫌な音を出して人を不快にさせるとか。獲物はすぐに殺してしまわず、弱らせながら食べるそうです」
 楚々と着物で口元を隠した妖艶な美女、狐空(jc1974)が自分の知識が役立てばと話す。
 すぐに殺さないのなら、そこに玲二生存の可能性はありそうだ。
「とにかく急がないとやばそうだな」
 向坂 玲治(ja6214)は車のスピードを上げる。
「ご家族のためにも、兄貴を無事に助けてやらねえと!」
 後ろ髪を赤い髪紐で一つにまとめている獅堂 武(jb0906)が荒々しく手の平を拳で叩き、気を吐く。
「獅堂、くれぐれも無茶はするな。考えなしに行動するとロクなことにならん」
 フローライト・アルハザード(jc1519)が淡々と獅堂をたしなめる。獅堂と並ぶと子供のように見えるが、実は彼の何倍も長く生きている。戦いばかりだったせいか、その顔に感情が現れることはない。
 獅堂はそんなフローライトに頭が上がらない。
「分かってるよアルねぇ。でもやるときゃやらせてもらうぜ」
「この辺は、何だか……良い、トコロ」
 年齢とはそぐわない儚げなアルビノの少年姿のハル(jb9524)が、辺りの風景を眺めながら言った。
 辺境の村で生まれたからか、こういう自然の多い場所の方が心が安らぐのかもしれない。
「でも……玲二、を早く、助け……に行かない、と」
 他人に感情が伝わりにくく考えていることも分かりづらいが、ハルはハルなりに、玲二の身を案じていた。
「……生きていてくれ……」
 せめて命だけは。
 南條は祈るような気持ちでつぶやいた。


 玲二と麻希の祖父母宅に到着すると、皆は早速祖母に井戸のある場所を詳しく聞き出す。
 携帯のアプリでこの周辺の地図を見せて、
「ええと、ウチがここで森がここだから、ここからこう入って、こっちの方に行くとあるのよ。そんなに時間はかからないと思うけど……、私ももう何十年も行ってないから何とも言えないわね」
 祖母が記憶を掘り起こしながら示した。
「この家から森までは5、6分、森入口から北西の方か。飛んで行けば時間を短縮できる」
 フローライトが大まかな場所を確認し、すぐに家を出て井戸へ向かった。
 狐空も祖母から懐中電灯を借りてから、フローライトと一緒に飛んで行く。
「よし、俺達も急ごう!」
 礼野達も森へと走った。
 今はまだ陽あるが、夕方に近い。森の中はすでに薄暗かった。
「皆俺の周りに集まってくれ」
 獅堂が精神を集中、刀印を切り『韋駄天』の術を皆の足にかけた。少しでも早く井戸にたどり着くために。
 それから礼野や南條、獅堂は念の為に用意していたペンライトと懐中電灯を持ち、中へ入る。
 南條は『方位術』を使った。
「こっちだ!」
 皆は南條が差す方へ、全力で移動を始めた。

「この辺りのはずだ」
 フローライトは少し木がまばらになっている所に目を付け、そこに着地する。
 少しじめっとした地面の真ん中に、古びた井戸があった。土には玲二が引きずられたらしき跡が残っている。
「少年は井戸の中か……」
「私は後から来る皆様へ合図を送ります故、お気をつけなさいますよう」
 狐空は皆が来るであろう方角に向けて懐中電灯をくるくると回しながら合図を送った。
 辺りに何者かが潜んでいる様子はない。ということは、やはり百口は玲二と一緒に井戸の中のようだ。
 グズグズしてはいられない、とフローライトは井戸に近づいた。
 人の世の平穏のため、子は健やかでなければならない。それを天魔が害するならば、相応の報いを受けさせる。
 フローライトの手が井戸の蓋にかかろうかという瞬間、いきなり蓋が吹き飛ぶように開いて、中から百口が飛び出した。
「!!」

「行くな行くなと言われるほど、子供ってのは行きたがるもんだ。難しいところだ」
 向坂は小さく独りごちながらも、井戸を見逃さないよう周囲に目を配る。
 礼野は『縮地』も併用して、皆の一歩先を行っていた。前方に木々の向こうからチラチラと光が見える。
「灯りが見えるぞ! 井戸はあそこだ!」
 いち早く狐空の合図に気付いた礼野が皆に知らせ、阻霊符を発動させた。

●救出と戦闘と
 フローライトは反射的に飛び退き、狐空は懐中電灯を下に置き身構える。
「そんなに多くの口を開けて……だらしのない畜生じゃのぅ」
 狐空は『ゴーストバレット』を放った。
 見えない弾丸が百口の口の一つに当たる。
 百口はその周りの口から歯を飛ばして反撃。
「っ!」
 歯は思った以上に鋭く、防御する狐空の身を削る。
「お前の相手はこっちだ!」
 そこへ礼野が参戦して来て、豪快に高いジャンプからの宙返りキック『雷打蹴』を決める。百口は礼野に『注目』した。
 百口が礼野の腕に噛み付く。だが咄嗟に身を引いたため、歯が肩に少し刺さっただけで済んだ。
 礼野は続けて『烈風突』を打ち込む。
「これでも喰らいな!」
 激しい突撃で百口は数メートル弾き飛ばされ、井戸から引き離すことに成功した。
「子供は返してもらう!」
 向坂が百口との距離を詰めると、その影の中から腕が伸びる。『ダークハンド』は百口の体を掴み『束縛』にした。

 仲間が百口を足止めしている隙に、フローライトと南條が井戸を覗き込む。
 ペンライトで底を照らすと、子供がうずくまるようにしているのが見えた。枯れ井戸だったことは幸いだろう。
「大丈夫か、しっかりしろ!」
 南條が呼びかけても反応がない。
「私が行く」
 『陰陽の翼』で浮かびながら、フローライトが井戸の中へ降りていった。
 フローライトに抱きかかえられ井戸から出された玲二は、体の所々を食われ、出血のせいか気を失っている。
「良かった、まだ生きてる。早く手当しないと」
 南條が生死を確認しその場から離れようとする。それに気付いた百口が、全ての口から強烈な歯擦音を発した。
 不快な音が戦場を包む。
「うぅっ!」
「すごい、音……!」
 礼野やハルは耳を塞ぎ衝撃に耐える。
 歯ぎしり攻撃を甘く見ていたかもしれない。対策をちゃんと考えていなかった。
 音に気を取られてしまった礼野に百口が抱きつくように腕を回し、腕中に付いた口で礼野の体にかじり付く。
「ぐあぁっ!」
 音は止んだが礼野が危ない。
「なんと醜悪な音を出すのじゃ」
 狐空は顔をしかめながらフルカスサイスで百口の背後から斬り下ろした。
 百口が礼野を離すと、礼野は一旦距離を開ける。
 南條は『騒音』になりながらも、玲二を抱えたフローライトを守り避難させる。
『カアッ!!』
 獲物を取り返そうと百口はフローライト達の方へ向かう。
「行かせねえ!」
 獅堂は鉄数珠を縄のように使い、百口の足に絡めた。武器と接している口が数珠に噛み付く。
「無駄だ!」
 獅堂の指が素早く刀印を作り、空を切る。『闘刃武舞』を発動させた。
 どこからか現れた数本の剣が、見えない手に操られているかのごとく舞いながら百口を切り刻む。
 その間に、フローライトと南條は玲二を戦闘から離れた所へ運んで行った。

 南條は玲二を木にもたれかからせるようにして座らせた。そして『治癒膏』を使い傷を塞ぐ。発見がもう少し遅れていたら危なかった。
 出血はなくなったが、玲二の意識は朦朧としているようだ。
「取りあえず危機は脱しただろう。私は戦闘に戻る」
「そうだな。戦闘が終わったら救急車を呼ぼう」
 フローライトと南條は玲二をそこに残し、戦闘へ戻ることにした。

 あちこちの口を苦痛に歪め血を流しながらも、百口は獅堂に飛びかかってくる。
 顔の真ん中にある口がひときわ大きくなって、獅堂を頭からかじりつこうとガバっと開けた。
「うわッ!」
「そう易々とやらせるか」
 向坂の声がしたかと思うと、獅堂の体が一瞬光る。それは『庇護の翼』の発動を意味し、頭をかばうように上げた腕を噛まれた獅堂だが、そのダメージは向坂が受けたことになった。
「ちくちく、するよ」
 ハルがヘクセンナハトで炎の矢を射ち百口を牽制、獅堂から離れさせる。
「向坂先輩、すみません!」
「たいしたことねぇよ」
「動いちゃ……ダメ」
 ハルは続けて『審判の鎖』で攻撃する。聖なる鎖が百口に巻き付き、手足を縛り上げた。
 『麻痺』した百口はハルに向けてまだ無事な口から歯を飛ばす。
「……!」
「それ以上他者を害するのは感心しない」
 フローライトが『防壁陣』をハルに使い、ハルはパティーナシールドで歯を受けた。
「大丈夫……カスリ、傷」
 百口は今度はフローライトに向かって歯を飛ばしてきた。
「アルねぇ!」
 獅堂が強引にフローライトと百口の間に割って入り、歯の攻撃を喰らう。フローライトが『防壁陣』を使う間もなかった。
「獅堂、あれほど無茶をするなと……!」
「説教は後で聞く!」
 獅堂はそのまま百口に突っ込んでいくと、手にした小太刀二刀・龍虎で斬りかかった。
 だが、二刀は百口の両手の平にある口で噛み付かれ止められてしまう。
「くそっ!」
 そして百口の顔中の口がにいっと笑ったかと思うと、胸にある口が大きくなった。
 噛み付いた刀ごと獅堂をその口の方へ引き寄せる。
「さっきの礼は言わないからな」
 フローライトは鳳翼霊符で炎の鳥を出現させ、百口に放つ。
 炎の鳥は百口の腕を焼き、獅堂を離させた。
「私に出来ることをやらせていただきましょう」
 狐空は百口の頭部を狙って『ゴーストバレット』を撃ち込む。しかし百口はギリギリ避けた。
 不意に狐空の後ろから蛇の幻影が飛び出す。南條の『蠱毒』だ。
「毒を喰らってみろ」
 だが百口はそれすらも顔に少しダメージを受けただけでかわしてしまう。
 残った口で再度歯ぎしりをしてきた。
 生理的に耐え難く、腹の奥から何かがせり上がってくるかのような気分の悪くなる音。
「くっ!」
「頭に直接響くようだ……!」
 向坂とフローライトは頭が『騒音』で痺れるのを堪える。
 自分の声もよく聞こえない。
 礼野が『逆風を行く者』で不快音をものともせず百口のすぐ傍まで接近、玉鋼の太刀で斬り付けた。
「ギリギリうるさいんだよ!」
 体側面の口をいくつか切り、歯ぎしりを止める。
 百口はダメージの蓄積ですぐに次の行動に移れない。礼野の対面、百口を挟み込むように向坂が移動した。
 礼野がアウルを一気に燃焼、太刀の勢いを増した『鬼神一閃』を、
「もううるさいのはゴメンだね」
「そんなに口が多いと、飯食う時に困るだろ。ちっとは減らしてやる」
 向坂がその手に光の力を集め、渾身の一撃『神輝掌』を同時に繰り出した。
『ギャアァア!!』
 二人の猛攻は百口に大ダメージを与える。
 百口はあらゆる口から血を吐き、折れた歯をボロボロと落とした。
 ぐらりと前のめりに倒れ掛かり。

 急に弾かれたように走り出した。

「まだ倒れないのか!?」
 向坂の驚きの声。
 百口の進む先にはハルがいた。
 ハルは逃げようともしない様子で、その顔は相変わらず無表情だ。伏し目がちに百口を見つめ、危険を感じているのかどうかも分からない。
 百口は血まみれの顔の口を拡大し、ハルに襲いかかった。
「残念、でした」
 ハルはさっと屈んで、百口の攻撃をかわす。
 勢い余った百口はそのままハルの上に覆いかぶさるような格好になった。
「じゃあね……もう、会わない……よ」
 ハルはキオノスティヴァスを握り締め、下に構える。
 力の限り斧を振り上げ、『レイジングアタック』をお見舞いした。
『ガッ!』
 戦斧は深々と百口の腹部に食い込み、百口はくぐもった声を出して地面に倒れ伏した。
 口達が何か言いたげにパクパク動いていたが、やがて全ての動きが止まり……百口は息絶えたのだった。

●玲二を連れて
 礼野や獅堂、向坂、ハル、狐空はダメージを受けていたが、見た目よりひどくはなかった。
 獅堂の『治癒膏』とハルの『ヒール』で全員の回復が済むと、南條は玲二の様子を確かめる。
 まだ意識ははっきりしておらず顔色が悪い以外は大丈夫そうだが、血を大量に流したため病院で診てもらった方が良いだろうと判断した。
 携帯で森の近くに救急車を呼んでから、玲二を背負う。
「う……ここは、どこ? 俺、口の化け物に捕まって……」
 玲二が目を覚ました。辺りを見回して、捕まった状況を思い出したのか、ガタガタ震え始める。
「もう、大丈夫……化け物、はいなくなった……から」
 ハルが『マインドケア』を使い穏やかなアウルを周囲に広げ、玲二を落ち着かせる。
「俺達は撃退士だ。あの井戸の化け物は倒した。でもお前は怪我をしたから、病院に行くんだ、いいな?」
 南條が肩ごしにざっと説明する。
 『化け物は倒した』と聞いたことで、玲二はホッとしたようだった。
「皆、心配……してる、よ。……帰ろ?」
「みんな……あ! 麻希は、妹は!?」
 捕まり際に別れた妹のことが急に心配になった玲二は、妹の姿を探す。
「ご安心なさいまし。妹様に怪我などございませんゆえ。今はお祖母様の家におります」
 狐空がそっと告げた。
「そっか、良かった……」
「これに懲りたら、遊び場は考えろ。しかし……よく妹を逃がした、立派な兄だ」
 フローライトの言葉に玲二はかすかに笑って、また目を閉じてしまった。
 南條は急いで森を出、すでに到着していた救急車に玲二を乗せた。

 祖母宅に戻り報告すると、玲二が無事だと知った祖母はとても喜び、目に涙を滲ませる。
「良かった……、本当に良かった……! 皆さん、ありがとうございました……!!」
 祖母は何度も頭を下げ礼を言った。
「彼は今病院にいる。早く行ってやるといい」
 南條の勧めに、祖母は麻希を連れて慌ただしく病院へと向かった。

 やるべきことをやった撃退士達も、この地を後にする頃だ。
 すでに陽は落ち、森もそれぞれの家々も静かで。
 家に急ぐ子供達が自転車で通り過ぎていく。
 ハルは自分が生まれた村を思い出していた。
「口減らし……ハル、の村でも……されてた、のかな? 百口も、居た……のかな」

 そんなハルのつぶやきを聞いた者は、いなかった。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:1人

凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
桜花絢爛・
獅堂 武(jb0906)

大学部2年159組 男 陰陽師
恐ろしい子ッ!・
ハル(jb9524)

大学部3年88組 男 アストラルヴァンガード
その心は決して折れない・
南條 侑(jb9620)

大学部2年61組 男 陰陽師
守穏の衛士・
フローライト・アルハザード(jc1519)

大学部5年60組 女 ディバインナイト
撃退士・
狐空(jc1974)

大学部3年324組 女 ナイトウォーカー